表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
女王都での憩いの日々
46/288

43/武器屋と古書店と医学書と女の子が出しちゃいけないアレ

 セルマ・ブルースター大聖堂で、『修道服を着た女の尻のラインがエロい、特に屈んだ瞬間。体のラインが出ない服で、一瞬見える尻のライン……なにあれ超撫で回したい』とカルナに対し熱弁していたのを見つかり、わりと真面目にノーラに怒られた。

 修行のためにあの服を着てる人をそういう目で見るのはさすがにいかがなモノか、とか。

 というか、憧れてた神聖な場所でそんな下世話な話しないでください。男性である以上ある程度は仕方ないとは思いますけど、せめて場所と空気を選んでくださいというか選びなさいよニールさん!――と。

 内心、『いやあ場所を選ばなかったのは悪かったが、ああいう禁欲的な服って逆になんかエロくね? なんか色々滾るんだよ』と思ったが、そんなことを口にしようものなら今度は説教ではなく拳が飛んできそうな怒りっぷりだったので自制した。


 ――そんな風に、連翹から蔑んだ目で見られ、カルナから深いため息を吐かれた説教の後。


 ニールたちは女王都内にいくつか存在する武器屋の中でノーラの武器を選んでいた。

 女王都に来た日の夜、誘拐される直前に武器を選ぼうかという話をしていたというので、ついでに見に行こうという話になったのだ。


「武器、っていうからもっと重い物を想像していたんですけど……これなら、わたしでも振り回せそうですね」

 

 武器と使い手という存在には相性がある。

 どれだけ強力な武器であろうと、上手く扱えなければ意味が無い。

 だからこそ、量産品の武器には癖が少ない。自分に合った癖のある武器を求める者は量産品など目もくれないために、多数派に合わせてデザインされている。


 今、ノーラが試しに握っている棒も、その一つだ。


 それは細身に削られた木製の棒だ。敵を叩くための先端部分には小さな鋲が埋め込まれており、握り部分は安物だが握り心地の良さそうな革が巻いてある。

 後衛の護身用、という名目で売られているその武器は、前衛が振るうには心細い。頑丈なモンスターや、金属製の鎧を纏った人間に叩きつけたら、簡単にへし折れてしまいそうな代物だ。

 だが、ノーラという線の細い少女が振るうにはこれくらいが丁度いいサイズであり、重さである。

 接近戦の心得の無い者にそんな強力な人間なりモンスターなりを接近させてしまった時点で戦況は最悪であり、あってはならないことなのだ。

 そもそも、戦力として前線に立たせるための武器ではなく、咄嗟に自分の身を守るために使うモノが必要なのだ。ならば、威力よりも扱いやすさを重視した方がいい。


「ねえねえ、どうせならアレにしない? 全部金属でトゲトゲのついた、オークの頭だって簡単に破壊できそうなアレ」

「ノーラが本当にアレを振り回せると思うなら薦めて来いよお前」


 オークどころかそれ一本で城壁だって砕けそうな棍棒を指差す連翹れんぎょうを軽くあしらう。

 というか、あんな代物、四人の中で一番力のあるニールだって振り回せない。何を考えて勧めやがってるんだろう、この馬鹿女は。


「なによその言い方。ファンタジーなんだから、幼女だって身の丈くらいある斧を振り回せそうな感じがするのよ」

「お前が良く言うファンタジーってのは人外魔境って意味なのかよ」

「何を馬鹿な――あれ、あんま間違ってない気がする……」

 

 あれ、ファンタジーってリアルだとそういう類のモノ? と首を傾げる連翹をスルーして、ノーラに視線を向ける。

 既に武器を購入したらしい彼女は、カルナと共にどこに装備すべきか話していた。

 

「武器だから目立つ場所に吊るした方がいいね、やっぱり腰辺りがメジャーかな。すぐに抜いて構えられるし」

「目立った方がいいんですか?」

「うん、相手に威圧感を与えるのも武器の役目だからね。ノーラさんの場合は、威圧感というよりも暴漢に対して警戒してます、って相手に思わせるのが大きいかな」


 武器というのは、案外腰に吊るしているだけで効果があるものだ。

 盗賊だって、どうせ襲うなら貧弱でも武器を持っている奴よりは、完全に無手の者を狙うだろう。

 それに、武器を抜いて構えられると、それだけで接近し辛くなり仲間が割って入れる時間を稼げる。彼我の実力差が大きくなればなるほど、その時間は短くなるものの、最初からゼロであるよりはずっとマシだ。

 

「念のため言っとくが、それあるからってモンスターに突撃かますなよ。筋力も技術もねえノーラじゃあ、自殺と変わらねえからな」


 武器を得ただけで気が大きくなる、という者は少なくない。

 町や村のチンピラなどがチャチな刀剣を手に入れ、それを抜身で振り回しながら我が物顔で辺りを徘徊する、などというのはよく聞く話だ。

 無論、ノーラはそこまで馬鹿ではないだろう。

 しかし、『膠着状態を打破するために、自分が殴りかかって隙を作る』くらいなら考えてしまうかもしれない。根が真面目だからこそ、『今の自分なら助けられるのではないか』と考えたら、一気に無謀な行動を起こしてしまいそうなのだ。

  

「ちょっと、ニール貴方。さすがにそう言う言い方は……!」

「いえ、その通りだと思います」


 食って掛かろうとする連翹を押し留めるように、ノーラが口を開いた。


「わたしがレオンハルトさんに不意打ちが出来たのは、あくまであの人がわたしを信じていたから。わたしが敵だったら、どんなタイミングで不意打ちをしても、レオンハルトさんの警戒を逃れて攻撃を当てるようなことは出来なかったと思います」

「分かってるならいいさ。冒険者なんかだと、一発ラッキーヒットかましたら、それが自分の実力だって過信する奴がいるからな」

 

 ノーラは戦いに関して無知だが決して愚かじゃあないな、とニールは内心で評価を改める。

 なんだかんだでノーラは自分を理解しているのだ。自分が出来ないことを悔しく思うことはあっても、無茶をしてヘマをすることは少ないのだろうなと思う。

 もちろん、適度にこうやって講釈をしなければ知識不足で失敗はするだろう。けれど、ちゃんとした知識を得ていれば、彼女は大きな失敗をすることはないはずだ。


「用事はこれで終わりだとして――そういやカルナ、お前イライアスが好きとか言ってたじゃねえか。そこには行かなくていいのか?」

「行ければ行きたいんだけど、城門でモンスターを蹴散らしたみたいな逸話以外ないからね。ほとんど部屋で魔法研究したとか、人工ダンジョンの理論作ってリディアに丸投げしたとかばっかりで」


 他の逸話などは、せいぜい安宿に篭って作業していただとか、魔王討伐後に城の中で魔法の研究と平行してギルドのシステムを作っただとかだ。

 彼は元々インドア派であり、ストック大森林の中に居を構えていたのも人付き合いを避け研究に集中するためだった。そんな人のためか、街中で見かけたという話事態が稀だ。


「あんまり外出しないものだから、リディアに担がれて無理矢理外に出された、なんて話はあるけどね。それだって、イライアスが人混み嫌いだからなのか、どこで何してたのかは残ってないし」


 それに何より、イライアスが良く泊まっていた安宿はリディアたちが存命の内に潰れたらしいし、城の中は警備の問題で一冒険者が自由に入ることは出来ない。

 

「ストック大森林で彼の家を見つけられたらなぁ」


 そう呟くカルナだが、その表情には諦めがあった。

 未だ未踏破部分が多いストック大森林とはいえ、リディアが辿り着ける位置にあったのだから存在していたのは浅い位置だろう。

 しかし、イライアスの家が見つかったなどという話は聞かない。恐らく、あまり学ののない冒険者が偶然見つけ、彼の遺産を二束三文で売りさばいたのだろう。

 仮に誰も見つけていなかったとしても、もう二百年近く前の話だ。とっくに木々や草に侵食され、朽ち果てているはずだ。


「だから僕は特に行きたい場所は無い――いや、そうだ。せっかくだから古書店に行きたいな」


 持ってる奴は読みきっちゃって、とカルナは切り替えるように笑う。


「冒険者なのに本なんて買って大丈夫なの? 超かさばりそうじゃない」

「数冊買って、読み終わったら数冊古書店に売り払うのが冒険者の読書家のスタイルだよ。まあ、僕の場合は中々売る気になれなくて、拠点にしてる冒険者の宿にいくつか置かせて貰ってるんだけどね」

 

 女将さんには頭が上がらないよ、と頬を掻く。

 

(女将さん、カルナにはだいぶ甘いからなあ)


 多分、ニールが読書家で同じことを頼んでも却下されたのではないだろうか。

 まあ、ある程度は仕方ないなとは思う。なんたって女将はカルナが冒険者に成り立ての――そう肉食獣のようにギラギラとした瞳をしていた頃から、今のように丸くなるまでずっと世話をしてきたのだ。

 女将は女将で世話好きだし、カルナはカルナで親切にされると口では悪く言いつつも相手を無碍に扱いきれない育ちの良さがあった。

 ツンケンしつつも説教や助言を真摯に受け止め、成長していく流れで徐々に丸くなっていくのをずっと見ていたのだ。他の冒険者に比べ、思い入れがあるのかもしれない。


「そういやあたし、こっちに来てから本とか読んだことないのよね。ラノベとかWEB小説とかは浴びるように読んでたのに……ここらで一冊くらい買っておこうかしら」

「いいんじゃねえの。小さい村とかに行くと、娯楽がほぼ無いってこともあるしな。一冊くらい暇つぶしに持っておくと安心できるぜ」

「へえ、意外ねぇ。貴方、本とか読むんだ。本読む時間あるなら剣振るぜっていう、脳みそまで剣なキャラだと思ってたわ」


 ふふーん、と口元に手を当ててくすくすと笑う連翹に、ニールはにいと笑みを返した。


「剣を振るのが好きなのは事実だけどな。けど、体を休めなくちゃならねえ時もあれば、街中で剣振るスペースが無いってこともあるしな。その点、本は体も使わねえし場所もあんま選ばないからな」

「待って! あたしは、脳みそまで剣、とか言われて笑い返したことについて追求したいんだけど! 自分で言っといてなんだけど、けっこう悪口だったと思うわよ今の!」

「はあ? お前なに言ってやがんだ?」


 若干馬鹿にする響きはあったような気がするが、インドアでゆっくりするよりも外で鍛錬をすることを重要視する人間に見えるという言葉は褒め言葉だろう。

 そして、何より脳みそまで剣という単語が素晴らしい。


「なんで素で意味が分からないって顔してるのよ、こっちが意味分からないわよ!」


 叫びながら連翹はカルナとノーラに助けを求めるべく顔を向ける。


「ああ、古書店行ったらどのジャンルに手を伸ばそうか……ニールに勧められて読んだ剣士モノも中々面白かったんだよなぁ」

「モンスターを料理する冒険者の話を前読んだことあるんですけど、ああいうのも中々面白かったですよ。ウェット・ウルフでしたっけ? 粘液でべたべたしてる狼型のモンスターの肉を油でしっかりと揚げると、とってもカリカリした食感で美味しいとか」

「あれを食べるのかぁー……うーん、食わず嫌いなのかもしれないけど、実物を知ってる身からすると食べるのは遠慮したいな」

「――あたし無視して楽しそうに会話しないでよ! 寂しいじゃない!」

「はいはい。古書店では一緒に本選びましょうね、レンちゃん」

「そうね! ふふふっ、あたしのスーパーリテラシー能力で超名作をスコップしてやるわ!」

 

 へーい! と喜色満面の笑みで右手を上げる連翹を見て、ノーラはくすくすと微笑みながらハイタッチする。

 ぱちん、という小気味の良い音が響くのと、目的の店が見えてくるのは大体同じタイミングだった。

 

 それは、女王都リディアによくある、石造りの無骨な建物だ。


 太陽の光があまり差し込まない室内を古めかしいランプが存在し、年季の入った木製の本棚を照らしだしている。

 昔からある建物なのか、床や壁、本棚などところどころが古く劣化しているが、しかし掃除は行き届いているのか不衛生な印象はない。

 

「剣士モノ――は読み飽きてきたからな、ここらで別ジャンルに手を出すのもアリか」


 入店し、本棚に視線を向けながら呟く。

 好きなジャンルばかり読んでいると、さすがに飽きが来る。卵や肉ばかり食べていると、不意にサラダなどのあっさりとした食べ物が欲しくなるのと同じなのだろう。

 

「装丁がけっこう素人くさいのが多いわね。印刷じゃないんだからバラつきはあると思ってたけど、いくつか不揃いなのが混ざっているというか」

「原本じゃなくて素人の写本なんかもありますから。わたしも生活費やお小遣い稼ぎのために友達とよくやりましたよ」

「う、うわあ……ペン持って丸写しとか、あたし無理。想像しただけで面倒臭さで死にそう」

「確かに面倒ですからねー。本好きの子なんかは、頼まれた分が終わった後、徹夜でもう一冊くらい写して自分の本にしてたりしますけど、わたしもあれは無理ですねー……」

 

 かしましく笑いあいながら本を選ぶ二人を微笑ましく見守りつつ、自分も適当に本を手に取る。

 ぱらぱらと中身を確認すると、それが海洋冒険者の物語だと分かった。

 嵐に負けない大型の船に乗り、人間にとっては広大過ぎる海を、存在すら不確かな新たな陸地を探す命知らずたち――それが海洋冒険者と呼ばれる者たちだ。

 

(よくもそこまで頑張れるよな――ってのは俺が言うなって話か)

 

 きっと、自分にとっての剣とそれを用いた戦いが、海洋冒険者にとっては船旅であり新大陸を見つけ出すというロマンなのだろう。

 手元の本を流し読みしてみると、過酷な船旅を仲間と共に乗り越え新たな大地を見つけ、この大陸ではとうに滅んでいる獣人たちが主役の文明と出会う――というものだった。

 とりあえずこれにするか、と本を閉じて視線をカルナに向ける。

 まだ悩んでいるのか、それともとっくに数冊買ってしまっているのか、そう思ったのだが――


「……おいカルナ、お前何してんだ」

「ぐううぅぅぅうううう……! ニール、ねえニール、ちょっと金貸してくれないかな。僕の手持ちじゃあ無理で……!」

 

 ――血を吐くようなうめき声と共に一冊の本を見つめていた。

 なんだなんだ、とカルナが持つ本を覗きこむ。

 

「……ああ、確かにそれは必要かもな」

 

 それは医学書だった。

 それも、人間の体を切り拓き、病魔を取り除くことに特化したものである。

 そのためか、人体の構造、骨や筋肉、臓器の形などを図解と共に説明されている。

 図解は緻密であり、説明も分かりやすい。ちらりと覗き込んだニールですら『ああ、この部分が腕の筋肉で、こうやって動かすんだな』ということをざっとではあるが理解できる代物だ。

 

(これがありゃあ、筋力強化の魔法の研究が捗るってわけだな)


 人型モンスターなどで実験はしているらしいが、やはりそれは人型であり人間ではない。体の構造が微妙に違うのだという。

 そのため、モンスターである程度うまく行った魔法も、人間に使ってみると微妙に効果が変わることがあるらしい。

 だからこそ前々から適当な罪人の体を解剖させてもらえないかな、だとかをぼやいていたし、医学書を探していたのだ。

 だが、一冒険者のカルナが誰かの体を切り開くことは倫理的に問題があるし、頼みの綱の医学書はそもそも数が少ない。

 なにせ、多くの病気や怪我は神官の奇跡で癒せてしまうのだ。無くなれば困る技術ではあるが、しかし需要が多い技術でもないため、あまり出回らない。

 そして、専門知識が必要であり、かつ需要が少ない書物というのは――総じて高い。

 いくらくらいだ、とカルナから本を受け取り値札を見――――


「――――おいカルナ馬鹿かお前払えるかぁ!」


 生活費まで吹っ飛ぶじゃねえか! と怒鳴りつける。

 必要だとは思うし、可能なら金くらい出してやる気ではある。

 だが、ここでこんなモノを買ったら魔法の研究だとか転移者との戦いだとかの前に、干からびて死ぬ。

 

「だ、だよねえ。けど、ええっと……仮に取り置きしてもらえるとして……西に行くまでの期間で全力でお金を稼いで、無理だ、なら更に服やら手持ちの本は全部売り払って……ぐうう、手持ちの魔法を他の魔法使いに売って……ああああ足りる未来が見えないいいい!」

「お客さん、あんまり騒ぐと……」

「す、すんません! おいカルナ、トリップしてんな戻ってこい!」


 頭を抱えて絶叫するカルナの肩をがくがくと揺さぶった。

 その様子を、恐る恐る、といった風に連翹とノーラが覗きこんでくる。


「ね、ねえ大丈夫? 大丈夫なのカルナのあれ。なんか見たこと無いくらい追い詰められた顔してるんだけど」

「なんか炎で炙られたり脚が吹き飛んだりした時よりも悲痛な声なんですけど。一体なにしてるんですか二人とも、というか――何やらかしたんですかニールさん」

「おい待てノーラ、さらっと俺が原因だって決め付けんな! この本が欲しいんだが、全く手が出ない値段だってだけだ!」

 

 医学書を二人に見えるように掲げる。無論、値札もちゃんと見えるようにだ。

 連翹が納得したように頷き――ノーラは何かに気づいたのか、ふと首を傾げながらニールに歩み寄った。


「なんだ、金貸してくれるってか? 止めとけ、というか止めてくれ、俺ら二人じゃあ無利子でも返済に一年以上かかるぞコレ」

「いえ、というかわたしもあまりお金は持ってないですし……そうじゃなくて、この本持ってますよ、わたし」


 その瞬間、蹲っていたカルナは跳ね跳ぶように立ち上がり、ノーラの肩をがっしりと掴み前後に思いっきり揺すり始めた!

 胸がたゆんたゆんと跳ね回ったり、サイドテールが残像出す勢いで前後に揺れているが、カルナはそんなことに気づかぬとばかりに両腕を動かし続ける。


「詳しく! その話、ちょっと詳しく、いや、ちょっとじゃ駄目だ……! かなり詳しくお願い! ねえ、頼むからお願い!」

「はうわ! カル、あぷっ! カルナさ、ふわあわあ! ちょ、止め、おちつ……!」

「ようやく見えた突破口、不意にしてたまるもんかさあ吐いてすぐ吐いて今すぐ」

「だ、ストッ……ぉ、ぅぷっ!」

「止めろアホがぁ!」


 脇腹辺りを思いっきり蹴り飛ばし、店の外に強制退店させた。

 突然吹き飛んできた男に通行人の悲鳴やら怒号やら間違えて誰かが踏んだらしく謝る声とかが響いてくるが、今はそんなことよりも重要なことがある。

 

「大丈夫!? ねえ大丈夫ノーラ!? 背中さすったげるから耐えて! それはちょっと女の子が街中でやっちゃいけないと思うの!」

「……ンちゃ、ごめ、もうむ――ぅぉぷぅ!」

「わりいノーラ体触った文句とかは後で聞くからなぁ!」


 喉の奥底から色々せり上がってくる不吉な声に、ノーラの体を抱えて店内から脱出。そのまま路地裏に突入するのと、なにやらびちゃびちゃとした音が響くのはほとんど同時だった。

 それから、約数分後。

 路地裏に酸っぱさ九割ケーキの甘さ一割の物体を生み出した後。


「セーフ! マジセーフ! いや、アウトだったが、まあ衆人環視の中でやらかすよりかはマシだったわな!」

「うん、ナイスフォローだったわ。本当によくやってくれたと思う」

「……」

「……」

「しっ……しかし、さすがに脚速かったわね! あれね! ジンジンしてジュウジュウ焼く流って流派の剣術を習ってたからなの!?」

「え? あ、あー……人心獣化流な、なんだその擬音だらけ流派」

「……」

「……」

「えー、あー、な、なんなのかしらねえ……ノーラはどう思」

「レンちゃんちょっと黙って」

「ごめんなさい」

 

 大通りの端に居るニールたち四人に対し、先程から通行人の視線が突き刺さっている。

 いや、四人というのは正しくない。正確に言えば、


 石畳の上で正座するカルナと、

 先程からカルナを真顔で見下ろしているノーラ、


 この二人に向けられているモノだ。

 

「ど、どうしよう。ねえどうしようニール、あたしなんかすごい怖いんだけど!」

「奇遇だな、俺もだ」


 怒鳴りつけたり、モンスターのように顔が歪んだりしているわけでもない。

 ノーラは表情の消えた顔で、ただただじっと、カルナを見つめている。だというのに、いいや、だからなのだろうか――凄く、怖い。

 傍から見ているニールも怖いのだ。その視線を直で受けているカルナの恐怖はいかほどのモノか。


「え、ええ、っと、その、ノーラさん」


 冷静になり、自分の行動を振り返ったカルナの腰は非常に低い。

 魔法が関わらなければニールなどよりもよっぽど常識的なカルナなのだ。冷汗と脂汗の混合物をだくだくと流しながらも、必死に謝るための言動を脳内でシュミレートしているのだろう。


「誠に申し訳ないことをした、と思うのですけど」

「『思う』?」

「誠に申し訳ないことをしました!」


 すぐさま土下座に移行、謝罪の最上位をノーラに送る。

 まさか土下座をこんな短い間で二回も見ることになるとは思いもしなかった。

 というか女王都に向かう前は、カルナが女をシェイクしてゲロ吐かせるなんて想像も出来なかった。


「……いいですよ、もう」


 氷結したように固かった真顔のノーラが、春の日差しで氷を溶かすように表情を緩める。


「というか、わたしも色々迷惑かけてますからね。これである程度は相殺した、ということで」

「許して頂き誠に嬉しく思いますです、はい」

「すぐに普通に戻らないとさっきの再開しますけど、いいんですか」

「うんごめんありがとうノーラさん!」

 

 がばあ! と立ち上がるカルナに、ノーラは小さく苦笑する。ニールと連翹の安堵の溜息が重なった。


「でも、本の代金くらい出してもらってもいいですよね」

「ああ、うん、それくらいなら――」

「レンちゃんレンちゃん! カルナさんが本買ってくれるんですって! 色々見て行きましょう!」

「うそ、本当!? じゃあせっかくだから色々手広く買っちゃおうかなぁ! 他人のお金でする買い物って最高ね!」

「えっ」

「諦めろカルナ。手持ちが足りなくなったら貸してやるから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ