37/彼らの反省会
女王都を守る分厚く高い城壁。
そこに造られた城門から出たり入ったりとする人の流れは、さながら川だなとニールは若干の退屈を抱きながら思考していた。
女王都に入る者、出る者、その中心で積み荷のチェックをする兵士たち。兵士のチェックが終わるとするりと移動していく旅人や商人の流れは、岩にぶつかった水が飛沫を上げながら岩をすり抜けていくようにも見えないことはない。
そんな人の流れが絶えない門の側で、ニールは人を待っていた。手近な塀に背を預け、ふわあとあくびを漏らすと、背後に存在する建物を見上げる。
そこは教会である。
城門の近くに建設されたそこは、祈りの場というよりも治療場という側面が強い。
事実、祈りを捧げる聖堂などが存在する施設よりも、怪我人を収容する施設の方がスペースが広い。城門に近いのは、町の外から来た怪我人をすぐさま収容するためなのだろう。
「やっぱ、中で待っとくべきだったかね」
神官によって長期間の治癒を行う時、患者を収容する施設である治癒院。ニールは、そこがどうも苦手だった。
白を基調とした清潔な室内は潔癖過ぎると思うし、治癒を待つ人々は――まあ当たり前ではあるのだが――元気がなくてこちらの気まで滅入ってくる。
それでも椅子に座って待つ方がマシだったかもな、と何度目かのあくびを漏らした。
「や。眠そうだね、ニール」
そのタイミングで、少年が声をかけてきた。
白を基調とした治癒院の色に近い白い肌と銀の髪。しかし身に纏うのはそれらとは真逆の漆黒のローブだ。
カルナ・カンパニュラという名の友人は、「待たせたね」と軽く微笑みながら言った。
「……ようやく来たか、カルナ。どうだ、足の調子は」
「うーん……痛くはないけど、やっぱり違和感があるね」
カルナはブーツのつま先で地面を軽く叩きながら、しかしその動作もまた妙な違和感があるというように顔をしかめている。
すでに、レオンハルトとの戦闘から数日経っていた。
この日にカルナが退院すると聞いて、ニールはそれを待っていたのだ。ノーラは騎士に色々事情を聞かれていてまだ来れず、連翹はそんなノーラに付き添っているために、カルナを迎えるのはニール一人だ。
「ま、再生するっつっても全部が全部元通りってワケじゃねえらしいしな。俺も、右手吹き飛んだ時はしばらく上手く剣を振れなかったしよ」
「その点、僕はまだマシだね。多少違和感があっても、魔法使うだけなら問題ないし」
冗談めかしてカルナは笑う。
手足の欠損は、それなりに研鑽を積んだ神官ならば、すぐに再生することができる。
だが、すぐに回復することと、己の手足として扱えるようになるのはまた別問題なのだ。
ゆっくり体に馴染ませるように再生しないと、手足が生えても自分の意思で動かせない――なんてことがある。
高位の神官ならば、そういった前提を無視して完全回復させられるらしいのだが、そんな人物が一冒険者の治癒などしてくれるはずもない。
「後衛だから、そもそも手足が吹っ飛ぶこと自体が稀だしな。その分、再生後の違和感には中々慣れないらしいが。ヌイーオとか、頻繁に手足吹っ飛んでるから、今じゃ慣れすぎて違和感なんざ欠片もねぇらしいぞ」
「前に出てモンスターの攻撃を受け止めてるわけだしね、そりゃ手足の一本や二本は吹き飛ぶか……それより」
「ああ。ま、こんなとこで話すのもアレだしな。宿に戻って軽く酒でも飲みながら話そうぜ」
「酒飲ながらする話しじゃない気もするけど……ま、いいか。治癒院って体に良さそうなごはんしか出なくてね。ここ数日、酒も飲めてないんだ」
宿に戻り、予め買っておいたワインを空ける。
特別高いワインではないが、普段飲むモノよりは若干ランクの高いモノを選んだつもりだ。あまり高いモノを買っても味が分かる気がしないし、何よりあんまり高いモノを買っても味が違いすぎて不味く感じることがあるからだ。
普段よりほんの少しいいモノ。それが身内の祝いで使うには丁度いいと思うのだ。
「ねえニールさぁ、摘みはないの摘みは」
「ほれ、一応チーズとか買ってきたぞ。普段ワイン飲む時に買ってるのと似た安モノだけどな」
「……せっかくちょっと良いの買ってきたんだから、摘みでケチるの止めようよ! なんかあんまり満足感ないんだけど!」
「うるせえ、第一、俺はワインよりビール派だからな。俺が好きな摘みとか揚げ物ばっかになるぞ。いいのか、ワインのアテに肉の揚げ物とか、ウズラの卵の串揚げとか出てくるぞ! 俺の肉と卵の愛をなめるんじゃねえぞ!」
「美味しいのは美味しいけど、ワインと合わせるにはなぁ……なら、これでいいか」
軽口を言い合いながら、互いに乾杯した。
若干渋みが強いものの酸味が少ないそれを、ゆっくりと舌で味わうように飲んでいく。
酸味が少ないワインはニールの趣味だ。ワインの、というよりも食べ物全般であまり酸っぱいモノが好きでないというだけなのだが。
それと一緒にチーズを一口含む。
牛乳などの脂肪が多分に入った濃厚な味わいのチーズが、今飲んでいるワインの強い渋みの中で溶けるように口の中で広がっていく。
(たまには、こうやってゆっくり飲むのもいいな)
ビールを右手に、揚げ物を左手に、ガンガンと食いグイグイと飲むという方がニールは好きだ。
それに、あまりワインを飲まないため、もしかしたら今飲んでいるよりもずっと美味い飲み方があるのではないかとも思う。
だが、知り合いと一緒にゆっくりと口の中を湿らすように飲んでいくのも、また楽しく、美味いと思うのだ。どうせ自分はそこまで酒に詳しくないのだから、食べるのも飲むのも適当でいい。主観で美味いと感じ、楽しいと思えればそれで酒と摘みの選択は大成功なのだ。
「ふう……それで? レオンハルトが残した傷跡は一体、どうなったのかな?」
僕はもう少し酸味が強いほうが好きかなあ、などとぼやきつつ、カルナはニールに問うた。
ノーラを助けたし、胸を張って言えるモノではないが転移者にも勝利した。
カルナ個人の視点で見れば大成功と言ってもいいだろう。
けれど、自分が行動した結果、どういう事態を招いたのかを知りたいのだという。
ニール自身はあまり興味のない事柄ではあるが、一年程度とはいえ濃厚な時間を過ごしてきた相棒の考えだ。少しくらいは理解できるし、何を求めているのか程度は分かる。
「報酬は多少手に入ったぞ。掘れば掘るほど色々な探索依頼との関連が出てな……ま、手放しに喜べるモンでもねえけど」
レオンハルトの住処である地下室。
その場所を騎士団に教え、彼らが調査すると――埋められた死体や、行方不明者が身につけていた物品などが存在していたのだという。
その中から個人を特定できた分、ギルドから報酬を貰ったのだ。
ニールたちが直接見つけたワケではないため多少減額されているものの、レオンハルトを倒したからこそ行方不明者の痕跡を見つけることが出来たから、ということらしい。
(ぽんぽんと出てくる死体とか遺品だとかの中に、ノーラも混ざっていた可能性もあったわけだ。そう思うと、少し怖ぇな)
人間、死ぬ時は死ぬ。
刃物を振り回す以上、それを理解しているし今目の前で会話しているカルナだって、今日なんらかの形で死ぬ可能性があるとは思っている。その時は剣で断ち切るように割り切って、今後の人生を歩んでいく自分を簡単に想像出来た。
だが、それでも知り合いに死んで欲しくはないのだ。
自分自身は剣で戦った結果死んでも文句はないと思ってる癖に――とは思う。ワガママな野郎だな、と自分自身を罵ることもある。
だがそれでも、ニールは剣に生きて剣に死にたいし、知り合いには生きていて欲しい。その思考を変えることは出来ない。
「クエストを請け負ったわけじゃないのに、なんでそこまで――ああ、そうか。探索の依頼、かなり貯まってたからなぁ……冒険者は無能、みたいに風聞されたら困るしね」
ワインの渋みを味わうようにグラスを傾けながら、カルナは苦い声で言う。
近隣住民が解決できなかったり、騎士や兵士の手が回らなかったりした時に、依頼を請け負い解決に導くのが冒険者だ。
魔王大戦以降に作られたこの仕組みは、先人たちの信頼があるからこそちゃんと動いているのだ。信頼のない冒険者など、ただのチンピラとそう大差はない。そんな連中に助けを求める者などいるものか。
この金は口止め料でもあるのだ。
遺族には『依頼を受けた冒険者が事件を解決した』、という形で説明していることだろう。
依頼とは無関係の連中が解決した、という事実よりも解決は遅くなったが依頼を受けた冒険者が黒幕を倒した、という形の方がまだ冒険者の信頼は守られるのだ。
「それと、レオンハルトに奴隷を供給していた連中は大体は捕まったぞ。今、ガンガン処刑してるとこらしい」
「大体……か」
「そうだな。さすがに女王都から離れた場所で活動していた連中は、騎士や兵士も見つけられないみたいでな。面が割れてる奴は人相書なんぞをギルド経由で拡散するらしいが、そもそも面が割れてねえ連中もいるらしい」
完全に解決した――とは言い難いかもしれない。
しかし、違法奴隷は需要こそ大きいものの、その分監視の目も罰則も厳しいのだ。
転移者という圧倒的な武力があったから長期間に渡り女を誘拐できたのだろうが、それが無くなればチンピラ如きは騎士どころか冒険者の目を盗むことすら出来ないだろう。
「僕らが――」
「もう少し早く女王都に来て、この事件に気づいてたら上手く解決できたかもしれない――ってか? 無駄なこと考えんなよカルナ」
早く気付き、早く行動していれば確かに結果は変わったかもしれない。
だが、その変化が必ずしもいい方向に向かうとは限らないし、何よりもう全て終わったことだ。反省し次に繋げるために過去を想うことは必要だが、うじうじと考え続けるのは害悪だろう。
「んなことより、だ。次に転移者と戦う場合、どう動くかを考えるべきだ」
せっかく実戦経験も積んだことだしな、と笑う。
レオンハルトとの戦いは、完全勝利とは口が裂けても言えない無様な勝利だった。
だが、生きている。生きているなら、失敗を糧にすることは可能だ。
「まず俺は――もっといい剣が必要だな」
「意外だね、もっと鍛錬するんだー! とか言うのかと思ったけど」
「何言ってんだ、鍛錬なんてやって当然だろ。それに何より、数日で劇的に変わるモンでもねえしな」
転移者の体は頑丈だ。
そのため、レオンハルト戦では切断することを諦めて『破城熊』を叩き込むことにした。今のニールとその剣では、斬撃では大したダメージにならないからだ。
だが、今後も打撃だけでやっていくワケにはいかないだろう。
(打撃オンリーで行くなら剣よかメイス持った方がいい。そんなら、俺にメイス持たせるより、俺以外のメイス使いを探して前衛やらせる方が安定するしな)
何より、ニールは剣士である。
これまでずっと剣の修練を積んできたし、それ以上に剣が好きなのだ。
だというのに、ここでカルナが「剣じゃ無理だから鈍器使ってよ」などと言ったら、その時点でニールはパーティーを解散する。
その想いはカルナも理解しているのだろう。そっか、と短く答えてワインに口を含めた。
「つってもなあ……転移者に叩きつけても折れない程度に頑丈で、肉を断ち切れるくらいに鋭い刀身の剣か。どんな名剣だって話だ。
一応、あの魔法が完成したら腕力に任せてぶった斬れるだろうとは思うが――今、どのくらい出来てんだ?」
「期待しているとこで悪いけど、行き詰まってる」
期待を込めた視線を向けると、カルナは表情を思い悩むように歪めた。
カルナはローブの裾から魔導書を取り出すと、現在開発中のページを開く。
そこには、人間の絵が描かれていた。その人間の腕に、細い糸らしきモノが溶けこんで行っているような図が存在する。
(魔導書ってのはイメージの補助で、つまりこれがカルナにとって最適なイメージ補助の図なんだろうが……)
なるほど、分からん――と呟く。
ただ、なんとなくこれが人間の体に影響を与える魔法を使うための図であることは理解できる。
だからこそ、ニールにはこの図がカルナに要求した魔法のページなのだと理解した。
「『筋肉は細い繊維の集合体だから、それをうまい具合に増やしたりしたらパワー上がるんじゃねえの?』……だったね。言われた当時は、無茶言いやがるなこの脳剣野郎、とか思ったけど」
「今は違うのか?」
「脳剣野郎は変わってないけどね。基礎みたいな部分は出来たし、魔法自体は使えるようになった。けど、とてもじゃないけど他人の体に使える代物にならなくてね」
人型モンスターのゴブリンに使ってみたけど、芳しくなくてね――と溜息を吐きながらカルナが言う。
ゴブリンが腕を動かそうとした瞬間に、筋肉に引っ張られた骨が引きちぎられるように折れたのだという。なんでも、過剰に強化し過ぎて筋肉以外の部位が耐えられなかったらしい。
ならば、と今度はパワーを弱めたら――本来の筋肉との連携が上手く行かず筋力を落とす結果となった。
現状、人型の相手の腕を過剰強化して骨をへし折る魔法か、人型の相手の腕力を減退させる魔法にしかならない。
無論、これはこれで有用だとは思う。
実際カルナは失敗例の二つを発展して対人型用の魔法を開発しているところなのだという。
「ああもう、処刑するっていう罪人一ダースくらい譲ってもらえないかなぁ……! そしたら人体実験やりまくれるのに!」
「お前、魔法のことになると思考が危険な方向に行くよなぁ……」
どこの邪悪な魔法使いだ、と冗談めかして笑いながらも内心で「こいつ俺らと出会わなきゃマジでやってそうなんだよなぁ……」と呟く。
カルナは人間としての倫理観は備えているのだが、魔法が関わるとそれが一気に緩むのだ。
現在のように、それなりに平和な時代ならば自制出来る。
しかし、戦争などで倫理観が薄くなる時期に産まれていたら、きっとカルナは嬉々として人体実験をしていたのだろうなと思う。
「ニールを補助する魔法はこんな感じなのが現状。それよりも悲惨なのが、僕自身が戦う手段なんだよね」
「……魔法のスキルを相手にする場合か」
「そ。どうあがいても文章と単語じゃあ、単語の方が早く言い終わるに決まってる。だから、相手がスキルを使う前にいくらか準備をする必要があるんだよね」
その事実が、魔法使いが転移者と戦うことを難しくしている。
戦士なら、問題ないのだ。なにせ、戦士は体を使って戦う者だ。転移者と戦い力負けすることはあっても、全力を出し切れず負けることはない。
だが、魔法使いは違う。詠唱して魔法を使うことを前提とした技術を学んでいるのに、詠唱を潰されては実力の一欠片も出せないのだ。
そのため、カルナは詠唱を短くする努力をし、かつ魔法使いでありながらも女を抱えて走り回れる程度には体を鍛えた。走って相手のスキルを回避し、その隙に詠唱をするためだ。
しかし、それでは不完全だということが、先の戦いで分かった。
「魔法使いは魔法使いで問題が山積みだな。んで、どうするんだ?」
まさか諦めるつもりじゃあないだろ? という視線を向けると、カルナは無論だと頷いた。
「一応、考えてはみたんだ――我が望むは旋風の結界。逆巻くその力で領域を侵犯する存在を弾き飛ばせ」
詠唱が終わると、カルナの掌に風で形成された球体型の結界が生まれた。
だが、それだけだ。
疾風がニールの体を叩くわけでも、風の刃が飛んでくるわけでもない。
「……どういう魔法だよ、これ?」
「これ単品じゃあ意味がないんだ。こんな感じで使うモノさ」
言うと、カルナはその風の結界の中に、チーズを一欠片放り込んだ。
瞬間、風を切る音と共にニールに向けてチーズの欠片が放たれた。胸板に命中し弾かれたチーズの欠片は、ころりとテーブルの上を転がる。
「……ああ、魔法の小型投石機みてえな感じなんだな」
「そうさ。この結界の中に、僕の方向から固形物を入れると前方に向かって弾き飛ばすって仕組みさ。
接敵する前にこの魔法を使っておく。そして走り回って、石とか硬貨とか飛ばして相手にぶつけるんだ。これは本気で詠唱した魔法じゃないからそれほどじゃないけど、全力でやれば石畳に穴を穿つくらいの威力は出ると思う」
なるほどな、と頷く。ニールには、大体カルナの考えていることが読めてきた。
一度魔法として成立している以上、新たに詠唱する必要はない。そのため、これで攻撃しつつも別の魔法を詠唱出来るのだ。
無論、これは接敵前に使うことが前提だ。相手から奇襲を受けた場合、最低でもこの魔法の詠唱を行う時間を稼がねばならない。連携などを考えていく必要もあるだろうが、前に比べて大きく前進したように思う。
だがしかし、カルナの表情は思い悩むように歪んだままだ。
「なんだよ。これで転移者対策は完璧! ……みてえな代物じゃあないのは分かるが、一応そこそこ役に立つんだろ? だってのに、どうしたんだよ」
「……見てて。ここから僕のベッドの枕を狙うから」
懐から硬貨を取り出したカルナは、先ほどと同じように風の結界の中に投入した。風の中で加速した硬貨は、シュ、という鋭い音と共に射出される。
だがそれは、狙うと宣言した枕から――いいや、それどころかベッドからも大きく逸れて壁にぶつかった。チャリン、という硬質な音が響く。
「……現状、命中精度が悪すぎる。魔法の場合、魔力を操作することで放った後でも多少コントロール出来るんだけど――」
「魔法が関わってるのは加速させる時だけで、それ以降はノータッチだもんな。狙いを修正できねぇってわけか」
何より、魔法そのものも原因なのだろう。
長時間風を維持し、固形物を飛ばす――それがこの魔法の設計思想だ。
だが、長時間維持することに重きを置きすぎて、命中精度が犠牲になっている。
「もっと複雑な魔法にすれば命中率も上昇するんだろうけど――そしたら長く維持出来ないし、出来たとしてもそっちに集中力を裂かれすぎて本命の魔法が使えない」
「本末転倒にも程があるなぁ、それ」
「うん。これは失敗かなぁ……一応、細かい石とか沢山ぶち込めば、下手な弓でも数撃てば――みたいなことは出来ると思うけどね」
「カルナ一人で戦う場合はそれも手だと思うが……協力して戦う時は使って欲しくはねえなあ」
背後から飛来してくる石つぶてを想像し、顔を顰める。
どうしたものか、と互いに重いため息を吐いた。
問題点は明らかだというのに、それの解決法が思い浮かばない。それが、ニールの心を焦らせる。
考えても仕方がないことは考えない――が、解決しないと今度は負けると分かっていることを放置など出来るわけがない。
「……まだ、レゾン・デイトル行きのクエスト、その募集期間はまだ終わってない。その間、宿に篭って考えたほうがいいかなぁ」
「俺も、鍛錬の時間と密度を増やさねえとマズイか」
明確な解決策が無い以上、鍛錬し続けるしかない。
それは先行きの不安から目を逸らす行動であると、なんとなく理解はしている。
しかし、現状やれることがない以上は、せめて自分を鍛えるしか――
「遊びに行くわよ!」
ばあん! と。
扉が勢い良く開かれた。
開け放たれた扉に視線を向けると、右腕を突き出した連翹が晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。




