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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
「ありがとう、さようなら」
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262/空の街


 基本、ニールは甘いモノは好きではない。

 別段嫌いという程ではないものの、卵料理、肉料理、酒――それらと比べるとどうしてもランクが落ちてしまう。

 ゆえに、その手の店が目の前にあっても、基本的には興味を持てないのだ。


「見てニール! アメ作ってるわよアメ! 金太郎飴的なアレな感じで! あたしああいうの初めてみたわ!」

「いや、俺は金太郎飴ってのをよく知ら――すげえななんだアレ」


 そう、基本的には。

 だが、目の前で鮮やかな手並みで形作られていく様を見ていると、あまり好きな食べ物ではないというのに欲しくなってきてしまう。

 色鮮やかな複数のアメを繋げ、ゴロゴロと転がしながら丸太めいた巨大な形に整えていく。

 中心に描かれているのは塔――ニールたちの頭上に存在するスカイツリーだ。 

 店員はパフォーマンスをするようにそのアメをするすると細長く整えていき、金属のヘラのようなモノで一本の棒サイズに切り落としていく。そして細長くなった棒のアメを再び形を整え、流れるような手さばきで一口サイズに切り落として行く。

 出来上がった一口大のアメの断面には、先程のスカイツリーの絵が潰れることなく描かれていた。

 

「さすがプロ、素晴らしいわさすが素晴らしい。見事な仕事だと感心するがどこもおかしくはないわね」


 その意見には同意だしおかしいとは思わないが、お前の言語はおかしいだろ。

 そんな言葉が頭を過ぎったが、それを口に出すことなく連翹の肩を軽く叩く。そうだ、今は他に言うべきことがある。


「……なあ、連翹。ちょっと店の中に入りてえし、先導してくれねえか?」

「え? それは構わないけど、どうしたの?」


 別に一人で行っても怒らないわよ、と首を傾げる連翹を前に、あー、と呻くような声を漏らしながら頬を掻く。


「いや、俺が先導して入るにはちっとばかし女っけが強すぎるっつーか、男だけ跳ね除ける結界みてぇなのがあるっつーか……」


 女子供ばかりな店内に自分が入るのはいかがなものか、と思ってしまうワケだ。

 いきなりしょっ引かれることはないだろうと理解しつつも、悪目立ちしそうだなと思ってしまう。

 

「あー、なんとなく分かる。あたしもファミレスとかには入れたけど、ラーメン屋のカウンターに座るのは抵抗感あったもの。なんか女だけ跳ね除けるオーラない? あそこ」

「俺はラーメン屋を知らねえからなんとも言えねえけどな。つーわけで頼むわ」

「オッケー、さすが謙虚なナイトは人気者、これじゃあ一人の時間もつくれないわ」

「あら、それならわたしがグラジオラスくんと一緒に入るけど?」


 胸を張ってドヤ顔を決める連翹にバックスタブ。

 茶化すように笑う茉莉がニールたちの後ろから連翹の肩を叩いた。


「え? ……いやまあ、あたしもまあ色々気になって買いたいと思ってたし、ニールと一緒に買物したいなーと思わなくはないのよ……?」

「それならちゃっちゃと行っちまおうぜ。茉莉さんもなんか欲しいなら一緒に入ります?」

「ううん、調子に乗った娘にちょっと意地悪したかっただけだから。ここで待ってるから好きなように選んできて」

 

 ひらひらと手を振りながら言う茉莉から逃げるように、少しむくれた連翹がニールの手を掴んで店内に入る。

 店内は白を基調としつつ、しかし展示されたカラフルなアメたちによって鮮やかに彩られていた。ニールから見ると全体的にピンク色が多いように見えて、連翹と一緒でも少し居心地が悪い。

『ここはもっと可愛らしいお客様の領域なんですぅー』と言われているような気がするのはさすがに被害妄想だと思うが、だからといってこの場は自分が主役であると胸を張ることも出来ないのだ。


「見て見てニール、なんかでっかいハート型のキャンディーみたいなのあるわよ! 洋風金太郎飴みたいなのばかりじゃないのね!」

「テンション上げるのはいいが、その洋風金太郎飴とか言うのはやめとけ。店員がさっきから笑いこらえてんぞ」

 

 店員の方に視線を向けて頭を下げ、買い物に戻る。

 ニールが手に取ったのは小さめの瓶に先程作っていたアメと同じ種類のモノが収められたモノだ。アメの好き嫌いがあるワケでもないのだし、見た目が一番気に入ったモノを買った方が良いだろう。


「そっちは、どうすんだ? そのハート型の買うのか?」

「そうね、せっかく来たんだし――い、いや、やっぱやめとくわ。さすがにちょっと恥ずかしい」

 

 喜々として手を伸ばした連翹だったが、ニールの顔と伸ばしかけた手元を見比べ、微かに頬を赤らめながらするすると手を引き戻す。

 なんだ? とその動作に疑問を抱くが、ああ、と納得する。


「よし、ちょっと待ってろ」


 一人速攻で会計を終えたニールは、そのまま茉莉と桜大が待っている場所に駆け寄る。

 一人戻ってきたニールに怪訝な顔をする茉莉に、ニール先程の連翹の反応について語った。

 ハート型のアメ、ニールとアメを見比べて恥ずかしがった姿、そしてやっぱりやめるという言葉。

 それらを説明する度に、茉莉の表情は微笑ましいモノを見たというように緩み――


 

「んなワケでして、男と買うのが恥ずかしいんなら女同士でならオッケーだと思うんすよ。連翹は店に放置して来たんで、ちょっと頼――」

「ていっ」

「痛ぇ!?」


 ――ぺしいん! と額をひっぱたかれた。

 女の細腕かつこの世界の住人の腕力だ、ダメージらしいダメージは皆無だが、突如叩き込まれた衝撃に思わず声が出る。

 茉莉はニールの額を叩いた掌をそのまま先程の店へと真っ直ぐ伸ばした。

 

「Uターン、今すぐ」

「いや、つっても――」

急いで(ハリアープッ)!」


 ものっすごい訛った言葉で急かされ、ニールは慌てて反転。

 店内の女性や家族連れなどにぶつからない程度に急いで店の中に入り、突如去って速攻戻ってきたニールを怪訝な目で見ている連翹の元へと向かう。


「速いわねニール。というか、どうしたのよ一体? なに? 発的にシャトルランでもしたくなった? やるならもっと人の居ない場所でやった方がいいと思うの」

「なんだよシャトルラン……いやまあ、突っ込まれても仕方ねえ行動だったけどな」


 だが、走って戻る間になんとなくだが茉莉が言いたいことは理解出来た。

 要するに『なんでこのタイミングでわたしに頼るの、自分でなんとかしなさい』ということだろう。些細な言葉の違いはあるかもしれないが、しかし意味は大体これで合っているはずだ。

 ゆえに、ニールがすべきことは一つ。

 とりあえず自分が欲しかったモノを確保しつつ、先程連翹が見つめていたエリアに直行。速攻でハート型のアメを手に取り、連翹と合流。

 困惑する連翹にアメを見せつけながら、にいと笑う。

 

「お前が恥ずかしいなら俺が買ってやる」


 正直、この手の行動でなにが正解かなど分からない。

 鍛錬もしていなければ実戦経験もないのだ。考えたところで正答など叩き出せるはずもない。

 ゆえに、普段通りのノリで突っ込めばいいだろう。最悪これが失敗だったとしても、連翹が相手なら後で指さされて笑うだけだ。


「心配すんな、つーか恥ずかしい云々の話なら、俺みたいな男がこの手の店に入った時点で十分恥ずかしいからな」


 やはり女の子向けでお洒落な雰囲気がする店というのは男には入りづらい。ニールのような男なら尚更だ。

 ゆえに、この程度の恥なら多少上乗せしたところで問題ない。

 だが、連翹は何が気になるのか微かに頬を赤らめたまま両手をわたわたと動かす。


「いやでも、こういうの一緒に買うと、ほら、あれじゃない? カップル認定的なアレじゃない?」

「それなら俺は嬉しいけどな。つーか、それ言い出したら俺の手ぇ掴んで店に入った時点で世間一般でいえばカップルなんじゃねえの?」


 さすがにハート型のアメをむき出しで持っているのは恥ずかしい。渋る連翹に対して適当に浮かんだ言葉を投げつけながら腕を引きレジまで向かう。


「お、おう? おう、ぉぅ――さ、さすが謙虚なナイト、圧倒的流石、人気者……」

「とりあえずお前は落ち着け」


 突如としてフリーズしだした連翹の腕を引いて会計を終え、そのまま店外へ。

 こちらを待っている茉莉と桜大に大きく手を振って用事が終わったことを伝える。

 

「なに、この程度構わん――連翹、大丈夫か? 恐ろしく疲弊している様子だが」

「だ、だいじょぶぅ、へいきぃ……ごほんっ! ちょ、ちょっと、想定外だったっていうか、心臓にクリティカルヒットしたっていうか。ニール、じっ、事前に分かってたら反抗も出来ますが分からない場合は手のうちようが遅れるんですわ? お?」

「なんだか知らねえが、困ったらその言語に頼るのやめろよ。意味が半分くらいしか伝わって来ねえんだよ」


 だが反応を見る限り失敗ではないらしいなと一人納得する。

 ここで失敗して妙な行動をしていたら、今頃「プークスクス」と笑われながら指をさされていたはずだ。

 だが、どの行動が成功したのか、正直ニールには思い浮かばない。別に連翹は強引にあれこれ決められるのが好きなタイプだとは思わないのだが。

 そのように思い悩んでいると、歩み寄って来た茉莉がくすくすと苦笑する。

 

「グラジオラスくん、君は下手に考えず本能に任せた方が上手く行くとわたしは思うの」

「つっても、相手のこと思うなら毎回考えなしで博打するのもどうかと思うんすよ。さすがに必勝法を会得、なんてことは考えないっすけど、ある程度のセオリーくらいは学ばないとまずいと思うんで」

 

 仮に無意識で必殺剣を放つことが出来る才能があったとしても、それを自分の意思で使いこなせなければ行き詰まる。

 極論、転移者のスキルと同じだ。どれだけ強力で効果的であったとしても、頼り切っていたらそれが通じなくなった時に破滅するのみ。

 ゆえに、無意識の行動をある程度は意識的に使いたいと思うのだ。ニールは可能な限り連翹と一緒に居たいのだから、スキルが通じなくなって破滅した転移者のような末路は全力で避けたい。

 そのような言葉を口にしたワケではないが、茉莉は全てを理解していると言いたげな笑みをニールに向けた。

 

「考えるのもいいけど、素直な感情をちゃんと口にするのも大切よって話。どれだけ想っていても伝わらなくちゃ相手にとって存在しないと同じなんだから」

「……それもそうっすね」


 つい最近、桜大に似たような言葉を投げかけたから余計に耳が痛い。

 あまり自覚はないが、他者からみればニールもまた桜大と似たようなモノらしい。まるでブーメランだ、戻ってきた言葉が深々とニール自身に突き刺さっている。

 やはり、他人との会話は大事だ。ニールだけだったのなら、自分の不足に気づけなかったはずだから。


「――連翹」


 呼吸を整え、連翹の前に。


「お、おう? べ、べつに焦ったりしてるわけじゃないのよ。分かる? その、あれよ。あたしのどこが焦ってるって証拠だよって感じっていうか」


 長髪の毛先をくるくると弄りながら、連翹は視線を逸しながらちぐはぐなことを言い出す。

 恐らく、自分でも何を言っているのか分かっていないのだろう。感情と言葉を上手く整理出来ていないのが丸分かりだ。

 ニールはそんな彼女の瞳を真っ直ぐ見つめ――

 

「今みたいに顔赤らめてわたわたしている姿――よくよく見るとエロいよな。体火照らせてるみたいでよ」

 

 ――素直な、言葉を、言った、のだけれど。

 沈黙。

 硬直した連翹は、そのまま壊れかけのゴーレムめいた動きでニールを正面から見つめ、にっこりと微笑んだ――額に青筋を浮かばせて、だけれど。


「――なんでこう、あたしの好感度を乱高下させんの? なに? 天秤ごっこ? プラスとマイナスで釣り合わせて楽しんでんの?」


 あたしのときめき返せよこの野郎。

 そんな感情を真っ向から叩きつけられたニールは、後ずさりながら茉莉に目配せする。

 

「茉莉さん、なんか全く上手く行かなかったんすけど……!?」

「……ああ、うん、とりあえず公序良俗は守るように心がけましょうね? というかね、異性からエロいとか言われるのは基本的に褒め言葉じゃないのよ、分かる? というか分かってね? 本当に、お願いだから」


 そう言って茉莉は遠い目をしながら乾いた笑みを漏らすのであった。


「どうだ茉莉。当時の私もあれよりはマシだろう」

「本来最強の肉食獣を決める大会で羽虫と芋虫が勝負しても盛り上がらないと思うけど、それでも勝負したい? わたしに審判やれって言うの?」

 

 ざっくりと突き刺さる言葉の刃に、刀身が突き刺さった者同士で目配せする。

 芋虫ニール羽虫(桜大)は、ほんのちょっとだけ互いの心の距離が近くなったような気がした。

 

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