264/秋葉原
(――さて、どうしてこうなったのか)
腕を組んだカルナが思い返すのは今朝のこと。
食後、茉莉に電車の乗り方を教わった後、カルナとノーラは東京方面に向けて出発した。
この国の首都。最も栄えた場所。
ゆえにカルナはここを選んだのだ。栄えた街並みは見ているだけで楽しいし、栄えているのだから様々なモノが集まってくる。ゆえに、ぶらぶらと歩きながら気になった店に入ってみることにしたのだ。
最初は本の街と呼ばれているらしい神保町を目指そうかとも思ったが――
(この世界で生きているならともかく、昨日来たばかりの僕じゃ持て余しそうだしね)
――情報は多ければ多いほど良い、というワケではないと思い断念したのだ。
自分で上手く活用出来なければ全く持って意味がないのだ。今のカルナが古書を漁った所で、ニールに魔法王国時代の魔導書を読ませるようなモノではないか。
ゆえに、素人が見て回っても楽しめて、かつこの世界特有のモノが多数溢れる場所はないだろうかと連翹に相談し――
『あ、それなら秋葉原とかいいんじゃない? 電気街ならアニメや漫画はもちろん、機械部品とかも売ってたはずだもの』
――なんか駅近くに色々なモノ売ってた気がする! 毎回素通りしてたけど! という彼女の説明に若干不安は感じたものの、茉莉も桜大も否定はしなかったため信じてみることにしたのだ。
そうして訪れた秋葉原。改札から出て空を見上げると巨大なビルが複数カルナたちを見下ろしていた。
その様子を見て、『茉莉さんに連れて行って貰った駅前よりずっと発展してますね!』とか、『うん、寂れているワケじゃなかったけど――これと比べたら分が悪いか』と談笑しながら大通りへと向かったのだが――――
「――君たち、ちょっといい? 外人さん? 残念だけど、もうこの辺りでのコスプレは禁止されているんですよ」
――――笑顔で、けれど窘めるような物言いでカルナたちの前に立ち塞がる者が現れた。
こちらの世界における治安維持の戦士、警察ではない。どちらかと言えば町や村の自警団に近い存在だろうと推測する。
(理解したつもりだったけど――百聞は一見に如かずだね)
意識が現在に戻る。
ウィッグやカツラだったら外して欲しい旨を告げられ、おろおろとしているノーラの姿を見て小さく吐息を吐く。
連翹に珍しいと言われ、道行く人にチラチラと見られていたので銀髪とピンク髪が珍しいというのは理解していたつもりだった。
だが、その理解は浅かったと言わざるをえない。目立つとは思ってはいたし、まさか本当に呼び止められるとは思っていなかったのだ。
けれど、問題ない。
連翹の部屋でパソコンを借りた時に、最低限の対抗策は考えている。
「あの、ええっと――」
「――いえ、日本に来て何度も言われているんですけれど、そういうのじゃないんですよ」
一歩前に出て、柔らかく微笑む。
友好的な対応というのは、場合によっては剣や魔法よりもずっと有効な防衛手段だ。下手に喧嘩腰な者よりも、誠実な対応をした方が丸く収まることも多い。
「僕の場合はアルビノって程じゃないんですけど色素が薄くて、肌の方はあまり問題ないんですけど、髪の色はだいぶ白髪っぽくなってしまっているんです」
両親は金髪なんですけどね、と言って笑う。
金髪の色が抜けた結果、白髪寄りの金髪になっているのだと。銀っぽく見えるのはそのためなのだと。
無論、大嘘である。
父は茶髪だったし、母はカルナと同じく銀髪だ。金髪の遺伝子などカルナが知っている範囲では欠片も混ざっていない
だが正直に話しても信じて貰えるとは思えない――カルナはギリギリなんとかなるかもしれないが、ノーラは無理な――ので誠実な対応に見せかけて色々でっち上げてしまえばいい。
「ノーラさん――ああ、彼女は染めてはいますけど、それは服装の趣味に合わせてなんですよ。ストロベリーブロンドって聞いたことありませんか? あれよりちょっと色が濃いですけどね」
誤解させて申し訳ない、と。
和やか対応で、手間を掛けさせて申し訳ないという表情を浮かべながらカルナは何度か頭を下げる。
その仕草は誠実な、けれどこの街に慣れていない観光客そのものだ。
「ああいや、こちらこそ申し訳ありませんでした。時々、秋葉原だからという理由でコスプレして来る外国の観光客がいるもので……」
「構いませんよ。お仕事お疲れ様です」
大変ですね、と微笑みながらも内心は『上手く誤魔化せた』の一言。
完全に詐欺師そのものだが、今回ばかりは仕方なかったと許して欲しいと思う。嘘も方便というヤツだ。
「ありがとうございます――しかし日本語がお上手ですね」
「ははは、この観光のために頑張って勉強して来ましたから」
「そうですか、それならどうか楽しんでいってください。そちらの女性も、先程は申し訳ありません」
「ああいえ……けど、帽子か何かで隠した方がいいのでしょうか?」
「いえいえ。よく見れば衣服は普通のようですし、道端で撮影会などをしなければ問題ありませんよ」
ノーラが己のサイドテールの先を弄びながら少し拗ねたように言う。
こちらの世界に来てから好奇の目で晒されることも多かったので、致し方あるまい。
カルナはノーラを庇いつつ男たちに会釈し、そのまま大通りへと歩き出した。
途中、駅のガード下に何やら機械の部品を売っているらしい店が見えて興味をそそられたが、今は堪えておく。部品を探るにしても、観光しつつ他の店の場所を覚えてからの方が良いだろう。
「さっきはありがとうございます。あの言い訳、前もって考えていたんですか?」
「必要になるとは思ってなかったけどね。昨日の段階で色んな人に見られていたからね、人が多い場所に行くとトラブルになるかもと思ってね」
とは言ったものの、先程の説明は雑で本気で疑られていたらあのようなモノでは説得出来なかっただろう。
だが、ちゃんと相手に合わせた対応をすればトラブルも減る。
物腰が柔らかい相手には誠実に、喧嘩腰の相手ならそれ相応の対応を。前者に喧嘩腰で挑んだら怪しい無法者であるし、後者に対して柔らかい対応をしたら舐められる。
「ああ……桜大さんが疑った理由も分かるというか、目に狂いはなかったというか」
「ノーラさん酷くない?」
「冗談です、ありがとうございました。わたし一人だったら、きっとどうしたら良いのか分からなかったので」
くすりと笑うノーラと共に大通りへと出た。
「……ああ、なるほど」
目の前に広がる風景に、カルナは納得したように頷いた。
実を言うと、駅前は普通の栄えた街並みに見えていたのだ。飲食店が入ったビルや、奥に見えるUDXと呼ぶらしい複合施設。確かにそれらに興味はそそられたし、流石に栄えているなという感想は抱いたものの、連翹が言ったような街には見えなかったのだ。
もっとも、視線の端に見えたアイドル――なんでも歌って踊る見目麗しい男女の総称らしい――のカフェや、その更に奥にガ○ダムカフェという鎧武者らしきモノが飾られた店はあったものの、目についたのはせいぜいそのくらいだ。結果的に、思ったより普通だなと思ったのも致し方あるまい。
だが、大通りへと出ると評価は一変する。
ビルに設置された看板、それらがアニメ、漫画、ゲームのモノが大多数なのだ。
ざっと見渡すだけで見つかるゲームショップやゲームセンター。歩道ではスカート丈が短いメイド服を纏った女性が何やらチラシを配っているのが見える。
特別、特殊な作りな建物があるワケではない。看板などを別のモノに入れ替えてしまえば、普通の栄えた街並みになるかもしれない。
だが、特定の趣味趣向の者と物が集まった結果、独特な空気を生み出している――そんな感覚。
「レンちゃんが勧めた気持ちが分かりました。確かにあっちにはない空気ですよね、ここ」
「確かにね――と、それじゃあ試しにここに入ってみようか」
黙って突っ立っていても時間は過ぎるばかり。なら、とりあえず色々な店に入って遊んで見るべきだろう。
カルナの言葉に頷いたノーラと共に、近くにあった遊戯施設に入ってみる。内部は一、二階にクレーンゲーム、それより上はカラオケとなっていた。
言葉の意味は正直分からなかったが、その辺りは店員に聞いたおかげでなんとなく理解は出来た。
クレーンゲームは自分で獲物を手に入れる、言わば釣りのような遊戯なのだろう。景品が取れる取れないではなく、取ろうとする過程を楽しむ遊戯なのだ。
カラオケの方はもっと単純で、歌を歌って楽しむ施設らしい。
「なら、僕らはクレーンゲーム一択かな」
「残念ですけどそうなりますね」
わたしたちはこちらの歌を知りませんから、というノーラに頷きながらクレーンゲームの機械を見て回る。
想像以上によく出来ている女の子の人形など、少し――そう、少し興味を惹かれたがぐっと堪える。代わりに、一瞬ノーラが物欲しそうに見ていたすみっこが好きな動物のぬいぐるみが入ったモノの前に立ち、かちゃりと硬貨を入れた。
動き出すアームを興味深げな表情を浮かべながら目で追い――アームは見当違いな場所で止まった。
「なるほど……こうやって位置を合わせてぬいぐるみを取るのか」
「け、けっこう難しそうですね……」
「大丈夫だよノーラさん、僕に任せて。やり方が分かれば後は、手に入れるだけだからさ」
操作方法は分かった。
ならば何一つ問題はない。
人間が使う道具である以上、使い方違うだけでパソコンやスマホと同じだ。
楽勝だ、取れない理由が存在しない――――
「あの……カルナさん、別にそこまでやらなくても……」
「糞っ……! こんなやる気の無さそうな顔したナマモノどもなのに、どうして僕から逃げ回れるんだ……ッ!」
――――三十分程前は、確かにそう思っていたカルナなのであった。
現状に至った理由は二つ。
そもそもカルナは魔法使いであり、戦士でも狩人でもない。魔法はある程度狙った相手を自動で追尾してくれるという性質もあり、カルナ本来の間合いを探る能力はそこまで高くないということ。
そして――使い方が分かっただけで簡単にぬいぐるみやフィギュアを取れるなら、このような商売は成り立たつはずもないということを完全に失念していたこと。剣の使い方が分かったところでカルナが剣士のように剣を振るえるはずもないのだ。
「その、カルナさん……頑張ってくれたのは分かったので、もう別の店に行きませんか?」
「まだだ、まだ……! 僕とこのゆるい生き物との勝負は終わっちゃいない……!」
そうだ、さっきはぬいぐるみを少し移動させることに成功した。勝利に近づいたのだ!
ならば問題ない。技術も少し上達したような気がしないでもないし、絶対に勝てない戦いでは断じて無いのだ。
「ああ、昨日のゲームでのわたしって、こんな風だったのかなぁ……」
注ぎ込んだ金額はとっくの昔に一万を突破していた。
それ以降は熱くなりすぎて数えていない。カルナの頭の中に残った理性的な部分が『お金使い放題じゃなかったら後悔で死にかねなかったなぁ……』と遠くを見つめてぼやいていた。
だが、知ったことか。資金が無限ということは無限に戦い続けられるということだろう。
そうだ、勝つまで挑み続ければ最後に勝つのがカルナなのは確定的に明らかなのだ。そう、もう勝負はついている――!
「あの――ええっと、中のぬいぐるみ、出しましょうか……?」
だが、戦いは思わぬところから現れた店員という名の援軍によって、唐突に終わりを告げてしまう。
「……ごめんなさい、お願いします」
「いや待って欲しいノーラさん。ここで頼ってしまうと負けたことになるんじゃないかな……? それは少しばかり恥ずかしいことだと思うんだ」
申し訳なさそうに頭を下げるノーラに待ったをかける。
そうだ、まだだ。まだ、僕は戦えるぞとアピールをするのだが――
「気持ちは分からなくもないですけど……その、もう既にとても恥ずかしいことになっているので……」
――恥ずかしそうに周囲を見渡すノーラの姿を怪訝に思い、カルナもまた周りを見る。
そして、ようやく気づく。すみっこが大好きな動物のぬいぐるみが入ったクレーンゲームに張り付くカルナを遠巻きに眺める野次馬の姿が。
考えてみれば当然のことではある。見た目高身長の美男子という要素に、可愛らしいぬいぐるみを取ろうと悪戦苦闘する姿というギャップ。そして延々と金をつぎ込んだ結果、一人で三万近く使っている姿はもはや見世物でしかない。
店員が気を利かせるのも仕方がないことかもしれない。さすがに可哀想だな、という顔が表情に張り付いていた。
「ええっと……それで、どの子を出しましょうか?」
「ありがとうございます。それじゃあ……この頭に赤い飾りがついてる子で」
「ああ、『えびふらいのしっぽ』ですね。はい、どうぞ」
「……そうか……僕は、エビフライの尻尾に負けたのか……」
どうぶつですらないないんだけどコレ……、とか。
なんでエビフライの尻尾に顔がついてるんだよ、とか。
頭の赤いリボンみたいなのがエビの尻尾成分かよ、とか。
思うことは多々とあったが、それ以上にカルナはそんな生物に惨敗したという事実に打ちのめされていた。エビやエビフライですらない、エビフライの尻尾だ。超残り物じゃないか……!
肩を落としていると野次馬から「ま、まあ頑張ってる姿は伝わって来たから」、「こういうのは気持ちの問題だよ兄ちゃん」、「爆発しろって思ってたけど逆に急速にしぼんでて憐れに見えてくる、強く生きて」などと憐れみの言葉を投げかけられカルナは微かに頬を赤らめた。
なるほど、確かに現段階でももうけっこう恥ずかしい。あのまま戦い続けていたら一体どうなっていたことやら。
「そんなに気を落とさないでください、熱くなって暴走しちゃうのはわたしも昨日やっちゃったので。それに、あっちの人が言っている通り、頑張ってるのは伝わってきましたから」
こちらの世界でいうところのサッカーボールくらいのサイズのぬいぐるみを袋に入れてもらいながら、ノーラは微笑んだ。
それは喜び半分、慰め半分の言葉と微笑みだ。
それを見るとどうしても自身の情けなさを感じてしまうのだが――
(――まあ、喜んでくれたなら、それでいいかな)
――袋から少し飛び出したエビの尻尾部分、そこを時折ぴろぴろと撫でているノーラの姿を見ると、あの戦いも無駄ではなかったかなと思うのだ。
◇
先ほどの敗北からおおよそ三十分ほど経った頃、カルナたちは目につく店を冷やかしながら大通りを歩んでいた。
連翹の言い方では漫画やアニメ、ゲームなどといったモノしか売っていないのかと思ったが――ショーウィンドウにハニートーストの食品サンプルを展示しているカラオケ屋や服屋、異国からの旅行者向けの店などと想像したよりも店のバリエーションは多い。
「ただ、それでも本なんかは漫画ばかりだね」
あくまで大通りの店をを軽く冷やかした程度の経験だけなので、もっと色々見て回ったら感想は変わるのかもしれないが、現状カルナはそう感じていた。
道中覗いた本屋などは漫画やラノベなどが主流で、時折絵の書き方や創作に役立つという名目で置かれたこの世界の中世や近世の風俗にいて書かれた本が置かれているくらいだ。
同人誌と呼ばれる薄い本も見かけたが――カルナが見た範囲では有名な物語のキャラクターを使ったファン創作が主であったため、手を伸ばすことはなかった。探せば専門的な知識が記されたモノもあるのかもしれないが、土地勘のないカルナではそれを見つけるのは厳しい。
(さっき行った虎の穴とかいう店の上階にある、年齢指定のある方は気になるけど――)
さすがにノーラを引き連れてそこに行けない。
その結果冷たい目で見られようものなら、先程のクレーンゲームで出来た傷が思いっきり広がってしまう。
「ゲームなんかも気になりますけど、残念ですけど持って帰っても遊べませんよね」
新発売ということでゲーム画面を写している電気屋のモニターを見てノーラは残念そうに言った。
こちらの世界で圧倒的知名度を誇るゲームの十五作目らしい。黒服を来た四人の男が剣で戦ったり車でドライブしたり、釣りをしたりキャンプしたりする映像が見える。黒服に剣ということは連翹が好きなジャンルだろうかとカルナは思ったが、ここに連翹が居れば無言で首を振られただろう。好きなジャンルとはちょいズレてるのよ、と。
「だろうね、こっちの人間が僕らの世界の魔導書を持ち帰るようなものだ」
リアルな映像にカルナもまた興味を惹かれつつもスルーする。仮にこれを購入したところで連翹の家でどれほど遊べるか怪しいし、何より元の世界に帰ったら遊べない。
魔法と科学の技術の違いに溜息を吐く。
カルナはいくつか機械部品を持ち帰って弄ってみようとは思っているが、それでこちらの世界の技術を完全再現出来るとは思っていない。あくまで知的好奇心を満たすための遊び目的、本を読むのに疲れた時にやるパズルぐらいの考えだ。
そもそも、カルナたちの世界はカルナたちの世界の文化があり、こちらの世界はこちらの世界の文化がある。仮に再現出来たとして、魔法によって発展している今の世界で必要とされる未来が見えない。
ゆえに、機械部品などはサブで、土産や自分用の道具は電気などを使わずとも動くモノが望ましいとカルナは考えていた。
「だけど、何を買うべきかな――ん?」
道路の向かい側に存在するゴリラの看板のカレー屋を見て『一体なぜゴリラなんだ……? さっきのエビフライの尻尾とかとんかつとかでも思ったけど、こちらの世界の人間ってチョイスがおかしくないかな?』と思いながらもスルーして歩いていると、気になるモノが見えた。
先程何度か冷やかした本屋よりも小じんまりとしたビルと看板、だがそこに描かれたモノと文字は確かに今のカルナが欲していたモノだ。
「よし、ノーラさん次の横断歩道で向かい側に行こう」
「構いませんが、何かあったんですか?」
彼女の背丈では車や人に隠れて見えなかったのだろう、不思議そうに問いかけてくるノーラにカルナは「ゲーム屋だよ」と答える。
「あの、カルナさん? さっきそれは無理だって話を――」
「ああ、違う違う。というかノーラさん、昨日の経験のせいかゲーム=電気を使う遊びになってるね」
言いながら、それも仕方ないと思う。
あれだけ発達した遊戯が山のようにあるのだ。カルナやノーラが知っているような古めかしい遊びなど、とっくの昔に消え失せていると無意識に考えてしまっていてもおかしくはない。
信号機が青になり、向かい側の歩道に移動しながらカルナは小さく微笑んで先程見つけた看板を指差した。
「サイコロの絵とボードゲームの文字……たぶんアレなら僕らの世界に持って帰っても遊べるんじゃないかな」




