49/冒険者と騎士
装備の手入れをする。
念入りに、そして入念に。
剣と鎧は体の延長だ。剣は牙であり、鎧は鱗なのだ。
牙がひび割れ、鱗が剥げたドラゴンがどれだけ無様なのかを想像すれば、ここで手入れを怠ることなど出来はしない。
数日前にクエストの受付期間は終わった。
今日は試験に合格した冒険者たちが一堂に会し、今後の予定を聞く日である。
別に、すぐに出立し転移者と一戦を交えるわけではないだろう。しかし、予定次第では武器の手入れに手が回らなくなる可能性がある。
ゆえに、丁寧に、丁重に、自分の手足として動いてくれた剣を――しかし転移者を両断するには至らなかった剣を手入れする。
(――さすがに、数週間程度で転移者ぶった切れる剣を探すのは不可能だったな)
手に馴染む愛剣の刀身を眺めながら、内心で小さく呟く。
切れ味がいいだけの剣や、頑丈なだけの剣、そしてその両方を備えた剣も女王都にはあった。
けれど、ニールの手に馴染む武器がなかったのだ。どんな良い剣も、使い手が扱いきれなければ意味はない。
(ここはリディアの剣の使い手が多いからな、需要の多いそっち向きの剣ばかり作られるのは当然か)
リディアの剣は前衛で相手の攻撃を受け止める役割上、剣を盾のようにして相手の攻撃を防ぐ動作が多い。
そのため、どうしても分厚く、重い剣が求められる。軽く薄い剣でそんなことをすれば、簡単にへし折れてしまうからだ。
それが、ニールの戦闘スタイルに合わない。ニールが扱う人心獣化流は駆けまわり、猛獣の如く相手を喰らう剣技だ。軽すぎるのは威力が出ないために問題だが、しかし重すぎると扱いきれない。
(ま、無い物ねだりしても仕方ねえ)
不安はあるが、だからといって妥協して合わない剣を買っても意味は無い。
今の剣で上手くやりつつも、道中で好みの剣を探すしかないだろう。
「だから――それまで頼むぜ、相棒」
刀剣は答えず、ただ窓から注ぐ陽光を反射し鈍く輝いていた。
「そっちも終わったみたいだね」
ぱたん、と本を閉じる音と共に人間の相棒――カルナが言った。
腰まで届く銀の髪を窓から吹く風で揺らめかせながら、碧の瞳でニールを見つめている。
「もっとも、万全とは言い難いみたいだけどね」
「できる事はやったし、万には届かない十全ってところだな。そっちはけっこういい具合みたいだな」
「万全以下十全以上ってところかな……ノーラさんがあの本を持っていたのは本当に幸運だったよ。身体能力強化、この魔法はほぼ出来上がった。後は何度か使って詠唱や魔力の流れを調整するくらいかな」
これで僕も役に立てそうだ。
そう言って微笑むカルナだが、しかしその表情はどこかぎこちない。
他人になら誤魔化せるその笑みも、この一年同じ夢を共有していたニールには分かった。この笑みは、無理矢理それっぽく仕立てあげた笑みだ。
(結局、風の投石機の魔法を改良する方法は見つかってねえみたいだしな)
確かに身体能力強化の魔法は転移者と戦うために有用だ。これで前衛で戦うニールは転移者の腕力と防御力に対抗出来るようになる。
しかし、この魔法はしょせん他人の補助に使う魔法だ。カルナ自身にも使えることは使えるし、相手の攻撃を避けたり距離を取ったりするのには有効だろう。
けれど、いくら身体能力を高めたとしてもカルナは魔法使いだ。身体能力が上昇したからといって、攻撃の速度が上昇するわけではない。魔力を編み、詠唱して精霊を呼び込み、魔法を放つというプロセスは脚が速かろうと筋力があろうと短縮できるモノではないのだ。
だからこそ、一回の詠唱で長時間相手を牽制し続けられる風の投石機の魔法は、カルナが一番欲しいモノであるはずなのだ。
だが、それは未だ未完成のまま。
自分が戦うために最も必要な手段が無いままなのだ。
(ぶっ倒すと思って練磨して、その結果自分が出来るのは他人の補助のみ――そりゃ面白くねえよな。俺だって嫌だ)
無論、ニールはカルナが魔法を使いやすいように立ち回るつもりではいる。
しかし、斬り合いになれば後方のカルナを注意する余裕もなくなってくるし、何より常に二人が一緒であるという保証もないのだ。一対一という状況下になれば、カルナは自慢の魔法を使う前に叩き潰される。
カルナ個人が自分で自分の身を守る手段は必須なのだ。強化の魔法を使った後に戦士の後ろに隠れて満足できる人間であれば別なのだろうが、カルナはそれで満足できる人間ではない。
大丈夫か、とか。
頑張れ、などという言葉は言わない。
大丈夫じゃないのに外面を取り繕っているのは、きっとその部分に触れられたくないからだろう。
「俺より準備が整ってるならそれでいいさ。戦闘の時には頼りにしてるぜ、相棒」
だから、いつものように背中を預ける。
お前の良い部分も悪い部分も理解しつつ無防備な部分を任せると告げる。
お前ならきっと応えてくれるという信頼を正面から手渡す。
「……ニールが言う相棒って言葉は、剣なのか僕なのか時々分からなくなるよ」
笑みの中に少しだけ困ったような色を滲ませたカルナは、魔導書をローブの中にしまった後に立ち上がる。
何をそんなに急いで――と思ったが、ドアをドンドンと叩く音を聞いて納得した。思いの外、準備に時間をかけすぎたらしい。
カルナが苦笑を浮かべつつドアを開くと、不満気な顔の連翹が立っていた。背後ではノーラが申し訳なさそうに頭を下げている。
「まだなのー? はやくきてー、はやくきてー……ってなんであたしがそんな言葉を言ってるのよ、むしろあたしは言われる方じゃない。というか女より準備が遅いってどういうことよ貴方たち!」
「レンちゃんレンちゃん、他のお客さんに迷惑だからあんまり大声出さない方がいいですよ。……あ、カルナさん、ニールさん、おはようございます」
「うん、待たせてごめんね。僕もニールも、こういう時ギリギリまで準備するタイプだからさ」
根が臆病なんだよね、と笑うカルナだがニールとしてはその言葉に否と言いたい。
やりたいこと、やるべきこと、それらを実行する前には準備をしっかりすべきだと思う。それが困難なことなら、尚更だ。
「カルナがそんな感じなのは納得できるけど、ニールもそうだっていうのはなんか納得できないんだけど。ねえニール、貴方だけ爆睡してたんじゃないの? カルナに言い訳言わせるとか卑怯よ卑怯!」
「うるせえぞ馬鹿女! 俺は身だしなみを犠牲にしても、剣の手入れと鍛錬はするしメシ食うって決めてんだよ、見やがれ俺の愛剣の輝きを! てかお前こそ武器の手入れとか全くやってねぇんじゃねえのか?」
「失礼ね、ちゃんとやってるわよ! だいたい、武器や防具がボロボロじゃあ格好がつかないじゃない! ふふっ、あたしの素晴らしい活躍を見た誰かに『貪り食らう黄金鉄塊凄いですね』って言われたら即座に『それほどでもない』って返す準備だって出来てるんだから」
「レンさんって時々凄い方言が混ざるよね、一体なんだい、それ?」
「方言なんて表現は浅はかさが愚かしいわね、これはあたしが尊敬する英雄の言葉なんだから。本当は騎士じゃないと言っちゃいけないセリフな気がするけど、騎士はジョブを選ばないとも言ってるからね。転移者たるあたしが言っても何一つ問題ないって寸法よ!」
言葉の意味は分からないが、転移者のいた世界で有名な騎士の言葉らしいというのはなんとなく分かった。
そんな珍妙な言葉を話す英雄が一体なんなのか一度聞いてみたい気もするが、少なくとも今はそんな話題で長々と喋っているワケにはいかない。
「それより、とっとと行くぞ。時間に遅れてクエストに参加できませんでした、じゃ話にならねえぞ」
「冒険者なんて時間にルーズな人が多いから、そこまで厳しくはないと思うけど――まあ、騎士の皆さんが依頼主だしね。あり得なくはないかな」
「何言ってるのよ、約束の時間に遅れないなんて基本中の基本でしょ」
「……ああ、レンちゃん。この前、屋台のケバブサンド美味しいってたくさん間食してたから……」
「ねえノーラどういう意味!? どういう意味それ!? 食べ過ぎておかしくなったとかそういう意味!? なんかあたしが常識的な発言する度にディスりに来てない貴女!?」
「あ、バレました?」
反応が楽しくて、と悪びれもせずニコリと笑うノーラ。最近段々と分かってきたが、中々いい性格をしている。
「ふぁあああ! あああ! もおおっ! もぉ怒ったわ、表に出なさいよノーラぁあああ! 不意だまデバウラ―スフィフトでバラバラに引き裂くわよぉ! 大体、食べ物に関してはあたしのこと言えないじゃないノーラ! 一緒にお風呂入ってたからわかったけど、女王都に来た日よりお腹ぷくぷくしてるわよ貴女ぁ!」
「え……あ、え!? 嘘!? 確かに食べたりお酒飲んだりカルナさんと勉強したり――あああ、本当だ体あんまり動かしてない! 太る要素しかないじゃないですかぁ!」
「今頃気づいても時すでに時間切れ、もう贅肉ついてるから!」
「テメェら急かしてぇのかダベりてぇのかどっちだ!」
ニールが準備を終えても、二人は騒がしく、しかし楽しそうに口喧嘩に励んでいた。
それを微笑ましく思うが、急かした本人がお喋りに熱中しているのは納得いかない。
◇
それからしばらく。
連翹とノーラを宥め、城へと向かう。
そう、城だ。最近ニールが入り浸っていた騎士修練場ではなく、王族の居る建物だ。
女王都リディアの景観に合わせた無骨な外見。美しさよりも頑丈さと機能性を重視したように見える角ばった造形は、城というよりも砦に見えた。
けれど、そんな建物でも中身は別だ。
華美ではないものの質の良い調度品で飾られた内装は美しく、やはりここが貴族や王族が住まう場所なのだなとニールは思った。
そんな城の中にある部屋の一つ。
本来は立食パーティーをし、貴族が歓談したり踊ったりしているであろう広い部屋の中に、ニールたち冒険者は集められていた。
「城の中のこういう部屋って凄いわよね! なんかあたしテンション上がって来たんだけど。ねえ、踊った方がいい? 誰か誘って華麗に踊って視線を釘付けにした方がいいんじゃない!?」
「やめて。レンさんやめて」
「レンちゃんが思ってるのとは違う意味で視線を釘付けにするからやめてください」
……なんか馬鹿とカルナたちが騒いでいるのが気になるが、それ以上にニールは周りの冒険者に興味があった。
騎士修練場で何度か会った者もいるが、しかし受付期間ギリギリで試験に合格した者たちの顔は見たことがない。
(だが、どいつもこいつも強そうだな)
冒険者の戦闘能力は、兵士や騎士に比べ安定していない。
平均で言えば低い、とすら言えるだろう。
それもそのはずだ。そもそも冒険者は誰でもなれる職業だし、訓練も実践も自分で考えて実行せねばならない。
それゆえに、怠けるヤツはどこまでも怠ける。昼に起きて日銭を稼げる範囲でクエストを受け、酒を飲み、眠り、また昼に起きて日銭を稼ぐ――そういう者がけっこう居るのだ。
ニールが冒険者に成り立てのころ、そういう冒険者ばかり見て凄くガッカリした覚えがある。物語のように格好良い連中ばかり――とまでは思っていなかったが、それでも当時は夢を見ていたのだ。
(まあもちろん、働いてる分は山賊や都会のチンピラみてえに他人から奪って生きてる連中より、ずっとマシなんだがな)
そしてそれとは逆に、己を刃のように研ぎ澄ましていく者もまた、冒険者の人数からすれば少数派ではあるものの存在するのである。
ここに居る者たちの多くは、そんな連中だ思う。
きっと冒険者の中でも上位なのだろう。ニールが戦いを挑んでも、勝てるかどうか分からない者が多い。
こんな中で、自分がどれだけ活躍できるのだろうか、と少し不安に思う。
毎日鍛えているし、日々成長している自覚はある。だが、自分だけが成長して、他人に追いつけるワケではないということも、また理解している。
「ま、やれるだけやるだけだ」
大して活躍出来なければ、また一から出直すだけだ。
無意識に剣の柄を握って決意を新たにしていると、不意に入り口のドアが開いた。
現れたのは禿頭の騎士だ。
背丈が高く、分厚くも実戦的な筋肉で盛り上がった体を豪奢な白銀の鎧で覆っている。近くで立たれたら、一瞬銀色の壁と誤認するかもしれない。
その隣に、数人の騎士が控えている。その中に見知った姿を見つけた。金髪碧眼の騎士、アレックスだ。
(――あれが、団長。今代の『Q』の名を賜った騎士か)
カンテサンス。
物事の本質や、真髄、などという意味をもつらしいその単語の頭文字を取って『Q』。
勇者リディアが初代騎士団長を任命する時に与えられ、以後は騎士団長に成った者が襲名するそれは、勇者に認められた強者が持つべき名とされる。
彼は冒険者たちの視線が全てこちらに注がれたことを確認すると、微笑みながら口を開いた。
「何人かはもう顔を合わせているが、それでも言わせてもらおう。初めまして、ボクはゲイリー・Q・サザン。アルストロメリア騎士団の団長だ。
勇気ある冒険者たちよ、今回は良く集まってくれた。ボクら騎士団だけでは、街の守りを維持しながら西へ行くことは不可能だったからね。心から礼を言いたい」
決して大きな声ではないが、よく通る声だ。
ゲイリーは冒険者たち一人一人の顔を確認するように頭を動かしながら、低い声で、しかし優しい声音で語る。
「我々が向かう場所は、西部の港街ナルシス。目的は、ナルシスとナルシスを中心とした町村を占領者から奪還することに――」
「なあなあ団長さんよ。あの辺りって連中は英雄の国レゾン・デイトルとか名乗ってるじゃんか。分かりやすいし、レゾン・デイトルって言っちまった方がよくねえ? ってオレは思うんだけど」
冒険者の一人が緊張感の無さそうな声音で口を挟む。
視線を向けると、そこに居たのはここ数日何度か見たスカウト風の男だった。
緑を基調とした動きやすい衣服を身にまとい、胸元を守るようにレザーアーマーを身につけている。腰には短剣とポーチの二つが吊るされており、他に重りになりそうな物は見受けられない。
団長の言葉を遮られたからだろう、数人の騎士が彼を睨むが、ゲイリーがそれを軽く手を振って制する。
「ファルコン・ヘリコニア。まあ、君の言葉も最もではある」
「げっ、なんだ。オレってもう名前覚えられるほど睨まれてるってヤツ?」
「なに、単純にボクが君たちの名を覚えただけさ。これから一緒に戦う、つまりは戦友となるわけだ。ならば、名を覚えないなど失礼極まりないだろう?」
「なにそれホント!? ねえねえだったらハゲ団長クイズよクイズ! あたしの隣にいるこの桃色サイドテールの女の子の名前はなー――んだぼふう!?」
空気を読まず騒ぎ出した連翹の鳩尾に、羞恥で顔を真っ赤にしたノーラの拳が突き刺さった。
「何してるんですか何してるんですか何してるんですか! というかなんで今巻き込んだんですかぁ!」
「だってあたしはもうハゲ団長とは会ってるし、名前は覚えられてるもん。さあ、早く当てなさいよ! 大物ぶって全員の名前覚えてるとか言って外すと凄い恥ずかしいわよ! 今、団長の名誉を賭けて……シンキングータイム、でーでん!」
周りから、
「すげえなんだアレ怖いモノなしかよ」と羨望の目で見つめる者の声や、
「ハゲ、団長……! はげ……! だん! ちょ……う!」と笑い声を必死に押しとどめようとしている者の声が聞こえてくる。
無論、大多数は「アレ、さすがにキレられるんじゃねえの?」と思い連翹から無言で距離を取っているのだが。
「ノーラ・ホワイトスターだろう。ノーラ君、キミの治癒の奇跡はまだまだ未熟だが、しかし判断能力は高いとマリアンが褒めていたよ。冒険者や兵士、そしてボクら騎士が傷ついた時にはキミの力を借りたい」
「あ、いえ……そんな、言われる程じゃ、ない、です」
恐縮するノーラをそのままに、連翹は親指を立てて正解をアピールしている。
「うっわあぁ、凄いわねホントに覚えてやがってたわ。見事な仕事だと感心するがどこもおかしくないわ……! さすがナイトは異世界でも格が違ったわ!」
「今おかしいのはレンさんだからね! ほら、ちょっと黙ってこっち来て! ノーラさんも、緊張しまくってるところ申し訳ないけど手伝って!」
口元を抑えられ、ずるずると後ろの方に引きずられてい行く連翹を見送る。
「……む、もうクイズは終わりかい? 誰か立候補してくれたら当てるが、どうだ? ……居ないか。……そうか」
そりゃこの流れで立候補できるヤツはそうそういねえよ、と思う。
というか、若干ガッカリしているが、あのクイズがちょっと楽しかったのだろうか。
「――では、話を戻そう。ナルシスと周辺の町村を含めレゾン・デイトルと名乗っているのだから、その名で呼んだ方が分かりやすいのではないか――だったな。
それに対する答えは簡単だ。
――――なぜ、秩序を乱す悪党どもが使う名を、ボクらが、ボクらアルストロメリアの騎士が使用しなくてはならないのだ」
ぞっ、と。
寒気がする程に冷たい声音だった。
氷の刃めいたその声が突きつけられるべきは西を占領した転移者であり、ニールたち冒険者ではない。
だというのに――自分に向けられたモノではないというのに、寒気がする程の恐怖を抱いた。先程、なごやかだった分、その冷たさが際立ち心を凍えさせる。
(――や、っぱり、強い)
歴戦の戦士には、言葉や視線だけで相手を恐怖させる凄みというモノを持っている。
当然だ。
戦士とはモンスター相手にしろ人間相手にしろ、命を削って戦い、死を相手に与える者なのだから。
死を連想させる絵や物語に恐怖を抱くことと同様に、死を与え続けてきた戦士の殺意や敵意に恐怖を抱くのだ。
だが、それにしてもこれは異常だ。
ここに居るのは、場数を踏んできた者ばかり。死に耐性があり、恐怖を懐きにくい者がほとんどなのだ。
だというのに、多くの者がゲイリーの敵意に凍えている。
だから分かる。理解できる。ゲイリーは強い。恐らく、今ニールが想像出来る範囲よりも、ずっとずっと。
「……失礼したね、少し感情的になった」
皆の反応を見たゲイリーは、慌てて元の柔らかい声音で謝罪する。
「我々は今後、東部側からストック大森林を這うように移動し、エルフの国『森林国家オルシジーム』とドワーフの国『地下国家アースリューム』に向かう。
直接西部に向かい、ナルシス周辺へ直進するのを避けたのは前回騎士団だけで行った時と同じルートであり、警戒されているだろうからというのが一つ。
もう一つは、エルフとドワーフの連合に力を借りたいと思うからだ」
「……ねえねえ、ドワーフとエルフが連合してるの? なんか凄く仲が悪そうなイメージなんだけど」
カルナとノーラの包囲網から脱出してきたらしい連翹が、ニールの背後から小さな声で質問して来た。
たぶん、ゲイリーが西の転移者相手に冷たい敵意をむき出しにしてた時に逃げ出したなこいつ、と思いながらニールも小さな声で口を開く。
「あー、なんだったか……魔王大戦のころ、人間は人間のことで手一杯で他の種族だってのはカルナ辺りが話してたよな。
実際、魔王大戦以前はすげえ仲が悪かったらしいんだがな、魔族の侵攻を阻止するために同盟して、なんやかんやあって仲が良くなったとかなんとか」
「ねえ、なにその頭の悪そうな説明。なんやかんやって何よ」
「うっせえ、なんやかんやはなんやかんやだよ。つーか、魔王大戦以降はドワーフとエルフ仲良すぎて人間と交流あんまねーから情報あんまこねえんだよ」
旅人を追い返したりするほど人間を嫌っている訳ではない。むしろ歓待してくれるくらいだ。
ニールだって昔、商人の護衛でアースリュームに向かい、商人が滞在している間ドワーフと一緒に酒を飲んだことがある。その時だって、人間だからという差別はあまり感じなかった。
ただ単に、エルフとドワーフが足りない部分を補い合っているので、人間と積極的に交流する意味が薄いのだ。
護衛した商人も、「最初は物珍しさで商品買ってくヤツも居たが、一日と経たない間にエルフの商店に客が流れちまう」と愚痴をこぼしていた。
「まあでも、アースリュームに行けるのはありがてえ。新しい剣を探すには丁度いいしな」
「あたしの貪り食らう黄金鉄塊も強化してもらえないかしら。黒くて長くてトゲが一杯な感じに仕上げて欲しいんだけど」
「黄金でも鉄塊でもねぇだろその外見」
「なによ、暴食の名を冠する剣はダークパワーっぽい外見なのは今や常識でしょう?」
「知らねえよそんな常識、お前の常識をこっちに持ち込むな」
言い合いながらも耳はゲイリーの言葉を拾い続ける。
三日後に出立するから宿の片付けや武具などの準備をすること、出立する騎士も忙しくなるため鍛錬に付き合うことはできないが、街を守るために残る騎士たちとは変わらず試合することができるなどなど。
さすがに会話に夢中で聞きそびれました、というのは避けたい。カルナ辺りはちゃんと覚えてくれているだろうが、しかし頼りっぱなしというのは性に合わない。
「以上で終了だ。今日は忙しいところを集まってくれてありがとう。ああ、そうだ。最後に……」
なんだ、と身構える。
こういう時、さらっと重要なことを言って、それをちゃんと聞いているかどうかで隊列が変わったり――
「……先程のクイズ、今ならまだ受け付けるが、どうだ? 立候補者はいないか? たとえ全員だろうとしっかり当ててみせるぞ?」
しん、と静まり返る。
何言ってんだこの人、という呆気に取られたがゆえの沈黙だ。
「団長、気に入ったんですか、先程のあれ」
「アレックスか。うん。この立場になると、どうもこの手のゲームに乗ってくれる人も誘ってくれる人も少なくなってなぁ……子供時代、西に居たころは友人とよくやってたのだが」
「なに? そんなにあたしのクイズが気に入ったの? 仕方ないわねぇ! ちょっと待ってなさい、今そこらへんから適当に見繕ってくるから――!」
「は? ちょっと待て連――」
ニールが止める間もなく駆け出した連翹は、冒険者たちに突貫する。
とりあえず誰か一人ひっ捕まえて、クイズの問題にするために……!
「うわあこっち来たあ!」
「寄るな少女よ! さすがにあのように晒し者になるのは避けたい……!」
「来んな! ちょ、やめろ! やめろぉ」
「連翹くん、別に一人じゃなくても構わないぞ。多いほうがボクとしても楽しい」
「任されたわ! さあてまずは一人――!」
うわあ捕まったー! ひいいい来るなぁ! などという叫び声の海から、二人の人影が飛び出て来た。カルナとノーラだ。
「ニールさんの馬鹿ぁ! なんでレンちゃん止めてくれなかったんですかぁ!」
「は!? 俺のせいじゃねえよアレ! 止める間もなく駆け出しやがったぞアイツ!」
「どっちの言い分も分かるけど、その前に一つやるべきことがあると思うんだ」
カルナが真剣な顔でニールとノーラを見つめ、
「……あの騒ぎに巻き込まれる前に宿に帰ってごはんでも食べよう」
全力逃亡を宣言した。
「で、でも、レンちゃん一人残して……」
「ノーラさん、あれ見て」
カルナが騒ぎが一番大きい場所――恐らく連翹が居る部分を指さす。
「討ち取ったりー!」
「おい、馬鹿、やめろ離せ! オレ名前呼ばれてる! ファルコンだよファルコン!」
「ちい、なんだハズレか……!」
「おいハズレ扱いはどういうことだよテメェー!」
しばしの沈黙。
「ねえ、あれに巻き込まれたい?」
「か、帰りましょうか……」
「異議なし」
「ちょ、ニール、カルナ、ノーラ! なに帰ろうとしてんのよ! あたし一人にしないでよ寂しいじゃない!」
「うるせえ帰りたくもなるわこの現状!」




