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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
二年後/冒険者の日々
7/288

5/美味いメシと酒って素晴らしいよね

 追いかけっこが終わり黄色の水仙亭に帰る頃には太陽は完全に就寝しており、バトンタッチした月が「お前らこんな時間までなにやってんの……?」とばかりにニールたちを見下ろしていた。


「それでこんなに遅くなったわけね……」

 

 そして、女将の視線もまた似たような色で満ちていた。

 クエスト帰りに食事を喰らいエールをあおっていた客達も、そろそろ明日に向けて寝るか、と自分の部屋に戻る時間だ。


「しかしクエスト帰りにそんなことをするなんて、やっぱ若いわねぇ」

「そりゃ当然女将さんよりはわ――」


 カルナが勢い良くニールの口を塞いだ。

 女将はいつの間にか握っていたおたまを少しだけ考えて元の位置に戻す。どうやらギリギリセーフのラインだったらしい。

 

「君って奴は! 君って奴はッ! 今朝のことを忘れたのか!?」

「今朝……ああ、朝食に卵が出たな! 女将さん、晩飯なにができる? 卵?」

「駄目だ、卵の衝撃の方が強かったんだ……!」

「というかね、なんで港街の料理で魚より卵を求めるのかしらねこの子は……」

「魚は好きだけど卵は大好きなんだ」

 

 ぐっ、と親指を立てて宣言するニールに二人分の生暖かい視線が集まる。当人は全く気にしてはいないようだったが。

 

「それよりオカミンオカミンー、エールと腹にたまるモノ頼むぉー」

「俺は肉でも魚でもいいから、タンパク質的なモノが欲しいな」


 声のする方に視線を向けると、すでに椅子に座りくつろぐ気満々のヤルが、テーブルをたむたむと叩いていた。隣には無論、全身鎧を脱いで全身汗だくの筋肉……もとい、ヌイーオが居る。


「……まあ、ニール君やカルナ君だけじゃなく、ウチに来る連中なんて基本変な奴ばっかりよねぇ。それとそこのメタボダルマ、オカミンは止めなさい。筋肉ダルマ、アンタはとりあえず顔拭きなさい汗臭い」

「ちょっと待って女将さん! 待って! 僕、こいつらと一緒に分類されるのはとても心外なんですけどっ!」

「え? カルナ君だってこの連中と好き好んで追いかけっこする変人よ? 魔法使いなのになんで楽しそうに全力疾走してんのよ君は」

「ああ、そういや一番楽しそうに駆け回ってたぉねー」

「俺とパーティー組む前は……というか故郷ではぼっちだったからなコイツ。ああいう遊びが楽しくて仕方がないんだろ。……ああ、女将さん。この日向風焼き魚定食とエールくれよ」

「ぼっち違う! 違うよ! まあ確かに魔法の修行ばっかりで知り合いは少なかったけども、師匠とか父さん母さんとは仲良かったから! 一人ぼっちじゃあないから!」

「……うん、そうね。ああ、これあたしのおごりだから。遠慮無く飲んでね」


 女将がとても――とても優しい眼差しで、そっとカルナにエールを渡す。

 辛いことはこれでも飲んで忘れてね、という心遣いに感極まったのかどうなのか、カルナはテーブルに突っ伏した。


「違うってば……他にも……えっと、ローブ直して貰う時に会う裁縫屋のお婆さんとか……受け取る時によく飴玉もらったし……」


 ブツブツ言っているが、これ以上は聞いてる方も悲しくなりそうなので情報をシャットアウトする。

 そんなくだらない寸劇をしている間にも料理の準備をしていたのか、女将は手際よく料理を並べていく。

 カルナは注文していなかったが、彼の好きなシーフードドリアがそっと置かれた。


「違っ……気遣いとか無用なんですってば! なにこれ、温かい優しさが逆に心をえぐってくるんだけど……ッ!」


 とかなんとか言っているが、誰も気にしない。というか、女将はむしろその反応が楽しくてからかってる風に見えた。

 

「そんじゃあ、仕事の完遂と今日の無事を祝って……ほらカルナ、お前も遊んでないでちゃんとジョッキ持て」

「誰のせいだと! 誰のせいだとっ! ……ああもう、いいけどね!」

「楽しそうだぉねーお前ら。そんじゃあ、酒とメシが腹いっぱい食えることを祝って!」

「勝利とそれをもたらした俺の筋肉に祝って!」

 

 乾杯、と。

 ジョッキがぶつかり合い耳障りの良い音を響かせた。ヌイーオのジョッキを除いて、である。

 満面の笑みと共に突き出された彼のジョッキは、露骨に避けられ宙で静止している。ヌイーオの時は止まり、その止まった時間の中で三人は美味しそうにエールで喉を潤していた。


「おまっ……!? お前ら! なにナチュラルに回避してんだ! なに露骨にハブってんだ! 常識的に考えてこれはイジメだとかその手の何かだと思うぞ!」

「この前、力一杯ジョッキ突き出して全員のジョッキ破壊したこと忘れてないからな! エールが全部テーブルにぶちまけられて、女将さん特製オムレツがびっちゃびちゃになったのぜってぇ忘れねぇかんな!」

「君、泣きながらそれ食べようとしてたよね。けどいいんじゃない? 女将さん、さすがに哀れに思ったのかもう一個作ってくれたじゃないか……ヌイーオの財布を生贄に」

「ヤルの財布もだぉ! 料理とエールだけならまだしも、ジョッキ四つは意外に値が張って……!」

「悪かった! 今後加減するから乾杯ハブらないでくれ! いいか、オークは寂しいと死んじまうんだからな!」


 死なん死なん、と笑いながら乾杯をやり直す。

 元々本気でハブるつもりなどあまりなかった。ニールだけは謝らなかったら全力でハブり殺してやるつもりだったが。

 

「ホラホラ、さっさと食べてさっさと寝なさい。特にニール君はね。朝の鍛錬に支障が出るわよ」


 チビチビと酒を飲みながらむせび泣くヌイーオをからかっている間に出来上がったらしい料理がテーブルに並べられた。

 ニールの前に出されたのは日向風焼き魚定食だ。白米と骨を取り除いた焼き魚、そして味噌汁と漬物といった日向の国では極々平凡な料理である。

 本来は骨を取り除いたりはせず、焼いた魚をそのまま食べるモノらしい。しかし、ニールのような大陸育ちには細々とした骨を取る技術がないため、女将が前もって取ってくれているのだ。


「食ってすぐ寝ると豚になるらしいけどな」

「ニール君の場合、誤差よ誤差。朝あれだけ汗流した後、更にクエストやってるんだから」

「一気に肉つけると違和感あるもんだぜ。ま、この程度の量ならすぐ寝てもそこまで肉はつかないだろうけどさ」


 言いながらフォークとナイフで魚を切り分ける。本来は箸という二本の棒で食す料理なのだが、ニールを含めた大陸の冒険者の面々にその技量を求めるのは酷だろうということで、こちらで一般的な食器を出しているのである。

 切り分けた魚に大根おろしを少量のせ、そこに醤油をかける。

 それを湯気を立てる白米と共に口の中に運び、咀嚼。


(……卵もいいけど、やっぱ魚もうめぇよなぁ)


 そう、うまい。うまいのだ。

 豪華な調味料を使っているワケではない。特別な調理法を用いてるワケでもない。魚を焼き、米を炊いただけであり、日向の国の主婦なら誰でも作れるような料理だ。

 だが、うまい。単純ではあるが、だからこそシンプルにうまいのである。

 魚の肉の旨味を醤油が引き出してくれる。単品で食すと苦味が強く感じる魚の内蔵も、大根おろしと共に舌に載せれば苦味が和らぎこれもまたうまいのだ。


 そして何より、白米だ。


 単品で食しても甘みを感じさせるそれだが、真骨頂はやはり今のようにおかずと共に咀嚼することだろうとニールは半ば確信している。卵には負けるが、ありとあらゆる食材と共存できる食材ではないだろうか? 卵には負けるが、卵には負けるが!

 魚の味を堪能し、東洋のスープ、味噌汁をそっと口に含んだ。

 ネギと油揚げに海草を具にしたそれは、素朴だが飽きのこない独特な味わいだ。微かに感じるうまみは魚のダシだろうか、それが味噌と絡み合い互いに引き立てあっている。

 最後に漬物、たくあんだ。黄色がかっており、最初はそういう野菜なのかと思ったが、どうやらこれは漬ける過程でそういった色がつくモノらしい。元々は先程魚と一緒に食べた大根と同じだというのだから、この色合の変化には驚かされる。

 それを口に運び、噛む。コリ、という小気味いい音が鳴った。軽い甘みのあるそれを食み、味わい、飲み込む。


(……やっぱ食事って燃料だよなぁ)


 体にとっても、心にとっても。

 栄養を吸収することで体が喜び、味を楽しむことで心が満たされる。嗚呼、なんと素晴らしい補給なのだろう!

 ニールは神に対して熱心に祈るタイプではないが、しかしうまいメシを食べた時は「人間をこのような形に作ってくれてありがとう」と頭を下げたくなる。

 

「ニールさ、ホント美味しそうに食べるよね」

 

 シーフードドリアをはふはふと口に運んでいたカルナがスプーンを止め、笑いながら言う。


「何だよ悪いか」

「まさか。不味そうに食べる奴とは一緒に食べたくないよ」

「違いない……ってか、お前も大概だよな」


 そう? と首を傾げながらスプーンの動きを再開した。黄色がかったホワイトソースを米と絡めてそっと掬い、エビやホタテといった海産物と共に口に運ぶ。

 ニールも昔、カルナがあんまりにもうまそうに食べるので注文したことがあったが、なるほどと納得する味だった。

 チーズやバター以外に魚介のダシが利いたそれは、普通のドリアとは違ったコクがある。そしてなにより、熱々だ。熱々なのだ。急いで食えば火傷する。だが止まらぬ、止まらぬ! 気づけば皿は空になり、ふちについたおこげをスプーンでこそげ落とす作業に没頭しているのである。まさに魔性の料理と言えよう。


「……あげないからね」


 食べる様子をじっと見つめていると、抱え込むように皿を隠された。


「……焼き魚と白米を少しやるから」

「んー……うーん……そっちがこっちよりも多めに出してくれるならオーケーかな……?」

「ちっとばかしキツイが……ええい、くれてやらあ! 美味そうに食いやがって! この芝を青く見せる天才がッ!」


 両者ともに苦渋の決断を下し、互いの料理を一時交換する。

 スプーンで黄色がかったホワイトソースを掬い、食らう。するとチーズやバターの甘みと魚のダシが絡み合ったうまみが口内に満ちる。嗚呼、次注文する時はこれにするべきか否か……! 

 

「おっおっおっ、相変わらず楽しそうに食うぉねーお二人とも」

「だな。こいつら見てると食い終わった後だってのになんか腹減ってくる」


 対面に座るヤルとヌイーオがゲラゲラと笑う。

 二人はとっくの昔に料理を喰らい尽くしたのか、ビールのおかわりを女将に頼んでいるところだった。

 二人も食事は楽しく美味そうに食うタイプではあるが、いかんせん食事よりも酒の方を好む。故に食事よりも酒を多めに注文しているため、ニールたちと比べ早く食べ終えることが多いのである。


「お前らはお前らで酒好きだよなぁオイ」

「酒は軽く回るくらいが一番おいしい、って感じだもんね僕ら」

「っかー! 何いってんだぉこの坊主ども! へべれけって前後不覚になって嘔吐しまくるのも楽しいじゃないかぉ! 苦しくて死にたくなる時もあるけど! あるけど!」

「だったら止めろよ、そんなに飲むの。気持ちいいぐらいでストップかけろよ」

「大丈夫だろ。ヤルはともかく俺の場合は筋肉が人より多いから、人よりもアルコールを摂取できるという非常に的確で常識的な計算で飲んでるからな……ッ!」

「あー、なるほ……いや、待って! 筋肉にそんな効果はない! ないよ! 当たり前の事実みたいに言わないで、一瞬信じそうになるから!」

 

 バレたか、と笑いながら女将に新たに一杯注文するヌイーオ。さっきから女将の「アンタたちもう寝なさい」という視線の質量が増しているのだが、そんなモン気になるかこれ飲んだらもう一杯だフハハ! といったテンションでビールを喉に流し込んでいる。

 よく飲むなぁこいつら、とニールは思うものの、確かにこれは美味いよなとは思う。

 氷の魔法でキンキンに冷やしたそれを喉に流し込むと、苦味と共に伝わるその美味さは仕事終わり――特に汗を流して体が水分を求めている時に飛躍的に増す。どれだけ辛い戦闘や仕事でも「ああ、これが終わった後に飲むビールはすげぇ美味いんだよなぁ……!」という欲望だけで辛い現実に撃ち勝てるのだ。

 

「ぷっ――ハァー! いいなぁいいなぁ汗流した後の酒は! 俺はこの瞬間のためにフルプレートアーマー着てるんじゃないかなって思うぞ時々!」

「その話聞く度にヤルもフルプレートアーマー着てみたいなって思うから不思議だぉ! 女将ん女将ん、ヤルにもキンッキンに冷えたビールくれぉ!」

「ええいダルマ共いい加減に寝なさいっ、朝の仕込みするあたしの苦労を考えたらどうなの――!?」

「だが常識が非常識になろうともビールのおかわりは譲れない……! 女将、こん震える筋肉に免じてもっと酒くれ酒!」

「ええい、ポーズ取るんじゃないわよ暑苦しい! これで朝食の時間に起きられなかったらアンタらのせいだからねー!」

「イエーイ! まだ飲めるぉヌイーオ!」

「ヒャッホー! 今夜はオールナイトだなヤル!」

「もうラストオーダーっ、メタボと筋肉に振る舞う酒はないの……!」

 

(ああ、糞、本当にこいつらは!)


 美味そうに飲む! 本当に、美味そうに飲む!

 白い泡と共に出される小麦色の液体を、これまた嬉しそうに喉に流し込む二人の姿は……なんかもう本当にまずい。うまそうだからこそ、まずい。見ているだけで喉が乾いていく。


「……じゃ、じゃあ、……魔法使いに振る舞う酒はあるのかなー、なんて」

「剣士に振る舞う酒もあるはずだよな?」

「あー! もー! アンタら! アンタらー! 全員これ飲んだらとっとと寝なさい――!」


 四人分のビールを確保し、皆で親指を立てる。女将はそれを恨めしそうに見つつも、どことなく楽しんでいるように見えた。


「……ところで、ヤルたちはここしばらくどうしてたんだ?」


 追加のビールを半分ほど飲んだ頃、不意にニールが口を開いた。

 この辺りを拠点としている二人が突然居なくなったため、最初はモンスターに食われたのかと思い冷々としたものだが、女将に「クエストで遠出してるのよあのダルマたち」と言われホッとした覚えがある。

 二人とも殺しても死にそうにはないが、冒険者なんて職業をやっているとそんな印象など欠片もアテにならない。殺しても死なないような奴を殺すのが冒険であり、モンスターなのだから。


「お? おっおっ、ちょっと女王都の方まで商人の護衛やってたんだぉ」

「女王都か……いいなぁ、僕なんて港街ナルキを拠点にしてから一度も行ってないよ」

「女王都リディア……か」


(あんまりいい思い出はないんだよな、あそこ)


 かつてこの大地の人間を食らいつくそうとした魔王。それを打ち倒した勇者リディア・アルストロメリアが建国したアルストロメリア女王国の首都、それが女王都リディアである。

 大陸中心を覆うストック大森林から北にあるそこは、かつて魔王との戦いの最前線にあった砦を改修、増築したモノである。最近は改装が施され多少華やかな外観になっているが、元が無骨な砦なためか女の名前が似合わない無骨な雰囲気の街並みだ。

 けれど、だからこそ城壁や家屋は頑丈で、ちょっとやそこらの地震などではビクともしない。 

 そして首都と呼ばれるだけあり、多くのものがこの地に集まる。かつての面影を残す町並みを見に来る観光客や仕事を求める労働者や冒険者などがこぞって訪れるのである。

 無論、冒険者ギルドの本部もあそこにあり、新米ベテラン問わず多くの冒険者がそこに集う。集った血気盛んな連中のストレス解消の場にして一般市民の娯楽――闘技場も。

 

「……!」


 苦い、苦い味が口に広がる。それは飲み込んだビールの味か、絶対に負けたくないと思った相手に負けた時の敗北の味か。

 視界が切り替わる。砂塵めいたモノクロの粒が一箇所に集まり、徐々に少女の姿を形作っていく。

 

 ――――ただの人が、地球から召喚されたわたしに敵うわけないのに。


 その言葉に嘲りの響きはない。

 心底不思議そうに――なんで無駄な努力をしているの? と問うている。

 それが、許せない。何があろうと許せないのだ。

 敗北、それ自体は構わない。負けた相手が善人であろうと悪人であろうと構わない。

 だが、しかし。しかしあの連中にだけは――


「……ニール」


 カルナの声と共に、眼前のモノクロは風に撫でられた砂のように散っていった。

 モノクロの少女が消えた視界には、心配そうにこちらを覗きこむカルナの姿があった。その背後に、同様の表情を浮かべたヤルとヌイーオが居る。もう少しだけ顔を動かせば、女将も同じ顔をしていることだろう。

 

「悪いな、ちょっと寝ぼけてたわ」

「……そっか。ま、こんな時間だしね。特にニールは寝るの早いし」

 

 ははっ、とカルナが笑う。ニールの言葉を信じたワケではないだろうが、深く追求はしてこない。

 それは知っているから。相棒の古傷を。ふとした拍子にじくじくと痛む過去を。


「そんなことよりだ、なあヤル。女王都の方はどうだった? なんか変わったこととかねぇのか?」


 それを振り払うように話題を変える。

 少しばかり強引に話題を変えたが、ヤルは気にした風もなく語りだす。


「まー賑やかだったぉね。元々街がデカイから住民も多いし、観光に来る金持ち層も多め。お嬢様っぽい可愛い子もけっこう居たぉ!」

「巡回している騎士は相変わらず凄かっただろ。腕相撲とかの純粋な筋肉勝負では負けるつもりはないが、普通に戦ったら一分も持たずに負けそうなのがゴロゴロいやがる」

 

 ああ、でも。と。

 ふと思い出したといった風にヌイーオが口を開いた。


「なんか前に行った時より巡回している騎士の数が少なかったような気がするな」

「ああ、それかぉ? なんでも、西の方に何か問題があったらしくてけっこうな数の騎士がそっちに向かったらしいぉ」

「西にって、なんかあったのか?」

「野盗でも出たのかな……って、西なら日常茶飯事だよね」


 ニールたちの暮らす大陸は、ストック大森林を中心に四つのエリアに分けられる。

 まず、港街ナルキを中心とした東部。首都に次いで冒険者が多く、そして新大陸を探す『海洋冒険者』の出発の地でもある。

 次に、女王都リディアを中心とした北部。この大陸でもっとも人が集まる場所であり、勇者リディアの血縁者である王族が住まう城があるこの国の中心。

 そして、エルフの住む森林国家オルシジームとドワーフの住む地下国家アースリュームが存在する南部。どちらもアルストロメリア王国の首都程度の国土しか持たないが、独自の技術を持つ。

 最後に無数の小さな町や村が存在する西部。

 前述した三種に比べ一つ一つの町の知名度は劣るものの、街道はよく整備されており強いモンスターもあまり出ない。そのため、様々な商人がそこに集っている。荷馬車での移動がしやすく、複数の取引相手が存在するためだ。

 

 しかし、だからこそ野盗といった連中も多く出没する地域でもある。

 危険なモンスターが少ないからどこにだって隠れ家を作れるし、商人も護衛を少なくしがちだ。特に『モンスターが少ないから安心だ』と思っている駆け出しの商人ほどよく狙われる。

 

 けれど、それがどうしたというのだろうか。

 西部の治安が他の地域に比べ悪いのは周知の事実だし、野盗退治なんて村や町の自警団か冒険者の仕事である。騎士たちが向かうほどの事態だとは思えない。


「何があったかなんてわっかんねーぉ。ヤルだって噂話を聞いただけだし」

 

 考えても仕方ねーぉ、とヤルは笑いビールを飲み干した。

 確かにその通りだ。情報がない今、推論に推論を重ねても酒の席の無駄話に過ぎない。

 だが、なぜだか嫌な予感がするのだ。

 体の中に手を突っ込まれ、臓器という臓器を優しく撫でられているような気色の悪さがニールの心にへばりついて離れない。


「……やめだ、やめ」


 それを打ち払うべく、ジョッキに残ったビールを飲み干した。

 あの女を思い出したから少し弱気になっているだけだ、酒飲んでればすぐに忘れる。そう己自身に言い聞かせながら。 


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