29/情報共有-友と知り合い以上仲間未満と-
「ふう……」
宿に戻ったカルナは小さく吐息を漏らした。
それは街を歩きまわった疲労のためであり、もう一つは己の心を落ち着かせる目的のためだ。特に後者は必須である。気を抜くと辺りを駆け回り桃色のサイドテールを探しそうになってしまう。
やはり自分は感情的なタイプだな、と強く自覚する。理屈では意味がないと分かっているのに、それを超越する激情が胸の中で跳ねまわってしまう。
「戻ったよ」
ぎい、と軋む扉を開き、自分やニールが借りている部屋に入る。
「さて、早速情報の共有をしようか。まずニール、君が――」
「そら」
話してくれ、と。
言おうとした瞬間に、顔面に向けて何かが投げつけられた。
慌てて掴み取る。それは紙袋だ、思ったより軽く、中身の感触は柔らかい。訝しんで覗き込むと、野菜やベーコン、卵などを挟んだパンであることが分かる。
「とりあえずそれ食え。ついでに食堂行ってコーヒー貰ってきてやる」
「そんな暇は――」
「飯食って少し休めよ、まだ朝飯だって食ってねえだろお前。そんなんじゃ、頭なんざ働かねえぞ」
じゃあな、と行って部屋から出るニールを見送る。
しばしの間立ちすくむが――仕方ない、と自分が使っているベッドに腰掛けた。
紙袋からパンを取り出し、かぶり付く。固めのパンを食いちぎり、奥の具の食感を味わう。とろりとした卵の感触に、シャキシャキとしたレタスの食感が心地よい。口の中で噛みしめると、ベーコンの旨味が広がっていく。それらを引き立てるソースもまた絶品だ。
味わいながら飲み込むと、急に腹の虫が自己主張を開始した。それから間を置かずに思考を占め始めた空腹感に逆らわず、一気に二口目を食べる。
「……ん?」
不意に視線を感じてそちらを向くと、連翹がニールのベッドに横たわったまま、こちらをじいと観察しているのが見えた。
「んぐ……どうしたのかな、レンさん」
さすがにじっと見つめられながら食べるのは気恥ずかしい。
そんな風に若干の非難を視線に込めるが、連翹は「ちょっとね」と言葉を選ぶように悩んだ。
「貴方、ニールの言うことをすんなり聞くんだなぁ、と思ってね。部屋に入って来た時は、すごく焦ってるように見えたのに」
「ああ、それか」
体を連翹に向け、食事をしながら話しだす。
「僕はけっこう感情的で、焦って暴走するタイプだからね……ニールがあんな風に止める時に、無理して動いてもあんまりいい結果が出た覚えはないし」
「感情的? ニールの方じゃなくて」
「まあ、あっちもそうだけどね」
なんというか、種類が違うんだよ、とカルナは言う。
「ニールは戦いで暴走しやすくて、僕は他で暴走しやすい――って感じなのかなぁ」
ニールは剣さえ関わらなければ、けっこうリーダー気質な部分があるとカルナは思っている。
自分のできること、できないこと。
相手のできること、できないこと。
それをある程度理解し、他人の話を聞き吟味し、やるべきだと思ったら即断する。
対し、自分は悩み過ぎるタイプだ。決断までに時間がかかりすぎる。
考えても仕方のないことまで考えて、恐れてしまう。
そして何より、目の前にすべきことがあるのに、こうやって休憩する時間がとても不安で仕方がない。
結果。意味もなく走り回ったり、無駄にもう一度同じ人に情報収集を行い――本当に必要な時に疲労していたりする。
そう説明すると、連翹は理解し難いと言うように眉を寄せた。
「過大評価し過ぎじゃない? それ。あたしにはただの考えなしに見えるんだけど」
「まあ、思慮が足りてないのは確かだね。自分でも理解してるみたいだけどさ」
けれど、そういう長所というのは案外表裏一体なモノだ。
カルナの考えすぎる性質も、思慮深いだとか慎重だとかいう言葉に言い換えられるのだから。
ただ、一人でやろうとすると悪い部分が目立つだけ。
ニールの思慮の浅さはカルナが補えるし、カルナの無駄に考えすぎて即断出来ない部分はニールが補える。
「一人で何でも出来て最強無敵! ……そんなのに憧れないわけじゃないけど、しょせん幻想だからね」
笑いながら言って、ふと、自分はなぜここまで話したのだろうかと疑問に思う。
転移者は好きでない。
ゆえに、転移者である片桐連翹という少女の第一印象は良くなかった。
だが、今はそこまで悪感情を抱いていない。
その理由は――恐らく、ノーラだろうなと思う。
ノーラに対して連翹が話している姿を見ると、彼女がお姉さんぶりたい子供のように見えるのだ。
そして、何よりも――
(僕らを人形のように扱わない、からか)
一年前に転移者に敗北しニールと出会い冒険する中で、カルナは転移者について調べていた。
その結果、彼らはこの大陸の人々を同じ人間だと思っていない、と感じたのだ。
彼らにとって現地の人間は一人遊びに使う人形であり、楽しむための道具なのだ――と。
そう考えると、彼らの言動が理解できるような気がするのだ。
楽しく人形を使って勇者ごっこをしている時に、人形が突然「離せ。お前は勇者などではない」などと喋れば、怒ってその人形を廃棄するだろう。せっかく楽しい遊びをしているのに、それを邪魔する不良品は必要ないし――何より、人形など大陸に山と転がっている。
要は子供なのだ。思い通りにならないと泣き喚き、後先考えずにオモチャを地面に叩きつけて壊し、新しいオモチャを親にねだる――そんな癇癪持ちの子供。
(まあ、ごっこ遊びはしているように見えるけどね)
しかしそれは、カルナがイメージする転移者の『人形を使った一人遊び』ではなく、『他人と接するままごと遊び』だ。
遊ぶ当人はワガママではあるものの、他人のことを考えて多少は自制できる子供である、とカルナは考えていた。
完璧な人間では断じて無いが、しかしそれを言ったらカルナだって完璧ではないのだ。ならば問題ない。むしろ話しやすいくらいだ。
「そうね――だから転移者であるあたしは凄いんだもの」
しかし。
(レンさん。なんかある度に、そんな風に思考停止してる気がするなあ……)
転移者という単語を心の中に挿入し、絶対の柱にしている――そんなイメージ。
あまり良いことではなさそうだ、とは思うものの迂闊にそれを口に出すのはためらわれる。
誰にだって心の中に柱が存在するとカルナは思っている。支えるのは自身であり、自信だ。カルナの場合、魔法使いとしての実力、書物から得た知識、冒険者の経験などがそれだろう。他にも小さな柱はいくつか存在するが、基本的にはこの三つだろうなと思う。
その柱があるから、外界の刺激を受けながらもカルナ・カンパニュラという個人を貫ける。そしてその柱が折れかかった時、人は不安定になるのだ。そう、かつてカルナが転移者に敗北した後のように。
(レンさんのそれは、太くて頑丈そうだけど……それ一本しかなくて、折れる時は一気にへし折れてしまいそうだ)
だというのに、追求することはできない。
いや、だからこそ、と言うべきか。
デリケートに見えるからこそ、触れることにためらいを覚えてしまう。折れた時の辛さを知っているから、余計に。
嫌いな相手ならそんなことなど気にしないのだが、カルナは連翹を知り、知人とは言える程度には親しくなった。ゆえに、無思慮に脆い部分に触れることができない。
「なによ、そんな風に見つめて」
「いいや、なんでもないさ。それより、来たみたいだよ」
乱雑な足音と共に扉が開いた。
人数分のカップを片手で掴んだニールは、よう、と小さく手を上げる。
「時間空けた甲斐はあったっぽいな。んじゃあ、話し合いと洒落込もうぜ」
カルナが落ち着いている姿を確認すると、ニールは二人にカップを手渡し、どさりとベッドに腰掛ける。そして、騎士団で得たという情報を語りだした。
囮を出し、下手人を捕らえようとしたこと。
返り討ちにあい、囮役の女性騎士は攫われたということ。
恐らく、近々女王都に夜間の外出を禁止する触れが出るだろうということ。
聞き終えると、カルナはありがとう、と言って頭を下げた。
「さて……それじゃあ僕の番だね」
事件を追う冒険者や酒場の主人などに話を聞き、拾い集めた情報を語りだす。
「事件の始まりはおおよそ二ヶ月ほど前からで、狙われているのは女性。それも、見目麗しい、という言葉が頭につくような女性ばかり……らしい」
「ま、その辺は珍しい話じゃあないわな。違法奴隷とかで欲しい奴は山ほど居るだろ」
「違法奴隷って……なんか変な言い回しね。それじゃ、合法な奴隷もあるように聞こえるけど」
「なにを――って、そうか。レンさんは転移者だしね、知らないのは無理もないかな。転移者の多くがイメージする奴隷って古いタイプだって話は時々聞くし」
軽く説明しておいた方がいいだろうな、と思う。
誤解させたまま、健全な奴隷商に襲いかかったら目も当てられない。
「現在の大陸における奴隷っていうのはね、自分の体と技能を、『自分の意思で』売りに出している人のことを言うんだよ」
培った技能を売り物に、自分を一定期間レンタルする――それが現在の奴隷のシステムである。
期間中はその人間は買い手の所有物となり、その技能を全て買い手に捧げることとなる。家政婦の技能を売りに出した者は主の屋敷で仕事を行い、剣の技能を売りに出した者は主のために戦う義務が生まれるのだ。
逆に買い手は、期間終了までに奴隷の体を維持するため、衣食住を賄う義務が生まれる。
そして何よりも古いタイプのモノと違う点は――奴隷が買い手を拒否できる点だ。
「仮にニールが奴隷だとするよ」
「おい、そこでなんで俺を出すんだ」
話の腰を折る輩は無視する。
「そんな彼に対して、『見た目が好みだから専用の男娼になってくれ』みたいなことを言う女が居たら、断ることが可能なんだ。『うるせえ、俺は剣に躁を捧げてるんだよ帰れ』――みたいにね」
「おいカルナお前ぇ! なんかたとえ話に悪意あんだろ!」
雑音は無視しながらも、奴隷売買は奴隷と購入者が会話し値段や期間、販売する技能を話し合い両者が合意した場合のみ成立する――ということを説明する。
もはや奴隷を『買う』と言うよりは、『雇う』と言った方が正しいだろう。本来の意味とは別物とすら言える。
しかし奴隷という単語は大陸の民に浸透しており、他の名前を使ってもすぐに浸透しなかったため、名前だけは流用したのだそうだ。
「でも、そんなの適当に話を合わせればいいんじゃない? 家の中に閉じ込めちゃえば、どうとでもなるんだから」
「奴隷商によって違うけど……定期的に売った奴隷と面談したり、購入者の家を訪問したりして確認を取ってるんだ」
そういう部分が雑な奴隷商には、あまり奴隷が寄り付かない。
誰だって期限付きとはいえ人生を捧げる相手は選びたいし、契約を履行されることを望む。自分の尊厳を奪われる可能性は、出来る限り避けたいのだ。
「もちろん、奴隷商に金を積んで黙らせて、後は自分の好きなように――って奴も居るんだけど……ね」
己の欲望の捌け口としての奴隷の需要は、やはり多い。
だからこそ、奴隷商と交渉し家事などの技能を売っている見目麗しい女を非合法に買い取ったり――違法な奴隷を求めたりするのだ。
「女を拐って、それを秘密裏に売りさばく――そんな商売はいくつも存在するんだ。騎士や兵士が壊滅させても、冒険者が助けだしても――真夏の雑草みたいに生えて、育つ」
実際、カルナやニールもその手の依頼を受けたことがある。商人や貴族の屋敷に押し入り、若い女や男を助け――場合によっては亡骸の回収なども行った。
違法奴隷に関わった者は死罪だ。売った者も、買った者も。それでも、違法奴隷は無くならない。
合法奴隷の中の性交を認めた奴隷や、娼婦などは存在する。しかし、それでも足りぬと言うように需要も供給も絶えないのだ。
(胸糞悪い話ではあるけど――分からない話ではないしね)
男を知らぬ生娘を手篭めにし、自分の色に染め上げたい――そんな欲望がない、と言えば嘘になる。
カルナとて男だ。好みの女が居て、全くそんな気分にならない、などとは言えない。実際、ノーラの胸を触りたいなと考えたのは一度や二度ではないのだ。
だが、それを許さぬのが社会であるし、それを抑えて生きていくのが人間という種族だ。欲望のままに生きるのなら、町などで暮らさず平野でも駆けまわっていればいい。
「――話を戻そうか。そいつらは、騎士団の目を掻い潜って女を拐っていた。最初の頃は、そこまで大規模な誘拐じゃあなかったらしい」
多くても四、五人。場合によっては一人。その程度の規模で誘拐は行われていたらしい。
少数精鋭で女を攫い、自分たちで利用するなり誰かに売り飛ばすなりしていたようだ。
実際、その頃は目撃証言も少なく、あったとしても『女が裏路地に連れ込まれ、慌てて追いかけたが女も誘拐犯もどこにも居なかった』というものばかりである。
「けど、騎士団が西に――レゾン・デイトルに向かった辺りから、人を増やしたらしいね。話を聞いた冒険者たちからも、その当たりから誘拐の現場を見つけたっていう人が増えてきた」
女が悲鳴を上げるのを目撃したとか、誘拐しようとして返り討ちに遭ったチンピラが居るとか、そういった証言が増えているのだ。
その頃から複数人で女を路地裏に引きずり込んだ痕跡などが出始めている。数は多くなったが、誘拐犯の質は一気に落ちたのだ。
「確かに、アレックスも木っ端のクズは捕まえた……みてえなこと言ってたな」
「うん。冒険者の方でも、そのぐらいから誘拐犯を捕縛した、っていう人が増え始めている」
だが、トカゲが尻尾を切断し捕食者から逃げるように――主犯たちに手が届かない。
「捕まった連中は、そもそも女をどこに囚えているかどうかも知らないらしい。女を拐ってしばらく経つと、恐ろしい存在が女と金を交換してくれるんだとさ」
「恐ろしい存在って……随分と曖昧な言葉ね」
せめて男か女かとか、そんな情報はないの? と連翹が問う。
カルナはその言葉を「もっともだ」と思いつつ、首を横に振った。
「捕まった連中が喋らないんだ。情報を流したのがバレて、その恐ろしい誰かとやらを敵に回すことが怖いらしくてね」
「……情報提供すれば、罪が多少軽くなったり、牢での扱いが良くなるって聞くんだが」
それに、兵士たちも尋問する際に、拷問をためらわないだろう。冒険者だって同じだ。
これがもっと軽い罪ならまだしも、誘拐であり、違法奴隷に関わった罪である。ためらう理由もない。兵士や騎士は職務や正義感のために、冒険者は情報提供で貰える幾らかの金のために。
罪人である連中も、刑が執行されるまで痛めつけられるよりは、牢の中で過ごす方がマシだと思うはずだ。
だから、末端程度の連中が知ってる情報というのは、案外すぐに集まるのだ――本来ならば。
「うん。騎士や兵士よりも、その恐ろしい誰かの方がずっと怖い、らしい」
もし喋ったら、奴は必ず殺しにやって来る。
牢の中だろうが、何千の兵士と騎士が存在する砦だろうと、関係ない。
奴は自分に不利益をもたらした人間を、絶対に許さない。何人巻き添えにしようとも、自分を殺しにやって来る。
「……って、さ。一応言っておくけれど、これは冒険者や宿の店主から聞いた話だ。僕が聞いてみて、あからさまな嘘なんかは外してある。でも、完璧ではないかもしれない」
それが、カルナの心に不安をもたらす。
自分は誤情報に踊らされていて、今語ったことを前提に行動したら罠にかかって殺されるか、無駄な時間をかけて誘拐犯たちを逃すのではないか――そんな風に考えてしまう。
(――やめだ、やめ)
ネガティブになっていく思考を打ち払うように溜息を吐き、手元のカップを口元に寄せた。
長々と喋り乾いた喉を、コーヒーで湿らせていく。若干ぬるくなったものの温かいそれは、心地良い苦味と共に喉を潤すが、不安と恐怖で乾きひび割れる心までは潤せない。
全くなんて弱気な男だ、と内心で自分に毒づいた。
「お前がそこそこ信ぴょう性がある、って思ったんだろ? なら、大体真実だって考えようぜ。これ以上時間かけて悩んだり情報収集したりして完璧になる、って類のモノでもねえだろ」
いや、そんなことはないと思うけどなあ――と溜息を吐く。
実際、カルナが調べた時間帯は早朝から朝にかけてであり、まだまだ寝ている冒険者も多い。なら、昼なり夜なりにもう一度情報収集すれば精度は高くなるのではないかと思うのだ。
「……でもまあ、完璧を目指すよりも拙速を目指した方がいいよね、今回は」
情報をこねくり回して完璧にしたとしても、その間にノーラが売りさばかれたら全く意味がない。
多少のミスは存在すると仮定しつつも大胆に行動すべきだろう。
「それで、ここまで聞いたけど――実際どうすればいいのよ?」
「それを今から考えんだよ。そのための情報の共有だろうが」
(さて、その通りではあるんだけれど――)
実際、どうすればいいのか。
牢屋に行って、捕まった連中に話を聞く――のは、たぶん無駄だ。
もしかしたら情報は得られるかもしれないが、騎士や兵士が拷問してもひねり出せなかった情報を、自分たちが引き出せるとは思えない。しょせん自分たちは冒険者で――
「……そうだ」
――そうでない者が、すぐ近くに居るではないか。
「……な、なに……? そんなに熱心に見つめても、服とかは透けないわよ……?」
「待って! ねえ待ってお願い! 君は僕をなんだと思ってるのかなぁ!?」
胸元を両手で隠しながら、じりじりと後ずさりするのはやめて欲しいとカルナは強く思う。そのリアクションは地味に傷つく。
「いやだって貴方、時々ノーラの胸元に視線が行くし――おっぱい大好きそうな臭いがぷんぷんとするのよね」
いや、君みたいな薄い胸は興味の範囲外だから安心してよ――とは言わない。
ナルキで出会った反面教師三人組から培った常識フィルターが、それを口に出すと色々致命的だと教えてくれるのだ。
嗚呼。ありがとう、ニール、ヌイーオ、ヤル。尊敬はしないし、いい加減お前ら学べよとは思うけれど、感謝だけはしといてあげるよ――と。本人たちの前で言ったら追いかけっこ大会が開催されそうな事を考える。
「……うん、まあ、それは否定しないけど、男なんだしある程度は仕方ないと弁明させてもらうよ! そんなことより、君に頼みたいことがあるんだ」
「……この会話の流れで君に頼みたい、だなんて――何を要求するつもりよ、いやらしいわね!」
「そういう発想が出る君の方がいやらしいと思うなぁ僕は! ……真面目な話さ。たぶん、ここに居る中で君にしかできないことだと思う」
そう言うと、連翹は「え?」と小さく驚き――照れたように頬を掻きながら、視線をあさっての方向に向けた。
「な、なによ? ええ、まあ、そりゃあたしは強くて強くて、そして何より強いっていう三拍子揃った最強な転移者だし、あたしの力が必要だってのは理解できるけど」
それって一つだよ揃ってないよ超単体だよ――とは言わない。
『君にしかできないこと』、そう言われた瞬間の驚きと、理解が及んだ瞬間に浮かべた嬉しそうに照れる顔。それを見て、水を差したくないと思ったからだ。
(特別でありたい、って欲求が強いのかな)
気持ちは分からないでもない。
カルナとて、『魔法使いなら誰でもいい』と言われるよりは、『カルナ・カンパニュラ、君の魔法の腕を貸して欲しい』などと言われた方が嬉しいし頑張る気になるのだから。
「それで? あたしは何をすればいいの? 安心しなさい! 期待に応えるどころか、斜め上の成果を叩き出すのが転移者とか転生者とかそういう存在なんだから!」
「で、カルナ。こいつに何が出来るんだ? 正直、今回は力技でどうにかなる話じゃねえだろ」
ニールの言い分も、まあもっともと言えばもっともだ。どれだけ強くても、それで人探しが上手く行くワケではないのだから。
しかし、現状で一つ、力技でどうにかなる部分がある。
「牢屋に行こう。そこで、捕まったチンピラ共に、レンさんの力を思いっきり見せつけてやって欲しい」
そう、連中は誘拐犯の中の誰かを恐れ、殺されるのが嫌だから口をつぐんでいる。絶対的な恐怖が、彼らを縛っているのだ。
ならば、やることは簡単だ。
「恐怖は恐怖で塗り替える。レンさんの力で、連中の口を割って欲しいんだ」
片桐連翹という少女の方が怖いのだ――と。
お前が恐れている誰かよりもずっと恐ろしい転移者の彼女が、黙秘を続けるお前を殺すのだと。




