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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
女王都での憩いの日々
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48/連翹のブランチ


「……暇ぁ」


 宿の一室。

 自分のベッドの上をゴロゴロと転がりながら、連翹れんぎょうはぼそりと呟いた。

 地球にいた頃は、パソコンやゲーム、マンガやライトノベルなど暇を潰すモノは山とあった。

 しかしここは異世界だ。中世風のファンタジー世界だ。そんな場所にインターネットなんかがあったら世界観が破綻するだろうが、しかし別に破綻してもいいからネットくらい引いて欲しいと思ってしまう。

 

「だいたいみんな、起きるの早いのよぉ。用事が無いなら昼まで寝ててもいいくらいじゃない」


 こういう時に会話の相手をしてくれるノーラも、ここ最近は朝早くカルナのところで勉強している。

 これが遊んでいるなら「暇だからあたしも混ぜてー!」と突入できるのだが、連翹は勉強などしたくないし、かといって真剣に勉強してるノーラの邪魔もしたくないのだ。

 なら仕方ないからニールで我慢してやるか、と思ったら彼は彼で早朝から騎士修練場に行って騎士や兵士、同じ依頼を受けた冒険者と模擬戦中。一度混ざろうかと思い鍛錬中の騎士たちを覗いたが、凄く汗臭そうで全速力で退散した。

 イケメンの汗はいい香り、だとかどこかで聞くか読んだ覚えがあるが、あれは絶対ウソだ。汗の臭いなんて大小の差はあれどみんな臭いに決まってる。騎士アレックスとか半端無くイケメンであるものの、汗だくの彼の臭いを嗅ごうとは思えない。

 

「本は読んじゃったしなー……寂しいけどここは一人で朝食、には遅すぎるし昼食、には速過ぎるわね……つまりアレね! ブランチね! なんか格好良い響き、テンション上がってきたわ……!」

 

 起きるのが遅くて朝食を食べそこねて、昼まで我慢できなくなっただけなのだが……問題ない。格好良さは何よりも優先すべきことだ。

 そうと決まれば連翹の行動は速かった。寝間着を即座に脱ぎ捨てると、洗濯した普段のセーラー服と鎧を掛けあわせた衣服に袖を通す。

 鏡の前で髪の毛をとかし、終わったら凛々しい女剣士っぽいポーズを模索する。


「……やっぱり手の平で顔を覆うのは鉄板よね。ふふっ、我、黒衣の転移者、暴食黄金鉄塊グラトニーナイトのレンここに顕現したり――! ふあああああ、格好良すぎて気がヒュンヒュン行く……!」


 ノーラかカルナがいたら生温かい視線を向けられ、ニールが居たら「何言ってんだこの馬鹿女」と直球で罵倒されることを言いながら身だしなみを整える。

 ふんふんと鼻歌を歌いながら街中へ。

 喧騒に満ち満ちた街並みをおのぼりさんのようにキョロキョロと見回しながら歩く。こちらの世界に来てもう二年くらい経つが、石畳の道やら街を闊歩する甲冑の兵士などは今でも見ていて楽しい。

 昔から、連翹はファンタジーが好きだった。

 モンスターと格好良く戦うRPGの戦士や、弱くてちょっと情けなくても頑張って冒険するパーティーを題材にしたライトノベル、そして突然異世界に召喚される漫画やアニメ。

 そういったモノを見ては、自分もこうやってファンタジー世界で冒険したいな、とよく妄想したものだ。

 そう、妄想だ。さすがに連翹だってそれがあり得ないことくらい理解していた。あり得ないと思いつつも、物語の主人公たちを羨んでいた。

 だって、自分には元の世界で生きるには才能も何も――


「……やめやめ」

 

 頭を左右に振って、かつての思い出を振り払う。

 せっかく夢が叶い、昔の自分から変われたのだ。過去は顧みる必要などない。

 中央広場に向かい、辺りを見渡して屋台を探す。料理屋を探しても良かったのだが、入った店が美味しかったら絶対お腹いっぱい食べてしまう。昼にはノーラたちと昼食を取るのだ。その時に自分だけお腹いっぱい、なんてことになると食事の輪に入れなくて寂しいではないか。 


「おや。連翹……だったね。アンタ、今一人かい?」


 お上りさんのように辺りを見渡す連翹に、誰かが声をかけてきた。女の声だ。

 振り向くと、屋台の前で佇む大柄な女が居た。艶やかな金髪と整った顔立ちだけを抜き出せば美人と言えるだろう。目立つそばかすも、欠点ではなく愛嬌の一つのように連翹には感じられた。

 しかし、ナイフ辺りで乱雑に切ったらしい不揃いな髪と男顔負けの筋肉が、彼女から美人という単語を剥奪している。

 

「ええっと……ああ! お風呂で会った神官のアマゾネス風味ね! ノーラの事情聴取の時以来ね元気だっ」

 

 すぱーん! と頭を叩かれた。

 

「マリアンだマリアン、マリアン・シンビジューム。アマゾネス云々は言われ慣れてるが、名前忘れるんじゃないよ」


 本気で叩いたワケじゃないらしく、音のワリには痛くない。


「やっぱり言われ慣れてるんだ……おひさ、マリアン。貴女もブランチ?」


 駆け寄って見上げる。大きい。胸は薄いから、視界を遮られず顔まで一直線だ。


「ブラ……? よく分からないけど、あたしは騎士たちの鍛錬に付き合ってたら朝飯食べそこねただけだよ」


 そうなのね、と連翹は微笑む。

 連翹はマリアンが嫌いではない。親しいというわけでもないし、大好きというワケでもない。ただ、こういう女性に憧れるのだ。

 背が大きくて、格好良い姉御肌の女だ。とても格好良い。あんな風になれたらな、と思う。自分の背丈があまり高くないから、なおさらだ。

 クールかつ光と闇が備わり最強な女剣士という路線も良いが、彼女のような路線も捨てがたい。今からじっくり悩んで決めなければ。


「なに? 回復役が常駐してないといけないくらい、怪我するほど騎士の鍛錬って過激なの?」 

「いんや。アレックス辺りがテンション上がると、致命傷与えるような技を使うからね。やばそうだったら背後からぶん殴るために張ってただけさ」 

「……ああ、ニールもそれで死にかけたわね」


 少し、顔を顰める。

 血は苦手だ。モンスターの血液などならこの世界に来てから見慣れたし問題ないのだが、人間の血はどうもいけない。

 あれは命の色だ。あれは死を連想する赤だ。

 モンスターは倒すべき経験値的なモノであり、多少鉄っぽい血の臭いを嗅いでも問題ないのだが、人間から流れていると思うと吐き気がしてしまう。

 これは、きっと片桐連翹かたぎりれんぎょうの弱さなのだろうな、と思う。まだまだかつての連翹じぶんに引っ張られていて、今の連翹あたしを活かしきれていない――そう思うのだ。


「あれはあの剣士の子も馬鹿だったけどね。傷口自分で広げながら斬りかかるとか、言葉をいくら選んでも頭おかしいとしか言えないよ」

 

 ノーラ居なかったら冗談でも無く死んでたよアイツ、とマリアンはカラカラと笑う。

 しかし、目だけは笑っていなかった。無駄なことで命を使いやがってあの無謀野郎、という怒りが伝わってくる。

 

(やっぱり、神官になる人って命とかそういうのに敏感なのかしらね)


 ノーラもニールのそういう部分が好きではないらしいし、神官に多い考え方なのかもしれない。

 けれど、連翹は他人の生き死ににそこまで怒れない。自分がやりたくてやった無謀で死ぬなら、それでもいいんじゃないかと思う。他人も、そして身内も。

 もちろん親しい人が死んだら悲しいけれど、自分の命は自分の好きなように使うべきだと思う。その結果死んで他人が悲しんでも、当人がそのビジョンを想像しつつも「それでもこの無謀をやり遂げる」と考え実行し、そして成功するなり失敗するなりして死んだのなら、それは仕方のないことだと思うのだ。

 けれど、連翹はそれを口にはしなかった。

 彼女の気持ちだって理解は出来るし、自分の考えを他人に押し付けようとも思わないからだ。


「ところで何食べてるのマリアン。あたし朝ごはん食べそこねてお腹減ってるのよ、昼には早いしブランチ気分なのよブランチ気分!」

「その言葉で大体ブランチがどういう意味か理解したけどさ、そんなお洒落っぽい言葉で飾るような食べ物じゃないよコレ」

 

 言ってマリアンは片手で持つそれを見せた。

 パンの間にサラダと鶏肉をはさみ、それらをヨーグルトをベースにしたソースで味付けしている。

 

「ああ、ケバブ。屋台でこういうの見ると凄く美味しそうよね」


 地球時代に見た肉をくるくる回しながら焼く機械ないかしら、と屋台に視線を向ける。だが、やはりというか当然というべきか、肉を焼いているのはただの鉄板であった。

 あの肉を回すヤツ見てて面白いから好きなのに、と少し残念に思いながらも、肉の焼けるいい匂いに誘われ連翹も同じものを購入する。

 一口噛むと、肉のジューシーな食感とサラダのシャキシャキとした食感が口の中に広がる。

 単純な食べ物だが、美味しい。甘みの少ないヨーグルトの酸味と、肉に味付けられた香辛料の辛さが口の中に広がっていく。

 中身をこぼさないように気をつけながら、一口、二口と食べる。


「なんか物足りないからもう一つくらい……でも、それだとお昼が――くっ、転移者たるあたしを苦しめるとはさすがねケバブサンド! 逃げても戦っても相手を苦しめるなんて、なんという策士! けどあたし負けない!」

「食べ物と戦う人間とか初めてみたよあたしは」

「違うわマリアン、女の子は口に出さないだけで、いつだって食べ物と戦ってるの。空腹と体重を測りにかけて、買ったり負けたり勝利を諦めてガッツリ食べて後で後悔したりするのよ!」

「町娘とかはそうなんだろうけどねぇ。あたしなんざ、体を動かすから食わないとどんどん痩せて筋肉が衰えちまうから、そんなので悩んだ覚えはないね」

「というかなんで神官がそんなにマッソーボデーしてるのよ。神官って後ろで守られながら皆を癒やすのが仕事でしょ?」

「他人が怪我するのを後ろで見物するのは、どうも性に合わなくてね。他人が痛がってたり、悲鳴上げたりしてるのに、自分は安全圏ってのは嫌なのさ。メイス片手に兵士や騎士と一緒に突っ込む方が気が楽だよ」

 

 怪我しても自分で癒やせば済むからね、とマリアンはカラカラと笑う。

 

「意外ね。あたし、マリアンの見てくれから「あん? 怪我した? 唾つけとけ唾」みたいなことを言い放ちながら敵を殴り殺してるものだとばっかり」

「間違っちゃないね。『自分は最強の剣士だー!』とかいってゴブリンの群れに突っ込んで、落とし穴に落とされてなぶり殺されかけた若手の騎士とかに言ってやったよ、それ」

「……騎士って強いんじゃないの?」


 ゴブリンって最弱の亞人型モンスターじゃない? と連翹が疑問を口にする。

 連翹もこの世界に来て二年程経っている。冒険者としてクエストを請け負って、モンスター退治を行うことも多い。

 けれど、泊まってた冒険者の宿の主人がゴブリンやらコボルトなどという亞人討伐クエストを斡旋してくれず、戦った回数は両手で数えられてしまう程だ。

 

(あたしみたいな強い転移者のリソースをゴブリンなんて弱いモンスターに割り振るなんて勿体ない! って意味だと思ってたんだけ)


 そういう意味じゃなかったのかしら、と首を傾げる。

 

「そりゃ騎士は強いさ。けど、あいつらは自分たちが人間よりも弱いのを知っているし、頭が悪いのを知っている――だからこそ相手が油断しやすいことも、知っているんだよ」

「……たったそれだけで、騎士を倒せるモノなの? あんな貧弱なモンスターが?」

「そりゃそうさ。というか、そういうので実力差をひっくり返して来たのが人間って種族じゃないか」


 ドラゴンや魔族――そんな大物でなくても、人間よりも強く、そして人間に対し敵対的なモンスターなど山ほど存在する。

 それらに対して知性や数でひっくり返したのが人間であり、ゴブリンなどといった亞人なのだ。


「その冒険者の宿の主人に感謝しなよ。ゴブリン舐めてるって見抜いて、アンタが倒しやすいモンスター斡旋してくれてたんだよ、きっと」

「ふふっ、まあ他人はそうかもしれないけど、あたしは違うわ。だってあたしは誰よりも強くて格好良いクールな女剣士なんだからね!」

「自信があるほど、自分が弱いモンスターに負ける姿を想像できなくなるもんさ。連翹、西の道中ではなるべくノーラや男二人から離れるんじゃないよ。大人数で行動してると目立つからね。野営の時なんかに油断してると、森に引きずり込まれて骨になっちまうよ」

  

 心配症ね、と内心でため息を吐きながら「分かったわ」と頷く。

 無駄な心配だとは思うけれど、心配してくれていることは嬉しいから、その好意を無下にしたくない。

 

「それじゃあ、そろそろあたし行くわね。ノーラたちもニールも帰ってくる頃だろうし」

「ああ、気をつけなよ――ああ、そうだ」


 手を振って駈け出しかけた連翹をマリアンの言葉が引き止める。


「何か困ったことがあったら、騎士団の誰かに相談しなよ。あいつら真面目な馬鹿どもだけど、この大陸の人間を邪険にすることなんてないからさ」

「……? うん、まあ、分かったわ」


 レオンハルトのことで、なにか思うところがあったのだろうか。

 彼も、何か迷い苦しんだ結果、欲望のままに主人公チートもちらしい振る舞いを始めたのだ。

 

(でも、あたし大陸の人間じゃないしなぁ)


 自分は転移者であり、地球の日本で生まれた人間だ。

 だからこそ、この世界で特別なのだ。

 だからこそ、この世界の人間とは違うのだ。

 

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