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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
温泉街の死闘
83/288

80/血塗れの死神

 現在、ニールたち連合軍は複数のグループに別れ、ある程度の距離を保ちながらゆっくりと移動していた。

 敵が転移者だとすれば纏まっていなければ危険とも思ったが、下手に密集すれば広範囲の魔法スキルで壊滅する可能性があった。

 ゆえに分割だ。一度に狙われる人数が減るし、密集していない分、咄嗟に飛び退き回避もしやすい。また、仮に奇襲で壊滅するにしても、その一グループで済む。

 その分割したグループの先陣に、ニールたち四人と騎士たちが居た。

 実力差として場違いな気もするが――ニールたちは二度、連翹れんぎょうが一人で戦ったのも含めれば三度、転移者と戦い生き残っている。対転移者であれば他の人間よりも経験があり、仮に敵が転移者でなくとも騎士たちで封殺で圧倒出来る。


 警戒しながら移動する場所は、アースリュームとオルシジーム、ドワーフとエルフを繋ぐ街道に存在する宿場町だ。


 元々名前の無かったそこだが、不便だということでいつからか『オルシリューム』と両国の名を繋いだ名を名乗り始めた。

 安直だと思われるかもしれないが、実際安直だったりする。現場作業のドワーフが適当に言った名が宿場町に広まり、両国の商人に伝わり、いつの間にか定着してしまったのだという。 

 しかし、そんな適当さが良かったのかもしれない。そういう『緩い』部分があったからこそ、魔王大戦終結後、まだ仲良くなりきれてなかったドワーフとエルフの仲を取り持つことが出来たのだろう。

 そうやって両国の緩衝材になることで複数の文化が混ざり合い、ドワーフとエルフが仲良くなった今も温泉という大陸では滅多に見られぬ特色が存在するため、賑わいの絶えない観光地――少なくとも、ニールは友人のヤルとヌイーオからそう聞いていた。

 だというのに、今のオルシリュームの大通りには人っ子一人居ない。冷たい冬の風が地面を撫で、時折かさかさと紙くずを転がしていく。


(ああ、くそ。嫌な気分だな、オイ)


 常日頃から人が絶えない場所こそ、人が居なくなった時に恐ろしい――ニールは少しだけそんな事を考えた。そんな益体もないことを考えてしまう程度には、ニールの気分は悪かった。

 客を呼びこむ看板も、馬車や歩行者が移動しやすいように整備された石畳も、立ち並ぶ屋台も――人が居てこそ賑やかで華やかなモノになるのだ。

 あるべき喧騒が無い賑わった町を見ていると、まるで町そのものが死んでしまったような気分になってくる。

 ああ、ならば――この気分の悪さは死体を見た時と同じ類のモノなのだろう。

 動かなくなった人型と、動く人型の失せた街並み。違いは大きいはずなのに、二つがもたら寂しさと気分の悪さは非常に似通っている。


「……この状態になって、あまり時間は経っていないな」


 転がる紙くずを手に取り、アレックス・イキシアは端正な顔を歪めながら呟いた。

 広げた紙くずはこの町の地図だった。ペンで土産物屋などに丸印が描かれており、こんなことが無ければ土産物屋巡りをした後に温泉にでも浸かっていたのだろう。

 くしゃり、と紙くずが握りつぶされる。それはこんな状況を作り出した存在に対する、アレックスの怒りの発露だろうか。

 

「アレックス、怒るのも嘆くのも後にしろ。民を守るための盾であり剣であるボクら騎士が心を乱しては、『ボクらを見ている者たち』が不安を抱く」


 兜を被り、完全武装した騎士団長ゲイリー・Q・サザンは淡々と言った。

 彼の言うとおり、周囲に人影はないものの、建物の窓や影からこちらを伺う視線があった。それらに敵意は無く、恐る恐るといった具合にこちらの様子を伺っているように思える。

 

「巻き込まれないため、なんでしょうね」

 

 騎士たちの会話を聞いたノーラが、ぽつりと呟いた。

 彼女の言うとおり、自分たちが属する集団が怯えられているワケではないだろうと思う。

 冒険者だけならその可能性もあるが、しかしその集団に騎士が居れば話は別だ。この大陸において、騎士は『勇者の理想を継ぐ者』として民に信頼されている。そんな彼らを見て怯えるような人間は犯罪者くらいだろう。

 

「騎士が来たくらいじゃ安心できないくらいの相手が、ここに居る。でなきゃ、騎士団長の姿を見た時点で誰かが助けを求めに接触に来ると思うよ」


 騎士とは秩序を守る者であり、大陸最強の戦士の称号なのだ。

 無論、アルストロメリアの騎士は人間であり、ドワーフとエルフが多いこの場所では知名度が若干低いという事実はあるだろう。

 しかし、それでも誰も助けを求めに来ないの不可思議だった。知名度は若干落ちるとはいえ騎士の名声はドワーフやエルフにも轟いているはずだし、そもそも観光客の人間だっているはずなのだ。

 そうしないのは――恐らく、騎士が敗北した時に『情報を漏らした裏切り者』として処断されることを恐れたから。

 

「でも、その連中はどこに居るの? こそこそ隠れてまるで忍者ね、汚いわさすが忍者汚い、露骨に嫌らしい……」

「こんな時くらい真面目に喋れよ馬鹿女」


 軽口を言いつつも、ニールは周囲の警戒を絶やさない。そして恐らく、連翹も。

 ニールは連翹のことを『メンタルが弱い癖に無駄に自信満々な馬鹿女』と認識しているが、こういう時にサボるような不真面目な人間ではないとも思っている。馬鹿で調子に乗りやすいが、しかし根は真面目なのだろう。

 

「――皆、足を止めてくれ」


 静かに、しかし有無を言わせぬ低い声音でゲイリーが言った。

 何事かと視線を向け、眉をひそめた。

 

 ――大通りの真ん中。そこが、通り雨でも通ったように赤く赤く、紅く染まっていた。


 鼻孔に錆びついた鉄めいた異臭が突き刺さっている。あの赤い液体が何なのか、考えるまでもなかった。

 石畳の上に撒き散らされたそれに、もはや体温の残滓は存在しない。飛び散った飛沫は既に乾き、舗装された道を汚らしく染色している。

 そして、そこから『何か』を引きずったような後が、視線の先にある建物と建物の間まで続いていた。


「……おい、大丈夫か馬鹿女」


 口元を抑え小さく震える連翹に問いかける。


「そ、そんな分かりきったことを聞くなんて浅はかさが愚かしいわね、もちろ――うっ、ごめ、警戒、お願い」


 強がろうと胸を張りかけた連翹だったが、しかし胃からこみ上げてくる物体に抗えず、弱々しい声を漏らす。

 

(……アースリュームで話してた時にも感じたが、一部を除けばメンタルはそこらの村娘と同じか、若干脆いくらいだな)


 モンスターが相手であったり、人間でもこちらに敵意や殺意を向けてくる存在なら、連翹は戦えるだろう。その結果として今、目の前にある血溜まりと同等のモノを作り出しても、きっと頓着しないはずだ。

 それはきっと、戦闘という行為に酔っているから。英雄願望と勝利の高揚感が、彼女に結果として残った『惨たらしい残骸』を思考の外に追いやっているのだろう。

 だから冒険者として生きてこられたのだろうし、それが悪いことだとは思わない。そもそも、正気シラフで刃物を持って他人と斬り合える奴など、そうそう居ない。そのため、恐怖やためらいといった感情を誤魔化すために、酔うのは重要なことだ。

 

(だが、こいつの場合、限定的過ぎる。酔っぱらい過ぎるのも問題だが、これも問題だな)


 酔っぱらい過ぎれば暴走するし、かと言って酔わなければ脚が竦む。

 それは、きっと現地人じぶんたち転移者こいつらも同じなのだろうな、とニールは思うのだ。

 

「……確認しに行くよ。皆、警戒をしつつ付いて来てくれ」 

「ああ。……ノーラ、悪い、連翹のこと頼む」

「ええ――レンちゃん、大丈夫ですか?」

「……あんま、大丈夫じゃないかも。っていうか、ノーラ、平気そうなのね。酷い臭いなのに」

「臭いに関しては、治癒の時に慣れてますから。……でも、平気ってわけでもないですね。だって、この量なら――……いえ、それよりレンちゃん。我慢できそうにないなら吐いちゃった方がいいですよ」


 暗い顔のノーラは、途中努めて明るく振る舞い連翹の背を撫でる。

 その仕草を見て、カルナはニールに小さく囁いた。

 

「ごめん、ニール。僕ちょっとノーラさんの近くに行ってくるよ。援護は出来る距離は維持しておく」

「ああ、行ってやれ。ノーラも連翹程じゃねえけど辛そうだしな。俺よかお前の方が仲良いし、近くに居るだけでも居た方がいい」


 連翹の背を撫でるノーラの手は、小さく震えていた。

 ノーラはまだ未熟とはいえ神官だ。血液そのものは見慣れているだろうが、それも治療現場に限った話だ。

 恐らく、あの血液の量から『何人分の致死量』かを想像してしまったのだろう。なまじ慣れているから、鮮明に死を連想してしまったのだ。


「そういう気遣いを普段からしてれば、もっとモテるんじゃないかな」

「うっせうっせ。大体、女はからかってる方がリアクションが楽しいじゃねえか」

「そんなんだからモテないんじゃないかな、ニールは。アトラさんのことといい、もう少し喜ばせる努力をすべきだと思うよ」


 軽口を言いつつ、カルナを後ろに下がらせ、騎士たちと共に血溜まりから伸びる『何か』を引きずった跡を辿る。

 建物と建物の間にある狭い路地まで続く引きずった跡。ニールたちは引きずられた『何か』が何であるか予測しつつも、路地の中を覗き込んだ。

 

「――これ、は」


 思わず漏れたくぐもった声音は、一体誰のモノだったのか。

 そこにあったのは、五人分の死体だった。

 しかしそれは、予想通りのモノである。確かに予想が外れていたら嬉しかったが、驚くことは何もない。

 

 ――その死体がただの死体であれば、の話だ。


 無造作に捨てられている五人分の死体は、この町の自警団か商人を護衛していた冒険者のモノなのだろうか。

 無残に切り裂かれた鎧が、彼らがこの町を襲った外敵と戦ったことを示している――そして、徹底的になぶられ、弄ばれて殺されたことも。

 五人分の死体に、骨まで到達するような傷は足首を切断したモノしかない。他には大小様々な傷はあるものの、致命傷になるモノは少ない。

 そして――全員が全員、苦悶に満ち満ちた死に顔を浮かべていた。

 痛い、痛い、痛い、殺すならさっさと殺せ――そんな叫びが聞こえて来そうだ。

 

「脚だけ傷が深い――逃げられなくした後になぶったわけだな」


 悪趣味な、とアレックスが吐き捨てる。

 ああ、と頷きながらカルナに待っているようにジェスチャーをする。

 連翹やノーラにこの光景を見せる必要はないだろう。なにせ、死体をそこそこ見慣れているニールだって気分が悪いのだ。あの二人に見せたら、トラウマになりかねない。

 

「……安全を確保したら丁重に埋葬することを約束しよう。それまで、少しばかり待っていて欲しい」

 

 ゲイリーは死体たちに頭を下げた後、大通りへと戻った。ニールたちもそれに続く。

 

 その瞬間。ギイ、と扉が開く音が響いた。


 瞬時にそちらに視線を向けると、建物の中から恐る恐るといった具合に小柄な少女が出てくるのが見えた。

 小柄な少女だ。ボブカットの黒髪に、黒い長袖のシャツにショートパンツ。腰には数打ちのショートソードを吊るしている。

 

「アンタたち……その格好、もしかして騎士? あいつらの仲間じゃないの?」


 震えた声でこちらに問いかけてくる少女に最初に反応したのは連翹だった。


「百合香!? 百合香じゃない! どうしたのこんなところで!」

「連翹!? そ、それが――女王国に向かう途中で、変な集団が来て……」


 見知った人に出会って安心した――そんな笑みを浮かべながらこちらに駆け寄ってくる百合香と呼ばれた少女。

 その少女からは、キツイ香水の臭いがしていた。そう、匂いではなく臭い。少量なら良い香りであろうとも、多量につければ異臭に変化する。


 ――瞬間、ニールは剣を抜き疾走した。


「ニール!? ちょ、貴方何を……!?」


 連翹が驚愕し問いかけてくるが――答えている暇などない。

 剣を肩に担ぐように持ち上げ、疾駆。呆けたようにこちらを見つめる少女との距離を一気に詰め、剣を勢い良く振り下ろす。


餓狼喰がろうぐらい……!」

「ちっ、全く――」


 渾身の斬撃は、しかし舌打ちと共になされた跳躍で回避される。


「――なんで気づいたわけ? まさか、キツイ香水つけてるから問答無用で斬りかかったわけでもないでしょ」


 屋根に着地し、こちらを見下ろす少女の表情に、先程の気弱そうな感情は皆無だった。


「昔、女違法奴隷を囲ってる商人の屋敷を制圧するクエストがあってな、そいつは女を苦しめることで快楽を得るような変態野郎だったんだ。

 そいつと似た臭いなんだよ――全身から血の臭い発してる癖に、香水で上っ面を取り繕ってる感じがな」


 もっとも、それだけではすぐに攻撃に移れる程に確信は出来なかっただろう。

 だが、アースリュームで連翹から血と香水の残滓を嗅いだ時、それが酷く嫌な臭いだったためによく覚えていたのだ。

 拷問狂が血を絞り出し、自分の体に塗りたくっているような――血の湯船に浸かり皮膚から死者の血液の臭いがしているような、そんな嫌な血の臭いだ。

 最初、連翹の話からスキルの使い方に慣れていない転移者が力まかせにモンスターを倒し、その結果必要以上に返り血を浴びているのだろうと納得した。

 だが、違う。

 本人を前にしたから確信できた。

 こいつは、血を好き好んで浴びている異常な存在だ。


「血の臭いに差なんてあるのかしら? まあいいわ――来なさい、クズども!」


 瞬間、少女が出てきた建物から複数の人間が雪崩出てきた。

 統一感のない装備の集団だ。オーダーメイドのフルプレートアーマーを着ている者も居れば、黒いコートを羽織っただけの者も居る。

 共通しているのは、足運びなどから強者の臭いを感じ取れないこと。

 だというのに、彼らが出ただけでこちらを窺い見る住民たちの視線に恐怖と怯えの感情が混ざった。


「ちょ、ちょっと待ってよ――百合香、一体どうしたのよ?」

「百合香ぁ? 誰それ、アタシは死神グリム……なんて、一度言って見たかったのよね、これ」


 百合香――否、死神グリムは他の転移者から手渡された赤いパーカーを受け取り、羽織った。

 いや、違う。判別はし難いが、元々はもっと色素の薄い別の色合いだったのだろう。

 だが、返り血を浴び続けた結果、まだらの赤色に変色してしまったのだろう。遠目で見るだけでも血の臭いがしそうだ。


「アタシは血塗れの死神グリムゾン・リーパー。レゾン・デイトルの幹部の一人よ」


 言って、彼女は視線を連翹から他の転移者たちに向け、命令を下した。

 

「さあ、行きなさいクズども。ここで成果を出さないと――その時が来ても助けてあげないからね」


 転移者たちは、その一言が何よりも恐ろしいとでも言うように、ニールたちに襲いかかる。 

 その様を見て、死神グリムはくすくすと笑いながら屋根を駆け出した。

 

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