4/同業者
空高くで強く自己主張していた太陽もようやく体力が尽き始めたのか、茜色の光を放ちながらゆっくりゆっくりと西の海に没していく。
「おっおっおっ、ニールとカルナ。お前たちもクエスト帰りかぉ?」
橙に染まっていくナルキの街、その宿への帰り道で背中から聞き覚えのある声が投げかけられた。
「……この馬鹿でかい針を、クエスト以外で持ち帰るのは、よっぽど酔狂な奴だけだと思うぜヤル」
「いや、ニールの場合は鍛錬のため、とか言ってそれ背負って走りこみとかしそうじゃないか」
つまり傍目から見てお前は凄い酔狂な奴なんだよ、というカルナのツッコミに反論できない。
というか、「ああ、これ背負って走るのもありか、いいウェイトになりそうだ」と思ってしまったため否定の材料が皆無だ。
はあ、と溜息を吐いて背後から駆け寄ってくる人物を視界に入れる。
ボサボサの黒髪を肩まで伸ばしたその人物は、冒険者にあるまじき肥満体だった。ぷっくりと出た腹を分厚い皮の鎧で覆っているものの、ニールたちと同じ現役冒険者にはとてもではないが見えない。
彼の名はヤル。元々は貴族の三男坊だったらしいが、何年か前に家から勘当されて冒険者稼業に就いたらしい。
「久しぶりだな、ヤル。相方は一緒じゃないのか?」
「ああ、ちょっと鍛冶屋に寄ってるぉ。あいつ、まーた剣をダメにしやがって……」
はあ、と大仰に溜息をつくヤルの背後から、ガシャンガシャンという金属音を伴った足音が響いてくる。
確かめるまでもなく、今話題に出た彼だ。
彼を一目見て思うことは「デカい、分厚い、筋肉」である。ニールとて平均より身長は高く、筋肉もありガッシリとした体つきだが、彼には及ばない。
身に纏うのはフルプレートアーマーであり、それを着たまま全力疾走して来た彼――ヌイーオは汗だくの顔に笑顔と金の頭髪を貼り付けながら親指を立てた。
「悪いなヤル、待たせちまっただろ!」
「こんなことで罪悪感覚えてる暇あったら武器壊すのに罪悪感覚えて欲しいぉ」
「お前は何言ってるんだ、俺は普通に剣を振っただけだぞ。常識的に考えて俺は悪くない。悪いのは俺の筋肉についてこれなかったあの剣だ」
当然の論理だとでも言うように語るヌイーオの言葉を、ニールは「があ!」と獣が喰いつくように遮った。
「剣ってのは刃筋が通ってればそうそう折れねぇよ! 刃毀れするくらいだよ、もっと剣大事にしろこのマッチョが! 馬鹿力に任せて棍棒みたいに振り回すから折れるんだよ、人間じゃなくてオークかよテメェは!」
何度か一緒のパーティーを組んだことがあるから分かるが、あれは人間の剣士の戦い方ではない。というかニールが認めない。あれはもっとおぞましい筋肉的な何かだ。
ニールに怒鳴られたヌイーオはしばし無言だったが、そっと掌で顔を覆った。見れば、頬が僅かに赤い。
「なんだよニール。突然マッチョとかオークとか言われたら照れるだろ……」
なに照れてるんだよ! どこに照れる要素があった! マッチョか!? お前マッチョって言われたら全て褒め言葉になるのか!? ていうかオークを褒め言葉として受け取るんじゃねえ!
と、いう言葉が喉を通り越して舌の辺りまで来ていたが、なんとか飲み干す。言うだけ無駄どころかマッチョ連呼で更に喜ばせることになりそうだ。
助けを求めてカルナの方向に視線を向ける。
「はぐ……ん? いつもの漫才はもう終わった?」
「あぐあぐ……ほうほう、やっぱ安物でも港街の魚は美味しいぉねー。揚げ物にするくらいだから中の魚は期待してなかったんだけど、これイケるイケる」
「でしょ? 魚が新鮮なのもあるけど、これは衣もカリカリしてておいしいんだよ」
カルナとヤルは会話に参入することを放棄していたらしく、手近な屋台で買ったらしい魚のフライをかじっていた。
間近でニールが怒鳴っていたとは思えない、とても、とてもフレンドリーかつ、なごやかな雰囲気だ。
「お前らぁ……! お前ラァァアアアア! 人が全力で筋肉馬鹿に突っ込んでるのにそんなくつろぎやがって……!」
「頑張れば報われるかもしれない努力に付き合うのはやぶさかじゃないけど、無駄な努力に付き合うのは嫌なんだよ僕」
「第一、『全力で筋肉馬鹿に突っ込んでる』とかいやらしいにも程があるぉ! ニール、お前はあのマッチョに一体何する気なんだぉ!?」
「やめて! 俺の筋肉にひどいことするつもりでしょ! 衆道みたいに! 衆道みたいにッ!」
「うわあ、寄らないでよニール。君が衆道だったり薔薇だったり、もっと直接的に言ってホモだったりするのは構わないけど、一緒にパーティー組んでる僕を巻き込まないでよ」
「よーしテメェら全員そこに直れぇぇッ! 一人一人たたっ斬ってやっからよ……!」
わー! にげろー! と。
蜘蛛の子を散らすように逃走する三人を、ニールは拳を掲げて追いかけていく。
それを西の空から眺めていた太陽は、付き合ってられるかとばかりに足早で海に沈んでいった。