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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
転移者の国へ
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56/見えぬ一人


 辺りから戦闘の音が途絶えていることを確認すると、冒険者たちは緊張をほぐした。

 肥満体の転移者を倒したとしても、伏兵がいる可能性があったため、すぐに休めなかったのだ。多くの冒険者が腰を降ろし、荒い息や安堵の息を吐いている。

 

(わたし、あんまり役に立ててなかったな……)


 そんな中、傷ついた冒険者たちを癒やしながら、ノーラは心のなかで陰鬱なため息を吐いていた。

 だって、よく考えなくも分かることではないか。 


 カルナは敵の隙を見つけ、ニールに力を託した。

 ニールはその託された力で、見事敵を打ち倒した。

 連翹れんぎょうは――戦った姿はみていないが、ニールが言うには転移者を相手に一人で戦いを挑んだという。

 

 みんな、みんな活躍している。

 そんな中で、自分だけが取り残されている――そんなことを、考えてしまうのだ。

 分かっている。自分はしょせん、田舎の教会の見習い神官で、戦い慣れた人々の中で輝くことなど出来やしないと。

 分かってはいる、けれど。

 親しい友人たちの中で、自分だけが劣っているように思えてならないのだ。

 

 カルナは優秀な魔法使いであり、自分ではどうにもならなかった古語を優しく教えてくれる凄い人だ。

 ニールは自分の命を顧みない危なっかしいところはあるものの、凄い剣の使い手だ。騎士に劣るとはいえ、他の冒険者相手なら年上相手でも十分戦えるだろう。

 連翹は常識がなかったり、よく変なことを言っていたりするが――それ以上に友達思いの優しい女の子であり、転移者の力を持っている。

 そんな中、ノーラ・ホワイトスターという女だけが、見習い相応の治癒しか使えない。


 別に、それはいい。

 自分は自分の努力と才能の分だけ力を発揮できるのは当然の理だ。

 けれど。

 

(他の皆はすごくて、わたしだけ平凡で――そんなんじゃ、胸を張って友達と言えませんから)

 

 だから、ノーラは熱心に治癒を行う。

 自分の出来る範囲で全力で、今やれることをやる。

 地味ではあるけれど、下手に運に任せ一発逆転を狙ってもロクなことにならないと思うのだ。下手に焦ってそんなことをしても、周りに迷惑をかけるだけだ。


(無謀と冒険は違う……いえまあ、今思えば一人で女王都に向かったのも、十分無謀でしたけど)


 もちろん、そのおかげでカルナや連翹とニールと友達になれたし、村の中で修行しているだけでは出会えない人たちとも知り合えた。

 けれど、その出会いを大切に思うことと、自分の行動を反省するのはまた別問題だと思うのだ。

 

(――よしっ、頑張りましょう!)

 

 前衛の冒険者の傷を癒し終え、ノーラは微笑む。

 

「これで大丈夫です。守って貰っているわたしが言うのもなんですけど、あまり怪我しないように気をつけてくださいね」

「いやぁ、君みたいな子に治癒してもらえるなら、怪我なんていくらでも――」


 びしり、と。

 くだらないことを言った冒険者に指を突きつける。


「そんなこと言う人には治癒なんてしませんからね、本当にやったら致命傷以外放っておきますからね」

「つまり致命傷なら――うん、分かった、睨まないでくれ。ごめんなさい」


 分かればいいんです、と半眼になっていた瞳を緩める。

 故郷の村に居た頃からそんなセリフを言う人が多かったが、冒険者流のジョークなのだろうか。

 だとしても、神官としてはあまり好ましくない。いくら怪我に慣れているとしても、怪我なんてしない方がいいに決まっているのだから。

 ふう、と溜息を吐いて辺りを見渡す。


「もうこれで終わりでしょうか。あとは、レンちゃんや騎士さんたちが戻ってきた時に――あれ?」

  

 視線の先。そこにニールが居た。

 胡座をかいた彼は、表情を歪めながらじっと剣を見つめている。

 痛みを我慢しているように見えて近づくが、パッと見た限りでは怪我らしい怪我はどこにも見受けられない。冒険者は痛みに慣れているので、表情を歪めるような傷なら一発で分かるものなのだが。


「……あん? ああ、ノーラか。どうした、なんか用事か?」

「どうしたはニールさんですよ、何かあったんですか? わたしが治せるモノだったら治しますよ」

「あー……いや、これはノーラにゃ関係ねえよ。つーか、『なおす』違いだ。神官は身体は治せても、これは直せねえだろ」


 そう言ってニールは剣を掲げるようにしてノーラに見せた。

 その状態は、剣の素人であるノーラが見ても酷い有様だ。刃は砕け、刃こぼれている。そこを中心に大小様々なヒビが刀身全体に走っていた。

 なんとか原型は保っているものの、全力で素振りをしたらその瞬間砕け散ってしまいそうだ。

 

「それは、さっきの戦いで……?」

「ああ。相手が硬くて、剣だって頑丈じゃああるがしょせん数打ち、そして――俺の腕も騎士連中に比べれば劣る。そんな中、普段の全力以上の力で振り回したんだ、むしろ戦いの最中に折れなくて良かったぜ」

 

 ラッキーラッキー、と笑うニールだが、その表情は普段よりずっと固い。

 もっと上手く使えば、相手が硬かろうと数打ちだろうとこうはならなかった――そう思って悔やんでいるのだろう。

 ニールはちゃらんぽらんな所も多いが、しかし剣に関しては非常に真面目だ。腕を磨くことも、剣の手入れも。だからこそ自分の不甲斐なさを悔やむのだろう。もっと上手く使えたのではないか、と。


「――まあ、とりあえず、後で許可取って村の自警団辺りに交渉しねえとな。剣士が丸腰ってわけにもいかねえし」

 

 命預ける以上は適当に選びたくねえんだけどな――と溜息を吐き、ボロボロの剣を鞘に収める。

 

「ニールさん、その剣はどうするんですか?」


 毎日丁寧に手入れをしていたのだ。愛着があるだろうし、すぐに捨てることはないだろう。

 しかしニールはその質問が予想外だったのか、額に手を当てながらじっと考えこむ。


「普段なら鍛冶屋なんかにくず鉄扱いでタダ同然で引き取って貰ってるが……そういや今、レオンハルトの件でそこそこ金あんだよな。可能なら別の装備に仕立て上げて貰うかね」

「そうなんですか?」


 勝手なイメージではあるが、ニールは折れた剣も大切に扱っている気がしたのだ。


「ああ、まあな。愛着はあっけど、折れた剣に金かけるより新しい剣に金かけねえといけねえからな」

 

 愛着も戦いも、命あってのモンだしよと笑うニール。

 けれど、アレックスとの戦いで自殺級の無茶をやらかした癖に、どの口で言っているんだろうと思う。

 

(まあ、言っても変わらないんでしょうけどね)


 口で言って変わるなら、初めからあんな無茶はやらかしていないだろう。

 もしまた無茶しそうなら、自分が止めるか頑張ってサポートしよう――そう内心でため息を吐き、ふと気づいた。


「あれ? ニールさん、カルナさん知りませんか?」


 転移者との戦いが終わる直前に傷を癒やしたが、しかしそれ以降は姿を見ていない気がする。

 

「いや。……ま、放っといてやれよ。今、下手に優しくしてもあっちとしちゃ辛いだろ」

「それはどういう――」

「ノーラノーラノーラノーラぁああ! ヘルプ! ちょっぱやでヘルプお願い! このままじゃあハゲ団長の寿命がマッハなのぉぁあばばばばば!」

 

 いったんでしょうか、と言い切る前に連翹が頭から突っ込んで来た。

 ずざざ、とヘッドスライディングするかのように地面を削りながら移動し、ノーラを少し通り越した辺りで止まる。

 ……少しだけ、沈黙の帳が降りた。

 なにやってんだコイツ、という沈黙だ。


「……お、おい、顔面からゴリゴリ音してたが大丈夫かよ。一応お前だって馬鹿女ではあるが女なんだからよ、顔くらい大事にしろよホント馬鹿女だなお前……」 

「ばかばかうるはっ、いひゃい、鼻が、鼻が思ったよりいひゃい……! 転移者の体なら大丈夫だと思ったのに、ヤスリがけされる金属の気持ちが分かった気がするわ……!」

「ああもう、何やってるんですかレンちゃん……ほら、服に草ついてますよ、もう。というかなんでそんな焦ってるんですか……」


 真っ赤になった鼻を擦っていた連翹は、ハッとしてノーラの肩を掴んだ。


「そう、そうだった! ノーラちょっとゲイリー治してゲイリー、ほらあのハゲ団長! 両腕酷い火傷で……!」

「わ、分かりましたからハゲ団長とか言うの止めてあげてください! あれたぶん剃ってるだけですから!」


 この人は気遣っているのか茶化しているのかどっちなのだろうと、と思う。

 

「ボクとしては、そうやってくだらないこと言って貰えて楽しいんだけどね。昔を思い出して若返った気がするから――ああノーラ君、治癒を頼むよ」

 

 連翹が突っ込んできた方向から、快活な笑みを浮かべたゲイリーが現れた。

 彼はノーラの前に立つと、両腕の篭手を外し黒く焼け焦げた腕を晒す。


「酷い火傷……ですけど、命に別状がなくて良かったですね」


 連翹があんなにも慌てていたのでどんな怪我かと思ったが、このくらいなら問題ない。


「えっ、ノーラもそんなリアクションなの!?」

 

 安堵の息とともに治癒を開始すると、連翹が素っ頓狂な声を上げた。

 

「え? いえ、そりゃ酷い傷ですし、放っておくと駄目ですけど……あれ? 何かおかしいこと言ってます?」

「いや、おかしいのはこいつだぜ。前衛ならこの程度の負傷、よくあることだろ」


 ニールに同意されても若干不安ではあるが、ですよねと頷く。

 なにせ、血も出ていないし指も動いているから中の筋肉も無事、もしくは軽傷なのだろう。

 ならば問題ない。

 グロテスクな見た目であり、痛み慣れしていないと泣き叫ぶ傷ではあると思うが、治癒に専念すれば未熟なノーラにだって癒せる程度の火傷だ。


「……あ、ううん、なんでもないの……ファンタジー恐ろしいわね。戦闘不能になるまで戦闘続行するゲームキャラかって話よ、死な安ってレベルじゃないわよコレ……」

 

 体を震わせながら、連翹は意味の分からないことをブツブツと呟いた。

 

(――もしかして、レンちゃんの世界には治癒の奇跡がないのかな)


 レオンハルトの時も、今も、連翹は不必要なくらい怪我に驚き慌てている。

 特にカルナの両足が焼き切られていたのを見た時は、まるでもう二度と足が生えてこないとでも言うように慌てていた。四肢欠損程度なら、じっくり治癒すれば普通に治るというのに。

 

(あれ――つまり。転移者たちって、皆――)

「皆、揃っているだろうか」

 

 思い浮かびかけたアイディアが、周囲に響く声でぱちんと弾ける。

 視線をそちらに向けると、多数の騎士と兵士を伴ったアレックスが皆を見回していた。


「――ふむ。どうやら、大きな怪我を負っている者はいないようだ。安心した」

「待ってくれないかなアレックス。一応、ボクは怪我しているのだけれど。けっこう痛いんだよこの火傷。まあこの部分は焼けすぎてて感覚ないし、コゲ部分を触るとボロボロと崩れて中々楽し――」

「ゲイリーさん何やってるんですかぁ! 戦闘中でもないんですから治療中はじっとしていてください!」


 ほんと、前衛で戦う男の人って皆こうなのだろうか、とゲイリーを睨みながら思ってしまう。


「……というか、なんで団長が怪我しているんですか――マリアン。すまないが、ホワイトスターを手伝ってやってくれ」

「あいよ――というか、あんたに命令されると凄いイラッとくるね」


 軽口を言いながら兵士たちの中から顔を出したマリアンは、ゲイリーの腕をぐわし! とわし掴みにして奇跡を発動させる。

 

「創造神ディミルゴに請い願う。失われ行く命を守る力を、癒しの奇跡を――っと」

「――いや、マリアン君。さすがに痛いのだがコレは」


 治癒の力で火傷はどんどん消えて行っている。

 だが、それ以上に火傷部分をぐわしと握り絞められている痛みの方が、治癒の心地よさを上回っているのだろう。禿頭にじんわりと汗が滲んで来ている。

 

(……やっぱり、凄いなぁ)


 皆が火傷部分をわし掴みしている様子に顔を引きつらせる――特に連翹は「あわわ、超痛そう止めたほうがいいのかしら、んあああ、けどあの火傷直視したくない……!」と狼狽えている――中で、ノーラは治癒の速度に意識を集中していた。

 速い。火傷が癒え、血色の良い筋肉質な肌が戻っていく。それを見て、ノーラは優しい治癒だなと思った。

 腕全体をじっくりと癒し、腕の奥まで蝕まれた火傷を丹念に癒やす――そんな力の流れを感じる。乱暴に見えて、しかしとても優しい力だ。


「知らないよ。というかこの火傷、魔法を避けそこなったとかガードし切れなかったとか、そういうのじゃないだろ。相手の火の魔法を剣で斬った、とかそんな感じの馬鹿やったろアンタ」

「ははは、なんのことだかサッパリだな――痛い痛い、悪い悪い、ボクが悪かったから力を込めないでくれるかな」


 口調は荒っぽいけれど、すごく優しい人ですね――とノーラは再確認する。

 そう、再確認。だって、優しいの女王都に来てすぐに知ったのだから。

 治癒の力の未熟さを実感し落ち込んでいたら荒っぽくも励ましてくれたこと、大衆風呂で自分が扱う武器に関して真面目に考えてくれたこと。

 それらの言葉はノーラを支え、分不相応な望みを抱いて進むための力となっている。

 

「わたしもあんな風になりたいな……」


 ぽつり、と呟いた。

 何気なく、不意に口から漏れた言葉であったが、しかしだからこそノーラの本心を表現している。

 優しくて頼りになる神官。 

 仲間に信頼されて、経験の足りていない人をしっかりと導けるような人。

 そんな人に、ノーラ・ホワイトスターは成りたいなと思うのだ。


「え? ノーラ、マリアンみたいな筋肉欲しいの? やめときなさいモテなくなるわよ! 見なさいよマリアン、こんな男所帯の中にいる女なのにモテ度ゼロ――はうあうあぁああ!? マリアン、痛い! 耳引っ張らないでぇ!」

「別にあたしが男にモテるとは思えないし、モテたいとも思わないけど、面と向かって言われるとイラッとくるね。この歳になって初めて知ったよ」

 

 悲鳴を上げながら宙吊りにされる連翹を見て、本当に何やってるのレンちゃん、とか。

 転移者凄い耳たぶも頑丈で体重しっかり支えてる、などと思いながらため息を吐く。

   

(まあ、レンちゃんも半分くらいは楽しくてやってる感じはありますけれど)

 

 なんというか、悪戯をして構ってもらえるのを楽しんでいる子供のように思えるのだ。

 実際、本気で嫌がっているのなら転移者の身体能力を用いてすぐに脱出できるだろうに、それをしていない。

 普段からクールな女剣士などと言っているが、それも大人ぶりたい子供めいた願望なのだろう――本人に言ったら凄く怒るかへこみそうだから言わないが。

 

「さて、団長の傷も癒えたようだし、皆に聞きたいことがある」


 マリアンとノーラがゲイリーから離れると、アレックスが皆を見渡しながら言った。


「君たちが相対した転移者は何人だった? 自分たち騎士と兵士たちは一人だった」

「オレらも一人だったぜ。っつーか、一人ですらキツいのに二人も来たら全滅してるぜ」


 荷物整理をしているらしいファルコンが、ポーチの中身をひっくり返しながら答える。


「ボクと連翹君が戦ったのも一人だよ。先程から気配は探っているが、敵意や殺意らしきモノは感じ取れない」


 ゲイリーの言葉に、多数の前衛と少数の後衛が表情を引き締めた。

 無論、ノーラは後衛の大多数の側だ。連翹もまた、前衛の少数派である。


「最初に感じた気配は四つだ――さて、仲間が倒れたのを見て逃げ出したのか、それともまだどこかに潜んでいるのか」


 ゲイリーの言葉に、ようやくノーラも事態が飲み込めた。

 残りの一人がどうしているのか、どうするつもりなのかは分からないが、もしどこかに潜んでおり各個撃破を狙ってきたのなら――それは、とんでもない脅威だ。

 三人の転移者には勝利したものの、それも対策をしつつも正面から戦い、そして数の力でスペックの差を埋めたに過ぎない。

 仮に、突然そこらの茂みから転移者が飛び出してきて、近くにいた誰かにスキルを使ったら――


(一撃で殺されます、ね)


 予測した部分を殴られることと、全く予測していない場所を殴られること、どちらが痛みを感じるかは自明だろう。

 そして何より、攻撃されると理解していたら体は自然に防御しようとする。腹を殴られると思えば、誰だって咄嗟に腹筋に力を入れて耐えようとするだろう。

 そういったことを全くしていない弛緩した状態――そこを突かれれば、人間の体など簡単に傷つき、壊れてしまうのだ。


 そこまで考えて、ノーラはハッとした。


 思い出したのだ。

 そんな状況で、もしかしたら誰かが隙を狙っているかもしれないのに――今、この場に居ない人間が一人、存在することに。

 

「カルナさん――!」


 慌てて駆け出――そうとして、ぐっと堪える。

 ここで自分一人が走りだしても、無防備な人間が一人から二人に増えるだけだ。

 深呼吸を一つ。呼吸を整え、心を落ち着ける。

 自分がやれること、やるべきこと、それをしっかりと吟味する。自分程度の頭を回したって浅い考えしか浮かばないだろうが、しかし何も考えずに駆け出すよりずっとマシなはずだ。


「アレックスさん、カルナさん……カルナ・カンパニュラという魔法使いが今、ここに居ません。辺りを探しに行きたいのですけど、よろしいですか?」

「カンパニュラが? 彼は一人で行動するタイプではないと思っていたが……グラジオラス、君は彼女とパーティーを組んでいるのだろう? ならば一緒に――」

「駄目だ、剣がヒビ割れちまってる。いざって時に戦えねえ」

「ふむ――」


 アレックスの悩みは分かる。転移者が潜んでいる可能性がある以上、あまり人数を分散させたくないのだ。

 そんな中、ニールは騎士程ではないが単騎での戦闘能力は高めであり、何より脚が速く転移者に慣れている。最悪、転移者と出会っても軽く打ち合いながら逃走してくれると思ったのだろう。

 

「オレが行くぜ、アレックス」


 がしゃん、と鎧が鳴った。

 簡素ではあるが分厚く頑丈そうな全身鎧を纏った大男、兵士ブライアン・カランコエである。

 

「この娘は神官で、オレは盾役だからな。仮に遭遇しても派手な戦闘音響かせつつ持ちこたえてやるよ」

「……そうだな。すまん、頼む――皆はここで待機しつつ周囲の警戒を頼む」

「いいってことよ。そんじゃ行くぜ、ホワイトスター、だったけか?」

「え、ええ。よろしくお願いします」


 先導していく兵士の背中を慌てて追う。

 背後から見る背中は大きく、広い。たくましさと安心感を連想させるその姿だが、しかし今のノーラが抱いているのは困惑だった。

 だって、だって仕方がないではないか。


『オレが、オレがもっと話を聞いてやれば良かったんだ。そしたらよ、もっと別のなんかがあったんだ。みのるの奴も、殺された女たちも』


 大蔓穂おおつるみのる、レオンハルトと名乗った転移者の少年。

 彼と仲が良かったという兵士の前で、彼を殺す手伝いをした自分が、一体どういう顔すればいいのか分からない。

 ごめんなさいと謝ればいいのか、なんであんな人を野放しにと怒ればいいのか――どちらも全く違う気がする、言葉が全く出てこない。

 

「……安心しろよ。思うところがないわけじゃねえけど、だからって責める気もない」


 こちらを振り向かず、ブライアンは言った。


「何があったにしろ、何を思ったにしろ――あいつはやっちゃいけないことをやったし、裁かれるべきだったとオレは思う」

「……えっと」

「だから、そんなすまなそうな顔すんな。人殺して胸張れなんて言えねえけど、だからといって後悔することでもなかっただろ。誰かがやらなくちゃいけなくて、その役がホワイトスターたちだった……それだけだ」


 最後の言葉を言い終えると、彼はこちらに振り向き、安心させるように微笑んだ。

 彼もまた仲の良い友人が、罪を犯し、そして殺された。辛くないわけがないのに、こうやって誰かを励ましている。

 

「……分かりました。さあ、気合いを入れてカルナさんを探しましょうね!」

 

 だからこそ、こちらも明るい声で微笑みかけた。

 悲しみや不安などの感情が胸の奥で淀んでいても、頑張って笑えば少しはマシになる。少なくとも、ずっと俯いているよりは、ずっとずっと。

 

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