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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
「ありがとう、さようなら」
258/288

255/本と酒盛り


 風呂から上がった後は、特に何事もなく車に乗って帰路に着いた。

 道中、ドラッグストアで消臭剤などを購入して茉莉に「どうかしたの?」と問われたが――その辺りは、ニールたちが必要としていると言って押し切った。

 そんな、何事もなく、何もない道中に、ニールは桜大に対しミラー越しに怪訝な眼差しを送るが――心配するなとでも言うように静かに首を振られる。

 

(ならいい、そっちは任せた)


 そんな想いが伝わったのか、桜大は微かに口元を笑うように緩めた。

 それでも表情全体が強張っているというか、不機嫌そうに見えるが――それは先程聞いたように長年の積み重ねの結果なのだろう。

 内面も外面も長い時間をかけて染め上げたのだから、一朝一夕で何かが変わるはずもない。そんなことが出来たのなら、もっと彼は上手くやっていただろう。

 そして、連翹もまた女湯の方で何かあったのか――口数が少ない。

 一番やかましい彼女が黙り込んでいる現状、車内の会話は自然と少なくなる――

 

「ありがとうございます! こっちではわたしの年齢じゃあ買えないんですよねぇ……!」


 ――そんな中、楽しげに買い物袋を膝の上に置いたノーラは、コンビニで購入した酒瓶やら酒の缶などを物色して超にっこにっこと微笑んだ。

 無論、半分くらいは場の雰囲気を柔らかくするための行動だと思う。実際、桜大ですら「――一番悦ぶのがホワイトスターなのか……」と苦笑を漏らしたくらいだ。

 けれど、もう半分は素なのだろうと思う。出会った当初はもうちょっと落ち着いていたと思うのだが、どうしてこうも染まってしまったのだろうか。

 

「確か中世ぐらいは水よりお酒の方が保存しやすかった、って話を何かで聞いたことがあるわね。ホワイトスターちゃんがこういう感じなのも、仕方ないのかしら……?」

「茉莉さん、これは単純にノーラさんがお酒が大好きなだけです。出会った頃は全く飲んだことがないって言っていたのになぁ……」

「し、仕方ないじゃないですか! 美味しいモノを食べたり飲んだりしたくなるのは自然なことだとわたしは思うんですよ!」


 茉莉のフォローを苦笑気味のカルナが否定し、ノーラが心外だと言うように自己主張する。

 微かに緩んだ空気のまま車は疾走し、連翹の自宅に辿り着いた。

 買い込んだ消臭剤だとか酒などの買い物袋を持って車から降り、玄関へ。鍵を開けてボタンを押せば、真っ暗な室内が一気に明るく照らされていく。

 

「電気、電線――待てよ、そうか。魔道具単体で動かなかったのはこの世界の仕組みと近いのかもしれない。トリリアム崩壊後に再利用できなかったのは、そもそも魔力を送る施設自体が破壊されたと考えれば辻褄が――」


 照らされた室内と電柱と電線、それらを見比べながらカルナがぶつぶつと呟き出したので、背中を蹴り飛ばして玄関に叩き込む。


「……何するのさぁ!」

「うるせえ、お前が入らねえと俺が入れねえだろうが。このビニール袋って中身が増えるとけっこう食い込んで痛ぇんだぞ」


 図体がデカイからすり抜けられねえしよ、と言って靴を揃えてリビングへ向かう。

 この世界の情景を見て、かつての文明についての仮説が生まれたらしいが、そういうのは家の中に入ってからやれよと思うのだ。

 

「……うん? なんかこっちから変な臭い――」

「お母さん! ちょっとお父さん呼んでるから来て! ハリー! ハリー!」


 途中、茉莉が洗面所の扉を開けようとしたのを連翹が華麗に阻止。そのまま皆はリビングへ。

 茉莉が人数分のグラスを取り出し、ノーラが心底楽しげにそれを受け取って桜大に手渡している。左手にはきっちり自分用のグラスをキープしている辺り、なんかもう色々と隙がないというべきか。

 

「――連翹」


 ニールたちの分のグラスもテーブルに置こうとした、その直前。

 椅子に座った桜大が、短く、けれどハッキリと言い放った。


「前に座れ――話をするぞ。まさか嫌だとは言わんだろうな」


 眉を寄せ、苛立ちに顔を顰めているような表情。

 ある程度の内面を知ったニールが見ても、これから説教でも始めそうな雰囲気だ。

 なるほど、気が弱かったら確かに怖いな、とニールは思わず苦笑してしまう。ニールの父も強面で言葉足らずで怖い部分はあったが、桜大は強面で使う言葉が全体的に強すぎるのだ。 

 連翹が二の足踏むようなら背中押さないとな――そんなことを考えていたが、すぐにそんな必要がないと証明される。


「……ん、分かった。ニールたちは二階のあたしの部屋に行ってて。暇つぶしになるモノはそれなりにあるはずだから」


 小さく、けれど確かに頷いた後、連翹はニールたちに視線を向けて微笑んだ。


 わたしは大丈夫、と。

 わたしだけで話してくる、と。

 むしろわたしがちゃんと向き合わなくてはならない、と。


 静かに、けれど確かに強い決意を込めて。

 それは、見る人が見れば些細なことなのかもしれない。

 その程度で勇気を振り絞るなど、なんとも弱い女だと嘲るのかもしれない。


「いいんだな?」


 けれど、それは確かに連翹にとっての本気に見えた。

 だからどれだけ小さな一歩であろうと笑うことなく、問いかけた。

 もしもまだ不安なら後ろに控えるくらいはするぞ、と。

 親子の会話だ、ニールが口を出す気など欠片もない。だが、一人が不安だというのならそのくらいはしてやろうと思っていた。

 けれど、連翹は静かに首を横に振る。必要ないわ、と。


「大丈夫、心構えは出来たから」

「――分かった、んじゃ行ってくる。カルナ、ノーラ、とっとと行こうぜ。俺らは邪魔だ」

「だね、行こうノーラさん」

「ええ、分かりました」


 最後にノーラが一度だけ振り返ったが、ニールたちはそのまま二階へと上がった。両手に酒とグラスを持ちながら、というのが少し格好が付かないのだが、致し方あるまい。

 ニールたちがどれだけ気を揉もうとも、祈りを捧げようとも、どのような結末になるのかは連翹たち次第。

 結局のところ、二人共根っこが臆病で上手く距離を縮められなかっただけなのだ。

 ならば問題ない。互いに踏み出して距離を縮めたのならば、後は語らうのみ。その結果どうなるかは分からないが、少なくとも最悪の形で決裂するようなことはないだろうと信じている。これ以上、色々と首を突っ込むのは手助けではなく余計なお世話だろう。

 

「よ、っと――しっかし、よくよく考えたらノーラはともかく俺やカルナがこの部屋でくつろいでいいのか?」


 指の力でドアノブを回しながら、今更だと思いつつも呟く。

 あれでも一応女で、三年近く空けていたとはいえ自分の部屋だろうに。

 転移直後は問答無用であったが、自分の足で入るのはどうだろうかと思うのだが――


「……なんと言うか、変なところで繊細ですよねニールさん」


 ――ノーラが半眼で呆れたと言いたげな視線を向けて来た。

 お前、今更何を言ってんの? そんな言葉が聞こえてきそうだ。

 

「いや、なんつーかだな――女の部屋に入るのって地味に緊張すんだよ」

「なんか本当にちっちゃな男の子みたいですね――大丈夫、レンちゃんだってあまり親しくない人だったら躊躇すると思いますよ。けど、二人なら問題ないと考えたんじゃないですか?」


 だからあんまり変なことしないでくださいよ、と。

 小さく溜息を吐いた彼女は、扉の前で立ち止まっているニールの横を抜けて入室してしまった。

 ノーラはベッドに腰掛け、カルナはパソコンが設置されている机に座る。どうやら逡巡しているのはニールだけらしい。

 室内では既にノーラが早速、氷の入ったグラスに酒を注ぎ、カルナは「まあ、部屋のモノで暇つぶししろって言ったのはレンさんだし、大丈夫だよね」とパソコンの電源を入れていた。


「……じゃ、邪魔するぜ」


 さすがに自分だけ部屋の前で立っているのもな、と床に座りながら手近なクッションを手繰り寄せる。

 なんか妙に落ち着かねえな、とぼやきながら缶ビールを開封。とくとくとグラスに黄金色の液体が注がれていく。

 勢い良く注ぎすぎて溢れそうになる泡を慌てて啜りつつ、ビールがこんな簡単に持ち運べるなんて凄まじいな、さすが異世界、などと考えてしまう。連翹が居たら「ねえニール、感動するポイントが違うと思うの」とか言われそうだな、と口元を笑みの形に緩めた。


「女の子の部屋で緊張とか言ってた癖に、もう酒飲んで笑ってるのはどうかと思うよ」

「そんなこと言うお前は、とりあえずあっち見てみろ」


 呆れを表情に滲ませるカルナの視線をベッドに――ノーラが居る方向に誘導する。

 

「んく、んく、んく――ふふふ、ストロングゼ○。ストロングってところが、なんかとても強そうな名前で良いですよね。甘めでガツンって来る感じもまたっ……!」


 そこには、「晩ごはんの時もお風呂の後も飲めなかった分、格別ですねぇ……!」と右手にグラス、左手に缶を持って微笑むノーラの姿。


「あ、うん……楽しそうで何よりだよ」


 なんだかとても残念なモノを見た、と言いたげな声音。

 まあ気持ちは分かる。なんだろう、ノーラの女子力とかその手の数値が物凄い勢いで下降して行っている気がするのだ。


「……? どうしました、二人共。あ、これ独特な甘みで凄く美味しいんですよ、カルナさんたちも先に注いだのを飲み終えたらこっちをどうぞ!」


 にこやかに左手のストロングゼ○缶をこちらに見せつけてくる姿とか、本当にもうとても残念な感じに見える。この世界の酒について全く知識がないのに、どうしてだろう。やはり茉莉が「……ホワイトスターちゃん、そっち選ぶの!? こっちのほ○よいとかの方が女の子向けだと思うけど……!?」という言葉が頭に残っているからだろうか。

 

「お、おう、後で飲む――おっ、こっちも思ってたのとは違うが、中々うめえぞ」


 見たことのないモンスターが描かれた缶――名前から察するにキリンなのだろう――のビールは、ニールが飲みなれているモノよりも味が濃い目で、かつ辛口な印象を受けた。

 けれどビール特有の爽快感はそのままに、乾いた喉を一気に潤せる。美味いし気持ちいい。やはり人間、ビールでしか癒せない喉の乾きがあると思う。

 唯一の後悔は、もっと色々な種類のビールを買うべきだった、ということか。最初にビールを飲んだ後は知らない酒を飲もうと色々買い込んでしまったので、ビール自体はそれほど量が多くない。なんという失態だろうか……!


「落ち着きなよニール。ほら、これでも飲んでさ」


 今からでもコンビニに走るか、いや、俺の年齢じゃあな――そんなことを真剣に悩みだしたニールにグラスを突きつける。

 中にはなみなみと注がれた赤ワイン。カルナの手元にはワイン瓶にアルパカのシルエットらしきモノが貼り付けられたモノがあった。 


「桜大さんに聞いたんだ、コンビニにあるのでどれが一番美味しい? って。そしたら、この中でなら安いけどこれが美味しいってさ」


 確かにけっこう美味しよコレ、と自分のグラスを傾けながら連翹のパソコンを片手で操作したり、『世界史』と書かれた書物に手を伸ばしたりしているカルナ。なんだろう、もはや自分がこの部屋の主だとでもいうレベルで寛ぎまくっているぞこの男。


「安物は安物だけど、案外僕らはこのぐらいが丁度いいのかもしれないね」


 高いモノを飲んでも味が分からないかもしれないから、とカルナは苦笑する。

 確かに、ニールもカルナも飲み食いは大衆が利用する場所ばかりだった。突然最高級の味わいなどを堪能出来たとしても、その繊細な味を理解出来るかどうか疑問だ。

 

「高級になるとマナーなんかもうるさくなるしな。俺は適当に食って飲んで騒げる方がいいな――さすがに今回の件でもうちっと礼儀作法とか覚えた方がいいとは思ったがな」

「それに、ニールは勇者扱いされてるしね。今後どれだけその名が広まるかは分からないけど、知っておいて損はないと――……これは、つまり――だとしたら」


 会話の途中で世界史と書かれた本をぱらりと捲ったその瞬間、カルナはニールとの会話を放棄した。

 この野郎、お前の方が礼儀知らずじゃねえか――と思わなくもなかったが、真剣な表情で本とパソコンを使って何か調べ物を開始したためにそのままにしておいてやる。

 それに、せっかくこんなに本や絵本のようなモノが沢山ある部屋なのだ。男同士でだらだらと会話するより、よっぽど真っ当な暇の潰し方だろう。


「じゃあ適当に本でも漁るか」

「あ、待ってくださいニールさん! 飲み食いしながら本を読むのが嫌だって人も多いんですから! 今はそんな感じじゃなくても、昔はそうだったのかもしれないですし……!」


 ワイン片手に本棚の前に行くと、ノーラが酔いで頬を赤らめながらも残った理性で制止する。

 なるほど、確かに自分が大切にしているモノを他人が勝手に汚したら誰だって怒る。

 その理屈に間違いはないのだが――


「大丈夫だよノーラさん、ほらあれ見てあれ」


 本から一切目を逸らすことなく、けれど苦笑しながら本棚を指差すカルナ。

 その指先を追ってみると――なんか変色した上にごわごわになった文庫本が一冊、綺麗な文庫本の間に無理矢理に挟まれているのが見えた。

 

「ね? 飲み物飲みながら読んでたら思いっきりぶちまけて、大慌てで乾かしたとかそんな感じがするだろう?」

「つーかこっちの本にはコーヒーの染みみてえなのがあんだよな……たぶん綺麗に並べてあんのは転移後に茉莉さんが片付けたからじゃねえか?」


 もちろん人のモノである以上、汚さないように気をつけるのは大前提。

 けれど、仮に汚してしまってもしょうがないの一言で済まされそうだ。

 たぶんだが、転移前の連翹の部屋はもっと散らかっていたのだと思う。飲み物を部屋に持ち込み、寝転びながら本を読み、時々こぼして大慌て――そんな姿が目に見えるようだ。

 本棚に入り切らずにダンボールに詰めてある本がその証拠である。無造作に床に積み上げていたのを、転移後に茉莉さんが片付けに困ってダンボールに積めている姿が簡単に想像出来てしまう。


「レンちゃん昔は大人しかったって話だけど、そこら辺が適当なのは元からなんですね……」


 女の子としてそれはどうなんですか、と肩を落とすノーラだが、連翹にその手の要素を期待しても無駄だ。

 だが、気を取り直して新たに酒をグラスに注ぎ始めるノーラも女の子としてそれはどうなのだろう。ニールがビールを一缶、ワインを一杯飲んでる間に既にロング缶を二つも消費している。


「……飲みすぎて吐いたりすんなよ」

「大丈夫ですよ、ええ大丈夫です。そんな勿体無いこと出来ませんよ」


 ……本当に大丈夫なのだろうか。

 ヤバそうならトイレに連れてってやろう、そう決意しながら本棚から一冊の本を抜き取る。

 それは連作の小説であった。別の棚に並べられた絵本のようなモノも気になったが、正直どうやって読めば良いのか分からない。

 

「そっちは後で連翹に聞いてみるか」


 呟きながらクッションに腰掛け、ノーラおすすめのストロング・ゼ○とやらを先程ビールを入れたグラスに注ぐ。茉莉が気を利かせて複数のグラスを用意してくれていたが、気にしないし別にいいや、とそのまま流用して飲む。

 すると感じる独特な甘みと、それ以上に強いアルコールの感覚。これは下手に沢山飲むとまずいやつだ、と確信する。

 ちらり、とノーラの方に視線を向けるが――今のところ問題はなさそうだ。

 小さく息を吐き、抜き取った本のページを捲り――

 

(主人公が冒頭で死んでる……!?)


 ――仕事の疲れでふらふら歩いていた主人公は、よろめいて車道に飛び出してしまい、速度オーバーのトラックに轢き潰されて死亡。

 まさかこれで終了なのかよ残ったページは何に使うんだ、そんなことを心配してしまったが、それは完全に杞憂であった。

 むしろここからが物語は本格的に動き始める――!

 

「ニール、そっちはなにか面白そうな本あったかい?」


 ――しばし読みふけっていたニールだったが、落ち着いたらしいカルナの言葉で意識を現実に浮上させる。

 視線を向ければ、調べ物が一段落したのか、興味深そうにニールの手元を見つめるカルナの姿があった。


「お前が求める意味での面白い本はたぶんこっちにゃねえよ。ざっと見た感じ、そっちの机周辺には学術書とかで、本棚はほぼ全部娯楽の小説だとか絵本だな」

「それはなんとなく察してるさ。けど、僕だって娯楽本に興味がないわけじゃないからね。君が読んでるそれも、面白かったら後で息抜きに読もうかなって思ってるんだけど――どんな本なんだい、それ」

「『俺の異世界奴隷ハーレム王国~ゲーム知識で理想のスローライフを送ってみせる~』だ」

「――――ごめん、もう一度」

「『俺の異世界奴隷ハーレム王国~ゲーム知識で理想のスローライフを送ってみせる~』……おいドン引くな。色々ツッコミたい気持ちは分からなくもねえが、これはこれで面白えんだぞ」


 内容を要約すれば、『トラックに轢かれゲーム世界の小物悪役貴族に転生してしまった口下手な主人公は、原作主人公に殺されないように自分を鍛えつつ自由に使える奴隷を集めていたら、なぜだかハーレムになるわ勇者とは別の陰の実力者扱いされるわ、最終的に建国するハメになる』というもの。

 要約するとなんだこれ感が凄いのだが、これが中々悪くない。

 原作知識フル活用で自分と奴隷のレベルアップをしまくり、その仮定で帝国の女騎士、女軍師、共和国の姫などを自分のハーレムに加えながら、原作で起こる悲劇を破壊して回る――前世の知識をフル活用した荒唐無稽な英雄譚とでも言うべきか。

 最初は主人公が女奴隷を――ニールの常識からすれば違法奴隷を――買いあさり、絶対将来楽に暮らして見せるなどと言っている姿を見て好感などまるで持てなかったのだが、なんだかんだ言いながら全力で脅威に立ち向かい、ハーレムの女たちを全力で守る姿は好感が持てる。

 何より、分かりやすい悪役を圧倒的な力でねじ伏せ幸福な未来を手繰り寄せる姿は、まさしく英雄というべきだろう。

 無論、主人公は皆の幸福のために動いているのではなく、自分の幸せのために動いているのだが――結果的に困難を打ち倒し皆を幸せに出来たのなら、それはきっと英雄なのだと思う。

 なるほどな、と読みながら頷く。

 絶大な力によって紡ぐ英雄譚。

 転移者が憧れる気持ちは理解出来た。きっと彼らはこう成りたかったのだろう。


(――連中も、こういう部分も真似てりゃ受け入れられたかもしれねえのにな)


 自分のために頑張りながら、己のハーレムや原作主人公たちとも交流していったレオンハルトという名の主人公。彼は女好きの俗物ではあるが、しかし未来を見据えて前に進んでいた。信頼できる仲間、というかハーレムメンバーと共に。絆を深めて。

 無論、少しばかり女がチョロいだとか、敵の頭がニールから見ても悪いんじゃないかと思うことはあるが――主人公は確かに、自分の利益以上に誰かの力となっていた。英雄だったのだ。

 だが、多くの転移者が注目したのは強大な力と、それゆえに縛られない主人公としてのあり方だけ。

 その結果生みだされたのは、刃物を振り回して悦に浸るチンピラのように規格外チートを振るう者たち。強い力を持っているのだから従え、奴隷になれ、俺が望む主人公のように――そう叫ぶ人という名の獣であった。

 無論、もっと欲望に特化した作品もあり、その主人公はニールたちの世界の転移者と同じ思考をしているのかもしれないけれど。数多の作品があるなら、そういう主人公も居るのだろうと思うけれど。

 だが、お前らが『こう成りたい』と思った主人公は、確かに都合の良い世界に生きていたかもしれないが――お前たちのように考えなしに他人を傷つけるような存在ではなかったろうに。

 

 ――思うところがあった。


 この世界に来たから、余計に。 

 どれだけこちらの世界で駄目だったとしても、転移して規格外チートを得て、その上で現地人と心を通わせたのなら倒すべき敵になどならなかっただろうに。

 ニールが斬り捨てた者たちも、そうやって順応できた可能性はあった。


「考えたところで意味が無いよ、ニール」


 考え込むニールに、ぐだぐだと考え込んでも意味はないと断ずるカルナ。

 普段とは逆の立ち位置で、カルナは興味なさげにグラスを傾けた。


「こっちの世界に来たから分かる。悪いのはこの世界の住人ではなく、転移や転生にチートなんかでもなく、当人の頭だよ」


 凄い力を手に入れました。

 どんな風に使ってもいいと、自由だと言われました。

 だからといって、突然自分以外の誰かに牙を剥くような人間は我欲云々通り越して頭がおかしい。

 そんな人間が嫌われ、異物として排除されるのはどこの世界であろうとも同じだろう。


「上っ面だけ理想を真似て自分は凄いんだって自画自賛する奴なんて、現地人だったとしても嫌われているよ。憎まれる転移者は、憎まれる行いをするような人間だから憎まれただけの話さ」


 騎士が慕われるのは積み重ねた歴史と鍛え上げた武技、そして民を守るために全力を尽くす在り方なのだ。

 だというのに、騎士の剣と鎧だけを身に纏って騎士のように尊敬しろと叫び、従わない者を傷つけるような存在は排斥されて当然だろう。仮に力は騎士と同じ、いいやそれ以上に優れていたとしても、そんな者に従う者などどこに居るのか。媚びへつらって分前を強請る小悪党が寄ってくるのがせいぜいだろう。

 

「だからこそディミルゴ様は、そんな人達を狙い撃って外敵に仕立て上げ――そんな人達にも、チャンスを与えたワケですね」


 わたしはレモンよりグレープフルーツ味の方が好きですね、などと呟きながら新たなストロング・ゼ○のプルトップをかしゅっという音を響かせて開けるノーラは、静かにニールとカルナの会話に混ざって――


「おいちょっと待てノーラ、なんかお前ペース早くねぇか……?」


 その酒、甘いけどだいぶ強いぞ、本当に大丈夫なのか?


「こちらの世界の神様がどのような存在なのかは分かりませんが、本当に凄い人はこちらの世界のためにも転移させないはずですから。だからこそそんな人達は簡単に転移させられた――ちゃんと、わたしたちの世界でも根づくことが出来る範囲で」


 ああ、駄目だ。話は聞いているし会話も出来ているが、話したいことしか話せなくなっている。

 ニールはカルナに目配せし、ノーラの手からグラスと缶を取り上げる。

 ああ……ッ!? と弱々しい抵抗の声を漏らすノーラをカルナが担いで、そのまま連翹のベッドに押し込む。


「だから、レンちゃんも今みたいに成れたんだと思うんですよ。神様に無理矢理に矯正されたワケじゃなくて、自分の想いで、人間としての意思で。それはきっと凄く良いことなんだと思うんです――ああ、あと、まだ飲めます。まだ飲めますのでぇ……」


 ――そうして、ノーラは熟睡した。

 うん、この辺りが丁度良かったと思う。開封したもう一本のストロング・ゼ○を飲んでたら絶対に胃の中身を戻していたはずだ。

 というか、けっこう良いこと言っているはずなのに色々と台無しに過ぎる。寝息を立て始めるノーラから奪い取ったストロング・ゼ○を飲みながら苦笑した。

 

「……そんで、カルナ――お前は一体何やってたんだ?」

「うん? ……ああ、こっちの世界の歴史についてちょっとね。ディミルゴとレンさんが、『この認識じゃあ人間は滅ぶ』みたいなことを言っていたのを覚えているかな?」

「まあな。そんな前の話でもねえし――それがどうしたんだ?」


 確か、海の遥か彼方に存在する大陸から攻め込まれる、だったか。

 今更連翹や創造神を疑うワケではないが、しかし正直に言えば突拍子もない未来予想図だと思ってしまう。

 

「いや――この本を見れば、それが絵空事じゃないってことが分かる」


 手渡されたのは一冊の書物。世界史と表紙に描かれたモノ。

 ニールは怪訝に思いながらページを捲り――目を見開く。

 広大な地図に描かれた複数の大陸。そして簡単な概略ではありつつも丁重に説明された複数の文明の歴史たち。

 それらが、当たり前のように記されている。それこそ、子供でも分かるように簡略的に、しかし丁重に。


「とっくの昔に海の果てなんて踏破し、自分たちとは異なる文明と時に戦い、時に交流を結び――そんなことを繰り返した世界の、今に至るまでの歴史を概略で記した本だよ、それは」


 もちろん、この世界と僕らの世界が同じ仕組みなのかは分からないけどね、と前置きして。

 それでもカルナは静かに語る。


「ただ、その辺りの脅威の可能性をこの僕が、世間の常識という目隠しを嬉々として装着して全く見ようとしていなかったのは腹立たしい。自分で自分が嫌になる」


 カルナ・カンパニュラは魔法の研究者であり、地理も船も専門外だ。 

 ゆえに仕方ない、方向性が違うのだ――そんな言い訳など出来ない、自分は愚かだとカルナは天井を仰ぎ見るのであった。

 

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