連合軍の軌跡
◆『生き字引』ミリアム・ニコチアナ/オルシジームギルドのエルフたち。
オルシジームに帰還したミリアムたちは、エルフの戦士と共同で国の治安を守っていくこととなる。
それは実力者の騎士と小回りの利く冒険者のあり方を参考にしつつも、冒険者よりも国の在り方に影響を与えていくこととなる。
実力もあり発言権もある集団という存在は目立ち、現政権に不満を持つ者たちが旗頭にしようとする動きはあったが、彼女らは不満を纏め改善案を提出するに留めていた。
「大人の腰が重いのはぼくも同感だけれどね。けど、強引に変えたところで誰もついて来ないよ。強引にでも変えなければならないのなら、話は別だけどね」
その言葉は、レゾン・デイトルの惨状を見た経験から出たモノなのだろう。
その言葉通り、オルシジームギルドという集団は国を力任せに変えること無く、しかし行動で得た発言権と信頼で動きの鈍い上層部の背中を押すに留めていた。
それから二百年後。
ミリアムたちはアルストロメリア女王国へ反乱軍と共に攻め込むこととなる。
かつて連合軍の一員としてアルストロメリアの騎士と共に戦ったオルシジームギルドの面々が反乱軍に与し、若き英雄と共に女王に剣を向けた事実は、当時の大陸に衝撃を与えたという。
彼女が残した言葉から察するに、強引にでも変えなければならないのだと確信したのだと思われる。
二つの大きな戦いを経験した彼女たちは、今もまだオルシジームで暮らしている。
新たなオルシジームギルドのエルフたちを見守り、ホワイトスター大学府に請われ当時の様子を語るなどして、楽しい老後を送っているようだ。
◆『鋼の竜の創造主』デレク・サイカス/『敏腕の細工師』アトラ・サイカス/工房サイカスのドワーフたち
彼らの創り出した鉄咆は、英雄カルナ・カンパニュラ、ファルコン・ヘルコニアが好んで使用した事実から大陸に一気に広まることとなる。
しかし、まだ一丁一丁のコストが高く、使用する者の大半は魔法使い――ドラゴンの咆哮と魔法を操る『ドラグーン』たちに留まった。
けれど、アトラが砲身に刻んだドラゴンの意匠は主に男性貴族の間で人気を博し、武器というより美術品という用途で購入されることの方が多かったという。
その結果、小さな工房にとっては十分すぎる程の仕事が舞い込み、当時の工房では慌ただしく走り回る彼らが見られた。
それから一年後、鉄咆を造る工房が増えたため仕事も落ち着いてくると、連合軍の旅で知り合った友人たちを呼び、楽しそうに酒を飲んだりして日々を楽しんでいたという記録が残っている。
デレクやアトラも同族と結婚したと酒の席で相手を紹介し、よく顔を出していたカルナ・カンパニュラを驚かせていたという。
そんな慌ただしくも楽しい日々を続け――連合軍を解散してから二十年後、デレクが亡くなることとなる。家族と共に大宴会をした翌日、満足そうな顔で冷たくなっていたという。ドワーフらしい死に方だ。
だが、葬式の参列者に悲しみや寂しさを抱く者は居ても、涙を流す者はいなかったという。
「鉄咆の先駆者になり、そんじゃそこらの鍛冶師には出来ねえ冒険をして、更に良い嫁さんも来た。悔いなんてねえなあ! 明日死んだっていいくらいだ!」
その理由は、最後の宴会でそんな風に笑う彼の姿を皆が覚えていたからかもしれない。
それからしばらくして、アトラは工房をデレクの息子に任せて旅に出た。かつて共に旅した連合軍の皆がいる場所に顔を出し、共に酒を飲み交わし、また次の場所へ。
「少し迷ったけれど――皆はわたしの、アトラの青春だから。最後にそれを見ておきたいと思ったの」
そう言って微笑んだという彼女は、最後に女王都でカルナたち四人と合流し、久方ぶりに語り合った後に帰宅。久々の家族団らんを楽しんだ後、静かに亡くなった。
その後、デレクとアトラの血縁者は孫の代までカルナとノーラと交流を続けたとされる。
◆『放浪剣士』ノエル・アカヅメ
連合軍が解散した後の彼は、ミリアムたちオルシジームギルドの面々を三十年ほど教導すると、一人旅に出たという。
日記を書きながら町や村を巡り、時にモンスターや悪党と切り結ぶその生き方は、多くの創作の元ネタとなった。現在では漫画、小説、ドラマ、映画――様々な媒体でノエルの物語を知ることが出来る。
最初こそ堅苦しい文章なのだが、徐々に表現が柔らかく、旅を楽しむ若人のような文体に変わっていくのが彼の性格の変遷を表しているというのが現代での通説だ。
また、彼が書き記した日記は当時の風俗を知る上で重要な資料となっており、後世の歴史家たちの助けとなった。
現代でも人気の高いノエルだが、一人で旅を続けていたためか実際に日記の場所に行ったかどうかは証明できていない。町や村の蔵書にノエルが訪れたことなどが記されている場合もあるが、町おこしのために捏造されている文献も多く、現代もあまり調査が進んでいない。
日記帳そのものも、後世の作家が書いた偽書ではないかという説もある。だが、それに関しては可能性が低いだろうとされている。
理由は三つ。
旅の発案者である片桐連翹に相談して決めたという日記帳のタイトル『とあるおっさんエルフの放浪記』という珍妙な題。
アルストロメリア女王国と反乱軍との戦いの最中、突如として現れ反乱軍に味方した白髪のエルフの剣士が現れたこと。
そして、ノエルの日記帳を発見したのが、アルストロメリア女王国を陥落させた後のミリアム・ニコチアナであるということ。
それらの要素が日記が本物であるという信憑性を高めている。ミリアムに日記帳を託したのだと。
だが、なぜ託したのかまでは判明しておらず、現代でも論争になっている。
けれど、とある村に残された村長の手記に、気になる文章が残っていた。
『日記帳は信頼できる者に渡した。かつて『私のようなおっさんが食べ歩きながら冒険する話が受ける』のだと、熱弁した娘がいてな。彼女には感謝しているが、あれは本当なのだろうか? まあいい、私はあれを書きながら旅するだけで楽しかった。ゆえに、私以外が楽しめんゴミであっても構わんよ』
このように、しばしの間、村に逗留していたノエルがそのように言っていた、という文章が残っているのだ。
信憑性の薄い文章ではある。
数多くある偽書の一つである可能性もある。
けれど、もしもこの記述が本物であったのなら、全ての説明がつくのかもしれない。
◆『流浪の架け橋』ファルコン・ヘルコニア
ニールに自分の名を出すように言った彼は、目論見通りに仕事が増えることとなる。
最初は計画通りだと笑っていたファルコンだったが、丸一年経っても名指しの依頼が減らないことに焦りを抱く。
「儲けたいとは思ってたが、馬車馬みてえに働きたいワケじゃねえんだよ!」
そう言い残し、彼は海洋冒険者に混じって新大陸探索に出かけてしまう。
その結果、彼が所属する海洋冒険者のパーティーが新大陸を見つけ、そこに住まう一部の友好的な獣人と魔族たちとアルストロメリア女王国の人間たちとの架け橋になってしまったのは彼にとっても予想外だったらしい。
その後、彼は頻繁に偽名を使って大陸と新大陸を適当にうろつきつつ、かつての仲間のピンチや祝い事には必ず駆けつけたという。
そのような生き方だったためか、ファルコン・ヘルコニアがいつどこで亡くなったのかは記録には残っていない。
ただ、複数の村や町に自称ファルコンの墓が存在し、今でもファルコンの聖地の祭りが各所で開催されている。
◆『勇者傭兵隊ドゥ・ガーン』ブライアン・カランコエ/キャロル・ミモザ/青葉薫
ブライアンはレゾン・デイトルとの戦いから二年後に、兵士を辞し傭兵団を立ち上げることとなる。
その中には力を失った転移者、青葉薫とインフィニット・カイザーも含まれていた。ブライアンは金勘定に関しては人並み程度には出来るようになったものの、おおざっぱな気質は最後まで治らず二人の転移者に頼ることが多かったようだ。
そんな風に転移者と気兼ねなく接するブライアンの人柄に惹かれてか、善良な転移者が一人、また一人と集まり、傭兵団は巨大な組織へと変わって行く。
それを危険視する声もあったが、真面目な仕事ぶりと日々の奉仕作業、リーダーであるレゾン・デイトル戦の英雄ブライアンの存在、そして監視という名目で何度も傭兵団を訪ねるキャロルの存在もあって次第に現地人たちに受け入れられるようになった。
傭兵団の経営が軌道にのった頃に、ブライアンとキャロルは婚約を発表。キャロルは「一番気心も知れてるし、リーダーが未婚のままじゃ部下が結婚し難いでしょう?」と言っていたが、ブライアンを慕う転移者たちはしきりに『絵に描いたようなツンデレ』と囃し立てたという。囃し立てる者の中には、あの片桐連翹も居たらしい。
そして、レゾン・デイトル戦から三十年後。
別大陸からの侵略者とも戦ったブライアンたちは、その後は組織の運営を後進に任せて隠居した。
時折傭兵団に顔を出しつつも組織の運営には関わらず、けれど鍛錬と称して若い現地人や転移者と遊んでいる姿が良く見られたそうだ。
――彼らが没した後も、勇者傭兵隊は健在であった。
インフィニットが残した勇者の心得と、ブライアンが残した言葉、そして組織運営に奔走した薫とキャロル。
初期メンバーから受け継いだ正義を胸に、若き勇者たちは民を守るため腐敗したアルストロメリア女王国と戦うこととなる。
その姿を見たエルフたちは、『かつての連合軍の皆のようだ』と笑っていたようだ。
◆『西部の勇者』インフィニット・カイザー
刑期を全うした彼は、ブライアンと共に傭兵団の設立することとなる。
『勇者傭兵隊ドゥ・ガーン』というのも彼の意見であったらしいが、「まさか本当に通るとは思っていなかった」とよく友人相手に話していたらしい。ブライアンはブライアンで『転移者なら一発で分かる妙ちきりんな名前で良いじゃねえか!』と大絶賛していたらしい。
それはともかく。
レゾン・デイトルとの戦いで力を失った彼は、騎士たちの涙によって人間に転生しこの大地で生きていくこととなった――という噂が、とある小説を媒体にして大陸中に広まっていくこととなる。
オルシジームに住まう神楽埼逢魔という名の著者が出した荒唐無稽の創作物は、しかしニール・グラジオラスと片桐連翹を部屋に招いていたという事実から奇妙な説得力を発揮してしまう。インフィニットと逢魔が転移直後からの友人であったという事実も、多くの人間が信じ込んでしまった原因の一つであろう。
『異世界ラノベ作家生活かと思えば、異世界司馬〇太郎生活だったとは!』『本当に好き勝手に書いたよね、なんであの大人しい娘を題材にして拳の聖女なんて話を書いているのさ』
……結果的にだが。
この創作が信じられたおかげで、インフィニットが西部の勇者を名乗るホラ吹きなどと迫害されることはなかった。
慣れない人間の体で頑張っている、かつて自分を救ってくれた巨人の勇者――その信頼が、勇者傭兵隊に所属する転移者たちへの態度を軟化させることに繋がったのだという。
◆『異界の歌姫』崩落狂声
彼女のその後は最近まで知られていなかったが、ノーラの日記から彼女の本名が発覚し研究が進むこととなった。
異性に慣れぬ間は騎士団の奴隷として雇用され、メイドとして数年の間働いていた。
頼りになる同性と信頼できる異性。それらと関わる内に少しずつ心の傷を癒していった彼女は、奴隷としての契約を打ち切りウェイトレス兼歌手として働いて行くこととなる。
だが、レゾン・デイトル戦後の転移者に対する風当たりは強く、仕事は中々長続きしなかった。
それでも懸命に昼は飲食店で働き、夜は街角で歌を歌い続け――とある劇団の座長に見初められることとなる。
舞台に上がればその容姿で、その歌で、その踊りで観客を魅了した。演技こそ最初は拙かったものの、それも徐々に実力をつけて行き、誰もが憧れるスターとなる。
それ以降、ファンになったという口実で騎士団や冒険者、そしてノーラ・ホワイトスターなどがよく交流していたという。当時は彼女が崩落と呼ばれた転移者であると知れ渡っておらず、あの英雄たちすら魅了する女性だと話題になった。
そんな彼女は劇団の小道具係を手伝っていた少年と交流を深め、婚約。年下の少年を可愛がっていたら、数年で立派な男になり、そのギャップにコロッと行ってしまった――などとノーラや連翹には語っていたらしい。
四十代の頃に劇団を辞すと、彼女はノーラが資金援助をしている学校に音楽教師として働くことになる。
劇団で培った経験と知識、そして若い頃に居たという異世界の歌とボイストレーニング法。それらを丁寧に教え、後進の育成に務めた。
◆『剣の頂』アレックス・Q・イキシア/『戦場の守り手』マリアン・シンビジューム
レゾン・デイトル戦後すぐに婚約を発表したアレックスは、より熱心に職務に励むようになる。
あまり得意では無かった書類仕事の実力も上がり、新米騎士の育成にも力を入れた。その隣では、大柄な女性が時折呆れの混じった笑みを浮かべて彼を窘める姿も見られたという。
情報流出の責任を取って辞任を決めたゲイリーとの引継ぎを終えると、国からカンテサンスの称号を賜り、民衆からは狼翼の勇者ニール・グラジオラスに剣で勝利したという事実から『剣の頂』の名で呼ばれるようになる。
それに対し、彼は――
「……グラジオラスの気持ちは理解していたつもりだったが、実感したのは初めてだ。なるほど、これは身に重すぎる」
――と親しい騎士に溢していたという。
そしてそんな彼の背を、マリアンは大笑いしながら叩いていた。
そんな様子から婚約しても何一つ変わっていない、本当に婚約しているのか、アレックスが女除けにマリアンを利用しているだけではないか、などと色々と言われることがあったようだが、夫婦仲は良好であったようだ。互いの休日が重なった日は、よく女王都を歩く二人の姿が見られたらしい。
そして騎士団と従軍神官、そのトップが婚約したために二つの組織の連携はより密となり、以前よりも軽いフットワークで動けるようになった。
その関係は二人が騎士団と従軍神官を辞しても変わらず、アレックスから始まりその後三代に渡り騎士団の黄金期と語られるようになる。
だが、それも鉄咆の高性能化による前衛戦士の相対的な弱体化と、鉄咆を使う竜咆兵の出現によって騎士そのもの人気の低迷。そこから徐々に騎士団という組織は崩壊していくことになる。
◆『団長』ゲイリー・サザン/アニー・ブロッサム
後世の彼の評価は真っ二つに分かれている。
一つは連合軍を率い、後の黄金時代へと繋いだ偉大な騎士団長。彼が居たから連合軍から多くの英雄が生まれたのだと。
もう一つは、クレイスなどを信じた見る目のない愚物。英雄の卵に支えられなければ何も出来なかった男なのだと。
当時、共に戦ったエルフたちが擁護することも多かったが、目立った戦績もなくレゾン・デイトルの王に敗北しているという事実から後者の説を信じる者は今でも多い。
そのためか、後世の物語での扱いもまた両極端。皆を引っ張る頼りがいのあるリーダーか、肥え太った権力だけの存在として描かれることが多い。
史実での彼は、騎士団長を辞した後はナルシスの新たな領主となる。
あのクレイスのメイドであったアニーとの婚約を発表すると、クレイスの屋敷を徹底的に破壊し新たに自分の屋敷を建て、ナルシスを再建しつつも転移者が建造した一部の建物を保護し始めた。
それに対し反発する動きも多かったが、『人は忘れる生き物だ、ゆえに過ちは形として残しておかねばならない』とゲイリーは断行する。
その強引なやり方から、やはり無能の騎士団長だったのだという声が大きくなるが、しかし十年後、ナルシスの街は大きく潤うこととなった。奇抜な建物を見るために、当時の痛ましい出来事を学ぶために訪れた旅行客が多数訪れたからである。
それでもゲイリーたちを好かぬ者たちも多かったが、連合軍に所属していた者たちがたびたび彼を訪ねていたため、寂しくはなかったようだ。
――そして現代。
ゲイリーが保護した建造物は幾度の修復を経て今でも健在であり、『半ばで折れたビル』に『王冠派閥転移者の家屋』、『地下違法奴隷部屋』などは修学旅行などの定番スポットとなっている。
それらと同じように、老朽化によって修復が開始されたサザンの屋敷であるが、その作業の最中、巨大な柱の内側に鉄の箱が収められているのが発見された。
箱の外側には『これが誰かの手に渡った時、この手紙を公開しても問題のない時代であることを祈る』という文字が刻まれ、中には古めかしい手紙が風化せぬよう丁重に保管されていた。クレイスのモノであると推測される、遺言書が。
かくしてゲイリーに託された遺言書は広く世界に広まり、外道領主として長らく語られてきた彼の友人の汚名は雪がれることとなる。
◆ノーラ・ホワイトスター
レゾン・デイトルとの戦いが終わってからしばらくして、ノーラは異世界より持ち帰った『無私の黄金』によって研究機関を立ち上げることとなる。
当時は重要視されていなかった多くの技術、その研究者を集める姿は当時の人間からは『金の無駄遣い』『成金の道楽』と揶揄されることもあったという。
しかしこの研究機関によって医学、科学技術などといった当時軽んじられていた技術の研究が大きく進むこととなる。その中でも医療技術の発展は目覚ましく、当時不治の病とされていた多くの病気がこれをキッカケに治療法が確立していくことになる。
これに関して、奇跡で利益を得ている教会上層部は良い顔をしなかったが、レゾン・デイトル戦の最前線で戦い続けた神官という身分、そして夫であるカルナの協力もあって教会の介入を防ぎ研究者たちを守り続けた。
そんな中でもニールたちと共に冒険者を続けていたノーラであったが、三十路前にカルナと共に引退し婚約を発表。戦いから身を引き、自分が立ち上げた研究機関の運営に集中することとなる。
それまでは一部の不遇な研究者を集めて研究するに留まっていたが、それまでに培った名声や人脈を利用して高等学校を設立。彼女の旧姓にちなみ、ホワイトスター学園と命名される。
当時、簡単な読み書き計算は教会で学ぶことは出来たものの、それ以上の勉学は独学で行う他なかった。
そんな中に、突然出来た学校だ。専門家に教われる環境というのは当時の民衆が思っていたよりも需要が高く、また専門家たちも若者に勉学を教えることで研究費と生活費を手に入れられる、まさしくwinwinの関係であった。
もっとも、当初は教師役の専門家たちが問題を頻発し、その度にノーラ学長が廊下を駆け抜けていく姿が見られたという。なお、彼女を走らせる原因の半分は彼女の夫カルナであったらしい。
そんな彼女だったが、息子と娘の教育に関しては上手く行かず普段とは逆にカルナに窘められることも多かったという。
優しくし過ぎてしまうノーラに対し、カルナがため息を吐きながら厳しいことを言う。そのためか『子供がノーラばかりに懐くんだ、昔は息子も娘も甘えてくれたのにな……』とカルナはよく知り合い同士の飲み会でぼやいていたらしい。
けれど、そんな彼女だからこそ本当に怒った時は恐ろしかったらしく、見るに見かねたカルナがそれとなくサポートすることもあったという。
研究機関と学園。新たな仕組みを作り奔走した彼女は、五十歳になった頃に学園長の座を後進に譲ることとなる。
元より、こういった組織運営の才があったワケではないため、ある程度安定したところでもっと上手な人間に任せたいと考えていたらしい。
その後の彼女は、教鞭を振るいながら研究を続けるカルナの世話をしながら、子供と孫に囲まれながら楽しい余生を過ごすこととなる。
勇者パーティーの仲間たちがこの世を去っていく中、最後まで残った彼女は、穏やかに生き、静かににこの世を去った。
そして、彼女の死後から数百年。
女王国腐敗後、ホワイトスター学園は呪われているという噂が立つようになった。
就任した学園長が突如として不幸に見舞われて失脚、あるいは死亡するという事態が多発したのだ。
だが、歴史ある学校を封鎖するワケにもいかぬと、権力闘争に敗北した者たちを送る左遷先として扱われていたらしい
けれど、その噂を恐れたためか腐敗した貴族や王族などの介入は少なく、結果的に当時のアルストロメリア女王国の中ではまともな人員によって運営されていた。
なぜそうなったのかは諸説あるが、確かなことが一つ。
学長室には長い時の果てに力を失った『無私の黄金』が今も保管され、学長の資格があるか否かを見定めるように輝いている。
◆カルナ・カンパニュラ
レゾン・デイトル戦を終えた彼は、ニールたちと共に冒険者を続ける傍らで魔法、そして魔法王国時代の魔導具の研究に務めた。
特に魔導具に関する研究の成果は目覚ましく、ドワーフのデレクと協同し魔力と親和性の高い金属を開発し、魔力を貯蓄する仕組みと合金で出来た線で魔力を伝導させ遠くに運ぶ仕組みを作り出すことになる。
これにより、人間一人ではどう考えても扱えなかった魔法王国時代の道具の使用用途が判明し、魔法学会を大きく揺るがしたのだが彼が浮かべる表情に喜びはなかった。
『こんなモノ、ただの猿真似だ。僕でなくとも、同じ経験をした魔法使いが他に居れば同じことが出来たよ』
不貞腐れるように言った彼は魔導具の研究から手を引き、研究成果で得た金銭を用いて魔法の研究に集中することになる。
カルナはその生涯において、研究費は自分で稼いだモノしか使わなかった。
ノーラ・ホワイトスターが持つ『無私の黄金』もあったが、『身内に対して援助するのがセーフかアウトか分からないというのもあるけど、そんなモノが無くても僕は大成出来るさ』と使用を拒否したという記述がノーラの日記に残されている。
しかし冒険者を辞してからの職に関してはノーラに頼ることになった。教授となったカルナは研究の傍らで生徒たちに魔法を教えていくことになる。
だが、歌劇において鉄咆を主に使う戦士である竜咆兵、そのパイオニアとして描かれることも多かったため生徒から『最強の竜咆兵のカンパニュラさんだ!』と言われることも多く、その度に『僕は魔法使いだ、この馬鹿者が』と教室で魔法を炸裂させたという。その度に妻であるノーラが廊下を走るハメになっていたらしい。
父親としての彼は厳しくも優しい人だったと伝えられている。
怒るべきところは怒り、褒めるべきところは褒める。ノーラが甘やかし気味であったため、相対的に厳しい父と思われることが多かったという。
だが彼が優しくなかったワケではなく、息子たちの誕生日は数か月前から準備を始め、勉学の成績に子供と共に一喜一憂し、息子に将来の夢を聞いた時に『グラジオラスおじさんみたいなけんしになりたい!』と答えられて床に崩れ落ちてしまうような父親だったという。
そんな彼は体の自由が利かなくなるまで教授として働き続け、妻と友人たちに看取られ老衰で死亡した。ホワイトスター学園の名物教授として有名であった彼の死は、ショッキングなニュースとして大陸中に広まることとなる。
彼が残した研究成果は数多く、発表済みのモノと死後に発見されたモノを含めて世界を大きく変換させていった。彼の存在が無ければ魔導科学の発展は大きく遅れたことだろう。
だが、大きな影響力を持つ彼の研究は決して良い結果ばかりを出したワケではなかった。
デレクと共に開発した鉄咆は改良され続け、大量生産が行われる。これにより、複数人が集まれば戦士でなくともモンスターを退けられるようになった――だが、その結果盗賊たちも鉄咆で武装し始め、モンスターよりも人間同士の争いで人死にが増えることとなる。
死者の霊を呼び出し従える術式は禁呪指定されたものの、封印を惜しんだ研究者の手で流出。これにより死後の英傑を従える召喚士と呼ばれる者が現れだし、新たな戦火の火種となる。
時空転移術に関してはその最たるモノで、当時のアルストロメリア女王国はカルナの魔導書を解読するとすぐに別世界の住民を呼び出し違法奴隷として扱い始めた。
当時の女王は『これは違法ではない、なぜなら彼らは別世界の住人だ。ならば、我が国の法律を適用する道理もなし』と宣言し数多の異世界から違法奴隷が集め、その多くが劣悪な環境で死亡した。レゾン・デイトル戦に参加したエルフたちは顔をしかめ『これでは、あの時の転移者とやっていることが変わらない』とかつての友たちが守った国を見て酷く嘆いたという。
多くの犠牲を出した彼の研究であるが、鉄咆が存在しているからこそ小さな村であってもモンスターの突発的な襲撃に対応できるようになった。
召喚士の存在によるかつての英雄たちと直接会話する手段が生まれ、歴史の研究が行いやすくなった。
時空転移術の存在は、世界間貿易において必要不可欠な存在となっている。
研究成果を見て彼を『世界を混乱に陥れたサイコパス』と悪し様に言う者も居た。
だが、それと同じくらい『世界を大きく発展させた天才』と崇拝する者も居る。
後世においては両極端に描かれがちなカルナ・カンパニュラだが、当時を知るエルフは『決して悪い人ではなかったが、サイコパスと言われても完全には否定できない』と苦笑いしていた。
――彼の死後、部屋の整理に来たノーラと研究者たちは、置手紙を見つけることとなる。
『僕の研究は暗号を解いた者が好きに使えばいい。生前ならまだしも、死後に自分の研究がどう扱われるかまで責任を取るつもりはないよ』
恐らく、彼はこの研究を公開すれば世界が混乱すると理解していたのだろう。
だが、それでも闇に葬ることが出来ず、けれど身近な人間に被害を出したくはないから暗号化し放置した。
事実、研究に施された暗号はカルナの孫が老衰で死ぬまで暴かれることはなかった。
もっとも、ミリアムたちオルシジームギルドの面々は様々な迷惑を被ったワケだが――『他の三人と比べて交流も少なかったしね、たぶんぼくらの将来より研究を発表したい欲望の方が強かったんじゃないかな?』と苦笑いしつつもどこか納得した表情を浮かべていた。
◆片桐連翹
ニール・グラジオラスとの戦いを最後に転移者の力を失った彼女は、しばし新米兵士と混ざって体力強化に勤しむとニールたちと共に東部へ向かった。
彼女はニールたちが無名だった頃の宿を拠点にしながら、少しずつ冒険者としての経験を積んでいく。幸い、冒険者の宿には目指すべき目標も反面教師も多く存在していたため、ゆっくりとだが確実に成長していくことが出来た。
それはおそらく、狼翼の勇者ニールの仲間という見方ではなく、冒険者ニールの恋人として見られていたことが大きかったのだろう。当時の宿に泊まった冒険者の日記には、ど真ん中ストレートで好意を伝えるニールと、全力で囃し立てる周囲、そして顔を真っ赤にしながら乱闘を開始する連翹という状況が記載されていた。
面白おかしくも真面目に鍛錬を続けていた彼女は、五年後には立派な戦士として大成する。
盾を構えながら素早く動くことによってニールやカルナという強力なアタッカーをサポートする立ち回りをしつつ、相手が油断しているようならノーラから奇跡の力を譲り受けることによって一時的に規格外を取り戻しスキルを叩き込むという変則的な戦い方であったが、彼女は味方と敵の動きを見極めて十全に扱ってみせた。
これによって東の新大陸から現れた魔族の軍勢に対しても真正面から斬り合うことができ、東大陸戦では転移者だった頃よりも強くなっていたと騎士たちに賞賛される程だったという。
それに対し連翹は『強くなったって言っても、未だにアレックスとかキャロルどころか新米の騎士にも勝てないのよね。あんま実感ないわ』とぼやいていたという。ちなみに、当時の騎士団はレゾン・デイトル戦後の名声もありかなり層が厚くなっていたという事実をここに明記しておこう。当時の情勢を考えれば、盾という差異こそあれど防御主体という騎士と全く同じジャンルの戦い方で勝負になっている時点で、彼女は戦士として十分優秀である。
その後、ファルコンから紹介された東大陸に住まう獣人たちの勇者と共に魔王の居城に攻め込み、ニールと獣人の勇者をサポートするという形で魔王と戦い、これに勝利。しばし東大陸の港町に新設された冒険者ギルドをサポートする形で仕事を続けていたが、三十半ば頃にカルナから二人の結婚式を催促する手紙を受け取り、ニールと相談して女王国へと戻ることとなった。
挙式を終え、名実共に夫婦になると連翹は冒険者を引退。それから一年と経たずに身ごもることになったことから、ニールと連翹の間にどのような会話があったのかある程度は想像できる。
その後、彼女は育児に専念した後に、勇者傭兵隊の転移者の新人教育役として働きだす。
特に規格外に酔った問題児を多く受け持ち、その鼻っ柱をへし折りつつも優しく教導していった。
五十歳になり『そろそろ体動かす仕事はきついのよね……』と言って事務作業に手を出すが、長続きせずそのまま引退。
時折訪れる教え子たちと語らいながら静かに暮らす彼女は、ニールを看取った後は同じく夫を看取った親友のノーラと共に仲良く語らう日々を続け、最期は家族に見守られながら静かにこの世を去った。
◆ニール・グラジオラス
連翹と結ばれて以降、一部の連合軍の仲間に『目標が無くなって燃え尽きるのではないか?』と心配されていたが、変わらず剣を振るい続けていた。
かつて自身が打ち取った強敵、孤独の剣鬼の背中を追い続けるため、こんな場所で立ち止まってはいられないと。
だが、剣さえ関わらなければ思いのほか常識人かつ友人想いであり恋人想いである彼は、親しい人との時間を大切にしていた。濃密な鍛錬を行いつつも、決して他を蔑ろにしようとはしなかったのだ。
それ自体は決して悪いことではないはずだが、当人は時折寂しそうに『こういうとこが、無二と俺の差なのかもなぁ……』と呟いていたという。剣を愛してはいるが、彼ほど愛することは出来ていない、と。
けれど、彼の勇者としての実績は自己評価とは違い高まり続けて行くことになる。
『想像したほど強くない』と他の剣士に言われることも多かったというニールだったが、敗北から修練と相手の研究を重ねた後に再戦し勝利を奪い取ることもまた多かった。ニールの再戦を退けられたら剣士として最上位になる、と冗談交じりで語られることもあったという。
そんな彼は東大陸からの侵略者たる魔族たちと最前線で切り結び、海洋冒険者と共に東大陸へ向かうと、獣人の勇者と共に魔王を打ち倒した。
その後は東大陸に留まり冒険者としてモンスターや犯罪者を斬り殺しながら大陸の復興に手を貸し続けた。そういう面もあってか、西大陸よりも東大陸の方がニール・グラジオラスに関する逸話が多く残っている。
『異国から現れた勇者であり、滅びかけた国を我が国の勇者と共に救い、復興に尽力した英雄』――ニールが拠点にしていたとされる東大陸の港町には銅像が存在し、今も観光客が絶えない。
そうやって東大陸で冒険者を続けていた彼だったが、冒険者を引退し西大陸へと戻っていた親友カルナ・カンパニュラから『君たちはいつ式を挙げるつもりなんだ。間に合うように急いで準備していた僕の方が待たされるとはどういうことだ』と怒りの手紙を貰い、復興も一段落ついたために西大陸へと戻ることとなる。
その後はナルキに屋敷を構え、家のことを連翹に任せると冒険者として剣を振るい続ける生活に戻った。子供が出来たばかりの頃は近場の依頼しか受けていなかったようだが、ある程度子供が大きくなると行動範囲を大きく広げて大陸中を駆け回り始める。一応連翹に許可を取った上でのことで、彼女をないがしろにするつもりはなかったようだが、これが彼の大失態の始まりであった。
仕事というよりは思う存分に剣を振るうための行動であったためか、時間を忘れ冒険に没頭しすぎ、久方ぶりに顔を合わせた当時学園長であったノーラにかなり強めに怒られている姿が見られたという。
当時の学生たちの日記に、『狼翼の勇者が現れた!』という興奮の記述と、『なぜだか勇者様、学園長に滅茶苦茶怒られてるんだけど?』という興奮の記述が残されている。
それ以降は本気で反省したのか、連翹に押し付け気味だった子供の世話もするようになったようだが、わりと好き勝手にやっていたために息子と娘の反応はだいぶ冷たかったという。幼い娘から『わたし、将来はカンパニュラおじさんみたいな人と結婚するわ、お父さんみたいな人じゃなくて』と言われて半泣きになっていたと冒険仲間のヌイーオが酒場で語っていたという。
だが、それ以降はちゃんと父親らしい姿を見せることによって態度は軟化したようだ。自分で馬車を運転して息子たちとともに楽しげにブバルディアへと帰省する姿も見られたという。
息子たちも大きくなり、自分も年老いた、そんな中で連翹がブライアンの傭兵団から脱退したのを切っ掛けにニールもまた冒険者を引退する。
その後は鍛錬を欠かすことはなかったが、剣を振るよりも連翹との日々を大事にしていたのか、戦いからは遠ざかっていく。
その様子から衰えたと判断した物取りが彼を襲うこともあったというが、そういった者たちは尽く叩きのめされている。その度に、『若い頃のようにはいかねえが、この程度の奴に負けるほど耄碌しちゃいねえよ』と豪快に笑ってみせたという。
老いてなお剣士であったニールだったが、若い頃の無理が祟ったのか勇者パーティーの中では一番早くこの世を去った。
だが彼は自分の死を感じ取っていたらしく、亡くなる一月前から手紙で旧友や息子、孫たちを呼び寄せて連日騒ぎ倒したという。
連日続く宴会の最中、彼は心底楽しげに笑いながら、しかし『俺は駄目だな、リックのようにも無二のようにもやれねえわ』と呟いて己の愛剣を寂しげに眺めることもあったという。
そんな彼の生涯は成り上りの剣士として人気が高く、現代でもたびたび物語に起用されている。鉄咆全盛期に剣という存在が失われなかったのも、彼が主役の物語が当時人気だったからではないかと推測する歴史家も多い。
――――そんな彼の愛剣イカロスは、グラジオラスの屋敷にある庭に保管されている。
誰でも触れるような位置にあるそれだが、不心得者が手を伸ばしても決して引き抜けることはない。
ただ、時折――ふらりと訪れた者が、グラジオラス家を懐かしさと物珍しさの混じった眼で観察した後イカロスの元へ向かい、するりと引き抜いてしまうということがあった。
そして、ニールはそれを予見していたかのように一つの遺言を残している。
『引き抜いた奴が居たら、そいつの好きに使わせてやってくれ。俺も、イカロスもそれを望んでる』
また、イカロスを引き抜いた剣士が現れた時代には必ず、もう一人の剣士が現れることとなる。
禍々しいオーラを放つ刀を持った、一流の剣士。初対面であるはずの二人は、しかし数十年ぶりの友人と出会った時のように気楽に笑い合って剣を交えるのだ。
そうして互いに剣士としての生き様に満足したら、イカロスは再びグラジオラス家の庭に戻される。
一体、どのような理由があってそのようなことが行われているのか、二人の剣士は決して語らない。剣も、また。
けれど、確かなことは一つだけ。
今現在、グラジオラス家の庭に剣は無い。イカロスは新たな主を認め、戦うべき相手を心待ちにしているということだ。
◆片桐桜大/片桐茉莉
――――この二人に関しては、記録も少なく実在も疑わしい。
片桐連翹の両親であるとして書かれている二人が、どのようにしてこの地に訪れたのか、どのように過ごしていたのか、そういった記録が皆無なのだ。
二人の姿が確認されたのは、たった一度だけ。
ニール・グラジオラスと片桐連翹の結婚式に、カルナ・カンパニュラがサプライズとして招いたということだけ。
それ以降、女王都で暮らしていた記録もなければ、故郷に帰った記録もない。後世の創作では? と疑われることも少なくなかった。
しかし、当時に描かれ参列者に配られたという絵画には確かに壮年の夫婦の存在があり、また出席者が残した日記にも二人の存在は明記されている。架空の存在と断じるには実在した証拠が残りすぎているのだ。
けれど、近年。カルナ・カンパニュラが残した魔導書の復元作業中に新たな仮説が生まれることになる。
この二人は、異世界の人物だったのではないだろうかというものだ。
カルナがこちらの世界に呼び出し、片桐連翹と引き合わせたのではないだろうか。
その仮説を裏付けるのが当時に描かれたという絵画だ。
今の技術で分析したところ、絵ではなく写真であることが分かった。
当時の時代には存在し得なかった技術。それを別世界から二人が持ってきて写真に収めたのではないか?
当初こそ珍説扱いだったものの、カンパニュラ式時空転移術式の研究が進むにつれ、この説の説得力は日に日に高くなっている。




