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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
「ありがとう、さようなら」
247/288

244/TPOってのがあると思うの

 

 駅前に存在する一際大きな建物。

 オルシジームの商業塔を連想させるそこに入ったニールたちは、エスカレーターと呼ばれる動く階段でメンズブティック――要するに男物服売り場を目指していた。

 

「エレベーターで一気に行っても良かったけど、こっちの方が色々見えて楽しいでしょう?」


 確かにな、とニールは頷く。

 オルシジームの商業塔と同じように、けれどそれ以上に多数の店舗がひしめき合っている様子は興味のない店であっても見ていて新鮮だ。今はピークの時間からだいぶ外れているらしいが、それでも周囲を見渡せば人影が見える。

 ニールたちの世界とは根本的に人の数が違うのだろう。どこまでも広がる人間の生存圏を見た時もそう思ったが、商店で感じる活気によってより強く理解出来る。

 だが、それはそれとして――

 

「ブティックだかなんだか知らねえが……最初から男服売り場って言えばいいんじゃねえか?」

「分かるわ。ブティックとかメンズとかレディースとか、なに気取ってんのぷーくすくす、って感じよね。なんたらフラッペチーノかって話よ」

「おうよ、回りくどく言う意味なんざねえよな」


 へーい、と連翹とハイタッチ。なんだかとても無意味なタイミングで心が通じ合った気がした。

 そんな様子を見て微笑ましさ半分、呆れ半分といった顔で茉莉が笑う。


「グラジオラスくんも連翹も、わたしより若いんだから順応してもいいと思うんだけど……そっちの人たちって皆そうなのかしら?」

「いえ、さすがにニールさんとレンちゃんを見てそう思われるのは――って、カルナさん、どこ行くんですか」


 服屋のある階層に降りたというのに、一人だけまだ上を目指そうとするカルナの腕をノーラがむんずと掴む。


「いや、壁の地図に上の方に書店があるって書いてあったから……ついというか、無意識にというか、体が勝手にというか」

「子供の言い訳ですか! そういう物は必要な物を買った後にしてください!」

「ごめんごめん、分かってるつもりなんだけど――うん、欲望が抑えられなくて」


 謝りながらもちらちらと案内板を見て本屋が存在する階層を確認している辺り、反省しているんだがしていないのだか。

 茉莉は「勝手におもちゃ屋さんに行こうとする子供みたいね」とくすくすと笑っている。


「でも、カンパニュラくんも子供っぽい子ね。初対面の時はもうちょっとしっかりして見えたんだけど」

「そうなのよ、お母さんの言う通り。傍から見てる分にはイケメンで背が高くて有能で優しくて、って完璧超人っぽいのにね。下手したらニールの方が常識人かもしれないわ」

「待って欲しい――さすがにそれは心外なんだけれど」

「その言いぐさが俺にとっちゃ心外だよ馬鹿野郎がぁ!」


 真顔で喧嘩売ってくるカルナを蹴り飛ばしてやろうかとも思ったが、ぐっと堪える。

 そもそもカルナの存在で目立っているのに、ここで喧嘩騒ぎなど起こそうものなら自警団とかその辺りの人間が飛んでくるだろう。 

 

「……おっ、これとか良さげじゃねえか?」


 後で覚えとけよこの野郎、と思いながら視線を前に戻し――自分好みの衣服を見つけた。

 そこはどうやら、体を動かす者にとって最適な衣服を販売している店のようだ。衣服や靴以外にもニールにはよく分からない道具やテント、リュックサックなどが売っている。

 

「なるほどな、つまりはこっちの世界の冒険者用の店ってわけだ」


 動きやすさを重視した服や靴を販売し、テントなどの周辺には見知らぬ道具も多いが野営用に使えそうな道具が見える。

 ならば、あの長い木の棒は棍棒だろうか。周辺にある独特な縫い目のある球体の用途は分からないが、一緒に陳列してある以上は十中八九武器だと推測する。

 剣や鎧を売っていないのが不思議ではあるが、ここが別世界と考えれば別の武器が主流になっていてもおかしくは――

 

「ごめん、何を考えてその結論に至ったのかは分からないけど、それが全部間違いだってことはあたしでも理解できるわ」


 ――ない、と内心で頷いていたら連翹に呆れたように見つめられた。

 まあ確かに、よくよく考えてみれば――そんな店があるような世界であれば、無二の剣鬼(オンリー・ワン)がわざわざ異世界に転移することもなかっただろう。

 

「どうしたの連翹にグラジオラスくん――ああ、スポーツショップね。スポーツウェアとかの割合が多いからこの階なのかしら。それで、なにか気に入ったモノでもあったの?」

「これと、これっす。なあ連翹、これ二つを組み合わせれば最強じゃねえか?」


 ジャージと運動靴――それがニールが選択したモノであった。

 着なくても理解出来る、これはとても良いモノだ。だって、絶対に動きやすいし通気性も良い。特に靴などは頑丈さに不安は残るものの、走るための靴という意味なら最良と言ってもいいはずだ。

 後は内に着込むシャツだの下着だのを買えば完璧。

 正直、今すぐにでもこれに着替えて走り込みをしたい。

 そう思って満面の笑みを皆に向けるのだが――返ってきたのは酷く微妙な反応であった。


「……ごめんね、グラジオラスくん。君の好みを尊重してあげたいとは思うけど――町を歩く服でそれはないとわたしは思うわ」

「ニール、完全に動きやすくて着やすそう、って思考で選んだわね? 見た目とかひとっ欠片も考慮してないわね?」

「ごめんなさいニールさん、同じ世界の住人としてフォローしてあげたいとは思っているんですけど……」


 ――最強とは決して無敵ではない。

 女性陣にボッコボコにされながら、対転移者の時に考えた言葉を思い返していた。

 どれだけ運動に適していようとも、お洒落だとかそういう方面から殴られたらジャージも運動靴もたやすく敗北してしまうらしい。


「いや、これはこれでいいんじゃないかな。僕も一着くらい欲しいよ」


 肩を落とすニールをさすがに不憫に思ったのか、カルナがおずおずと自己主張をする。さすが相棒だ。

 落とした肩を上げ、ニールは「それ見たことか」と笑みを浮かべる。


「ほら、カルナだってそう言って――」

「いえ、カルナさんだって放っといたら全身真っ黒になる人ですから、参考にしない方がいいと思いますよ」

「――!?」


 援軍が来て助かったと思った瞬間、その援軍が斬り殺されていたでござる。

 まあ、致し方ないとは思う。

 ニールは衣服など最低限不潔でなければいいだろうと考えていたし、カルナは魔法使いのローブと中に着るインナーとズボンを複数所持しているだけだ。一応、カルナはノーラと共に買った服があるらしいのだが、「こっちの方が慣れてるし楽だからね」といつも通りのローブばかり着ている。

 即ち、どちらもお洒落だとか着こなしというジャンルでは圧倒的弱者。仮にこれが戦闘能力だったらゴブリンどころかやせ細った野良犬にすら負けかねない貧弱さである。 


「……まあ、仕方ねえな。とりあえずこれは場所だけ覚えといて後で買いに行くとすっか」

「あれだけボロッカスに言われてても欲しいのね……」

「いや、防御とか考えなければ最高の動きやすさだと思うぞあれ。それに、体が鈍らねえように常識的な範囲で鍛錬もしてえしな」


 確かに町で着る服という考えが頭から抜け落ちていたのは否めないが、必要な物だとは思うのだ。

 実際、こちらの世界に来た時は着の身着のままだった。衣服や鎧、体の修復はされていたが、身につけているモノ以外は元の世界に置きっぱなしなのだ。さすがに街歩き用の衣服では体を動かしづらいだろう。

 ゆえに、ニールにとって必要不可欠なのは事実なのだ。無論、今すぐ買うほど優先順位が高いワケではないのも事実なのだが。


「……そんじゃ茉莉さん。ちっと『服選ぶならここ』みてえな店を指差してくれねえっすか?」

「え? うーん……あの辺り、かしら。お代の方は考えなくても良いのよね?」

「ありがとうございます。そんじゃ、行ってきますんで――」


 そう言って歩き出したニールの手を、連翹がぎゅうと握りしめた。

  

「ねえ、一人で大丈夫? 自分にセンスがないのなんてさっきので良く分かったでしょ。なら、あたしとかお母さんとか――」

「それも考えたが、四人分一々悩んでたら日が暮れちまうだろ。なら、とっととプロに任せちまった方がいい――悪い、ちょっといいか?」


 連翹の言葉に首を振った後、ニールは店員に呼びかけた。

 快く返事をした彼だったが、ニールの格好を怪訝そうに見つめる。

 その視線に「ああ」と、そりゃあ気になるよなと言うように笑う。

 

「俺らの国ではこっちのが主流でよ。こっちじゃこんなに悪目立ちするなんて思わなくて困ってんだ」


 だから慌てて買いに来た、とニールは困ったと言うように頬を掻く。

 その言葉に店員はなるほど、と納得した。

 ここに至るまですれ違った人々の大部分は同じ人種であった。ならば、他所から来た旅行者という体で接すれば納得して貰えるだろうと思ったのだが――どうやら目論見通りだったらしい。

 

「お客様、日本は初めてなのですか? 日本語の方は随分とお上手のようですが」

「ああ、それは連翹――あっちの女が俺らの国に来た時に知り合ってな。それ以来こっちの言葉で連絡取り合ってて、自然と使えるようになったワケだ。その縁で今回の旅行で家に泊めてくれることになったんだが……まさか現地の服そのままで来るとは思ってなかったらしくて、何より先に服を買えって怒られてよ」

「ははは、まあ確かに――お客様の格好は、ゲームの登場人物みたいですから」

「道中なんか場違いな気がするとは思ってたんだが、そこまでか……まあ、というワケで服を選びたいんだが、生憎こっちの――日本? のセンスがさっぱり分からねえんだ。悪いが、あんたのオススメで似合いそうなの選んでくれねえかな。元の国でもセンスがある方じゃなかったし、自分で選んだら今の服の二の舞いになっちまいそうだ」

「分かりました、少々お待ち下さい」


 頭を下げてから服を選び出す店員を見送った後、ニールは皆の方に振り向いた。


「おう、これで大体なんとかなんだろ――なんだよ連翹、その目は」


 驚愕に目を見開いている連翹を半眼で睨む。一瞬なにかやらかしたのかと思ったが、茉莉の様子を見る限り特別非常識なことはしていないはずだ。

 無論、細かい部分を突っつけば非常識や非礼はあるかもしれないが、ニールは現地に慣れていない異邦人であり、相手は店員だ。接客するのが仕事である以上、最低限相手を尊重した上でフレンドリーに接すれば、怒られたり店から蹴り出されたりはしないだろう。

 だが連翹は「ううん、そういうことじゃないの」と驚きを少しだけ尊敬の色に変えた。


「……ニール、よくもああやって服屋の店員さんと喋れるわね」

「あ? よく分からねえが普通だろ、店員にオススメ聞くくらい」


 ニールだって服屋に詳しいワケではないが、こんなもの初めて行く飯屋や酒場でこの店の一番人気を教わるのと大差はない。

 自分は無知な素人で、かつ相手はプロなのだ。なら、素人が頭を悩ませるよりもプロに全部任せてしまった方が早いだろう。


「いやー、なんというかあたし、服屋って時点で場違い感を感じちゃうのよね。オルシジームの時みたいにコスプレっぽい衣装があれば盛り上がれそうだけど、それ以外は無理そう」


 すごいなー、憧れちゃうなー、と瞳を煌めかせる。

 一瞬『お前馬鹿にしてんのか』と思ったが、その瞳の輝きっぷりを見る限り本気でそう思っているらしい。

 それ自体は決して悪い気分はしないのだが、正直服屋の店員の対応程度でこんなこと言われても喜びよりも微妙な気持ちになってくる。なんというか、そういう言葉と感情はもっと別のタイミングでしてくれよと思う。斬撃の冴えとか強敵を打ち倒したとか。


「お客様、こちらなど如何でしょうか?」

「ああ――あー、悪い、見ても俺じゃ分かんねえし、試着してもいいか?」

「ええ、大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」


 店員に服の説明を軽くされながら試着室に向かい、カーテンを閉じて着替え始める。

 ロング丈のシャツの上からニットセーターを重ね、その上からアウターを羽織る。

 下はスキニーパンツを穿き、靴はシンプルな黒革のモノだ。ニールは慣れない衣服に困惑するようにつま先で床を叩いた。

 無論、言葉の意味など分からない。

 アウターは上着で、スキニーパンツとやらはなんか脚にぴったりと張り付く感じの細いズボンだろう。


「……靴とか、あんまり走り回るのには向かねえな」


 試着室から出ながらぼやく。

 というかズボンの方もぴっちりと張り付き過ぎてて正直違和感がある。サイズは合っているし苦しいワケではないのだが、普段履いているモノとは違いすぎて違和感があるのだ。

 どちらにせよ、これで疾走するのは難しい。やれなくはないだろうが、普段よりもだいぶ動きが鈍るだろう。


「そりゃあ、街中で履く靴だし。仕方ないんじゃないの?」


 試着室近くで待っていた連翹が「へー」と、興味があるんだかないんだか判断の難しい声を出しながらニールの姿を上から下まで観察してくる。

 その様子を見る限り致命的に似合っていないということは無さそうだ。

 唯一、半端に余った裾が気になるが、このくらい折り曲げれば――


「裾上げの方はよろしいですか?」

「そういうのもあるんだな――それじゃあ頼んでもいいか? あー、けど、それならそういうのやらなくてもそれなりに見栄えするヤツも一ついるか。前の服は見ての通りだからな」

「ああ、それなら七分丈を出しましょうか。こちらも丈は合わせた方がいいのですが、裾を余らせるよりは見栄えがすると思いますので」

「全くよく分からねえけど、頼んだ」

 

 店員のオススメを色々聞き、再び試着。僅かに脚が露出した短めのジーンズを履き終える。

 本来ならこちらも裾を調整した方がいいとは言っていたが、ニールが履いた限りではこれ以上何か手を加える必要性があるようには思えなかった。

 よし、と頷いた後、店員に「助かった」と頭を下げる。

 会計し、本来購入した服をしまう手提げ袋を脱いだ服を入れるために貰い、ニールは連翹たちの元に戻る。

 着替えたためか、すれ違う人間から見つめられることも少なくなった。それでも僅かに見られるのは、ニールが別人種だからだろうか。

 

「おう、待たせたな――あれ、カルナの奴どこ行きやがった? 一人で本屋にでも向かったか?」

「いえ、ニールさんのやり方を見た後、『じゃあ僕もあんな感じで、さっさと終わらせてくる』って言って茉莉さんと色々話した後に別の店に行きましたよ」

「とっとと終わらせてえ、ってのが伝わってくる物言いだな。それで茉莉さん、あいつどの店に行ったんすか?」

「さあ……説明しようかとも思ったんだけど、『大丈夫です、コツは掴んだので』って一人で行っちゃったから」


 え? と。

 ノーラが茉莉の言葉に大きく反応する。そんな彼女をニールは半眼で見つめた。


「ノーラ、お前一緒に居たんじゃねえのか?」

「いや、茉莉さんと話していたので、てっきり何かアドバイスされているとばかり……」


 しくじった――そんな空気が辺りに立ち込める。


「お母さん、カルナどこに行ったか分からない? 入った店が分からなくても向かった方向さえ分かればワンちゃんあると思うの」

「えっと……皆、カンパニュラくんに厳しくない?」


 おずおずとカルナをフォローする茉莉だが、しかしそれは彼を甘く見ている。

 確かにカルナは出来る男だ。魔法と剣という違いはあれど、ニールなどよりずっと伸びしろのある天才だ。そこに異論などあるはずもない。

 ニールたち四人の中で、パッと見で誰が一番しっかりしているのかと問われればカルナを指差す者も多いだろう。それもまた、完全な間違いではない。

 だが――天才などと呼ばれる存在は多かれ少なかれ普通から外れているように。

 カルナ・カンパニュラもまた、上っ面を取り繕ってはいるもののその法則から逃れられていないのだ。

 大丈夫かあいつ――そうぼやきながら茉莉たちと共にこの階層を歩き回る。

 

「――お似合いですお客様、まるでガイアが輝けと貴方に囁いているようで……!」


 ――幸い、カルナはすぐに見つかった。

 遠目から見て実感する、なるほど確かにこの国であの身長と銀髪は目立つ。それに加え、今は彼の周囲に人だかりが出来ていた。

 中には何かの機材を向けてカルナに光を向けている者も居るが、あれはなんなのだろう? カシャリ、カシャリ、という独特な音がその機材から響いている。

 それを連翹か茉莉に聞こうかとも思ったが、それよりも前に気になることがあった。


 ――なんか、カルナが漆黒を身に纏っている。


 やや明るめの黒いシャツの上から、黒よりもなお漆黒くらいファーのついたロングコートを羽織っている。

 彼の長い脚を包むジーンズは何かに引っ掻かれたように破れているが、なぜだか不格好には見えない。履いている靴は先が尖り、上半身の衣服と同じく漆黒でありながら銀の装飾が施されている。

 カルナは満足げに目元の黒いメガネ――連翹が横から「サングラスって言うのよ」と囁く――を指先で整えながら微笑む。


「なるほど、大地ガイアが僕に――なるほど、どうやらこれは魔法使いに相応しい衣装のようだね」

「魔法使い――なるほど、『千の口説き文句よりも説得力のある、オレ様という魔法』……キャッチコピーはこれだな。……それじゃあちょっとポーズ決めて貰っていいですかー?」

「ああ、構わないよ……こうかな」


 コートを靡かせながら何度もポーズを決め、それに対しポーズを求めた男が手元の機材からパシャリパシャリと光を放つ。

 なんだろう、カルナもカルナでなんかノリノリなのだが。あれか、服が気に入った上に褒め称えられて調子に乗っているのか。 

 どう反応すれば良いのか分からないニールとノーラを放置して、連翹はぷるぷると振るえながらカルナを指差す。


「なっ、なんか真っ黒な服を着ながら雑誌の取材受けてる……それも、メンズなナックル系列の……! なんか妙に似合っててどう反応していいのか分かんないんだけど」

「……なあ連翹、こっちじゃああいうのが流行ってんのか? さすがに常識が違い過ぎてこの世界に滞在するのが不安になんだが……」


 男は黒に染まるべきなのか? いや、道中に見た男はあんな格好をしていなかったと思うのだが。


「大丈夫、落ち着いて、ニールは自分の感覚を信じて大丈夫よ。あれは色々尖った方向の趣味ってだけだから」


 むしろ真似しちゃ駄目な類のセンスよ、と。

 そういう連翹の横をすり抜けて、ノーラが人混みに分け入ってカルナに近づき、腕を掴む。


「カルナさん、その、もうちょっと落ち着いた服を買いましょう。ね? その格好も、まあ、うん、格好いいとは思うんですけど」

「……駄目かな? この服」


 服を庇うように後ずさりを始める。珍しいことにあの服がとても気に入っているらしい。

 その姿に呆れるようにノーラは小さく息を吐いた。


「駄目とは言いませんけど……うん、カルナさんはもうちょっとバリエーション増やしましょう。ブバルディアでも言ったじゃないですか、黒以外の服も着ましょうって」

「いやお嬢さん、男は黒に染まるモノ――」

「ごめんなさい、ちょっとこじれるんで口挟まないでくださいね」


 先程カルナに光を当てていた男の言葉を微笑みながら一刀で斬り捨てる。強い。

 その様子を見ながら、茉莉は困ったように笑みを浮かべた。


「……まあ、連翹のお友達だしねぇ。こういう方向性になるのも考えておくべきだったかしら」

「ねえお母さん? 急に流れ弾こっちにばらまくの止めてくれない? というか、アレ見てどうしてあたしに結びつけてんの?」

「だって連翹、あなた制服でもないのにわざわざセーラー服仕立ててるじゃない? それも結構いい生地で。カンパニュラくんも連翹も自分の好きなモノで固めてるだけで、TPOとか頭から抜け落ちてるでしょう?」

「お、おっと、ぐぅの音も出ない程に完、全、論、破された感……!」


 そうしている間に撮影――男が使っていた機材は風景を保存する道具だったらしい――が終わり、人だかりも徐々に失せ始めた。

 カルナも「もっと街歩きに適した服も買いましょう」とノーラに約束し、ゆっくりとした足取りでニールの方に歩み寄って来る。


「そんなに駄目かな……ニールはどう思う?」

「俺に聞くなよ。つーか、俺が良いっつったところでノーラたちが満足するとは思えねえし」


 まあ、似合っているか似合っていないかと問われれば似合っているとしか言いようがないのが難しいところではあるのだが。

 だが、小洒落た飲食店に甲冑を着て行けば、どれだけ似合っていたとしても怪訝な目で見られるだろう。

 それと同じ。その服に相応しい場に出れば、むしろ歓迎されるはずだ。

 そのようなことを考えながら、ローブとはまた違った黒衣を身に纏うカルナを見つめ――ふと、疑問を抱く。


「ところでカルナ、お前裾上げとかそういうのして貰わなくていいのか?」

「僕の場合は逆に裾が足りなくてさ、丈が長めのヤツを見繕って貰ってようやく裾が足りたくらいで――どうしたんだいニール?」

「……いや、なんでもねえ」


 なぜだろう、とても悔しい……!

 言葉に出来ない敗北感に眉を寄せながら、ニールは大きく溜息を吐くのであった。

 

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