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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
転移者の国へ
54/288

51/野営と奇妙な鍋と黒歴史

 太陽はすでに眠り、月が星々を纏い夜の空を支配していた。

 パチパチ、と焚き火が燃える音が響く。冬の夜は冷えるから、こういった暖を取れる物があると非常にありがたい。

 なにせ、今は外に居るのだ。冷たい風を遮ってくれる壁など存在しないため、こうやって温まらねば容赦なく体が冷えていく。

 

「野営の準備、俺ら以外も終わったっぽいな」

 

 簡単なテントを張り終え、体を伸ばしながらニールが言った。

 こういったものの設置は案外、力と体力を使うし神経も使う。適当にやって寝てる途中に倒壊、というのは洒落にならない。

 ぐるりと辺りを見渡すと、複数のテントが近い間隔で設置されている。テントの種類も様々で、騎士団が馬車に積んでいたモノや、冒険者のパーティーが持ち込んだものもある。

 

「うう、寒ひぃ……ねえ、なんで村があるのにあたしたち入らないの?」


 ニールの反対側でテントを張るのを手伝っていた連翹れんぎょうが、震えた声で泣き言を漏らす。

 野営の話が出た瞬間は「キャンプね! 夜空の下で仲を深めるのね! ふぁあああテンション上がってきた……!」とか言っていたけれど、今は体を震わせながら瞳に涙を滲ませている。

 

「お前話聞いてやがらなかったな。小さな村に俺らみたいな大所帯を受け入れるスペースなんざあるわけねえだろ」


 現在ニールたちは村長に話を通し、いくつか食料品や消耗品を購入した後、安全のため村の近くで野営しているのだ。

 さすがに人里から遠く離れた場所で野営するのはリスクが高い。そういう場所にこそ、野盗や人工ダンジョンに巣を作らない類のモンスターが存在するのだから。

 そして、村としても騎士団が近くにいれば野盗やモンスターの被害を防ぐことが出来て、かついくつかの食料品を売り払い金銭を得ることが出来る。

 この距離感が一番互いに損をしない位置なのだ。無論、よそ者を嫌う村が無いわけではないため、いつもこのように野営出来るかどうかは分からないのだが。

 

「風呂くらいは貸してくれるらしいから、行きたきゃ行って来い」

「ノーラの仕事終わったらそうする。さむい、しゃむひいい……あたしもうアウトドアに憧れない……寒くて死にそう……」


 両手で体を抱きながらふるふると振るえる連翹にため息が出る。さすがに根性が無さ過ぎる。

 ノーラなど、焚き火の準備や寝具の準備などのため、あちこち走り回っているが泣き言一つ漏らしていない。

 焚き火に関しては仕上げに火をつけたのはカルナたち魔法使いではあるが、自分の出来る範囲で彼女は熱心に働いている。

 その姿は小柄なせいもあってか、小動物か足元をちょろちょろと走り回っているようにも見える。それを見下ろす男の冒険者や騎士たちは、微笑ましそうに頬を緩めている。だが騙されるな、容姿は小動物でも食欲は肉食獣相当だぞ。


「そういえば、カルナは? なに、あいつレディーに仕事させてサボってるの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「馬鹿でもねえし死なねえよ、ちゃんと仕事してるっての。食料探しにファルコンと一緒に森の方に行ってる」

 

 騎士団と兵士、そして冒険者――この大所帯を小さな村の食料品などでまかなえるはずもない。

 野菜や乳製品をいくつか購入し、後は持ち込んだ日保ちのする食料品と、森や平原の動物やモンスターなどから調達したモノで料理をするのだ。

 特に現地調達は重要だ。なにせ肉である。町くらい大きな人の集落なら肉なども分けてもらえるが、小さい村などでは少ない村人同士で循環するようにシステムが出来ているため、金銭で交換することができないのだ。

 そのため、この手の大人数での野営では、スカウト技能を持った冒険者はある種のヒーローと呼んでも過言ではないだろう。獲物が取れなければ、最悪晩メシのタンパク質は干し肉のみとなる。そんな未来を覆す存在は、まさしく勇者なのだ――!


「さあ、どんな獲物取ってきてくれんのかな。血抜きくらいは手伝った方がいいよなぁ」


 港街ナルキで周辺で冒険していた頃も、カルナは血抜きの作業などはしていなかった。

 役割分担で獲物を狩るのがヤルとニール、テントを張るのがヌイーオ、調理器具と焚き火の準備をカルナがするという役割分担で動いていたためだ。

 こういう知らない連中と組む時のために、カルナにも経験させとくべきだっただろうか。

 だがまあ、考えてももう遅い。今はどんな獲物を持って帰ってきてくれるのかを想像して楽しむべきだろう、きっと、たぶん。


「このくっそ寒い中、楽しそうねニール」


 やることも終わったので妄想に耽っていると、連翹が震えながらこちらに歩み寄ってきた。


「何言ってんだ馬鹿女、だからこそだろうが。この寒い中、あったけえメシはうめぇぞ。それだけで外で食う価値がある」

「そういうもん? あたしは暖かい部屋の中で暖かい料理食べてたほうが幸せだと思うけど」


 こたつに入ってインスタント麺食べたいぃ、と泣き言を漏らす連翹の姿を見て、深い深いため息を吐く。


「つーかお前、その思考でなんで冒険者なんてやってんだ。兵士とか村の自警団とかに入った方が、そういう生活できると思うぞ」

「何いってんの! 冒険者ってのはロマンでしょロマン! そのロマンのためなら多少の不利益くらい我慢するわよ!」

「おっ。お前分かってんじゃねえか。だよな、冒険者ってロマンだよなぁ!」

「へえ、そっちこそ分かってるじゃない。貴方のことだから、『ロマン云々言う前に足元固めろ馬鹿女』みたいなことを言うのかとばかり」

「ばっかお前、不利益あるの理解してロマン追求するなら、それは馬鹿でもいい馬鹿じゃねえか。カルナだってそうだし、ノーラだってそういう気質けっこうあんぞ」

 

 分かってやっていることなら、止める気もない。

 あまりに危うそうなら注意くらいはするが、それでもやる気なら無理に辞めさせる理由も権利もニールにはないのだから。

 

「……いい馬鹿って褒められてるのか貶されてるのか判断に困るんだけど。まあ、正直悪い気はしないけどね。一応あり――」


 不意に、遠くから足音が響き、そちらに視線を向ける。

 あちら側には騎士や兵士、他の冒険者のテントは無いはず。だとすれば、害意ある人間やモンスターか――


「おう、戻ったぜー。いやー、氷の魔法が使える魔法使い居るとすげぇ楽だな! 遠距離から足とか凍らせりゃ、生け捕りも難しくないしよ」

「ファルコンもすごかったけどね。夜の森の中から獲物を探し当てるのは、魔法使いの僕じゃ無理だから」


 ――獲物を狩ってきた身内、である。

 後者だったことに安堵しつつ、「よう、お疲れ」と笑いかける。


「サンキューな、俺も獲物狩るのはやったことあっけど、さすがに本職と一緒に出来る程でもねえしなぁ。血抜きするか? そのくらい手伝うぜ」

「――がとう、って言ってあげなくも、ないなんて思ってるワケなんでだけど……ねえ、ちょっと、ニール……」


 背後でふるふると震えながら連翹が何かを言っているが、ニールには聞こえない。

 どうせ寒いだとか早くごはん食べて寝たいとかそんな内容だろう。


「おい、なに間抜け面で突っ立ってんだ馬鹿女、メシの準備しようぜメシの準備」

「うああぁぁぁあ! ふぅぁああああ!」

「おい何だ!? 馬鹿止めろこの、連翹お前ぇ!」


 涙目で首を締めにかかってくる連翹をあしらいつつ、視線は戦利品へと向かう。

 翼をカルナの魔法で凍らされた野鳥や、突進攻撃がそこそこ強いモンスターであるヒュージ・ワイルドボア。それらをカルナが作った氷のソリの上に置き、引っ張って来ている。

 しかし、その二種以上に目立つモノが存在した。

 氷結させた状態でファルコンが抱えるそれは――


「……これを狩るって言ったの、お前か? それともファルコンか?」

「……ファルコンだよ。僕だって、これ持って帰ることに凄く疑問だよ」

 

 ――氷結した外皮部分とは裏腹に、内部がねばねばと蠢く粘液生物。確か名前はアシッドスライムだったか。

 水色の半透明の粘液は小さな鍋にそっくり収まるくらいの量があり、その中心に真っ赤な核が存在している。スライムにとって脳と心臓と言うべき部位だ。

 コアから出した強酸性の粘液で相手を溶かし、養分として取り込むモンスターだ。どう考えても食用には適さない――どころか、食ったら口と食道と胃がまるっと溶解してしまいそうな生物である。

 皆の微妙な反応に、自信満々でそれを狩ったファルコンは不機嫌そうに顔を顰めた。

 

「なんだよお前らその目は。こいつ、ちゃんと調理したらけっこううめー食材なんだぞ」

「ねえ、ニール。こいつぶっ殺していい? アシッドとか名前のつく生物を食材とかのたまうファルコンとかいう馬鹿野郎をぶっ殺していい?」

「ファルコンさん、でしたよね? これどう調理するんですか? どんな感じの食べ物になるんですか? 美味しいんですか!? わたしこういうのって食べたことなくて……!」


 連翹の言葉に対し、「とりあえず試食させてから考えようぜ」と答えるよりも早く速く、ノーラがファルコンに駆け寄った。


「の、ノーラ待ってノーラ! よだれ出てるよだれ! というか、ねえ! もうちょっと疑ってもいいと思うのあたしは! なんで興味津々なの!? 絶対食べられない、というか食べちゃいけない生き物よコレ! 超エマージェンシーよ!?」


 なんで無駄にチャレンジ精神発揮してんのぉ! とノーラの肩を掴む連翹を見て、ファルコンは重い溜息吐いた。


「つーか女が知らないのは理解できるけどよ、男のニールやカルナはこういうの食っててもいいだろうに。クエスト最中に食うだろ? 色んなモンスター」

「いや、僕はナルキ周辺の人工ダンジョンの制圧とか、ストック大森林のモンスターの間引きとかばっかりだったから。大体日帰りできたし、出来なくても持ち込んだ食料でなんとかなったし……」

「俺も動物の延長線のモンスターは何度か食ったが、あんまりかけ離れまくってるのは食ってねえな」


 その動物に近いという範疇も、毛穴から粘液垂れ流している無毛の狼、ウェット・ウルフの時点でアウトだ。ヒュージ・ワイルドボアくらいな食べたことはあるが、しかし人間の食用に育てられた牛や豚に比べて美味くはなかったため、必要がなければ狩って食べるような真似はしなかった。

 チャレンジ精神がないと笑いたくば笑え、と思う。食事は生きるための燃料だ。それが不味かったらモンスターと戦う元気までなくなってしまう。

 

「ま、戦士と魔法使いじゃあ、人里離れた場所で長時間貼りこむなんてクエストはしねぇか。けど、いざって時に食うモンの選択肢が多いほうが便利だぜ? たとえ不味くても、最低限腹を満たせるモンスターだっているしな」

「まあ、分からなくもねえけどよ。けど、これマジで食えるのか? 転移者と一戦交える前に、体の内側が溶けて死亡なんて間抜けな死に方はしたくねえぞ」

「安心しろって。それよか鳥とヒュージ・ワイルドボアを一口サイズくらいにしとけ。 

 

 そう言ってファルコンは焚き火の前に座ると、焚き火の中にアシッドスライムを放り込んだ。

 氷結した表面部分が溶解し、本来の強酸性の粘液が顔を出す――が、周囲のモノが溶け崩れる気配はない。


「アシッドスライムは火に弱い。その理由が自分を守る粘液が持つ酸が、高温で熱せられると分解されちまうからだとかなんだとか。……まあ、オレは詳しい理屈は又聞きなんだが。ともかく、最初に一気に粘液を熱しちまえば溶解させる力が無くなって、鍋に入れて調理できるって寸法よ」

 

 ほい、という掛け声と共に焚き火の熱で温めていた鍋の中にスライムをぶちこむ。

 本来なら、その瞬間に鍋が溶解していたのだろうが、しかし今のスライムは鍋の中でうぞうぞとうごめいている。

 このまま常温で放置しておけばアシッドスライムは名前の由来を取り戻し、鍋程度は軽く溶かして脱出るのだろう。しかし火で熱せられた鍋はスライムにとって脱出不可能の牢獄だ。普通の状態なら飛び跳ねることも出来るが、全身を強く熱せられ弱った今ではそれも叶わない。

 

「後は――ニール、適当に切ったヤツこっちにくれ」

「オッケー。ほらよ」

 

 調理風景らしきモノを見物しつつも処理をしていた野鳥の肉を、剣でざっくりと切って放り投げる。

 血抜きやら諸々の処理はだいぶ適当だが、ファルコンだって一冒険者に過ぎないニールに処理を頼んだのだ。狩人やら肉屋やらの仕事を求めているワケではあるまい。 

 礼を言ってそれを受け取ったファルコンは、それをいくつかの調味料と村で調達した野菜と共に鍋の中に投入した。


「スライムが息ある内に肉を茹でると柔らかくなんだ。後は、具材やら味の調整しつつかき混ぜれば大体オッケーだ」


 最初はゲテモノにしか見えなかった鍋の中身が、段々と美味しそうな匂いを放ち始めた。

 顔を若干青くして距離を取っていた連翹も、匂いにつられてじりじりと近づいてきている。

 

「ねえねえ、これもう食べられそうじゃない? なんかあたしお腹空いてきたんだけど。見た目も鍋っぽくて美味しそうだし」

「現金だなオマエ……ともかく、まだダメだ。核が黒くなった後、もうしばらく煮ねえと翌朝胃痛で死にそうになるぞ。ああ、あん時はマジでヤバかった……」


 非常に実感のこもった言葉に、思わずため息がもれる。

 

「……俺はそんなヒデェ目にあってまだスライム食うお前の気持ちが分からねえんだが」

「何言ってんだニール。お前、牡蠣にあたったくらいで、もう二度と牡蠣食わねえとか思わねえだろ」

「なるほど、すげえ正論だ」

「生もいいけど、焼いても美味しいよねぇアレ」

「俺は焼きよりはフライだなフライ」

「ニールほんとフライ系統の食べ物好きだよねえ」

「……あたし、牡蠣ってなんか苦い、酒飲みのおっさんの食べ物ってイメージなんだけど。なに、貴方たちもうおっさんなの?」


 瞬間、沸騰した。

 鍋ではなく、ファルコンの頭が。


「上等じゃねえかぁ! ニール、そのバカ女取り押さえろ! オレまだ二十半ばちょいと過ぎたくらいだぞ、ぜってえ許さねえ!」

「っしゃあ! カルナお前も手伝えぇ!」

「ファルコンもニールも、そこで怒ると余計おっさんっぽいよ。……けど、おっさんぽいか。冒険者の皆に毒され過ぎたかなぁ僕……」


 ため息を吐きながら鍋をかき回すカルナに、ノーラが苦笑しながら歩み寄る。


「カルナさん地味にショック受けてますねよね……大丈夫ですよ、なんたってカル――核が黒くなりましたよカルナさん! あともうちょっとですね!」

「フォローより欲望優先したよね今!?」

「ちょ、なんでそんな楽しそうに鍋を――ちょ、ニールやめっ、やめて! なんでスカート掴もうとするの! というか貴方の場合、おっさん呼ばわり怒ってないでしょ!? ドサクサに紛れようとしてるだけでしょ!?」

「何言ってんだ、戦友のフォローは戦士の醍醐味だぜ!」

「くっそ! 十代連中は楽しそうだなぁオイ! オレなんざもうちょいでおっさんの仲間入りだってのに……」

「おっさんを恐れるのはもうおっさんの証明よ。若い人がおっさん呼ばわりされても問題ないも――え、あ、ごめん、言い過ぎたから泣かないで! やめてよ、あたしがイジメたみたいでしょ!?」

「実際お前がイジメたんだろ。このおっさん泣かせ女!」

「おっさん泣かせ女って止めてくれない!? なんかその言霊いやらしいのよ!」

「おっさんかぁ……ああ、もうオレおっさんなのかぁ……」


 スカートを掴むニールと、それを抑えながらきゃんきゃんと怒鳴る連翹。そのすぐ近くでファルコンが体育座りで俯いている。

 カルナの「なんだこれ……」という視線を無視して加熱する争いは、しかしノーラの言葉で停止した。


「皆さん、そろそろごはんにしましょう。じゃないとわたしが全部食べちゃいますよ」

「今行くわ!」

「右に同じ!」

「え、なに慌ててんだお前ら、あんな細いノーラのセリフだぞ?」

「騙されるんじゃねえファルコン! 胸を見ろよ胸! あれ絶対、腹の代わりに胸が膨らむ系の女だぞ!」

「ちょっと待ってくださいニールさん、なんか凄く聞き捨てならないんですけど! というか冗談ですよ冗談! 確かに食べるのは好きですけど、そこまでたくさん食べられないですからね!」

「いや、ノーラさんけっこう食べてるよ。少なくとも、普通の女冒険者よりはね。そもそも、女冒険者だってけっこう食べるのに……」

「え、あれ!? どうしましょう味方がいないんですけど!」

  

 ノーラが皆の顔を見渡しながらわたわたとしていると、別の冒険者パーティーの野営場所からアレックスがやって来た。

 どうやら巡回して異常がないか確認しているらしい彼がこの現状をぐるりと見渡し、ふむと頷いた。


「問題ないな。すまないな、このように巡回していると監視されているように思えるかもしれないが、人数が多くなるとこういったことも必要でな」

「気にすんな、冒険者なんて問題児だらけだからな」

「そう言って貰えると助かるよ、グラジオラス」

 

 碧眼をゆるめて微笑む彼の表情は、上手いタイミングで用いれば女性が一発で恋に落ちる笑顔だ。それを見たファルコンが、お椀にスライム鍋を取り分けながら舌打ちをしている。

 そんなひがむからモテねぇんじゃねえの? とニールは自分を棚に上げて思う。

 そう思うだろ? と連翹に視線を向ける。

 だが彼女はニールの視線に気づかず、ただただアレックスの顔を見つめ続けていた。


(――結局は顔か。アレックスの野郎死ねばいいのに)


 それを見ると、なんか無性に腹が立った。

 腹が立ったが、それで連翹やアレックスに食って掛かるのも八つ当たりのようだ。仏頂面でスライム鍋を自分のお椀によそう。


「……どうした、片桐。自分の顔に何かついているか?」


 連翹の視線に気づいたらしいアレックスが、不思議そうに問いかけた。

 お前に見とれてんじゃねーの? 玉とか爆ぜろよ、と考えながらスプーンでスライム鍋を食べる。


「いや、この顔で『無双の剣技さん』って呼ばれてる姿を想像すると、なんか顔見てるだけで面白くって」

「――――いや、待ってくれ、いや、本当に待ってくれストップ頼むから……」

「うん、まあ待つくらいは待つけど?」

 

 脂汗をだらだら流しながら、視線をあさっての方向に向けまくるアレックス。

 その姿を見ながら、連翹はノーラによそって貰っていたらしいスライム鍋を食べ始める。


「イケメンの表情が崩れまくる姿って楽しいわね! 整ってる分、崩れた時のギャップが凄い面白いわ、ご飯のアテに最高ね!」

「すっげえ最低な物言いなのに、すげえ同意出来るから困る。ほら、良いモン見せてくれた礼に、オレが食おうと思ってたスライムの核やるよ。これがコリコリとした食感でうめえんだわ」

「ふふっ、苦しゅうないわ――やだ、なにこれ見た目けっこうグロい! ねえ、ホントに美味しいの!?」

 

 自分のお椀に入れられた鶏の卵程度の大きさの黒い球体の核に慌てふためく連翹。それを見ながら、「うん?」とニールは首を傾げた。


(……なんか、俺が思ってた方向じゃなくね?)


 普段通り過ぎる連翹の言動に、こいつは一体なんの話をしているのだろうと思う。

 ただ、妙に味のしなかったスライム鍋が急に美味しくなった気がする。野菜と肉の旨味が融けだした汁はとろりと濃厚で、具材の肉は思った以上に柔らかくて軽く噛むだけで口の中でとろけていく。


「無双の剣技さん? いやまあ、剣に詳しくない僕が見ても、そんな風に言われる実力があったと思うけど――」

「カンパニュラ、止めろ。いや、止めてくれ、頼むから。わ、若気の至りだったんだ。十代で騎士試験を突破したのは珍しいだとか、剣の天才だとか言われて、自分でもその気になってた時期でな……というか、だ。片桐、なぜ君がその話を」


 がくがくと震えているのは、冬の夜の冷たさゆえか、それとももっと別の要因か。十中八九後者だ。


「キャロルが言ってたわ、他にも『マザコン』だとか『ゲイリー団長怒りの煮込み雑炊事件』の首謀者だとか。あと、」

「分かった、すまん、もう言わないでくれ。当時の自分を思い出すと、時々叫びたくなるんだ……! というかキャロルぅ!」

「オイ連翹。なんだその煮込み雑炊事件ってのは、俺全く想像つかねえんだが」


 無双の剣技さんやマザコンは、まあ大体言葉で何をやらかしたかは分かる。

 だが、これだけはどれだけ考えても答えが出てこない。


「なんでも、ゲイリーは怪我するような悪戯以外は笑って許してくれるから、どこまでやったらゲイリーが怒るかって同期の騎士たちと張り合って――団長の兜で煮込み雑炊作って、それを食堂で振る舞ったとか」

「馬鹿じゃねえの」

 

 考える間もなくそんな言葉が出たニールのことを、一体誰が責められるというのだろうか。


「思うわよね思うわよね! あたしもそれ聞いた瞬間、初見の格好良い騎士像が崩壊したわ。その後、ゲイリーは真顔で抜身の剣持ってアレックスを追いかけるし、振る舞った騎士や兵士たちも武器片手に追いかけたそうよ」

「うん、僕だってそんなの食べさせられたら殺しにかかる」

「もしわたしだったら、二度と口を聞きませんよ、その所業」


 自前の兜をそんな風に使われて怒るのも当然だが、水洗い出来ない鎧兜でそんなことをすれば、食わされた方も怒る。ニールだって怒る。


「い、いや、しかし勝負事に全力を出すのは当然だろう? ならば、他人が絶対思いつかないことをし、かつ思いついても実行をためらうことをしなくては頂点には立てないだろう」

「そうだな、目指す場所が真っ当なら正論だって俺も思うぞ」

「オレはちょっとお前に親近感わいたわ。スライム鍋食うか?」

 


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