68/喪失の恐怖
――女の機嫌を治すためにはどうすればいいのか、ナルキの街で女将に聞いておくべきだったかもしれない。
怒り心頭、と言った具合の連翹の声を聞きながら、ニールは心からそう思った。
無論、これが自分に関係ないことで怒っているのなら、スルーしてやるのだが――
「信じらんない! 信じらんない! まさかホントに脱ぐとは思わなかったわよあたしは!」
――この通り、さっき自分がやらかした醜態で怒っているため、さすがにスルーするワケにもいかなかった。
自分でも「やらかした」と思っているから、尚更だ。
「いや、ああ、悪い、確かにちょっとどうかしてたぜ」
頬を膨らませながら前を歩く連翹の背を追いかけながら、ひたすら謝る。
こういうのは男らしくなくてどうかと思うが、しかし自分の失態を無かったことにするのも違う気がする。
(……つーか、なんで俺はあんなことやったのかね)
連翹が服を脱いでいる姿を想像した瞬間、頭より口と体が動いたのだが――そんなに女の体に飢えていただろうか、と首を傾げる。
確かに、行軍中は中々欲望を発散させる機会は少なかった。が、村や町の中で泊まれた時は娼館辺りに入っているので、我を忘れるほどに溜まっているとも思えないのだ。
どちらにしろ、あんな場所で服を脱いでいたらドワーフの兵士に捕まっていた。転移者を倒す前にわいせつ物をさらけ出して捕まった、なんて笑い話にもならない。
「……まあ、これに免じて許してはあげるけど」
胸元で揺れる盾を象ったネックレスを撫でながら、ぼそりと言う。
「それより、なんか面白いところ無い? 見るだけなのは装飾通りで飽きちゃったし、自分でも遊べるのがいいんだけど」
「自分でもか……」
賭場は無しだろうな、と脳内で除外する。
ニールの知っている範囲のアースリュームの賭場は、安酒飲みながらサイコロ振るような場所しかない。自分ならともかく、連翹が楽しめる場所ではないだろう。
ではどこにすべきか、と頭を捻り――思い至った。
「あったぜ、けっこう激しく体を動かす場所だが、構わねえか?」
「激しく体を動かす……!? 何よニールいきなりいやらしいわね!」
すごい勢いで距離を取る連翹に対しため息を吐いたの仕方のないことだよな、とニールは心から思った。
「……お前の思考回路のいやらしさには負けると思うぞ、俺は。俺が昔来た時、アースリュームのガキの間で流行ってた遊びを見たんだよ。途中参加歓迎らしいし、行ってみようぜ」
「べっ、別にいやらしくなんてないしー? いやらしいって言ったほうがいやらしいって名ゼリフを知らないわけ?」
「最初に言ったのお前だろ、言葉のブーメランが思いっきり刺さってやがんぞ」
「あう、くううっ、見事なカウンターで返された感……!」
そんな無駄話をしながら商店が並ぶ通りを離れ、工房や住宅がある方角、東を目指し歩き出す。
アースリュームは西に商店や酒場、宿が存在し、東側に工房や住宅街が建ち並んでいる。
そんな西と東を分断する中央ライン――南と北は風の通り道として機能しているため、建造物は多くない。が、背の低い建物や露天などが多く存在している。
ニールが目指しているのも、に位置する場所に存在していた。
「おう、あれだ、あれ」
目当てのモノを見つけ、ニールが指差した。
百メートル前後の、楕円形の穴。その中で、複数のドワーフやエルフが駆け回っていた。
楕円の両端にはネットのついた巨大なかごが存在し、楕円の穴の中に居る者たちは足で蹴った丸い物をその中に入れようと必死に走り回っている。
「ボールっていう丸い玉をデカイかご……ゴールの中にぶち込めたら得点ゲット。制限時間内に沢山得点を持ってたチームの勝――どうした、連翹?」
ニールの言葉など聞こえていないのか、連翹はじっとボールを蹴る者たちを見つめていた。
見入っている――ワケではいだろう。
彼女の表情は、信じられないモノを見つけた驚愕で彩られていたからだ。
「サッ、カー……? コートの形とか、人数とか、あたしが知ってる知識でも分かるくらい滅茶苦茶だけ――」
ぼそぼそと独り言を呟いていた連翹だが、コートの隅で試合を眺めている男を見つけ、口を閉ざした。
視線の先に居るのは、黒い髪の青年だった。
細身ながら引き締まった四肢に、シャツとハーフパンツという運動用のラフなスタイルの上に、分厚い上着を羽織っている。
コート近くに接地されたベンチに座っている彼は、知り合いのチームの応援を熱心にしていた。
「あいつがどうかした――ん、あ?」
なぜ連翹があの男を注視しているのか理解出来なかったニールだが、じっと観察してようやく理解した。
黒い髪に黒い瞳、そして肌の色は東の島国である日向の人間に似ているが、背丈が彼らよりも高いその姿。
(転移者――か?)
確信出来なかったのは、今まで出会ったタイプとは真逆だったからだ。
鉄の剣を自由に振り回せるレベルではないものの体は鍛え上げられているし、コートで走るドワーフやエルフ、人間と大きな声で会話する姿は町の気の良い青年といった感じである。
ハツラツとした健康的な男――遠目で見ただけの印象だが、しかし大きく外れてはいまい。少なくとも、陰気で不健康な男がこんな集団に混じって楽しそうな顔を出来るとも思えないからだ。
しかし、だからこそ解せないし、確信できないのだ。
(今まで見た連中とか、戦った連中と比べて、印象が違いすぎるぞ)
そんな風に悩んでいると、こちらの視線に気づいたのか転移者らしき男が振り向き――連翹の衣服を見て驚いた後、こちらに駆け寄ってきた。
「なあ、そこの君! その格好、君も日本からの転移者――でいいかな?」
「え――あ、うん、そうだけど……」
「やっぱりそうか! いや、こっちには何人も居るって話は聞いてたけどね。でもオレ、アースリュームから出てないから全然エンカウントしなくて!」
ははは! と笑う青年だが、しかし連翹は困惑したように視線を彷徨わせている。
(……なんだ? 苦手なタイプ、なのか?)
そう思ったが、こんな感じで初対面からぐいぐいと話しかけてくる人間は冒険者にだって多いはずだ。
だから、冒険者をやっている連翹が、そこまで苦手意識を持つ相手には見えない。
しかし、理由は分からないが、しかし困っているのは確かだろう。ニールは小さくため息を吐き、一歩前に出た。
「あんまりビビらせないでやってくれ。こいつだって、一応女の端くれに引っかかりそうなナマモノだしな」
「ん――そっか、悪い。ごめんな、滅多に見ない同郷の奴が居たから、テンション上がって」
「いや、それは別に構わな――ちょっと待ってニール、なにその言い草。あたしは普通に女だし、普通に可憐な美少女でしょ!?」
「あー? 自己申告の美少女なんて大抵は勘違いってことを分かってて言ってやがるのか?」
「こっちが大人の対応してたらつけ上がって、表出な――ねえねえニール、アースリュームの表ってどこ? 建物の外ならオッケー? それとも国の外に出ないとダメ?」
「……いや、たぶん建物の外でいいんじゃねえか?」
庇った拍子にものすごい勢いで脱線していく会話の中、不意に男が大きく笑った。
「なるほど、そういうことか! それなら確かにいきなり男が駆け寄ってきたら警戒もするな! アンタもそっちの子も悪かったな。純粋に同郷と喋りたかっただけなんだ」
なんだろうか、もの凄く誤解されているような気がするけれど、どの辺りが誤解なのか良く分からない。
「コートまで来たってことは、見学なり実際に試合するなりしたかったんだろう? 今は試合が始まったばかりだからアンタらの番までもうちょい時間あるし、見学しつつ色々話させてくれよ」
「そうだな、連翹も構わねえか?」
「え、ええ。もちろんいいわよ、というかサッカーなら別に興味ないし見学だけでいいかなー、なんて思ったりもするんだけど」
「ははっ、それはちょっと異世界舐めすぎだ。あっち見てみな、地球の常識的に考えて凄い頭悪いことが起こってるから」
男が指差した方向に視線を向けると、エルフチームのゴール前は大混戦となっていた。
「風の精霊よ、追い風と化し我を助け給え――おらあ抜かせるかぁ! 全員ゴール覆い隠せぇ!」
「エルフチームやっぱずりい! ずりいよ!」
「うっせえ、魔法込みでなけりゃエルフがドワーフ相手に体力勝負できるかぁ!」
風の魔法で加速したエルフたちが、矢の速度でボールを持つドワーフを追い越しゴールの守備に入った。
コートの端から集まってきたエルフチーム総数十一人は、完全にゴールを覆い隠し肉の壁を形成している。
「……ねえ、あれっていいの?」
「エルフの場合、魔法を使ってようやく対等の実力だからね。後、サッカーの色々なルールはオミットしてるから、直接殴ることとハンド以外は大体反則じゃないよ」
そして魔法に関しては、むしろ許可しないとエルフ側が勝つ可能性がゼロになるんだ、と男が笑う。
まあ、そうだろうな、とニールも頷く。エルフの体は靭やかで小技などは得意なのだが、純粋な筋力などは人間と比べても劣っているからだ。
「けどよ、いくらお前らが集まったところでっ! おら、必殺シュートをくらええええ!」
「皆、死ぬ気で止めぐあああああああ!」
「ねえ!? なんかボーリングのピンみたいにエルフたち吹き飛んでるんだけど! あれって本当に大丈夫なの!?」
「大丈夫大丈夫、あれはあれでエルフたちも楽しんでるから」
コートに弾き飛ばされたエルフたちは、すぐさま立ち上がってコートに駆け戻ると、点を取り返すぞと仲間たちで盛り上がっていた。
その様子を見て、男は自分が点を入れたように微笑んだ。
「最初はオレ含めて数人しかやる奴が居なかったんだが、最近は職場が休みの連中があんな感じに集まってきてくれるんだ。自分の好きなモンが受け入れられるってのは嬉しいもんだな」
「……ねえ、超魔改造されてる感じがあるんだけど、それでいいの?」
「構わないさ、地球のルールそのまま突っ込んでもこっちの皆は楽しめないだろ。身体能力もそうだけど、魔法なんてのもあるんだ。出来ることが違いすぎる。この世界で必要な細かいルールや禁止行為なんかは、徐々に決めていけばいいさ」
オフサイドやら何やらの細かいルールは全部オミットして、ただボールをゴールに入れることだけをルールとして、他は現地の皆が勝手に派生させるんだ――と男は言った。
「だから、皆勝手にルール増やしたりして遊んでるんだ。
試合によってはボールの変わりに鉄球、ユニフォームの代わりに甲冑なんという地球じゃ不可能なルールでやってたりするよ。
他にも、蹴るよりもボール掴んで敵をタックルでなぎ倒しながらゴールに入れたい――なんて言ってなんちゃってアメフトに派生させてるグループもある」
楽しそうに笑う男を見て、ニールは確信した。
確かにこの男は転移者なのかもしれない。しかし、転移者らしさがまるでないのだ、と。
転移者は、多かれ少なかれ現地人と壁を作っている者が多い。転移者と現地人は違うのだという思いを、意識的か無意識的かの違いはあれど心の中に持っているのだ。
しかし、この男からは全くそういった壁を感じない。
普通にそこら辺にいる町の青年と話しているような気分になるのだ。
「でも、どんなルールでも大活躍なんじゃねえか? なにせ転移者の力があるわけだしな」
だから、ニールは突っ込んでみた。
転移者たちが信奉する力を、規格外と呼ばれる技能についてだ。
ニールは転移者の精神について詳しいワケではないが、しかし彼らが規格外と呼ぶそれが転移者が持つ壁――というか、優越感に繋がっているのだと確信している。
だからこそ、その辺りを突けば、彼の考え方が分かるはずだ。
「ん? ……ああ、そういえばそんな力なんてあったな」
一瞬だけ怪訝な表情をしていた彼だったが、しかし得心が行ったとばかりに手を叩いた。
「ここ数年、それ使ってないからね。すっかり忘れてたよ。そうだそうだ、確かにこっちに来た時にそんな力を貰ってた」
「え――? 使ってないって、どういうこと?」
ど忘れしてたよ、と笑う男に連翹が問いかける。呆然と、そして愕然とした顔で。
理解できない、何を言ってるんだこいつ――という内心が透けて見えるその表情だったが、男は久々に同郷の人間と会話出来てテンションが上がってるためか、それに気づかない。
「知らないかな? 転移者の力って、望めば一時的にカット出来るんだよ。だからオレは普段はカットしたままなんだ。どうしても必要な時は遠慮なく使うけどね」
「ま――待って、待って! 確かにカット出来るかどうかなんて知らなかったけど、それに何の意味があるのよ!?」
「何の意味って。そりゃ、そんな凄い力で試合しても、こっちは敵が居なくてつまらないし、あっちは絶対に勝てないからつまらないじゃないか」
それに、と。
男は一拍置いて、言った。
「ずっと頼りきってたら、無くなった時に困るだろ?」
ボールを投げればいずれ地面に落ちるだろう、と。
そんな当たり前の理屈を語るように、男は言った。
「な、無くなるって……なんで、そんなこと」
「なんで、って。突然与えられた力なんだ。なら、同じように突然無くなる可能性だってあるだろう。むしろ、なんでずっと有るなんて思っているんだ?」
掠れた声で問う連翹に、男は当然の理屈だろうと言い放つ。
(まあ、確かにその通りなのかもしれねえな)
なにせ、ニールたちはなぜ創造神ディミルゴが別世界から人間を呼び込み、その人間に過剰な力を与えるのかすら理解していない。
ゆえに、創造神が目的を達成したり、突然ある日『やっぱり力は返してもらおう』と心変わりすれば、転移者が呼ぶ規格外の力は――
「嘘よ! デタラメ言わないで!」
ニールの思考を、連翹の絶叫が引き裂いた。
「これはあたしの力なの、この世界に招かれた時に刻まれたあたしの一部なの、返さない、返せない、返したくない……!」
寒い、寒い、寒い、と。
想像がもたらす極寒に体を震わせた連翹は、青い顔で己の体を抱きしめた。強く、強く、己の力を確かめるように。
「だって、この力があるからあたしは才に満ち溢れてるのに、誰からも嗤われないのに――力が無くなったら、戻っちゃうじゃない」
体を震わせる連翹に対して、ニールは言葉をかけなかった。いいや、かけられなかったのだ。
こんなにも弱々しい彼女を見たのは初めてで、どうすれば良いのか分からなかった、ということもある。
しかしそれ以上に、ニールには連翹が何をそんなに怖がっているのか理解できなかったから。彼女になんて言えばいいのか、分からなかったから。
「あ――」
そんなニールの様子を見たからか、我に返った連翹は気まずそうに視線を逸らした。
会話は途切れたまま、三人の間に沈黙の帳が降りる。
「ごめん、あたし先に宿戻ってるから」
その沈黙に誰よりも先に耐えられなくなったのは連翹だった。
視線を逸らしたまま、ニールを見ること無くどこかへと駆け出していく。
当人は宿に戻るとは言ったものの、走りだした方角は東だ。恐らく、この場から離れたい一心で方角など気に留めていないのだろう。
「……悪かったね」
連翹が去ってしばらくして、男がぽつりと呟いた。
「配慮が足りなかった。オレと同じなら、力に依存してる可能性だってあったっていうのに、考えもしなかった」
「……謝る必要はねえよ、聞く限りじゃあんたの言い分の方が筋が通ってるしな」
正直、悪態の一つはついてやりたい気分だった。相手の顔を見て、もうちょい言葉を選んどけよ、と。
しかし、それ以上に自分が情けなかった。普段あんなに馬鹿をやっている女が、あんなに苦しげな顔をしているのに、慰めの言葉一つ思い浮かばなかったのだから。
「けどよ、『オレと同じなら』――っていうのはどういうことだ? 正直、俺にはあんたと連翹じゃ人種程度しか一致しねえと思うんだが」
だから、ニールはそう問いかけた。
結局のところ、ニールは転移者について知らないのだ。
転移者が規格外と呼ぶ力を持っているのは知っている、スキルと呼ばれる発声するだけで使える技があるのも知っている。
しかし、彼らの内面は全くの無知だ。
どうして力に溺れるのか、どうして力を誇示しようとするのか――どうして、この世界に来ようと思ったのか。
「オレが聞いた範囲なんだけれど、転移者としてこの世界に招かれる人間は、多かれ少なかれ『今の世界』に悪感情を抱き、『どこか別の世界』に憧れを抱いているらしいんだ」
ニールの強い視線を受け、男はゆっくりと語りだした。
「オレは元の世界でもサッカーやっててさ、さすがにプロになるとまでは言わなかったけれど、部活も全力で頑張っていた。生きがいだったんだ」
でも、と男は苦しげに顔を歪めた。
「歩道に自動車が突っ込んできてさ――ああ、まあ凄く速い鉄の馬車みたいなものかな――それに、脚を轢き潰された。ああ、絶望したよ」
「……? それが、どうして絶望する理由になるんだ?」
「ああ、こっちじゃ神官の奇跡で四肢欠損なんて簡単に直せるからね。けど、元の世界じゃそれは無理でさ。命を繋げる技術はこっちよりもずっと高いけれど、頑張って鍛えてきた両足を元には戻してくれなかったんだ」
その言葉に、ニールはようやく彼の気持ちを理解できた。
(俺が両腕失っちまうようなもん、か……)
それは、なんて恐ろしく残酷な事実だろう。
今までつぎ込んできた努力と情熱が、体の肉と一緒に引きちぎられ消滅するその絶望。
二度と、もう同じように剣を振るうことはできないぞ、と何よりも雄弁に事実を突きつけてくる。
「それ以降、オレはずっと家に引き篭もっててね――そんな中で異世界転移やら転生やらの話にのめり込んでたんだ」
別世界に行って大活躍する物語を延々と読んでいたよ、と男は苦笑する。
だって、現実世界に目を向けたら、自分の脚がもう無いことを思い出してしまう。
だから、別世界に救いを求めたのだ。全く別の世界だからこそ、今の自分を見なくて済む。
「家族の視線が同情から軽蔑に変わっても、延々とそういった話を読み漁って、自分と主人公を重ねて、オレもこんな世界に行きたいって妄想してた――そうやって自分の心を慰めていたらさ、声が聞こえたんだ」
――その言葉に偽りが無ければ、我が世界に招こう。
と。
「最初は幻聴だと思ったし、引きこもりすぎて頭がイカれたと思ったよ。けど、その声は幻聴なんかじゃありえない程にしっかりと頭の中に響いて、オレに問いかけてくるんだ」
だから、その声に頷いたのだ。
異世界で物語の主役のように過ごしたい、と。
「『生きるために力を授けよう。お前は自由だ。その力で、お前が成したいことを成すが良い』
……そんな言葉と共にアースリューム周辺に放り出されたんだ。そしたら近くを通ってたドワーフに発見されて教会に担ぎ込まれ、奇跡で脚を生やして貰ったんだ。
ああ、涙が止まらなかったな。自分の脚で走れることが、何よりも嬉しかった」
遠くを見つめる男の視界には、過去の情景が映っているのだろう。
「そして、もうオレを阻めるモノは何もない、好き勝手に生きてやる――そう思ったんだけど、怖くなったんだ」
「神様に与えられた力も、脚のように突然無くなってしまうんじゃないか、ってワケか」
ニールが問うと、男は小さく頷いた。
「そういうことさ。だから怖くて、中々使えなくて。仕事が決まるまでは冒険者として外のモンスターを狩って日銭を稼いでたけど、それ以降は転移者の力は使ってないな」
参考になったかい? と男が問うた。
ニールは、静かに頷く。
「ああ、ありがとうな――つってもまだ、どういう言葉をかけるべきなのかは思いつかねえけどな」
だが、それは連翹を探しながらでも考えればいい。
ニールは駈け出した。連翹が走っていた方向へと、ただただひた走る。
「あんな馬鹿女でも、もう仲間だ。あんな顔して逃げてったってのに、放っておけるわけねえよな」
独り言ちながら駆けて行くニールの背中を、男は眩しそうに眺めていた。
「こっちの世界に来たことに後悔はないけど――元の世界でも、あの彼みたいにオレを励まそうとしてくれた人は居たんだろうな」
それが嬉しくて、同時に悲しいな、と。
男は小さく呟いた。




