245/男ふたり
「……大体こんな感じですね」
うん、とノーラはカルナの姿を見て頷いていた。
カルナは先程までの真っ黒な姿ではなく、丈の長いシャツの上に開襟シャツを重ね、その上からコートを羽織っている。
パンツは丈の合う普通のジーンズを探し出し、足元はラフなキャンパススニーカーを履かせた。
そしてこの町で長髪を靡かせるのは邪魔になるので、ポニーテイルで纏めてしまう。
髪が邪魔とはいえ男でその髪型はどうなんだ――と傍から見ていたニールは思っていたが、実際にやると似合って見えるので理不尽さを感じる。
そうして出来上がったのは、清潔感のある美青年。ポニーテイルが目立つと言えば目立つが、長髪の時よりはだいぶマシに見える。
抜群にお洒落な格好とまでは言わないものの、最低限真っ当な格好になったのではないだろうか。
「……ねえ、このサングラスだけでもつけちゃ駄目かな」
「うーん、夏だったら頷いても良かったんだけどね……」
サングラスを両手で持ちながら進言するも、やんわりとダメ出しされてしまう。
まあ確かに、パッと見る限りサングラスの用途は太陽光を遮り瞳を守るためのモノだ。それを冬につけるのはあまり季節感が無いのだろう。
「よし、それじゃあ後はノーラね。あたしは後ろで様子見といてあげるから頑張って――」
「こら連翹、自分は関係ないって顔しない」
後ずさりする連翹の肩を茉莉が掴む。
ううっ、という呻き声めいた狼狽の声を漏らす彼女に、ノーラは「まったくもう」と小さく溜息を吐く。
「いい機会ですからレンちゃんもしっかりと着飾りましょう。ええ、旅の途中は荷物が増えるからって言い訳もありましたが、今はその必要もないですしね。行きましょうか茉莉さん」
「ええ、ホワイトスターちゃんも同じ想いで何よりだわ。ああ、男子の二人はしばらく自由に歩き回っていいわよ。二時間後に二階の休憩所に集合ってことで。女の買い物に付き合っても退屈でしょう?」
どうやら女同士想いは通じ合ったようだ。約一名、通じ合えていない女もいるが、まあそれはいいだろう。
二人は左右から連翹の掌を握り、そのまま問答無用で女性服売り場へと歩き出す。へあ? という間の抜けた声が連翹の口から漏れ出した。
「え? なにこの流れ? というか二時間後ってそんなに服選ぶのに時間かけるとかぶっちゃけ面倒くさくて嫌――あ、引っ張らないで! 転ぶ、転んじゃう、待ってちゃんと歩くってば……ちょっとニール助けてぇ――!」
ずりずりと引っ張られていく連翹に向けてひらひらと手を振った。
剣で片がつく物事なら手伝ってやるのもやぶさかではないが、そうで無い以上見送るのみ。というか、手助けしたところで討ち死にするのが目に見えている。
「う、裏切り者ー!」
という叫びが聞こえてくるが、知ったことではない。
そもそも、お前も女なんだしもうちょい着飾れとはニールも思っていたのだ、止める理由は皆無である。
小さくなっていく連翹の姿を見送った後、ニールは「さて……」とカルナに視線を向けた。
「俺は集合場所の確認してから適当に店を冷やかしてくつもりなんだが、カルナ、お前は?」
「書店に直行――と言いたいところだけど、一応場所の確認だけはしておこうかな」
互いに先程の光景など何も見ていないとでも言うように頷き合い歩き出した。
下手に突っついて自分たちも数時間も衣服の買い物に付き合わされるのはゴメンだ。
という理由は半分程度であり、残り半分はここが未知の文化の建造物だからである。
客を招き入れるという性質上、迷路のようになっている可能性は低いものの、警戒しておくに越したことはない。この世界では当たり前の標識を見逃して大いに迷う可能性だって無くはないのだから。
「というかレンさんを放っておいて大丈夫だったのかい? 一緒に服を見繕っても良かったと思うけど」
「お前安全圏に入った瞬間に……まあ、それは前にやったってのもあるが……あの時と心構えが違うっつーか」
オルシジームの時は連翹に対する気持ちが曖昧なままだったから気負わずにやれた。根っこの感情はどうあれ、当時は仲間に対する感覚だったのだ。
だが今は――彼女に対して自分がどのような想いを抱いているか自覚してしまっているから。
いつも通りの益体もない会話なら問題ないが、しかし、こう、服を見立てたりするのは恥ずかしいというか。更に自分と連翹以外に茉莉とノーラが居るのだ。二人とも囃し立てるタイプではないと思うが、それはそれとしていつも通りに慣れない自分を観察されるだろうと思うと……
そこまで考えた辺りで、カルナが心底おかしそうに笑い声を上げた。
「……んだよカルナ」
「いやあ、ごめんごめん、悪かったよ。ただまあ、なんというか……思ったより初心というかなんというか、似合わないね」
エスカレーター前方の殴りやすい位置にある頭部に向けて思いっきり拳を振り抜く。
カルナはその反応を理解していたのか、ひょいと屈んでそれを回避。ははは、と尚更おかしそうに笑う。
「だからごめんって、なんか奢るからそれで勘弁してくれないかな」
「ちっ、仕方ね――お前に奢られなくても金は無制限に使えるじゃねえか!」
「さすがに丸め込めなかったかー、じゃあ僕の願いのおこぼれに預かったという貸しをこれで返却して貰うということで」
ぐっ、と振り上げた拳を仕方なく下ろす。
確かに、この世界の金を最初から有しているという利点は大きすぎる。
それに何より――
「……茉莉さんに土下座して金せびる真似をしてたかもしれねえしな」
「だろう? 良かったね、レンさんの親にいきなりそんな情けない真似をしなくて済んで」
確かに、そんな状況になったら速攻で心が折れる自信がある。さすがに情けなさ過ぎるだろう。
「お前、まさかその為に願いを――」
「いや、こっちの世界の金を稼ぐ時間を短縮したかったっていうのは九割本音だよ。残り一割くらいは……まあニールに恵んでやってもいいかな、と」
「そりゃそうか、つーかさすがにそこまで気ぃ使われたら背筋が寒くなっちまう」
「だろう? ……っと、見えた。あそこだね」
そこは、元々は喫茶店か何かだったように見える。
洒落たテーブルに椅子、一人で寛げるカウンターもあった。だが、元の店はだいぶ前に潰れたかなにかしたらしく、本来店員が軽食などを作る厨房があるはずの部分は敷居で遮られてしまっている。新しい店舗が入らないからそこを流用したのだろう。
だが、幸か不幸か休憩所としてはそれなりに繁盛しているらしく、壁際に設置された巨大な機械も絶賛稼働中のようであった。
「……つーか、これなんなんだ?」
遠目で用途不明の機械を見つめながら訝しげに呟く。
そういえば、自動車で移動している最中にも道端で見かけたような気がする。
大きな扉にも見えなくもないそれには、なにやらショーケースのようなモノが設置されていた。飾られているのは金属製のコップのようなモノであり、表面には中身をアピールする絵が描かれている。
疑問に対する回答は、思いのほか早く成された。
先程までテーブルで薄っぺらい板――スマホを弄っていた男が立ち上がり、そこに硬貨を投入し指で出っ張りを押す。すると、ガコン、という重い音と共に下部に鉄のコップらしきモノが落ちてきた。彼はそこの上蓋部分の細工に指を引っ掛け開封すると、テーブルに戻りまたもやスマホを弄りながら中身を呷る。
「なるほど、氷冷庫と飲料販売を自動化してるんだね――でも、店内ならまだしも外に置いていて大丈夫なのかな」
人目のないタイミングで中の飲料や売上などを奪う奴が居るのではないか? と。
だが、少なくともニールが見た範囲ではあの機械が壊れているモノはなかった。店内はもちろん、道端に存在するようなモノであってもだ。
恐らくだが、この国はニールが想像する以上に平和なのだ。道端に金が詰まった機械を放置していても壊されない程度には。
それ自体はきっと良いことなのだろうと思う。
だが、無二が戦う相手が居ないと、競い合う相手がいないと、宿敵として自分の前に立ちふさがってくれる剣士がいないと嘆いた理由を実感できた。ここはきっと、戦いとは無縁の場所なのだ。剣の天才が息苦しくて窒息しかける程度には。
少なくとも、ニールは馴染めないと思った。旅行客としての身分なら新鮮だとは思うし、楽しいモノも沢山存在するのだと思う。だが、骨を埋めるには剣の居場所が無さ過ぎる。
「……もしも」
誰も彼も武器を持っていない、モンスターもいない、安全で平和な世界の店内を見渡しながらニールは我知らず呟いた。
「もしも、連翹が残るって言ったとしても、俺は絶対ここには残れねえな」
「現実をちゃんと理解しているようで何よりだよ。もし君がレンさんが残るなら自分も残るなんて言い出したら、全力で説得しないといけなかった」
「なんだ、引き止めてくれんのか?」
冗談めかした問いかけに、カルナは真顔で頷いた。
「当然さ。だって、その選択は誰も幸せにならないだろう?」
「……まあ、な」
仮に、連翹に対する情で残ったとして、だ。
ディミルゴへの願いを使って、この世界で定住出来るようにして貰えたとしよう。
だが――それで誰が幸せになるのだろうか?
少なくとも、ニールは無理だ。
最初はそれなりに楽しんで暮らせるかもしれないが、一生この世界で、剣で生きられない世界で生きるなど拷問に等しい。そしてきっと、その拷問には耐えられない。
そしてその時、連翹に当たり散らさない自信がニールには無かった。
お前が残るなどと言わなければこんなことにはならなかった、いいや、そもそもお前さえ俺たちの世界に来なけりゃ良かったのに――そんな風に当たり散らして、連翹を傷つけて、自己嫌悪して、それでも剣士として戦う生き方を捨てられず劣化無二になり、彼のような才能のないニールは順当に死ぬ。ああ、目に見えるようで嫌になる。
「あんまり暗い顔をしない方がいいよ。レンさんはあれで他人の顔色には敏い方だから、ニールがそんな顔をしてたら不審がられる」
「……だな、悪い」
「いいさ、気にしないで。そんなことより、適当に遊んで気分転換――ん?」
言いながら周囲を見渡していたカルナがある一点を注視しだした。
なんだ、胸のデカイ女でもいたのか? そんなことを考えながら視線を追い――それを見つけた。
『デュエル・キングダム』――王国を自称するには小さすぎる店。その入口前に設置されたショーケースの中に、複数のカードが陳列されていた。
カラフルであり、光の反射で絵がキラキラと輝いているそれらは――なぜだろう、とても男心を擽るモノがある。
「これがレンさんが言っていたカードか……」
「あ? ……ああ、確かにお前が使ってた回路と似てるな、これ」
壁に設置されたポスターには、現実的に考えてありえない髪の尖り方をした男の絵と共に商品の宣伝文が記されていた。その男の左腕には、カルナの回路を綺麗に仕立て上げたようなモノがある。
「似てるっていうか、レンさんの話を聞いて僕が真似たワケだけどね――しかし話には聞いていたけど凄いな。トランプとかと違って、物凄い量がある」
「ドラゴンとかモンスター以外にも、剣士や魔法使いもあるんだな……数が多すぎてどう遊べばいいのかさっぱり分からねえんだが」
「おや、Wizard&Magicが気になるのかい?」
そんな風に店の前で話していたからだろうか、それとも異人種であるニールとカルナの姿が目立ったためだろうか、店から店員が朗らかな笑みと共に歩み寄って来た。
「ええ、僕らの国じゃ売って無くて。日本の友人に存在を教えては貰っていたんですけど、実物を見たのは今日が初めてなんですよ」
と、外面を取繕って微笑むカルナに店員は「なるほど」と頷く。
「良ければ店内で遊んでいったらどうだい? 初心者用に貸し出してるデッキもあるから、買うかどうかはその後に考えれば良いよ」
まあ、時間はあるし――それもいいか。
二人は頷き合うと『デュエル・キングダム』に足を踏み入れた。
小じんまりとした店の中には会計用のカウンターが一つ、そしてカードを使って遊ぶ机が二つほどある。そして壁を埋め尽くすカードを陳列するショーケース。入り口に飾られていたカードはキラキラとしたモノばかりだったが、こちらは絵が輝いていないモノも多い。
「すげえな、表にある分でもかなり数があったと思ったんだが、まだあんのか」
元の世界では存在しなかった店なので全てが目新しい。
お上りさんのように店内を見渡すニールの姿を微笑ましそうに見つめながら、店員は『デュエルスペース。飲食禁止』と書かれた机にニールたちを案内する。
「さて、それじゃあ簡単にルールの説明を始めようか」
そう言って店員は机にカードを置きながら簡単にルールを説明していく。
幸い、遊び方はすぐに理解出来た。
貸し出されたデッキがそんなに複雑でなかったこともあったのだろうが、要は強いモンスターを出して殴って相手をぶっ殺せば良いのである。きっともっと複雑なルールもあるのだろうが、それを初心者に教えるよりは遊んで楽しんで貰った方が良いということなのだろう。
当然だ。ニールは別にルールの勉強をしたいワケではないのだから、延々と専門用語などを語られても興味が失せてしまう。詳しいルールを知りたいのなら、この遊びにハマってから自分で調べれば良いのだ。
そう、今のように。
「これを出して、装備の魔法で強化して……よし、これで行けるだろ! 俺の勝ちだ」
この一撃カルナの守備モンスターを破壊し、残ったモンスターでダイレクトアタックすればライフはゼロになる。
勝った――と獰猛な笑みを浮かべるニールに対し、カルナは溜息を吐きながら伏せていたカードを表にした。
「はいはい、聖なるバリア聖なるバリア」
「ああああ!? 俺のモンスターがぁ!?」
頑張って場に揃えたモンスターたちは皆、全て攻撃表示。憐れニールのモンスターはバリアの反射で全滅するのであった。
「伏せカードがあるんだからもっと警戒しなよ。さっきも似たような動きでモンスター全滅させられてたよね――はい僕のターン、もう一体モンスターを召喚して、ガラ空きのニールに攻撃。僕の勝ち」
「があああ! 畜生、ぜんっぜん勝てねえ……!」
同じ初心者用の貸出デッキを使ってるはずなのに、この差は一体なんなのだろうか。
頭を抱えるニールに対し、カルナはカードを片付けながら呆れを含んだ視線を向けた。
「ニールはなんというか、二択とかでの勘は鋭いけどその他が脳筋過ぎるから。……けど、これちょっと楽しくなって来たな。ニール、これ買って帰らない?」
「別に構わねえが、あっちじゃ新たに補充なんぞ出来ねえし、対戦相手も増やせねえぞ」
「んー……まあ、こういうキラキラしたカードを見ているだけでもそれなりに満足だから」
「つっても保存場所どうすんだ? 常に持ち歩くワケにもいかねえだろ?」
それもそうか……、と思い悩むように手元のカードを見つめる。
カルナがどれだけのモノを買い漁って元の世界に戻るつもりかは知らないが、欲望のままに買わせたら比喩抜きで山になるだろう。現状、金銭というストッパーが無いのだ。どこかで切り詰めないと保管出来なくなる。
「おっと、その様子――どうやら初心者か?」
いやでも、シングルで気に入った絵柄のカードを一枚くらい――と悩むカルナの背中に声がかけられた。男の声だ。
その男は、ついさっきカルナが着ていたような黒服を着たメガネの男性であった。もっとも、カルナほど似合ってはいなかったが。
「良かったら一戦していくか? 休講になって暇してるんだよ」
そう言ってカバンからカードの束――デッキを取り出し、にこりと笑う。
だが、なぜだろう。その笑みは確かに友好的に見えるのに、酷く嗜虐的な感情が垣間見えるのは。
「あ――お客さん、その人は」
苦虫を噛み潰したような顔をしながら忠告しようとする店員を、カルナは手で制した。
「いや、どんな人でも構わないよ。正直、ニールが弱すぎて退屈していたくらいだしね」
「んだとテメエ――って言いたいとこだが、事実だかんなぁ」
ハイアンドロー辺りならそれなりに勝てるのだが、どうも先を見通す必要のある遊びとニールは相性が悪いらしい。
手元のカードを片付け、デッキを返却する。そうしている間に、黒服のメガネは先程までニールが座っていた場所でカルナとの対戦を開始し始めた。
瞬間――にやり、とメガネの男はにたり、と暗い笑みを浮かべる。
(――こいつ)
その笑みを、ニールは見たことがある。
あれは転移者の笑みだ。圧倒的力で弱者を虐げることによって快楽を得る――そんな人間が浮かべる笑みだ。
だが、メガネの男に規格外などあるはずもない。
「はっはー! 隣の庭の芝刈り効果発動! 相手のデッキと同数になるまでデッキからカードを墓地に送り――墓地から効果発動、発動、発動!」
「ちょ、墓地とか言ってるのになんでそんな生き生き動いているのか理解出来ないんだけど――!?」
「これこそインフレの極地、墓地や除外ゾーンはもはや第二第三の手札! 綿毛トークンでリンクしつつ墓地の光属性と闇属性のモンスターを除外して更に召喚だ! おら死ねえ!」
あるのは単純なカードパワーの差だ。
そもそもカルナが使っているデッキは初心者がルールを覚えながら楽しむというコンセプトで組まれている。いわば鍛錬用の木剣だ。それに対し、相手が使うのは研ぎ澄まされた刃。勝負になど、なるはずもない。
――大人気ねえ。
なんというか、そんな感想しか出てこない。
「その、まあ、そういう人なんですよ」
辟易している、といった風に店員が言う。
だろうなあ、とニールも顔を顰めつつ頷いた。
練習している初心者を蹂躙するなどマナー違反だとは思うが、しかし決して大きな罪ではない。少なくとも、店から追い出す程のモノではないのだ。
それに今回の場合、カルナも納得した上で対戦を開始していた。人としてどうかとは思うが、罪に問える悪行ではない。
「オレの圧勝! お前の完敗! ちょっと顔がいいくらいで調子に乗ってんじゃねーよばーか!」
「僻みにも程が有る――っていうか、人の見た目云々言う前にもうちょっと身だしなみを整えた方がいいと思うんだけど」
敗北の悔しさよりも相手の小物っぷりに気が抜けているのか、ため息混じりに言う。
これが遊びで無ければもっと苛烈に反撃していたのかもしれないが、しょせんはカード、しょせんは遊びだ。ギャンブル狂でもあるまいし、そこまで熱くなる理由もない。
だが、相手にとっては全く持って遊びなどではないようで――カルナの言葉など聞こえないのか、あるいは聞き入れるつもりなど皆無なのか、メガネの男は勝ち誇った笑みを浮かべて叫ぶ。
その結果――
「まあ、このWizard&Magic公式大会に出た最強魔術師のオレにただのイケメンごときが勝てるはずなかったんだよなぁ――! 頑張って魔法使いになって出直して来やがれ!」
「――――は?」
――カルナの尾を踏みながら逆鱗を連打したのである。
ぶちり、と。
相棒の堪忍袋の尾が引き千切れる音を、ニールは確かに聞いた。
「――店員さん、どんなカードがあるか分かる本ってあるかな?」
――静かな声音であった。
怒りの感情など微塵も感じ取れない、凪いだ声であった。
だがニールは知っている。これは嵐の前の静けさというヤツだ。怒りの力を溜め込んで溜め込んで、ここぞという時に爆発させようと考えている相棒の横顔が見える。
「え? ああ――本よりWikiの方が良いかな。あっちのパソコン使うかい? ブックマークに入れてあるからそこから行けるよ」
「……カルナ、大丈夫か? お前あれ使ったことねえだろ」
連翹の部屋にも似たようなモノがあったが、なるほど、パソコンというのか。
だが、どのように使えば良いのか分からない。机に置かれた大きな板がスマホの画面と似たようなモノだと分かるし、右手を置く場所にネズミのような機材が置いてあるからあれを使って操作するのだろうと推測も出来る。だが、未知の道具であることは変わらないのだ。
「いや、問題ない――人間が使う道具なんだ、すぐに慣れる」
そう言ってカルナはネズミのミニチュアのような道具をしばし弄り――納得したように頷いた後、操作を開始した。
そんなカルナの背中を見て、メガネの男は嗤う。
「初心者がどれだけ足掻こうが無駄無駄ぁ! ハンデとして禁止制限カードも好きなだけ使わせてやるよ。まあ、どれだけ使ったとしても、オレに敵うはずがないんだけどなぁ!」
「――へえ、言質は取ったよ」
そう言うカルナが見るパソコンの画面には、『魔導のサイエンティスト』、『カタパルトを背負う亀(エラッタ前)』、『名推理』というカード名が並んでいた。
ニールには全く意味が分からないその名称だったが、店員の顔が露骨に引き攣ったのを見ると、よほどヤバイカードであるらしい。
「……店員さん、このカードが欲しいんだけど、この店にある? あったとすれば、一体いくらかかる?」
一見する限りでは穏やかな笑みを浮かべ、しかし内心ガチギレしながら、カルナは言うのであった。




