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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
グラジオラスは曲がらない
283/288

280/プロローグ2-1


(負けねえ、負けたくねえ、勝ってみせる)


 闘技場の中心。連合軍の皆(仲間たち)が見守る中、二ール・グラジオラスはただただ強く想っていた。

 学問は並だし、魔力は平均を下回る。得意な剣だって、師や騎士たち、ノエルなどを筆頭にした練達の剣士には劣るだろう。


 ――故に、負けるのはいつものことだ。そこに不満はない。


 だが、今日この瞬間は負けたくない。

 否、負けられない。絶対に勝つ。

 自身が剣の天才なのだから、などといううぬぼれを言うつもりはないが、他の連中に比べ時間を注ぎ込んでいる自覚がある。

 その上で同年代の剣士に負けたとしても、悔しくはあるが不満を口にする気はない。

 それは相手が自身の才能を上回っているからか、自身以上に鍛錬をしてきたからであり、それを否定する気にはならないからだ。


(けど――けど、だ)


 眼前の少女には。

 片桐連翹という少女には。

 かつてとは違い盾と剣を油断なく構え、いっぱしの戦士らしい顔でこちらを見つめる彼女には――かつて、この場で出会った彼女にだけは負けたくないと思うから。

 

 小柄な少女だ。この辺りでは珍しい濡れ羽のように水気を含んだ黒い髪が、風に撫でられさらさらと揺れている。その中に一つ、髪飾りがあった。黄色の花を模った髪留めだ。

 肌の色は白く、体つきも細い。今もまだ剣士の体つきと呼ぶには不足だが、かつてと比べ全身が引き締まっている。

 その身体を覆うのは紺色の水夫服と同色のスカートを掛けあわせた奇妙な衣類だ。スカートと合わせるだけで水夫の服が少女のための衣服に見えるのが非常に不思議だったが、今はそんなことはどうでもいい。

 そして、右手には剣。鋭さを以って撫で斬るよりも、重さで叩き斬ることに特化した分厚い長剣だ。

 それに加え、左手には盾。青みがかった紫色に塗装され、縁を金で装飾されたヒーターシールドだ。


 ――連翹は、油断なく剣と盾を構えていた。


 ただただ、真っすぐこちらを見つめながら。

 僅かに力み過ぎているように見えるのは経験の少なさゆえか。けれど、ニールが予想外な攻撃をして来ても対処できる程度には遊びを残しているように見える。

 対し、ニールは中段に構え、相手の動向を油断なく観察していた。


(油断はねえ。甘く見たら叩き潰されるのは俺だな)


 転移者とは戦い慣れている、幹部とは違い特殊なスキル運用法を会得しているワケでもない。

 されど、今まで戦った転移者の中で、一番ニールのことを知っている。

 舐めて突撃したらどういう末路を辿るか――思い浮かぶのは、かつて連翹と戦った時のこと。自慢の一撃が通らず硬直し、その隙に反撃されて両断された。

 

(パワー勝負では勝ち目はねえ。速度で翻弄するしかねえな)


 下手に相手の腕力を受け止めたら、そのまま押しつぶされる。

 幸い、ファルコンとの鍛錬で身のこなしは良くなったと思う。連翹が防御を固めたとて、その隙間を縫うことくらいは出来るはずだ。

 

「――来ないの?」


 澄んだ声。

 小鳥がさえずるような声だ。

 それが相対している少女のモノだと気づくのに、数瞬の時間を要した。

 かつてと同じ状況下で、同じ言葉。

 それを聞いたニールは、口元に小さく笑みを形作った。


(ああ――やっぱ綺麗だな、お前は)


 艶のある黒髪に白い肌、赤い唇からこぼれる柔らかい声。それらに、一瞬だけ魅了される。どくり、と心臓が鳴った。

 ああ、そうだ。ニール・グラジオラスという男は、ここで連翹に一目惚れたのだ。

 家業を捨て、剣一本で生きようと誓った癖に、惚れた女に今日この日まで振り回されている。

 なんとも情けない男だなと思う。殊更自分自身のことを男らしいなどと思ったことは無かったが、惚れた腫れたで右往左往するような女々しい男だとも思っていなかった。


(馬鹿が――今は余分だ)


 頭を左右に振って浮ついた思考を消し飛ばす。

 あいつは敵。

 強敵であり、絶対に負けたくないと心から思う相手だ。

 くだらない思考で剣を鈍らせるワケにはいかない。


「ああ――」


 剣を肩に担ぐように持ち、体を前傾。

 顔面から転ぶような姿勢のまま、ニールは一歩――

 

「――今回は、俺が先に行かせてもらう――!」


 ――踏み込んだ。

 加速からの最高速。

 さあ、前へ、前へ、前へ。お前を叩き斬るという想いを視線に、刃に宿らせて突き進む。

 小手調べなど要らぬとばかりの全力疾走で間合いを詰めるニールを、連翹は驚きつつも静かに見つめていた。


(慌ててねえな――いいな、心構えはちゃんと出来てやがる)


 相手の殺意を受け止め、自分なりに考えること。

 それこそが、最低限戦士に必要なモノだ。殺す覚悟に殺される覚悟、そんなモノは後で良い。殺意と共に刃を向けられる度に大仰に驚き、混乱するような人間が剣の間合いで戦えるモノか。

 そしてその点、連翹の動きは及第点だ。構えを崩さず、瞳も逸らしていない。防御を主体にどのような行動でも取れるようにしていた。

 ニールの斬撃を受け止め、そこから反撃に転じようとしているのが伝わって来る。なるほど、悪くない手ではある。

 もっとも――


(こっちに伝わってりゃ意味がねえけどな)

 

 ――餓狼喰がろうぐらいならば剣を振り下ろす、そのタイミング。

 ニールは剣を振るうことなく跳躍。連翹の頭を飛び越える。

 

「え?」


 足元から響く驚愕の声。

 思惑を外されたという連翹の動揺に、ニールは獣めいた笑みを浮かべながら着地。その瞬間――


「人心獣化流――鰐尾円斬がくびえんざん……ッ!」


 体を捻りながら、回転するように剣を振るった。

 狙うは無防備な連翹の背中だ。彼女の反応はワンテンポ遅れている。盾による防御も、剣による防御も間に合わない!

 残念ではあるが、これで終わりだ――ニールは確かに、そう確信した。


「こ、んのぉ!」


 連翹が体を捻る。

 刃は違うことなく連翹の背中に吸い込まれ、服を、肌を切り裂き――けれど、それで終わった。

 頑丈でありつつも柔らかさのある壁に弾かれるように、イカロスの刃は連翹の肌を上滑る。

 セーラー服と薄皮を裂いただけに終わった事実に、ニールは目を見開く。馬鹿な、昔の剣ならまだしも、イカロスの力を借りてこれはありえない。

 ならば――

 

「連翹、お前――」

「まさか、これで終わったなんて思ったんじゃないでしょうね」


 反転し、こちらに向けて剣と盾を構える連翹は、痛みで微かに顔を歪めつつも挑発的に笑った。

 その得意げな笑みは、してやったりという笑いは、先程の現象が偶然ではなく必然なのだと何より雄弁に語りかける。

 

「悪いな、舐める気はなかったんだが――確かにあれで終わりだと思った」

「いいのよ、普通の人間だったらあれで終わりだったのは確かだしね」


 しばし、ニールは動くことなく連翹を見つめた。

 胸から安堵と悔しさが湧き上がる。

 まだ戦えるということ、 

 あれで終わらせると思って振るった剣を凌がれたこと、

 その二つが混ざり合い、戦意と高揚感と化してニールの内側で暴れ狂う。

 そうだ、あれで終わってしまってはつまらない、甲斐がない、意味がない。

 負けたいワケではないが、だからといって圧勝して叩き潰したいワケではないのだ。

 連翹の全力を感じ取った上で、上回りたい、勝ちたい。

 ああ、なんとも――ワガママな気持ちなのだろう。

 相手の本気を引き出して、ギリギリの戦いをしたいと願っているのに、決して負けたくないと願っている。

 なんて矛盾した気持ちなのだろう。

 だが、戦士とは、剣士とはそういう存在。

 戦いを楽しんだ上で勝ちたいと願う、傲慢で狂った生き物なのだ。

 

「それで――一発凌がれただけで攻める気がなくなったの?」

「はっ――そっちこそ、舐めた口利いてんじゃねえぞぉ!」


 ニールは歯列を見せつけるように笑う。

 その大口でお前を噛み殺してやると叫ぶように、ニールは駆け出した。


     ◇


「おう、上手くやれてるな片桐は」


 闘技場の客席――そこに、ブライアンは居た。

 膨れ上がった頬が痛々しいが、当人は気にした様子もなく大笑している。

 それは、自分が教え導いた連翹が善戦しているからだ。

 まだまだ未熟な部分はあるが、やりたいことに対して真摯で熱心な娘だ。そういう娘がちゃんと実力を発揮出来ている姿を見ると、自分のことのように嬉しくてたまらない。


「……まったく、女の子に無茶をさせるわね」


 はははは、と大笑いするブライアンの隣に居るのは、深紅の髪をポニーテイルにした女性――女騎士キャロル・ミモザだ。

 闘技場に来るまでに何か恥ずかしいことでもあったのか頬を赤らめ、ついでに何かを何度も殴ったのか右拳も若干赤くなっている。

 

「勢い任せに叩き斬るにしろ、正確に当てて引いて斬るにしろ、刃を当てた上で力を籠めなくちゃいけない――どれだけ鋭い剣だろうと、その辺りは変わらないわ」


 すなわち、勢いと力。

 剣を振り上げて袈裟懸けに振るうように、あるいはノエルのように相手の一撃を受け流し回転しながら剣を振るうように。

 生き物を斬るために、肉と骨を断つために、どれだけ鋭い刃であろうとその二つは必要不可欠なのだ。

 

「だから、刃が当たった瞬間に体を捻って刃筋を強引に乱してる。だからこれ以上剣は切り裂けず、弾かれるのみ――ホント無茶苦茶ね、転移者じゃなかったら成立してないわよ、こんなの」


 こんなモノ、人類に真似出来るはずもない。

 本来なら、肉に刃が食い込んだ時点でそのまま肉を切り裂ける。連翹と同じことをしたとしても、せいぜ両断されるはずだった骨を守れる程度だろう。どちらにせよ肉は深々と切り裂かれ、出血していたはずだ。

 だが、転移者の体ならば――生半可な鉄剣程度なら弾くことの出来る頑丈さと弾力を兼ね備えた今の連翹の体ならば、それを可能とする。


「仕方ねえだろ、片桐の奴がどうしてもってねだったんだからよ」


 連翹は理解していた。

 自分の技がまだまだ未熟であること、勝利を掴むために必要な盾ですら付け焼刃でしかないと。

 ゆえに、彼女には必要だったのだ――防御の隙間を突かれた時に使う、いざという場合の防御技が。



「刮目しなさい――名付けて、金剛不壊のメイン盾(インビンシブル)! 攻撃じゃニールに敵わないもの。なら、防御主体の技を考えるのは当然でしょ?」



 闘技場の中心で連翹は高らかに叫んだ連翹は、盾ごと体当たりするように前に出た。僅かに遅れて、ニールは舌打ちを響かせながらそれを回避する。

 ニールからすれば厄介この上ない状況だ。上手く防御をすり抜けて斬撃を叩きつけたというのに、自前の体で強引に防がれてしまったのだから。

 傷を与えていないワケではないが、浅い、浅すぎる。

 盾さえ注意すれば致命傷を与えられると踏んでいただろうに、これはニールにとって大きな誤算のはずだ。

 

「……連翹さんは上手く余裕を見せているわね。本当は、そんなに余裕なんてないはずなのに」


 正面で対峙しているニールはまだ理解していないかもしれないが、観客席という俯瞰視点で見ればすぐに分かる。

 現状、精神的に追い込まれているのは連翹の方だ、と。


     ◇


(なんとか防げた――けど)


 高らかに叫びながらシールバッシュ。けれど直線的な動きは簡単に見切られて回避されてしまう。

 だけど、それで良い。どうせ技や攻撃では勝てないのだ。攻撃なんて当たればラッキー程度に考えていればいい。必要なのはニールとの間合いを維持し続けることだ。

 

(さっきの攻撃が、仮に餓狼喰がろうぐらいだったら)


 疾走の勢いを剣に注ぎ込み叩きつける、餓えた狼めいたあの斬撃であったのなら、先ほどの金剛不壊のメイン盾(インビンシブル)を使う間もなく両断されてしまうだろう。

 あれはニールが背後を取るために勢いを殺していたから成立したのだ。必殺の斬撃であったのなら、連翹の小手先程度で防げるはずもない。

 ゆえに、ニールを走らせるワケにはいかないのだ。なにせニールは疾走からの斬撃が一番得意な剣士なのだ、好き勝手に動かす理由もないだろう。

 大丈夫。掠る程度なら防ぐまでもないし、無防備な体に直撃を喰らっても金剛不壊のメイン盾(インビンシブル)で防御出来る。現状、ペースは連翹の方にあると言って良いだろう。

 

「ちいっ――余裕ぶってんじゃねえぞ!」


 張り付いたように離れない連翹に苛立ったのか、ニールはこちらを睨みつけながら刺突を放つ。

 即座に盾で防御。ギャリッ、という金属同士の擦過音が響き渡り、剣は連翹の頬を掠めるに留まる。


「痛――こ、のっ!」


 即座に踏み込み、盾でぶん殴る。だがニールは盾に足を置いて跳躍、連翹から距離を取った。

 させない――連翹は転移者の身体能力に任せて疾走。ニールが着地した瞬間に間合いを詰め、剣を叩きつける。右手で振るった剣は容易く回避されるが、ニールはやりにくそうに顔を歪めていた。

 逃がさない、遠ざけない、ニールを自分の傍に置いておくのだ。


(……なんか、すっごい重い女のセリフみたい)


 不意に浮かんだ冗談に口元を緩めながら剣を大振りで振るう。

 無論、容易く回避されるが、地面に叩きつけられた剣は地面に大きな亀裂を刻んだ。ニールの表情が歪むのが見える。そうだ、頑張って避けないと一撃で終わってしまうぞ。

 ――大丈夫、上手くやれている。

 胸で膨らむ高揚感に笑みを浮かべ――背中と頬から感じる痛みに小さく顔を歪めた。


(上手くやれてる、ニールの得意分野を殺せてる、きっと予想よりも凄いって思ってるはず――だけど、予想外なのは、あたしも)


 ――叶うなら。

 金剛不壊のメイン盾(インビンシブル)は、もっと後に使いたかった。これは連翹にとって切り札だったのだから。

 盾と剣で堅実に守って、けれどどんどん対処できなくなって――その果てに直撃した一撃を防ぐ緊急避難の技、それが本来想定していた用途だ。


 その切り札を初手から切らされたという事実。

 そして、体を苛むじくじくとした痛み。

 本当にこのまま戦っていて勝てるのかという疑問。


 それらが精神を摩耗していく。

 焦りが汗となって額に浮かぶ、苦痛が表情に出る。もっと堪えなくてはと思っているのに、ひび割れた水瓶のように、ちょろり、ちょろり、溢れ出して止まらない。


「――なるほどな」

「――ッ」


 それを見て、ニールは得心が行ったとばかりに笑みを浮かべた。

 内心を見抜かれた――失態だと思う間もなく、ニールは剣を振り上げる。

 表情を引き締め、盾を突き出す。大丈夫、受け止められる範囲の攻撃だ、問題ない――そう考えかけて『違う!』という思考と寒気が同時に連翹の体を貫いた。

 確かにニールは直情型の人間ではあるが、決して考えを放棄した人間ではない。

 ならば。

 連翹の内心を見抜いたこの瞬間に、無意味な力任せの一撃を放つワケがない――!


「人心獣化流――」


 剣先は、連翹にも盾にも掠ることなく地面に吸い込まれていく。

 外した? 間合いを見誤った? まさか! そんなはずがない!

 だとすれば、ニールが選択した技は――


「しまっ」

「――破砕土竜はさいもぐら、吹っ飛べぇ!」


 ――気づいた時にはもう遅い。地面が砕け、巻き上げられた。

 放射状に噴射された衝撃波は、連翹の足元を破壊しながら土塊を叩きつけて来る。

 バランスが崩れる。

 両足が地面から離れてしまう。

 土煙の隙間から、ニールが牙を見せつけるように笑った。

 まずいと思うのとニールの笑みが接近してくるのはほぼ同時。好機に歓喜したニールの力任せな一撃が振るわれる。

 慌てつつも盾で凌ぐ。鳴り響く金属音。それと共に、地に足がついていない連翹はさらにバランスを崩す。

 なんとか立て直そうとするも、ニールが許してくれるはずもない。バランスを崩したまま、背中から地面に倒れこんだ。

 瞬間、斬撃、斬撃、斬撃――斬撃斬撃斬撃斬撃斬撃。

 五月雨の如く降り注ぐ斬撃の雨を、連翹は仰向けに倒れこみながらも盾で、剣で、そして金剛不壊のメイン盾(インビンシブル)で凌ぐ。

 

「あ、く、ぅ……!」


 だが、全てを凌ぎきれるはずもない。

 腕が、頬が、腹が、胸が、脚が――徐々に、徐々に、切り刻まれていく。

 一つ一つはどうってことのないかすり傷だ。連翹を戦闘不能にするには至らない。

 至らない、けれど――痛みは、焦燥は、確かに連翹の中に蓄積されていく。ニールは、それを理解して大振りな一撃よりも手数で連翹を責め立てているのだ。

 そうすれば連翹が集中出来なくなるから。

 大技を叩き込むのは隙を晒した時で良いということなのだろう。

 

(まずい、やばい、どうしよう……!? こういうシチュエーションも考えてはいたけど……!)


 だが、想像と実感では体と精神にかかる負荷は段違いだ。

 肉体以上に心が刻まれていく感覚。いつまで続くか分からない劣勢に、連翹は一か八かの反撃を選択――


『――お前、それでいいのか?』


 ――しかけた、その時。

 不意に、そんな声を聞いたような気がした。

 昔、何度も聞いたボイス。白銀の鎧を身に纏う黄金鉄塊の騎士、彼の言葉だ。

 無論、幻聴である。

 現実には存在せず、創作によって産まれたワケでもなく、狂人の妄言から産まれた空想上のキャラクターが、こんな風に声をかけて来るなどありえない。

 だが、それでも。

 それでも右手で握る剣から――

 決して放すモノか掴む盾から――

 力を貰った、そんな気がして。

 

「いいわけ、ないでしょうが……!」


 ニールの為にも、自分の為にも、そして――力を借りると言って装備を真似た黄金鉄塊の騎士のためにも!

 眼前に迫った刃を剣で弾く。力任せの一撃であったが、だからこそ効果的だ。ニールは弾き飛ばされるように一歩退いてしまう。

 たかが一歩。だが、その一歩があれば十分だ。

 連翹は転がりながら剣を持った手で地面を力強く押し、跳躍。ニールから距離を取りつつ着地した瞬間、間髪入れずに間合いを詰める。

 そうだ、休むことなく前へ、前へ、前へ。

 斬りつけられても、裂傷が刻まれても、肉を抉られようとも――退かない、いいや、退いてはならないのだ。

 それこそが片桐連翹がニール・グラジオラスに勝利する、唯一の道筋なのだから。


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