246/熱き決闘者というか顔真っ赤な決闘者
「おまたせ~……なんか超疲れたんだけど……」
別れてからおおよそ二時間後。
疲労困憊といった風な連翹と、対照的にまだまだ元気がありあまっているといった感じのノーラと茉莉が集合場所に現れた。
「おう……そっちはまあ、色々有意義だったみてぇじゃねえか」
休憩所に設置されていた自動販売機、その中に存在するコーラという未知の飲料を啜っていたニールは、声音に疲労を滲ませながら手を振る。
そうなのよ、と歩み寄ってきた連翹の姿は、当然の如く別れる前とは違っていた。
キャメル色のニットセーターを着て、下には赤いロングスカートを穿いている。肩に下げている黒地にヒョウの柄が施された小さいバッグは、きっとそれを含めて着こなしの一部なのだろうと分からないなりに想像する。
普段の連翹とは違い、大人びた姿ではある――ニールと同じテーブルに座り、うだー、と突っ伏していなければの話だが。やはりこの女は言動で一気に子供っぽく見えるなぁ、とニールのコーラを奪う連翹を見つめて思う――
「――ってコラ連翹お前ぇ! 欲しけりゃ自分で買ってこいよ、別にカネがねえワケじゃねえだろぉ!?」
「いいじゃない、そっちだって盗られて困るワケじゃないでしょー?」
「そういう問題じゃねえよ、仲間内だろうと最低限了承得てから飲めって話だ。親しき中にも云々はこっち側の言葉だろ。おら、飲んだ分は不問にしてやっから自分でなんか買ってこい」
「んー……分かった、ごめんね、それじゃあちょっと行ってくる」
おう、と小さく手を振って自動販売機に向かう連翹を見送る。
そんな様子を見て、茉莉はくすりと微笑んだ。
「なんかわたしよりもしっかり躾してるのね」
「同年代を躾けられるほどの人間じゃないっすけどね。それに、あいつなんだかんだで根は真面目っつーか素直っつーか、だから俺程度の話も聞いてくれるだけっすよ」
悪いことを叱られれば、それを受け止めて正そうとする下地はあると言うべきか。
その辺りの教育はきっと茉莉と茉莉の旦那の功績なのだろうと思う。もっとどうしようもない人間に育てられていたら、転移者になった後に更正することなどなかったはずだ。
「だから、その辺りは茉莉さんたちのおかげっすよ」
そう言って笑いかける。
だが、茉莉は表情を一瞬だけ暗くして――
「……本当に、そうなの、かしら」
――小さく、呟く。
それは返答というより、思わず漏れ出した想いの一欠片。きっと、呟いた自覚すらないのだろう。
ニールはその呟きの意味を問いかけかけて、しかし口を噤む。
それに対して何か言っていいのは、きっと連翹だけだろう。少なくとも、ニール・グラジオラスという男があれこれ突っつき回して良い話題ではないはずだ。
「レンちゃんもせっかく着替えたんだから、もっとお淑やかにしてみればいいのに――お疲れ様です、ニールさん」
親子の会話を優先させるためか、数歩下がっていたらしいノーラが追いつき、微笑む。幸い、先程の茉莉の呟きは聞こえていないようだ。
彼女が着ているのは、ファーのついた白いダッフルコートに、淡桃のロングスカート。スカートの裾から伸びる脚は黒いタイツで覆われている。どう足掻いたところでピンクの髪は目立つためだろうか、帽子の類はつけていない。全体的な色合いの調和で目立たなくしているようだった。
「連翹はけっこう違う感じだってのに、ノーラはけっこう前のに近いんだな」
「ええ、本当はもっと別の、とも思ったんですけど――それだとどうしても髪色が」
服屋で店員と話すと、ギャップに驚かれてしまうんですよね、と困ったように呟く。
ここには地毛がピンクという人間が居ないため、ノーラのような髪色をしている人間はもっと騒がしいタイプに見えるらしい。なんでも、奇抜な色に染めているように見えるから、なのだとか。
へえ、と「ピンク髪とか探せばゴロゴロ居るってのにな」と呟き、残ったコーラを一気に呷る。独特な甘みと炭酸が喉を滑る感覚が気持ちいい。
その姿に、なぜだかノーラは驚いたように僅かに瞳を見開いた。
「……ニールさん、そういうの気にしない人なんですか?」
「あ? ……いや、俺も知らねえけど、これはそのまま飲むモノなんじゃねえか? ……違うんすかね、茉莉さん」
「ああ、コップに移して飲む場合もあるけど、こういう場所ならそれで正しいわ。正しいけど、ホワイトスターさんが言っていたのはそういうことじゃないとわたしは思うのよね……」
どういう意味だろう?
まあいい、と連翹が飲んでしまったため思ったより量が少なくなっていた缶を飲み干し、ゴミ箱に捨てる。
「お待たせー! いやあ、久々に自販機使うとテンション上がるわね。文明の利器っていうか、科学の力ってすげー、っていうか」
ぱたぱたと足音を立てながら戻ってきた連翹は、三つの矢らしきマークが刻印された缶を持っていた。
よいしょー、と椅子に座り、缶の中身を呷るその姿はやはり子供っぽい。やはりガワだけ大人っぽくしても中身が伴わないと駄目だな、とニールは静かに頷いた。
「おう、なんか凄く失礼なこと考えてなかった? 考えてたでしょ今」
「いや、さっき俺の飲み物盗られたからな、今度はこっちが盗ってやろうかと考えてただけだ」
「え? なに、そんなこと? そのくらいならさっきのお詫びも兼ねてこっちから渡すけど」
はいどーぞ、と手渡される缶を「おう、悪いな」と受け取る。
先程の言葉は連翹の追求を逸すためのモノだったが、未知の飲み物が気になるのもまた事実。缶に口をつけ、一気に中身を呷る。」
「ああああ!? そんな一気に飲まなくてもいいじゃない! あたしそんなに飲んでなかったわよ!」
「ああ? 大体こんなもんだったろ。過去の自分を捏造してんじゃねえよ」
缶を奪い返そうと身を乗り出してくる連翹の顔を掌で抑えつつ、はははと笑う。
やはり連翹はこうやってからかっている時が一番元気に見えて良い。カルナ辺りに子供か君はと言われそうだが、まあ十代など大人には程遠い。一応、本気で嫌がらない範囲でやっているので許して欲しいと思う。
「なんというか、二人とも――気にしていないのか、気づいていないのか……」
「たぶん気づいていないんだと思うわ。あっちでどうだったかは知らないけど、あの子恥ずかしがり屋だから。気づいてたらもっと小さくなってると思うのよ」
なぜだかノーラと茉莉がこそこそと話しているが、まあいいだろう。腕をぐるぐると回転させながらこちらに迫ろうとする連翹の対応に忙しい。
「――あれ? ところでカルナは? まだ本屋にでも居るの?」
そんな最中、ぴたりと動きを止めて問いかける連翹。
ニールは内心で「色々見なかったことにしておきたかった……」と思ったのだが、それで何かが解決するワケでもない。現実逃避はもう終わりだ。
「ああいや、カルナの奴はだな……」
はあ、と。
大きく溜息を一つ。
「――あっちで宿命の決闘とやらをしてやがるぜ」
俺が疲れた理由はそれだよ、と。
そう言ってニールはカードショップ『デュエル・キングダム』を指差すのであった。
◇
昼近くになったためだろうか、入店した頃にはニールとカルナ、そしてメガネの黒服しか客が居なかった『デュエル・キングダム』も賑わい始めていた。
平日の昼間。普段ならさして客が入らないだろうに、しかし今は多くの見物客で溢れかえっていた。
見物客の種類はおおよそ二種類。
純粋にカードゲームが好きな者たちと――巧みにカードを操るカルナの姿が気になった女性たちである。
彼は店員が気を利かして流してくれたBGMの中で、黒服メガネに対し突きつけるように掌を向けた。
「そして僕のターンは終了――そしてエンドフェイズ! 墓地から効果発動! 墓地の植物族を除外してモンスターを蘇生、リンク先に特殊召喚! その瞬間、効果発動! リンク先のモンスターを破壊して八百のバーン! そして再び墓地の植物族を除外して蘇生、リンク先に特殊召喚! 効果発動! リンク先に特殊召喚されたモンスターを破壊し八百のバーン! そして再び墓地の植物族を除外し蘇生――」
――様子を見に行ったら戦いが更に進化していた件について。
お前、僕のターンは終了って言ってたじゃねえか。なんで無茶苦茶動き回ってるんだよおかしいだろう。
そんなニールの思考など歯牙にもかけず、墓地の植物は除外ゾーンに送られ、再びリンク先に特殊召喚。そして再びリンク先にモンスターが特殊召喚されたため、そのモンスターを破壊し相手に八百のダメージ。
それが、延々と――そう、延々と続いている。なんだこれ、そもそも相手の黒服メガネのターンすら来ていないというのにライフが削りきられようとしている。
「ちょ、待っ……!? さっきから卑怯――つーか、あんたさっきまで初心者丸出しだったじゃねえか――!?」
「ふっ、なにを馬鹿な――仮にも魔法の名を関するモノで! この! 僕が! 負けるはずがないだろうがッ……! 合計八千バーン……どうだ先行ワンターンキルだぁ! 僕を最高の魔法使いだと讃えながら死ねぇ――!」
「うあああああああああ!?」
一体何連敗したのだろう、メガネの男は既に半泣きになっている。
その顔を見ながらカルナはやりきったとドヤ顔を晒す。正直無茶苦茶腹が立つ顔なのだが、顔立ちが整っているからか無駄に様になっていて余計にニールは腹立たしく思う。
「さっきからえげつねえな、あの銀髪の外人さん……」
「相手が禁止制限無しのハンデつけてやるって言ったら、知識ほぼゼロの状態でサイエンカタパ組みやがったからな……」
「うん、さすがにあのメガネが可哀想だからやめたげてって思った。エラッタ前の亀ほんと怖い。一ターンに一度は必須」
「なんでカードプールざっと見ただけで覚えて、その上シナジーやコンボをこっちが教えるまでもなく理解してデッキ組めるの? 欲望とか執念とか運命力とか足りすぎてて超怖い」
既に何戦目になっているのだろうか?
カルナは先程のデッキを戻し、新たなデッキを取り出して再び決闘を開始する。お前一体どれだけ金をつぎ込んだんだと問いかけたくなるが、額を知ると心臓が縮み上がりそうなので聞かないことにする。
「――結果、リンク先のモンスターの攻撃力を吸収したモンスターの攻撃力は八千。ここで破滅の龍を召喚。召喚に成功した際に場のモンスターを全て破壊し、破壊したモンスターの中で一番高い攻撃力を参照してバーンダメージを与える――ピッタリ八千で先行ワンキルだ、震えながら死ねえ! どうだ、今度は禁止カードは一枚も入ってないぞ……どうした? ん? 今度はどんな負け惜しみを言うのか楽しみにしてるんだけど? ああ、申し訳ない。僕が勝ちすぎたせいで貧弱な語彙が枯渇してしまったというワケか!」
――なんか色々召喚したと思ったら、最終的に禍々しいドラゴンがケンタウルスみたいなモンスターを爆砕し、ついでに黒服メガネのライフも一緒に爆砕した。
なんだろう、本当にニールがさっきやっていたモノと同じゲームなのだろうか? 異次元過ぎて別世界に転移してしまったのではないかと不安になってくる。
「ワンターンキルのデッキ組めるのはいいとして、どうしてそんな簡単にキーカード引いてやがるんだよぅ……!? 積み込みしてるんじゃないのかぁ!?」
「ははは、何を馬鹿な。さっき君が自分の手でシャッフルしてくれたじゃないか。これはただただ単純に魔法使いとしての格が違うって話さ、いい加減理解したらどうかなぁ!」
もはやカルナが何を言っているのか理解できない。
そもそも対戦ゲームだっていうのになぜ相手の手番を与えず勝利する手段が複数あるのだろうか。それはちょっとゲームとして致命的な欠陥ではないか……?
「……ことの顛末は聞きましたけど」
ぽつり、とノーラが呟く。
そう、この店に入る直前に、皆にことのあらましを伝えていたのだ。
それに対し、連翹は「初心者狩りは罪、慈悲はないわ」と憤慨し、茉莉は「まあ、怒る理由も分からなくはないかしら……?」と分からないなりに理解に努め、ノーラは全てを察したと言うように「あっ……」と頭を抱えていた。さすが彼女、ニールと同じくらいカルナのことを理解している。
そして今。
カルナの華麗なる――華麗なる?――反撃を前に、ノーラはハイライトの薄れた瞳で乾いた笑い声を漏らした。
「なんというか、本当に、大人気なさは似たり寄ったりですよね……」
ニールが、連翹が、茉莉が、そしてニールたちの会話を聞いていたらしい一部の見物客たちが頷く。
プライドの高い負けず嫌いを挑発したらああなるのだ、あの黒服メガネも魔法で直接殺されなかっただけ幸運だと言っても過言では――いや、やはり過言か。お前もうちょい大人になれよと思う。
「……あのですね、カルナさん。そろそろ戻ってごはん食べに生きませんか? そろそろお昼時ですし、ね?」
このままじゃ埒が明かない――そう思ったらしいノーラが高笑いを上げるカルナの肩に手を置いた。
光の失せた瞳からは全力で他人のフリをしたいという気持ちが伝わってくるが、これ以上放置したら余計に傷口が広がっていくだけだと思って踏み込んだらしい。
勇気あるな、と思う。ニールだったら絶対放置して食事しに行っていた。
「いや、もうちょっと――今度は彼お得意の『芝刈りカオス』のミラーマッチ戦で圧勝して心をへし折ってやろうと思ってるんだ」
「もう止めてカルナぁ! 気持ちはちょっと分かるけど相手のライフはもうゼロよ! 時既に試合終了って顔にしかならないから!」
「手心加える必要はなかったと思うが、死体蹴りは許してやれよ。ほら、泣き入ってんだろあいつ」
絶対に勝てそうな相手を狙って悦に浸るという感性は確かに受け入れがたいし叩き潰すのもありだと思うが、既にもう立場が逆転している。
罪を許して反撃するななどとは言わないが、目には目を歯には歯を程度に留めておくべきだ。カルナの場合、歯を折られた腹いせに相手の全身を焼却する勢いなのでさすがに止めに入る他ない。
溜息を吐きながらそのようなことを考えた矢先――不意に、風が吹いた。
否、それは風ではない。練達の剣士が漂わせる圧倒的強者のオーラ。それが、ニールの肌を撫ぜたのだ。
「――まさか、在野にあのようなデュエリストが居たとは」
「はは、今年のワールドチャンピオンシップは荒れそうだね」
「問題ない、どのような手段を使おうとも、我が魂のカードで粉砕するのみだ」
そこに――彼らは居た。
ヴィジュアル系バンドだってもう少し大人しいぞと言いたくなる奇抜なツンツン髪の男たちは、室内だというのにコートの裾を靡かせている。
彼らは右手の指先で個々人が最も信頼するエースのモンスターを構え、新たなるライバルの出現を祝福するように好戦的な笑みを浮かべたていた。
なんだろう、彼らの周辺だけ世界が違う。
気迫というかオーラというか、そのようなモノが湧き出しているのである!
なんだあれ、連中はどうしてこんな平和な世界であんな強者のオーラを放っているのか――!?
「ねえ! なんか別の物語がスタートしそうな予感がするの! 突然カードバトル漫画になったみたいに方向性が変わっちゃう気がするから早く来て! なんかこの当たりが分水嶺なんじゃないかってあたし思うのよぉ!」
連翹の言葉にハッとする。
なんか今、完璧に雰囲気に飲まれていたが――あれはただのカードゲーム大好きな不審者どもだ。
それ以上でも以下でもない。きっと、たぶん、そのはず。
「わ、分かった、分かったから待って欲しい! とりあえず、開封済みのパックの山をちゃんと捨てていかないと――」
「山? ……うわあマジで山だ馬鹿じゃねえのお前!? 一体いくらつぎ込んだんだ!?」
「いや、欲しいノーレアが中々出なくて、つい……」
「……カルナさん、わたしたちの中で一番こっち側に馴染んでません?」
店員に対し大騒ぎした件について謝罪し、そそくさとこの場を離れる。
――かくして、熱き決闘者たちとの邂逅は成されず。
ニールたちは何事もなくカードショップから退店するのであった。




