38/遊びに行こう!
沈黙。
それは突如として乱入してきた連翹の存在に驚いたゆえの沈黙であり、「なに言ってんだコイツ」という思考によってもたらされた沈黙である。
「……おう、連翹。ノーラの付き添いはいいのか?」
だが、さすがにずっと沈黙しているワケにはいかない。スルーされた、と余計にやかましくなりそうだからだ。
「それが終わったからここに来たのよ! というか、さっさと準備しなさい準備! 試験に誘拐に事情聴取で、あたしもノーラも満足に女王都観光出来てないのよ……!」
「……あー……レンさん、そういうのは女の子だけで行ってきたらどうかなぁ……」
カルナが若干面倒くさそうな顔で言う。
外面は多少取り繕っているものの、本心はきっと『今真面目な話してるから、とっとと出てってよ』みたいな感じなんだろうなと思う。ニールも大体一緒だからよく分かる。
そんな男二人の内心を知ってか知らずか、「ちっちっ!」と分かってないなあ! と言うように指を振る連翹。絶妙にうざい。
「落盤事故に遭った炭鉱夫はね! なるだけ早く炭鉱に行かないとトラウマになるのよ!」
「ごめんレンさん、脳内で完結させないで説明して」
しょうがないわねえ、と腕を組んだ連翹はすごく楽しそうな笑みを浮かべた。
たぶん、自分が気づいていて他人が気づいていない事柄を、他人に説明したくてしたくて仕方がなかったのだろう。
(――めんどくせえなこいつ)
言いかけたその言葉は胸の内に仕舞いこんでおく。言ったらもっと面倒なことになるのは目に見えているのだから。
「いい? ノーラは男に拐われて、あんなことやこんなこと――はされて無かったみたいだけどね、ああよかったぁ……。ともかく、多かれ少なかれ恐怖を抱いたと思うの!」
「なら、俺らが行かないほうが良いんじゃねえのか?」
男に酷い目に合わされたのなら、男が近くに寄らない方がいいに決まってる。
ノーラに事件の事情を聞く時も、そういったことを考えてか女の兵士や一緒に捕まっていた女騎士がメインだったはずだ。
だが、その考えは甘いというように、連翹はニールをびしい! と指さした。
「遠ざければ遠ざけるほど、心の中の恐怖は膨れ上がるモノらしいわよ! そしてたぶん、それが膨れ上がり過ぎて、心やら体やらが病気になるのがトラウマらしいって聞いた気がするの!」
「ちょっと待ってレンさん! 自信満々なのに、ところどころふわっとしてて凄い不安なんだけど!」
「うるさいわね、うろ覚えなのよ! あ、あと退院おめでとう。本当に数日で生えるのね脚って……ともかく! 膨れ上がって病気になる前に、空気を抜くのが大切らしいわ、たぶん!」
「ああっ、自信満々に言うことじゃないってツッコミを入れるのが先か、一応心配しててくれたことに礼を言うのが先か、すごく迷う……!」
「おいカルナ頭抱えんな! この勢いの会話を俺だけに処理させようとしてんじゃねえぞ!」
「ところで準備はしないの? まあ、ノーラはまだ着替えてるだろうし、男の準備は早いっていうから別にいいんだけど」
「だあ! 俺ら行くこと前提で話を進めてるのはもうツッコまねえけど、とりあえず結論言えよ結論! どういう理屈で俺ら連れだそうとしてるのかちゃんと答えろ!」
連翹はノーラとは仲が良いが、ニールやカルナとはそこまでではない。
別に仲が悪いワケではないし、ニールにしろカルナにしろレオンハルト戦での反省会中でも無ければ彼女の誘いを受けていただろうと思う。
だが、仲の良い同性と楽しい観光ができるというのに、わざわざ男二人を誘う理由が見当たらないのだ。
「男に対する恐怖は、身近で仲の良い男で解消するに限るってことよ。男を遠ざけて女ばっかりと会ってたら、頭の中にある『男が怖い』ってイメージだけが膨れるじゃない。それを解消しつつ、楽しいイメージで上書きするのよ」
そのためには、ノーラと仲の良い貴方たち二人がちょうどいいの! と連翹は笑う。
勢いに任せて持論を喋り倒すのがすごく楽しかった! という満足気な笑みだ。
「……あ、凄いレンさん、確かにそうかも。よく考えてるね」
ノーラがどれだけの恐怖を抱いたかは知らないが、それを解消する手段としては悪くない――とカルナは頷く。
助けだした直後、ノーラがそこまで男性に恐怖心を抱いているようには見えなかった。だが、危機的状況から抜けだしたあとに、遅れて恐怖が来るというのは良くある話だ。
そしてその恐怖心は『男性と会っても問題ない、あれは特殊なケース』だと理解しない限り膨れ続ける。膨れ上がり過ぎた恐怖心が、体や精神に影響を与えるのがトラウマだ。
(……ああ、その前に顔見知りぶつけて恐怖心をしぼませるってわけだ)
そして、その間に同性の友人である連翹を置けば、突然二人を合わせるより精神的に楽だろう。カルナの言葉では無いが、よく考えている。
それに、トラウマ云々が無くても他人に拐われたノーラがストレスを感じていないわけがない。それを解消するために遊び歩くのもまた、有効なのだろう。
――だったらもっと理路整然と説明しろよ! とは思うのだが……たぶん無理だったのだろう。うろ覚えだとか言っていたし。
「ふふ! でしょう!? そうでしょう!? さっすが片桐連翹さんだって褒めても――」
「すっごく意外。まともなこと考えられたんだねレンさん」
「褒めてない! カルナ、それ褒めてないわよね!?」
「あっ。……いや、評価が上がったのは事実だよ、うん」
「ああ、それなら――そんなに元の評価低かったの!? あたしをどんな風に見てたのよ!」
いや、ただ単に自分が観光したかっただけなんじゃないのか?
そう思ったが、口にはしなかった。目の前で連翹に首を絞められているカルナのようにはなりたくないからだ。
「……ああ、分かったから行くぞ連翹。ここで遊んでたらノーラ待たせちまうぞ」
「ぐうっ……悔しいけど、ぐうの音も出ない正論ね! ノーラと一緒に外に出てるから、貴方たちも準備してさっさと出なさい!」
「待って! 出てる! 出てるよぐうの音!」
「オイ馬鹿やめろカルナぁ! 俺だって分かっててスルーしてんだから突っ込むな!」
勢い良く出て行く連翹の背中に向けて叫ぶカルナの肩を掴む。
この時間寝ている客は居ないと思うが、しかしそろそろ宿の従業員に怒られてしまいそうだ。
「……とりあえず、準備しよっか。といっても、大して準備するモノないけどね」
「ま、武器は置いておいて、後は鎧外したりローブ抜いだりするぐらいでいいんじゃねえか?」
そうだね、と溜息を吐きながら同意するカルナを見ながら、ニールもまた同じようにため息を吐いた。
◇
シャツとズボン、そしてポケットに財布を入れる。それだけでニールは準備が済んだ。
剣を持っていくべきかかなり悩んだが、武装していては入れない区画やら店などが存在するので、泣く泣く諦めた。
(剣がねえと、妙に腰が軽くて落ち着かねえな)
冒険者御用達の酒場や料理店などは武装入店オーケーなため、ニールは基本それらばかり利用していた。
街中でも襲撃に警戒している――などという理由があるわけでもなく、ただ単に剣の重みに安心感を抱くからである。
だが、連翹やノーラと行くのなら、帯剣しているワケにはいかないだろう。
はあ、と己の半身を引き裂かれた寂しさにため息を吐きながら外に出る。
「いきなり観光に行こう、って言われた時はビックリしましたけど……わたしも女王都に来たのは今回が初めてですし、なんかワクワクして来ました」
「ふふっ、あたしは一回だけ来たことあるわ! 冒険者ギルドに登録して、そのついでに大会に出た程度だけどね! だから安心しなさいノーラ! ほんの僅かに先輩だからきっとエスコートできる気がしないでもないわ!」
楽しそうに微笑むノーラに、連翹が自信満々に頼りにならない宣言をしているのが見えた。なんでああも無駄に自信満々なのか、理解に苦しむ。
ニールたちに気づいた連翹は、左手を腰に当てながら、びしりとこちらを指さした。
「遅いわよ貴方たち。男の準備なんて二、三秒で済むらしいって聞いたような気がしないでもないから、もっと早く来れたんじゃないの?」
「うん、レンさんはとりあえず又聞きかつうろ覚えの知識を自信満々に言うのを止めようか。女性よりは早いんじゃないかとは思うけど、男にだって個人差はあるから」
黒を基調としたシャツとズボンを身にまとったカルナが、疲れたように言う。
だったらツッコまなきゃいいだろうに……とニールは思うのだが、ヤルやヌイーオ相手にも大体こんなノリでツッコミを入れては疲弊していたのを思い出す。性分なのだろう、きっと。
しかし連翹はカルナの忠告だかツッコミだかをスルーして、カルナの服を物珍しそうに見つめている。
「ローブ以外にも服持ってたのね……っていうか、なんでローブなんてダサいの着てるのよ。別に着てたからって魔法のパワーが上がったりするもんじゃないんでしょ?」
「魔導書を隠すためだよ。魔法使いが台頭した時代に、奇襲で魔導書に火矢を放つって戦法が流行ったんだ。紙だから火がつけば燃えるし、燃えなくても矢尻が刺されば本が捲りにくくなる。だから、だぼだぼな服を着てその中に魔導書を隠した――それが魔法使いのローブの始まりさ」
あと、これは新しい服じゃなくて服の下に着てるのだよ、とカルナは補足する。
「ええっと……ああ、インナーって奴ね! りろんはしってるわ……!」
「理論は知らねえけど、お前が知ったかぶろうとしているのは知ってるぞ、俺は」
それより、とニールは女性二人に視線を向けた。
ノーラは普段のゆったりとした白いローブと淡い桃色のケープという姿であるが、他にもふわふわとした白い手袋をつけている。荒事には向かなそうではあるが、暖かそうに見えた。
まあ、ノーラはいい。これが町娘であればもっと色々服あるだろ、と言いたくなるが彼女はここまで馬車に乗ってきたのだ。かさ張る服などあまり持ってはこれまい。
しかし、
「遊びに行くぞと宣言したお前が、いつも通り過ぎる服装なのがすげぇ疑問なんだが」
濃紺の水夫服とスカートを掛けあわせた衣装に、胸元や肩などを金属で覆った普段通り過ぎる服である。こいつ鎧部分すら外しちゃいねえ。
最低限武器を外しているから、武装禁止区画には入れるだろうが……女なんだからもっと衣装に気を配れよお前、と言いたくなる。
「仕方ないじゃない! あたしの持ってる服なんて、これと全身覆うフードくらいしかないのよ!」
「せめて鎧くらい外せって話だよ! 連翹オマエ元は悪くねぇんだからもうちょい服とか気を配れよ、どんだけズボラなんだ!」
「何よ、一々外したりするの面倒じゃない! 外すのなんて洗濯の時だけで……あれ、貴方なんか今あたしを褒めなかった!? なんか知らないけど褒められた気がするわよ!」
「せめて何を褒められたか理解してからはしゃげよこの馬鹿女! つーか、その服以外に最初に会った時のフードしか持ってねえってなんだ!? 何のためにあんなモン持ってんだよ!?」
「何よ! 全身を覆うフードなりコートなりで素顔を隠して、強敵が出た瞬間ばさあ! って脱ぎ捨てて素顔を見せてから戦闘開始の流れって超カッコいいじゃない! 女王都行きの馬車の時、凄く気持ちよかったんだから……! ふああ、またやりたい……! ねえノーラ! やっぱり今日の観光あの格好じゃ駄目!?」
「わたしから数メートル離れて、かつしばらくの間他人で居てくれるならいいですよ」
「どうしようカルナ! ノーラが凄い辛辣なんだけど! なに!? 反抗期ってやつなの!?」
「えっ……えっ!? そこで僕に振るの!? あー……とりあえず反抗期ではないと思うなぁ僕は!」
きゃーきゃー、わーわー、やかましいことこの上ない。
この上ない――が。
(まあ……重い気分でいるよりは、マシか)
あそこで男二人で睨み合っていても、良いアイディアが出ないどころか気分が沈んでいく一方だ。
なら、こうやって遊ぶのも、まあ悪くない。
「とりあえずケーキとか食べに行きましょうケーキ! あたしノーラたちと一緒になってからあんまり甘味食べてないのよ!」
「ああ、分かったから喚くな! 隠れた名店とかは知らねえけど、大通りにある店くらいなら分かっからよ!」
自分で行ったことはないが、だいぶ前に女王都に来た時、大通りを歩いてる途中で女子供が入っていく姿を見た覚えはある。その店が潰れていたりしなければ問題ないだろう。
(ああ、くっそ、本来ならカルナ辺りに丸投げしてぇんだが……)
なにせ、女をエスコートすることなどしたことないし、何より向いていない。喜ばせるために努力しよう、という気持ちになれないのだ。
カルナも経験自体はニールと同程度だが、ニールなどよりよっぽど女の気持ちを理解できるためか、そこそこ上手くやれるのだ。
だが、そんなカルナも今回は頼りにならない。彼もまた、女王都に来た経験はないからだ。
肝心な時にテメェは、という視線を送ってやると、カルナは心外だとばかりに睨み返してきた。
「来たことはないけど、書物の知識はあるからね。勇者一行の縁の地とかは案内できるよ」
「あっ、それならわたし神官セルマ様の場所とか見たいです!」
「ならあたしは――どうしよう、そもそも勇者パーティーのメンツ知らなかったわ」
せいぜい、勇者がリディア・アルストロメリアっていう女だったってことくらいかしら、と呟く連翹にニールを含めた三人の視線が矢となって突き刺さった。矢尻の名は『なにそれ信じられない』である。
「……あー、そっか。そもそもレンさん、転移者だからこっちの勇者たちとか馴染みが薄いのか。どんな常識知らずだと思ったよ」
「常識知らずなのは間違ってねぇんじゃねえのか?」
「うっさい! うっさい! 歴史とかにあんま興味ないのよ! 日本史も世界史も歯抜けまくりよあたしの知識、なめるんじゃあないわよ!?」
口調は偉そうだが、若干赤い顔が恥ずかしさを隠すためのモノであると教えてくれる。
「お前がアホでも馬鹿でも問題ねえから、とっとと行こうぜ。言っとくが、俺も行ったことねぇから好みに合わなくても文句言うんじゃねぇぞ」
「馬鹿でもアホでもないわよ! あたしはほら――アレよ、アレ! 真の叡智を持った賢者的なアレなのよ!」
「レンちゃん。アレとか、的なとか、そういうの連呼してるとすっごく頭悪そうに見えるから、止めた方がいいと思いますよ」
「やっぱり会った時に比べてノーラが辛辣になってるぅ――! ど、どうしよう、あたし嫌われるようなことした!? なに!? どうすればいいの!?」
「落ち着いてレンさん、きっと遠慮が無くなっただけだから。ちゃんと仲良くなってると思うから心配しないで」
「そ……そう? ……ふ、ふふん! まあ、し、心配なんてしてなかったけど? でもまあ、とりあえずカルナの言葉で安心してあげるわ!」
そう言って高笑いする連翹を見て、ニールは重いため息を吐いた。
(なんっつーか……こいつどんどんテンション上がりまくってねぇか?)
宿場町で出会ってから今に至るまで、感情の表現がどんどんオーバーになって行っている気がするのだ。
無愛想だったり無機質な目でこっちを見てくるよりはずっといいのだが――一体何がそんなに楽しいのだろう。
内心で首を傾げるが、まあ問題ねえな、と思い直す。
楽しそうにしてるのなら、それでいい。彼女は感情のままに笑う今の姿が似合っているから。
そんなことを、ノーラと楽しそうに話している連翹を見ていたら思うのだ。




