60/地下国家アースリューム
視線の先にある丘。その周辺に、無数の鉄の管が突き立っていた。
管のいくつかから白い煙が吐き出されており、それが煙突のような役割を果たしているのが分かった。丘の下部には金属で補強された洞穴があり、そこを何人ものエルフやドワーフたちが行き来している。
そこは地下へと続く道だ。馬車もすれ違えるほど幅広く、緩やかな傾斜で螺旋を描き地下へ地下へと続いている。
荷物の検査を受けた騎士と兵士、冒険者一行はドワーフたちの荷物検査を受け、その道を馬車に乗ってゆっくりと移動している。
「遠目に見たら墓標がたくさんあるっぽかったわね。それで、ここがそうなの?」
「うん、地底の国、地下国家アースリューム――ドワーフたちの国さ」
馬車から身を乗り出している連翹の疑問を答えたカルナは、彼女ほどではないにしろ頭を出して辺りを物珍しそうに見渡していた。
知識はあっても、ここに来たのは初めてなのだろう、馬車から顔を出しつつ「へえ」と感嘆の声を漏らしている。
まあ、それも仕方ねえなとニールは思った。
人間の住処に様々なバリエーションがあるとはいえ、基本的に地上に暮らす生き物だ。地下室がある家屋はあれど、ずっと地下で暮らす文化はない。
最初にここに来た時、ニールはまるで別の世界に来たようだと思ったものだ。
(……ああ、そうか。連翹の奴がファンタジーだとかなんとか言ってるのは、こういうのと同じ気持ちなんだな)
なら、気持ちは分からないでもない。知らない文化で築かれた街並みは、見ていて心踊るモノなのだから。
「でも、地下で暮らしていて息苦しくないんでしょうか?」
好奇心に満ち満ちた連翹とカルナを微笑ましそうに見つめながら、ノーラは疑問を口にした。
本来説明役のカルナが馬車の外を見るのに忙しいため、ニールは仕方なく前に来た時に聞いた知識を掘り出す。
「ああっと、確か……問題ねえらしいぞ。日光使わないコケみてぇなので空気を出してるとか。あと、建物の配置とか鉄の管とかで空気の通り道を作ってるらしいって話だ」
らしい、というのはニールが全然理解していないからだ。
要は地下でも問題なく暮らせますってことだろ、で思考が停止しているため、それ以上詳しく調べていないのだ。
「空気の通り道、ですか?」
「ああ――あー、なんだったけな。空気を入れる入り口と出口が決まってて、風がいい具合に流れて空気を循環してるとかなんとか……」
俺に聞かれたってンなモン説明できねえよ! とは思うし、煽り目的で連翹が言ってきたなら「うるせえ馬鹿女自分で考えろ」と言ってやるところだ。
しかし、ノーラのように素朴に疑問を口にされたら、なるだけ答えてやりたくなる。もっとも、知識量が知識量なので大して説明できないのだが。
「カルナ、交代だ交代! お前はなんか知ってんだろ? 俺よかこういう知識はあるはずだしよ」
「はっ! つまりこれはアレね! 『知ってるのかカルナ!』とかそういうべき流れね!」
カルナに丸投げすると共に連翹がよく分からないことを言い出すが、しかし彼は首を横に振った。
「悪いけど、僕もドワーフに関してあんまり詳しくないんだ」
魔法に関わらない種族だからね、とカルナは申し訳無さそうに言う。
魔法使いは金属装備などを使わない。別に魔法を使う上で金属製品が足を引っ張るワケではないのだが、魔法使いの多くは身体能力が高くないので金属を纏ったらまともに歩けなくなるのだ。
もちろん、カルナは魔法使いにしては体が鍛えられているため、多少の軽装鎧なら装備出来る。
だが、モンスターや現地の人間相手なら接近された時点で魔法使いの敗北だし、これから戦う転移者相手にその程度の鎧で命を守ることは出来ない。そのため、カルナはそういったモノを身に纏っていないのだ。
「ま、そういうのもいいんじゃねえの? 先入観無しに見るのも、楽しみの一つだろ」
ガタン、と馬車が揺れる。
長い螺旋の下り道が終わり、景色が変わった。
「――わぁ」
普段は妙な単語で言葉を装飾している連翹だが、その光景を見て漏れだしたのは装飾も虚飾もない感嘆の声音だった。
太陽の光が差さぬ地底の中。だというのに、視界に飛び込んで来たのは活気のある街並みだ。
仄かな光を放つコケと炎の明かりで照らされた街並みは、お椀をひっくり返したような形をしていた。連翹が「ドームの中みたい」とぽつりと呟ている。
建造物は茶や鉄色をしたモノが目立つか、そこかしこに樹木を繰り抜いたような家屋が――移り住んだエルフの家屋が見える。それらの建物も外側ほど高く、内側ほど低くなっている。そして、どの家屋にも小さな風見鶏が揺れていた。
「……あれ? なんで地下なのに風見鶏が――あっ、ちゃんと回ってますよあれ!」
「さっき言ったろノーラ、風の通り道を作ってるってよ。地下だから空気が淀むとヤバイらしいって話で、アースリュームの建物にゃあ全部ああいうのを付けるのが義務付けられてんだと」
しかしデザインは自由であるらしく、ドワーフの職人たちは皆、腕によりをかけて独自の風見鶏を作っている。もっとも、地中にある街のためか、風見鶏というのに鶏を象ったモノは少数派だ。
そしてこれらは風の淀みを確認するために作られているため、目立つ場所に設置されている。そのため、店では看板以上の意味を持っているのだ。
少し遠くを眺めると冷えたビールを象った風見鶏が見え、少し視線をズラすとベッドを象った風見鶏がくるくると回っている。
「でも、以外だな。思ったより埃っぽくもなんともないや。太陽も遮られてるし、風も絶えず吹いてるから、夏なんかにくれば過ごしやすいのかもね」
靡く銀髪を手で抑えながら、カルナが微笑む。
「確かにシーズンを間違えた気がしますね。今はちょっと肌寒――そうだ!」
ぱんっ! と両手を叩いたノーラはいいアイディアを思いついたと言うように満面の笑みを浮かべる。
「来年の夏、皆でここに来ましょう。仕事とか戦いとか、そういうの抜きで! レンちゃんにカルナさんにニールさん、ファルコンさんに……マリアンさんやキャロルさんたちは仕事が忙しくて無理かもしれないですけど――親しい人を誘って、皆で遊びに行きましょう」
「……うん、それもいいね」
カルナがノーラの言葉に楽しそうに同調するが、ニールにはカルナが抱いた不安を感じ取ることが出来た。
(その親しい奴が全員生きて帰れる保証もねえしな……)
だから、今そんなことを考えても獲らぬ魔族の首級空想だとは思う。
しかし、
「そんときゃ、女王都の時見てぇに俺が案内してやるよ。歴史云々は知らねえけど、大通りの美味い店とか酒場とかなら、クエストで寄った時に色々巡ったんだぜ」
「そういえばドワーフの皆さんって酒飲みばかりのイメージですよね! 遠目で見るだけでも酒場っぽい風見鶏が多いですし――凄い楽しみです!」
――この娘はなんでこんな酒飲みになってやがるのかね。
拳を握りしめて言うノーラの姿に、少しばかり呆れながら思う。
しかし楽しそうならそれでいい。やっぱり、一緒に過ごすなら楽しそうに笑っている人間がいいと思うのだ。
きっと連翹の奴もそうなんだろうな、そう思って視線を彼女に向け――
「……なんだお前、なんか珍しいモン見つけて話聞いてなかったとかそんなのか?」
喜ぶでも、微笑むでもなく、かと言って嫌がるわけでもなく――きょとんとした顔でこちらを見つめる連翹の顔があった。
「え、あ……そういうのって、あたしも行っていいもんなのかしら……?」
おずおず、と。
普段の連翹とは違って、おっかなびっくりと話しかけてくる様子に内心で首を傾げる。
「お前やっぱ話聞いてなかったろ馬鹿女、ノーラ真っ先にお前の名前上げてたぞ」
「いや、でも、戦闘関係ないなら、あたしのチートが――それに、今までは戦いまでの道中だったし、戦いの延長というか、RPGにおける街でのコミュイベントで後で戦闘はあるしというか……」
「いや、お前の言ってることはよく分からん」
お前ちゃんとした言葉喋れよ馬鹿女、と普段通りに言葉を返す。
しかし、ぼそぼそと呟く姿に、ニールは内心で凄く驚いていた。今、目の前に居るのは連翹の姉、もしくは妹だと言われたら信じてしまいそうになる。
「……あっ! 見てみて、ドワーフとエルフが肩並べて歩いてるわ! ホントに仲良いのね、実際にこの目で見るまでは半信半疑だったのよねあたし!」
それを追求するより前に、連翹は元のテンションに戻っていた。
見間違えだったのか、勘違いだったのか、どちらにせよ先程の弱々しさは欠片も見えない。
「ま、なんか不安なことあったら好きな時に言えよ。他人の悩みを解決するのが得意なんて大嘘は吐かねえけど、話し相手くらいにはなってやるからよ」
「……? え、なにいきなり優しい感じで声かけてるの気持ち悪い……貴方そういうの似合ってなぁああわわわわ! ニール、貴方ムカついた時にスカート捲りにかかるのはその歳の男としてどうかと思うんだけど!」
「うっせうっせ! この馬鹿女! 似合ってないは自分でも分かっちゃいるが、気持ち悪いはけっこうダメージでけぇんだぞ!」
「ごめん、それはちょっと悪かったわ! 悪かったと思うけど捲らせもズリおろしもさせな……ちょ、やめて! ニール、貴方スカートの裏地撫でるのやめて! なにこれ、体触られてないのに、なんか地味に気持ち悪くて恥ずかしいんだけど!?」
「いや、なんかすべすべした手触りで癖になるっつーかな……」
「ニールさんレンちゃんに何やってるんですかぁ! カルナさん、ちょっと手伝っ――カルナさん」
ニールたちが大騒ぎしている中、カルナは一人、己の靡く銀髪を見つめながら、じっと考え込んでいた。
「――そうか、道具で安定性を……ここの職人に……けどオーダーメイドなんて無理で――うん、なら、僕以外にも使える量産型の図案も……」
「カルナさん、ちょっと戻ってきてくださ――ああもうっ! ニールさん、止めてください! レンちゃんちょっと涙目になってるじゃないですかぁ!」
「な、なってないし? ぁ、あたしがどうやって泣いてるって証拠よ! 捏造する奴はこころがみにく――ふああ、待って、じりじり昇って来ないで!」
そうは言うが、スカートの裏地という普段は見えない部分を触っている背徳感と、上に行けば行くほどふとももやら尻やら股やらに触れる部位になると思うと――なんだろう、凄く興奮してくる。
やはり隠されるからエロスがあるのだなと内心で力強く頷く。スカートの裏地が常に晒されていたら、この奇妙な興奮は抱けなかっただろう。
「ニールさん! ニールさん! ……ああもう、ああもうっ! 怒りましたよ、怒りましたからね! ちょっと反省してくださいよ……!」
瞬間、風を切る音と共にニールの後頭部に衝撃が走る。
地面にすっ転びながら奇襲された方向に視線を向けると、瞳を細めながら女王都で買った護身用の鈍器を持つノーラの姿だった。
「……あれ、そういえばわたし、この武器使ったのって初めて――ちょ、待ってください! なんか嫌なんですけど、こんなくだらないことで初めてが無くなるなんて!」
「うう、ありがとノーラ……あと、女の子が初めてとか、それがくだらないことで無くなるとか言わないほうがいいと思うの」




