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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
温泉街の死闘
93/288

90/師の言葉

 走る、走る、走る。

 温泉宿の近く、多数の馬車を駐車するための広場で、ニールは疾走していた。


 本来なら停車した馬車で走り回れるスペースなどないのだろうが、昨日の事件のためか停まっている馬車は多くない。不謹慎ではあるが、ニールにとってはありがたかった。オルシジームは建物が密集していて、あまり走り回れるスペースが無いからだ。


「一、二の――三、っと!」


 直立姿勢から一気に前傾し、重力に引かれ倒れこむように前へ前へと駆け抜ける。何度も、何度も。

 四足の肉食獣めいた姿勢は、何も人心獣化流じんしんじゅうかりゅうという名の流派だから行っているワケではない。

 姿勢を低くすれば的は小さくなる。矢や魔法に直撃する面積が減る。また、重力に引かれ地面に落ちる力を前進に利用することにより、普通に走るよりもずっと速度を高められる。

 飛び道具を回避しながら、一気に間合いを詰め、喰らう。それこそが、人心獣化流じんしんじゅうかりゅう餓狼喰がろうぐらいの本質だ。

 

「ふ――は……はあ……」


 滴る汗を拭いながら、ニールは荒い息をゆっくりと整えていく。

 今のニールの手に剣は無い。間に合わせの剣すらも、先日の戦いで失ってしまったからだ。

 だが、それでも鍛錬をサボる言い訳にはなりはしない。だから、剣が無くても出来る足さばきや体捌きの鍛錬を行っていた。

 疾走からの踏み込み、剣を構えながらの前進や後退などの動作の確認。普段も素振りをしながら確認していることだが、剣を振りながら確認するのと、それのみを確認するのとでは集中の度合いが違う。


(今、すぐに身体能力を高めるなんて不可能だ。技量を一気に高めるのも、無理だ)


 だからこそ、求めるのは微調整。今ある力を上手く扱うための鍛錬だ。

 少しでも疾く走れるように体捌きを見直し、少しでも鋭く間合いを詰められるように踏み込みを試行錯誤し、腕を振る筋肉の動きを確かめる。

 

「足止めしてくる、か――確かに弱音だ。そもそも、俺は強敵相手に時間稼げるような剣士じゃねぇだろうが」


 カルナや連翹が心配し、救援に向かうのも当然だ。その程度の理屈すら思い浮かばないなど、コンディションが悪いにも程がある。

 ニール・グラジオラスという男は、速く、そして強い剣士だ。速攻で間合いを詰め力強い斬撃を叩き込み、それで相手を倒せなければ持ち前の速度を活かして駆け回り連続攻撃を叩き込む。疲労したら? 動きが鈍った瞬間殺される。

 雑魚相手を駆け回りながら斬り捨て、強敵であれば速度と力の合わせ技で高威力の一撃を叩きつける。

 一人で戦うのならば、勝つにしろ負けるにしろ一瞬で勝負がつく――それがニールという剣士なのだ。

 それが足止め? 時間を稼ぐ? 阿呆が気質やら性格云々以前に、戦い方からして向いていない。

 

「気持ちで負けてるってのに、相手に勝てる道理はねぇ。相手が格上なら、なおさらだ」


 必ず勝つ、実力差を覆す。

 そんな強い想いを剣に載せぬ限り、転移者には勝てない。

 戦いなんてモノは、どれだけ理屈を捏ねても最終的に精神論に行き着く。気持ちで負ければ足が竦むし、腰が引ける。腕は震えるし、攻撃的な行動が取り辛くなる。

 だからこそ、必ず勝つという気持ちが重要なのだ。戦いの最中、傷つき、劣勢になった時に奮起できるのは、そういった気持ちが存在するから。負けない、負けたくない、勝ちたい、勝つ、という想いが実力を発揮させてくれるから。

 ゆえに、ニールは鍛錬しながら己を見つめ直す――

 

     ◇


 ニールの師匠は四十代前半の大柄な男だった。無精髭の生えた強面で、初めて会った時はオーガか日向ひむかいの鬼か何かか、と思ったものだ。

 冒険者をしながら大陸や日向ひむかいを巡り、その中で自分なりの剣術――人心獣化流を編み出したという。

 普段は酒を飲んでヘラヘラとしている人だったが、剣を教える時は別人のように厳しかった。命を奪い合う武器の使い方を教えているのだ、厳しくなるのも当然だろう。


『ショックを受ける前に、予め言っておこう。お前さんは人心獣化流の師範になれないし、儂もまたするつもりはない』


 その師匠がある日、そんなことを言った。

 あの日は確か、同門の皆と総当り戦をしていたのだ。その中でニールは同年代の皆を打倒し、年上の剣士も何人か倒し――その後に言われたのだ。

 別段、ショックだったわけではない。元々、英雄――剣奴リックに憧れ、強くなるために剣を振り始めたのだ。誰かに剣を教える気もは全く無かった。 

 ただ、少しばかり不思議だったのだ。

 

『それはいいんだけどよ――でもなんでなんだ? 自慢じゃねえし、まだまだ強い奴が居るのは理解しちゃいるが、俺は強いぞ』

『ああ、お前さんは強いよ。才能が随一、って程でもねえがな』


 鍛錬を怠らなけりゃ強くなるだろうよ、と師匠は言う。

 だからこそ、ニールは解せなかった。


『じゃあ、なんでなんだ? 強い奴が教えるのが駄目、ってのは理屈が通らねえだろ』

『強い弱いじゃねえんだわ、これが。お前さんの剣は、獣の剣だ。飢えた肉食獣の牙だ。だからこそ餓狼喰らいは誰よりも得意なわけだ』


 確かに、と思う。

 ニールは餓狼喰がろうぐらいを筆頭に相手に突貫して食い破るような技が得意であり、逆に螺旋蛇らせんへびのような小手先の技が苦手だった。

 無論、苦手だからといって全く使わないワケではないし、むしろ技術が錆びつかないように勝てそうな奴なら積極的に使うようにしている。けれど、得意な技に比べ血肉になっている感覚が薄かった。


『だが、この流派の名は人心獣化流――を持ちながらす剣だ。お前さんは『人心』の部分に欠けてる。そして、その欠けてる部分がお前の強みだ』


 獣は強い。人間などより、ずっとずっと。

 無論、鉄剣キバで武装し体を鍛えた人間はそれらを上回れる。

 だが、上回ったから人間が獣のポテンシャルを上回っているという理屈は通らない。馬より速く走れる人間が居ても、人間が馬より速く走れる種族だという理屈が通らないのと同じだ。


『人は弱い。モンスターどころか、ただの動物にも能力が劣っている。そしてその差を埋めているのが、人間の精神――心だ。それを維持し、獣めいた動きをするのが儂が生み出した剣だ』


 弱さを知り、弱さを嘆き、強さを求め、不可能を覆す――それが人間だ。

 頑強なドワーフや魔法に秀でたエルフと違い、元々のポテンシャルで押し通すことが難しいからこそ、人は生きる手段を模索し強くなる手段を求めた。

 その結果、大陸の大部分を支配することになったのだ。

 ただただ強いだけの獣が全てを制するなら、人間などとっくに絶滅している。


『だからこそ、お前さんがこの流派を他人に教えることは禁じる。我流、とまでは言わんが自分用に改造しすぎなんだ、お前さんは』


 要は、目指す場所が違うのだと、師匠は言う。

 理性を以って獣の力を制御する剣技である元の人心獣化流と、獰猛な獣が他の動物や人間の力を使うニールの剣。使う技は同じでも、別物になりつつあるのだ。

 これを矯正することはたやすい。

 たやすいが、それではニールの持ち味を殺すことになる。

 実際、ニールが振るう剣が別物になっていったのは、そちらの方がニールの気質と合致していたからだ。


『分かった。ま、元々興味があった事柄でもねぇし、問題ねえよ師匠。そもそも、引退して他人に剣を教えるよか、強敵と戦って華々しく散りたいしな』


 練習用の木剣の柄を握りしめ、宣言する。

 死にたくは無い。

 だが、強敵と戦って、全て自分の力を出し切って死ぬのなら、それは剣士だと思うのだ。

 その言葉を、師匠は苦い顔で聞いていた。


『……冒険者になるんだったな。そんな考えじゃ早死にするぞ。もっとも、それこそがお前さんの最大の欠点かつ、最大の長所だからな。今更どうこう言わんよ』


 だが、と。

 師匠はニールをじっと見つめながら言った。


『お前一人じゃ遅かれ早かれ死ぬ、毎年一定数いる無謀な冒険者としてな――だから友を作れ。お前のデカ過ぎる欠点を塞ぐ誰かを、お前の長所で守れるような剣士になれ』


     ◇


「――そうだ。綺麗な剣なんて考えるな」


 疾走し、踏み込みながら呟く。

 なにせ、自分はそんな小器用なことが出来るタイプじゃない。綺麗な剣を振るう人間ではないのだ。騎士の剣を見て、少しばかり誤解していたのかもしれない。

 女王都で何度か模擬戦をして負けた二人――アレックスの剣やキャロルの剣とニールの剣は別物だ。いいや、誰しも別物なのだ。流派が同じでも、体格や気質が得意な技やスタイルを微妙に変化させるモノなのだから。 

 だから自分は、荒々しく獲物を喰らう肉食獣のように、飢えた狼が獲物に駆け寄り喰らいつくように――


「お――らぁ!」


 ――一気に駆け抜け、つるぎを突き立てる。

 速く、速く、速く速く速く、疾く疾く疾く! 荒々しく、しかし鋭く、相手を喰いちぎる!

 普段よりも体を前傾させ、駆け抜けたニールは地面を踏み砕く勢いで踏み込んだ。鋭く、重く、そして荒々しく。


「ふ――は、ぁ」


 たったそれだけの動作で体力の半分近くを持って行かれたような疲労感。ペース配分などを一切考えないそれは確かに鋭く、踏み込みと共に剣を振るえば絶大な威力を発揮できるだろう。

 だが、こんな動作を繰り返していたら、すぐにバテてしまう。

 でも、それでいい。元々ニール・グラジオラスはそういう剣士なのだ。長時間相手と戦う? 足止めする? なんだそれは不可能に決まっている。そもそも、転移者相手に余力を残して戦えるはずがない。

 飢えた肉食獣のように相手に肉薄し、喰らう。それがニール・グラジオラスという剣士なのだから。


「まあ、それに――俺がそういう奴だってのは、カルナあいつも分かってるだろうからな」


 ニールの欠点は、きっとカルナが埋めてくれる。鉄咆てつほうという武器と強力な魔法で。

 そして、カルナの欠点はニールが埋める。近接戦の心得のない彼の代わりに、ニールが戦い、守る。

 自分はカルナに背を預けることに不安はないし、それにきっと、カルナもまたそう思ってくれているだろうから。

 

「……師匠には頭が上がらねえな、本当によ」


 型通りにしか教えない人なら、ニールはそこまで強くなれなかっただろう。そういう人間なら、今のニールの性格は真っ先に矯正されている。

 色々言葉をかけて貰わねば、このクエストを受ける前に野垂れ死んていただろう。今だから分かるが、師匠と話していた時の自分は生き急ぎすぎていた――そりゃあ心配もするわ、と苦笑する。

 師に対する感謝の念を抱きながら、ニールは宿に戻る。べったりと体についた汗を流さねばならないし、荷物の整理をしなくてはならない。

 方向性は見えた、後はただブレず曲がらず真っ直ぐ進むだけ。

 ただ一つ。心配事があるとすれば――


(本領を発揮して、今の自分の限界を出しきって、馴染む剣を手に入れて――そこまでやって、もし届かなかったら?)


 ――コンディションを整えた上での全力が、転移者に届かないのではないか、という疑問。

 考えても仕方ないことではある。

 だが同時に、答えが出たら身の振り方を決めねばならないということ。

 

「その時は――カルナの援護をしつつ、あいつの新たな相棒を応援してやるとするか」


 真っ向から突っ込むのをやめ、カルナと新たな相棒のサポートに徹しようと思う。

 実力が足りないことを突きつけられて、それでも表舞台で主役を気取って踊れるほど恥知らずではないのだから。

 

「――そうと決まれば、ほんの僅かも鈍らせるワケにはいかねえな」


 想像の中で感じた悔しさと寂しさを現実で感じてたまるか、と心に決める。

 オルシジームにしばし泊まった後は、大陸西部を進んでいく。大きな町もないから、立ち止まって仲間を募ることもなくなるだろう。

 身の振り方を決めるのは、きっとそう遠くはないはずだ。


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