89/王冠と死神
――騒々しくも楽しげに夜を深める温泉街オルシリュームから離れ、西部の村。
街道から外れた小さな農村である。魔王大戦後、急速に復興する西部の中で生まれた集落、その一つ。
人口は少なく、他の村や町との交流もまた少ない。けれど、だからこそ村全体が家族のように結びついている。
それは良く言えば結束力のあるということであり、悪く言えばよそ者に排他的ということだ。村社会という古めかしいシステムが、他所者という新たな部品を受け付けないのだ。
そしてまた、他所者にとっても興味のない村でもあった。街道から外れており、目を引く特産品があるわけでもなく、旅人に優しいワケでもない。
だからこそ冒険者などは滅多に訪れず、そして同時に野盗といった類の人間もほとんど目を向けない場所であった。金も、食料も、娯楽品も、何もかもが少なすぎる。
だが、それでも食い詰めた者が襲ってくることはあるため、自警団はあった。練度自体はそこそこ、といったところだが飢えた野盗程度なら撃退出来るくらいの力を持っている。
小さな村としては過剰な戦力。だからこそ野盗もリスクのわりにリターンが少なすぎる、とこの村を避けていた。知らずに襲う者は、とっくに骸を晒している。
「人は飽く存在だ」
そんな排他的な村にある家屋の中で、男が一人ぽつりと呟いた。
金の装飾が施された白い軍服を纏い、同色の外套を羽織った青年だ。鋭くも整った顔立ちも、その衣服も、この村に似つかわしくない存在であった。
艶のある黒髪をポニーテイルにした彼は、ゆっくりと白い手を伸ばした。
「どんな快楽も続けば日常に落ち、飽きを抱く。さながら、貴族の子が下々の者を憧憬するように」
彼の手が触れるのは少女だ。怯え、震える、少女だ。
この排他的な農村の中でなら一番の美人であり、けれど女王都などの都会に出れば着飾っても平均より少し上といった程度の娘だ。
普段なら、彼は一顧だにしない女だ。ジャンクフードの中でどれだけ美味しかろうと、それ以上のモノを食べている者は滅多に興味を抱かない。
そもそも、彼は自身が住まう街で女を囲っている。この程度の娘に好かれようと、興味もないし、どうでもいい。
だが、人とは飽きるモノ。
美女に好かれ、傅かれるのも、日常となればそれは当たり前であり、特筆すべき点のない日常だ。
ゆえに、一流のシェフの料理に飽いた者がジャンクフードに心惹かれるように――
「さあ――泣き、鳴き、哭け。これよりお前を蹂躙する」
――美男子は、王冠に謳う葬送曲を名乗る転移者は、少女の衣服を引き千切った。悲鳴が上がる。
ハンバーガーの包み紙を乱雑に破り、大口を開けて喰らうように王冠は少女の体を貪った。悲鳴を上げて抵抗する少女を蹂躙する悦楽は、幸せそうに自身を受け入れる女とはまた別の良さがある。
少女は泣きながら許しを請い、無駄だと理解すると、想い人であろう男の名と救いを叫び――しかし救いを求める声は聞き届けられることなく、少女は散華した。赤い花びらがシーツを汚す。
痛みと穢されたという事実に泣き叫ぶ少女に対し、王冠は微笑みかけた。ああ、期待通りの反応をありがとう、と。
「拒絶も、罵声も、慟哭も――全て我を愛し奉仕する者には出来ぬモノ。歓喜に打ち震えろ、娘。お前は我の役に立っているぞ」
和姦と強姦とでは、女性の美しさを輝かせる方向が違う。
和姦であれば、自分が能動的に動くにしろ女が動くにしろ、心は許している。行為を許容し自身の魅力を引き出す王道な魅力がある。
初めてであれば緊張し拙い部分も多々とあるが、その素人臭さが良い。行為に慣れている者であれば、様々な手段で男を喜ばしてくれる。
逆に、受け入れる気のない女を強引に組み伏せる強姦は、媚びないところが良い。この場合、行為に慣れていない生娘が望ましい。
裸身を晒すことに羞恥を抱き、組み伏せる男に恐怖し、行為に及ばれるのを必死に妨げようと暴れるその姿――それもまた、魅力的なのだ。
タブーと共に女を犯す魅力は、背徳的な快感がある。必死に身体を隠し、やめてと叫ぶ姿もまたいじらしい。性的興奮の本質は秘匿され、遠ざけられることにあるのだと強く強く感じるのだ。
無論、このような行為は低俗だ。女を抱くならため息が出る程の美人をじっくりと口説き、ベッドに誘う方が良いに決まっている。
だからこそ、王冠にとって強姦とはジャンクフードと同列なのだ。そこそこ美味い女を大口を開けて喰らう、行儀よく食うべき高級料理とはまた別の趣がある。
「――ふむ」
行為に没頭し時間を忘れていたが、扉が開く音に気づき意識を性交以外に向ける。
村の住民にはこの部屋に立ち寄るなと厳命してあるし、逆らう気概のある者は既に骸を晒している。
だとすれば――
「戻ったか。どうだ、気は晴れたか?」
転移者の身体能力に任せ強引に犯し続けたためだろうか、呻き声しか漏らさなくなった娘から視線を外し、ドアに視線を向ける。
扉を開けた者――びたり、びたり、と全身から雫を滴らせた少女は、自身の体をぎゅっと抱きしめながら言った。
「駄目、駄目なの……嫌な臭いが消えないの」
少女は――転移者、血塗れの死神は、雨に濡れた子犬のように体を震わせている。
「敗北の臭いが――敗北の臭いが消えてくれないのよ。いくら上書きしても――上書きしても上書きしても上書きしても! アタシの勝利の勲章にへばりついて離れてくれない」
片袖が切断されたパーカーからぽたぽたと滴るそれは、どす黒い赤色をしていた。それは村の神官によって再生した白い腕に伝い、流れていく。
白を赤に染めるように、敗北を勝利で塗り替えるように。
彼女の体からはむせ返るような鉄錆の臭いがしており、その臭いに慣れ親しんだ者でも眉を顰め、慣れぬ者なら嘔吐することだろう。
それは、血。血液の臭い。濃厚な、流出した命の香。
一体何をしたのだろうか、ミンチ状になった肉片を髪の毛にへばりつけながら、死神は泣いた。怖い夢を見たという少女のように、けれど下手な殺人鬼よりも濃厚な死の香りを発しながら。
それを見て、王冠は彼女を安堵させるように微笑んだ。
「落ち着くんだ、死神」
王冠から見て死神は、さして綺麗な女ではない。多少整った顔立ちはしているものの、絶世の美人というワケでも、体つきが好みというワケではない。
だが、彼女は転移者だ。力ある存在であり、女なのだ。
装飾品は顔やスタイルも大事だが、優れた能力や立場もまた重要だ。どちらかが優れているのなら王冠が口説く権利があり、女として彼を喜ばせる義務が生じる。
その点では、血塗れの死神は最上と言っても良い。転移者の中でも優れた能力を持ち、かつ顔立ちも我慢出来る程度には愛らしい。
(あの女転移者と現地の剣士もいい仕事をしてくれた――弱った女ほど口説きやすい存在はないのだから)
王冠は死神に歩み寄り、そっと髪の毛を撫でた。べちゃり、と付着する血液と肉片。
その感触に不快感を抱きつつも、彼は心から気遣うような優しい声音で死神に語りかける。
「焦る必要はない。そも、不安や恐怖といった感情はすぐに除去できるモノではないのだから」
「駄目なの、駄目なの、駄目なの――あんな風に負けて、無様に命乞いをして、体中からアタシの敗北の臭いがして」
これでは、地球に居た頃と変わらない――いや、もっと悪い。
なぜなら、力があるのに無様を晒しているから。大型のモンスターを一撃で討ち倒し、熟練の戦士を凌駕するスキルを持ってなお、頂点に立てていない。
これではまるで、力があろうと無かろうと、お前は元のままだと突きつけられているようで――
「そのようなことはない、死神。君は強い。ただ、今回は相手が卑怯だった、それだけだ」
「卑怯――?」
「ああ、そうだ。一人で何も出来ない塵芥が、負けそうになったら転移者の手を借りた。それが無ければ君は現地の剣士になど負けはしなかったろうし、救援に来た転移者とて余裕を持って対処できただろう。そもそも、二人がかりなどと、卑怯以外の何物でもないだろう?」
間の抜けた理論だ、と王冠は内心で失笑する。
戦いに卑怯も糞もない。救援が来るまでに現地人を殺さなかった死神が間抜けなだけだ。
だが、そんなことは関係ない。真実の言葉など、一欠片の意味もありはしない。
「故に、断じて君は悪くない」
つまるところ傷心の女など、この一言が欲しいだけなのだ。
大丈夫だよ、大変だったね、君は悪くないよ、君は間違っていない――そんな陳腐な言葉を真剣に、気遣うように言えばいい。
ああ、だからこそ――
(このタイミングが一番、口説きやすい)
返り血に濡れた彼女の頬が、ゆっくりと赤らんでいく。
ああ、たやすい。赤子の手を捻る方が手間がかかるとさえ思う。
「ほん――とう、に?」
「ああ、本当だとも。だが、我の言葉では信じきれぬだろう。君の不安は、痛みとして刻まれてしまったのだから」
故に、と。
王冠は一度言葉を区切り、彼女の目をじっと見つめた。
「君が戦った現地人の剣士――彼を殺せばいい。君の力、鮮血破損連撃<Bloody.Break.Blade.>で蹂躙し、殺傷し、その血で君自身の血を洗い流すのだ」
「アタシが――あいつを」
「そうだ。他の者は近づかせない。君は、君の不安を取り除くことだけを考えたまえ」
そして、目標を達成した時に思い返すといい。
傷心の自分を優しく慰めてくれた男が誰なのかを、立ち直るキッカケを助言してくれたのは誰なのかを。そういう時にこそ、好意の花は咲くのだ。
そう思考し、死神から見えぬようにほくそ笑む。
死神が現地人の剣士――ニール・グラジオラスに敗北する可能性は無い。少なくとも、王冠はそう考えている。
なにせ、あの男は弱いのだ。剣の腕は騎士に劣り、他に特別な力を持っているワケでもない。それに事実、味方の転移者である片桐連翹が来なければ、敗北していたはずだ。
ああ、なんて役に立つ現地人だ、と王冠は心の中でニールを賞賛していた。
狙っていた女を落としやすいように傷心させてくれたばかりか、立ち直るキッカケとして調度良い踏み台になってくれるとは。一石二鳥とはまさにこのことだろう。
「この世界は総じて我の箱庭だ――もっと役立て、現地人」
貴様らはその為に生きているのだから――




