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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
二年後/冒険者の日々
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3/クエスト

 ニールたちが拠点としている街、港町ナルキは大陸の最東端に位置する街である。

 元々は東の島国である日向ひむかいとの貿易のために作られた小さな港だったらしいが、船員や船の荷運びの仕事を求める日雇い労働者が増え、またそんな彼らを客に商売をする者が集まりだし、いつしか巨大な街と化したのだ。

 そして人が集まる場所には問題が起きやすく、その問題をクエストとして解決することを生業とした陸の冒険者――逆に問題を起こす場合もあるが――が集まってくるのもまた道理だった。


 陸に生きる連中と海に生きる連中、それらが手を取り助け合い、時には衝突し罵り合う混沌の街。それがナルキという街だ。

 治安はあまり良いとは言えないものの、様々な種族が交わるために非常に活気があり、皆が皆自分の生き方に誇りを持ち前に進んでいるように思える。

 最後の部分はニールが感じ取った雰囲気であり、誰しもがそうだというワケではないだろう。しかし、そうだと信じさせる熱気がこの街にはあった。


 その港街ナルキから街道を西にしばらく進むと、大陸の中心を穿つ巨大な森が見えてくる。ストック大森林と呼ばれるそこが今日のクエストの場所である。


「入ってすぐはそこまで危険じゃないんだけどねぇ」


 辺りを見渡しながら呟くカルナに、「だな」と短く応えた。

 確かに、この森の浅い部分は大した危険はない。冒険者でもない木こりが伐採を行ったり、薬師が薬草を探せる程度だ。森の住民たちは優しく人間を包み込み、大地の恵みを分け与えてくれる。

 けれど、そこから更に奥へと進むと森は表情を変え、人間たちを外敵として排除しようとする。

 背の高い木々は太陽を遮り、辺りは昼でもなお暗い。僅かにこぼれる陽光も、木々の陰までは照らしてくれず、凶暴な森の住民たちを隠してしまう。

 人間も好き好んでこんな危険な場所に入りたいワケではないが、定期的に奥に踏み入ってモンスターを狩らねば浅い場所にまで食料を求めたモンスターが現れてしまう。

 すると木材も取れず薬も作れない。その上、森で食料を賄えなくなれば次の標的は自分たちが暮らす港街だ。


「まあ、だから――これも弱肉強食だ」


 ブブブ――と。自分たちのテリトリーに踏み込んできた者たちを迎撃しにきた蜂たちに対し、益体もない言葉を投げつけた。

 接近する音にカルナも気づいたのか、彼の得物である魔導書を開くとニールの隣に立ち、歌うように呪文の詠唱を開始する。


「我が求むは、鋭利なる無数の氷槍――」

 

 魔法とは精霊の力である。

 人間が行えるのは、あくまで魔法のひな形を作るだけだ。

 炎の魔法を使いたいならば、最初に魔力で炎が燃えるイメージを作り出す。粘土をこねて形を整えるようにして生み出したそれの中に宙を漂う精霊が入り込み、力を流して初めて『燃える』という現象が現実に起こる。

 だが、魔力で作るイメージには限界がある。人間の想像力もそうだが、大規模なイメージを完璧に再現するには人間の魔力は微量過ぎる。


 故に、言葉が必要なのだ。

 これは炎をイメージしているんだ、と精霊に語りかけるのが詠唱なのだと。

 そして魔導書とは、自分が扱いやすい魔法のイメージを予め文字や絵という形で書き込んでくことで、魔法の発動を高速化やイメージの密度を上げ威力を底上げする道具だ。要はカンペだな、とカルナの前で言って無言で本のカドで殴り飛ばされたのでよく覚えている。


「――疾く駆け、敵を穿て」


 詠唱が終了した瞬間、カルナの正面に小さな氷の槍がいくつも生み出され――矢のように射出された。

 空気を切る音と共に宙を疾駆するそれらは、一つ残らず闇の中に飛び込んで行き――蜂の悲鳴と僅かに氷が砕ける音が重なるように鳴り響く。

 

「残りは頼んだよ、ニール」

「任せとけ!」


 駆ける。

 剣は未だ鞘に収めたままだ。しかし右手はしっかりと柄に置きながら、森が生み出す暗闇――その奥に存在するであろうスピア・ビーへとひた走る。

 視界は未だ悪いままで、本来ならこのように駆けるなんて以ての外だ。闇から現れた樹の幹にぶち当たって終わるだろう。


 だが――カルナの魔法で大体検討はつけられる。


 もしも魔法の射線上に俺がぶつかるような木があれば、氷が砕ける音――木にぶつかって消滅した魔法の音はもっと多かったはずだ。

 故に――問題ない、全力で走り抜ける!

 接近し、スピア・ビーの群れを視認する。氷の槍が突き刺さりぴくりともしないのが六匹、そして敵意をこちらに向けてくるのが四匹だ。

 

 ――上等だ、と口元を釣り上げる。


人心獣化流じんしんじゅうかりゅう、ニール・グラジオラス――参る!」

 

 転ぶ一歩手前まで体を前に倒し――加速、加速、加速! 

 四足歩行の肉食獣めいた姿勢で駆けるニールに、重力が叫ぶ。這いつくばれ! 這いつくばれ! 二足で歩む生き物が獣の真似事など片腹痛いと嘲笑し背中を押さえつける。

 されど、その押さえつける力を利用し、水平に落下するが如く駆け抜け――

 

餓狼がろう――らい!」


 ――飛び込み、抜剣と共に一気に薙いだ。

 闇の中に三日月の軌跡を生まれる。腕に伝わる手応えと共に裂ける胴体、弾ける体液。敵対者を求めていたハチたちの臀部の槍が重力に従い地面に落下する。


(斬ったのは二匹。回避したのが一匹で、そもそも剣の間合いに入っていなかったのが一匹!)


 視認した情報と腕に伝わる感覚でアタリをつけると、すぐさま体勢を立て直し反転。

 その瞬間に視界に映ったのは一匹のスピア・ビーだ。仲間を殺した敵対者をすぐさま殺すべく、不快な羽音を鳴らしながらこちらに槍を向け突撃してくる。

 回避は……間に合わない。

 なら、 


螺旋らせん――へび!」

 

 突き出される槍に対し、剣を突き出す。手首を回し、獲物に巻き付く蛇の如く槍を絡めとり――跳ね上げる!

 

「――!」


 本来は相手の武器を跳ね飛ばす技だが、槍が臀部と一体化しているスピア・ビーに対しては投技へと変化する。勢い良く上に跳ね飛ばされたスピア・ビーは枝に激突し、停止。絶命したか、それとも気絶しただけか、どちらにしろ今は残りの敵だ。

 追撃は後回しにし、未だ無傷の相手へと駆ける。

 一瞬で仲間が壊滅したことに危機感を抱いたのか、残った相手はこちらに背を向け森の奥へと向かって飛行する。


「……逃がすか」


 剣を最上段に構え、蜂の背を睨む。

 呼吸を整え、神経を研ぎ澄ます。

 丹田から胸、胸から両腕、両腕から指、指から剣の柄へと力が流れ、流れた部位が燐光を放つ。

 体内に秘められたエネルギー――『気』を刀身に纏わし、


「獅子――咆刃!」

 

 技の名と共に振り下ろす。

 瞬間、轟! と閃光が弾けた。光の刃は草や葉、枝などを両断しながら蜂の背に肉薄し――食らいつく。

 羽を断ち、外殻を割り、内部を砕く。悲鳴すら上げられずにスピア・ビーは絶命した。


「……ふう、だいたいこんなモンか?」


 辺りを見渡すが、新手のスピア・ビーが襲ってくる様子はない。ならば、今回はこの程度で問題はないだろう。

 別に根絶やしにする必要はないのだ。数が増えこんな浅い場所にスピア・ビーが出ることが問題なのだから、少しだけ間引くくらいで丁度いい。

 下手にスピア・ビーが全滅して、その隙間を縫うように他のモンスターが生活圏を広げるだけだ。知らないモンスターが突然襲ってくるよりは、知っているモンスターを特定のタイミングで間引く方が楽なのである。


「お疲れ。ニールの剣はいつ見ても派手だね。見ていて飽きないよ」


 呼吸を整えながらしていた思考を、カルナは拍手と共に断ち切った。


「あんがとよ。でもなカルナ、見てるだけじゃなくて援護してくれてもよかったんだぞ」

「なに言ってるのさ。実際援護して、『技の練習の邪魔になったじゃねえか』って怒ったのはどこのニールのグラジオラスさんだったかな」


 心配しなくても危なそうだったら助太刀してたよ、とカルナは頬を緩ませる。

 無論ニールとて本気で不満を口にしているワケではない。自分がミスをすればフォローをしてくれるという信頼があるからこそ、こうやって二人でパーティを組んでいるのだから。

 そしてそれはカルナとて同じだろうな、とニールは思っている。初めて一緒にクエストをする際に「防御役が居ないと一緒に行かないよ。敵に突っ込んで死ぬのは勝手だけど、巻き込まれるのはゴメンだからね」と極寒の声音と共に睨まれたのが昨日のことのようだ。


「悪い悪い。んじゃ、とっととこいつらの尻の針取って帰ろうぜ」

「オッケー。それじゃあ」

「ああ、それじゃあ」


 向かい合い、拳を構えた。

 視線は両者共に相手の拳を見つめている。一挙一動すらも見逃さぬ、という真剣な眼差しと共にしばしの間静止する。

 

「行くぞカルナ……!」

「いいよ……来い!」


 オオオォォォ! と雄叫びをあげながら拳を突き出す。

 その拳は、高速で突き出される最中にゆっくりと形を変えていく。

 ニールは掌を大きく広げ、相手に掴みかからんとするような形で。

 対するカルナは、目潰しでもするように人差し指と中指を真っ直ぐ立てた。

 二つの手は、しかし相手にぶつかることなく宙で静止する。二人は互いの掌の形をじいと見つめ――カルナが勝利を確信し、微笑んだ。


「はい、針は全部ニールが抱えて帰ってね」

「チクショォオオオ!」


 要するに、ただのじゃんけんである。


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ジャンケンもあるの? 日本に毒されすぎじゃない?
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