91/螺旋
「それじゃ、お願いねー」
温泉街オルシリュームから出立してしばらく。
連翹は周囲の警戒を他の冒険者に引き継ぎ、休憩のために馬車に向かっていた。ふう、と疲労の混じった吐息が漏れる。
襲撃があったワケでもないし、全力疾走したワケでもない。だが、武装して一定のペースで歩き続けるというのは疲れるものだ。それに周囲の警戒が必要である以上、精神的な疲労も蓄積する。
チート持ちの転移者なんだから余裕余裕、などと思っていたが全然そんなことはなかった。いや、現地人に比べだいぶ楽やってるのだろうな、とは思うのだが疲れるモノは疲れるのだ。
連翹はいくつかの馬車を追い抜き、自分のグループに宛てがわれた馬車を目指す。その途中、ふと足を止めた。
「やっぱ距離が離れると狙いとだいぶズレるな。射出の精度もそうだが、風の影響もある」
聞き覚えのある声に、通り過ぎかけた馬車の中を覗く。
ドレッドヘアーのドワーフであり、名は確かデレク・サイカス。カルナの手助けをし鉄筒――カルナは鉄咆と呼んでいた――を作製したドワーフである。
彼は妹や他のドワーフと一緒に鉄咆を触りながら、真剣な顔で議論をしていた。
「銀髪ノッポみたいに魔法で乱射できるならまだしもだけどな。下手な矢でも何発も撃てば当たるだろうし」
「分かっちゃいたけど、オイラたちが使うなら複数人で一斉に撃たないと当たらないねー。もっと数を増やしてファルコン以外にも試作品渡すー?」
「少人数で行動する冒険者に受け悪いんだよなぁ……カルナの旦那が最初に考えた小型ハンマーで叩いて着火、みたいなのなら連射出来るように造れそうだけどな。部品の精度とか放熱とかの問題あるけど」
「アトラは、大型化して、鉄球飛ばすほうが、いいと思う。手で持って、使わずに、地面に置いて、使う、みたいに」
「用途がだいぶ変わっちまうが、それはそれでありかもな。鉄咆よか単純な構造で出来そうだしよ……今度、余裕あったら試作してみっか」
彼らが手に持つそれは鉄砲――その中でも、火縄銃やマスケット銃などといったモノと似ている。
そう、似ているだけだ。火薬をモンスターの素材で代用し、ドワーフの鍛造で産声を上げたそれは、構造こそ似通っているが模造品などでは断じて無い。カルナに連翹以外の転移者の知り合いは居らず、また連翹もカルナに銃の話などしていないのだから。
発明とは足りないモノを埋めるために想像し、試行し、作成し、完成するものだ。
カルナは自身の足りないモノを知り、それを埋めるモノを想像し、皆と試作し続けた結果今がある。
だからこそ、訳知り顔で地球の銃の知識を披露するのは咎められた。お前の考えなど転移者の後追いだ――などと言ってしまうみたいで。
けれど、黙っているのもまた違うような気がするのだ。知識があるのにそれを教えない、というのもまた相手を馬鹿にしているようで。
(ウェブ小説の主人公なら、言うにしろ黙るにしろ、サクッと決めてカチッとハマっていい感じになるのにね)
ノーラたちと出会う前なら、ここまで色々悩まなかったのにな、と小さくため息を吐く。
自分は物語の主人公ではない。
だから何をするにしても悩んでしまうし、決めたら決めたで失敗したりする。
ゆえに、そういう主人公に憧れて、だからこそこの異世界の神の声を聞いた時はとてもとても嬉しくて、自分もそういう完璧な主人公になれるんだって――
「――おう? 魔法使いと一緒に居た姉ちゃんじゃねえか。どうした?」
考え事をしつつも視線を逸らしていなかったからだろう。連翹の存在に気づいたらしいデレクは、「おおい」と大きな声で言って、これまた大きく手を振った。
その動作が、なんというか微妙に微笑ましい。小柄な体を必死に目立たせようと頑張っている風に見えるからだ。実際、ドワーフは人間やエルフと比べれば筋肉質ではあるものの小柄で、大きな声と動作をしなければ雑踏目立たないのかもしれない。
「ごめんね、邪魔したかしら? ちょっとその鉄っ……鉄咆が気になってね」
鉄砲、と言いかけて慌てて言い直しながら近づき、馬車に乗り込む。
発案者であるカルナがそう名付けた以上、下手に地球の呼び名を引きずるのは無粋であり侮辱でもあると思ったからだ。
「気になるならもっと近くで見ろよ、ほらこっち来いよこっち。つうかだ、転移者の意見も聞きてえしな」
「そうだよねー。なんか転移者相手にぶっ放すと、誰も彼も『なんでお前らそれ持ってるんだー!?』みたいな顔して驚くし」
「転移者の人間さんならなんかいいアイディアないのかなー、ってオイラは思うわけなんだ。ねえねえ、なんか知らないの? なんでもいいからさ」
「ええっと、それは……」
さっきまで悩んでいたことを直球で言われ、思わずたじろいでしまう。
ちょっとくらい悩んでるのを察してくれてもいいのに、と思うのだけれど。ドワーフは直截で、行き急ぐように答えを求める。
答えに詰まる連翹の裾が、不意にくい、くい、と引かれる。なんだろう、と視線を向けると三つ編みのドワーフの少女アトラがこちらに視線を向けていた。
「なにを考えてるか、よく、分からないけど――カンパニュラさんは、気にしないと思う。たぶん」
「えっと、たぶんじゃあ困るんだけど……」
大失態やらかして、カルナをすごく怒らせて、関係が終わってしまうと考えると――少し、いいや、すごく怖い。
カルナと一緒にノーラやニールも連翹から離れてしまう、というのもあるが、やはりカルナはここ数週間で仲良くなった者の一人なのだ。もしかしたら、そう思っているのは連翹だけかもしれないけど、それでも連翹はカルナを友人だと思っているのだ。
だから、仮に今の関係からカルナをそっくりそのまま除去するような形になって、ノーラやニールと今までと同じように接することが出来たとしても、とても寂しいのだ。
(友達を作ると人間強度が下がる、って何で聞いたんだっけ。でも、ああ、確かにそうね。そんな気がする)
血の繋がりもない、どころか世界の繋がりすらない他人だというのに、離れることを想像すると胸に亀裂が入ったように傷んでしまう。
一人で完結しているなら、こんな風に悩むこともないのに。
他人と仲良くなればなるほど、思い描いていた理想の主人公から外れていく感覚があって、時折苦しく思う。だからといって、前の自分に戻りたいか、と問われたら否と返すのだろうが。
「そんな風に悩んで出した答えなら、間違いでもカンパニュラさんは怒らないと思う。ううん、怒るかもしれないけど、後でちゃんと許してくれると思う」
だって、と。
アトラは少しだけ頬を赤らめながら言う。
「カンパニュラさん、一回の失敗で縁を切るような、そんな人じゃないと思うから」
もっと信じてもいいのではないか、とアトラは言うのだ。
その理屈は分かる。というか、そもそもカルナがいきなり怒髪天を衝いて、「てめぇーとはもうやってらんねー!」みたいなことを言うビジョンは見えない。
だが、分かっているのと、尻込みしてしまう感情は別で。結局のところ、あまり他人との交流が無かった地球時代から根本的な部分は変わってないのだろうな、と思う。
(でも、うん――そうよね)
ああ、それでも。
根本的な部分は変わらなくても、せめて変わるように動きたい。動かなくては、と思うのだ。
血塗れの死神と戦った時、ニールが信頼して『俺に続け』と声をかけてくれたのに応えるように。
ニールは剣馬鹿のバーサーカーだが、しかしだからこそ戦いに関してはシビアだと連翹は思っている。同じ場所で戦うだけならまだしも、連携して一緒に戦う相手は選ぶだろう。
つまりそれは、連翹を一緒に戦える相手と信頼してくれたということ。きっと、たぶん。案外そんな深い意味は無いのかもしれないが、連翹はそう思っている。
「――言っとくけど、あたしの知識とか超うろ覚えよ? ワリと最近まで、AK-47って聞いてどこのアイドルグループ? とか思っちゃうような超にわかよ?」
だからこそ、信頼に足る人間になりたいと思うのだ。
少しずつでもいいから、せめて失望されない程度に。
「そもそも、おれらはその名前も、アイドルグループがなんなのかすらよく分からねえんだが――ともかく、なんか思いつくなら言ってくれ。足りない知識は、おれらが適当に継ぎ接ぎすりゃいいんだからよ」
第一、完璧な答えをなぞるだけとか詰まらねえ、とデレクは笑う。
「ええ、っと。発射した弾――杭を安定させるためには、回転が必要なのよ」
うろ覚えだし、説明あってるかな、と思いながら懐から硬貨を取り出す。
それを縦の状態で馬車の床に押し当て、手で勢い良く回転させる。くるくる、と直立しながら回る硬貨。
「ジャイロ効果だったかなんだったか……勢い良く回転すると、安定する効果があってね」
筒の中に螺旋状の溝を加工し、筒よりもややサイズの大きな弾丸を押し込むことによって螺旋状に食い込みながら加速。すると、回転しながら宙を疾走する弾丸が出来上がる。
それを拙い説明でデレクたちに告げる。
「……要するに、日向の駒と似たような感じなのか?」
「でも、実際それ実験するにしても、どうする? 最初の銀髪ノッポの小さなハンマーで叩いて着火、の案みたいに理屈は分かるけど量産するには手間が掛かり過ぎると思うんだが」
「とりあえずオイラたちがやるのは保留にして、カルナに伝えようかー」
「カルナに?」
ドワーフたちの言葉に首を傾げる。
カルナは確かに発案者であるが、技術者ではない。そういった知識があっても活かせないと思うのだが。
そう言う連翹に対し、アトラはゆっくりと首を左右に振った。
「だって、カンパニュラさんは粘液を炸裂させて発射させるモノ以外に、風の魔法で加速させるのがあるから。それを少し弄れば、回転する球を撃てるんじゃないかな、って思うよ」
「ああ、それもそっか」
カルナ専用の鉄咆、その8の字型の筒の上段は、風の魔法で筒の中に流し込んだ小さな鉄球を加速させて射出させる、というモノだ。
その性質上、狭い穴に押し込んで回転させる地球の銃の螺旋の溝――確か、ライフリングだったはず――に比べ命中精度は劣るかもしれない。
だが、問題ない。カルナのそれは数をばら撒いて魔法を詠唱する時間を稼ぐためのモノだ。一発一発が必中でなくても、最低限の命中精度があればいい。
「カルナの魔法を見て、ちゃんと安定するようなら俺らも試作品を開発するか――ここがふんばり所だしな」
「ぶっちゃけ、このクエストで活躍しないと、完成して売りだしても見向きもされない可能性があるからなー」
「そうそう。弓矢か魔法でいいじゃん、って言われるよ、きっと」
熱心に議論を交わすドワーフたちを見て、少し照れくさくなる。あんなうろ覚えの知識を真面目に考察されると、少しばかり恥ずかしい。
そもそも、この程度の知識なら他の転移者がドワーフ相手に喋ってそうだと思うのだが――そこまで考えて、ああ、と頷く。
ドワーフの中の一人が言ったように、弓や魔法との差別化を上手く説明出来なかったのだろう。なにせここは異世界で、地球ならものすごいマッチョでもない限り持ち上げることすら不可能だったろう鉄塊みたいな大剣を、そこそこ筋肉質な男なら扱えるような世界だ。
そんな世界で、火薬で銃弾を発射するという道具を戦士や狩人は欲しなかったのだろう。持ち前の肉体があれば、矢を地球の銃弾の速度で発射出来るのだから。
だからこそ、魔法使いのカルナが『詠唱中の時間稼ぎ』として発想するまで、広まっていなかったのだろう。
(ドワーフの皆も、カルナも、ノーラも、ニールも頑張ってる。あたしも頑張らないとな)
何を、と言われたら返答に困るけれど。
それでも、やれることはやらないとな、と思うのだ。
視線を馬車の外に向ける。視線の先には、ストック大森林の最南端。エルフの国は、もうすぐだ。




