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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
誘拐と違法奴隷
30/288

27/情報収集1


 早朝。

 ニールが剣を片手に「騎士の鍛錬に混ぜてもらえねえかな」などと考えながら動き出し、カルナが未だベッドで深い眠りに落ちている頃だ。

 夜が終わり、人の営みの音が僅かに漏れだすその静かな時間。突如としてズガン! という轟音と共に扉を蹴破った連翹がニールたちの部屋に侵入して来た。

 

「うわあ!? な、なに、何!?」


 寝ぼけ眼で叫びつつも、右手は魔導書を掴みいつでも魔法を詠唱できる体勢に入っているカルナに感心しつつ、瞳を半眼にして連翹を睨む。


「おい連翹お前、何の用かは知らねえけど、もっと静かに来られねえのかよ。まだ早朝だぞ、オイ」

 

 ――なんだお前、夜這いならぬ朝這いか? 朝っぱらから欲求不満なのか? 

 そんな言葉を続けて吐こうとして、しかし真剣な目で部屋の中を見回す姿を見て放り捨てた。


「……レンさん。まさか、ノーラさんに何かあったの?」


 カルナの言葉に、「なるほどな」と思う。

 何かを探すような視線に、物取に大切なモノを取られたのか――とも思ったが、その場合慌ただしく探す中でノーラも起きて連翹と行動を共にしているはずだ。

 ならば、答えは一つだ。


「……ノーラが、戻ってこないの、昨日、公衆浴場で別れてから、ずっと」


(そんな前からかよ!)


 こんな朝までお前なにしてやがった馬鹿女、と怒鳴りつけるべく彼女の顔を見て――口を閉ざす。

 荒い息を吐く彼女の眼の下には、蓄積した疲労が隈として浮き出ている。それを見て、ああ、いくら転移者といえども疲労をゼロにすることは出来ないのだな、と理解する。

 きっと、居なくなったことを確信した時から女王都を駆けずり回っていたのだろう。

 ゆえに、吐きかけた言葉を飲み込み、別の言葉を叫ぶ。

 

「アホかお前、ンな理由あんならとっとと俺らを叩き起こせ!」

 

 荷物を漁り、装備を整えていく。

 夜遊びが好きな女ならば、ふらふらと遊んで気づいたら朝になっていた、という線もあるだろう。

 しかし、ノーラはそういうタイプではない。好奇心は強めで、見た目ほど大人しいタイプではないものの、しかし連翹を放って遊び呆けるような人間でもないのだ。

 

(十中八九、なんかに巻き込まれた!)


 その「なんか」がどういった類のモノかは不明だが、真っ当なことではないはずだ。

 でなければ、ノーラ・ホワイトスターという少女が仲の良い女を置いて朝まで帰らないはずがない。短い付き合いだが、そのくらいは分かる。

 ゆえに必要なモノは偶然はち合わせた際に使うであろう武器、そして何よりも情報だ。


「カルナ! どうする!?」

「ニール! 君はアレックスさんとか他の騎士に話を聞いてきて! 僕は冒険者ギルドに寄ってから、いくつかの冒険者用の酒場に寄ってみる!」


 その後、もう一度ここで落ち合おう! と。

 漆黒のローブに着替えたカルナは、慌ただしく外に飛び出していく。

 

「あ……あ、あたし、は」

「装備整えた後、ここで待ってろ! 後で叩き起こしてやるから、寝てても問題ねえ! とりあえず体休めろ、いいな!」

「でもっ、そんな悠長な――」

「いざって時に弱ってたら邪魔なんだよ、いいから寝てろ!」


 返答を待たず、部屋を飛び出る。

 早朝から階段を慌ただしく駆け下りていくニールの姿に、僅かに顔を顰める宿の店主。それに「おっさん、悪い!」と告げながら外に飛び出した。

 

     ◇


『冒険者ギルド』


 それは様々な仕事を行う大陸冒険者が、そして新たな島や大陸を探す海洋冒険者が利用する組合だ。

 とは言うものの、冒険者個人が利用することはあまり多くはない。あくまで『冒険者』という集団を助け、保護し、時として罰するための存在だからだ。個人の場合は、ギルドと提携した酒場を利用するのがほとんどである。

 それでも個人が利用することが皆無、というわけではない。

 クエストも受けようと思えばここから受けられるし、何より未解決、解決済み問わずその地域で発生したクエストの記録を閲覧することができる。

 もっと強くなり、仕事をこなし、有名になれば別の使い道もあるのだろうが――一般的な冒険者は冒険者登録以降『仕事も請け負える冒険者用の図書館』程度の認識で利用していた。 

 そして、今回カルナが利用する理由もそれであった。


「すみません、もうやってますよね!」


 カルナは無作法とは思いつつも、飛び込むように冒険者ギルドの建物に入った。バアン! という耳障りな音が、早朝の静かな室内を震わせる。

 ギルド内部は古く、使い込まれてはいるものの清潔な印象だ。磨かれたタイルの床に、職員と利用者を区切る木製のカウンターは何年も使っているだろうに不潔な印象はない。

 

「はい、大丈夫ですよ。どうなされましたか?」


 カルナの声に気づいた男が近寄ってくる。

 黒いスーツに同色のマントを羽織り、羽飾りのついた帽子を被っていた。胸元には剣を掲げた乙女を模った、金色のバッチをつけている。

 それらはギルド職員の制服。彼が大陸の冒険者をサポートするギルド職員であることの証だ。

 

「朝早くにすみません、クエストを閲覧させてくれますか?」

「ええ、もちろんです。何かご要望はありますか?」


 クエスト、と一言で言ってもその内容は千差万別だ。

 しかし、それでもある程度のジャンルに別けることは出来る。


 依頼人を守る『護衛』、

 魔物を倒す『討伐』、

 人工ダンジョン内部などでモンスターが溜め込んだ素材を集める『採取』、

 戦力増強のために冒険者を雇う『傭兵』、

 飲食店などが短期で皿洗いなどの仕事を任せる『労働』、

 そして、


「『探索』でお願いします」


 人、物、動物、魔物――あらゆる物を探し依頼人の元に届ける『探索』だ。


「分かりました、少々お待ちください」


 頭を下げてクエストのファイルを探し始める職員を見つめながら、カルナは拳に力を込めた。

 もしも。

 もしもノーラを拐った――のだろう、きっと。殺してるとは思いたくはない――者が似たような犯行を繰り返していたら、クエストに痕跡が残る。

 モンスターの数が増えれば討伐クエストが増えるのと同じように、人が何度も居なくなれば探索のクエストが増えるのだ。 


(……突発的な犯行なら、いいのだけど)


 そんな痕跡が無いことを、ただただ祈る。


 そこらのチンピラがノーラを金目的、体目的で拐ったのなら――まだいい。

 もちろん、後者だった場合ノーラの心に深い傷をつけることになるだろう。

 そうなったノーラを想像し、拳を更に強く握りしめる。嫌な気分だ。しかし、最低でも、最悪でもない。 

 なぜなら、そんな短絡的な人間の犯行など、すぐに明るみに出るからだ。すぐ助け出せるからだ。

 他の町や村ならともかく、ここは女王都だ。質の良い冒険者も多く、騎士団も常に街を見まわっている。女王都の外に連れ出そうにも、外に繋がる門では荷物などのチェックはしっかりと行われている。チンピラ風情が犯罪を完遂できる街ではないのだ。

 そして何より、短絡的な者が行いやすい『口封じに殺す』という行動も、神官であるノーラなら回避できる可能性がある。治癒の奇跡は魔法と違い、詠唱は必須ではないため、相手が「殺せた」と安心し背を向けている間に自分の体を癒やすこともできるはずだ。


(……最後は希望的観測かもしれないけど、ね。でも、多少は希望は持てる)


 だが、もしも。

 もしも、そういったことを生業にしている集団がいたら。

 蜘蛛が如く街に巣を張り、定期的に狩りを行っていたとしたら。

 

 それは最悪だ。

 それは最低だ。

 

(なぜなら――騎士団や冒険者の目から逃れ、犯行を継続して行える実力があるってことだから)


 複数のクエストが出る程度に、この街で暗躍していることの証明なのだから――救うのが非常に困難になる。

 

「お待たせしました」

「……はい、ありがとうございます」


 受け取りながら口だけで礼の言葉を言うと、すぐさまクエストの内容を確認していく。

『子供の猫探し』といった小さなモノや、『俺を好きになってくれるロリ顔巨乳の嫁探し』などという頭が湧いてるとしか思えない内容を読み飛ばす。というか後者のコレはなんだ。依頼日は今年の夏頃らしいが、こんな無茶な依頼を出す馬鹿は一体どんな顔をしているのかどうでもいい事が気になってくる。


(馬鹿か僕は、集中しろ集中)


 普段は起きていない時間だからか、思考が鈍っているのかもしれない。

 両頬をパン! と叩き思考を覚醒。クエストを閲覧し――顔を顰めた。


「――ああ、くっそ。最悪だなぁ本当に」

 

 先程目に入ったどうでもいい依頼から少し後――今から二ヶ月前ぐらいの頃からだ。


『娘の捜索』『婚約者の捜索』『妹の捜索』『姉の捜索』『母の捜索』『メイドの捜索』『奴隷の捜索』

 

 ずらり、ずらり、ずらり――と。

『女』が失踪したため、それを探して欲しいという未解決のクエストが山のように出されていた。

 

(冗談じゃあないぞ、これ。他の街ならともかく、女王都でこれはどういうことなんだ……!?)

 

 家出や駆け落ちなどで失踪する人間は、確かに居る。

 実際、少し前までなら家出娘が若干多い、程度だ。誤差といってもいいくらいだ。

 しかし、ここ最近のペースは異常だ。特に――騎士団がレゾン・デイトルに遠征した頃から、失踪の数は一気に加速している。


(元々、隠れながら浚える力量があって、さらに最近常駐している騎士の数が減ったから、これ幸いにと狩ってるわけか)

 

 想像していた最低よりも、ずっとずっと奥底に存在する最低だ、とカルナは内心で吐き捨てた。

 眠気が失せたが焦燥は増していく。街中を走り回ってノーラの名を叫びまわりたい衝動に駆られる。

 

「……ありがとうございました」


 だが、その衝動を殺し、当初の予定通り冒険者の酒場を巡ることを優先する。

 叫びまわったところで意味は無いし、そんな事で助け出せるのなら、昨夜の内に連翹はノーラを救っていたはずだ。

 

(情報を。とにかく情報を集めないといけない)


 ギルドに情報は多いが、しかしそれは図書館のような情報だ。学ぶべきことは多いが、この場合はあまり有用ではない。

 今必要なのは生きた情報、新鮮な情報、女王都を拠点とした冒険者が感じ取った感覚的な情報だ。ここに長居しても、あまり大きな収穫は期待できない。


(そうだ、感情的になるのはやるべきことをやった後でいい)


 今はただ自分が出来る範囲で情報を集め、ノーラに繋がる道筋を作るだけだ。

 一人頷き、カルナは駆けた。

 ノーラを拐った集団が販売目的で女を拐う連中であれば、時間をかければかけるほど致命的になる。

 焦ることなく、しかし急いで情報を探す必要があった。

 

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