268/帰宅
「どうも、先に上がらせて貰っています。そしておかえり、ニール、レンさん」
夕暮れ時。
観光を終え、連翹の家に帰ると既に戻っていたカルナが出迎えた。
ニールは「おう」と右手を上げて応じると、両手に沢山の袋と箱を持ちながらリビングへと向かう。
両腕を苛む重みだが、この程度ならどうということはない。先日のスーパーで持ち帰ったビニール袋の方が地味に辛いくらいだ。重さは今の方が明らかに重いはずなのだが、腕に食い込む感触がないぶんだいぶ楽に思える。
もちろんビニール袋はビニール袋で再利用できそうで便利そうだがな――と昨日の夕方に茉莉が野菜の皮などを小さなビニール袋に纏めていたのを思い出しながらリビングに入る。ゆっくりと荷物を下ろしながら、奥の床で土産物の仕分けをしているノーラと目が合った。
「皆さん、おかえりなさい。ごめんなさい茉莉さん、桜大さん、リビングの床を少し使わせて頂いています――あ、忘れるところでした。桜大さん、鍵ありがとうございます。お返ししますね」
「片付けるのであれば構わん――しかし早いな、もっとゆっくり観光すれば良かろうに」
「あまり長居し過ぎると、カルナさんが買い物し過ぎちゃうので……」
とたとたと桜大に歩み寄るノーラと談笑し――桜大は口元を緩め――て自宅の鍵を受け取る。
最初、カルナとノーラが遠慮したそれだが――
『お前たちが携帯電話を持っていない以上、これを渡した方が良い。仮にお前たちが先に帰宅した場合、家に入れず玄関の前で立ち往生するはめになる。結果、銀髪の男とピンク髪の女の外国人二人組が我が家の前を徘徊するという状況になる――怪しいにも程がある、私なら警察に通報するぞ』
――と、淡々と語った後、『そちらの方が迷惑だ』と押し付けていたのを思い出す。
確かに、この世界を今日一日観光したから桜大の言葉を真に理解出来る。黒目黒髪以外の人間もスカイツリーには沢山居たが、銀髪やピンク髪という人間は滅多に居なかった。明らかに染めている人間であれば一人、二人は見たが、一般的ではない。
(――まあ、もっとも)
桜大たちが帰宅するだいたいの時間を前もって伝えておけば、鍵など渡さずともどうとでもなるのだが。
無論、その程度のことは桜大も考えついていたのだろう。だが、二度と来ない場所。時間を気にせず楽しんで欲しいという想いがあり、だからこそ断れぬよう『持っていかない方が迷惑だ』と言い放ったのだ。
(くっそめんどくせえなぁこの人!)
思わず言い放ちそうになる。連翹が他人のことを見るのに長けているのは、父親が桜大だからなのではないだろうか。
どうなんだよ娘的には、そう思って連翹に視線を向ける。だが彼女は桜大ではなくカルナに何やら物申しているようであった。
「ねえカルナ? さっきからノーラばっかり作業してるけど、カルナはなに暇しちゃってんの? あれなの? 亭主関白的なの? ノーラってなんだかんだでガッツあるから、今からこんなことしてたらカウンター喰らうわよ」
「あー、いや、手伝おうとはしたんだ……けどあんまり整頓が上手くないから、任せっきりになっちゃってるんだよね」
「まあそうだよな、お前の場合」
最低限身なりを整えたり、魔導書や鉄咆とその部品の整理整頓などの出歩くための準備はそれなりにしっかりとしている。外見は整えといた方が得だし、己の仕事道具の整備に手を抜くことはない。
だが、それ以外の整理などはニールから見ても雑だ。興味のないことは一気に面倒になるのは料理のしたごしらと同じだ、途中から一気に適当にやりはじめる。
ニールの場合は『まあ、俺は俺で適当にやってる部分はあるしなぁ』と思って好きにやらせているのだが、ニールなどよりもずっと細かいであろうノーラからすれば、色々と物申したい部分があるのだろう。
「だってカルナさん、とりあえずって感じで適当に袋に仕分けて行くんですよ。大きい箱も小さい箱も考えもせずに」
「あー、分かるわそれ。スーパーとかでそういう人ってよく見かけるのよね」
男の人ってそういう人が多いわよね、と頷く茉莉。
全員が全員そうではないのだろうが、家事に携わる機会が少ない以上は女性よりも適当な人間が多くなるのも致し方あるまい。
「いや、確かに適当なのは認めるよ。けど、どうせここに居る間はお金なんて使い放題なんだ。袋の節約なんて考えず、適当に外に買いに行けば――」
「どうしても足りないならそれも考えますけど、そういうのって帰ってからも癖になりそうなので止めて欲しいんですよ。無限にお金使えなくても、袋を貰うついでに何か買ってこようとか考えちゃう人でしょうカルナさんって。ですから、ええ。荷物運ぶ時は呼びますので、カルナさんは戦力外だから手を出さないでください。いいですね?」
なぜだろう、ゆっくり休んでくださいという言葉が何やら別の意味に聞こえる――カルナが笑顔のノーラに気圧されるように後ずさりする姿を見てニールもそう思った。
「見た目しっかりしてるのにこういうとこ一人暮らしの男の子って感じよねカンパニュラくん……けど、グラジオラスくんは昨日のスーパーでもちゃんと食材詰めてたわね」
「いえ、ニールさんはその辺りけっこう几帳面ですよ、実家が宿だからなんでしょうか。それでも、途中で面倒になったのかだんだん適当になっていくんですけど」
「客が相手ならそこら辺は真面目にやるが、自分の荷物にそこまで頑張る気にはならねえんだよな……」
金を貰っている仕事ならもう少し頑張るが、自分のための家事に熱意を抱けない。
基本、あれこれ考えたり細々としたことを延々とやったりするのは苦手なのだ。そういうのは剣の鍛錬で十分だろう。
「ま、それでもノーラばっかしにやらせんのもな……なあ、皆に渡す菓子とかはどっちに置けばいい?」
「それでしたらこっち側にお願いします。日持ちするのとしないので分けてますので、そっちは自分で確認してくださいねー」
「おう、任された。おう連翹、お前も手伝え」
「いいけど、あたしも整理整頓は得意じゃないわよ? 部屋が綺麗だったのもお母さんが片付けてくれてたからで、転移前はベッド脇にラノベでビルが乱立していたもの」
さながら東京砂漠って有様だったんだから、などという意味が分からないことを言いながらもニールの横にちょこんと腰掛ける。
「こんなもん慣れだ慣れ。やりゃあ出来るようになるし、やらなきゃそのまんまってだけの話だよ。なあ、ナルキの宿で俺が何度言っても生返事で本を積み上げてやがったどっかの誰かさんよぉ!」
「いや、あれはちゃんと次に読むべき本を積み上げていたワケで――くそっ駄目だ、ナルキの時と違って今回味方がいないぞ……!?」
筋肉と贅肉のダルマたちはお前側だったもんなぁ、と眉を寄せる。
その四人で口論になると大体二対二になるのに、片付けの話になったら三人で連携してニールを攻撃し始めるのだ。畜生あいつら絶対許さねえ……!
「あたしはカルナの気持ちも分からなくもないけど。まあ、うん、あんまり迷惑かけるのもどうかなって思うのよね……ねえニール、こっちのクッキーの箱ってどっちに入れたらいい?」
「お前の手前にあるその袋に頼む。賞味期限近い奴があったらこっちに渡してくれ」
「オッケー。しっかし、なんかパズルやってる気分ねこれ、倉庫番とかみたいな。あたしああいうの苦手なのよね……」
ぶつくさと言いながらもちゃんと手を動かしている辺り、やはり根っこは真面目だなと思う。
時折連翹に口を出しながら土産の整理をしていると、おずおずといった風にカルナが皆に混ざるように座りだす。
「どうかしましたか? 休んでいていいですよ?」
「ごめんノーラさん、さすがに皆が仕事しているのに何もしていないのは――正直心がとてもつらい」
疎外感が半端じゃ無いんだ、と寂しげな顔をするカルナにため息を一つ。
「そう思うんならもうちっと改善しろよお前は」
「……善処するよ」
「あ、これってその時は真面目に改善しようと思うけど、次の片付けの時には完全に忘れてるやつね! 知ってるわ、あたしがそうだったもの!」
「まずいな、否定する材料がない……!? 真面目に気をつけないとなぁ……うん」
小さく息を吐いて、ニールたちと混ざって作業を開始する。
真面目にやり始めてしまえばニールやノーラがサポートする必要はなかった。
当然だ。基本的にカルナはニールなどよりずっと小器用で優秀なのだ、真面目に集中して作業すれば慣れ不慣れはあったとしても優秀な結果を出せる。
そして四人で一気にやってしまえば終わるのはすぐだった。
全員用の菓子、帰路の際に摘めそうな食べ物、親しい個人に対する土産などに分けたり、途中でニールがついうっかり水族館のガシャポンで手に入れたフィギュアを組み立て始め、カルナがそれに食いつき、ノーラに怒られるという一幕はあったが、時間にして三十分もかからなかった。
ふう、と額を拭う。特別肉体的に疲れたワケではないのだが、こういう作業は肉体を使うモノとは別の疲労が体に貯まる気がしてならない。
「そういう時は、まぁやるべきことは一つだよなぁ……! 茉莉さーん、グラス貰っていいっすかー?」
「ああ、いいのよ。わたしが持ってくからそこに座ってて」
立ち上がりかけたニールを止め、茉莉は台所へ向かう。
怪訝な顔をするカルナとノーラの前で、ニールは満面の笑みを浮かべて土産物と一緒に持って来た箱を指差した。
「聞いて驚け、ビールやら他の酒やらがたっぷりだ」
「それはありがたいけど――今から冷やしていたら飲むまでに時間がかかり過ぎるんじゃないかな?」
こくこく、とノーラが頷く。
「食材を保管する場所をわたしたちが勝手に手をつけちゃいけないと思っていて、家族のお土産って体で買ったお酒もそのままなんですよね」
「いや、別にそこまで気を使わなくても――というかホワイトスターちゃん本当にお酒好きよね。この歳でこれってちょっと不安になるんだけど……」
「はっ、俺はともかく一緒に行動してた桜大さんがそんなことを考えてないと思ったのかよ……?」
ニールは箱を開封すると、缶の一つを掴み、ぶんっ、と上に放り投げた。
空中で激しく回転するそれを鮮やかにキャッチし、見せつけるように掲げる。その缶を、軌跡に残留した冷気を、そして箱に詰まった酒の缶と一緒に詰めてある氷を見て、カルナは納得した言うように頷いた。
「なるほど、氷冷庫とか氷室、食材運搬用の馬車なんかと同じか。僕らの世界じゃこんな軽い素材はなかったし、人力で持ち運ぶのは想定してなかったな」
「だろ? 俺が持ち帰っている間に、こんな風にきっちり冷えてるってワケだ……! 俺じゃあ絶対思いつかなかった。さすが桜大さんだ、一家の大黒柱なだけはあるぜ……!」
「…………」
なぜだろう、これだけ褒め称えているというのに桜大がとても微妙な表情を浮かべている。いや、そのようなことで持ち上げられても困るのだが――そんな内心の声が聞こえてきそうだ。
「まあいいか、実のところ俺もどのくらい冷えてるのか気になってんだよな。というわけで荷物持ちの特権としてちょっと先に飲ませて貰うぜ――!」
「あ、待ってグラジオラスくん! さっき無駄に放り投げてシェイクしてんだから、その缶じゃなくて別の――」
グラスの載ったお盆を持って駆け寄る茉莉の忠告は、ほんの一瞬だけ遅かった。
ブルトップで開く缶。出口を求める炭酸。押し上げられるように加速するビール。
ぶしゅわああ! と。
それは、まさしく鉄咆の如くニールに向けて射出される――!
「ぬわああああああっ!?」
「に、ニールダイイイイイイン!? というか缶の炭酸を爆発させるとか貴方、小学生じゃないんだからぁ!?」
しゅぱあああ! という音と共に吹き出すビールに誰もが大惨事を予測した。
だが、否。吹きこぼれたビールはニールの手を軽く汚しただけで、辺りに散らばることはなく全てニールの口に注ぎ込まれている――!
そうとも、ここまで飲めなかったのだ。一缶たりとも無駄に出来るかという執念で受け止め、飲み干していく。
噴射が止まる。滴るビールの飛沫を舐め取った後、ニールは口元を拭いながら不敵な笑みを浮かべてみせた。
「……はっ、せっかくの酒をこぼすと思ったかよ。こんなもん、無二の剣鬼の斬撃を凌ぐのに比べたら温すぎるぜ……! 中身はちゃん冷えてたがな」
「俺上手いこと言ったみたいな顔しないでくんない? それの中身と一緒で冷えるのよ、空気が。というか、そんなことに形容される孤独の剣鬼の気持ちも考えたげて?」
連翹の反応も冷たくね?――そう思ったが、彼女を咎める人間がいない以上、現状は一対五だ。誰も味方がいない。
これではとても勝負にならない、くそうと思いながら缶に残ったビールを飲み干す。うまい。なんかもうビールが美味ければ他は全てどうでも良いのではないだろうか……?
「オンリー・ワン? 誰かしら、向こうの友達?」
「……強敵と書いてそう読ませる、っていうなら正解ね。……まあ、あれよ宿敵とかそういうの」
冗談めかしながら本質に触れないのは、昨日ニールが手首を切り落とした姿を見て気絶したのを覚えているからだろうか。
あの戦いに恥じ入るモノは何もなかったが、しかしたかだか手首を落とされた程度で気絶する人間に聞かせる内容ではないということくらい分かる。
それを忘れれば、ニールたちはこの世界におけるレゾン・デイトルの転移者と化してしまう。
完璧でなくとも良い、分からないなりに尊重すれば良い。今までの連翹のように。
「ま、そいつに勝ったから褒美代わりにこっちに転移して来たっつーワケなんスよね。つっても、俺一人じゃ絶対勝てなかったッスけど」
グラスを受け取りながら、自嘲の笑みを浮かべる。
「ぶっちゃけ、俺は他の連中よか多少気合が入ってるだけで剣士として飛び抜けてるワケじゃねえんで――悔しい話ではあるんだがな」
結局のところ、ニールが勝てたのは仲間の助力と性格が無二が求めていたモノと合致していたからに過ぎない。
剣士としては実力も才能も、きっと経験も努力も負けている。ニール・グラジオラスという男は、無二ほどストイックに剣に生きていない。
友人と語らう時間が好きだし、美味しいモノを食べるのが好きだ。酒を飲むのも好きだし、観光するのも楽しめる。剣が一番であるのは確かだが、剣のために全てを捨てられるか? そう問われれば頷ける自信がない。剣が大切なのは確かだが、他の輝きもニールの大切なモノなのだから。
結局のところ、彼とニールの差はそういう部分なのかもしれない。
もっと研ぎ澄ませば良いのではないか? 無駄を省いて、省いて、省いて、鋭い刀剣のような生き方をすべきではないのか?
そうしなければ、あの頂には届かないのかもしれない――
「冷っ……!?」
――そんなことを考え始めた瞬間、首筋にビール缶を押し付けられる。
下手人たる連翹は、どこか不機嫌そうな顔をしながらニールの瞳をじっと見つめていた。
「ちゃんと頑張った人が頑張っただけ強くなったり上手くなったりするのは当たり前だけど――」
努力の方向性云々など、一概に言い切れない部分はある。
だが、それでも頑張らない奴が頑張った奴を倒すのは世界の法則として間違いだ。上手くなるために、強くなるために時間を費やした人間の方が高い能力を持つのは当然の理屈である。
「――だからって、全身全霊で頑張り続けないと無価値ってことはないでしょ? 実際、あいつはそれで取りこぼしたモノもたくさんあるんだから」
輝いたモノだけが尊ぶモノであり、それ以外は塵芥。
それは一側面では正しい理論なのかもしれないが、決して万能の答えではない。
当然だ――今ここに居る四人。
ニール・グラジオラス。
カルナ・カンパニュラ。
ノーラ・ホワイトスター。
そして、片桐連翹。
――その誰もが決して光り輝いていただけの存在ではない。
ニールは連翹に敗北し、己の気持ちすら理解出来ぬまま剣を振るっていた。
カルナは雑音に蹂躙され、己の才気を信じる高いプライドと敗北からの劣等感の落差に苛まれ続けた。
ノーラは求める理想には程遠い力量のまま、転移者どころか現地人の男性集団に翻弄された。
連翹は圧倒的な規格外に縋って、その力こそが己の存在意義だと盲信した。
――誰もが敗残者であり、未熟者であり、落伍者だ。
勝利し続けてきた者などいない。実力、才能の有無はあれど誰もが他者に、そして自分に敗退している。
だが、それでも。
ニールは無二を打倒し、二代目の勇者『狼翼』の名を得た。
カルナはその魔法とひらめきを以て魔法使いとしての地位を盤石にし、今後は鉄咆の発明者という名誉を得るだろう。
ノーラは己の弱さから目を逸らさず出来ることをし続けたことによって、他の神官には出来ぬことを成し遂げ続けた。
連翹もまた己の弱さと向き合いながら前に進み、皆の信頼を得た。
誰もが完全無欠ではない。
全く傷のない宝石などでは断じてない。
だが、それでも――その傷こそが皆を輝かせるモノである、と。
「というか、そういう凄い人だけが素晴らしくて後は全く価値がない――なんてことを考えだしたら、あたしたち転移者を笑えないでしょ? 強くて弱くて、頑張って頑張れなくて、凄くて駄目で、そんなのが色々混ざったのが人間なんじゃないの?」
そういうのを言い出したら、大天才や規格外持ち以外は生きる価値なしって感じになるじゃない。連翹はそう言ってクーラーボックスからコーラを取り出す。
これでこの話は終わりだ、そう言うように。
(――ははっ)
その仕草が、ニールは嬉しくてたまらない。
確かにあの剣鬼を上回るにはもっともっと鍛錬をしなくてはならない、非才の身であるのならば尚の事。
だからこそ、思った――こんなことをしている場合か?
連翹の両親と出会う、転移者たちの世界の観光、一緒に戦った連合軍の皆への土産――ああ、こんなもの、剣となんの関係がある?
自分にあの男ほど才能がないのを理解している癖に、こんな風に時間を浪費するのか?
それら全てが正解で、それら全てが間違いだ。
理想に向かって全力疾走し、脇目も振らず、転びもせず、真っ直ぐ真っ直ぐ進み続ける。
それはきっと人間として破綻している――そのように生きてしまった無二の剣鬼の姿を見れば赤子でも理解出来るだろう。
極限まで研ぎ澄まされた刃は美しく、けれど脆い。心を支える柱がたった一つしかないのだから、それも当然だろう。
だからこそ、連翹はニールの思考を打ち切らせた。
こんなこと考えたところでロクなことにはならないわよ、と。
そんな風に、自分のことを理解して貰えていることが嬉しい。これはきっと剣士として必要のない感情なのだろうが、それでも心からそう思うのだ。
「やはり、仲がいいな」
そんな様子を見たからだろうか、桜大は静かに口元を緩める。
「っと、悪いな。今返す」
「ねえニール、消しゴム借りてたみたいなノリで言うのやめてくんない?」
「なに、構わん――いや、そうだな。悪く思うのであればではあちらでの連翹のことについて詳しく教えてくれ。各人の目線から見た娘の姿をな」
「え、ちょっと待って、それちょっと恥ずかしい気がするんだけど――」
「ええっと、それじゃあわたしからですね。わたしがレンちゃんと最初に出会った時は、ローブで全身ずっぽりと覆いながら宿の食堂で喧嘩しているのを見た時でした」
ノーラは慌てる連翹の横顔を見ながら我先にといった風に手を上げる。ノーラァ!? という連翹の叫びが室内に響き渡った。
「……ねえ待って連翹、なにやってるの?」
「いや、あのねお母さん――謎の強者ロールプレイにはああいうローブが必要不可欠なのよ。マントとかローブとかは格好いいボスの特権よね!」
「お前、俺やカルナに無視されて半泣きだったけどな……つーか、あの時ノーラが居なかったら真面目に話す機会がなかったかもしれねえな」
思えばあれも一つの分岐点だったのかもしれない。
今でこそ転移者全てが悪党ではないということを理解している。だが、当時は一種のモンスターめいた扱いをしていた。敵対する相手、倒すべき相手、そのような思考が先にあったのだ。
だからこそ、中立なノーラの対応が大きなキッカケとなった。転移者という名の別種族ではなく、力を持っただけの人間であると理解出来たのだ。
ノーラが居なければ、こんな風に仲良くなることもなかった。連合軍という枠組みに居ても、わざわざ話しかけようとは思わなかったろう。




