50/行軍
ガラガラ、と馬車の車輪が回る音を聞きながら歩く。
南のドワーフの国とエルフの国に向かう道の半ば、ニールは馬車の護衛を行っていた。
ローテーションで馬車の護衛をしながら移動しているのだが、護衛なんて基本はモンスターや山賊よりも暇と戦う方が多い。噛み殺しきれなかったあくびを僅かに漏らす。
なにせ、モンスターは大体人工ダンジョンに巣を作っているため、あまり外を出歩かない。巣を作らず移動し続けるようなモンスターもまた、街道なんていう人間の痕跡が刻み込まれた道などには滅多に足を踏み入れないのだ。
けれど、このような行動が無駄であるかと問われれば、否と答えるであろう。
モンスターが少ないからこそ山賊などは網を張っているし、ゴブリンやコボルトといった亞人も人間が無警戒と見れば容赦なく奇襲をかけてくる。
そのため、こうやって辺りを警戒しています、というポーズは重要なのだ。山賊にしろ亞人にしろ、どうせ狙うならたやすい獲物を選ぶ。
(それに、ロード・ランナーみてぇな危険なモンスターもいねぇわけじゃねえしな)
発見が遅れて馬車を踏み砕かれる、なんてことは避けたい。この人数だ。負けるとは思わないが、油断して乗り物を壊されたらマズイ。
もっとも、騎士や兵士も周囲を観察しているようなので、ニール一人がサボった程度でどうにかなるとは思えないのだが。
けれど、一つだけ懸念すべきことがある。
「ふわ――よう、お疲れさん。交代の時間だぜ」
注意深く辺りを見渡していると、馬車の方から見知った男が現れた。
確か、名をファルコン・ヘルコニアと言ったか。
騎士修練場で何度か姿を見たし、出立前の顔合わせで騎士団長ゲイリーに名前を呼ばれていたため顔と名前が一致している。
馬車の中で眠っていたらしい彼は、盛大にあくびをしながらこちらに歩み寄ってくる。
「そんなに熱心にやらなくても、近づきゃ分かるぜモンスターなんてな」
「そりゃ分かってるけどな。けど、一人二人くらいこっそり近づいてくるかもしれねえだろ」
「何言ってんだお前、山賊の一人二人程度で何が――あー……そうか、そうだな」
馬鹿にしたような口調が一気に引き締められる。
「一人や二人でも、接近させたらやべえよな、連中」
転移者は文字通り一騎当千のバケモノだ。
真っ向から騎士を叩き潰せる実力者を懐に入れてしまったらまずい。対策云々考える暇もなく、最低でも二、三人は殺されるだろう。
「そういうワケだ。ま、すぐに襲ってくるとは思わないけどな」
だが、功を焦って突貫してくる馬鹿がいないとも限らない。
本来ならそんな馬鹿の単騎駆など問題にすらならないが、それを致命的な問題に引き上げるのが彼らの力だ。
無防備な横っ面を叩かれたら、それだけで騎士と兵士、冒険者の混成部隊は半壊する。
「オーケーだ。索敵はスカウトの専売特許、やれるだけやってやるよ」
「あんがとな、それじゃあ俺は馬車に戻るぜファルコン」
「おう、行って来い――そういや、お前の名前なんだ? 大騒ぎした馬鹿嬢ちゃんの知り合いってのは分かってるんだがな」
そういや連翹に持ち上げられてたなこいつ。
その件について謝るべきか否かを悩み、結局は俺の責任じゃねえなと思い直し普通に挨拶をする。
「ニール・グラジオラスだ、よろしく頼むぜ」
「あいよ、こっちこそよろしく。……ところでだ。名前を教え合って、これから共通の敵と戦う。俺らはもう友人だよな?」
ずい、っと顔を近づけながら笑うファルコン。
あ、コイツなんか打算ありやがるな、と一発で分かる笑みだ。
きっと彼に腹芸は向いていないのだろうな、と同じくあまり向いていないニールですら理解できる。
「ほら、連翹とかいう女に巻き込まれてたあの子。乳のでけぇノーラって女の子だよ、ちょっと俺に紹介してくんね? 別に恋人になるように口添えしろとかは言わねえからさ」
鼻息を荒くしながら親指を立てる姿は正しくスケベ野郎だ。
「妙なこと無理強いしないなら構わねえぞ。それと、ノーラ誘ったら連翹の奴も着いて来るかもしれねえから、そこだけ覚悟してろ」
「あー……あっちも顔はいいんだけどな。テンションといい、乳といい、乳といい、乳といい……どうもパッとしねえんだな。あと、無理強いしねえのは当然だ。つーか、仮にヤる気だったとしても、騎士に囲まれてる現状で無理矢理ヤるなんざ自殺以外の何物でもねえよ」
ヘラヘラと笑う姿はあまり信用し難い。
しかし、一つの技術を鍛え上げるためにはある程度、人間として真摯な部分がないといけないと思うのだ。
だからこそ、騎士と打ち合える彼は下手な嘘をついて誤魔化す類の人間ではないはずだとニールは考える。
「分かったよ、信用してやるって。つーか、お前はノーラよりカルナ紹介してえな。たぶん、すげえ話が合うと思うぞ」
「あのイケメン野郎とかぁ……? オレ、顔整って女はべらせてるヤツとか見ると、突発的にズボン脱がして大通りに放り込みたい衝動に駆られるんだが」
「安心しろ、あいつがハーレムとか作り出したら、俺が率先してやってやる」
恋人が出来たなら祝福してやるが、両手に花とか両手に花束とかやり始めたら潰す。蹴り潰す。あえて何が、とは言わないが。
笑いあいながらファルコンと別れ、馬車に向かう。
(しかしまあ、あいつが恋人作る姿とか、あんま想像できねえわけだが)
ファルコンとの会話を思い出しながら苦笑する。
カルナは他人を尊重するし、優しくもする。顔立ちも整っているから、女の心を掴むのはけっこう早い。その気になれば、ハーレムとまでいかずとも両手に花くらいは出来るだろうと思う。
けれど、当人は両手の花どころか一輪の花を摘み取る努力すらしていない。
確かにカルナは十代後半の男として標準的な異性への興味と性欲は持っている。可愛い恋人を作って一緒にデートしたい、などという欲望もあるのだろう。けれどそれ以上に魔法に関する興味の方が強いのだ。
魔法の研究や実践のために使う時間を、女のために使いたいと思えないのだと言う。
まあ気持ちは分からないでもない。
ニールだって、剣の修行の時間を削ってまで女と付き合いたいとは思わないのだから。
(――ま、その点ノーラはいい相手なんじゃねえのかな)
女王都に滞在していたころ、普段より早めに騎士修練場から帰ったニールは、二人がもくもくと本を読み込んでいる姿を目撃したのだ。
カルナは医学書を読みながら魔導書にペンを走らせ、ノーラは妙に古い本をメモ帳片手に読み込んでいた。そのまま無言で数十分くらいそのままで過ごし、時々本を交換し意見を交わし合う。
正直、傍から見ているだけで脳みそが文字に汚染されて死にそうだと思った。ニールも活字が読めないわけではないが、娯楽小説以外は脳みそが理解を拒否する。
ただ、カルナはああいう空気が好きなのだろうなと思う。時々遊びに行くにしても、普段はあんな風に室内で本を読み、時々感想を言い合う。そんな穏やかな関係が。
(じゃあ、俺はどうだろうな)
カルナの相手ばっか考えて、俺はあいつの母親かよ、と内心でため息を吐く。
知り合いの女以外にも自分の女のことも考えなければホモなどと呼ばれても弁明のしようがない。それは嫌だ。ニールだって女が好きなのだから。
(……けど、自分の好みなんざ案外分かんねえな)
尻とか太ももとかが好きだし、粘液まみれの姿ってそそるよなとか思うが、しかしそれは性的な好みであって恋人に求めるモノではないと思う。
(まあ、一緒にいて退屈しなさそうなのは一番だよな)
ニールは色んな場所を剣片手に走り回って、色々なモノを見て色々なモノと戦いたいと思っている。
だからこそ、自分にない世界を持っている他人、という存在に好感を抱くのだ。そういう意味では、魔法というニールの知らない世界を知っているカルナを友人として好感を抱いているのは必然なのかもしれない。
ゆえに、色んな場所、色んな人間、色んな食べ物、色んな戦い――様々なことを経験して、一緒にそれを楽しめる人がいいかな、と思う。
考えてみれば単純だったな、と一人でうんうんと頷き――
「……問題は、俺が選り好み出来るワケじゃねえって話だな」
――この世の真理を思い出すワケである。せちがらい。
好きな相手を好きなように選べる奴なんて極少数派だ。イケメンとか死ねばいいのに。
「あ、ニールも交代かい?」
「ああ。とりあえず玉が破裂したり棒がへし折れたりする予定はないか、カルナ」
「何がとりあえずなのかサッパリ理解できないんだけど!」
理解する必要ねえぞ、と言いながら馬車の中で腰を下ろす。
この手のクエストで一番疲れるのは、戦闘ではなく武装した状態で歩き続けることにあると思う。
武器や防具は、当然のことながら重い。軽すぎる武器は威力が期待できないし、軽くて薄すぎる防具は命を守るという役目を果たせない。
そのため、使用者が扱いやすいように、重過ぎずそして軽過ぎずの範囲を見極めて装備を選ぶ。
だが、そうやって選んだ装備だって、疲労が溜まれば重く感じるものだ。剣だって、重量だけで考えるのなら鉄の塊を腰に吊るしているのと同じなのだから。
だからこそ、こうやって休めるのはありがたい。馬車ってすげー発明だな、と内心でうんうんと頷く。
「……まあ、いいや。それより、スカウトっぽい男の人……ファルコンさんだっけ? 彼と話し込んでたみたいだけど、一体どうしたの?」
「ノーラの胸でけえな、紹介してくれよ――って感じだな。お前、野営の時にでも話してこいよ。ぜってぇ趣味合うぞお前」
「ええ……と言いたいけど、見た目で判断するのもね。というかヌイーオやヤルは、見た目だけなら『ええ……』を通り越して『うわぁ……』だからなぁ」
悩むカルナを笑いながら、ゆっくりと体を休める。
転移者との戦いを想像し、自然と高ぶる気持ちを抑えこむ。
今すぐ戦うわけではない以上、ヘタに気負ったり気を貼り続けても体力を消耗するだけだ。
◇
「さあ、来なさいモンスターなり転移者なり、なんかもう敵対的なソレそれっぽいアレなり! あたしが剣の錆にしてやるわ!」
「レンちゃんレンちゃん! そんな大声で叫んでたら、襲ってくる敵も警戒して逃げてくと思うんだけど……!」
剣を掲げながら叫ぶ連翹の後ろを、ノーラがちょこちょこと歩く。
だけど、仕方がないじゃないかと思う。ここしばらく、派手に自分の力を見せる機会に恵まれていなかったのだから。
(あれ……というか、ノーラたちにあたしの力を見せたのって、ロード・ランナーとかいう鳥の群れを蹴散らした時くらいじゃない?)
一応、宿場町での乱闘で強者のオーラが見えそうになった気はする。
けれど、実際に無双したりしていない以上、力を見せつけたというのは語弊がある気がするのだ。
だから、ここらで全力全開、フルスロットルで片桐連翹伝説を開幕させようと思っているのだが――
「……ねえ、モンスターと全然エンカウントしないんだけど。なに? 誰かエンカウント無効のアイテムとか持ってたりするの?」
街が見えなくなって、そろそろ数時間が経つ。
だというのに、モンスターの襲撃が一度もないというのはどういうことだ。
ゲーム的な異世界では無い以上、モンスターに遭遇できなくてレベルが上がらない――なんてことは無い。
だけれど、これはこれで退屈だ。戦闘というのは、ゲームでも漫画でもアニメでもラノベでも――そしてこの世界においても、手に汗握る熱い娯楽だというのに。
「当然よ。モンスターだって、弱い相手を狙うくらいの知恵はあるんだから」
唇を尖らせてぶーぶーと文句を言っていると、呆れた声が聞こえてきた。
そちらに視線を向けると、赤髪をポニーテイルにした女騎士がこちらを見ていた。細身の体に軽装の騎士鎧を纏った彼女は、釣り目気味の瞳を柔らかく緩めながら連翹たちに笑いかける。
「キャロルさん、お久しぶりです。体の方はもう大丈夫なんですか?」
「ええ、久しぶりノーラさん。見ての通り完治しているし、リハビリも終わったわ」
親しげに話す二人を見ながら、しかし連翹は頬に汗を一滴垂らしていた。
(ど、どうしよう――誰だっけ、この人! この流れで貴女誰って聞くの超気まずいんだけど!)
騎士であり、かつノーラと知り合いということは、きっと女王都に来てから出会い親しくなった人なのだろう。
そして、外出の際にはよくノーラと行動を共にしていた連翹も、彼女と出会っている可能性が高いのである。
元々、他人の名前や顔を一致させるのは得意じゃない。ノーラやニール、カルナなんかはよく一緒にいるため問題ないのだが、未だに筋肉女神官のマリアンなんか名前をよく忘れる。マッスルボディーの女神官、という括りで覚えているせいだろうか。
でも、それだって顔くらいはしっかり覚えている。だけど今回、その顔すらあまり覚えられていない。キャロル、キャロル、一体どこで会ったっけ? と必死に脳細胞を回す、回す、回す。
(どこかで会いましたっけ? って聞くべきかしら。いや、でもそれって凄い失礼な気も……いや、でも、ノーラだけの知り合いであたしが知らない可能性だって微粒子レベルで存在――)
「連翹さん、貴女も久しぶりね。あの時はありがとう。貴女たちが居なかったら、私は今こうやって生きていなかったはずだからね」
「え? ――あ、べ、別になんともないさー、ナンクルナイサー! ふ、ふふ、あたしの力なら余裕ってヤツよ余裕……」
してなかった。
めっちゃ顔見知りらしい、どうしよう。
だくだくと汗を流しながら視線をあらぬ方向に向けていると、ノーラが小さくため息を吐くのを聞いた。
「けど、あの時着ていたメイド服と騎士鎧では印象が変わりますね。あの時は可愛らしかったですけど、今は凛々しくて格好良いですよ」
「……可愛らしいなんて言われたのは何年ぶりかしら。騎士として剣を振るい魔法を扱ってる以上、どうもそういう言葉とは無縁になってね」
「せっかく綺麗なのに、勿体ないですよ。休日に可愛い服を着てみたら、周りの評価も変わると思いますよ」
「しかし、スカートなんかはどうもね……やっぱり私は動きやすくて戦いやすい服の方が好みかな」
連翹を横目で見ながら、ノーラはキャロルとの会話を続ける。
(でもメイド服かぁー……そういえばノーラ、中々似合ってたわね。着てた状況が状況なだけに、あまり話題出しづらかったけど――ん?)
そういえば、その時にもう一人囚えられていた人が居たような気がする。
ノーラと同じようにメイド服を着させられた、赤髪ポニーテイルが印象的な……
「あっ!」
「どうしたの連翹さん、モンスターでも見つけた?」
「あ、ごめんごめん、見間違いだったみたい」
思い出せたことに安堵しつつ、両手を振ってなんでもないアピールをする。
その様子を見たノーラが、「やっと思い出せたんですね」と言うように微笑む。それに対し、親指を立てて感謝の意を伝える。正直、自分一人では思い出せる自信がなかった。
「それより、けっこうお喋りしながら移動してるけど、問題ないの? お喋りに夢中ですぐ近くまでモンスターが、なんて洒落にならないわよ」
「私たちがもっと少人数なら、そうなんだけどね。けど、奇襲をしてくるような頭の良いモンスターは、こんな大人数で襲ってくることはないから」
大人数で襲ってくるようなモンスターも居ないわけではないが、しかしそういうのは非常に分かりやすいというのだ。
無論、知性の薄い獣型のモンスターも奇襲はする。しかし、それは森や山道など視界が遮られやすい場所だからこそ有効なのだ。
現在移動している街道は視界が開けており、突撃してくるモンスターの群れが存在しても十分対応できる。
「ロード・ランナーみたいに、気づいた時には全力で逃げないといけないモンスターもいるじゃない。まっ、それはあたしが華麗に無双してやったけどね! 次が来ても問題なくいあたしに任せなさい!」
「ああ、あれと出会ったの。でも、あれが脅威なのは、こちらが少人数の時に出会った場合だから。今みたいに騎士と兵士、冒険者が多数いるなら余裕を持って倒せるわ」
「くっ、じゃあ何が脅威なのよ! このままじゃあたしは無双分が不足して、その結果寿命がストレスでマッハるわよ……!」
「レンちゃん、あんまりワガママ言わないの。キャロルさん困ってますよ」
「いや、まあ何を言っているのか理解できない部分はあるけど、脅威を正しく理解したいというのは当然よ。構わないわ」
呆れた顔のノーラに微笑みかけたキャロルは、うん、と一度頷いて話を始めた。
「やっぱり、こういった場合に一番の脅威は、野営の時の亞人ね。あれで一度、アレックスが死にかけたもの」
「アレックスって、あの金髪イケメン騎士ね。というか、強くて格好良いって何よそのチート、あたしが男なら完璧すぎて嫉妬してるわよ」
「完璧って言うほど完璧じゃないけどね、アイツ。実際アホなことやらかして、マリアンさんに脳天砕く勢いで叩かれたりしてるし」
根はけっこう馬鹿よあいつ、と茶化すように言うキャロルだが、しかしその口調とは裏腹に表情と声音に悪感情はない。
全く、仕方がない奴だなぁ――要約すれば、きっとそんな言葉になるのだろう。
「それはともかく、連中は弱くて臆病だからこそ、自分が倒せる相手を見抜く嗅覚は並外れてるわ。連翹さんもノーラさんも、野営の時に一人でふらふらしないでね」
はーい、と気のない返事をする。
期待した話を聞けなかったためだ。夜に活性化した魔人が襲いかかってくるとか、闇から這い出してきた死霊が生者を妬み漆黒へと引きずり込もうとするとか、そんな心踊る邪悪なモンスターを心待ちにしていたというのに。
「……それより、ねえねえキャロルキャロル。さっきの口ぶりからアレックスのこと悪く思ってないみたいだけど、実際のところどう? 恋人にしたいとかそんな感じ?」
ピタリ、と。
キャロルの体が停止した。
「え? あ、ち、違うわよ? というかなんで私があんな馬鹿に恋慕しないといけないの? だってアイツ、騎士団に入団した時、歓迎会で一発芸しろって先輩騎士に言われて、『無双の剣技こそが自分の一芸です』とか言って、先輩に勝負挑まれて惨敗したような馬鹿よ!?」
「なにそれ、コイバナとかよりそっちの方が気になるんだけど! ねえ、もっと教えて!」
「そ、そうね! それなら、えっと、大口叩いて敗北したのが騎士団に広まって、一年くらいアダ名が『無双の剣技さん』になった時のアイツの話でも……」
「……というか、キャロルさん。凄くアレックスさんのこと詳しいですね――やっぱり」
「いや、違うからね! あいつが良くも悪くも有名なだけだからね! だってアイツ、凄く酔っ払った時にマリアンさんに抱きついて『母さん』とか言って、一月くらいあだ名が『マザコン』になったような馬鹿よ!?」
「確かにマリアン、体おっきいし包容力ありそうよね……! 胸があったらもっと完璧だったんだろうけど」
「キャロルさん、照れ隠しに黒歴史暴露するのやめてあげてくださいよぉ!」
「て、照れてなんてないわよ? だって、アイツね――」
かしましい騒ぎの中、太陽が呆れたように地平線の向こうに没して行く。
初日の行軍は、なんの問題もなく終わろうとしていた。




