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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
温泉街の死闘
91/288

88/酔った勢いで色々暴露すると後で恥ずかしくなると思うの

「ま――色々あったが、みんな無事で何よりだな」


 頭の後ろに手を組んで、ニールは安堵の息を吐いた。

 転移者と戦うために騎士たちと一緒に行動しているのだから、死の覚悟は出来ているつもりだ。自分も、他人も、仲間も。

 けれど、覚悟していることと、無事で良かったと安堵するのはまた別問題だ。誰だって仲の良い人間には死んで欲しくないし、もっと一緒に居たいと思うものだ。


「うん、本当にね。ニールやノーラさんは、ヘタしたら危なかったから。中々肝を冷やしたよ」


 連翹たちと別れた後、ニールとカルナはオルシリュームの大通りをゆっくりと歩いていた。寝る前に、少しばかり酒と食事を摂りたかったのだ。

 ニールたちが泊まることになった宿でも料理や酒は出してくれるだろう。実際、一緒に居た多くの騎士たちはそこで食事や祝杯を上げているらしい。

 だが、ニールやカルナはこうやって町を歩いて自分好みの店を探すのも楽しみだと考えている。

 正直疲労はあるし、布団に入ればすぐ眠れるだろうと思う。体は「こんなことしている暇があるならとっとと寝ろよ」と疲労を訴えている。

 だが、せっかく来た観光地で戦って寝て終わり、というのはさすがにどうかと思うのだ。明日に差し支えない程度に夜更かしをしても構わないだろう。

 幸い、町並みは活気が戻り始めていた。大通りからは客を呼びこむ声が響き、それに応じて中に入る観光客と冒険者の姿が見える。

 無論、完全に戻ったワケではない。書き入れ時だというのに閉まっている酒場もあるし、巡回する騎士や兵士の姿は観光地らしからぬ物々しさを周囲に感じさせてしまう。

 だが、それでも多くの店が客を相手に笑顔で商売出来る程度に、町の人々は日常に回帰している。

 カルナはその様子を見て安堵したように、しかしどこか申し訳無さそうに呟く。

 

「……まあ、故人を悼んで暗い顔で店を閉めたら、町そのものが死ぬからね。他の町ならともかく、観光地は」


 このオルシリュームはエルフとドワーフを繋ぐ都市という側面もあるが、町を動かすために必要な金銭の多くを観光客から賄っている。

 そして観光客は楽しむために観光地に訪れるのだ。重苦しい雰囲気を味わいたいだけでも、葬儀を見物したいワケでもない。暗い雰囲気の町並みを観光客が見て、故郷に帰ってその有様を話したら客足は遠退いてしまう。

 だからこそ、客を呼びこむ活気は不謹慎ではなく必要なモノ。そして町に訪れた自分たちは楽しんで金を使い、楽しんだ話を身内にすべきなのだろうと想う。

 楽しげに話したことによって新たな客が訪れ、町に金が入り、復興が進んでいくのだろう。町そのものも、人の心も、ゆっくりと。

 

「とりあえず温泉卵食えるとこ行こうぜ温泉卵。色々忙しくて、結局食ってねぇんだよ!」


 だから、ニールはことさらに明るく笑った。

 もっとも、実際に温泉卵という存在に心を踊らせているのも事実だったが。

 その二つの気持ちを理解したのか、カルナは「ははっ」と笑い声を漏らした。


「でも、温泉がある場所じゃないと食べられないモノじゃないよ、確か。僕も詳しくないけど、作り方しだいでは普通に作れるモノなんだってさ。だから無理に探して食べなくてもいいんじゃないかな」

「何言ってんだお前。確かに耳寄りの情報だったけどよ、温泉で茹でたのも食って、後々温泉じゃない方も食って味を比べるに決まってんだろ」


 決まってるんだ……というカルナの呆れを含んだ呟きを黙殺し、大通りに立ち並ぶ店を観察し続ける。

 可能なら観光客だけではなく、町の住民が入っている店が良い。近場の者が食べに来る店は値段も相応でなおかつ美味い、とニールは信じている。

 だが、観光客が全く居ない店も、また頂けない。なぜなら、近場の住民は案外、名物などを食べないモノだからだ。

 せっかく遠くの町に来たのだから、ここでしか食べられないモノを食べたいと思うのは間違ってはいないはずだ。

 

「……おっ?」


 窓から店を覗きながらゆっくりと歩いていたニールだが、ふとその歩みを止めた。

 見知った顔を見つけたからだ。

 金髪碧眼の騎士アレックスに、赤髪のポニーテイルが印象的な女騎士キャロル、そして大柄な体躯に乱雑に切った茶髪の大男、兵士のブライアン。

 三人はテーブルを囲み、なごやかに談笑をしていた。

 

「ま、あんまり入る店悩んでても飲める時間が削られるだけだしね。挨拶ついでにこの店にしちゃおうか」

 

 こちらに気づき視線を向けるアレックスに軽く手を振りながらカルナが言った。確かにな、とニールも頷く。

 どの店にしようかと悩むのは楽しいが、しかし真に求めるモノは食事と酒だ。前者に重きを置くあまりに後者を蔑ろにしては、手段と目的が変わってしまう。

 ドアを開けて店に入ったニールは、「よう」と手を掲げた。


「お疲れさん。騎士や兵士の方も仕事は一段落したのか?」

「まあな。町の中に潜んでいる可能性もほぼゼロだ。……もっとも、ほぼゼロなのであってゼロでない以上、最低限の警戒は必要なのだがな」


 だから潰されないように気をつけているワケだ、とアレックスは冗談めかした笑みを浮かべる。

 その言葉にブライアンは大笑し、キャロルは「アレックスが弱いのよ」と半眼で睨む。もっとも、抱え込むように持つワインボトルと数本の空き瓶を見る限り、彼女の発言はだいぶ疑わしいのだが。

 そんなニールとカルナの視線に気づいたのか、キャロルは「ともかくっ」と脱線した会話を打ち切り、元の話に再接続した。


「この町に来た転移者の多くは撤退してるし、隠れてる奴もだいぶ見つけたもの。問題ないわ」


 というかね、と。

 ワインで口を軽く湿らせてから、キャロルは不機嫌そうに吐き捨てた。


「連中、戦って分かったけど根性がないのよ根性が。少し劣勢になると腰が引ける連中ばかり、戦士らしく戦えた奴なんて一握り。

 町に隠れてた奴だって、奇襲をかけようと考えてたワケじゃなく、騎士に見つかるのが怖くて震えてただけだったし。

 そんな連中が、負けた直後に再戦を挑めるワケないわ。油断しきってるならまだしも、巡回して警戒してるならね」

 

 キャロルの怒りは、転移者に向けるモノではなく自分自身に向けたモノのように思えた。

 あの程度の連中に自分は一度敗北し、メイド服など着せられ愛玩されていたのか、と。

 

「油断も卑下もすんなよ。キャロルを捕らえたみのる――いいや、レオンハルトはオレと何度か一緒にモンスター狩りとかしてたからな。なんの特訓もしてない奴らよりは強いはずだぜ」

「レゾン・デイトルの穀潰し……一度、雑音語りノイズ・メイカーって名乗った奴がそう言ってたからね。溜まったゴミを僕らに掃除させているとか、肉の壁になれば御の字とか、そんな考えなんだろうね」


 ブライアンがレオンハルトの名前を出した時に、カルナはぴくりと眉を動かしたが、何事も無かったように会話に参入した。

 必要なことだったとはいえ、彼の友人を殺した事実は気まずいのだ。無論、ニールも。

 

「だけどよ、それは俺らにとっちゃ好都合だぜ。なにせ素人も玄人も、一度スキルを発生すりゃ出るのは同じ技なワケだしな」


 ゴミ掃除のクエストの報酬は『転移者のスキルを観察する機会』、というワケだ。

 無論、これ以外でもスキルを観察する方法はある。なにせ仲間に連翹が――転移者が居るのだ。彼女にスキルを虚空に放ってもらい、スキルの間合いや威力を調べればいい。

 だが、それは最後の手段にしたいな、とニールは思っていた。騎士や兵士が連翹に取引を持ち掛けていない事から、騎士団のトップであるゲイリーもまた同じ思いなのだろう。

 

(あらゆる弱点をこっちに晒せ、つってるようなモンだからな)


 連翹とて自分に仇なすためにスキルを見せろ、などと言われているワケではないと理解できるだろう。

 しかし、理解できることと感情はまた別問題だ。

 そもそも連翹はあれだけ自信満々の癖して、転移者の力以外は大して自信を持っていないのだ。その自信の大元を切り崩されたら、彼女のメンタルなど一気に崩れ落ちるだろう。


「そうだな。そのおかげでだいぶ戦いやすくなった――と、しまったな。立たせたままで悪かった、グラジオラスもカンパニュラも座ってくれ」

「えっと、大丈夫かな。知り合い同士の席だし、僕らは別の席に行ってもいいけど」

「遠慮しないの。そもそも知り合いだけで静かに飲みたいなら、酒場じゃなくて部屋に酒持ち込んで飲んでるわ」

「そういうこった。それにオレはアレックスたちと違ってお前らとあんま喋れてねえし、色々話してみてぇんだよ。冒険者で一番転移者を打倒してるパーティーがどんな奴なのか、純粋に興味がある」


 神官の女の子とはもう話したけどな、と笑うブライアンが椅子を引いた。

 そこまで言われたら遠慮する理由もない。ニールは勢い良く、カルナは一礼してから席に座った。

 

「うっし、そんじゃまずビールと……ところでここ温泉卵ってあるか?」

「温泉卵? ああ、確かあったはずだが……」

「んじゃとりあえずそれ三つだな、他のは飲み食いしながら決める。カルナはどうすんだ?」


 キャロルの「え? 同じモノ三つ?」と言いたげな顔をスルー――したワケではなく、楽しみ過ぎて視界に入らなかったニールは、とっとと決めろとばかりにカルナを急かす。


「僕もビールと……エルフ豆で作った豆腐ってのが早く出そうだからそれと……あ、あと鉱石喰らいオーレ・イーターとポテトのオルシリューム風ほくほく焼きってなんだろう?」

「え? 美味しいらしいけど、私は食べたことないわね……見た目が少しアレで」

「あ? そっちがカンパニュラだったよな? うめぇぞそれ、鉱石喰らいオーレ・イーターは噛めば噛むほど肉汁が口の中に広がって、芋は熱々で柔らけえんだ。味も濃いめでビールに合うぞ」

「よし、それじゃあそれで。すみませーん、注文お願いしまーす!」


 手早く注文を済ませ、すぐに来たビールを手に乾杯をし、すぐさまジョッキを傾ける。

 キンキンに冷えたビールが喉から体中に吸収されていくような感覚。それが非常に心地よい。ああ、なにせ肉体的にも精神的にも疲労していた時の最初の一杯だ。マズイはずがない。

 すぐにジョッキが空になったため、店員にお代わりを要求する。

 喉も潤ったところで、お代わりのビールと料理が来るまで何か話そうかと思い――ふと、気づいた。


(……そういや、共通の話題ってなんだろうな)


 無論、ニールたちは転移者打倒のために集まった集団だ。転移者についての話なら、互いに話せるだろうと思う。

 だが、それはしょせん仕事の話だ。重要なことであり、かつニールにとっては二年前からの最重要課題ではあったものの、一仕事を終えて休んでいる時にすべき軽い話題ではないだろう。

 そんな時に、ふと思い出した。

 アースリュームで、キャロルと会った時のことだ。

 エルフの国である森林国家オルシジーム。そこに霊樹という木で作られた剣があるという話を教えてもらった。

 そしてその情報の代わりに、と頼まれたことがあったのだ。

 

「なあアレックス、お前好きな女とかいねぇの? もしくは好みのタイプとかねぇのかよ?」

 

 アレックスから異性の好みを聞き出して欲しい――と。

 アレックスが怪訝そうな顔をし、キャロルは飲みかけたワインを吹き出しかけた。彼女は咳き込みながら、ニールに「なんで私が居るタイミングで?」という非難がましい視線を向けている。

 自分が直接聞けないから、と頼んだことを真横でやられるとは思っていなかったらしい。 


「だってよ、騎士で顔が整ってるってだけで女は放っとかねえだろ。女を好き放題に食いたいならもう入れ食い状態だろお前」


 そんなお前が独り身なんて、理想が高すぎるとしか思えねえぞ、と酒の勢いの馬鹿話の要領で勢い良く踏み込む。

 実際、こんな話は酒でも飲みながらではないと出来やしない。それに、「なんで突然こんな話を?」という疑問を抱かれても「酒に酔ったから」と堂々とアルコールに責任転換出来る。

 

「お、そりゃ気になるな。だってこいつ、オレが娼館に誘ってもノッて来ねえんだよ。実はホモなんじゃないか?」

「よしブライアン、そこに直れ。一閃でその生命を終わらせてやる」


 真顔で剣の柄に手を伸ばすアレックスに、キャロルが呆れたような――そう、『ような』、である――ため息を吐いた。


「やめなさいよアレックス……別に好みの異性くらい言えばいいでしょ。そうじゃないと、これからブライアンにずっとホモ扱いされるわよ」


 むっ、と顔を顰めたアレックスは、大きなため息の後に席に座り直した。

 そのタイミングでニールが頼んだ温泉卵とカルナの頼んだ冷奴が到着する。語り始めるなら理想のタイミングと言えるだろう。 


「好みの異性か――気になっている女性が居ないワケではない。異性として気になるのか、というと微妙なのだがな」

「え、ちょ、何、嘘、誰!?」

「キャロルさん、テーブル揺らさないで! 料理落ちる! 落ちるから!」

「つーかなんでキャロルそんな食いついてんだ、さっきまで興味無さそうだった癖に――だがまあオレも気になるな。誰だよそいつ」

「マリアン・シンビジュームだ」


 誰だろう、なんか聞いたことのある名前だ。

 確か、その名前は神官で、ノーラと仲が良い……いや、というか、先程ノーラを診ていてくれていた大柄で筋肉質な女性では無かろうか。

 皆もそれに思い至ったのか、シン――と短くも濃厚な沈黙が訪れる。


「オイちょい待てアレックス! 確かにオレもあの人に包容力は感じるが! 感じるが! けどアレ母性的な女の魅力じゃなくて、姉御の背中を追いかければ大丈夫って類のモンだと思うぞ!?」


 ブライアンの叫びに大きく頷きながら、ゆっくりとこの場の紅一点、キャロルに視線を向ける。

 しかし彼女は大して動揺していないのか、「へえ」とワイングラスを傾け――シュゴォ! と尋常じゃない速度でワインを飲み干した。よく見れば手が微かに震えている、滅茶苦茶動揺しているぞこの女。

 まあいいや、もう俺には関係ない――と目の前で繰り広げられる狂宴から視線を逸し温泉卵を一口。


「……おいカルナ、温泉卵ってすげぇな! 生みたいなとろりとした口当たりに、柔らかくても控えめに舌で自己主張する感触! なんか俺、醤油とこれだけで酒飲み続けられそうだ!」

「待って! ねえ待って! 一人だけ料理食べてないで状況の改善に協力しろよ、言い出しっぺだろぉ!」


 カルナに肩を捕まれ、仕方なくアレックスの気になる異性談義に再参入する。

 だが正直、名前聞き出したのだからもう関わりたくない。他人の色恋にわざわざ顔を突っ込めるほどの知識も野次馬根性もないからだ。


「んで、なんであのアマゾネスが気になってるんだ? 顔立ちが悪いワケじゃねえが、女らしいワケでもねぇだろ」


 確かに、マリアンは美人でないワケではない。

 もう少し小柄で、容姿に気を使い、女らしい言動をすればストレートに美人と言ってもいい。

 だが、実際は大柄で筋肉質であり、女の命である髪だってナイフか何かで適当に切りそろえた風に見える。無骨な姉御、といった風体なのだ。

 頼りになるだとか、分からなくはない。

 

「……自分が昔、調子に乗ってたという話は、確かグラジオラスたちも聞いていたな」

「ああ、無双の剣技さん、だったっけ?」

「ああうん、どういう経緯で付けられたあだ名なのかとか、レンさん経由で聞いたよ」

「ああ、そうだ――というか良くもバラしたなキャロル、今度覚えていろよ」


 ゆっくりとグラスを傾け、ワインを飲み干す。


「あの時は、自分が誰よりも強いと、強くなれると思っていた。無双の剣技さん、なんて揶揄したあだ名も誇りに思っていたよ。あと数年も経たぬ間に真実になる、と」


 アレックスは言う。マリアンとよく会話するようになったのは、大体その頃だと。


「そんな自分に対し、よく口うるさく注意していてな――大女の癖に口から出るのは小言ばかりだな、などと思っていたよ」


 今思えば心配だったのだろうな、と呟く。

 努力と才能で同年代どころか年上の剣士すら圧倒することもあったアレックスは、調子に乗っていたのだ。

 鍛錬を欠かすワケでもなければ、仕事をサボるワケでもない。

 ただただ、『自分は強い』と。

 自分が死ぬ時は、自分よりも圧倒的に強い戦士かモンスターと出会った時だろう、と。

 そう思っていたのだ。 


「そんな時だったな。ゴブリンが人工ダンジョン外の森に巣を作り出し、討伐しようとした冒険者を返り討ちにしたという情報が入って来た」


 討伐武隊にはアレックスも指名された。森という連携し辛い地形から、個人の戦闘能力の高さを求められたのだ。

 武隊が巣があると思しき場所の近くに来ると、先輩騎士たちはどのように攻めこむかという会議を始めた。それを見て、当時のアレックスは呆れたのだ。


 ――たかだがゴブリン如き相手に、何を警戒している。


 ――時間の無駄だ。そもそもゴブリンなど、何十匹居ようと斬り殺せる。


 実際、当時のアレックスにはそれほどの実力はあった。無論、先輩の騎士たちも。

 だからこそアレックスは他の騎士を『実力がある癖にゴブリン如きを恐れる腰抜け』と思ったのだ。


「だから、無断で巣へと突貫し、ゴブリンを十数匹斬り殺し――罠にかかった。ゴブリンの中に、神官が居たんだ」

「失礼な物言いになってしまうけど、当然だろうね。普通のゴブリンなら人工ダンジョンの外に巣を造るなんて知恵は働かない。偶然外に巣を造った頭の弱いゴブリンなら、冒険者だって負けてない」

「ああ。当時の先輩もそれを警戒していたらしい――当時の自分はそのようなこと、考えもしなかったがな」


 創造神ディミルゴは、全ての生き物に治癒の奇跡と種族特有の奇跡を与えたという。ゴブリンのそれは『知能の向上』であった。

 実力のある神官のゴブリンが居る群れは、下手な大型モンスターよりも恐ろしい。武器を巧みに操り、戦術を用い、罠をしかけてくる。

 

「油の溜まった深い落とし穴でな。そこに火矢を放たれ、火だるまになった。必死に這い上がろうとしても油でぬめって中々上には行けず、少し前に進んでも槍や弓矢で迎撃され、底に叩き落とされた」


 肺が焼けるように熱くて、酸素が足りなくて意識が朦朧とし――ようやくアレックスは理解したのだ。

 このままでは死ぬ、と。

 練達の剣士と死合った結果ではなく、

 ドラゴンなどといった強大なモンスターと戦った結果でもなく、

 ゴブリンなどという雑魚モンスターに、なぶり殺される。

  

「死ぬ覚悟はしていたつもりだったんだが――それは英雄のように華々しく散ることが前提だった。あんな死に方は予想していなくて……ああ、ただただ死にたくないと泣き叫んだよ」


 そんな時だった。

 上からゴブリンの悲鳴が響き、それと同時に誰かの声がしたのだ。

 怪訝に思う間もなく上へと引っ張りあげられ、治癒が終わる頃には自分を救った相手の顔を確認出来るようになっていた。


「それが、マリアンだった。自分が居ないことに気づいて、普段の言動から先走ったと理解し、単身救いに来てくれたんだ」


 もっとも、火傷と意識が回復したのを確認した瞬間、顔面を思い切り殴られたのだが。

 他の騎士たちが合流し、ゴブリンの討伐が終わり女王都へ帰る道すがら、延々とマリアンに説教をくらったのをアレックスはよく覚えている。

 そこまで話を聞いて、ニールはぽつりと呟いた。


「……いや、マリアンがすげぇ良い人、ってのは分かったがよ。惚れる部分は無くね?」

 

 アレックスが女性で、マリアンが男性なら、まあ分からなくはない。むしろ王道のシチュエーションだろう。

 だが、現実の性別は逆だ。感じ方は人それぞれだとは思うものの、ニールには恋する相手というより頼れる姉御自慢にしか聞こえなかった。

 

「自分もその辺りは疑問なのだがな――ともかく、重要なのはこれからだ。それから自分も心を入れ替えてな、まあすぐに慢心が無くなったワケではなかったが、無くす努力をして過ごしていた」


 そんな中で、アレックスとマリアンはよく同じ部隊として討伐を行った。

 アレックスの実力は高いものの暴走する部分があり、マリアンはそのストッパー役になれると認識されたからだろう。

 何度かの戦いでアレックスは皆と足並みを揃えて戦うことを学び、マリアンは時に最前線でモンスターと殴り合い、時に後方で仲間を癒し、時にミスをした仲間のフォローをした。

 忙しそうに武隊の中を駆けまわる彼女の姿を見て、多くの者が彼女に助けられていると知り――そんな中で、ふと思ったのだ。

 

「彼女は皆を助けているが、彼女自身は誰が助けるのだろうか――とな」


 他人よりも自分が傷ついた方が気が楽だ、と笑うマリアン。

 メイスを振り回しながら仲間を癒し、戦場を縦横無尽に駆けまわる彼女。

 自分は、そんな彼女の助けになれないだろうか――と。


「本人に言ったら笑われて否定されたがね。『気持ちはありがたいよ、けどそういうセリフはもっと成長してから言いな』とな」

 

 だが、アレックスはそれでもマリアンが気になるし、何かあれば助けたいとも思っている。

 

「――というワケだ。マリアンのことは気になるし、出来れば彼女の助けになりたいと思う。が、これが異性に対する感情なのか、頼りになる仲間を助けたいと思う感情なのか、自分にはどうも判別がつかない」

「簡単だ、女として抱けるか抱けねえかで考えるんだよ。オレもマリアンはすげぇと思うがさすがに――」

「ん……ああ、問題ないと思う」


 アッサリとアレックスは言い切った。


「マジかよ、範囲広いなお前!」

「あちらがどう思うかは知らないが、自分が好感を持つ相手なら問題なく出来るはずだ。思い浮かぶ範囲で女の知り合いなら誰でも抱けると思うぞ」

「えっ……?」


 先程からワインを自分の口に注ぐ機械になっていたキャロルが、目を剥いてアレックスを見つめる。


「……ああ、悪いなキャロル。女の居る場所で言う内容ではなかったな。気を悪くしたなら謝ろう」

「いや、別にそんなことはないけど、うん、まあ全然ないけどね――へえ、ふうん」


 頬が赤いのは酔いすぎたためか、それとも会話の内容から何か想像したためか。まあ、あえて追求はしないでおこう。


「それより――おい、グラジオラス」

「あ? なんだよアレックス、俺さっき来た鉱石喰らいオーレ・イーターとポテトのオルシリューム風ほくほく焼きってのを食うのに忙しいんだが」

「あ、いつの間に料理が――って待ってニール、それ僕が頼んだ料理だろお!」

「別に料理を食べながらでもいいがな。まさか、自分にだけ喋らせて何も言わないつもりではないだろうな……?」


 あれ? 今から俺が語る流れなのかこれ――と周囲を見渡す。

 ブライアンはアレックスの肩を抱いて盛り上がっているし、キャロルは「駄目よ、こんな場所じゃ、ムードが……ふふっ」と独り言を呟きながら妄想世界にトリップしているし、カルナは呆れ眼で「自業自得だろ」という視線を向けている。

 

「言い出しっぺの責務だ。先陣は切ったのだからとっとと語れ」

「つっても俺、気になる女とか居ねぇしな」

「よし、グラジオラス待っていろ。今から穴という穴から酒を注いで記憶を粉砕してやる。場合によっては命も粉砕されるが構わないな?」

「構うわ! 待て、落ち着けって! 好みやら性癖やらはしっかり喋るから勘弁してくれ!」


 立ち上がりかけたアレックスの目は完全に座っていた。あれは本気の目だ。ワリと恥ずかしい部分まで語らないと有言実行でアルコールで殺される。


「ああ、ええっとだな――まず俺、あんまデカイ胸とか好きじゃねぇんだよ。別に小さい方がいいってワケじゃねえんだがな」

「おっ、なんだ、グラジオラス。幼い胸の方がいいってのかぁ? そいつは非生産的じゃねえのか?」

「いやデカイのも嫌いじゃねえしエロいとは思うぞ。ただ、お袋の胸がデカくてよ。……娼館で胸のデカイ女とやろうとした時、お袋の顔を思い出して萎えちまって」


 ヌイーオに誘われ娼館デビューし、わくわくしながらズボンを脱いだ結果がこれだ。しばらく巨乳がトラウマになった。


「お、おう……そいつはご愁傷様だ。グラジオラス、ビールのお代わりいるか? 一杯くらいなら奢ってやるぞ」

「サンキュー、ブライアン。ありがたく頂く」


 情事の際の母の顔、それは男なら誰しも理解できるはずだ。元気な息子は祖母を前に萎縮してしまうものなのである。


「俺が重視するのはやっぱ下半身だな。特にふとももと尻。もっと言えばふとももと尻の境界の、あの曲線が心を乱すんだよ……!」

「一応、ここに女が居ること忘れないで欲しいんだけど。そういう肉欲的以外な部分をもっと語りなさいよ。たとえば、そうね……髪型や色とか」

「あー……ロングで黒髪がベスト、じゃねえかな。俺はナルキの町を拠点にしてるんだがよ、時々日向ひむかいから来た女とか見たりするんだよ。ああいう艶やかな黒髪って綺麗だよな」


 うん? と。

 カルナが首を傾げた。


「あ? どうしたカルナ」

「いや、なんでもないよ。アレックスは何か聞きたい事とかある?」

「そうだな、なら好みの性格などを言ってみろ。隠すとためにならんぞ、グラジオラス」

「お前酔ってんな、なあ、実はけっこう酔ってんだろ――大人しい奴よりは騒がしい方がいいな。淑やかな令嬢、とか憧れる面はあるにはあるが、面倒くさそうだろ? 一緒に騒げるようなのが一番だな」


 ついでにからかって楽しければなお良いな、と言いながら追加注文したビールを一口。

 この手の話は喋ってて恥ずかしいが、酒の勢いに任せて暴露するのは中々心地よい。絶妙な開放感があるのだ。

 

「まあ気楽に付き合えるのが一番だよな! オレだってだからアレックスとキャロルと酒飲んでたワケだしよ! んで、他には――そうだ、背丈とかの好みはどんな感じだよ。デカ女が良いか、チビが好みか、ってな」

「んー……デカすぎても小さすぎてもな。まあ女の平均値くらいの背丈が一番じゃねえかな」

「つまり総合すると黒髪のロングで、背丈は普通で胸はあんまりなくてお尻が少し大きめで、性格は一緒に騒いだりからかったりして楽しい人が好み――――うっ、わぁ。ノーラさんが前に言ってた意味が分かって来たぞこれぇ……!」


 カルナが突然頭を抱えだしたが、一体どうしたというのだろう。まだそんなに飲んでいないはずだというのに。

 

「大変ねカルナ君、知らなかったら楽だったのに……何か飲む? 巻き込んだお詫びに色々奢るわよ」

「……ああ、突然ニールがらしくないこと言い出したのって、そういう――とりあえず赤ワイン、デキャンタで貰おうかなぁ……」

「よっしゃあ! 三番ブライアン・カランコエ! 語り尽くすぜ、お前らみみかっぽじってよーく聞けよぉ!」

「おう、なんか俺も楽しくなってきた! なあブライアン、女の体のどの部分がエロいと思うよ? 俺はさっき言った通りな!」

「とりあえず皆でつまめるモノを注文しておくか――うん? どうしたキャロルにカンパニュラ、難しい顔をして。酔ったのか?」


 こうして酒場の夜はゆっくりと、しかし騒がしく更けていくのであった。

 

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― 新着の感想 ―
ニールと連翹の恋愛模様は過去が絡んで拗れまくってるからな……
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