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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
女王都へ
29/288

26/大衆浴場がーるずたいむ

 

 脱衣所に入り、セーラー服の上を脱いだ。

 籠の中に入れるとカシャンという金属音が鳴る。肩や胸元を金属などで補強しているためだ。

 最初はこちらの世界の服を着ようかと思ったのだが、昔好きで見ていたアニメで主人公が序盤に制服を強化したような鎧を着ていたことを思い出したため、職人に頼んで改造してもらったのだ。

 そうだ、この世界の衣服を作る職人たちは、思った以上に腕がいい。

 セーラー服を壊さずしっかり加工する技術であったり、他の衣服であったり――そして何より下着だ。

 

「よいしょ、っと」


 スカートを脱ぎながら、こちらの世界に来てから購入した下着を見つめる。

 ほっそりとした己の尻肉を包む白い布地は、地球のパンツと大差はないと連翹は思う。ピッタリとフィットし、なおかつ肌触りもよくて、当時履いていた地球製の安物よりずっと上等なくらいだ。

 

(ドロワーズとかならまだしも……スカートの下は何も履かないのが当たり前だった時代もあったらしいしね)


 ノーパンが当たり前の異世界に転移させられたら、発狂する自信がある。羞恥的な面もあるが、そういうのが当たり前な時代は衛生面も酷かったはずだ。二重の意味で狂い死にそう。

 そもそも、スカートだって無防備な気がするのに、その最終防衛ラインである下着が無いなどと考えたくもない。

 下着があることの有り難みを噛み締めながら脱いだスカートを脱衣籠に放る。次は下着、と思いながら己の胸を保護するブラジャーに手をかけ――途中で、むうと唸る。

 そろそろもっと大きくなるべきだと思うそこは、この世界に来た十四歳頃から誤差程度にしか増えていない。板や壁と形容する程の平らさではないが、しかし山や丘と表現するには平たすぎる――そんな微妙な貧しさだ。


「レンちゃん、どうかしたんですか?」


 こういう中途半端な小ささが一番負けた気がするのよ――と、親の仇が如く己の胸を睨みつける連翹を見て、隣で着替えるノーラが気遣わしげに問う。その顔の下に、それはあった。


 胸。

 乳房。

 呼び方は色々あるが、桃色の下着に包まれている眼前のそれを、ここはあえておっぱいと呼称したい。

 

 おっぱいという単語に込められた柔らかそうな響きは、他の言葉にはない温かみがあると思うのだ。

 そして、そのおっぱいだが――山とか丘とかそういう形容が多いものの、しかし連翹は目の前のそれを見て、ウォールクライミングなどで足場や持ち手などに使うホールド部分を連想した。

 垂直の壁に存在する丸みを帯びたモノであり、誰もが必死に手を伸ばす存在。それこそがおっぱいなのではないだろうか?

 じゃあ、自分のそれはなんなんだろう……? 

 そう思考した瞬間、連翹は体の力を解き放った!


「ふおおおおぉぉっ! 溢れろチートっ! 轟けあたしの胸っ! オーラを出して筋肉が膨れ上がる漫画のアレみたいに、力を増大させればおっぱいもなんやかんやなアレで大きくなるはず――!」

「レンちゃん? レンちゃん!? なんだか知りませんけど、公共の場で気とか魔力とか放出するのは止めましょうよぉ!」


 肩を掴んでガクガクと揺さぶられるが、知ったことではない。

 というか、揺さぶる度にノーラの豊満な丸みが体にぶつかるので、余計に胸への憧れが噴出する――! ああ、なんで同じ女でここまで違う!

 

「アンタらなに騒いでるんだい。合格して嬉しいのかもしれないけど、他所様に迷惑はかけるんじゃないよ」

「あ、マリアンさん」


 どれだけ力を開放しても胸は膨らまないという事実を実感した頃に、背後から声をかけられた。

 振り向くと胸――というより胸板が見える。分厚いそれを見て、一瞬男性が紛れているのかと思ったが、慌てて確認した顔は女性的だ。


(確か、ノーラと話してた神官……神官? どっちかと言えばアマゾネスとかの方が正しそうなんだけど)


 別に男のような容姿というワケではない。そばかすこそ目立つものの、顔立ちは美人の範疇だとは思う。

 艷やかではあるが首筋で乱雑に結んだ金の髪とか、筋肉質な体と立ち居振る舞いがあまり女性らしくない。

 ビキニアーマーとか着て斧とか振り回す方が似合ってるような気がするなあ、と思ってしまう。


「あ、そういえば名乗ってませんでしたね、わたしは――」

「ノーラだろう。そっちの子が、確か連翹だったか」

 

 アンタたちは目立ってたからねえ、とマリアンはからからと笑った。

 それが、少しだけ嬉しい。他人に認められ、名を覚えてもらうと胸が一杯になるのだ。

 

「ええ、そうよ。あたしの名前を覚えるなんて、貴女はきっと本能的に長寿タイプね! 風呂あがりに飲み物を奢ったげるわ!」

「どこの訛りだい、それ。ま、くれるって言うならありがたく頂くがね」

 

 呵々と笑うマリアンが浴場への扉を開く。

 石材で作られて壁は透き通るように白く、同色で造られた柱や石像なども相まってファンタジーの神殿か何かに見えた。連翹の常識では、中央にある満たされた湯とそこに入る人々を見なければ大衆浴場と認識できなかっただろう。


(そういえば、昔のローマもそんな感じだったはずよね)


 昔、風呂を題材にした漫画を読み、ネットで検索したことを思い出す。

 日本人の連翹が見て神殿にすら見える荘厳な雰囲気のモノから、スーパー銭湯か何かのように大規模娯楽施設めいたモノまで様々で、仮にタイムスリップして英雄になるなら古代ローマ一択よねなどと考えたものだ。

 下着を籠に入れ、自分もノーラと共に浴場へ向かう。

 複数置いてある桶を一つ貰い、そのままかけ湯用の浴槽の湯をすくって頭から体にかける。


「ふうっ……」


 眠かった時は入らなくてもいいや、などと思ったが……やはりお風呂はいいなぁ、と連翹は微笑む。

 体の疲れが汚れと共に流れていく感覚は、他では味わえないモノだと思う。一度、「お風呂よりファンタジーっぽいから」という理由で泉で体を洗ってみたが、あまり疲れは取れなかった。もちろん、あれはあれでプールみたいで楽しかったのだが。

 やはり温かいというのは全てに勝る。食事にしろ、湯にしろ、温かいモノには疲れた体を癒やす魔力が秘められているのだ。

 

「わあ……」


 水気を含んだ黒髪を撫でるように整えていると、ノーラが感嘆の声と共にこちらに視線を向けていることに気づいた。

 なんだろう、と思う。自分で自分を醜女などと言うつもりはないけれど、しかし他人から羨ましがられる美女と自惚れてはいないのだ。こんな風に見られる理由が思いつかない。


「やっぱりレンちゃんって綺麗ですね。白い肌に、その艶やかな黒い髪……少し憧れちゃいます」

「そう? あたしはノーラの髪の方が羨ましいけどね」


 なにせピンク色の髪だ。

 アニメやゲームなどではよくある色だが、しかし現実ではコスプレ用カツラかヘアカラーで染めたようなモノしか見たことがない。そしてそういうのは大体、作り物臭さが抜けず似合わないのだ。

 けれど、ノーラのそれは自然が生み出した彩色であり、人工物臭さは皆無。お湯をかぶり水気を吸った桃色の髪が生み出すグラデーションは綺麗で女性らしくて、連翹はとても羨ましく思う。

 

「わたしの、ですか? 別に珍しいモノじゃないですよ?」

「こっちだってそうよ、あたしが住んでた場所なんてほぼ全員が黒髪だったんだから。むしろ黒髪じゃあつまらない、ってお洒落とかに敏感の人は別の色に染めてたくらいだもの」

 

 連翹も染める気はなかったものの、なんで綺麗なブロンドヘアーで産まれなかったんだろう、と思ったことがある。白人コンプレックスと笑われるかもしれないが、しかし人間は自分に無い何かに憧れるモノだ。


「もったいないですね、それ。こんなに綺麗な色なのに」

「ありがと。でも、あたしから見ればノーラのだってすっごく綺麗よ」


 破れやすい紙を触るような丁重さで、ノーラの髪を指でとかす。指の間でさらさらと流れていく桃色の髪を愛おしげに愛撫する。


「んっ……レンちゃん」

(――なんだろう、これ)


 やばい。

 なにがかは知らないが、やばい。

 髪の毛を触っているだけなのに、湯の熱で微かに火照ったノーラの顔を見ていると、なにか非常にいやらしいことをしている気分になってくる。

 

「もう、レンちゃんばっかりずるいですよ」

 

 されるがままだったノーラは、少しだけ不満そうな顔をして一歩踏み出し、連翹の髪に触れた。

 髪を撫でる、柔らかい指の感触が伝わる。しかし、それ以上に――かすかに胸元に振れる柔らかなおっぱいの感触が脳を震わせた。

 ふわ、ふわ、と己の胸を愛撫するように振れるたわわな果実に、思考が蕩けそうになる。

 

(落ち着きなさい、冷静になりなさい片桐連翹。落ち着いてここにキマシタワーを建てて……)


 違う。

 そうじゃない。

 自分はノーマルだ。

 

「アンタら、いつまでもじゃれあってないで湯に浸かりなさい湯に。風邪引いちまうよ」

「そうですね、行きましょうか」

「え!? あ、うん、そうね、うん!」

 

 ノーラに手を引かれ、湯船へと誘われる。

 そういったなんでもない行動によって、なぜだか胸が満たされていくのだ。

 一瞬、本気で自分がノーラに対して恋慕の感情を抱いてしまったのか、と思い冷汗が出る。が、しかしそういうモノではない。言葉にできず、説明を求められても答えられないが、しかし確かに違うモノだと連翹は認識した。

 

「ふう……んああー」


 暖かな湯に体を預けると、快感の声がこぼれるように口から出た。

 一日を過ごす中で知らず知らずの内に溜め込んだ疲労などが、全て溶け落ちて行く感覚。湯に浸かるという行為は、体の洗浄である以上に魂の洗浄なのだと思う。

 

「ねえ、ノーラ。西に行くまでまだ日にちはあるし、明日にでもどこか食事でも行かない」

「あ、いいですね。わたし、浴場に行くまでの間にあった酒場とかが凄い気になってて……!」

「……ああ、うん。悪くはないんだけど、なんかもっと別のところ探さない?」


 見た目ふわふわしているのに、予想以上に肉食系かつ飲兵衛で反応に困る。

 別に連翹だって肉が嫌いなワケではないが、女の子と一緒に入るべき店は紅茶とかケーキとかを出す店だと思うのだ。

 甘いケーキを口にしながら、紅茶の香りを楽しむ――そういうのに、少し憧れる。地球に居た頃は、ファミレスでケーキを頼んでドリンクバーから紅茶を取ってくるくらいだったからだろうか。

 

「レンちゃんと遊ぶのもいいですけど、わたしは少し武器を探してみたいですね」

「武器?」

「ええ。自分の身は自分で――というのは素人なので無理でしょうけど、せめて自分が襲われた時に時間稼ぎが出来る程度にはしておきたくて」

 

 そっか、と頷きつつも「そんな必要ないのに」と思う。

 なんたって自分は最強だ。自分が居る限りは敵なんて鎧袖一触で倒せるのだから、無駄な努力なんてする必要はない。

 けれど、


(まあ、それでノーラが安心するならそれでもいいのかしら)


 だから、ここで否と言わず一歩引くのが大人の醍醐味ってヤツね、と一人うんうんと頷く。

 こうやって安心させることで、改めて片桐連翹という人間の凄さを認識させればいい。

 

「じゃあ、弓とか――ナイフとかがいいんじゃないの?」


 指をピン、と立てて意見する。

 やはり、ノーラのような女の子は後衛で矢を放ってサポートするべきではないかと思うのだ。

 ナイフはナイフで小さくて女の腕でも使えるし、きっとバッチリ――


「駄目だね、駄目駄目だ。どっちもこの子には合わないよ」


 ――と思ったのに、マリアンにバッサリと断ち切られた。


「……なによ、あたしの意見の何が悪いって言うのよ」

「弓ってのは案外力がいる武器だからね。昔から弓の練習をしていたならまだしも、ノーラみたいな素人が練習しても一朝一夕で扱えるものじゃないよ」


 ノーラみたいな小娘がいきなり始めて上手く扱えたら狩人は全員廃業さ、と言いながら伸びをするマリアンに、まあそれは確かにそうかと頷く。


「じゃあナイフは? ナイフなら力なんて要らないじゃない」

「刃物っては案外難しいモノなんだよ。上手く刃筋を立てないと切れないし、使い方が悪ければすぐに刃こぼれたり曲がったりする。でもそんなことより……なあ、ノーラ。お前は刃物を他人に遠慮無く叩きつけられるか? 肉を裂き、臓腑を抉れるか?」

 

 もっと言えば、殺すための武器を相手に振るえるか? とマリアンは問う。 

 ノーラはその言葉に、しばし考えこみ――首を横に振った。


「……駄目ですね。たぶん、刃物で誰かの肌を傷つける直前に、ためらってしまうと思います」

「だろう? 刃物ってのは、そういう意味で扱いづらい武器なんだ」


 自衛のためであろうと、相手を斬りつければ出血させるモノ。それが刃物だ。

 当たり前の話だ。だが、当たり前を完全に理解できている者が、一体どれほど多いというのか。

 血の赤は命の色。それが垂れ流される光景は、頭で理解しつつも恐怖を抱くモノなのだ。

 

 ああ、相手からあんなに血が出ている。

 自分は、なんてことをしてしまったのだろう――と。


 ノーラのような少女ならば尚更だ。

 斬りつける直前にためらい、傷つけた後に恐怖するなど、もはやかかし以外の何物でもない。

 ゆえに彼女は刃物を扱えない。技術云々ではなく、気質からして無理なのだろう。


 だから――


「鈍器、だね。なんだったらただの棒でもいい。これだって当たりどころが悪けりゃ死ぬけど、刃物よりはマシだろ。なんたって、ぶつけたって血が出ない」

「……なにそれ、なんかこう、見栄えが凄く悪いんだけど」

 

 山賊が持ってる棍棒みたいじゃない、と連翹が口を尖らせて文句を言う。ゲームでみた魔法使いの杖などの棒ならまだしも、ただ相手に叩きつけるだけの棒なんてかっこ悪いことこの上ない、とブーたれている。

 

「なに言ってんだい。つまりそれは、その程度の奴が使ってもそこそこ使える武器ってことじゃないかい」


 笑いながらマリアンは棒を振る真似をする。何も持っていないために風切り音は響かなかったが、もしも何かを持っていたら風圧が頬を叩いただろうなと思うくらいに力の入った動作だった。


「槍とかと一緒で、極めても強いが、素人が使ってもそこそこ強い武器なんだよ。そんでもって、槍なんて抱えて歩き回れるほど、ノーラに体力はなさそうだしね」


 ゆえに棒だ。

 もっと時間があれば別の武器を学ぶのもありだろうが、短時間かつ護身程度ならそれで十分だと言う。

 何より、刃物で相手の肌を切り裂くより、棒で叩く方が精神的に楽なのだ。無論、武器であり攻撃という行為である以上は刃物と同様に相手を殺す可能性は多々存在するため、この理屈は心を誤魔化すための詭弁だ。

 それでも前に進むために必要な詭弁なら有用であるし、何よりノーラはその詭弁を頭から信じこんで無闇に棒を振り回すような愚鈍ではないのだから問題はあるまい。

 

「そうですね……威力なんかは他の武器より劣りそうですけど、前に出て使うわけでもないですし、問題はなさそうです」

「そういうこった。ま、明日にでも自分の手に合うやつを探しとくといいさ」

「棍棒とかカッコ悪いけどなぁ……まあ、ノーラがいいならそれでいいわ。じゃあ、武器買うなら次は名前ね!」

「えっ?」

「はっ?」

「え? なに? あたし変なこと言った?」


 当然の理屈だろうと思うのに、なぜこんな「こいつ何言ってんだ?」という視線に晒されなければならないのだろう。

 

「武器に名前って……アンタ、なんのためにんなことを」

「なんのためって……カッコ良さのために決まってるでじゃない。名前がないと、武器を抜きながら『我が何々の切れ味をその身で味わうがいい!』って決め台詞を言えないのよ!」

「でもレンちゃん、ロード・ランナーと戦った時はそんなことしてなかったような」

「人語を解さない奴に言っても無駄じゃない。相手が聞けて、味方も聞ける――そんな状況が揃った時に初めて武器の真名を開帳できるのよ」


 本当は宿場町の酒場で真名を開帳しようと思っていたのだが、ニールの乱入で計画が狂ってしまった。

 本来なら、あそこから片桐連翹の名と剣の名が轟き始めたはずなのに。


「で、アンタの剣はなんて名前なんだい?」

「七大罪が一つ、暴食に呪われし魔剣――貪り食らうデバウラー黄金の鉄塊グラトニーよ」


 どうだ、と言わんばかりに胸を反る連翹だが、それに応える声は皆無であった。

 沈黙。


 なんだいその大層な名前は、だとか。

 なんでだろう、背中が痒くなる名前ですよねコレ、とか。


 そんな意味が込められた沈黙であった。

 その沈黙に晒された連翹はしばし無い胸を張っていたが――突如「うわあ!」と何かに気づいたのか頭を抱えてうずくまった。


「れ、レンちゃん、まあ、うん、趣味は色々だから――」

「痛恨! 痛恨よこのミスは! 口で言っても伝わるのはルビだけじゃないッ……! なんでもっと早く気付かなかったのあたし! 貪り食らう黄金の鉄塊が完全に無駄じゃない……ッ!」

「レンちゃん違う! 違うよぉ! わたしたちが黙ったのはそういうことじゃないからぁ!」

「大体、貪り食らうでデバウラ―ってのは理解できるんだけど、黄金の鉄塊で暴食グラトニーってどういうことなんだい……?」

「いや、それよりも、レンちゃんの剣って黄金色でも鉄塊って程分厚くもないですよね?」


 ――いや、違う! ツッコミ所はたぶんそこじゃない! 

 けどじゃあどこにツッコミを入れればいいのだろうか、と頭を抱えるノーラとマリアンを知ってか知らずか、連翹は自信ありげにその疑問に答える。


「何言ってるのよ、暴食と黄金の鉄の塊は切っても切れない関係でしょう? そして、暴食グラトニーの剣の上位互換がデバウラ―なの。ふふっ、ナイトを超越した転移者がその剣を持つと、光と闇と最強が備わり三位一体になる。逆に転移者以外が持つと頭がおかしくなって死ぬ……って寸法よ!」

「悪いね、あたしその剣を握ってすらいないのに、頭がおかしくなって死にそうだよ……」

「あたしの剣の恐ろしさを言葉だけで理解できるなんて、やっぱり貴女は本能的長寿タイプね。お風呂あがりの飲み物はしっかり奢ってあげるわ!」

「なんかわたしも頭が……先にあがって待ってますね」

 

 調子が悪いのだろうか、片手で顔を抑えながらノーラは湯船から出る。

 

「体を冷やさないようにねー」

 

 ひらひらと手を振りながら、徐々に湯船の底へと沈んでいく連翹。口まで浸かり、緩んだ表情でぶくぶくと泡を出した。

 

     ◇


 マリアンに冷えた牛乳を奢り、外にでる。

 火照った体を冷たい冬の風が撫でていく。普段なら顔を顰めるその冷たさも、芯まで温まった今ならむしろ気持ちいい。ずっとこの感覚に浸っていたいけれど、あと数分もしない内に寒さの方が強まって外にいることを後悔してしまうだろう。


「ノーラー! 待たせて悪かったわね、早く宿に戻りましょうー!」


 脱衣所に居なかったから、恐らくもう外に出ているのだろうと思い声を張り上げる。

 しかし、返事はない。


「……? ノーラー!? どこー!?」


 再び叫ぶも反応無し。

 もしかしてトイレに入っていて、入れ違いになったのだろうかと思い脱衣所に戻るが、しかしその姿は見えない。


「……もしかして、長湯し過ぎたのかしら。待たせすぎて、怒って先に戻ってるとか?」


 だとしたら謝った方がいいのだろうか、いや、しかし待っていると言ったのはノーラの方だし、先に帰ったことに怒るべきなのだろうか。

 というか、そもそも本当に宿に戻っているのだろうか、と考えながらぶるりと体を震わせた。ノーラを探す間に、すっかり湯冷めしてしまったのだ。


「うう……こういう時に携帯電話が無いと困るわ」

 

 待ち合わせの誤解だとか、用事があって先に帰ったとか、そういった話もできやしない。

 はあ、と溜息を吐いて宿に向かった。

 とりあえずこの場に居ないのは確かなワケだし、たぶんもう帰ってるのだろう。もしかしたら、とっくに布団に包まって寝ているかもしれない。


「もし本当にそうだったら、ちょっと文句言ってやらないとね……!」


 うんうん、と一人頷きながら宿の部屋に戻る。

 しかし、そこにノーラの姿は無い。公衆浴場に向かった時のまま、荷物が動かされた形跡もなかった。


「……もしかして、あたしの探し方が悪かったのかしら。まだ公衆浴場の前で待ってるとか……?」


 なにそれ二度手間じゃない、面倒くさい。

 そう思いながらまた公衆浴場へ向かうために宿から出る――胸の中に、ほんの小さな不安を抱きながら。

 

      ◇


 結局、ノーラは見つからず、宿に戻ることもなかった。


 深夜になって街の明かりが消えても、

 太陽が昇り人の営みが始まっても。

 

 ノーラが宿に戻ってくることはなかった。 


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