2/カルナ・カンパニュラ
「ニール、それは君が悪いよ。女はいつだって乙女であり少女なんだからね」
昼というには早く、けれど朝と呼ぶには遅い時間。
ようやく起きだした少年に今朝の顛末を離すと、彼は椅子に腰掛けながらそう言ったのだった。
「いや、その理屈はおかしい。乙女とか少女とかはもっと年若い子向けの言葉だろ」
「おかしい理屈を感情で曲げる生き物だからね、人間はさ」
ニールの不満を風に舞う木の葉の如く受け流すと、少年――カルナは「女心のわからない奴だなぁ」と肩をすくめる。
カルナ・カンパニュラ。
一年ほど前からニールとパーティーを組み、冒険している魔法使いの少年だ。組んだ当初は女心など欠片も知らぬ、といった感じだったのだが、ニール含む反面教師を見て学んだらしい。
腰まで届く銀髪はそれ自体が装飾のように煌き、肌は誰も触れていない処女雪の白さ。蒼い瞳は大きく、唇は小さくも鮮血めいた赤さを持っていた。
それら一つ一つのパーツは少女のように繊細だ。しかし、細くはあるが高い背丈と強い意志が垣間見える蒼の眼が、カルナ・カンパニュラは立派な男なのだと主張している。
そんな彼が覆うのは漆黒のローブだ。魔法使いらしいものの垢抜けず野暮ったいそのローブだが、しかし彼が着ていると品のあるように見えてくるから不思議だ。
「しっかしニールも女は若いのに限る、ってタイプなんだ? ちょっと意外だね」
「うんにゃ、綺麗なら年下でも年上でもおばさんでも構わないぞ」
ニールはテーブルに顎を載せ、女将さんも歳なんて気にする必要ないのになぁ、とぼやく。
「言葉を選べば君の息子は無事だったろうに……」
「大丈夫、ダメージは受けたが我が息子はなんとか元気にやってる」
そういうことじゃないよ、と呆れたように瞳を細めたカルナは、しばしそのまま睨んだあとゆっくりと立ち上がった。
「それより、昨日の夜に女将にクエスト貰ってただろう。どんなのを受けたんだい?」
「近所の森のスピアー・ビーの討伐。ここ最近でまた増えたらしい」
スピア・ビー。大型犬サイズの巨大なハチであり、臀部に体よりも長い針を持つ。針をこちらに向けて飛んでくる姿は、騎兵の突撃を連想させる。
奴らの厄介なところは速さと攻撃力だ。不快な羽音と共に一気に近寄って来て、臀部の槍で胸元をグサリ。致命傷を与えても槍は抜かず、傷口を槍で抑えたまま巣に持ち帰り、新鮮な肉体を仲間に振る舞うのだという。
下手なパーティーなら最初の突撃で前衛が総崩れになり、そのまま奴らの巣にお持ち帰りされることだろう。
話を聞いたカルナは、うんと小さく頷き、微笑んだ。
「僕らには与し易い相手だね、女将の采配はやっぱり安定してる」
「槍の威力が凄いから、下手な重装備戦士だと耐える間もなく終わるしな」
そうだ。
まず、羽音が大きいから知らぬ間に接近される、ということはまずない。
そして、防御力は大したことはないので、剣でも魔法でも一撃当ててやれば大抵そのまま沈む。
剣士の中でも軽装で動きまわるニールと、遠距離から魔法で一方的に攻撃できるカルナならば大して怖い相手でもない。もっとも、油断していい相手でもないが。
ニールは鞘に収めた剣を抜き放ち、刀身を眺める。
手入れの行き届いた刀身が窓から注ぐ陽光を反射し鈍く輝く。
腕に感じるのは慣れ親しんだ重さだ。もはや体の一部になっているそれを感じると、失った四肢が再び生えたような歓喜に包まれる。
(ああ――落ち着くな)
ニール・グラジオラスは剣が好きだ。
愛している、と言い換えてもいい。
鍛錬とは剣と共に愛を語らうことであり、戦いとはデートである。剣を知り、剣に自分を知ってもらうことで、剣は長年連れ添ってきた妻のように使用者を助けてくれるのだ。
故に、剣を扱う者は――否、剣技を極めようとする者は己の剣を愛するのだと。ニールは心からそう信じ、実践しているのである。
(今日もよろしく頼むぜ、相棒)
心の中で語りかけ、鞘に収める。
視線をテーブルの向かい側に戻すと、カルナが「まったく」と苦笑していた。
「相変わらずの剣ラブっぷりだね。いつか剣と結婚しそうで怖いよ」
「え、無機物との結婚ってアリなのか!?」
「無しだよ! 超無しだよ! なに期待に満ちた目で質問してるんだよ!」
「やーだってさー……東の島国の日向にゃ、長年大切に扱ってたモノが意思を持つ信仰があるらしいだろ。なら、俺の剣も意思持って美少女化する可能性も僅かに存在――」
「しないから! 戻ってきて! 第一、剣の状態でモンスター斬ったら、人間に戻った時にモンスターの汁とかつきまくりで気持ち悪いだろ!」
「汁まみれの女の子ってアリだと俺は思うぞ」
「知りたくなかった! 君のそういう性的嗜好は知りたくなかったなぁ!」