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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
グラジオラスは曲がらない
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276/そう、決めたのだから。


「話は解った――ゆえに断る」


 夕食を終えてしばらくした頃。

 連翹はノーラと共にノエルの下に来ていた。ニールと戦う、その前準備のためだ。

 連翹と自分とニールの間にある実力差は理解している。転移者の身体能力だけで埋められる差ではないことを理解している以上、今すべきことはその差をどのようにして埋めるか。

 であれば、最もニールと相性の悪そうな剣士――それから技を教わるのが近道だと思ったのだが……結果は先ほどの言葉通りだ。

 一人、焚火の前に腰かけているノエルは「悪いことは言わん、止めておけ」と首を振るばかり。


「……レンちゃんでは真似できない、ということですか?」

「いいや。幸い、相手の動きを見る目は悪くない。たゆまぬ努力をし続ければ、いずれ私と似たようなことは出来るようになるかもしれん」


 ノーラの言葉にノエルは静かに首を振った。

 幸い才能が無いワケではないようだからな、と安堵させるためか小さく笑みを浮かべてみせる。

 

「だが、相手の攻撃を見切り、回避し、カウンターを放つ――そのような古いエルフの剣術を新しいエルフは好まない。その理由は分かるな?」

「……習得まで時間がかかりすぎるから、ってことね」


 考えてみれば。

 ミリアムたちオルシジームギルド――要するに冒険者の真似事をしている若者エルフたち――がノエルのような剣術を使っているのを見たことが無かった。

 連翹が知っている範囲ではオーソドックスな片手剣術と弓術を併用している者が多いように思える。皆、弱いワケでも技量が拙いワケでもないが、しかしノエルのように華麗に攻撃を受け流せはしない。

  

「理解したか? 半端に分かったつもりになってカウンターをしようとしてみろ、どのように動くか見切られて斬り殺されるか、思惑ごと力任せに潰されるかの二択だ」


 実戦でそれを使いたければ、『そのように使われたいと願う霊樹の剣』を納得させる程度の技量を示さなくてはならない。

 要は免許皆伝になってから戦場に出ろ、ということなのだろう。


(なんかの漫画で『達人になるまで戦場に出ないつもりか? 気が長いな』みたいなセリフがあったような気がするけど)


 それは人間の寿命で考えた場合の話であって、長い寿命を持つエルフならば何一つ不思議な話ではないのかもしれない。

 寿命が長く、そして他種族に比べて体が貧弱である以上、知識と技を武器に戦うのは当然の理屈だ。エルフの歴史からすれば、鉄の短剣や細剣で戦う現代の若者の方が異端なのだろう。

 ノエルの言い分に納得し頷き――けれど思わずため息が漏れた。

 不満があるワケではない。彼の言い分は正しいと思うし、知らずに練習をしていたら何も出来ずにニールに倒されていたことだろう。

 その未来を回避できて安堵はしているが、それはそれとして一歩も前進していない自分が嫌になって来る。


「そのような顔をするな――なに、私の剣を伝授できずとも、方向性くらいは示せる」


 そう言って焚火を消したノエルは、こちらに背を向け歩き出した。


「ついて来い――私などよりずっと適任な男が居る」


     ◇


「おう、アカヅメに――片桐とホワイトスターか、珍しい組み合わせだな」

「ああ、私もそう思う」


 ノエルの背を追って辿り着いたのは兵士たちの野営場であった。

 そろそろ夜も深くなって来ているというのに、酒を飲んだり菓子を分け合ったりして楽しそうに笑い合っている。それを横目に見る夜番の兵士が、「お前ら、ちゃんと交代出来るんだろうなぁ!」と怒鳴り声を上げた。

 レゾン・デイトルに向かうまでは、ハメを外してもここまで騒いだりはしていなかったと思う。仮にしている者たちが居ても、騎士たちが叱りに来ていたはずだ。

 だが、倒すべき敵を倒して気が緩んでいるのだろう。最低限の警戒はしつつも皆リラックスしている。それに対して騎士たちもあまりうるさいことは言っていない。決戦前後の間はずっと緊張を維持していたのだ、少しくらいはお目こぼししよう、ということなのだろう。


「ねえ、そこの貴方、そうそこの貴方よ。夜番の癖になに酒飲もうとしてるワケ?」


 だが、それはそれとして仕事はちゃんとしろ、とキャロルが兵士に怒っているのが見える。それを見たノーラは呆れたように笑っていた。

 

「うわ、マジで酒飲もうとしてやがるあのバカ野郎! ……ま、キャロルに叱られてるみてえだしオレから言うことはねえか――で、なんの用だ? 約束の件なら事後処理が終わった後に女王都で頼むぜ?」

「約束? なんかしてたっけ……? あ、あたしが忘れてるだけだったらごめんね!」

「大丈夫ですよレンちゃん、約束したのはわたしですから。無事に終わったらニールさんたちとアレックスさんたちも呼んでお酒でも飲みましょう、って」

「そうなの? ……というかどういう状況でそんな約束したのよ。ぶっちゃけブライアンとノーラってあんまり接点ないでしょ?」


 素朴な疑問だったのだが、ノーラは「ええ、っと」と気まずそうに視線を逸らす。

 対しブライアンの方といえば、連翹の方を見て安堵したように大笑している。

 本当に、二人に一体何があったのだろう。

 

「まあ気にすんな! その話じゃなけりゃ一体なんだ? つーか、考えてみりゃアカヅメも一緒に来てんだから真面目な話だよな」

「私とて不真面目な話はするがな――すまないが、片桐連翹に防御の技を教示しては貰えないだろうか? 防御に技術は不要などと言うつもりはないが、少なくとも今からカウンターを習うよりはずっと現実的だ」


 ノエルが先ほど連翹としたやり取りについて説明すると、ブライアンは「あー」と納得したと言うように頷いた。


「ま、確かにその手の話ならオレ向きか。実際、アレックスもキャロルも出来ねえことはねえが耐える役割じゃねえし、団長は忙しいしな」


 アレックスは切り込み役で、キャロルは剣と魔法を用いたオールラウンダー。騎士である以上、防御技術も高水準ではあるが、特化したブライアンには劣る。

 つまりはメイン盾。兵士だというのにナイトだったというか鬼なる――などと考えた連翹だったが、ふと疑問が浮かんだ。


「そういや、なんで騎士や兵士の皆って盾使わないの? ナイトなのに両手剣とかナイトじゃなくて内藤ってか鬼なる」


 自分で剣を使って戦うようになったから分かる。正直、相手にあんな鉄の板を構えられたら凄く戦い辛くて困るだろうな、と。

 急所は遮られ、こちらが振るった剣は受け止められてしまう。ならばと回り込んだり盾を弾こうとしても、相手だって敵がそういう行動をすることくらい織り込み済み。現在の連翹の技量では突破出来そうにない。

 やはり盾持ってないと駄目か、持っている人はさすがだなーと思うくらいだというのに、こちらの世界で盾を構えている人と出会ったことがない。

 冒険者なら荷物になるからなどと色々理由をでっち上げられそうだが、問題は騎士だ。民を守る存在であるのなら、そういった守るための装備があった方がらしいと思う。


「か鬼なるってなんだ、顔になるじゃねえのか――いやまあ、片桐が言ってることは分からねえが、言いてえことは分かるぜ。それに関しちゃ、一番メジャーなリディアの剣が両手剣を使うからってのもあるが――それだけでもねえんだ、コレが」


 それだけだったら、きっと盾を使う部隊も出来ていたぜ、と。

 だが、現実はそうならなかった。

 その理由とは、一体何なのだろう?


「まあ確かに盾はいい防具だと思うぜ。だがよ、片桐。よーく考えてみろ。仮にカンパニュラが魔法をお前に放ったとして、お前ならどう対処する? 防御して耐えようと思うか?」

「いや、全力で逃げるなり相殺する手段を探すなりするわ。あんな広範囲高威力の攻撃を防御したら即死の焼死で瞬殺――ああ、そういうこと」


 仮に連翹が馬鹿でかい大盾を構えて身を守っていたとする。正面の攻撃を全て防げる頑丈で大きな盾だ。

 だが、カルナなら炎の腕を生み出して盾ごと連翹を燃やし尽くす。ぎゅっ、と握られてゲームオーバーになる未来が簡単に想像出来てしまう。

 無論、カルナは魔法使いの中でも有数の実力者だ。ブバルディアで一般的な魔法使いの魔法を見たが、カルナの倍近い詠唱の長さで半分以下の威力で唖然としたのを覚えている。

 だが、それでも転移者にダメージを与える程度の威力はあった。それを考えると、現地人が魔法を盾で防ぐという行為の非現実さが見えてくる。

 

「盾を使う流派がないワケじゃねえし、小盾と細めの長剣ってスタイルでバランスよく戦う奴もいるんだがな。だが、結局のところリディアの剣を学ぶ剣士と比べて盾使いはマイナーだ。対ゴロツキの自警団辺りは装備していることも多いらしいがな」


 対魔法で効果が発揮できないということと、リディアの剣という両手剣を用いた防御主体の剣術がメジャーであること。

 その二つがこの世界で盾の存在感を薄めている。

 使い手が居ないワケではないが、騎士たちの装備を見る限り上を目指す剣士は盾を採用しない場合の方が多いのだろう。

 それは、つまり――


「ニールは盾を構えた相手と戦った経験がない、もしくは少ないってことよね?」

「ん? ……あー、そういうことになる、か」


 そうだ、なにせあの剣士として高みを目指している男だ。

 何度か戦ったことはあるだろう、盾を使った剣術がどのようなモノか気になって勝負を挑んだこともあるかもしれない。

 

 ――だが、両手剣よりは戦闘経験が少ないはず。


 それでも経験の差は埋めがたいが、それでもニールが最も経験しているであろう一刀流対一刀流という戦いだけは避けなくてはならない。

 技量の差は歴然なのだ。ニールの好きにやらせたら、下手をすれば戦闘開始と同時に斬り殺されて終わる。彼はそういう速攻で間合いを詰めて斬るのが――餓狼喰らいが得意なタイプである以上、最初の速攻を凌ぐ手段がなければ話にならない。

 そう考えると盾は悪くない選択だと思う。ニールの斬撃に耐えられる硬度があれば、真っすぐに突っ込んで叩き斬るという手段を取り辛くさせられる。

 

(……ま、盾さえあればオッケー、なんてワケじゃないんだろうけど)


 たった一つの対抗策で何も出来なくなるような剣士であったのなら、ニールはそもそも連翹と出会ってすらいない。

 そもそも彼と出会ったのは新人ルーキーの部とはいえギルド対抗のトーナメント戦ではないか。騎士やベテラン冒険者などと比べれば劣っていたとしても、同じ条件であればニールは十分強者なのだ。

 それを、規格外チートがあるとはいえ、剣士見習いの連翹が戦うのだ。スキルが既に見切られている以上、形勢不利なのは連翹の方。人間の剣士に斬り殺されるオークの気持ちが分かるわ、と表情を歪める。

 

「言っとくが、オレだって盾を使った防御は経験ねえぞ。あんま当てにされても困るんだが」

「それでも、防御に関してはあたしよりずっと先輩じゃない。立ち回りとか色々教えて欲しいのよ」


 そうだ、連翹が一緒に鍛錬をしたり教わったりしたのは、ニールとノエルしか居ない。

 どちらも連翹などよりずっと強い剣士なのは確かなのだが――攻撃を受け止めて耐える、というタイプではないため、その辺りを参考にし難いのだ。

 その点、ブライアンはバリバリの盾タイプ。孤独の剣鬼(オンリー・ワン)戦でも自分の両腕をあえて両断させ、相手の剣速を鈍らせるなどという真似をしていたではないか。

 基本的には鎧と剣で攻撃を受け止め、いざという時は肉体を使って皆を守る。騎士でもないのに一番黄金鉄塊の騎士に近い存在だ。


「あたしは見ての通りひ弱だけど、規格外チートがある間はブライアンより頑丈だからね。……ああ、ノエル先生がここに連れて来た理由が分かったわ。あたしが一番参考にすべき人じゃない」

 

 アレックスやキャロル、ゲイリー団長などといった実力者以上に連翹が求める技能を習熟しているではないか。

 慌ててノエルの方に視線を向けると、小さく口元に笑みを浮かべていた。ようやく気付いたか、そう言いたげな顔だ。

 

「なにその仕草、教え導く強者っぽくてカッコイイんだけど……!?」

「……あまり年寄りぶるなと言われた癖にこのような泣き言を言うのも難なのだがな。片桐連翹、貴様の言葉を聞く度に私は自分を老人だと思えてならん。正直、若者言葉について行ける気がしない」

「ノエルさん、大丈夫です。これはレンちゃん特有のモノなのでついて行けなくても一切問題ありません。むしろ、ついて行ったら頭がおかしい人扱いされてしまいますから」

「ノーラなんか辛辣じゃない?」


 笑顔でノエルをフォローしている後ろに、『ついて行けたら頭のおかしい扱いされる言語』とやらを使っている友人がいるのだが、その辺りどう思っているのだろうか。

 しかし返答はなく、にこりと微笑みかけられるのみ。あれか、言わなくても分かってますよね? ということなのか。連翹は深い悲しみに包まれた。


「ごめんなさい、ブライアンさん。突然こんなお願いをしてしまって……」

「ああ? いや、構わねえよ。むしろオレは嬉しいくらいだ」


 どうしようスルーされてる。肩を落として悲しみアピールしているのにガンスルーされている。

 なんだろう、対応がとても雑になって来ているのをひしひしと感じるのだが、面倒だから知らんぷりというより連翹はこのくらいなら大丈夫という友人ゆえの適当感がある。実のところ、ちょっと嬉しい。


「けど、ブライアンはどうして嬉しいの? あたしみたいな美少女を鍛錬の名目でおさわり出来そうとかそんな感じなの? まああたしの魅力的に考えて仕方ないのかもしれないけどねー!」

「もちっと成熟してから出直してくれよ、そん時は喜んで触らせて貰うからよ。……いやな、オレ、後処理が終わったら兵士をやめるつもりなんだ。騎士の試験には受かりそうにもねえし、やってみたいこともある。その練習にちょうどいいと思ってよ」

「いや、ブライアンさん。今回の功績があれば、試験無しでも騎士に成れたりするかもしれないじゃないですか」

「そういう前例作っちまうと後々組織が腐った時にやべえからなぁ。後のアレックスたちの後輩に迷惑かけたくもねえし、スッパリ諦めるさ」

「いや、腐るって貴方、そんな確定みたいな――」

「確定だろ。いつ頃そうなるかなんざオレには分からねえが、これまでに潰れた人間の国とかも最後の方は腐りまくってたらしいしな。その国だって、安定してた頃は今の騎士団みたいだったと思うぜ」


 どれだけ綺麗な今であっても、それは永劫には続かない。

 それは種に水をやって花を咲かせるように、時を経てその花が枯れ落ちていくように。

 始まりがあれば終わりがある。美しい時があれば、醜態を晒す時も訪れる。人が運営する以上、それは避けえない理だ。

 それを留めることは出来ないが、自分から好いた花を枯らすような真似などするはずもない。いずれ終わりが来るとしても、ずっと美しくあって欲しいと願うのだと。

 その気持ちは、少し分かる。

 ニールたちとの交流も、いずれ崩れ去るだろう。諍いゆえか、離別ゆえか、あるいは疎遠になり段々と交流が少なくなったゆえかは分からない。始まりがある以上は終わりもあるのだ、それはきっと避けえない。

 けれど、どうせ壊れるのだからと自分から崩すような真似など、出来るはずもないだろう。連翹に出来ることなど小さいことばかりだが、だからといってその小さいことをやらない理由もない。

 

「うん、そっか――それで、一体何をやりたいの? 脱サラしてラーメン屋開くみたいな感じで酒場でも立ち上げるつもり?」

「お、それもちょっと魅力的だな。けど不正解だ。上手く馴染めてねえ転移者を集めた傭兵団――つっても戦うだけじゃねえ、何でも屋の集団みてえのを作りてえんだよ、オレは」


 そう言うとブライアンは芝居がかった仕草で叫び出す。


「レゾン・デイトルが崩壊して、平和になって、オレら現地人はまさに幸せの絶頂! やはり騎士は民を守る盾であり、悪鬼に生きる場所なし! 嗚呼、アルストロメリア女王国万歳! な、わけだが――転移者たちはこれからは冬の時代だろ」

「……? あの、確かにレゾン・デイトルは崩壊しましたけど……」


 それが全ての転移者に影響するワケではないだろう、とノーラは問いかける。

 確かにレゾン・デイトルに所属していた転移者もいる、西部で暴れまわっていたような転移者も、また。

 だが、それと同じくらいにはこの世界に馴染んで暮らしている者も居るのだ。連翹や、ブライアンが面倒を見ている青葉薫という少年も、アースリュームやオルシジームでも社会に根差して暮らしていた者も居たではないか。

 

「悪逆を為そうとする人にとっては辛い時代にはなると思います。けれど、転移者全体がそういうワケではないじゃないですか」

「まあな。ちゃんと馴染もうとする奴も居るだろうよ、オレもそう思う――が、その反応は連合軍に所属していたから出来るモノだと思うぜ」


 たとえばな、と。

 ブライアンは小さくため息を吐いた。


「力を失った転移者が町で仕事を探すとするだろ? けどよ、オレが戦いとは無縁の飲食店の店主だったとして、転移者を給仕として雇いたいとは思わねえと思うんだ。大暴れして騎士に討伐された連中の残党、としか思わねえんじゃねえかな」


 あ、とノーラは納得の声を漏らし、すぐに不安そうな表情を浮かべた。

 連翹もまたブライアンが言いたいことを理解した。つまり、これは――


(とある高校の不良たちが大暴れして人死にまで出たけど、他の生徒たちは関わっていません、無関係です! なーんだ、それなら安心ね! ……とはならないものね)


 実際に無関係であったとしても、周りはそう思わないだろう。

 殺人犯の出た学校の生徒、というレッテルを貼られてしまうことは想像に難くない。

 それと同じように、これからの転移者たちは『騎士団に滅ぼされた悪党』というレッテルが貼られる。悪逆を為す者はもちろん、悪事と言うほどではないが調子に乗ってしまった者も、真面目にこの世界に馴染もうとする者すらも。


「もちろん、手遅れの奴に情けをかける気はねえけどな。だが、真面目に暮らしている奴、調子に乗って少しやらかしてる最中の奴、それが終わって更生しようとしてる奴――そいつらもレゾン・デイトルで暴れた奴と一括りにされちまうのは駄目だろ。新しい転移者のリーダーが出てきて、新しいレゾン・デイトルが出来るのがオチだ」


 やらかすのだって現地人だって大なり小なりやらかすだろ、とブライアンは笑う。

 同じ過ちを犯したのなら、転移者も現地人も平等に法に裁かれ、平等に出所するか平等に処刑されねばならない。

 だが、魔王大戦からいままでずっと平和だった大陸で一部の転移者は国を脅かした。仮に出所した転移者が居て、その転移者が更生しようと心から願ったとしても先ほどブライアンが言ったように受け入れる場所が存在しない可能性があった。

 そうなれば、再び道を踏み外す他ない。生きるには金が要る、食事が居る、服が居る、住居が居るのだから。それらが真っ当な手段で手に入れられないのなら、奪うことしか出来ない。そして最悪なことに、転移者ならそれを成し遂げる規格外チートがある。

 それらが繰り返されれば、更に転移者と現地人の間にある溝は深まり――結果、第二、第三のレゾン・デイトルが生まれる可能性があった。欲望のままに力を振るい滅んだレゾン・デイトルではなく、虐げられる仲間を救うために立ち上がった転移者たちによる国が生まれかねないのだ。

 

「ま、オレがやらなくても誰かが歯止めをかけるとは思うが――そういう『たぶん大丈夫だろ』で済ませた結果、後悔するのはもう嫌だしな」

 

 真面目な表情を霧散させて少年のように笑うブライアン。

 先程の真面目な話など存在しなかったというような振る舞いで、一体どちらが本物なのかと疑問に思ったが――どちらも本物なのだろうと思い直す。

 明るくて友情に篤い人物であり、だからこそ面倒を見ている転移者が今後どうなるのか真剣に考え、その結果どうなってしまうのか想定したのだ。


「つっても、まだまだ机上の空論でな。今後どうすりゃいいのかは色んな奴に相談して、その後に必要な金を稼いだり拠点を探したりしてえと思ってるワケだ」


 だがそれでも。

 自分でやれることは今のうちにしておくべきだろうと。


「今回のことは、雇った転移者たちをどうすりゃ教えられるのか――みてえなことの練習になるんじゃねえかって思ってんだ。だから気にすんな、むしろ至らないところは遠慮なく言ってくれ」

「そっか……なら、遠慮なくお願いするわね」

「ああ、そうしてくれ。そんじゃあ、まずは――そうだな。今日は盾なんざ用意できねえし」


 ぐっ、と拳を握りながら考え込んでいたブライアンだったが――


「とりあえず全力で、真正面からぶん殴る。お前はそれを受け止めろ」


 ――そんな、突然、意味のわからないことを。

 え? と。

 問い返す間もなく巨漢が間合いを詰めていた。

 眼前に迫る大きな拳。ごつごつとした岩のようなそれが、連翹の鼻に叩きつけられ――衝撃で吹き飛ぶ。


「あ、ぅ、痛……!?」


 血は出ていない、鼻だって折れてない。内出血だってしていないと思う。

 だが、痛みはある。突き抜ける衝撃が頭を揺さぶって気持ち悪い。


「目では追えてたみてえだが、反応が全然だめだな。途中まで完全に他人事だったろ片桐」

「いや、うん、確かにそうなんだけど……!?」


 そんな今から始めるぞという宣言もなく殴りかかられても防げるはずが――


「急に拳が来たからどうにもならなかったってか? 何言ってんだ、実際の戦闘じゃ色んなもんが急にお前を襲って来るぞ。不意打ち、フェイント、色々な手段で隙を突こうとしてくる。それは、グラジオラスだって同じだ」


 ――そんな連翹の思考を読み取ったのか、ブライアンは表情を引き締めて語る。


「グラジオラスはフェイントとかは得意な方じゃねえけど、それでも有効ならいくらでも使って来るはずだ。その時、お前はあいつに言うのか? 『正面から斬られると思って盾を構えてたのに、急に別の方向から斬られたから何も出来ませんでした』、って」


 それが嫌なら心構えくらいはしておけ、とブライアンは語る。

 防げるにしろ直撃してしまうにしろ、軽症で済むにしろ重症を負うにしろ、やることをやった上でなければ進歩がないだろう。

 運良くなんとかなった――というのは実戦でなら運も実力のうち、恥ずべきことではない。だが、鍛錬でそんな調子では成長などするはずもないだろう。成功の要因、失敗の要因を把握してこそ人は成長出来るのだから。


「咄嗟にガード出来りゃ最良、最悪でも直撃はしねえようにな。……けどま、初手でアレは意地が悪かったな。詫びってワケじゃねえが、慣れさせるために今日のところは不意打ちはしねえでやるよ。とりあえず宣言してから色んな場所を殴るから、今出来る範囲で防げ。さっきのもちゃんと目で追えてたから、怖くて目を閉じる、なんて真似をしなけりゃ九割防げるだろ」

「――うん、分かった」


 大きく深呼吸をして、見よう見まねで拳を構える。

 それでも多少は様になっているのは、転移者のスキルの動きを真似する鍛錬のおかげだろうか。まだまだ不格好な部分はあるが、足さばきや重心の位置などを考えられている。

 その様子を見たブライアンは感心したように頷き、「腹に行くぞ」と宣言しながら踏み込んで来た。

 宣言通りに腹部を抉らんとする右手の軌道を読んで右手の掌で受け止める。腕越しに伝わる重い衝撃と軽い痛みに小さく顔を歪めると、すぐさま「そんじゃ次は顎」という声。力任せではなくスナップを利かせた左の拳を、ギリギリのタイミングで左腕を割り込ませる。

 衝撃。跳ね上げられた左腕が連翹の顎を叩いく。痛みはないが、防げたと思った瞬間に来た衝撃に一瞬だけ思考に空白が生まれる。


「胸だ。せめて転ばず踏ん張れよ」


 あ、まずい。

 そう思った瞬間には、胸に拳が叩き込まれていた。

 突き抜けるような衝撃と痛み。それに負けて倒れこもうとする体を必死に抑え込んで体勢を整える。

 

「……よし、上出来だ。咄嗟のガードも悪くはねえ。想定外の衝撃で棒立ちになったのは駄目だったが……ま、ああいうのは何回も繰り返して体で覚えりゃ自然と出来るようになる」

「……やっぱり反復練習は必須なのね」


 必要なことだと理解しつつも憂鬱になる。

 が、そのようなことを言っている場合ではない。

 脳裏に過るのはニールの眼。獣めいた鋭い、あの瞳。

 あれと向き合うと決めた以上、手間を惜しんでなどいられないのだ。

 料理が愛情というのは『美味しくするための手間を惜しまない』という意味であるのと同じように――ニールと戦うその瞬間まで、勝つための手間は惜しまない。

 そう、決めたのだから。

 

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