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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
「ありがとう、さようなら」
266/288

263/空の街/2


 その後、連翹の機嫌を取るべく荷物持ちになりつつスカイツリー内部の商店街を見て回る。

 四階。

 スカイツリーという巨大な建造物と考えればかなり下層の、しかし普通の建物だと考えれば十分高所に位置する商店街は、どことなく日向ひむかい――いいや、こちらの世界で言うところ古い日本の街並みを思わせる作りだ。

 

「なあ、食品サンプルってことは食品の見本ってことでいいんだよな? ……こっちにはああいう料理がマジであんのか?」

「は? そりゃ食品サンプルってそういうモンだし――うわぁなにこれ!?」


 ニールの視線の先にあるのはビーフシチューの食品サンプルだ。

 なるほど、確かによく出来ている。程よく煮込まれた野菜と柔らかそうな肉、表面にとろりとかけられた生クリームはどう見ても本物で、オルシジームで食べたことを思い出して腹が減ってしまう。

 それだけならよく出来た偽物だと感心はするが困惑はしなかった――ビーフシチューの中に、手足の生えたニンジンがまるで風呂に浸かっているかのようなポーズで存在していなければ。

 器の縁に両腕を載せ、脚を組んでいる様はまさにくつろいで風呂に入っている人間そのものだ。お前はそうやって煮込まれて美味しくなるのか? と問いかけたくなってくる。

 それ以外にも、二人でホワイトシチューに使っているニンジンの男女――男女?――のサンプルや、カレーの器の中で膝を抱えているニンジンなど多種多様。なんだこれ、こんなに生き生きとした感情を見せつけられると食べにくいのだが……!


「安心して、某異世界モノみたいに野菜は動かないしキャベツも飛んだりしないから、ニールの世界と一緒だから安心して――あ、見て見てニール、あっちの大鍋でニンジンの家族がお風呂入ってる!」

「ああ、そういう遊びか。俺はてっきり、このまま踊り食いする文化でもあんのかと……」


 職人による全く無駄のない無駄な遊び心に心を揺さぶられながら、ニールは周囲を見渡した。

 目の前に存在する荒唐無稽なモノ以外にも、遠目に見る限りは――いや、近くで注視しなければ本物と見間違えかねないモノも多い。

 視線の先に存在するのは白米と半熟の目玉焼きだ。食べかけなのか半分ぐらいに切り裂かれ、とろりとした黄身を皿の上に垂らしている。上からかけられた醤油と微かに混ざり合う姿に、一口大に切り分けられた目玉焼きが白米に載せられている姿。それを見ると、ああ、どうしてこれが偽物なんだと思ってしまう。


「転移する前もこういうのってもう見かけなかったけど、ホント良く出来てるわね。丼ものとか超美味しそう――ん? ニールそれ買うの?」

「……いや、やめておく」


 連翹の言葉に『ああ、それもいいな』と思いかけて手を伸ばしかけ、しかし否と首を振る。

 

「置ける場所がねえってのもあるが、仮にこれが持ち歩けるサイズだったとしても、こんなモンが近くにずっとあったら腹が減って仕方ねえしよ」


 冒険者などをやっている以上、毎食自分が食べたいモノを食べられるワケではない。

 行軍の最中によく食べた干し肉の塩気で味付けしたスープやシチューなどは、ニールとカルナだけで野営した時よりずっと豪華な食事だったのは確かだ。だが、贅沢な話だがずっと食べていたらさすがに飽きる。

 だというのに手元にこんな最適解があったら頭と口がもっともっと贅沢になってしまう。こんなモンより卵を寄越せよ、などと考えてしまいかねない。本来、冒険者なんて不安定な職業で三食がっつり食べられる時点で恵まれているというのにだ。


「贅沢云々とか言い出したら、こっちで色々食べた時点でけっこう贅沢になってるんじゃない? ま、そこら辺あたしも同じなんだけど。帰った時の野営が少し怖いわ」

「同感だ――けどま、今日はそこら辺は忘れちまおうぜ」

「それもそうね……あ、これ買っておこうかしら。ほら、このベーコン型の栞」


 本に挟んでいたらカルナ辺りが二度見しそうだな、などと談笑しながら店外へ。

 少し長居してしまっただろうか、茉莉と桜大はどこにいるのだろう? そんなことを考えて辺りを見渡し――


「……待って! やっぱりあのお寿司の時計は買っておくべきだと思うの……!」

「やめておけ。使いづらいだけだろう、それは」

「だ、だってなんか可愛らしくない……!? 見て、長針と短針が割り箸で、秒針が爪楊枝なのよ……!」

「その代わり数字の位置に寿司の食品サンプルがあるのだがな。もう一度言う、やめておけ。後でやはり時間が見づらいと言い出すだけだ。あそこのキーホルダーで我慢しておけ、これなら場所も取らんだろう」

 

 ――飾ってある時計の前でわちゃわちゃとしている二人組を発見するのであった。

 茉莉の視線の先を見る。寿司桶とそこに収められた寿司を模したそれの中で、割り箸が正確に時を刻んでいた。なんだろう、あの色物感は。


「あ、連翹連翹! お願い、貴女も桜大さんを説得して! これがあると毎日がとても楽しいんじゃないかと思うの……っ!」

「ごめん、欲しい気持ちは分かるけど、お父さんの言葉の方が理があると思うの」


 というか、ウチの家具とこれは合わない気がするのよ、と。

 連翹の常識的な意見に反論しようと口を開き――言葉が思いつかなかったのかそのままがくりと肩を落とした。


「……なんだろな、茉莉さんテンション上がった時のノリがまんま連翹な気がするんだが」

「私などよりずっと一緒に居たのだからな、似るのも道理だろう」

「さらっと過去の闇をチラ見せすんのやめてくんね?」


 腕を組んで頷く桜大に思わず溜息が漏れる。この人、無意識に重い話題を口に出しすぎな気がする。

 顰めっ面でそういう言葉ばかりだから怖いという印象を抱かれるのだろう。もっと表情を柔らかくするか、和やかな会話をすれば――


(ま、それが出来たら苦労しないって話だな)


 それこそ、ニールとて人のことを言えた義理ではない。

 ニールもまた、もう少しだけ深く考えて動けば良いだろうにと言われることはあるが、それが出来ないから今があるのだ。

 

「そうだな……すまなかった」

「……いや、俺が言える話じゃなかった。中々、難しいよな、こういうのってよ」


 その時その時で完璧な言動をして完璧にコミュニケーションを行う。

 それこそが理想だが、しょせん理想は理想。そんな真似が出来る者が多くないからこそ、今も昔も人間という生き物は諍いが絶えないのだろう。

 全く持ってままならない――そんな感想を吹き飛ばす明るい声が耳に届いた。

 

「そっちの二人ー! なんか知らないけど暗い面してないでさっさと行きましょうよー!」


 寿司のストラップを買った茉莉を引き連れ、連翹が大きく手を振る。

 その様子を見て、ふっ、と桜大は笑みを漏らす。

 

「こういう所がいかんのだろうな。私だけでは周りの空気が重くなるばかりだ」

「そこら辺は茉莉さんに頼りつつどうにかすりゃいいだろ――っと、連翹が不機嫌になる前に行こうぜ」

「ああ」


 互いに口元に笑みを浮かべつつ連翹たちの元へ。

 手を振っていた連翹は、遅いと憤慨するように腰に手を当てた。


「やった来た……っていうか、なんだかんだでニールとお父さん一緒に居るタイミング多いわね。なに? あたしたちに聞かせられない話?」 

「そういうワケではないが、男同士で弾む話もある」


 娘や妻には弱みを見せ辛いのだろう。

 その辺りはニールも理解できる。なにせ、男なんて生き物は多かれ少なかれプライドの生き物なのだから。

 連翹はその言葉に納得したように頷いた。


「男同士で弾む話? ああ、お父さんもまだまだ若いのね――エロ談義で盛り上がるなんて」

「――!?」

「連翹、本音かからかってるのかは分からねえがやめろ。桜大さんめっちゃ困惑してっから」


 思いっきり目ぇ見開いて驚いてるからやめてさしあげろ。

 

「え? だって男同士で盛り上がれるネタイコールエロでしょ? つまりはドワーフのロリ巨乳かエルフのスレンダー貧乳の話をしてるんじゃないかって、最高に頭の良い推理で導き出した結論なんだけど?」

「最高に頭が悪い結論だろうがそれは! いやまあ、そういった話で盛り上がることが多いってのは否定はしねえが……」


 ……これはもしや、ニールとカルナのせいではないだろうか?

 カルナと二人で大盛り上がりしている時は、大体の場合そういう話題だったような気もする。

 これは厄介だ。なにせ、連翹の言葉も大きく間違っていないのだから。

 男はプライドの生き物であると同時にエロスの生き物。ならば、女体の話で盛り上がるのは当然の帰結――!


「だがちっと待てよ連翹、落ち着け。お前の親父のことをよく思い出せ、そういう話で盛り上がるタイプに見えるかよ?」

「えー? だってお父さんもお母さんとなんやかんやでズコパコした結果あたしがいるんでしょ? 興味がないはずがな――あいたぁ!?」


 すぱぁん! と。

 背後から勢いよく振り下ろされた茉莉のカバンが連翹の脳天を打ち据えた。

 

「この子は! この子は! というか最近、恥じらいを覚えたと思ったのにどういうことなのかしらこれは……!?」

「痛たた……いや、なんというか、あれ以来どうもニールからそういうこと言われたりされたりすると恥ずかしいっていうか……けど、それ以外の猥談は、まあ別に? って感じで。なんというか慣れよ慣れ」


 元々その辺りの耐性が高かったのもあるが、冒険者としてソロ活動していたら随分と慣れたと連翹は得意気に語る。

 確かに女のソロ冒険者――それも見た目は力が無さそうな少女の姿である以上、そういった下卑た連中を引き寄せることもあったのだろう。

 もっとも、転移者の規格外チートがあればそんな連中など鎧袖一触。全員余裕で叩きのめした後、『可愛い女の子だと思った? 残念! 最強で黄金の鉄の塊で出来たナイトでしたー!』などとやっていたのだろう。

 

「お……? なあおい、なんかあっちに甲冑あるからちょっと見てくる!」


 じっくりと「連翹、貴女も歳頃の女の子なんだからもうちょっと言葉に気をつけなさい」説教を受けている連翹をそのままに、ニールは思わず全力疾走――しかけて早歩きで向かう。

 辿り着いた先で出迎えたのは、遠目からも見えた赤色の鎧兜だ。

 ツヤのある赤という目立つその姿以上に目を引くのは、兜に拵えられた飾りだ。

 何かのモンスターを連想させる二本のの角飾りは雄々しく、額を彩る六つの円は……硬貨か何かだろうか?

 

(……だが、見た感じ本物じゃねえな)


 贋作――というよりは、飾り用に新たに仕立てたモノなのだろう。

 周囲を見渡すと日向ひむかい風――いや、こちらで言うところの日本風の物品が数多く陳列されていた。

 鎧の一部を模した飾りや、独特な模様が描かれた旗のミニチュア、墨で描かれたように見える絵画などといった異国から来た者が買いあさりそうなモノ。

 そしてそれと同じくらい多いのは、連翹の部屋の本棚に収められていた漫画やラノベの絵柄に近いグッズだ。

 

(要は英雄をネタにした土産とか売ってる店ってワケか)


 調べていると赤い鎧を模した何かや、巨大な三日月や『愛』という字を飾りにした兜を模したモノなどが多い。写実的なモノであっても、漫画のような絵柄のモノであってもだ。恐らく、こちらの世界の英雄の象徴的な装備なのだろうなと納得する。


(だがなぁ……)


 よく出来ているし、テンションも上がる。

 だが、ニールはその英雄について欠片も知識がないためそこまで興奮しないのだ。格好いいとは思うものの、そこまでのめり込めない。

 もっとも、異国の鎧兜を見るのは楽しかったからそれで良しとするか――そのようなことを考え踵を返そうとし、それを見た。


「ちょっとニール! 別に一緒にお説教されろとまでは言わないけど、置いてくこと――」

「……連翹」

「――ないじゃない、ってどうしたの?」


 静かに呟くニールの背中を見て、連翹は怪訝な表情を浮かべた。

 突然店に入っていったと思ったら、黙り込んで一点を見つめているのだ。なるほど、連翹が問いかけたくなる気持ちも理解出来る。

 だが、それ以上に――


「どうしよう、俺、これすげぇ欲しい……!」


 ――この興奮を抑えるのに必死だ、とニールは『それ』を指差した。

『それ』は、何の変哲もない傘であった。

 いや、ニールたちの世界で普及しているモノよりは拵えが丁重ではある。だが、それだけだ。物珍しいモノではないし、あちらの世界であっても金をかければ『それ』以上のモノは手に入るかもしれない。

 そう、物珍しいモノではない。


 ――――唯一、傘の持ち手が刀の柄になっていることを除けば……!


 なんだこれ、男心が擽られまくって困る。

 もっと子供の頃に似たようなモノを手に入れていたら、剣術ごっこでこれを振り回していたに違いない。

 気分はまさにサムライ。今すぐこれを腰に差して歩き回りたい。

 

(それに何より、すげぇ落ち着く)


 こちらの世界には銃刀法という法律があり、許可なく刃物などを持ち歩けない。ゆえに、泣く泣くイカロスを連翹の家に置いてきた――昨日今日と放置気味なので朝食後丹念に磨いておいた――のだが、やはり手元に剣がないというのは違和感がある。

 だが、これなら堂々と持ち歩き違和感をある程度緩和出来るのだ。言ってしまえばタバコ中毒の人間が火をつけない状態で咥えて我慢するのと同じこと。

 つまり、一挙両得。最高の買い物ではなかろうか――!?


「ああ、うん、そうよね、ニールそういうの好きよね……買ってもいいんじゃない?」

 

 ニールの興奮は、しかし半笑いで対応された。

 なんだろう、とても解せない。これは絶対良いモノだろうに……!

 この喜びと興奮をどうすれば余さず伝えることが出来るのか? 連翹の生暖かい視線に晒されながら必死に考えていると、ゆっくりと茉莉と桜大がこちらに歩み寄ってきた。

 

「ああ、なるほど。いきなり一人で行くからどうしたのかと思ったけど、確かに外人さんが好きそうなお店よね」

「連翹も好きなのではないか? 見ろ、ゲームの土産もあるぞ」

「ああ、戦国系ゲームのグッズなんてのも売ってるんだ――って待って、なんかとっても有名なアライグマが武将のコスプレしてるグッズとかもあるんだけど」


 思ったより節操ないのね……と他のグッズに注目する連翹。刀傘には全く興味がないようで、正直ガッカリしてしまう。この素晴らしさを共有したかったというのに。

 小さく溜息を吐いていると、桜大が連翹の肩を軽く叩いた後、そっとニールの方を指差した。

 最初怪訝そうな顔をしていた連翹だったが、ニールの表情を見て何かを理解したのか小さく吹き出す。


「ごめんごめん、他に気になるのが沢山あって。良かったじゃないニール、似合ってるわよそれ」

「……お? だろ? 触ってみろよこの握り心地! 思わず振り回したくなんだろ……!?」

「気持ちはちょっと分かるけど振り回さないでよ。そんな広い場所じゃないってのもあるけど、突然傘を振り回していいのは小学生の特権で、それ以上はただの不審者なんだから」

 

 僅かに呆れつつも楽しげに笑う連翹の言葉に頷きながら会計に向かう。

 購入して晴れて自分のモノとなった刀傘を腰に差してみる。どうしよう、楽しい。時折ちらりとこちらを見てくる者も居たが、ニールが異国人であると知ると納得したように笑う。阿呆な観光客だと思われているのだろうが、それで見逃して貰えるのなら安い取引だ……!

 いざ行かん、と歩き出そうとしたら連翹に襟首を掴まれた。

 

「待って待って。嬉しそうなのはいいけど、他の人に迷惑だから止めたほうがいいわよ、それ」

「えぇ……」

「……そ、そんな寂しそうな顔しないでよ。ほら、刀の柄は握ってていいから! さすがにこんな場所で腰に差してぶらついたら邪魔ってだけだから!」


 人にぶつけたり商品を引っ掛けたりしかねないから! と右手に傘を押し付けられる。

 まあ、うん、仕方ない。

 腰に差した方が剣感が強くて良いのだが、連翹の言う通り人が多い場所では邪魔でしかないのだ。自分を納得させるべく刀の柄をにぎにぎと触りまくる。


「ほんとニール、子供じゃないんだから……まあ楽しそうなモノがあってはしゃぐ気持ちは分かるけどね。それじゃ、次は――」

「待て」


 どこの店に行こうかと歩き出した連翹を桜大が呼び止める。

 ちらりと腕時計に視線を向けた彼は、一度頷いた。

 

「そろそろ展望回廊へ向かう時間だ、行くぞ」

「あ、そっか――そういえば、お昼近いのにご飯の前に行くの?」


 行くタイミングとしてはかなり半端じゃない? そう問いかける連翹に桜大はその通りだなと首肯する。


「だが、この時間でしかスムーズに行けそうになかったのでな。平日ならば食後にでも行けたのだろうし、日によって違うのかもしれんが、少なくとも今日は無理だった」


 朝早く来ている者たちは昼食に流れ、昼頃に来る者たちが集まるには早い時間。ゆえに、なんとか滑り込めたと桜大は言う。


「連休や学生の休みならばこうも上手く行かなかっただろう。運が良かったな」

「確かに、夏休みとかゴールデンウィークとかだったら、もっともっと人が多かったでしょうね」

「確かに最初その話は聞いていたっすけど、今よりっすか……」


 先導する桜大の背を追いながら呟く。

 ニールの認識では今でも十分人が多いと思うのだが、場合によってはこれ以上の人混みになるらしい。

 だが、なるほど。そう考えると帰って来るタイミングはかなり良かったのかもしれない。人混みは賑やかで嫌いではないが、あんまり多いと動きにくいので嫌なのだ。

 無数の人間でぎゅうぎゅう詰めになる自分の姿を想像して乾いた笑いが漏れる。そういう時にカルナが居ればはぐれることはないのだが――そんなことを考えたニールは、「そういえば」と連翹の方に視線を向けた。


「カルナとノーラはいまごろ何やってんのかね?」

「こういう時、スマホがあれば便利なのにねー。写真送り合ったり出来るのに……それはともかく、心配はいらないんじゃない? カルナ一人なら暴走するかもだし、ノーラだけだと不安だけど、二人なら問題ないわよきっと」


 確かにな、と頷く。

 二人とも暴走する時は暴走するが、スイッチが入るタイミングがどちらも違う。

 ゆえに、片方が何かやらかそうとしても、もう片方が止めるはずだ。

 もっとも、こんなことを考えているのがカルナにバレたら「まさか君にそんな心配をされるとはね」と怒られそうだな、などと思い笑みを浮かべる。

 そんな風に談笑しながら歩いている最中、ニールは突如として足を止めた。

 原因はエスカレーター付近に設置された案内板、その中でも飲食店を紹介しているモノだ。店名と料理の写真と共に、何階にその店があるのかが記されている。

 その一点――ニールはそれを見つめ、硬直してしまった。

 怪訝な表情を浮かべた連翹がニールの視線の先を見て、「ああうん、超納得したわ」と頷く。


「けど、ね? ニール――凄く気になってるのは分かるんだけどね?」


 ――世界のビール博物館。

 その名称をじいっと見続けるニールの肩を、連翹がそっと手を置いた。

 無理だから、諦めて、と。

 ここではニール未成年なのは理解しているでしょ? と。

 その言葉が致命の一撃になったのだろう。ニールはその場でぐしゃりと崩れ落ちた。


「ちっくしょう……なんでこっちは二十歳からなんだよ――ッ!」

「……仮にグラジオラスの年齢が大丈夫だったとしても、車で来たから私が無理だ。どちらにしろ飲めなかったと思って潔く諦めろ」


 スカイツリーでも酒は売っているだろうから、それを買って家で晩酌するか? と。

 そう言っておずおずと手を伸ばす桜大の手を強く握りしめる。


「……桜大さん、もしかして神なんじゃねえの?」

「!?」

「待ったニール、落ち着いて。ニールが言ってる神様のスケールが小っさ過ぎるから」

「まあいいじゃない。ぎくしゃくしているよりは仲良くしてくれてる方がね」


 小さく苦笑しながら笑う茉莉たちと共に、ニールたちは天望デッキへと向かうのであった。


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