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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
ドワーフの国
74/288

71/黒鉄の筒


 今は冬だというのに、真夏のようだな――カルナは額の汗を拭いながらそう思った。

 轟々と燃える炎と、それによって赤く染まる金属、そして槌を振るうドワーフたち。それらが一つの部屋に収まっているのだ、外気温などもはや関係ない。

 さすがにこの中では暑すぎるため、今のカルナは黒のシャツと同色のボトムスだけだ。ローブは設計図の散乱した机の近くにあるイスに乱雑に置いてある。

 

「よぉし、魔法使い! 次の試作品はたぶん大丈夫だ!」

「ありがとう。……それと名前はカルナだよ、カルナ・カンパニュラ。あと、試し撃ちする身としては言い切って欲しいな」


 金属で出来た筒を掲げながらこちらに歩み寄ってくるドワーフに、カルナは笑みで答えた。額に汗が垂れているのは、暑さだけによるものだけではないだろう。

 目の前に居るのは、年若いドワーフだ。年齢は聞いていないが、おおよそ十二か十三。大人のドワーフらしい姿になりつつも、髭が生え揃っていないのがその証明だ。

 ドワーフらしく小柄ではあるものの、四肢に漲る筋肉はカルナの腕など小枝のようにへし折ることが出来るだろう。厳つい顔立ちに茶の頭髪をドレッドヘアーに仕立てた彼は、カルナの考えた『筒』――その試作品を握り大笑している。

 ――デレク・サイカス。

 ここアースリュームに多数存在する工房の一つ、『工房サイカス』の若き主である。

 

「名前を覚えるのは苦手だし、こんなモノ作ったのは初めての経験だから安全性も保証なんざ出来ねえよ。嫌なら試し撃ちなんざやめて帰ってもいいんだぜ?」

「冗談」


 差し出された筒を掴みとり、簡潔に答える。

 その筒の形状は奇妙だった。

 クロスボウのトリガーらしきモノが存在し、筒の底部には小さなハンマーが装着されている。

 カルナは筒の中に親指程のサイズの杭を込めると、ハンマーを起こし、構えた。

 視線の先には、カカシのように飾られた鎧がある。工房サイカスで造られた甲冑であり、今回の的だ。

 カルナは工房に居るドワーフたちに合図を送り、耳を塞がせた。自分の耳は塞げないが、戦闘中に使うのならどうせ耳なんて塞いでられない。


(なら、これは練習に丁度いい)


 そう思いながら、カルナは叫んだ。

 

「行くよ!」


 トリガーを引き絞る。

 ハンマーが降り、筒内部に装填された杭の尻を叩く。金属と金属がぶつかり合う冷たい音と共に、微かに火花が散り――着火。

 ガウン! という獣の咆哮めいた音が鳴り響いた。爆発の衝撃は筒の中で荒れ狂い、出口を求め杭を押し上げる。杭は、加速、加速、加速加速加速――そして射出。

 爆風によって加速し宙を欠けた杭は、大気を突き破りながら甲冑へと向かい、激突する。甲冑を纏った戦士同士がぶつかり合った、そんな悲鳴めいた金属の鳴き声を聞いた。

 命中だ。

 そして、成功だ。

 甲冑の胸元に、深々と杭が突き立っている。

 カルナは安堵の息を吐くより早く、小さな苦痛の声と共に筒を取り落とした。

 

「あっ――つぅ……完成品は持ち手を完全に覆わないと駄目だね。ちょっと金属を分厚くした程度じゃ無理だよ、これ」

火吹き蜥蜴ファイア・リザードの粘液は面白い素材だが、熱だけはどうにもなんねえな……試作品返してくれ、持ち手と発射口を改良すっからよ」

「うん、お願い」


 僅かに火傷した手の平を魔法で冷やしつつ、作業をしていたドワーフと喜びを分かち合う。

 まだまだ改善点はあるが、とりあえず形になったことは喜ぶべきだろう。


「……しかし、大雑把なとこは完成したけど、これってたぶん職人がじっくりと調整しないと危なくて使い物にならないよね、現状さ」


 細かな部品の調整や、杭の底部に粘液を注入する作業。あれが、中々に難しい。

 トリガーを引きハンマーを下ろす部位の調整や、杭に入れる粘液の量。完成品が手元にあり、何度か練習すればどうにかなるかもしれないが、現状は少し小器用な程度のカルナではどうにもならない。知識も経験も足りていないのだ。


「だな。それに、杭に粘液仕込むのも筒のハンマーも量産は無理だな、現状手間が掛かり過ぎるし、無理して作ったら粗悪品出しまくって暴発する未来しか見えねえ。なら、もっと原始的な形に劣化させた方が数を揃えられるんじゃねえかな」

 

 そう言って、デレクは机に向かうと、設計図に新たな筒のデザインを書き記していく。


「筒の中に直接粘液注いで、その後に杭を入れる。これだな」

「着火は? 発射口に火種入れるのとか嫌だよ。ミスして指が無くなりそうだ」

「そっちの試作品でハンマーが付いてる部分、そこを細いヒモに変える。それに火をつけて、ヒモが燃え尽きる頃に中の粘液に引火。んで、派手に破裂させる」

「それだけだと発射するタイミングを自由に出来ないから、トリガーを引いたら火種を押し付けるようにしようよ。さっきの試作品のパーツを流用出来るんじゃないかな。素人考えかもしれないけどさ」


 二人で意見を交わしながら簡単な想像図を描き、時に書き足し、斜線を引いて無かったことにする。図、というよりは子供が落書きに使った紙といった様相になっているが、こんなもの頭の整理が出来ればそれでいいのだ。どうせ最後には技術者であるデレクが設計図を引く。


「……ああ、いい感じかもな。だが、どっちにしろ粘液の取り扱いがな」

「そうだね、密封しておかないとすぐ引火するし、燃えたり爆発したりした時の熱量も高い」


 分量さえ間違わなければ、素晴らしい素材だと思う。

 しかし、そういう細かい分量を野外でしっかり計れるのかとか、液体のため持ち運びが不便だとかいう問題がある。

 

(ファルコンって、凄く器用っぽいからなぁ)


 それに、ファルコンはモンスターを食材にしたり素材にしたりする苦に思わず、色々試しているような人間だ。素材の扱いも手馴れているのだろう。

 彼が上手く扱えてたから他の人間も扱える、なんてことは考えない方が良い。

 そもそも、デレクはカルナの考えた筒を面白いと思ってくれているが、それと同じくらい利益になると思ったから引き受けてくれた。

 彼の期待に応えるためになるべく幅広い人間が扱える道具にしたいし――何より、これは数を揃えてこそ強い武器だ。少人数にしか売れないモノにはしたくない。


「つーかよ、工房長に銀髪ノッポ。液体のままじゃ使い難いしよ、なんかに染み込ませて粉にしようぜ粉。筒に直接入れるにしろ、杭の尻に詰めるにしろ、液体じゃこぼれるだろ。てか、オレなら絶対指に粘液引っ掛けて指燃やすね!」


 デレクと顔を突き合わせて唸っていると、一人のドワーフが的にしていた鎧を片付けつつ言った。


「銀髪ノッポはやめて、そっちより魔法使いの方がマシだから――でもうん、粉でやれるなら……」


 デレクに視線を向ける。

 粘液でなら試作品は出来上がってるし、彼らが乗り気でないならこれで妥協するべきか。

 そんなカルナの気遣いなど欠片も気付かず、デレクは大きく手を叩いた。


「よしっ、基礎は出来てんだ、いっちょ改良すっか! ……やるぞお前ら寝れると思うんじゃねえぞぉ!」

「ヒャッホー! 徹夜だ徹夜だ!」

「オイラ今のうち食いもん買いに行こうかな。長丁場になりそうだし」

「取り敢えず粘液は紙に染み込ませて乾燥させようぜ。色々試してどれが火力出るのか確認しまくんぞぉ!」


 雄叫びを上げて走り回る彼らだが、そんなに広くない工房であるため、壁や道具に肩やら足やらを引っ掛けまくっている。

 デレクが言うには、こんな状況は日常茶飯事なのだそうだ。確かに、デレク含めて五人――工房内に居ない一人は奥の厨房に居るようだ――が作業するには十分な広さだが、走り回るには狭すぎる。

 そんな彼らの邪魔にならないように、カルナは壁際に移動した。人間の中でも背が高い方のため、適当な場所で突っ立っていたら邪魔になる。

  

「あ、カルナの旦那、炉の火が弱ってきたからいっちょ魔法頼むよ」

「ドワーフのオイラたちは魔法と相性悪いもんな! 一々火ぃつけんのめんどくさくて」

「つーかもっと良い炉使おうぜ、小せえし火力も出ねえし新型買おうぜ新型」

「アーマー・ブレイク・サッカー用の鎧作るのも手間取るしなー。松虫まつむしの奴、『鎧着て鉄球蹴るな、こんなのサッカーじゃないよ馬鹿野郎ども』とか怒ってるのオイラみたぞ」

「ああ、昔は草大そうたの奴そんなこと言ってたな。今では『派手だしアレはアレであり。だけど頼むから巻き込まないでお願いします』とか言ってたぞ」

「観戦してたら、膝に鉄球がぶち当たったんだよな……」

「なー、デレク工房長ー、新しい炉買おうぜー」

「うるせえアホども、黙って動け! 炉に関しちゃ正直俺も欲しいが、そんな金どこにあんだよ諦めろ! とっとと準備しろテメエら!」


 デレクの叫びに「怒鳴るなよー」だとか、「ついでに酒も買ってくるよー」だとか、「新しい炉……」だとか、そんな軽い返事をしながらドワーフたちが散っていく。

 その様子を見て、カルナは楽しげに微笑んだ。

 モノづくりの試行錯誤の過程。面倒臭がる者も多いそれだが、カルナはこういうのが好きで好きで仕方がないのである。

 改善して上手く行くなら良し、仮に失敗しても何が駄目だったのかをじっくりと考えて次に繋げていく作業は、ゆっくりだが理想に向けて前進している実感が得られて非常に楽しい。

 

「あの……カンパニュラさん」


 炉の火を調整し、次にやることは何かないだろうかと辺りを見渡していると、不意に下から声がした。

 視線を下に降ろすと、ドワーフの少女が盆の上に茶を載せ、こちらを上目遣いに見上げているのが見える。

 年齢はおおよそ十前後の、三つ編みの少女だ。

 アトラ・サイカス――デレクの妹である。


「うん、ありがとうアトラさん、助かるよ」


 茶を受け取り、微笑む。

 最初、頭でも撫でてあげようかと思ったが、人間以上にドワーフは早く大人になり活躍したいと願う者が多い種族だ。子供扱いは、逆に無礼になる。

 だからなるべく、一人前の女性として扱うのが良い――らしい。


(それに、うん、胸も大きいし子供扱いするのはちょっと)


 野暮ったいオーバーオールを着ている彼女だが、しかしそれでも理解できる二つの山。

 これがまたやばい。何がやばいって既にノーラと同等、連翹なんて勝負にもなりもしない。その上、身長差が大きいから谷間をダイレクトに覗き込めるのだ。

 そんな思考をしているカルナの脳内に気づかず、アトラは小さく頭を下げるとそのまま厨房の方に走り去っていってしまった。


(……うん、まあ対応が間違ってなくて良かった)


 さすがにここで「あれ? なんか怒らせちゃったかな」と思うほどカルナは鈍感でも心の機微に疎くはない。無論、思考していた内容は激しく間違っていたが、相手には伝わっていないためノーカンだ。

 ともかく、短い会話だったが、照れる程度には女扱いされていると思ってくれたのだろう。

 ニールが隣に居たら、「お前顔が良いからよっぽどの失態しなきゃ女は寄ってくんだよ、このイケメン野郎、玉とか竿とか潰れちまえ」などと言われるところだろうが、幸いにして彼はここに居ない。

 

「あいつドワーフよりエルフとか人間に憧れる時期だからな……妹はやらんが、まあ無下な扱いはしないでくれよ。妹はやらんが。妹はやらんが。妹はやらんがな」

「何度も言わなくても分かってるってば」


 異種族に憧れる時期というのは、どの種族でもあることらしい。

 人間でも、男の子が屈強なドワーフに憧れたり、思春期に突入した少女がミステリアスなエルフに憧れたりということがある。

 ドワーフの場合は、細身の人間やエルフに憧れる時期があるらしい。少し成長すれば、寿命の差という問題や、ドワーフとして筋力が高くなって細身の人間やエルフが頼りなく見えて恋愛感情が持てなくなることが多い、とはデレクの談だ。


「つってもお前、けっこうじっくりと妹のこと見てやがったじゃねえか。俺に似ず美人だからって惚れるんじゃねえぞ」

「大丈夫そういうんじゃないから。おっぱい覗き込んでただけだよ。ドワーフの中でも小柄だから、オーバーオールの隙間から見える谷間を覗き込んでも不自然じゃなくて助か――あ」

「テメエ魔法使いぃ! 妹をどういう目で見てやがるぶっ殺すぞぉ!」

「待って、今のはただ睡眠時間が足りてなくて心の叫びが漏れだしただけで……!」

「純然たる本音じゃねえか表出ろ馬鹿野郎!」

「仕方ないじゃないかぁ! おっぱいに興味のない男なんて皆ホモに決まってるだろ! 男ならみんなサイズは違えどおっぱいが好きなのは避けられない宿命なんだよ!」

「一理ある」

「さすがカルナの旦那、宿命なら仕方ないな」

「食材と酒買ってきたよー、アトラに届けるねー……なに? 胸の話? オイラそれよりふとももが好きだなぁ」

「言葉いくら連ねようと人の妹の胸覗き込んだことは正当化できねえぞ! つーかお前ら丸め込まれてんじゃねえ! ……あ、買い物ありがとうな、代金は後で払う」

「……お兄ちゃん、なんの話?」

「アトラちゃんはちょっと厨房に戻ってて」

「うん、ちょっと聞かせられない系」

「この食材で夜食作ってー」


 こうして、『お前ら何やってんだ作業しろ』、というツッコミを入れる者が不在の中、工房サイカスの夜は更けて行った。



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