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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
温泉街の死闘
90/288

87/光と喪失の関係/2

 最初に言っておくけど、と。

 座布団に座り、ニール、カルナ、マリアンと順に視線を向けた。


「あたし、こっちの人が知ってて当然みたいなこと知らなかったり、逆にあたしが知ってて当然みたいなのを皆が知らないかもしれないから、ちょくちょく口挟んでね」


 ちゃんと皆に伝わるように喋るつもりではあるが、やはりそこは地球育ちと異世界育ち、語彙や知識の差はあるだろう。

 連翹れんぎょうが来る以前にこの異世界に来ていた転移者のおかげで、いくらかの単語やことわざなどはニールたちも知っている。けれど、だからといって連翹が知っていることを全て皆が知っているワケではない。逆も、また然りだ。

 その言葉に、三人は頷いた。

 

「うん、構わないよ。お願い、レンさん」

「ま、いつもふざけた馬鹿女じゃああるが、こんな時までふざける奴でも無いだろうしな。いいぜ、的外れでも笑ったりしねえから言うだけ言えよ」

「泣きながらノーラを抱いて走ってたような子だしね、あたしも同意権さ。さ、言ってみな、連翹」

「う、うん」


 三人分の視線に、少しばかり緊張する。

 普段のようにテンションと勢いで押し通していくなら良いのだが、頑張って考えた理屈をみんなに分かりやすく伝えようとするのは難しい。難易度もそうだが、精神的な部分も。

 前者なら『転移者で凄い自分』という自信で押しきれるのだが、後者は転移者の力が絡まない頭で考えた理屈を発表するためか、自信が無くて尻込みしてしまう。

 だが、そんな弱気を『あたしは無敵な転移者!』と脳内で叫んで押しとどめる。

 ここまで言った後で、「あ、やっぱりいいです」なんて言えないというのもあるが、自分の考えが正しくて、ノーラがまた同じことで死んだりしたら一生悔やむ。


「ええっと、ニール。まず前提条件の確認なんだけど、その転移者ってさ、ノーラの素肌を掴んでたりしたの?」

「あ? そりゃお前、ノーラ風呂に入ってたんだぞ。触らないほうが難しいんじゃねえのか?」


 その言葉に、やはりと頷く。

 

「ニールとカルナは覚えてるわよね。ノーラがアースリュームであたしと裸で寝ようって言ったことと、その理由」


 えっ、と。

 マリアンが困惑の声を漏らした。


「――いやまあ、うん。神官はけっこう女所帯だし、そういう奴もいるっちゃいるがね……」

「ちょ、待って待ってマリアンさん待って違う違うストップ! ノーラさんその類の人じゃないから!」

「おいこら連翹お前ぇ! やめてやれよ可哀想だろ、なに突然黒歴史展覧会始めてんだ馬鹿女ぁ!」

「ごめん、皆の前で発表とか苦手で緊張してるの! ちょっとボカして言えば良かったって思うわ自分でも!」


 ともかくっ、と声を張り上げる。

 

「ええっと、なんだっけ? 神官と神官が素肌で接触したら、神様の力を体に流すラインとかそんなのが一時的に繋がって、結果的に貧弱神官な方のラインが押し広げられるとか、そんなだっけ?」


 だいぶ曖昧な説明だったが、「まあ、大体それで合ってるよ」とマリアンが頷いてくれたため一安心。

 というか、この前提が記憶違いだったりしたら、連翹の仮定は完全に意味のないモノとなってしまう。

 

「でもこんなもん、俗説も俗説だよ? 本当かどうかも怪しい、言っちゃあ悪いが気休めだ。あたしもノーラが悩んでるみたいだから、とりあえず教えただけだからね」

「それなんだけど――ねえ、カルナの場合は本読んで知ったって言ってたわね? なんかこう、世間一般に伝わってる以外の知識はない?」

「生憎、あまりないな。そもそも、神官のラインって目に見えるモノでもないし、数字に出せるものじゃないから」


 カルナが言うには、数十人の神官を集めて行ったテストでも、効果があると実証できなかったらしい。

 また、その実験の最中、素肌での接触をした状態で奇跡を使用すれば僅かに力が上がるという証言もあった。

 だが、それもまた真実であると言える程のデータが取れず、結局この実験ではこの俗説が真実だと証明するには至らなかったのだという。

 その言葉に、顔を顰めてうんうんと唸ってしまう。

 

「……俺はその辺り詳しく分からねえんだが、大体言いたいことは分かった。つまりお前は、転移者の男とノーラのラインが繋がった結果があれだ、って思ってるわけだな」

「あ、そっか。先にそっちを説明しておくべきだったわね」


 ごほん、と一度咳払いをする。

 

「あたしは、ノーラが転移者の力……つまりは創造神の力を吸い上げて奇跡を発動させたからああなった、と思ってるの。その結果が無茶苦茶な負荷で倒れたノーラと、一時的に力の使えなくなった転移者ってね」


 ノーラと転移者、それぞれを別々に考えるのではなく一つとして考えるのだ。

 もちろん、同じ場所に居たからって必ず関係があるとは思わない。だが、個別で悩むのはカルナやマリアンがやっている。

 ならば、そちらは二人に任せ、自分は自分なりの方向で考えるべきだと思うのだ。


「どうしてそう思ったのか聞いてもいいかな? 実際、マリアンさ――マリアンが言った通り俗説だよ、これは」


 問いかけるカルナの言葉に非難の色はない。純粋に興味から問いかけているのが分かる。

 正直、それが凄い助かった。面と向かって何を馬鹿なことを、みたいな風に言われたら流石に言葉が詰まる。

 実際、連翹もこの理屈に自信があるわけではない。もしかしたらそうなんじゃないかな、程度なのだ。


「今まで、接触での上昇が誤差としか思われなかったのは、そもそも神官に与えられた力がそんなに多くないからだと思うの」


 連翹は創造神ディミルゴとかいう存在についてほとんど知らないが、それでも知っていることはある。

 この世界の神様であり、人間やエルフ、ドワーフや魔族などといった知性あるものから、動植物から虫に至るまで全てを司り愛する者であると。

 だからこそゴブリンやドワーフなんて人間に敵対的な存在が崇めるのもディミルゴであり、かつて魔王と戦っていた時に魔族が崇めていたのもまたディミルゴなのだという。

 

「人間、エルフ、ドワーフ、亞人、モンスター、エトセトラエトセトラ。この大陸以外に大陸があれば、まだ他種族もいるかもしれないわね。

 そんな沢山の種族があって、その中に何割かは知らないけど神官が居て――一人一人に沢山力を分け与えたら、神様の力とか枯渇しそうじゃない? あたしはディミルゴがどれだけ力のある神様だとか知らないんだけどね」

「……無くは無い、と思うねぇ。実際、どんなベテランでも大規模に影響を与えられる神官なんて稀だ。魔王大戦の頃、創造神に愛された奴とかは別だったらしいけどね」


 だから仮にと前置きし、


「超適当な数字だけど、ノーラみたいな見習い神官が扱える力が『5』、一人前で『15』、マリアンみたいなベテランで『30』だとするじゃない? 

 ノーラとマリアンが手を繋いでラインを接触させても、数字は『35』。でもノーラは総量『5』の力を目安に奇跡の力を使おうとする――だから誤差程度にしかならない。ラインが広がるのも、ラインが繋がった状態で奇跡を使っても」


 沢山ある力を上手く活用できず、結果『5,5』とかそれ前後の力しか使えなかった。

 そして、この世界はゲーム的に最大MPが表示されるわけでも、HPが何ポイント回復したいうアナウンスが出るワケでもない。だから微かな上昇は見逃されるか、コンディションの変化による誤差程度に思われていたのだろう。

 

「でも、今回ノーラがラインを繋いでしまったのは転移者。力の源は同じだけど、常に身体能力を強化していて、状態異常を防いで、スキルで大技を乱発出来る転移者とね」

 

 転移者の力の総量を仮に『1000』としよう。

 そんな存在とラインを繋いだノーラは、知らぬ間に『1005』という力を得てしまった。

 そんな中で、ノーラは普段と同じように『5』の力から奇跡を使おうとして――


「――ダムが決壊した。奇跡を使おうとして開けた小さな穴に力が殺到してね」


 これが現地の神官なら、こうはならなかっただろう。

 どれだけ力量差があっても、しょせん同じ神官だ。ラインが繋がった状態で奇跡を使っても、今まで通り誤差程度の力しか出ない。

 だが、今回繋いだ存在は圧倒的な力を持っていた。

 転移者というダムにノーラという小さな穴が穿たれた結果、莫大な力が出口に向かって殺到したのだ――まだまだ細いノーラのラインを押し広げながら。


「流れだした力はノーラが作った穴――治癒の奇跡に流入して、ベテランの神官のマリアンでも見たことのない大規模な奇跡を発動させたってわけ……だと、思うんだけど」

「そこは言い切れよ、ノーラだとか穴だとか言っときながら閉まらねえじゃねえか。ガバガバだぞお前」

「だって仕方ないじゃない、あたし神官の知識ないから自信はあんまないのよ。というか、閉まらない話でノーラと穴のなんの関係――――!? 貴方ホント最低ねぇ!」

「あー? どこらへんが最低なんだって? 俺適当言っただけだから分からねえわ。ちょっと色々教えてくれねぇかな連翹先生よぉ!」

「オッケー、あたしの隠された力を発揮する披露宴に呼んであげるわ。怒りのパワーの力が全快になったからもう謝っても遅いんだからね!」

「騒いでるとこ悪いんだがね、連翹」


 背後から響くマリアンの声に勢い良く振り向く。


「なにマリアン!? あたしはちょっとこの男をバラバラに引き裂くっていう闇系の仕事があって――」


 ぷに、と。

 頬に突き刺さる指の感触。

 視線を背後に向けると、わざわざこっちまで回りこんだらしいマリアンが、指を突き出していた。

 ああ、なんだろうこれ。地味に懐かしい。小学生くらいの頃によくやったりやられたりしたイタズラで――


「……せっかく真面目な話したのになんでふざけるの!? ねえ!? ちょっと物申した――」

「創造神ディミルゴに請い願う。失われ行く命を守る力を、癒しの奇跡を」


 瞬間、光が連翹の目を焼いた。

 

「あああああっ、目が、目がぁ! いきなり何すんのよもぉおおおお!」


 怒った。もう怒った。泣いて謝ったって許さない。

 だってニールの冗談、マリアンのイタズラ、そして今の光、もう三度目だ。

 仏の顔を三度までって名ゼリフを知らないのかよこの世界の人間は。知らないんだろうな、仏もそうだけど黄金鉄塊の騎士ナイズドされてるから。 

 ともかく、もう怒りのパワーの力が全快になったから謝っても遅い。ニールとかマリアンとかはこのまま骨になる。


「いや、レンさん。落ち着いて――これで証明されたから」

「何が!? あたしのほっぺた突いて目眩ましすることでどんなことが証明されるってのよ!」

「だから、さっきのレンさんの話さ。ノーラさんの衰弱と転移者の一時的な能力喪失に関すること」

 

 段々と回復していく視界の中で、カルナはじい、とマリアンを見ていた。


「なるほど。すぐに手を離したから良かったが、これはそう何度も試したいもんじゃないね」


 どさり、と畳の上に倒れこみながらマリアンが言う。


「一瞬だが、体が焼けるような――いや、違うね。これは実際一瞬焼けたんだ。莫大な力が流入して、ラインが内側から押し広げられる過負荷に体が耐え切れなくて破れ、色々な部分が傷ついて、けど治癒の奇跡が一瞬で治癒していく感覚。

 ノーラは運がいいね。ヘタしたら痛みのショックで死んでるよ、これ」

「ちょ――大丈夫なのマリアン!? っていうか、なんでいきなり試すのよ! ノーラが倒れたって知ってる癖に!」

「前もって言ったら他人から止められるからね。それにまあ、前線で戦うことも多くて他の神官よりは痛みに慣れてるから」


 だが、これで証明された、とマリアンは笑う。

 

「転移者の力を一時的に無効化する手段がね。もちろん、現状こんなモン使い物にならないけど、上手く行けば切り札になるよ、これは」


 神官が転移者の素肌に接触した状態で奇跡を使用すれば、それだけで相手を無効化できるのだ。

 無論、拘束でもしない限りは振り払われて終わりだろうし、そもそも神官が被る痛みという大きな問題点もある。

 けれど、これを改良し、デメリットを無くすか薄くすることが出来れば――神官という存在は対転移者での切り札に成り得る。

 

「それじゃあ、あたしはそろそろ行くよ。この件に関して報告しなくちゃならないからね」

「なら、俺らもそろそろ出るか。女が寝てる部屋に男が居座り続ける、ってのもの如何なモンかと思うしな。幸い、命の危険はねえみたいだし」

「そうだね。それじゃあレンさん、ノーラさんを頼むよ」


 マリアンはともかく、ニールやカルナはそんなすぐに退出しなくてもと思ったが、外は既に暗い。確かに、こんな時間に同年代の寝ている部屋に居座るのは頂けないだろう。

 しかし――


「――意外ね。カルナはともかく、ニールにそんなことを考える脳みそとかあったんだ」

「おい喧嘩売ってんなら買うぞ」

「これでさっきのセクハラをチャラにしてやるわ。五体投地して歓喜に打ち震えてもいいのよ」

「ああほらニール、レンさんの言ってることは大体事実だろ。それに剣が無いのに喧嘩の売り買いするんじゃないよ。とっとと部屋に戻ろう」

「まあ確かに剣が無くちゃ張り合いが――おい待てカルナ、最初の方なんつった」


 扉が閉まり、ニールとカルナが言い合う声が聞こえなくなった辺りで、連翹はふうとため息を吐いた。

 慣れないことをしたなぁ、と思う。中学生になって友達が少なくなる前から、さっきみたいに意見を述べるのは苦手だった。

 正直、血塗れの死神グリムゾン・リーパーと戦うよりずっと疲労した気がする。さすがに過言だろうと思うが、精神的には大して差はない。

 

「……もう寝ちゃおうかな。今日は戦闘とさっきので、色々疲れたわ」

 

 普段ならもう少し夜更かしするところだが、さすがに疲労が大きい。

 

「――んん……レンちゃん?」

 

 そう思ってノーラの隣に布団を敷いていると、


「ごめん、起こしちゃった?」

「あれ、ここ――わたし……?」


 もぞもぞと布団の中で体を動かし起き上がろうとするノーラを、連翹は優しく押し留める。


「色々あったから、ゆっくり休んだ方がいいわよ。それとも、なんか食べ物とか飲み物欲しい? そのくらい取りに行くわよ」

「ううん、いいですよ。それより、何があったのか話してくれませんか?」


 そう言ってノーラは自身の白い喉を擦った。

 

「何かあったのかは分かるんですけど、痛くて熱かったことくらいしかあまり覚えてなくて」

「寝物語にするには物騒だけど、大丈夫? ノーラも知っていた方が良いことではあると思うけど、明日に回してもいいのよ?」

「いえ、さっきまで寝てたせいか、ちょっと目が冴えてきちゃって。今のうちに色々聞いておきたいんです」

「うん、それなら任されたわ。……でも途中で寝落ちしたらごめんね」


 そう前置きし、浴場でノーラが倒れてからここに至るまでの話をゆっくりと語った。

 自分が色々と助けられた話に少しだけ申し訳なさそうにしていたノーラだが、先程ニールたちに語った話になると表情を引き締まる。


「……ってなワケ。あたしの弁舌は絶好調で、至高の転移者は更に憧れるぞんざいになって圧倒的にさすがって感じ! 完全無欠になる日も近い――」


 ノリノリで語る中、不意に連翹の体が柔らかい光に包まれた。治癒の奇跡の光だ。

 ノーラに視線を向けると、布団の隙間から手を伸ばしていた。そこから治癒の奇跡をかけたのだろうが――


「……ノーラ、別にあたしは怪我とかしてないわよ? それとも、なんか脚とか切ってた? 転移者になって頑丈になったから、そういうの無かったんだけど」

「ごめんねレンちゃん、いきなり。ただ、少し確かめたくて。……やっぱり、治癒の奇跡の力が強くなってる。あれでラインが太くなったから?」

「ああ、そういうこと。まあ、不幸中の幸いだったわね。これだけ痛い思いして何の見返りも無しとかやってられないだろうし」



「アレを――あの痛みを何度も繰り返せば、もっともっと強くなるんですね」



「……ノーラ?」

「ねえ、レンちゃん。転移者の男の人は、まだ捕まったままなんですよね? なら今のうちにアレを繰り返して――」


 ぱぁん! と。

 ノーラの頬を叩いた。

 軽くしたつもりではあるが、思ったよりも大きく響いたのは無意識に力んでしまったからだろうか。


「ねえ、ノーラ。さっきの話聞いてた? 痛みでショック死するかも、ってマリアンが言ってたのも言ったわよね? あたしの言い忘れなら今すぐ言ってね、誠心誠意謝るから」

 

 連翹は苛立っていた。

 確かに先程の話をした時、自分の功績を少しばかり盛って面白おかしく話はした。

 けれど、ノーラの危険に関してはしっかりと伝えたつもりだ。マリアンが短時間でもキツイと言っていたことも含めて、である。

 だというのに、さっきの発言はどういうことだ。


「ええ、聞いてましたよ」

「ならなんで? ねえ、あたしの説明が悪くて理解できてないの? 一から説明してあげよっか?」


 上半身を起こしながら淡々と言うノーラを見て、声音が低くなる。

 けれどそれを抑えられないし、何より抑えるつもりもない。

 

「レンちゃんの話は聞いてましたよ。意味も、理解してるつもりです。でも、それでも――多少のリスクがあっても、実力がつくなら」 

「ニールが命を粗末にした時に思いっきり殴った人の言葉とは思えないわね。なに? どういう心変わり?」

 

 下手なことを言ったら今度はグーで殴る。

 偶然とはいえ皆に心配をかけたことを、今度は意識的にやると言っているのだ。

 本気でも冗談でも、言っていいことと悪いことがある。


「だって――わたしだけ、役立たずだから」


 震えた声で、ノーラは言った。

 いいや、震えているのは声だけではない。体もまた、小刻みに震えていた。


「わたしには、ニールさんのように真っ向から戦えない。カルナさんのように魔法を使えない。二人に比べて、経験も全然ない。

 レンちゃんみたいに特別な力も、転移者がどういう人たちかっていう知識もない。

 見習い相応の治癒だけで、二回も捕まって、脚を引っ張って――これじゃあ、ただの足手纏じゃないですか」


 ああ、そうか。

 先程の言葉は別に考えなしで言ったワケでも、死を恐れていないわけでもないのだ。

 なにせ、相手の転移者の力を吸い上げるほど長時間、マリアンが言った痛みを感じていたワケだ。今でもそれは記憶に刻まれているだろう。

 でも、それでもやらねばならない、と思ってしまったのだ。追いつめられてしまったのだ。


「そっか――そうよね、何も出来ないのって、辛いもんね」


 だから連翹はこの世界に転移することを望んだのだから。

 誰だって無力なのは嫌だ、弱いのは嫌なのだ。だからこそ多くの転移者は『最強』の二文字に固執しているのだ。

 いいや、転移者だけじゃない。この世界の住民も、転移していない地球の人間も、力と才能に憧れ生きているのだ。そうでなければ、大昔の神話から今現在のネット創作まで、変わらず最強の英雄が描かれるはずがない。

  

「でも、駄目よノーラ。気持ちは分かるし、あたしだってこの力を手に入れるのに命の危険があるって言われても、きっとやっちゃったと思うけど」

「なん――で」

「そんなの当然じゃない」


 震える体を支えるように、連翹はそっとノーラの体を抱きとめた。


「大切な友達が危ないことをしようとしてるのに、止めないはずないわ」


 もちろん、どうしても必要なら黙って見送ろう。

 でも、今はそうじゃない。自分の無力さから無茶をしようとしてるだけ。


「それに、ノーラは別に足手まといなんかじゃないわ。あたしなんて、ノーラと出会ってから今まで、ずっとずっと、助けられてばっかりだもの」

「そんなこと――わたしは、レンちゃんに何も出来てませんよ」

「ねえ、覚えてる? あたしがノーラたちと初めて会った時のこと」

「……今以上に常識なかったですよね、レンちゃん」

「うっ――まあ、正直、相手にムカついたのはあるけど、それ以上に酒場で乱闘して無双するってイベントやりたかったってのもあったし、反論し難いわね……!」


 くすくす、と二人の笑い声が重なる。 


「その時はニールもカルナもあたしのことなんてガンスルーでね、『ああ? 転移者? 気まずそうだが知ったことか、その気まずさで死ね』みたいに扱われてたのよ」

「ふふ、ニールさんもカルナさんも大人気ない……」

「ねー? レディの相手をちゃんとしなさいってのよ――そんな時に色々やさしくしてくれたのがノーラだったわ」

「……いえ、あの。今思い返しても、大したことをした覚えがないんですけど」

「いいのよ。そのノーラにとって大したことじゃない行動が、あたしにとってすごく嬉しかったんだもの」


 この世界に転移して、闘技場で優勝した後。連翹は色々な人間と出会った。

 連翹の力をアテにする戦士、おべっかを使い他所で陰口を言う魔法使い、露骨に嫌う神官。

 色々とパーティーを組んだが、結局誰とも長続きしなかった。好くにしても嫌うにしても転移者の力を見た結果であり、誰も片桐連翹という少女を見ていなかったからだ。

 

(――そりゃそうよね。力しか振るってないのに、どうやって内面を評価しろっていうのよ)


 でも、偶然とはいえノーラの前で素を晒し、結果ノーラは片桐連翹という少女を見た。見てくれた。

 だから嬉しかったし、ノーラと一緒に居たいと思った。素の連翹を知って一緒に居てくれるノーラが居たから、周りでも転移者の連翹ではなく片桐連翹として振る舞えた。

 たぶん、ノーラと出会わなければニールとカルナとも仲良くなっていなかっただろう。マリアンやキャロル、アレックスなども同様だ。

 

「ノーラ。貴女はあたしの心を救って、豊かにしてくれた大切な人。だからね、足手まといなんて言わないで。強力な治癒なんかよりもずっとずっと、あたしは癒やされて助けられて、ようやくここに居るんだから」


 そして、この想いはニールもカルナも同じだと思う。

 もちろん、気持ちの大小はあるだろう。ニールは頻繁に助けが必要なほど脆くないし、カルナも脆い部分はあるが連翹ほどではないのだから。

 けれど彼らもまた、先程のノーラの言葉を聞いたら怒り、自分なりのやり方で言葉を尽くしたことだろう。


「あたしの言葉だけで不安なら、ニールやカルナにも聞いてみなさい。ニールは茶化しながら、カルナは真面目に色々話してくれるわ」


 自分のいい所は見つけ辛く、悪い所は見つけやすいモノだ。

 それはきっと、いい部分は自分にとって当たり前で、悪い部分は他人と比べ劣っているのが目立ってしまうからだろう。


「お願いだから死にそうなことはしないで。それで死んだりしたら、あたしとか泣くわよ? ええ、そりゃもう大泣きするわ。呑気に永眠できないように延々と妨害してやるから、死んだ時は覚悟しなさい」

「ごめんなさい――ありがとう」


 うんと頷き、柔らかく微笑むノーラの頬を軽く撫でる。

 先程、思いっきり叩いてしまったが大丈夫か今更ながら少し心配だ。腫れても神官の奇跡でなんとかなるとは思うが、それと申し訳なさはまた別問題だ。


「でも、なんか目ぇ冴えちゃったわね」

「そうですね……お風呂、もう一回行きますか? 露天じゃない方はたぶんまだ使えると思いますし」

「――しまった……そういえば、あたし温泉入ってなかった! せっかくの温泉街で入らずに出発とかノーサンキューよ! 行きましょ、ノーラ!」

「ええ、急ぎましょうレンちゃん!」

 

 二人で手を繋いで部屋の外に出る。

 楽しそうに、笑い合いながら。


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