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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
「ありがとう、さようなら」
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265/ボドゲと猫とチョコレート


 さして広くない店内ながら、しかし数多くのボードゲームが陳列されている店だ。

 テーブルトークRPGや、カードや駒を使った遊戯がこれでもかという程に店の中に存在していた。色とりどりの箱が並んでいるのを見ているだけでも少し楽しい気分になってくる。

 奥にはテーブルが存在していて、あそこでも購入したゲームなどを遊ぶことが可能なのだろうと思う。

 

「……贅沢な悩みではあるけど、悩むね、これは」


 先程、ノーラがこちらの世界のゲームを『テレビに繋いだり道中見かけた機械などを使って遊ぶモノ』であると誤認していたが、実のところカルナもそれに近しいことを考えていた。

 傾斜産業、などと言ったら怒られそうだが電気を使ったゲームに居場所を追いやられ消え失せる寸前――その程度だろうと思っていたのだ。

 実際、カルナがこの世界に来て見かける遊戯は大体は電気を使ったモノばかりだった。ゆえに、少し有名所を探すだけで良いと思ったのだ。

 だが、その認識は誤りであった。

 正直、想像以上に数が多い。考えてみれば昨日やったカードゲームもアナログのゲームではないか。

 恐らくだが、電気を使ったゲームとこういったボードを使ったゲームはジャンルが同じなようでいて絶妙に違っているのだ。ゆえに、互いに食い合わずに成長していっているのだろう。


(実際の状況を見ないと分からないものだなぁ)


 現場主義を気取るワケではないが、こういう『盛り上がっている空気』というのはその場に居ないと中々伝わらないモノだ。 

 客層も様々で、昔からこういったゲームが好きなのか気安く店員と話している壮年の男性に、「これはあの人の動画で見たヤツだ」と友人同士ではしゃぎながら箱に手を伸ばす少年たち、棚を端から端まで丹念に確認しているピンク色のサイドテールを揺らす少女、などなど多種多様。

 

「ノーラさん楽しんでるなぁ……」


 カルナたちと出会う前は教会で共同生活していたというし、ああいったボードゲームは前からやっていたのかもしれない。

 そう考えれば、桃○(も○てつ)やドカ○ンに熱中していたのも頷ける。元々、ああいうのにがっつりはまり込むタイプなのだろう。実際、崩落テラー似の女の子が歌っているゲームはそこそこで切り上げていた。

 真剣に選んでいるようなので声をかけるのも無粋か、とカルナもまた自分の趣味でゲームを探し始める。

 出来ればこちらの世界の文化や常識が関係しないモノがいいな、とディクシットと書かれた箱を手に取った。カードの絵柄を見て連想する単語を言い、親となったプレイヤーが出したカードを当て合う単純ながら奥が深そうなゲームだ。

 他にも運勝負よりは読み合いの方が好みのため、ハゲタカのえじきというゲームも手に取る。数字の書かれたカードを使ったシンプルなモノらしいが、シンプルゆえに遊びやすく、読み合いも白熱しそうだ。

 全体的に遊びやすくて、かつこちらの世界ではメジャーなモノばかりだが、それで良いだろうと思う。

 メジャーであるということはそれだけ多くの人間に愛されているということだし、遊びやすいのだからニールも問題なく遊べるはず。この手の遊戯は自分が楽しむのももちろんだが、一緒に遊ぶ相手のことも考えねばならない。

 

(しかし、考えてみると変わったな、僕も)


 当たり前のように皆と遊ぶことを考えている自分に気づき、口元に小さく笑みを浮かべる。

 ほんの数年前までは家族とローブの修繕を頼むお婆さんくらいしか交流が無かったというのが嘘のようだ。

 こうなったのはニールとの出会いが切っ掛けであったが、もし彼と出会わなかったのなら自分はどうなっていたのだろうか?

 なんだかんだで今のような社交性を得ていたのか。

 昔の性格のまま、一人のままだったのか。 

 今となっては想像することしか出来ないが、どちらにせよ一番は現在であると確信している。

 ニールという剣馬鹿が気に入っているというのもあるが、それと同じくらいに――

 

「――カルナさん! カルナさんは何か買いましたか?」


 ――きっと、この出会いもなかったろうと思うから。

 ゆっくりとこちらに近づいてくるノーラに微笑みかけながら頷く。

 

「うん、けっこうかさばるから二つだけだけどね……そっちは?」

「わたしも二つですね。これ以上は際限なく買ってしまいそうで」

 

 そう言って見せるのはナンジャモンジャという良く分からないファンシーなモンスターが描かれた箱と、キャット&チョコレート幽霊屋敷編という古めかしい屋敷の絵が描かれているワリに可愛らしい名前のゲームであった。

 

「こっちは変な生き物に名前を付け合いながら山札を捲って、名付けた生き物を引いて一番早く名前を言えた人がカードを貰っていくっていう簡単なゲームで、こっちは危機を手持ちのアイテムで乗り切るストーリーを即興で考えるゲームですね」


 どちらも複雑なルールはなくて、皆で遊べそうですよと微笑む。

 その回答に彼女も自分と同じことを考えていたのだと分かり、カルナは少し照れたように笑い返した。

 通じ合ったことの喜びと気恥ずかしさを抱いたまま、レジに向かい会計を行う。値段はそれなりにするが、何度も遊ぶモノだと考えればむしろ安いくらいだろう。

 

「そういえば、あっちの席って使えるんですか?」


 会計の途中、ノーラが店員の一人に問いかける。

 席が空いているとはいえ、自由に使って良いのかは分からない。席代がかかるかもしれないし、他の人が予約しているかもしれないのだから。

 

「昼から予約が入っていますので、あまり長時間は使えませんが……」

「それなら、少しだけ試しに遊ばせて貰ってもいいですか? 他の場所も観光しようと思っているので、昼前には出ますから」


 そう言ってノーラは先程購入したばかりのキャット&チョコレートの箱を、そっと持ち上げた。


     ◇

 

 キャット&チョコレート。

 それは訪れた危機に対してアイテムカードを使うことで危機を脱するストーリーを即興で組み立てるゲームだ。

 アイテムカードは一人三枚を手札として所有できるが、自由にカードを使えるワケでは断じてない。危機が書かれたカードの裏には1~3の数字が書かれており、山札の一番上に書かれた数字分のカードを必ず使い切らねばならないのだ。

 危機を脱したどうかは他のプレイヤーによる投票が行われ、過半数が乗り切れたと判断したら危機のカードを手にすることができる。ゲーム終了後に危機カードを多く持っていた者が勝者となるのだ。


「危機は小屋。壁の猟銃が暴発して貴方に向かってくる――使えるカードは二枚ですね、どうぞ」


 二人とも初心者だと分かったためか進行役を請け負ってくれた店員がカルナに促す。

 なるほど、こうやって遊ぶのか――二、三と軽くプレイして感覚を覚えたカルナは頷きながら手札のアイテムカードを見る。ロープ、マネキン、ペンダントだ。こんなモノで鉄咆てつほう――いや、こちらでは鉄砲てっぽうか――にどう対処すれば良いのか。

 しばし考え込んだカルナだったが、良しと頷いてロープとマネキンのカードを場に出した。 


「まず最初になぜ暴発したのかと考えよう。それはきっと、激しい戦いがあったからだと思うんだ。そして戦う相手は意思を持った人形――ということでマネキンだね」

「これって猟銃が暴発される前の描写ですけど、ルール的にはいいんですか?」

「皆を納得させられたら、極論『小屋の中で食べてポイ捨てしたバナナの皮で足を滑らせて偶然回避』とかでもオッケーなのがこのゲームなので、基本的になんでもありですよ」


 皆が納得したら全部セーフです、という店員の言葉に内心ホッとする。もしかしたらアウトだろうか? とは思っていたのだ。

 もしそうであったら次はペンダントで偶然防ぐという方向性で話を組み立てなくてはならないが、そうしたら残りの一枚をどう使うのかあまり思い浮かばない。長考すれば思い浮かぶかもしれないが、先程閃いた回答が邪魔をして中々考えつかないだろう。

 そんな内心を悟らせぬよう自信満々の顔で、カルナは続きを語る。 


「続けるよ。襲い来る人形と格闘していた僕だけれど、その最中に一本の猟銃が暴発して床をえぐる。壁にかけられた猟銃に弾が込められている可能性に気づくと、僕はロープで人形を拘束しながら位置を調整――これでロープだね。がむしゃらに襲ってくる人形はそんなことに気づかず大暴れし――残った猟銃を暴発させた。背中に弾丸が突き刺さった人形は、表情もない癖にどこか呆然とした雰囲気を出しながら、地面に倒れるのだった――どうかな?」

「どちらかと言うと『危機、襲いかかる人形』みたいな空気でしたけど……わたしは良いと思いますよ」

「人によっては猟銃が複数ある、ってことに突っ込むプレイヤーもいるだろうけど、こちらもオッケーを出しておきましょう」


 満場一致でオーケーが出た。危機カードを手元に加え、新たにダイナマイトとシーツを手に入れる。シーツをどう使えば良いのかと思うが、ダイナマイトは良カードだ。破壊力があれば大体の危機は乗り越えられる。

 そして次はノーラだ。彼女に訪れた危機は『食堂のナイフやフォークなどといった食器がこちらに飛んでくる』というモノであった。


「使えるカードは一枚ですね、それではどうぞ」

「はい、アイテムカードは……え……? いや、これ……?」


 店員が促すも、ノーラは己の手札を凝視したまま動かない。

 しばし深く考え込んでいたようだったが、突如として吹っ切れた笑みを浮かべた彼女は、手札から『手帳』のアイテムカードを場に出した。


「……食堂から飛んでくるナイフを前にわたしは手帳――愛用の日記帳を胸に抱き、楽しかった思い出を胸に抱きながら瞳を閉じます。せめて苦しまずに死ねますように、そう祈りながら……」

「待ってノーラさん! 危機を脱出出来てない! 完全に危機に蹂躙されて敗北してるよそれ!」


 ノーラの回答にノーを叩きつける。

 そりゃそうだ、全く抵抗出来ずに死んでいる。せめて抗えよ空想上のノーラ。

 だが、そのような反応はノーラも分かっていたのか、「うう……」と呻きながら頭を抱えた。


「仕方ないじゃないですかぁ! 手帳と猫とタキシードじゃあ飛んでくるナイフやフォークから身を守るなんて三枚カードを使っても不可能ですよ!」

「そんな手札だったんだ!? ……いや、猫を盾にして致命傷を避ければあるいは」


 頭と心臓が無事なら十分生き残れる可能性はあるのだし、猫を突き出しながら前傾姿勢にすればワンチャン無事で終わるかもしれない。

 そんな風に、ワリと本気で親切心から言ったのだが――


「カルナさん……」

「前世はペルシアの兵士か何かですかね……」

「ど、どうしよう、味方が誰一人として居ない……!?」


 ――ノーラどころか店員ですら苦笑いしながら引いている。解せぬ。

 そりゃあ猫は可愛いが、だからといって命には代えられない。盾に出来るならそりゃあ盾にするだろうと思うのだが、カルナの想いは店員にもノーラにも届かない。


「というかそれなら、タキシードではたき落とすとかそっちの方がいいんじゃないかな……?」

「いや、人間に刺さるくらい勢いのついた刃物をただの布で受け止めるなんてのは不可能だよ。手帳がもっと大きくて分厚ければそっちを使ったけど」

「……なんか実感こもってるねお客さん」

「ええ、知り合いが剣の扱いが上手いから自然に理解出来て――あー、いや……けっこうごたごたしてるんで、故郷」


 ドン引き度合いが更に深くなったのを見て、言葉を濁しつつ寂しげな表情を浮かべる。

 深くは説明しない。なんとなく意味深な表情を浮かべて相手に想像させてしまえ――!

 

「あー……最近ヨーロッパの方、テロとかデモとかで大変なんだっけ?」


 一体なんのことだ? という感情を悟らせないように、カルナは困ったように頬を掻いた。


「ええ、それで故郷の知り合いから対処とかを色々教わっているんです。荒事が得意で剣も習ってる奴なので」

「西洋の剣術って……フェンシングとか、ドイツ流剣術とかかな? あまり詳しくはないけど」

「実のところ、僕もあまり知らないんですよね。そのせいかよく『お前は剣に興味が無さ過ぎるんだよ』とか言われてて」


 相手から引き出した言葉を突破口に、真実を交えつつ色々とでっち上げる。

 ノーラが『やっぱり詐欺師かな?』という目で見つめてくるが、全力で気にしない方向で行く。

  

「それじゃあ次は――階段から滑り落ちるか……ダイナマイトの爆風をここに来る前に手に入れたシーツで受け止め、ふわりと浮き上がって着地。無事に危機から脱出する」

「……いえ、これは」

「確かに幽霊屋敷編はファンタジー要素は使えるけど、ちょっとこれで助かる未来は見えないなぁ……」

「いや、だって――ああ違う、あれは転移者だからだ……!」


 脳内でデフォルメされた王冠クラウンがこちらを見下しながら通り過ぎていく。愚者め、容易に我の真似などをするからだと笑われた気がした。

 そりゃそうだ、最低限転移者レベルの頑強さが無ければ爆風の時点で死んでいる。

 こんなくだらないミスで最強武力(ダイナマイト)を無駄にしてしまうとは、悔やんでも悔みきれない。

 くそう、と言いながら時計に視線を向ける。そろそろ昼前、予約している人のために早めに片付けておくべきだろう。

 そして今度はニールたちを交えた上で完勝してみせる――カルナはそう心に誓うのであった。


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