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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
女王都へ
28/288

25/この世はしょせん焼肉強食

 火のついた炭が轟々と燃え、金属の網が炙られ熱せられる。

 その上に載せたれた肉はじゅう――という食欲をそそる音と共に焼けて行き、その隣ではじっくりと野菜が焼かれている。野菜そのものは脇役と言えど、こうやって焼かれているのを見ると非常に食欲をそそって、非常に美味そうだ。

 そして、よく焼けた具材たちをタレに浸して口に入れた時の感動! これは焼肉でしか味わえないモノだとニールは思う。

 肉と野菜を自分で焼き、それを食す――そのために特化した食事が焼肉である。

 単純ではある。もっと複雑で手の込んだ料理は、たぶん色々あるだろう。

 

(けどよ――手の込んだ料理だけが美味いと、誰が決めた)


 複雑なモノには複雑なモノの、そしてシンプルなモノにはシンプルなモノの美味がある。

 それこそがこの世の真理なのだと、ニール・グラジオラスは疑わない。

 そしてなにより、焼きたての具材をそのまま食べられる幸福は、下手に豪勢な料理を食べるよりもずっと贅沢をしている気分に浸れるのだ。

 

「まあ、色々あったが、無事スタートラインに立てた事を祝って――乾杯だ!」


 ニールの宣言と共にジョッキ三つとグラスが一つ、かちんという音を鳴らす。

 その音が開放の合図として、ビールを己の喉に一気に流す。

 瞬間、じわあ――と喉を中心として体中に旨みが広がっていくような錯覚を抱く。いや、これはきっと錯覚なのではない。きっと体の細胞全てがビールを望み、求めた結果だと思うのだ。

 何もせず飲むビールは美味いが、しかし砂漠の砂の如く喉を乾かせた後に飲むビールはまた格別だ。同じ飲料とは思えぬ味と幸福感を飲む者に与えてくれる。

 

「ぷはぁ――まあ色々あったのは大体はニールのせいだけどね。あ、それ焼けてるね、こっちからじゃ届かないし、ニール取ってよ」

「ほい、ほっかほかの焼きたてカボチャだ。俺は隣のいい感じに焼けたカルビ貰うな」

「僕が求めたのそっちだよッ――!」

「なんのことだか分からねえな」


 殺意の篭ったフォークの一撃をトングで弾きつつ、焼きたての肉を味わう。

 焼きたての肉をタレに浸して口に運ぶ。最初に感じるのは濃厚なタレの味だが、噛みしめるとじわりと肉汁と共に肉本来の旨味が広がり始める。


 ああ、これだ。

 これが焼肉だ。


 熱々の肉を飲み込んだ後、口の中に付着した肉の油を洗い流すようにビールを流し込む。

 これがまた美味いのだ。

 元々、油とビールは盟友であり、濃い味とは家族である。その両者を満たすタレに浸した肉は、勇者と聖剣ほどに相性がいい。きっとかつて存在していた魔王だって、焼肉とビールを前にすればひざまずく他ないだろう。

 そして何より、熱々のモノを食べたあとに飲むビールは、いい具合に口の中を冷やしてくれて、非常に気持ちがいい。もっと、もっと食べようという気持ちにさせてくれる。

 

「ニールは馬鹿だと思ってたけど、カルナの方も似たようなモノね……まあ、男子ってそういうもんだけど」

「……」

「ノーラ、そこまで熱心に焼かなくてもいいんじゃないの?」

「いえ、こうやればもっと満遍なく火が通ると思うんですよ……!」

「うん、まあノーラが楽しいならそれでいいんだけどね」


 正面に視線を向けると、一人だけオレンジジュースを傾けている連翹と、最初の一口以降あまりビールを飲まず延々と肉を焼いているノーラが見えた。

 キラキラとした瞳で肉をムラが出ないように広げ、片面が焼きあがったらすぐにひっくり返し、丹念に肉を育てている。そう、肉を良い焼き具合に整える姿は、まさしく育てるという言葉が相応しい。その姿は、花畑に水をやる少女のようにも見える。


「……そぉい!」


 まあ、その手のモノは肉食系に奪われるのが世の常だ、と二本のトングを持ってノーラが育てる肉の花畑に突撃する。

 しょせん人間は弱肉強食! そして今は焼肉強食! 強い者が焼かれた肉を食すのはこの世の真理! いざいい感じの肉を己の腹の中に――!


「てやっ」

「やらせないわよ」

 

 隣から振るわれたトングが左のそれを打ち払い、突き出した右手のトングは連翹の箸で摘まれた。

 

「ぐ……くそっ、なんだ連翹お前、なんでそんな箸の使い方うめぇんだよ」


 ぎちぎち、ぎちぎち、と押しても引いても摘まれたトングは動かない。

 転移者の腕力がニールを圧倒的に上回っている証明だが、しかしこんなタイミングで証明されてもな、と思わないでもない。もっと他に見せるべきタイミングがあるだろうに。


「日本人の必須スキルだもの。というか、楽しんでる女の子を邪魔するんじゃないわよ」

「そうだよ、男同士で食べに行った時のノリを全力で出すのはいかがなものかと僕は思うよ」


 ニールから攻撃の意思が失せたことを確認し、二人は自分の食事を再開する。


「なに言ってやがる……焼肉ってのは元来そういうもんだろ!」

「あ、貴方が焼いてるタン、よく焼けてるわね。頂くわ」

「トウモロコシもいい具合に焼けてるね。本当は肉がいいけど、仕方ないからそれで我慢してあげるよ」


 一瞬の隙を突かれ、手元で焼いていた肉と野菜が強奪されていく。

 慌てて迎撃に移るが、初動で大きく負けている。トングを突き出そうとする頃には、奪われた食べ物は二人の口の中だった。


「ぐっ、テメェら……! てかカルナお前ぇ! 我慢するくらいなら取るんじゃねえ!」

「奪う者は奪われることを覚悟しなくてはいけない……それと同じさ」

 

 キメ顔で言うカルナは女性から見れば魅力的なのかもしれないが、トウモロコシをかじりながら言っても魅力の二割も発揮できていない。何言ってんだこいつ、で終わりである。 


「みんな、別にそんな慌てて取らなくても……あ、もう全部焼けてるので分けちゃってください」


 間近で繰り広げられる死闘を苦笑しながら見つめていたノーラは、自分の分を確保しつつ言う。

 ならば根こそぎ奪い去ってやろう――と構えた瞬間、二人分の視線が突き刺さったので止めておく。均等に分けないと、これからカルナと連翹の妨害で一枚も肉を食べられないような気がする。

 皆で交互に一枚ずつゆっくりと取り、食べる。ニールとしてはもっとガツガツと食いながらカルビやらロースやらを網の上にばら撒き、肉の油が火と混ざり火柱が上がる食べ方が好きなのだが……


(ノーラが困りそうだし、そうしたらカルナや連翹に睨まれそうだしな)


 連翹は何やらノーラを気に入っているようだし、カルナはカルナで過保護気味だ。そんな二人の前でノーラを虐めて反撃を喰らわないはずがない。

 そんなことを考えながらレバーを食む。他の肉にない口の中でとろける柔らかさが心地よい。何より血液を作るというので、血が足りてない現状はありがたい。

 美味そうに食むニールの姿を見て、連翹が僅かに顔を顰めた。視線の先には、小皿にキープしたレバーに向けられている。

 

「うう……貴方、よく食べられるわね、それ」

「こういうのは好き好きだろ。まあ、嫌いな奴がいるのも分かるけどな」 


 レバーを避けて肉を取る連翹に応えながら、ひょいひょいとレバーを手元の器に入れる。

 実際、食感と臭いで嫌いな者も多い肉だ。その分、好きな者は凄く好きという極端な代物である。好きな者としては、他人が余らせてくれることも多いため、その分を貰えてありがたい限りだ。

 

「俺としちゃ、こんな脂っこいモノがあんのに酒飲んでないのが不思議なんだがな。なんだ、下戸なのか?」

「いや、あたしまだ飲めないし」

 

 何いってんの、という視線を向けながらオレンジジュースを傾ける連翹だが、ニールはそんな些事が耳に入らないほど愕然とした。

 

「は? お前もう十六か七くらいだろ? なんで飲めねえんだよ」


 住んでいる場所で多少はズレるものの、大体の人間は十歳になる時に祝いとして酒を飲み、そこから飲酒を解禁することが多い。

 魔王大戦時代、体が弱く死にやすかった子供が十年生きた祝いに皆で酒を飲んだことが始まりらしいが、最近は飲めるようになった子供を囲んで酒盛りをする祭りと化している。


「十六よ。……あたしが居た場所では、二十歳まではお酒は飲めなかったからね。こっちに来てから飲もうとはしたけど、なんか悪いことしてるみたいで、どうもね」


 肉を食べながら酒を飲んでいたカルナの動きが停止する。


「ねえどうしようニール。僕、レンさんの世界で生きて行ける気がしない……!」

「奇遇だなカルナ、俺もだ。汗水たらした後にビールが飲めねぇとかもう死刑宣告じゃねえのかこれ」


 ニールは十七歳で、カルナは十八歳である。

 一年の差はされど、飲むために数年待たねばならないことは変わりない。そして自分たちにとって、その時間は永遠の責め苦と化すだろうことも容易に想像ができた。

 子供の頃はジュースどころか、ただの井戸水でも満足していたというのに、なぜだ。なぜ自分たちの体はこんなにも酒を求めるのだろうか……!


「そんな大げさな。ねえ、ノーラ……ノーラ!? 頭抱えてどうしたの!?」

「どうしましょうレンちゃん……! 飲む前なら……飲む前ならこんな苦しい気持ちにはならなかったのに……! この苦しみから逃れるには、おビール様の力を借りるしかありませんねっ……! あ、店員さーん、ビールのお代わりお願いしまーす」 

 

 ノーラ・ホワイトスター十六歳。彼女は教会を飛び出し乗合馬車に乗るかどうか悩んだ時と同じくらいの悩みを叩きつけられ、頭を抱えていた。それ以上にビールを飲んでいたが。

 

「なにこの飲兵衛集団……」


 頭を抱える三人組を眺めながら、そんなに美味しいモノなのかと疑問を抱く。正月などで飲むお酒は酷く苦くて、とても美味しいとは思えなかったのだが――と。


「ああ、くっそいつの間にかもう肉がねえ……! ホルモン! ホルモン頼もうぜホルモン!」

「カルビ頼もうカルビ、僕さっきからあんまり肉食べてないんだよ!」

「あっ、にんにくのオイル焼きっていうの中々美味しそうですね! それも注文しちゃいましょう!」

「なんで皆そんな脂っこいものばっか食べられるのよ……!? あたしは塩キャベツ摘んどくから」

「焼肉に来て肉と酒以外で腹を満たすのってなんか悔しくねえか?」

「無理に肉詰め込んで気持ち悪くなるよりずっといいわよ。それにこれだって美味しいのよ、シンプルだけど口の中の油っこさも薄まるし」


 そう言ってシャクシャクとキャベツを食む連翹。ウサギかお前は、と言いたくはなるが、しかし美味しそうに食べる姿はこう――


「横から掠め取って食いたくなるな、ほいっと」

「あっ、ああっ! なにすんのよ! 貴方、さっきの発言顧みなさいよ!」

「美味そうに食ってるの見て俺も食いたくなった、美味しそうならなんでもよかった、今はシャクシャクとした食感を楽しんでる」

 

 塩味で味付けされたキャベツは、焼肉以上にシンプルなモノだ。

 しかしこれはこれで中々美味いのだ。新鮮なキャベツと塩味の相性は中々良くて、無意識にいくつも摘んでしまいそうになる。

 そして何より、食感だ。肉の柔らかさや硬さとは違う、噛めばシャリという音を鳴らして断ち切れる感覚は肉に食べ慣れた口の中をリセットしてくれる。次に肉を食べれば、また肉の食感を新鮮に感じられることだろう。

 もっと取ろうと手を伸ばしたら、ばちんっ! とその手を叩き落とされた。


「これはあたしの分なの! 欲しけりゃ自分で頼みなさいよ!」

「まあ、そりゃあ正論なんだが……あれはいいのか?」


 ニールが指さすと、隙を突いて塩キャベツを咥えているノーラとカルナが居た。


「あ、貴方たちねぇ……! というかノーラまでぇ!」

「あ、肉焼けてますね、レンちゃんどうぞ」

「ああ、うん。ありがと――じゃなくて! ノーラ、貴女けっこう食いしん坊、というかためらいなく他人の食事に手を伸ばすのね!」

「酔ってるだけだと思うよ、レンさん。彼女、酔うと無意識に暴走してくタイプだから」

「そうなんだ、お酒ってホント怖――待って! 待ちなさい! 同じように手を伸ばしてた癖に、なんで関係ないって顔で解説してるの!」


 ちい、気づかれた! みたいな顔で塩キャベツを食むカルナを見て、連翹は頭を抱えた。


「なに? なんなの? 貴方たちもしかして喧嘩売ってるの……?」

「売っとらん売っとらん、新しいの頼んでやるから落ち着け。酒入ると多かれ少なかれ、みんなこんなモンだ」

「あ、カルビ来たよカルビ! 焼こう焼こう、網に置く場所なかったら僕の魔法で焼くからさ!」

「ダメですカルナさん待ってください! お祝いの焼肉でまで魔法を使って疲れる理由はありません! ちゃんとスペース空けますから!」

「あ。ありがとう、ノーラさん。助かったよ」

「待ちなさい! 突っ込むべきところはそこじゃないわよノーラ! 店の中で魔法を使う選択肢はないからね!」


 なんでお酒飲んでないのに頭が痛くなってるのよ、とぼやく連翹を眺めながら、ニールは記憶の中の彼女と今の彼女を重ね合わせようとしていた。


(……なんっつーか)


 本当に同一人物なのかってくらい違うよな、と思う。

 二年前に見た彼女は、感情的ではありつつも無機質な印象を受けたのだ。自分以外を物語のパーツとして認識していて、他人に対して人形遊びの人形としてしか見ていない――そんなイメージ。

 だがしかし、今の彼女は他人を人形のように見てはいないように思えた。相手を違う人間だと理解し、語りかけているように見える。

 だからだろうか、最初に片桐連翹という少女を見た時以上に、ずっとずっと魅力的に思えるのは。


「……そんなに見たってもうあげないからね! あたしの塩キャベツは全部あたしのモンだからね!」

「取らん取らん、好きに食えよ」


 それでも、ニール・グラジオラスという存在を思い出させて、一対一で斬り合いたいという願いは消えない。

 いや、むしろ彼女を見れば見るほど、その欲求は膨らんでいた。


     ◇


 肉をたらふく食べた満足感に浸りながら、連翹とノーラは騎士アレックスに紹介された宿の一室に入った。

 少々古く、そして二人で泊まるには若干手狭な部屋だ。部屋の大部分を二つのベッドが占領している。

 しかし、掃除は行き届いていて、荷物を置くスペースは十分にある。旅の宿としては上等な部類だろう。


「はふう……」


 やっぱり清潔なベッドが一番よね、とベッドに飛び込みながら連翹は思う。

 日本からこの異世界に来て、一番辛いのは衛生面だ。風呂などは水や火の魔法を用いた大衆浴場などが大抵どの町にでもあるため、多少はマシではある。しかし安い宿に泊まった時にシーツから嫌な臭いがしたりするのは、やはりいただけない。

 お腹が一杯になった満足感と、綺麗なベッドの幸福感。それらが掛け合わされて生み出されるのは心地よい眠気だ。瞼がゆるゆると落ちて、思考がゆっくりと霞んでいく――

 

「レンちゃん、寝ちゃ駄目ですよー。大衆浴場に行って汗流さないと」


 ゆっさゆっさ、と背中を揺らされた。

 すぐ隣で荷物を降ろしたノーラが、困った顔で連翹を見つめている。

 ゆらゆら、ゆらゆら、という振動が心地よい。このままぐっすりと眠ってしまいたくなる。


「うー……今日はお休みしようかな」

「近場に浴場が無い時ならいいですけど、ある時に休んじゃだめですよ。ほら、立って。行きますよー」


 胴体を捕まれて、そのまま持ち上げられる。それが子供の頃、お風呂に入る前に布団で微睡んでいた自分を持ち上げた母親のそれに似ていて、妙に心地よい。

 もっとも、抱きかかえられたノーラの口が、非常ににんにく臭くなければの話なのだが。臭い。なんだこれ小動物的神官のイメージがブチ壊れるのだけれど……!


「起きないと顔面に息吹きかけますからねー」

「起きる! 起きるから待って! お願い勘弁して!」


 慌てて飛び跳ねて、ノーラから距離を取った。

 あからさまに嫌がる動作をして、怒らせたり悲しませたりしないかと思ったが、当人はおかしそうにくすくすと笑っている。


(むう……)


 最初に少しだけ――そう、ほんの少しだけ――泣きそうになったところを慰めてもらったからだろうか、ノーラに勝てるビジョンが見えないのだ。

 転移者として規格外の力チートを得てからはどんな相手だろうと勝てると思えたのに、それが崩されてしまった。強さを示して他人に自分を認めさせ、受け入れてもらうという自分の目的から大きく外れている。

 だというのに、この現状が嫌ではないのだ。

 

(マジでノーラ、ニコポとナデポの使い手なんじゃないかしら……男二人もはべらせてるし)


 たぶん、頭を撫でたり笑いかけたりするだけで相手が惚れる一子相伝の暗殺拳とかを修めているのだ。きっと愛で空が落ちてきたり、指先一つでダウンさせたりするのだろう。

 そんな本人が聞いたら慌てて否定されそうなことを想像しながら、よっこいしょと立ち上がる。それを見てノーラは満足そうに頷いていた。


「それじゃあ行きましょう、ゆっくりと浸かって疲れを取らないと。明日から鍛錬するにしても、観光するにしても、疲れたままじゃあダメですから」

「ま、それもそうね。それに、西に向かう道中じゃあお風呂に入れないこともありそうだし、入れる時に入っておかないと」

 

 年季の入って石造りの宿から出て、大通りを歩く。

 空は既に帳が落ち、微かな星明かりだけの闇色に染まっている。

 しかし、大通りの喧騒は止まず、仕事を終えた男たちやクエスト帰りの冒険者で賑わっていた。

 

(やっぱり、ファンタジーっていいものね)


 RPGをプレイし、ライトノベルを読んで、こういう世界に行きたいと思い、こういう世界で生きたいと願った。

 人間以外の知性ある生き物が存在して、邪悪な化け物が存在して、まだまだ人類が世界の果てがどこかを理解していない――そんな世界。

 そこで剣や魔法で有名になって、ちやほやされたい。片桐連翹は凄い、そんな君を馬鹿にする連中はなんて見る目がないと認めて欲しい。


(……うん、まだまだ道半ば。頑張らないと)


 他人に自分を認めさせるチートは手に入れたのだ、後はそれを思うままに使って片桐連翹という一個人を認めさせるだけ――


「……ふぅ!」

「うぴあぅああ!?」


 決意を新たにしている最中、真横からにんにく臭い吐息が吹きかけられた。思わず悲鳴を上げたのは、きっと誰も咎めないだろう。

 何するの、と言おうとした唇に人差し指がそっと振れた。指の主であるノーラは、少しだけ不満そうな顔で連翹を見つめている。


「さっきから話しかけているのに……他人と一緒にいる時に物思いに耽るのは、あまり良くない癖ですよ」

「あ、ご、ごめんね。で、なんだっけ?」

「着きましたよ、大衆浴場」


 あれ、と思い辺りを見渡すと、確かにそこは大衆浴場の前だった。どうやら、思ったよりも考え込んでいたらしい。

 

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