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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
女王都での憩いの日々
45/288

42/大聖堂と創造神


 そこは、古めかしくも綺麗に維持された教会だった。

 女王都リディアの景観に合わせた石造りのゴツゴツとした見た目の建物であるが、屋根の上に設置された十字架と鐘がそこが神聖な場所であると告げている。

 華美ではないし地味な印象の建物である。しかしここは、大陸で一番有名な教会だと言ってもいいだろう。


「ええ、っと。確か――あー、なんだったか」


 ニールは額に手を当てながら唸る。

 有名な建物だった気はするし、名前は何度か聞いた覚えはある――ような気はする、たぶん。

 けれど、興味がないせいか、ほぼ完全に忘れてしまっているのだ。

 その姿を見かねたのか、カルナが小さなため息と共に囁いた。


「『セルマ・ブルースター大聖堂』だよ。別に他の教会の名前を知らないのはいいけどさ、これくらい覚えときなよニール。常識の範囲だよ、これ」

「うっせうっせ、教会で祈ったりとか興味ねえし性にも合わねえしで、すぐ忘れちまうんだよ」


 悪態を吐きながら、ようやっとだいぶ昔に親から教わったのを思い出した。

 そうだ、そこは勇者リディアと共に戦った神官、聖女セルマの名を冠する教会だ。

 正直ニールは『なんか凄いらしい古い教会』程度の認識なのだが――神官として修行している者にとっては、それ以上の価値があるらしい。


「うわぁ、わああ、わあああ!」


 歓声を上げる少女が一人。ノーラである。

 教会を見上げたり、辺りを見回したりと、忙しそうに、そして何よりも楽しそうに頭と体を動かしていた。ふるふる、とサイドテールが左右に揺れる。

 そんな様子を微笑ましく思っているのか、連翹は頬を緩めながらノーラを見つめていた。

 ニールは教会も、祀られている創造神ディミルゴにも大して興味はないのだが、これだけ喜んでいるなら来たかいもあったと思う。

 その考えはカルナも同じなのか、はしゃぐノーラを見て満足気に微笑んでいた。


「嬉しそうねノーラ、あたしは元の世界でもこっちでも宗教とかよく分からないんだけど……そんなに凄い場所なの?」

「ええ! ええ! それはもちろん! もちろん過ぎるくらいにもちろんですよ、もちろん!」

「ノーラさんノーラさん、なんか言葉の使い方がおかしくなってる。嬉しいのは分かるけど、もうちょっと冷静になろうか」


 拳をぐっと握りしめ、興奮で頬を僅かに朱に染めたノーラは、教会をひとしきり見上げた後に、嬉しそうに微笑みながら連翹やカルナ、ニールに視線を向けた。

 

「魔王大戦中は、この都市には教会がなかったんですよ。城門近くにあるのは、教会というより治癒の奇跡を扱える神官たちが集まる場所であって、神に祈りを捧げたり修行したりする場所ではなかったんです」

 

 これだけ大きな街で、教会がないというのは非常に珍しいことだ。

 もっとも、それは当時の人間が建てる気がなかったという意味ではなく、建てる暇などなかっただけなのだが。

 西から溢れるように出没する魔族の軍勢に対し、人間は北の城塞都市で防衛線を張り、エルフとドワーフは南で協力しながら立ち向かった。

 そのような状況下のためか、単純に新人の育成をする施設を建てている暇などなかったのだ。後進の育成に携わるべき者も、戦士たちと共に前線に立ち戦い、前線に出る実力がない者も怪我人を治癒するために癒しの奇跡を使い続けていたからだ。

 そんな中、セルマはここ――当時は空き地だったこの場所で、奇跡の力を使い切った後に子供や前線で戦えない者たちに創造神ディミルゴの教義を伝え、新たな神官の育成に励んだという。

 彼女は学びたいと願う者に学ぶ機会を与えたい、と思っただけだという。しかし、その育成のお陰で、魔王大戦の後期で多くの人間の命が助かったのだ。

 

「優秀な神官は常に前線に立ち戦士を癒し、力を使い切ったら泥のように眠る――そんな風に、誰もが目先の怪我人と自分の体調を心配していた時に、セルマは新人の育成環境が無くなっていることに危機感を抱いたんですよ」

 

 教育とは、一度途切れたら元の水準に戻すのが難しくなる。教えられる者が居なくなるからだ。

 実際、当時は常用されていた文字――古語を読める者は、現在かなり少ない。知識階級だった魔法使いが大勢死に、文字を教えられる者が少なくなったため、現在で古語を読めるのは貴族か魔法使いくらいだ。

 もしもセルマが存在しなければ、今現在、神官の奇跡も古語と同じように一部の者だけが使える技術になっていたかもしれない。

 

「もっとも、当時の他の神官さんも思いついてはいたらしいんですけどね。でも、連日の激務で心身ともに疲れ果てていて、後進の育成に労力を裂ける状態じゃあなかったみたいです」

 

 そんな中、勇者たちとの冒険に、怪我人の治癒という、他の神官と比べても激務の中で彼女は暇を作って後進の育成に励んだのだ。

 体力も気力もギリギリの中で修行の手伝いをしていたため、途中で昏睡してリディアに抱えられて宿に戻ることもあったらしい。

 

「彼女もまだまだ神官としては新米で、本来なら他人を教育することなど出来ない身でした。けど、だからこそ、セルマの教えを覚えた者たちが後に続きやすかったらしいんです」


 自分もあのくらいなら教えられる、と。セルマが冒険に出ている日や、教えている途中で倒れた日などでは、教え子たちが意見を出し合いつつ自主的に教育者として立った。

 無論、教え方はセルマよりも更に拙く、他の教え子たちに時々突っ込まれるような状態だったらしいが――そうやって意見を言い合う環境が出来たため、逆に知識量は増えていったのだという。

 

「他人に教えるってのは、案外知識量がないと難しいからね。だから、他人に教えるっていうのは自分もステップアップするいい機会になるんだよ。まあ、セルマがそこまで狙ってやってたかは微妙だと思うけど……」

「で? お前は当時、教える他人というか知り合いは居たのか?」

「――……居なかったよ! 悪いかよ! 伝聞でそういう方法が良いって聞いただけだよ! 悪いかよぉ!」


 真面目な話に全くついて行けなかったため、思わず横槍を入れてしまった。

 だが後悔はねえなこっちの方がやりやすいし、と内心でぐっとガッツポーズを取る。カルナに内心を読まれたら手加減なしの右ストレートが飛んできそうだ。


「そこで見栄張らない辺りは偉いわねカルナ……ご褒美に演劇見てた時に買って、食べきれなかったポップコーンあげるわ」

「それ絶対食べきれなかったのを押し付けてるだけだよね!?」

「なによ、可憐な美少女の食べ残しを食べられるんだから、五体投地で歓喜に打ち震えてもいいくらいよ!」

「えっ――あ、違っ、別にこれは深い意味はないというか……!」


 カルナが慌てて弁解するが――いいや、あれは煽る目的でも、会話の流れ的に言おうとした『えっ』という言葉ではなかった。

 きっとあれは『何言ってんだコイツ』という内心の言葉が紡ぎだした、魂の『えっ』だったとニールは思う。


「ねえカルナ、どういう意味よその『えっ』は。説明してもらおうじゃないかしら」

「……それより! 神官の修行場なんかは立ち入り禁止みたいだけど、聖堂はこの時間見学は自由らしいよ! ノーラさん行こうか!」

「あからさまな誤魔化ししてぇ! あたしの右手が光って唸――」

「わあ! 行きましょう! 一度ここでお祈りしたいと思ってたんです!」

「――え、ちょっと待ってノーラ、あたしは今この銀髪イケメンをぼっこぼこにするっていう闇系の仕事がっ」

「ちなみに、いくら見学自由だからって中で騒がないでくださいね。レンちゃんはところかまわず大騒ぎする悪癖があるんですから」

「内心テンション天元突破過ぎて、あたしの言葉聞こえてないわねノーラ!? あっ、あっ、引っ張らないで、伸びる、裾が伸びちゃう……! やめて! このセーラー服と鎧掛けあわせた服、けっこう高かったの! 当時オヤツ我慢して職人さんに作って貰ったお気に入りなのぉ!」

 

 かしましく進んでいく二人を見て、ニールとカルナは互いに顔を見合わせ、苦笑しつつその背中を追う。

 扉を開けて中に入ると、外部とは違いきらびやかな内装が見えるた。磨きぬかれた白磁の壁と、地面を覆う質の良い赤色の絨毯。天井は高く、上に吊り下げられた銀の燭台が部屋を照らしだしている。

 等間隔に置かれた長椅子には今でも何人、いや、何十人かが座っており、正面の像に向けて祈りを捧げている。

 それは、精悍な顔立ちに筋骨隆々とした体つきをした男を模った銀の像だ。磨きぬかれたそれは、無機物だというのに生命力に満ち満ちているように見える。


「……人間の形? あたしがこっちに来る時は、もっとごちゃごちゃ混ざってたような奴を見た気がするんだけど」

 

 それを見て、連翹が疑問の声を漏らす。

 自分が見た時は、もっと不定形な何かだったような気がするけど、と。 


「そりゃそうですよ、この像はディミルゴ様の人間部分の像ですから」

「そりゃそうです、って言われてもあたしディミ――ディミウル……ともかく、その神様のこととか良く知らないのよね。なに? 人間部分、ってことは他の部分もあるの?」

「ええ。人間、エルフ、ドワーフ、動物、鳥、虫、魚、モンスターに魔族、そして木々など。ディミルゴ様は、この世界のあらゆる者にとっての神なんですよ」

 

 この大地に存在するモノは全て創造神ディミルゴの子であり、全ての種族は血を分けた家族なのである。

 あらゆる種族は創造神ディミルゴの神官になる権利があり、それによってその種族に合った奇跡の力を与えられるのだ。


「だからこそ、魔王大戦で人間が滅ぶ可能性があっても、ディミルゴ様は守ることはしませんでした。魔族が栄えるために決起し、努力し続けた結果があの状況だったのですから。むしろ奇跡の加護を与え魔族を激励したらしいです。

 その代わり、負けるものかと頑張って対抗する人間には奇跡を与え、前に進む手助けをしたんですよ」

「なんかその説明聞くと、死の商人っぽいのをイメージするんだけど。奇跡の加護を与えて戦乱長引かせる、みたいな」

「結果的にそうなることはあるらしいですけどね。けれど、『相手の攻撃を耐えてればいずれ神様が奇跡を恵んでくれる』――みたいな種族は嫌いだったらしくて。

 武装帝国アキレギアが存在していた時代、獣人っていう人間と生存競争をしていた種族があるんです。彼らは敗北し、奴隷として扱われていたのですけど……多くの獣人が自分で状況を打破することを諦め、神の奇跡に頼った結果、元々使えていた奇跡すら剥奪されて滅んだといいます」

 

 怠惰や諦めという感情を凄く嫌うお方なんです、とノーラは連翹に語る。

 逆に、どれだけ愚かな人間でも、諦めず前に進めば喝采しながらその手助けをするのである。

 実際、魔王大戦では、最前線の剣士がディミルゴの声を聞いただとか、ディミルゴの名前すら知らない学のない奴隷が奇跡の力を授かっただとか、などという事が何度となくあったらしい。

 

(そのくらいは俺だって知ってるんだが――だからこそ、解せねえんだよな)


 奇跡チートの力を頼りに暴れる転移者という存在。それを許容するとはとても思えないのだ。

 だが、現実に連翹はここに存在するし、西の集団なども未だチートを振るい暴れまわっている。

 ニールが内心で首を捻っている間に、ノーラは胸元で揺れていた銀の十字聖印を外し、連翹の目の前で揺らしていた。


「ちなみに、このディミルゴ様の聖印なんですけど……銀色に輝くのは奇跡の力を得た者だけなんです。レンちゃんに分かりやすいように、実演してみましょうか。カルナさん、ちょっと持ってみてください」

「うん、いいよ」


 ノーラの手からカルナの手に渡った銀の聖印は、その瞬間黒檀のように黒く変色した。突然の変化に、その様子を見ていた連翹が「ぴぃ!?」と鳴き声めいた悲鳴を漏らす。

 その様子を見て悪戯を成功させた子供のように笑うと、ノーラはカルナの手の平にある十字聖印に指を置く。

 すると、水面に小石を投げ込んだように銀色の波紋が十字の上を伝わり――しかしカルナの方が触っている面が大きいためか、また黒檀の黒色に戻った。


「聖印に使われる素材は、ディミルゴ様と繋がっている――奇跡の力を得ている者が持つと魔を払う銀に変化するんですよ。だから、神官を名乗っているのに十字聖印を他人に見える形で持っていない人には注意してください。治癒と称して他人を騙す詐欺師かもしれませんから」

「すごい、ノーラがつんつんする度に銀の波紋が広がって綺麗! ねえねえ、今度はあたしが持つからノーラつんつんして!」

「……まあ、構いませんけど」


 熱心に語っていた言葉を右から左に流されて、ちょっと悲しそうなノーラに気づかず、連翹は黒く染まった十字聖印を手に取った。

 瞬間、連翹の触れた指先から十字聖印が銀に染まり、きらりと輝く。

 僅かの間ぽかんとその様子を見ていた連翹だが、すぐさま不満げに口を尖らせて十字聖印を睨みつけた。


「……ねえ、なんで? なんであたしが楽しもうとした瞬間戻ったのコレ。神様あたし見て笑ってんじゃないの? 俺の聖印で遊ぼうなんてマジ片腹大激痛! みたいに妨害してるんじゃないの!?」

「ディミルゴ様もレンちゃん弄って遊ぶほど暇じゃないと思うなぁ……」

「――ああ、転移者の力ってディミルゴが与えてるっていうから、それが反応してるんじゃないかな」

「聖印だけ反応しても、転移者スキルに回復魔法なんてないじゃない! なにこれ、聖印が輝くの利用してなんか詐欺でもしろっていうの!?」

「――――もしそんなことしたら、二度と口聞きませんからね」

「……じょ、冗談よ、冗談よノーラ。ねえ、待って、ノーラ怖い、怖いわよその顔! 目が全然笑ってないんだけど!」


 ごめん、あたしも詐欺師より剣と魔法使って稼ぎたいからぁ! とノーラを宥めにかかる連翹を視線に入れながら、ニールはぽつりと呟く。


「……一応、創造神公認の能力、ってことになるのか?」

「たぶんね。……だとしても、レンさんみたいな人どころか、レオンハルトみたいなのまでチートなんていう加護を与えているのかは理解できないけど」

 

 誰に聞かせるでもない独り言だったが、カルナがそれを聞き取り答える。

 加護の力を頼みに好き勝手に生きる連中は、熱心な信者の語るディミルゴならば蛇蝎の如く嫌悪する存在だろうに、どうしてなのだろう。

 ディミルゴが心変わりしたのか、ニールたちの気づかない神様好みの要素を持っているのか、嫌いでも加護を与える理由があるのか。

 分からない。

 正直、ニールは神のことなど詳しくないし、詳しい人間もこの疑問に答えられないような気がする。

 だが、それでもいい。


「――理屈は分からんが、とりあえず殺せば死ぬんだ。なら、それで十分だ」


 脳天を砕けば死ぬし、剣で両断して大量出血させても殺せるだろう。

 毒などでは殺せないという話は聞いたが……問題ない。正面切って武器を叩きつけ、魔法を撃ちこめば死ぬ――規格外チートだとか主人公だとか言っても、それは変わらない。

 ならば、謎が謎のままだろうと、誰かが真実を解き明かそうと、関係ない。自分は剣士なのだから、剣で斬って殺せばいいのだ。


「そうだね……ノーラさんたちは色々見て回ってるけど、僕らはどうする? いい機会だし、僕の知ってる範囲でココの歴史でも語ろうか?」

「いや、俺としては神官の修行用衣服――修道服だったか。あれを着てる女って露出低いのになんであんなにエロいんだろうな、って話で盛り上がりたい」

「……君って奴は! 君って奴は!」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 人間にとって敵対する種族が存在しなくなり、平和慣れしてしまった人類に対しての新しい試練、ですかね。強すぎて逆に萎えていそうですが、それならそれで滅びてしまえというのが神様の考えなのかもしれ…
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