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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
ドワーフの国
79/288

76/死神と雑音


 ――太陽が地の果てに没しようとしている頃。 


 黒髪の少女が一人、アースリュームから出国していた。

 十四から十五歳くらいの、ボブカットの小柄な少女だ。

 長袖のシャツにショートパンツ、腰には安物のショートソードを差していた。

 この季節では少しばかり寒そうな格好をした彼女は、バックを肩に担いでゆっくりと歩いている。

 無防備な姿。周囲に対する警戒など欠片も見受けられない彼女の歩みに、周辺に存在する異形なる獣――モンスターは舌なめずりをした。

 

 ああ、食事だ、食事だ。

 少女だ、柔らかい肉だ、美味そうだ。


 彼女を狙うそのモンスターの名を、『スクォール・ハイエナ』と言う。

 鳴き声が他人を嘲笑するような音に聞こえる、獰猛な、そして恐ろしいモンスターだ。

 戦闘能力こそ高いものの、非常に臆病で絶対に勝てる獲物しか狙わない。絶対に獲物を仕留めるために、数を揃えて奇襲してくる。

 そのため、多くの獲物はスクォール・ハイエナに襲われた時点で死が確定する。例外は、彼らが獲物の実力を読み違えた時だろうが――そのような時は滅多にない。


 故に、此度の狩りは必勝だ。


 スクォール・ハイエナの脳内は、その少女の柔らかい肉をどう分配するかという思考で占められている。戦い方など、欠片も存在しない。

 ハイエナが猛り、疾走する。愚かな獲物を仕留めるために、己の腹を満たすために。

 加速し、加速し、加速し加速し加速し――


「ふふ」


 ――喉を、断ち切られた。

 ごろり、と落ちるハイエナの首。


「ふふ、ふふふ、はははは!」


 少女の右手には、剣が一振り存在した。

 見窄らしい剣だ。数打ちの中でも安物でであるそれは、脆く、切れ味も鈍い。だというのに、自分たちの仲間は当然のように首を断たれている。

 

 ――瞬間、スクォール・ハイエナが選んだのは逃走だった。


 自分たちが獲物の強さを見誤ったこと、このままここに居ては全滅する事実を理解し、バラバラに逃げ出した。


『ああ、あれには勝てない』

 

 ならば、種の存続のために選ぶべきは逃走だ。

 相手がどれだけ強かろうと、バラバラに逃走すれば数匹は生き延びる可能性がある。合流し、逃げた中にオスとメスが居ればまた数を増やせる。片方のみだった場合、業腹だが他の群れに吸収されよう。

 ああ、そのモンスターは優秀だった。生き延び、種を増やす、という能力なら上位のモンスターだろう。

 普通の相手ならば。


「『バーニング・ロータス』……」


 炎の檻が、彼らを囲った。

 刀身から放たれる灼熱の剣閃は、紅色の蓮の花のような形状を描き、スクォール・ハイエナの逃げ道を封殺する。

 逃げようとした存在は肉を焦がされ、骨を焼かれていく。

 炎の発生源を仕留めようとした存在は、踊るような剣舞で切り裂かれる。

 ほんの僅かな時間で、ハイエナの群れから呼吸と鼓動が失せた。生き物が焼け死ぬ臭いと、むせてしまいそうな程に濃厚な血液の臭いが辺りを漂う。

 

「あ、は――ぁ」


 消えゆく灼熱の蓮の中心。

 万人が顔を顰めるその悪臭の中、少女が漏らしたのは陶酔の笑みだった。

 彼女は原型が残っている死体に歩み寄ると、ショートソードを振り上げ――下ろした。肉が裂け、内蔵が破れ、血がこぼれる。

 傷口から滴る、どす黒い赤色。それを、少女は手で掬い――化粧水でもつけるかのように自身の顔に塗りたくった。

 ぬるり、ぬるり、白い肌がどす黒い赤色で汚されていく。


「ああ――血の臭い、血の臭い、血の臭い」


 鼻孔を貫く、吐き気すら催す程の血臭。だというのに、少女は極上の美酒でも飲んでいるとでも言うように満足気な微笑みを浮かべる。

 

「――時間になっても来ないと思えば」


 そんな、背徳的でありつつもどこか色香のある光景に、一人の人間が現れた。

 十代半ばの少年である。

 漆黒の布地に五つのボタンを直線に並べた詰襟つめえりの上着。手首付近にもボタンがついているのは、装飾目的なのだろうか。その上に羽織るように、ボロのような黒いローブを纏っていた。

 雑音語りノイズ・メイカー

 転移者であり、レゾン・デイトルの幹部の一人だ。

 彼は呆れを含んだため息を吐きながら、血を体に塗りたくる少女に声をかける。


「寄り道かい、黒崎。いいや、血塗れの死神グリムゾン・リーパー

「仕方ないじゃない。アタシを倒せると思って来た身の程知らずを殲滅したんだ。高ぶらないワケがないわ」


 悪びれずに連翹に対し黒崎百合香くろさきゆりかと名乗った少女は言う。

 

「他人の血液ってのはね、アタシが強いって証明なのよ。殺して解体バラして心身を陵辱するのは、強者の特権だもの」


 だからこうやって血の臭いを嗅ぐのは止められない、と黒崎は――いや、血塗れの死神グリムゾン・リーパーと呼ばれた少女は言った。

 他人の血液というのは、堪能しようと思っても堪能できるモノではない。

 流血させようにも相手は抵抗するし、その抵抗を排除したとしても、物音や悲鳴で他者が集まって来てゆっくりと味わうことすら出来ない。


 だが、今なら――転移者となった現在であれば別なのだ。


 モンスターであれ、人間であれ、ドワーフであれ、エルフであれ――抵抗など転移者に対しては無意味だし、悲鳴で他者がどれだけ集まろうと自身の最強チートを以って排除できる。

 ゆえに、彼女は血に、そして己の強さに酔いしれる。これこそが、他人に縛られない絶対な自由の証明であると思っているから。 

 その様子をしばし観察していた雑音語りノイズ・メイカーは、再度ため息を吐いた。理解できぬ、とでも言うように。


「まあ、いいさ。それよりも、頼んだ仕事は終わったかな?」

「もちろん――連翹、だったっけ? 馬鹿じゃないの、あの女。自分が使った手で、あんな簡単に良い気になって喋りまくってさ」


 同郷の人と会うのは初めて? 呼ばれたばかり?


(馬鹿な女――しょせん、現地人と慣れ合うだけの無能ね)


 血塗れの死神グリムゾン・リーパーは既にこの世界で一年半という時間を過ごしているし、転移者の国レゾン・デイトルの幹部の一人だ。

 多くの転移者が存在する国の上位に位置する幹部は、簡易なモノとはいえ情報のツテがある。

 それはモブ程度の実力しかない転移者からもたらされるモノであり、強大な力に対する恐怖と憧れで従う現地人からもたらされるモノだ。

 その情報によって、女王都で一人の無能が殺されたことを彼女は知っているし、どういう手が使われたのかという話も聞いている。

 

「けどね、雑音ノイズ。連翹とかいう馬鹿女の情報はともかく、それと仲の良い現地人の情報なんて必要なの?」

「もちろん必要さ、死神グリム。ぼくの雑音ノイズは、相手の脆い部分が見えれば見えるほど効くんだから」


 ありがとうね、と言う雑音語りノイズ・メイカーの表情は笑み。他人の心を汚し、狂わせる未来を想像し、心から楽しそうに微笑んでいる。

 それは、骸を弄ぶ血塗れの死神グリムゾン・リーパーとはまた別の醜悪さであり、同時に非常に似通っている。

 そう、同じだ。

 自分の快楽のために他者を弄ぶことに、欠片の痛痒も感じないという一点において、彼と彼女は似たもの同士であった。

 

「ところで、彼はどうだった? 問題なさそうなら、ぼくの雑音ノイズで仲間に引き込むなり暴走させて暴れてもらうなりするけど」

「ああ、異世界に来てまで球蹴り遊びしてるあの男? 駄目ね。調べてみたら、球蹴のコート作ったのは五年前だって。仮に転移直後に造ってたとしても時間切れ」

「なるほど、それじゃあ会う価値も無さそうだ」

「本当。せっかくの力を無駄にして現地人と同じ生活をするなんて、無能は転移者になっても無能なのね」


 この力は誰にも縛られない、縛ることの出来ないモノだ。

 これさえあれば、どんなモノだって自由に手にすることが出来る。金だって簡単に稼げるし、自分が欲しいモノを他人が手放さなければ、物理的に排除することも可能だ。

 それを捨てて球蹴りなどをしている者の気持ちなど、血塗れの死神グリムゾン・リーパーには欠片も理解できない。


「本当だね――でも、ぼくらだって怠けてはいられない。時間はまだあるけれどね」

「そうね。早く条件を理解し、至らなくちゃならないわ――王のように」


 英雄の国レゾン・デイトル――転移者たちの国。

 国と名乗っている以上、そこには国を収める権力者が必要である。

 しかし、それは本来ありえないことなのだ。

 レゾン・デイトルに居る転移者は、転移者の中でも選民意識が強い。自分たちは強く、選ばれているのだから現地人よりも偉いと心から信じている者が多いのだ。

 纏まるはずがないのだ。普通は。

 ゆえに、手段は一つ。

 

「六年もの間、転移者であり続け、専用のチート――無二の規格外ユニーク・チートを持つ彼。工業製品みたいに同じチートではなく、専用のスキルを操る化物……ああ、ぼくも早くああなりたいな」

 

 圧倒的な力と、特別性。

 それが、レゾン・デイトルの王を王たらしめるモノだ。

 その力によって、心の弱い転移者は王に服従し、頭の弱い転移者は戦いを挑み骸を晒し――一部の者は条件を探す。

 そう、条件。条件だ。

 なぜ彼だけが自分たちのようなスキルではなく、専用のスキルを持っているのか? どのように発現する? どうすれば――自分もその力を手に入れられる?

 当人に聞いても『そんなモノは存在しない』と雑に対応されるだけで、情報は得られなかった。

 物欲もなく、性欲も薄く、賄賂やハニートラップで情報を聞き出すことも失敗続きだ。

 だが、

 

「そのくせ、国を立ち上げ、現地人たちに戦いを挑んでいるものね。きっと、この戦いの中に彼の力の答えがあるはず」


 だから、業腹だが従ってやる。 

 しかし覚悟していろ、同じレベルになったその時は、貴様を引きずり下ろしてやる。

 真に優れているのは、自分なのだから。

 

「そのためにも――ぼくは冒険者ギルドの知り合いに、君が教えてくれた名前を調査するように言ってくるよ。君はどうする?」

「アタシは少し、遊んでいくわ」


 バックを漁りながら血塗れの死神グリムゾン・リーパーは言う。


死神グリム、理解していると思うけど」

「分かってるわ、そこそこいい気分にさせて進軍して貰わないと一網打尽には出来ないからね。無能の処理ついでに楽しんでくるだけよ」


 バックの中から取り出されたのは、返り血で染まったパーカーだった。

 それを羽織り、フードを目深に被る。衣擦れの音と共に、じゃらり、と内部から金属音が鳴った。


「それに、そろそろ教えてやらないといけないじゃない」


 騎士と兵士、そして冒険者の連合は転移者の襲撃を退けた。

 無論、連中は無能だ。二年以上転移者として過ごしている癖に、スキルの使い方すら粗雑な穀潰し。

 しかし、それでも彼らは転移者だ。規格外チートによる身体能力と、スキルによる技は現地人にとって強力だ。

 強力だからこそ、それに勝利した者は思い上がる。


 ――俺たちは転移者に勝てる、と。


 馬鹿げた話だ。

 隔絶しているからこその規格外チートであり、上位の存在だからこそ転移者なのだ。 

 だが、馬鹿は馬鹿げた話を信じるから馬鹿なのである。


「転移者は最強だっていうことをね」


 ゆえに。

 無能を削って創りあげた自信という名のガラス細工を――粉々に砕いてやろう。

 苛烈に強さを見せつけ、しかし進軍には問題ない程度の被害を与えてやる。

 弱者の心を折り、二度と歯向かうことを考えられないようにしよう。

 それでも勝つことを諦めない愚か者は――国に招いて一人残らず惨殺してくれよう。

 だから、早く仲間を集めてレゾン・デイトルに向かうがいい。

 現地人おまえらが仲間を集めれば集めるほど、後々になって不穏分子を探す手間が省けるのだから。


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