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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
誘拐と違法奴隷
38/288

35/転移者戦-1

 

 魔力を編む。

 イメージするのは、氷で形成された複数の板だ。

 それを壁に使う――わけではなく、宙に不規則な形で設置し、射出の準備を始める。


「我が求むは屈強なる無数の氷壁。疾く駆け、敵を叩け!」


 それは、氷柱を飛ばし、相手を貫く魔法をアレンジしたものだ。

 本来氷柱が出現する部分を氷の板に置換し、氷柱と同様に飛ばす――ただ、それだけの改造を施した魔法である。

 しかしこれは、カルナが一人で使うなら劣化であるとしか思えないモノだ。氷の壁は氷柱に比べて質量が大きく、形作るための魔力が多くなる。また、鋭い氷柱に比べ今生成したのは氷とはいえただの板。威力もまた、減退している。

 改造ではなく、改悪。他の魔法使いがこの魔法を見れば、皆口を揃えてそう言うだろう。

 

 ――そう、カルナが一人で使うだけならば。


「ニール、突っ込め!」

「オーケー! 人心獣化流じんしんじゅうかりゅう――跳兎斬ちょうとざん!」


 駈け出したニールは地面を蹴り飛ばし跳躍――レオンハルトへと向かう氷壁を足場にして、前進しつつ更に跳ぶ。


(転移者は強い。身体能力も高いし、技術を学ばなくても『スキル』という特殊技能で一流の技を出せる)


 ゆえに、真っ向からぶつかって負けるのはこちらだ。

 剣と剣を重ねれば押し切られるのは現地人であり、魔法を互いに使えば詠唱の必要の無い転移者の方が素早く強力な魔法を放てる。

 だが、それは『現地人は転移者に勝てない』ということではない、とカルナは思うのだ。


「行くぜ、転移者――!」

「あああ! 糞、うざいなお前! 羽虫の癖に、ちょこまかと!」

 

 掌を突き出し、何かの魔法のスキルを使おうとしているレオンハルトだが、悪態を吐くばかりでスキル名を発声しようとはしない。

 当然だ。地面、氷壁、氷壁、地面――と足場を蹴り飛ばしながら立体的な軌道で突っ込んでくるニールに、レオンハルトは対応し切れていないのだ。

 無論、多少立体的な軌道であろうと、これが足場にしているのがただの板だったのなら、そして空に太陽が昇っていたらレオンハルトはニールを目で追えたかもしれない。

 だが、今は夜であり、足場にしているのは磨きぬかれたように輝く氷の板だ。

 夜の闇はニールの動きを追いにくくし、輝く氷の板は僅かにニールの体を反射しレオンハルトの視界を惑わしている。


(いくら身体能力が高く、スキルが強力でも――それを扱う人間は素人だ! いや、喧嘩慣れしていない風貌から、むしろそこらの素人よりずっと鈍い!)


 情報収集の最中、聞いたことがあったのだ。

 転移者のスキルは、相手に狙いを付けてスキル名を発動したら、その後は自動で敵を追いかけるらしいと。

 だから素人でもたやすくこちらにスキルを当ててくるのだ、と。

 ならば話は簡単だ。


(狙わせないように動けばいい!)


 相手がこちらを圧倒する手段があり、かつこちらにそれを防ぐ手立てがないのなら、そもそもそれを使わせないように動くべきなのだ。

 

「ここ――だぁ!」


 レオンハルトを幻惑し剣の間合いまで接近したニールは、氷壁を蹴り飛ばす勢いで急速落下し、剣を振り下ろす。 

 狙うのは――首! 

 どれだけ強かろうと、どれだけ生命力があろうと、頭部には脳があるのは変わらないのだ。なら、それを繋ぐ首を切り落としたら屈強な体は動かないし、喉ごと両断すればスキルを発声することもできない。

 これがカルナの考えた作戦の一つ。

 相手の実力を発揮させることなく、その生命を刈り取る連携である。

 ニールの剣が夜の闇を引き裂きながら弧を描き、レオンハルトの首筋に食らいつく。

 

「この――羽虫があぁぁああ!」

「……ッ、とに、こいつら――硬ぇ!」


 だが、それだけだ。

 肉は裂いたし、血は流れた。しかし、首も喉も依然として繋がったままだ。

 ニールは舌打ちをし、宙で前転するような動きで刃を引き抜くと、そのまま駈け出し距離を取る。


「逃がすかぁああ!」


 だが、レオンハルトはそれを許さない。

 剣を構え、ニールを殺意に満ちた眼で睨むと、スキルを発動すべく口を開き――


「我が望むは真昼の閃光。闇を消し去る輝きを以って彼の者の瞳を封じ込めよ!」


 その前に、カルナの魔法が完成した。

 レオンハルトとニールの間に魔力が集い、それが白く染まり――炸裂。瞳を焼く極光が、レオンハルトの瞳を焼いた。

 

「ガ――こ、の、脆弱な土人の分際でぇえええ!」


 苦痛の叫びと共に、レオンハルトは大剣をめったやたらに振るう。

 癇癪を起こした子供が小枝を振るっているような動作だが、しかし彼は転移者だ。ごうごう、という強烈な風圧と共に、打撃を行う。

 そう、打撃だ。刃筋の通っていない剣など、若干切れるだけの鈍器と大差はない。


「あぐっ――んの野郎、筋肉バカヌイーオのやつより無茶苦茶に剣を使いやがって……!」


 それでも、その腕力で放たれれば十分に脅威だ。

 ニールの背中に叩きつけられたそれは、骨をギシギシと軋ませ、革鎧の背部を断裂させる。鎧の隙間から、赤色の飛沫が飛び散る。

 

「創造神ディミルゴに請い願う。失われ行く命を守る力を、癒しの奇跡を!」


 だが、その傷はノーラの掌から放たれた光の粒子が、ゆっくりと塞いでいく。

 微かに足を震わせる彼女は、味方であるカルナやニール、そして敵であるレオンハルトをしっかりと観察し、治癒の奇跡を使用するタイミングを測っている。

 

「悪ぃなノーラ、助かった!」

「裂傷や打撲くらいなら、わたしでも癒せます! けど、深く抉れたりした場合や四肢が欠損した場合は無理です!」

「了解! 気合で避けてやんよ!」

「我が望むは大地の衝撃。その領域に足を踏み入れし者に、瓦礫の洗礼を与えよ」


 詠唱しながら会話を聞き、カルナは心の中でノーラの評価を一段階上げる。


(……治癒の能力は低いけど、自分の限界をしっかり見極めている。何より、視野が広い)


 後衛にとって最も重要なのは、広い視野を維持した集中力だとカルナは思っている。

 前衛の場合、自分の周辺――場合によっては眼前の敵しか見えなくなる程に研ぎ澄ました集中力が必要になるが、後衛がそれでは意味がない。

 仲間と敵の動きを追いながら、自分がすべき行動を思考し実行しなくてはならないのだ。

 

「ちい、糞、ノーラ……ノーラ、ノーラ、ノーラァアア!」


 閃光による一時的な盲目から回復したレオンハルトは、ニールを治癒したノーラに対し殺意の眼を向け、疾走する。

 ノーラの足では逃れられないであろう、その速度。しかし、


「行くよ、ノーラさん!」

「きゃ――」


 カルナはノーラを抱きかかえると、そのまま駆け出した。

 無論、人間一人分の重量を抱えたまま、走って逃げられる程にカルナの足は速くない。このままでは背中から叩き切られるだけだ。

 だが、問題ない。そもそも、走って逃げるつもりなど欠片もないのだから。

 瞬間、カルナの足元が爆ぜた。

 地面をめくり上げる衝撃に逆らわず跳躍したカルナは、そのまま手近な住宅の屋根に着地する。

 それは、地面に魔力を流し、その上を誰かが通りかかれば弾け飛ぶ。そんな簡単な、しかしシンプルながら有効な魔法である。なにせ、威力を調整して予め付近に設置しておけば、敵の間合いから一気に逃れる回避手段になるのだから。

 

「男の腕に……! この、腐れビッチが、ぶっ殺してや――」

「――餓狼喰がろうぐらい!」


 憎々しげにカルナとノーラを見つめるレオンハルトの背中に、ニールの斬撃が叩きつけられた。

 斬! と肩を抉った刃は、しかしそこで停止する。ちい、とニールが舌打ちをするのが見えた。

 

「痛――くそ、お前ら、お前らぁああ! 舐めやがって、舐めやがって、舐めやがってぇえ! ぼくは最強なのに、転移者で主人公なのに、なんで邪魔するんだよ忌々しいモブどもぉ!」


 駄々をこねるように剣を振り回すレオンハルトから、ニールは慌てて距離を取る。その体には、大小様々な裂傷が刻まれていた。

 

(最強――ね。確かに、そう思いたくなる身体能力だ)


 ニールが最強の剣士だとは思っていないが、しかし素人が振り回す剣に手傷を負う弱者だともカルナは思っていないのだ。

 だというのに、ただの素人であるレオンハルトがその常識をひっくり返す。


 それが力、

 それが規格外チート

 その存在こそが転移者さいきょう

 だが、まだだ。

 この程度はまだ片鱗に過ぎない。

 本当の恐ろしさは、その力を持った子供を一端の戦士にする力がある。

 

「ちぃ……!」


 自分の一太刀で仕留め切れなかったことを悔みながら、ニールはすぐにレオンハルトから距離を取ろうとした。

 だが、絶対に逃すものかと睨みつけるレオンハルトの眼差しからは逃れられない。

 にやり、と。

 彼の表情が憎悪から喜悦に変わる。

 必殺を確信した顔だ。

  

「無様に死ねよ、ぼくのスキルで! 『ファスト・エッジ』!」

 

 瞬間、レオンハルトの動きが変質した。

 棒切れを握るような掌は、一流の剣士が柄を握るような握りとなった。

 体中から無駄な力が抜けて行き、自然な動作で剣を担ぐように振り上げる。

 そして――神速で退避しようとするニールへと踏み込んだ!


「誰が――死ぬかぁ!」


 だが、ニールは剣士だ。

 剣で攻撃する動きを体で覚えているのと同様に、剣で防御する動きもまた体に染み付いている。

 金属音が鳴り響く。

 鋼と鋼がかち合う音。レオンハルトのスキルによる斬撃をニールが剣で受け止めた音だ。

 

「ぐ――!?」


 だが、腕力が違いすぎる。

 ニールはそのまま押しつぶされるように片膝を突く。

 マズイ、とカルナは詠唱を開始する。 


「我が望むは雷光の矢。雷鳴よりもはやく――」

「やらせるか馬鹿がぁ! 『ファイアー・ボール』!」


 レオンハルトは剣から左手を外し、それをカルナに向けてスキルの名を発声した。

 発声から間を置かずに生成された灼熱の火球は、詠唱途中のカルナを喰らうべく宙を疾走する。

 

「――駆け抜け、我が敵を……クソ!」


 唱えながら回避する余力はないと判断し、詠唱を中断。

 ノーラを抱え疾駆し――閃光。それと共に背中を炙る膨大な熱を感じ、カルナは獣の咆哮めいた悲鳴を上げた。


(痛い――熱い――けど、生きてる。生きてるなら、動ける。動けるなら、戦いは終わってない……大丈夫、まだやれる)


 痛みに萎えそうになる心を叱咤し、カルナは止まりかけた足を強引に動かした。

 背後から人間が焼ける嫌な臭いがする。その臭いは己の背中が発しているモノだということはなるべく考えないようにしながら、カルナはひた走る。 


「カル――そ、創造神ディミルゴに請い願う。失われ行く命を守る力を、癒しの奇跡を!」

 

 カルナさん、大丈夫ですか? と。そう言いかけたのかもしれない。

 だが、そんな言葉が無意味どころか時間のムダだということを悟ったのか、ノーラはすぐさま治癒の奇跡を発動させる。堪えがたい灼熱の痛みが、僅かに薄れた。

 何より、腕の中のノーラが無事なようでホッとする。

 彼女は傷つくことを承知でここに残ったのだろうが、それでもカルナは女が傷つくところをあまり見たくはないのだ。魔法使いは後衛だから――と女が傷つくのを黙って見ているのは、どうも性に合わないのだ。

 そういった感情を抜きにしても、彼女は神官なのだから生き残って貰わねば困る。彼女が行きて治癒の奇跡を使えさえすれば、それだけ長く戦えるのだから。  

 ゆえに、カルナは走る。

 詠唱をするタイミングを探すために、ノーラをレオンハルトのスキルから守るために、そして――ニールが反撃に転じるのを待つために。

 

(そうだ。僕やノーラさんに目が行くぶん――ニールの警戒は疎かになる)


 レオンハルトの大剣は、未だにニールを押し切ろうと力を加えている。

 だが、大剣を握る手は右手だけだ。現地の人間など片手で屠れるという考えと、カルナを警戒してのことだろう。

 だからこそ、ニールは今、踏み止まれているのだ。今、レオンハルトがニールを今すぐ潰そうと思い剣を両手で握れば、ニール・グラジオラスという人間はすぐさま肉塊になる。

 ゆえに。

 ゆえにカルナは注意を惹かねばならない。

 意識を少しでもこちらに向け、ニールの反撃を待たねばならない。


(悔しいけど――魔法の撃ち合いじゃあどうあがいても転移者には勝てない!)


 スキル『ファイアー・ボール』

 火の玉を生み出し、それを相手に向けて射出する――ただ、それだけの魔法だ。

 これが現地人が詠唱し、発動する魔法ならここまで脅威に感じることはないだろう。


「詠唱なんて面倒なことをしなくちゃ魔法も使えない雑魚が、ぼくの――いいや! 我! そう我を仇なそうとするなど、思いあがりも甚だしい! 『ファイアー・ボール」! 惨めに焼けて消えろ! 『ファイアー・ボール』! ハハハ! 『ファイアー・ボール』!」

(この――調子に乗って……!)


 悪態を吐きたいが、しかしそんなことをする体力が惜しい。

 屋根の上を駆け、時に転がり、時に這いずるように移動しながら直撃を避けて行く。

 怖い。

 焦げていく自分の体が、直撃を受けたら自分の命は燃え尽きるであろうという推測が、カルナの心に冷たいナイフを突き立てる。

 だが、それでも思考は止めない。

 情報は力だ。剣や魔法を相手に届かせるために必要なモノだ。

 ゆえに考えて、考えて考えて考えて――相手の情報を集めなければならない。 

 

(スキルを連続で使用する時に、わざわざ言葉や笑い声を混ぜているのは、余裕? それとも――何か、理由があるのか?)


 熱い、焼ける、死にそうだ。

 そんな体が訴える切実な――けれど現状無意味な思考を脳内から切り捨てて、カルナは思考する。

 轟々と燃える熱を回避し、パターンを読み、有効な動きを考え――それが纏まる前に、両足がカルナの意思を無視して停止した。

 

「あ――ぐ!」

「痛――カルナさん!?」


 腕からこぼれ、屋根を何度か転がったノーラが叫ぶ。

 見れば、両足がブーツごと炭化し、消滅していた。ああ、なるほど。確かにこれでは走れない。

 

(ああ、くっそ……まずい……どうする、どうする!?)


 痛みは問題じゃない。

 問題は、ノーラが失った脚を瞬時に再生させられるほどに強い力を持っていないことだ。

 レオンハルトが、こちらを見て笑っている。ああ、ようやく止まったかゴミクズめ――と口元を釣り上げている。


「まずは一人! 『ファイアー・――」


 左手をカルナに向け、スキルを――

 

「こんの――テメェ何カルナたちばっかり見てやがる、剣を交えてるってのに意識逸らすな糞野郎がぁああ!」


 発動するより若干早く、ニールがレオンハルトの剣を跳ね跳ばす。

 回転しながら吹き飛んだレオンハルトの大剣は、勢いのまま民家の壁に突き立った。


「……! この、いい気分だっていうのに……邪魔するな! なんでぼくに気持よく戦わせないんだ、虫唾が走るんだよ!」


 無手となったレオンハルトが、ニールに向け両手を突き出す。

 武器が無くなった以上、剣を用いてのスキルは使えないはず。ならば、使うのは魔法か。


(もしかしたら、無手でのスキルとかがあるのかもしれないけど――考慮も検証もしている余裕はない……ね!)


 ならば、自分の推測を伝える必要がある。

 

「『ファイアー・ボール』! 惨めに焼けろ、『ファイアー・――」

「ニール! あいつの魔法は使用してからおよそ三秒の間が空く! そこを攻めろ!」

「――ボール』……!? この、魔法使いお前ぇ! 邪魔するなよ雑魚の分際で!」


 二発の火球を持ち前の身体能力で回避しつつ、ニールはにやりと笑った。ああ、それは良いことを聞いたな、という笑みだ。

 そのまま一気に突っ込む――ということはせず、ニールは魔法が直撃するギリギリで回避しながらじりじりとレオンハルトへと向かう。


(そうだ、それでいいよニール)


 発動のタイミングさえ予見できれば、ニールはもっと余裕を持って回避できるはずだ。

 だが、それはしない。いいや、してはいけない。レオンハルトに対し、『攻撃がもう少しで命中する』と思わせなければならない。


(羽虫だとか雑魚だとか土人だとか――レオンハルトは僕たちを下に見ている。だからこそ、今使っているスキルはそんなに強いものじゃないはずだ)


 最強であり、主人公。レオンハルトは何度も何度も自分のことをそう言っていた。

 だからこそ、彼は無意識に己を縛っている。


(『最』も『強い』から『最強』――そう思っているのに、見下した相手に本気を出さなくちゃ勝てないなんて……耐えられるはずがない)


 ゆえに、レオンハルトが『ニールやカルナ、ノーラの三人と戦うなら本気を出さなくてはならない』などと思わせてはいけない。

 その瞬間、自分たちは全滅するからだ。

 

(女王都へ向かう途中でレンさんが使ったスキル――『バーニング・ロータス』。戦闘開始直後ならまだしも、今あれを使われたら、僕らは抵抗出来ず切り刻まれるか焼き殺される……!)


 炎を纏った剣を用いて舞を踊り、剣から放たれた灼熱の斬撃を空中で固定し檻とするあのスキル。

 脚を焼かれたカルナはもちろん、ノーラも抵抗する間もなく焼かれるだろう。ニールは多少なりとも抵抗できるだろうが、しかしスキル使用中の転移者相手にどこまで持つか分からない。

 

「この――何度も避けるなよ、鬱陶しいなお前ぇ!」

「うるせえ、避けなきゃ死ぬだろうが……!」

(だけど、このままでも、まずい……!)


 面倒だから大技で終えよう、などとレオンハルトが思考すればそれで終わる。

 なんとかそういった思考から気を逸し、ニールを剣の間合いに入れ、カルナがそれを援護するような形で魔法を使わねばならない。

 だが、その気を逸らす手段が思い浮かばない。最初に使った閃光の魔法は恐らく悪手だ。下手に視界を奪えば、大技を使う最後の後押しになるかもしれないからだ。

 なら、どうする? 何が出来る?

 屋根に爪を立てながら思考している最中、不意にノーラが立ち上がった。

 何をする気だ、とか。

 危ないから立つんじゃない、とか。

 そういうことを言う前に、ノーラは歌うように声を上げた。


「――レオンハルトさん。美しい黒髪と、冬の夜空のように澄んだ瞳を持つあなた」


 叫び声とは違うが、体全体を使った周囲に響き渡る声。それはスキルの爆音にかき消されることなく、レオンハルトの耳に届いたようだった。


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