249/TVゲームと友情崩壊
ファミリーレストランから退店した後、裾上げ中だったジーンズを受け取ると、皆は茉莉の車に乗って連翹の自宅に向かうことになった。
「まあ、わたしも専業主婦だし、家事を疎かにするワケにはいかないの。夫も今日は早く帰って来るみたいだしね。人数も多いワケだし、晩ごはんの準備は早めにしないと」
掃除に洗濯もしないとね――そう微笑んで車を走らせる。
まあ、そりゃそうだろうな、と頷く。
茉莉も仕事をしているのならばともかく、主婦の仕事は家事だ。そこを疎かにしては無職と大差はない。
そう思いながら後部座席に身を委ねていると、ふと普段賑やかな奴が静かなことに気がついた。助手席に座る連翹が、俯き思い悩むように唸っていたのだ。
「……どうした? 腹下したってワケじゃなさそうだが」
「あー、まあ、うん、それは……」
「お父さんと会うんだって思って緊張してるのよ、この子。こっちに居た時はよく怒られてたものね」
くすり、と茉莉が微笑む。
昔懐かしむような声音に、連翹の肩がビクンと跳ねた。
「……お前大丈夫かよ、やばかったら俺が矢面に立つぞ」
両親とは子供を愛するモノであり、子を虐げるような親は例外だ。
だからこそ例外は目立ち、悲惨な事件だと語られる。ゆえに、母も父も基本的に愛を抱いて子と接するものだ。
だが、例外とは数が少なくとも存在するからこそ例外なのである。
連翹の両親について詳しく聞いたことは無かったが、父がその例外である可能性も――
「ああ、ううん、悪い人じゃないの。まあ、怖いのは怖いんだけどね」
――だが、連翹は慌てて首を左右に振った。
はあ、と大きく溜息を吐き、連翹はぺたりと窓に体重を預ける。
「あたし、勉強なんて真面目にやってなかったし、だからといって部活動に打ち込んでいたワケでもなくて、趣味に全力を尽くしているワケでもなかったわ。そんなあたしが、『せめて打ち込めるモノを見つたらどうだ』とか、『もっと真面目にやったらどうだ』とか言われるのは、まあ当然だったと思うの」
当時は嵐が過ぎ去るのをずっと待ってただけだったんだけどね、そう力なく笑う。
まだ人生の半分どころか三分の一すら生きていない癖に、達観した気になって全てを諦めている娘――なるほど、と思う。ニールは親になったことはないが、それでもそりゃ怒るだろうなと想像出来る。
「正直、漫画やパソコンとか全部窓から投げ捨てられて机に縛り付けられても文句は言えなかったと思うの。……いやまあ、実際やられたら文句たらたらだったろうけど。少なくともそんな真似をせず見守ってくれたのよ。連休の時には良く車も出してくれたし――まあ、色々怒らせちゃうことも多かったけど」
だから――これは自分の甘えだ、と。
勝手に家を出た癖にもう一度会うために顔を出し、けれど顔を突き合わせることを怖がっている。
何を言われるだろう、どんな風に怒られるだろう、そう思うだけど胃が痛いと連翹は語る。
「――うん、確かに甘えですね」
ばさり、と斬り捨てるようにノーラが言う。
その物言いに驚いたのか、車が一瞬ブレる。ハンドル操作を僅かに失敗したのだろうか。
まあ、初見なら少し驚くか、と思う。
ノーラは大人しくてか弱そうな見た目ではあるものの、だからと言って気弱ではない。根っこは無茶苦茶気が強いタイプだということを一緒に旅をして知っている。
彼女は言うべきことを心の中に留めておくタイプではないし、物申さなければいけないと思ったら真っ直ぐ言葉を投げつける。
「けど」
そう言って、ノーラは身を乗り出して助手席の連翹の手を握る。
「いいじゃないですか。甘えも弱音も吐ける間に吐いておけば。結果が全て、とまでは言いませんけど――それでも、最終的にやるべきことをやれば、帳尻は合うと思いますよ」
そう言って、微笑んだ。
迷わず逃げず、最短距離で目的を達成できる人間などきっと居ないだろう。
居たとしても、そんな人間はニールたちと行動を共にしていない。同じような人種と共に最短距離で目的地へと走っていることだろう。少なくとも、迷い思い悩む凡人では追いつけまい。
だからこそ、その甘えを誰も否定しないのだ。ニールも、そしてカルナも。
甘えに甘えてやるべきことをやらないというのなら、ケツを蹴り飛ばすこともあるだろう。だが、少なくとも今の連翹はそのようには見えない。
「愚痴も弱音も聞いてやる。その後にちゃんと気ぃ張って会ってこい」
言って、にいと笑う。
安堵させるように、何かがあれば頼れと言い含めるように。
(ま――正直、気持ちは分からなくもねえしな)
レゾン・デイトルに向かう道中にブバルディアに、故郷に立ち寄ると聞いた時のニールの内心は、おおよそ連翹と同じようなモノだったはずだ。
今更どの面下げて戻るのか、と。
会いたい会いたくないかで言えば、会いたいとは思っていた。なにせ肉親だ。愛しているし、親しみも感じている。
だが、自分から飛び出した家だ。戻るなと言われた場所だ。ならば家に、そして街にも顔を出せるはずもない。
ニールと連翹とでは状況がだいぶ違うのは理解している。だが、それでも気まずさと恐怖くらいは多少察せられると思うのだ。
「……うん、ありがと」
「ああ、それと――」
頷く連翹を横目に入れながら、そういえばと言うように茉莉が言う。
「夫の――桜大さんの説得は連翹だけじゃ厳しいだろうから、三人も手伝ってあげて。あの人、そう簡単に異世界とかそういうのは信じてくれないだろうから。
「……え、ちょ、お母さん!? 信じたって言ってたじゃない!」
連翹は肩を揺さぶ――ろうとしてハンドルを握っている茉莉を揺さぶるのは危ないと思い至ったのか、直前で停止する。
ううぅ、と唸る連翹の姿をミラー越しに見つめると、茉莉はくすりと微笑んだ。
「ええそうよ。わたし『は』信じた、ってね。わたしはわたし、夫がどう思うかはまた別問題。わたしは甘いって桜大さんには何度も言われてるからね、一人で決めないようにしてるの」
突然お金を無心されたら警察に駆け込むつもりだったわ――と出会った時と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべながら、とんでもないことを言い放つ。
「……あの、それって『信用した』って言ってしばらくはまだ信用してなかったってことになりませんか?」
恐る恐る、と問いかけるノーラに対し、茉莉は「ええ、ごめんなさいね」と申し訳なさそうに侘びた。
「けどこちらの常識からすれば、さすがに突然異世界とか言い出す人を警戒しないのは甘い通り越して頭が弱いと思うのよ。……まあ、無用な心配だったけれどね。グラジオラスくんたちは連翹を利用しているようにも、連翹を騙してわたしたちからお金を盗ろうとしているようにも見えなかったもの。本当に、仲のいい外国人の友達みたいな感じで安心したわ」
スマホの緊急SOS機能を使うことになるかと思ってたけどね、と冗談めかして笑っている。
笑っている、が――十中八九、ニールたちが連翹を食い物にしている悪党だったら実行していただろう、と確信出来る。
「……ねえレンさん、本当にあのスマホって道具は僕らの世界じゃ使えないのかい? 多機能過ぎて欲しくて堪らないんだけど……!」
「カルナ今の話を聞いて感想がそれぇ!?」
明らかに危険人物扱いされてたでしょう!? という言葉に対し、カルナは不思議そうな顔で応対する。
「ん? いや、だって便利じゃないか。カードショップの店員はあれで音楽を流してたし、調べ物も出来るし、危険を知らせることも出来るんだろう?」
「カルナさん、レンちゃんはそういうことが言いたいんじゃなくて――」
「分かってるよ。けど、それは語るまでもないことだろう?」
言って微笑みながら連翹に視線を向ける。
「ニールもノーラも、突然友人を害するような人じゃないだろう? なら、何度繰り返したとしても茉莉さんが危機を抱く未来は来ないよ」
信頼する友人なのだ、虐げるはずも搾取するはずもないだろう。今更何を言っている?
ゆえに、茉莉が語った仮定は全て無意味なモノだ。こちらの世界の常識を知らないという点で迷惑はかけたが、連翹を守ろうとする彼女であれば後々信用して貰えるだろう。そう、今語ってくれたように。
「カルナ……」
「――いや待てよ、さっき思いっきり害された気がする。ニールに思いっきり害された気がするぞ……? ごめん、やっぱ今の無し。なんかの拍子で害することもあるかもしれない……!」
だというのに。
どうして突然台無しにしだしたのだろう、この男は。
連翹は助手席に座っているため顔が見えないが、それでもなんか涙とか感謝の気持ちとか、その手のモノが色々引っ込む気配を感じ取れる。
「……どうしてイイハナシダナー的な流れからそんな方向に舵を取るのよ! ちょっと感動しかけたあたしの純情返して! ねえ返してよぉ!」
「ほらほら連翹、危ないから助手席で暴れないの。わたし運転あんまり上手くないんだから、あんまり揺さぶると事故っちゃうわよ」
「なるほど、つまりここは安全地帯。いくらでも煽ったり茶化したり出来る万能ポジションというワケだねぇぃたたた! ノーラさん、ごめん! 言ってて恥ずかしくなったからつい、うっかり、茶化してしまったというか……!」
「ええ、その気持ちは分からなくもないんですけど、わたしとしてはレンちゃんの気持ちの方が共感出来るんですよね――なんで最後の最後でわざと台無しにしちゃうんですかぁ!」
「やったあさすがノーラ! さすノラ! もっとやって、もっとやって! あたしの代わりにこのまま脇腹を破壊し尽くしてしまうといいわ――!」
「あの、みんな……? さすがにちょっと、危ないから静かにして欲しいなと思うのだけれど……?」
「おい馬鹿お前らぁ! つーか大体カルナと連翹、迷惑かけてんじゃねえよ!」
若干ふらふらとしだす車に恐怖を抱きながら連翹の頭を左手で押さえ、カルナの脇腹あたりを執拗に攻撃し続けているノーラの腕を右手で掴む。
ニールと茉莉の溜息のタイミングが重なる。
本当に何やってんだお前ら――そう思うものの、まあ連翹がいつもの調子に戻ったのでプラスマイナスゼロということにしておこう。
◇
道中で買い物をした後、連翹の家に戻ってきた。
「お――っとと」
ニールは腕に複数のビニール袋を吊るし、少しよろめきながら車から降りる。
「ごめんねグラジオラスくん、沢山持たせちゃて。重いでしょう?」
「ああ、このくらいなら問題ねえっすよ。ただ、車に引っ掛けちまいそうなんで若干バランスを整えてるだけっす」
この程度軽い、とまでは言わないがこの程度で音を上げるヤワな鍛え方はしていない。
中に入っているのは米に野菜、そして肉とカレールー。米はそれなりの重量感を主張してくるが、だからといって疲弊する程の重さではない。
ちなみにニールが買ったジャージや裾上げしたズボンなどはカルナに、卵やパンなどの潰れそうなモノは連翹とノーラが分担して持っている。
「……そういえばカルナさん、なんなんです、これ?」
皆が車から降り、茉莉が鍵を閉めている最中に、ノーラは膨らんだビニール袋の中から菓子を一つ取り出した。
パッケージに描かれているのは明らかに絶対に食べ物の色じゃねえぞこれ、という粘液っぽい何かをかき混ぜている絵と、それにカラフルな粒を纏わせている絵だ。ニールには透明度の低いスライムの核が砕け散ったようにしか見えない。
「さあ? なんでも練れば練るほど色が変わって美味しいお菓子……らしいよ」
「なんかカルナが無茶苦茶懐かしいモノ買ってるんだけど……そんなんだから荷物が増えるのよね」
「お前も言えた義理じゃねえけどな。菓子とか山のように買い漁ってただろ」
使い放題使い放題ー、などと言いながらカゴの中にお菓子を投げ込む連翹の姿を思い出す。カルナやノーラが入れたものなど、せいぜい一割くらいだろう。
「み、みんなと食べれると思っただけだし? さ、さすがに全部あたしが食べようとは思ってないし……」
「あー、分かった分かった、そういうことにしといてやる――茉莉さん、これどこに保管すりゃいいすかね?」
「家の中に冷蔵庫があるから、そこに入れるわ。ああ、リビングまで持ってきてくれたらもう大丈夫よ、詰めるのはわたしがやるから」
誤魔化す連翹を雑に放置しつつ茉莉を追う。
その言葉に頷いてリビングに向かい、ゆっくりとビニール袋を下ろした。ふう、と小さく息を吐く。重量自体は大したことはなかったが、複数の荷物はかさばるし、なにより思ったよりビニール袋の持ち手が腕や手に食い込むから困る。
「ありがとう皆。後はこっちに任せて遊んでて」
「すみません、ありがとうございます」
ノーラが頭を下げ、茉莉が気にしないでと首を横に振る。
気を使われたというのもあるのだろうが、仮に手伝ったところでニールたちでは冷蔵庫のどこに何をしまえば良いのか分からない。
適当なところに食材を突っ込まれても後で茉莉が困るだけだろうし、妥当な判断だと思う。
「ああ、米くらいは運びますよ。これくらいはさすがにやらせてください」
「あらそう? それじゃあこっちに――」
抱えるように米袋を持ち、茉莉と共にキッチンへ向かうカルナ。
それを見送りながら、連翹は「ううーん」と唸りながら腕を組む。
「さて、けど遊ぶって言ってもどうしようかしら」
「それを俺らに聞かれてもな。そもそも何があるのかすら分からねえぞ」
こちらの世界に来てまだほんの数時間程度だ、多少は慣れたとはいえまだまだ知らないことも多い。
「そうよね……とりあえず、テレビでも点けよっかな。さすがにこの時間に面白いモノやってそうな気はしないけど」
テーブルの上に置いてあった何かの操作器具に触れると、リビングに設置された黒い板が点灯。テーブルに据わって何かを語り合っている男たちの姿が映し出された。
戻ってきたカルナがそれを見て「へえ」と頷く。
「画像や音楽だけじゃなくて動きのある絵も浮かび上がらせることが出来るんだね、これ。いや、そういえばスマホの時も動画が云々って――ん? どうしたのかな、レンさん」
不満気にカルナを見つめる連翹は、「正直に言うとね」と言いづらそうに口を開いた。
「……こういうシチュエーションなら『箱の中に小人が!?』みたいなリアクションが来るかなー、とか考えてたから。少し拍子抜けというか」
「何言ってんだお前。つーかこれより前にスマホだとか、カードショップでカルナがパソコンとやらを使ってるのを見てっからな……全部仕組みは似たようなもんだろ?」
「というかですね、仮に初見だったとしても小人云々みたいな勘違いはしませんよ。第一、箱って言うより板って言った方が正しいでしょう、これ。勘違いしたくても出来ませんよ」
「そっか、昨今の薄型テレビじゃあ王道異文化コメディが出来ないのね……!」
薄型テレビが殺したのは猫の昼寝場所だけじゃなかったのね……! などと意味が分からないことを言っている連翹はともかく。
確かに技術的には凄いのだろうが、見ていて面白いモノではない。そもそも別世界の政治やら何やらを語られても全く理解不能だ。もっともニールの場合、元の世界の政治云々を語られても理解出来なかっただろうが。
「一応ゲームはあるけどほとんど一人用なのよね。というかコントローラーは一応二つあるけど……あ、そうだ。これとかどう?」
テレビの脇に設置された機材に円形の何かを突っ込んでしばらく、先程まで環境問題が云々と言っていた男たちが画面から消え失せた。
新たに映ったのは緑髪を冗談のような長さのツインテールにした少女の姿だ。先程の男たちとは違い、デェフォルメされた絵画的であり、それが立体的な姿で動いている。
「なんだ、目がデカくてなんか独特だな――ん?」
画面の中で歌う彼女の姿に既視感を抱く。
だが、ニールたちの世界にこのような道具はない以上、昔に見たという可能性もないだろう。
「……あれ、レンちゃん。この人どこかで見たような気がするんですけど」
気のせいだったか、そう思いかけたところでノーラが連翹に問いかける。
見れば、カルナも何か見覚えがあるのか険しい顔でその画面内で踊る少女を見つめている。どうやら、ニールだけの違和感ではなかったらしい。
「ああ、崩落の格好とか歌ってた歌の元ネタよ、これ」
「彼女か――そっか、言われてみれば格好は似ているかな」
顔を顰めるカルナは、街門付近での戦いを思い返しているのだろう。己の魔法を完全に封じられ、追い込まれた記憶を。
だが、すぐさまその表情を消して何事もなかったかのように微笑む。
「けど、言われなかったら全然分からなかったよ。髪色もそうだけど、む――体格もだいぶ違うからね」
「言いたいことはとても分かる。崩落、あれであたしより二つも年下だったものね」
「レンさんその話詳しく」
ずい、と前に出るカルナの顔を連翹が押し返す。
「おう、真顔で迫ってくるんじゃないわよ。というか、あの子その辺り色々トラウマあるからカルナは近付かないでね。……冗談じゃなくて、切実に。彼女的には王冠レベルで苦手な相手よ、カルナって」
前半は冗談めかして、後半は真剣に。
ニールにはその言葉の意味が理解出来なかったが、カルナは全てを察したのか「……そっか、分かった」と静かに頷く。
「……それで、これってどう遊ぶんだ? まさか歌ってる女の人形? みてえなのを眺めてるだけってワケじゃねえだろ」
「えっとね、このマルとかバツのマークが同じ形の時計みたいなとこに飛んできてるでしょ? それが重なったらコントローラーのボタンを押すの」
見ててね、と操作器具――コントローラーというらしい――を両手で握り、プレイ開始。
テレビの中で少女が踊る姿をバックに、四方から丸や四角のマークが飛んでくる。それを連翹は何個か取り逃しつつもリズミカルに処理していく。タイミング良くボタンを押した時のシャン、という音が耳に心地よい。
「あー……なるほど、大体分かった。連翹、そのコントローラーっての貸してくれ」
「はいはーい、どうぞ。ニールこういうの苦手そうだけど、まあ頑張ってみて」
おうよ、とコントローラーを受け取り曲を探す。
幸い、操作はさほど難しくなさそうだ。少なくとも使い方が分からない、ということはなかった。
試しに軽くいじり回しながら難易度を変更。イージー? 舐めてんのかどうせなら最強を目指す。
無事エクストリームに変えたニールは、十字キーを触りながら曲を選ぶ――のだが、どれが良いのかなど分からない。というか全く未知の音楽だ、自分の好きなモノを選べと言われても困る。
なので、とりあえず数字が多くて強そうな曲から選ぶ。歌姫の消失と歌姫の激唱というのが並んでいたので、どうせなら消えるより激しく歌っている方が良いんじゃねえの? という考えだけ後者に決定する。
「いや、ちょ、ニールそれは――」
連翹が引き攣った声で何事か言っているが、既に曲は始まっている。
瞬間、なだれ込んでくる複数の図形マーク。さっき連翹がやっていた曲の比ではない。カルナが「……うわあ」とドン引いた声を漏らしている。
――だが、問題ない。
押す、押す、押す、押す。
明らかに人類が歌うことが出来ない独特なリズムを聞きながら、早く、疾く、リズミカルに。
連なって聞こえるシャンシャンという音。瞬く間にコンボとやらが稼げていく。
「……に、ニール、なんか音ゲー無茶苦茶上手くない? そんなに音感あるの?」
実は楽器とか歌とか得意なタイプ……? と本気で驚きながらも感心した声音で連翹は問いかける。
「あ? 音感?」
なんだそれ、と指を怒涛の勢いで、けれどコントローラーを握りつぶしてしまわない程度に力加減してボタンを叩きまくる。
歌や演奏などは、まあ全く興味がないとまでは言わないが一度たりともやったことがない。それでも上手くやれているのは――
「ぶっちゃけ流れてきたのが範囲に入ったらボタンを押してるだけぞこれ。……つーかこの音楽と背景の女、邪魔だから消せねえの? そっちのが集中出来るぞ」
「ねえ、そういうゲームじゃないんだけど」
――そうは言われてもな、とボタンを押す。
音楽に合わせて流れてくるそれらだが、その全てが転移者のスキルに比べれば遅すぎる。
無論、流れてくる図形が不規則な軌道でニールたちを襲うというのなら話は別だが、これはどこにどの図形が落ちてくるのか見れば分かる。極論、転移者のスキルを凌ぐのと変わらない。
さすがに後半は指が絡まるかと思ったが、余裕を持って全てを撃ち落とす。画面に浮かぶPERFECTの文字に、連翹が「うわー……」と感嘆の声なのかドン退いているのか分からない声を漏らす。
「……ニール、格ゲーとか極める気ない? 見てからカウンター余裕でしょ、それなら」
「いや、それよりなんかもっと皆でやれるのねえのかよ」
点数で競い合うという遊び方もなくはないし、それはそれで楽しそうではあるが、この遊びは根本的に一人用だ。
せっかく四人も居るのだから、それに合わせた遊びの方が良いだろう。
「んー、といっても転移前にその手のゲームとかあんまり……まって、そういえば小学生くらいの頃に桃○買ってたような、だいぶ前のハードだけど確かにそっちのがいいわね。たぶんあたしの部屋にあったと思うから持ってくるわね。皆は退屈かもだけどちょっと待ってて――」
「いや、しばらくは退屈はしませんよ、ほら」
二階に駆け出そうとする連翹を呼び止め、ノーラはくすりと笑ってテレビの前を指差した。
「うっそだろうなんでこれ見切れるんだよニール……!?」
そこには、怒涛の譜面にあえなく撃沈するカルナの姿があった。
途中まではそれなりに上手く行っていたようだが、後半の譜面が対処出来なかったらしい。悔しげに体を震わせている。
「そりゃ後衛で色々考えるヤツよか、前衛でその場その場の判断するヤツのが向いてるんじゃねえか、これ。俺はカードじゃお前に勝てなかったしよ」
「……とりあえずどのタイミングでどんな図形が流れてくるのか丸暗記するしかないか。これを初見で突破は頭がおかしいと思う、というか頭おかしいよねニール」
「おう、喧嘩売ってんなら買うぞお前」
「喧嘩するならゲーム隠すからね。というか、こっちに二人が思いっきり喧嘩出来る場所なんてないから、怒りだとかそういうのはゲームだけで発散して欲しいんだけど」
スマホで撮影されて大騒ぎよ、と二階に上がる連翹。
その最中、カルナがなんとか最高難度曲を突破したり、ノーラが「あ、これ崩落ちゃんが歌ってくれたやつですよ」とノーマル難易度で楽しんだり、ニールがまた初見で高難度曲をプレイし、それに触発されたカルナがプレイして撃沈したり、ノーラが「あ、この衣装可愛いですね」と適当な曲をプレイしたりしていた。
ニールはこの手のゲームを初めてやったが、たぶん真っ当な楽しみ方をしているのはノーラなのだろうなと思う。
さっき連翹も言っていたが、目押しでボタンを押し続けるゲームではないだろう。
先程からカルナがやっている、譜面を完全丸暗記して高得点を叩き出すのは――間違っているとまでは言わないが、ノーラと比べればガチ過ぎて少し引く。
「……一番ドン引きするのは君のプレイだけどね、本当に目押しだけで高難度曲全部突破するんだからさ」
「いや、さっき俺もミスしただろ。最低難易度のあれ」
「あれは途中で退屈になって集中途切れただけだろう。なんで最高難易度突破出来るのに難易度低くなるとミスが頻発するんだよ君は」
そうは言われても、譜面がスカスカだと流れてくるボタンのマークではなく背景で踊っているツインテールの少女の方に意識が行ってしまうのだから仕方がない。
大体、あの娘はスカート丈が短すぎると思う。あんなので踊ったら見える、というか角度によっては絶対見えてるだろうアレ。
けれど、見えそうだと思っても中々見えないし、正面から見てたら絶対見えてたタイミングで映像の角度が切り替わったりするのだ。あれだけ見えそうなのに、中々見えない……!
「皆おまたせー! ……あれ、ニールどうしてそんなに悔し――ああ、ミクミ○にしてやんよってのが一番分かりやすく見えておすすめよ」
「マジかよ、さすが持ち主なだけあるな。心得てやがる……!」
「心得てやがる、じゃないんですけど。一体何やろうとしてるんですか!」
ちい、と舌打ちを一つ。そうだ、今ここにはノーラと茉莉が居る、さすがにそれ目的でプレイするには辛い状況だ。
だが、それでもやるべきではないか? ここで大人の対応をして諦めたら、凄く後悔するのではないだろうか。
「なら俺は大人じゃなくても良い――!」
「いや、やめときなって、それは別の後悔をするだけだと僕は思うよ」
がしり、とコントローラーを握る手を掴まれる。
「くそ、カルナお前、大人ぶりやがって……! 基本こっち側だろお前!」
「こういうのはこっそりという分別くらいはあるってのが一つ。もう一つは、正直あんな貧相な子のを見たいとは思わないというか、なんというか」
「大人の分別っていうより股間に従っただけじゃねえか」
乳の権化め! そう罵りたい気持ちを強引に抑え込み、連翹にコントローラーを手渡す。
連翹は慣れた手つきでテレビに繋いだコードを外し、先程『4』の名を関していたゲーム機から『2』と書かれたゲーム機を繋ぐ。
「これでオッケー、っと。……ところで大丈夫? この手のボードゲームって別名友情破壊ゲームとか呼ばれてるんだけど」
起動しながらそのようなことを問いかけてくる。
画面に浮かぶ映像は、先程のモノよりもだいぶ見劣りする。連翹が言った通り、旧式の道具なのだろう。
色々種類があるんだなと感心しながら、ニールは連翹の心配を鼻で笑ってやった。
「何言ってやがんだ、今更遊び如きでどうにかなる関係でもねえだろ」
ニールは笑い、カルナとノーラもそれに続いた。
そうだ仮にこれが友情を徹底的に破壊するモノであったとしても、今日までの間に紡いだ絆は、そう簡単に砕けるモノではないのだ。
――――プレイ前はそんなことを考えていたような気がするなぁ、とニールは思った。
<『カルナ社長! 良かれと思って物件を売っておいたのねん!』>
「あ"あ"あ"あ"あ"! 半裸の天パの分際で僕のモノを、貴様ァ……ッ!」
「ざまあ、天罰が下りやがっ――ははは、カルナ社長の役に立ちたいのねんとか言ってんだ、そう邪険にしてやんなよ」
「真っ先に本音を吐きながら取り繕ってるんじゃないぞニールッ……! 新幹線カード発動! そらぁ! そんなに役立ちたいならニールの元で役に立ってこいよ貧乏神がぁ……!」
「げぇっ……!? おい馬鹿やめろカルナぁ! 押し付けんなぁ!」
「はははは、そう邪険にしなくてもいいじゃないか! 役に立ちたいとか言ってるだろう彼は!」
「てめえ――!」
ニールは激怒した。必ず、この邪智暴虐のカルナに貧乏神を擦り付けねばならぬと決意した。
どうやってこいつを叩き潰してやろう絶対に許さない――そんなことを考えながら、プレイ前に連翹が言っていた言葉は正しかったなぁ、と冷静な部分で頷く。
これは友情壊れる。
というか互いに積極的に壊しにかかっている。
「なんかあたし二人の争いに巻き込まれて全然目的地に進めないんだけど! うんちカードとか使うんならこっちを巻き込まないで欲しいんだけどぉ!」
<「なんと! ノーラ社長が目的地に連続一番乗り~! 住民は大歓迎ですぞ!」>
「あ……また目的地に到着できましたね。今年の決算は――あ、また一位」
ダントツトップのノーラと、そこからだいぶ離れて二位の連翹、そしてどん底で不毛な殴り合いを続けるニールとカルナ。
ノーラの運が異常に良いワケでも、ゲームが上手いワケでもない。ニールとカルナが足を引っ張り合い、ちょくちょく連翹がそれに巻き込まれて目的地にたどり着けない場合が多いだけである。
ゆえに、ダイス目の結果マイナスマスに停まる以外はノーダメージのノーラがトップになるのは自明の理であろう。
「ねえ、なんかノーラだけ順風満帆過ぎじゃない? 処す? 処す?」
――とりあえず十年で始めましょっか。
そんな連翹の言葉でプレイしたこのゲームだが、既に五年目の後半。このまま同じことをしていても勝利は不可能だろう。
「……おうカルナ、一時共闘と行こうぜ」
下位同士で殴り合っていても勝利は不可能。
ならば、圧倒的一位を引きずり下ろす。
「悪いねノーラさん、恨むならその沢山の物件と現金を恨んで欲しい……! ニール! 確かサミットカード持ってたよね!? あの全員同じマスに集めるカード!」
「ああ――そら効果発動! こっちに来いノーラぁ!」
「あわ、わ……け、けど、こっちにはリニアカードが……あ、どうしよう出目があんまり良くない……!?」
「しめた! ニール! あたしも同じカード持ってるから貧乏神ちょうだい! 絶対逃がさないから覚悟しなさいノーラぁ……!」
「ちょ、なんか皆、大人気なくないですか――!?」
「いいことを教えてあげるわ、この手のゲームってのはだいたいこういうモノよ――よーし出目が走ったわ! これでノーラに擦り付けられる!」
「ああ、なんでここぞでダイスの差が……!? け、けど――そう離れてはいないから、次のわたしの番で押し付けて――」
「それじゃあ僕のターン、牛歩カード発動。対象はノーラさん。貧乏神と一緒にゆっくりのんびり優雅な旅を楽しんで来て欲しい」
「あ"あ"あ"あ"あ"!?」
絶望的な叫びを上げるノーラを背景に、三人でハイタッチ。互いの口元が邪悪に歪んでいる、同じ穴のムジナとはいえ性格悪いぞお前らと言いたくなる。
そんなこんなで、順調にノーラを封殺していくニールたち。これは大人げないと言われても仕方ねえな、と思いながらも胸から湧き出る「ざまあ」感は拭えない。
けれど、やはりこれは友達と遊ぶゲームではないと思う。男だけでプレイしていたら絶対喧嘩になっていたはずだ。
「け、けどまだ! この程度なら挽回は――」
<おっと、貧乏神の様子がなにか変だぞ? まさか、これは伝説の……?>」
「――えっ?」
「なんだこれ、初めて見るな」
「何か特別なイベントなのかな」
「――あっ」
見覚えのないイベントに首を傾げる三人と、全てを察して表情で顔を逸す連翹。
どういうことだ、と問いかける前に――悪夢は訪れた。
<「キイイイング! 貧乏神! 来月から貴様に悪夢を見せてやろう!」>
「いや、ちょっと待って、なんですかそれ――」
おどろおどろしいBGMと共に、ゲーム世界が毒々しい紫に侵食される。
ニールにはゲームの経験はない。ゆえに、進化した貧乏神についての知識などあるはずもない。
だが、それでも禍々しくなった姿と、専用のBGM、そしてフィールド全体を侵食するオーラ。
それらを見れば、素人だって理解出来る。
――あ、こいつはヤバイヤツだ、と。
<「貧乏界にカードなど不要。全部捨ててやろう」>
「ああああ! 溜め込んだ便利そうなカードがぁ!?」
<「現金を捨ててやろう、どうだ嬉しかろう?」>
「いや、待って、ほんと待ってください、サイコロが多い多い多い! ……ああああ!? どうしてこういう時に限って六とか五ばっかりぃいいい!?」
「け、けどまだ、まだ、擦り付けさえすれば……! 待っていてくださいよ三人共、許しませんからね……! 絶対、ぜったいっ、許しませんからねぇ……!」
<「ところで、可愛い子には旅をさせろと言うな?」>
「……え?」
<「オレ様は貴様が可愛くて仕方がない! ゆえに、貴様を十泊十一日の貧乏界ツアーへ招待してやろう!」>
「え? ……こ、ここどこですか? なんかマイナス駅っぽいのしか見えないんですけど? ……停まったら物凄いお金取られるんですけどぉ!?」
――うわあ、と。
転げ落ちていくように破滅していくノーラを見て、ニールたちは思わずそんな声を漏らすした。
「……ど、どうしようニール、レンさん、さすがにこれは茶化し辛い……!」
阿鼻叫喚の地獄絵図っぷりに徐々に真っ白になっていくノーラを見て、三人は頷く。
うん、まあ、ざまあとか言うのはやめてあげようかな、と。




