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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
「ありがとう、さようなら」
246/288

243/異世界の町並み


 その街並みは、どこかオルシジームを連想させた。

 自然豊かという意味ではない。建物の高さが、である。

 辺りを見渡すと見上げるような建物ばかりで、ニールたちはお上りさんのように辺りを見渡していた。

 瞳に宿るのは驚きであり、物珍しさである。

 オルシジームは歳月を経た大樹だから大きいのだと納得出来るのだが、人間が作り出した建造物がこのサイズであるという事実はニールはこの目で見るまで信じることは出来なかっただろう。

 無論、ニールたちが見慣れた一階建てや二階建ての建物もあるが、それだって特殊なモノばかり。中を覗けば多種多様の飲食物や本などが売っている店や、丼物を出す料理屋が見える。時折閉まっている店があるが、あれは夜に営業する酒場か何かだろう。

 きょろきょろと周囲を見渡す最中でも、車が通る道――車道というらしい――では絶えず自動車が移動している。時折道の端に停車し先程見えた色々なモノを売っている店に商品を渡しているのが見えた。

 その様子を何気なく見ていたノーラだったが、不意に疑問の声を漏らす。


「……あれ? あの緑色でいろんな道具を売っているお店、さっきも見たような気がするんですけど……?」

「え、そりゃだってコンビニだし――って、そっか。そもそもそっちの知識もないわよね。チェーン店とかフランチャイズとか、そうやって同じ店を増やしてるのよ。例外はあるけど、だいたいどこでも二十四時間営業してる凄いところなの」


 ――言葉の意味は分からないが、恐らく日向ひむかいで言うところの暖簾分けに近いことなのだろうか?


「そういやお前、前に二十四時間営業がなんだとか言ってやがったな。あん時はいつもの妄言だと思ってたけどよ……ところで、チェーンだのフランチャイズだのってどういう意味だ?」

「あ、あたしに聞かないでよ、お母さんと違って今スマホ無いんだから。というかニールだって突然、『大陸の鍛冶屋と日向ひむかいの鍛冶屋がどんな風に違うの?』とか言われても説明なんて出来ないでしょ」

「何言ってんだ、説明出来るに決まってんだろ。

 ――いいか? 大陸の鍛冶師はリディアの剣の使い手に合わせて分厚い剣を鋳造で作っている場合が多い。盾代わりに使うこともあるから質よか量で頑丈なのを作って安価で売ってるわけだ。そういう剣じゃ物足りなくなった剣士は鍛造で作られた一品物を買うんだが、けっこう高くつくんだよなこれが……。

 対して日向ひむかいの方なんだが、鋭くも頑丈な刀ってのをメインに作っていて、本物だったらどれも一定以上の質が保証されている。俺も無二オンリーが使っていた妖刀くらいしか間近で見たことはねえが、分厚い刀も薄っぺらい刀も良く斬れて折れない名剣だって話だ。だが、その分あまり量産はされてなくてな、大体は武士――大陸で言うところの騎士に渡っちまうんで大陸の冒険者じゃ中々手が出ねえ。そのせいか、大陸の鍛冶師や日向ひむかいの包丁鍛冶がそれっぽい偽物を大陸に流すこともあってだな――」

「ああ、うん、ごめんね。ニールの剣好き舐めてたわ、あたし。さすがニールよね、あたしにはとても出来ない。けどごめん、こっちはファ○マに対してそこまで熱意持ってないのよ」

「ん、そうか? まあ俺の剣に対する熱意に比べたらそうだろうな……!」

「ニール、喜んでるところ申し訳ないけど、絶対どうでもいいって感じで流されてるよ君」


 解せぬ――そう嘆息するニールは、ふと背中に刺さるモノに気づいた。

 多数の人間がこちらに好奇の視線を向けている。ニールがこの世界の街並みに向けるのと同じ眼差しだ。

 恐らく自動車から降りてから向けられていたであろうその視線。それにすぐに気づけなかったのは、駅前の街並みに気を取られていたからであり、害意を感じなかったからである。


(さすがにきょろきょろし過ぎて目立っちまったか……? それとも、今の格好が変だから悪目立ちしてんのか?)


 自動車の窓から、そして駐車してここまで歩くまでの間に人々の衣服や立ち居振る舞いなどはある程度観察していた。

 だからこそ、分かる。ニールたちの格好はこの世界の常識と照らし合わせれば奇抜という他ないことを。

 無論、武具を外し、連翹の父のジャケットを借りてある程度は誤魔化しているが、それでも見る人が見れば奇妙に見えるのだろう。特に靴などは周囲の人間と比べて材質の違いが一目瞭然だ。

 そこまで考えて、いいや、と首を振る。

 全く関係ないとは言わないが、それ以上に目立っているのが――

 

「カルナ、お前無茶苦茶見られてやがるな」

「……ああ、やっぱり? 自意識過剰じゃないかって思ってたんだけど」


 この中で一番背が高く、また輝く銀の長髪に人々の視線が吸い寄せられていくのが分かる。 

 多数が向ける好奇の色と、隠れて指差して盛り上がる女性たちの姿。

 次いで目立っているのがノーラだ。カルナと行動しているということでニールたちも見られ、結果ノーラが揺らすサイドテールに視線が集中する。

 その様子に連翹は小さく溜息を吐いた。

 

「……銀髪とピンク髪コンビが超目立ってるわね。まあ、当然っちゃ当然かぁ」

「そういえば前に珍しいって言われたような気もしますけど……本当にこっちでは珍しいんですか? そんなに珍しい髪色じゃないですよ、わたしの髪の毛」


 困惑しながらサイドテールの先を弄ぶノーラに、カルナは周囲を見渡しながら「こちらでは違うみたいだね」と呟く。


「周りの人たちは黒髪か、せいぜい茶髪の人が居るくらいだ。ああいう色合いの人間が多いとなると、確かに僕らは目立つね」

「別の国になら金髪は居るけど、銀とピンクはね。銀はまだ白髪って言えば誤魔化せそうだけど、ノーラみたいなピンク色は染めない限りありえない色だし、ある程度目立っちゃうのは仕方ないわね」


 だからって染めさせるのもどうかと思うし――と連翹は溜息を吐き、ノーラは咄嗟に髪を庇うように後ずさる。


「え、えっと……それは出来れば、最後の手段にして欲しいなって思うんですけど……」


 何か髪染めで嫌な思い出でもあったのだろうか、必要以上に嫌悪感があるらしい。

 その様子を眺めていたカルナは、困ったように笑みを浮かべた。 


「……とりあえず、早く出歩くための服を買おうか。あんまり服に頓着しないんだけど、ここまで注目されてるのに適当にするのはちょっとね」


 ノーラの背丈なら最悪人混みに紛れてしまえば分からないのだろうが、カルナにとっては死活問題だ。

 この世界の平均的な身長は分からないものの、周囲を見る限りカルナが人混みに紛れても隠れるのは困難だろう。


(それに加えて顔も整ってやがるしな)


 遠巻きに様子を伺っている女性たちが、外国のモデルか俳優? それともアイドル? と呟いているのが聞こえてくる。

 無論、その話題の中にニールの存在は皆無だ。悪目立ちしなくてラッキーと思うものの、どうも釈然としない。というか無性にイラッとしてしまう。

 もちろんこれはカルナのせいではないし、最低限の愛想を振りまくべく笑みを浮かべつつも内心非常に面倒くさいと思っているのが伝わってくるが――それはそれ、これはこれだ。女にきゃあきゃあと言われたいワケではないが、さすがにここまで差があるとこっちにも分けろよと思ってしまう。 

 

「まあ、カルナって黙ってれば完璧なイケメンだしね。ある程度は仕方ないんじゃない?」

「待って欲しい、別に自分が完璧だと思っているワケでは断じて無いけれど、それじゃあまるで言動で損をしているみたいに――」

「あ、ちなみにあっちの店では毎日巨乳のお姉さんが踊ってるのよ。ほら、今だって――」


 ぎゅん、と。

 風切り音がするのではないかという勢いで連翹が指差す方に視線を向けるカルナ。だが、そこにあったのはマツモ○キヨシという看板を出した店があるだけで、当然の如く巨乳の女が踊っているはずもない。

 会話が途絶える。周囲の喧騒と茉莉の「あ、あらあら」という困っているような呆れているような声だけが耳に届く。

 連翹は指を下ろし、思いっきり溜息を吐いた。


「――そういうとこよ。ほんっと、そういうとこよ、カルナ。というか、まさかこんなのに引っかかるとは思わなかったんだけど……ノーラ、大丈夫? 一度友達からやり直した方がいいんじゃない?」

「いや、まあ、ちょっとどうかなーって思う時はありますけど。でも、ちゃんと良いところはあるんですよ……ええ、本当に」

「……連翹、大丈夫? ホワイトスターさん、駄目な男に貢いじゃうタイプじゃない? わたしがいなくちゃ駄目なんだっていつまでも面倒見ちゃうタイプじゃない?」

「いや、これでちゃんと本当に駄目なところは物申す娘だから……実のところ心配する気持ちはとても分かるんだけど」

「つーかおい馬鹿、カルナお前……仮にこっちにそんな店があったとしても、こんな時間に営業してるはずねえだろ」

「いや、でもニール。さっき二十四時間営業の店を見たばかりじゃないか。なら、そういう店だって二十四時間やってる可能性だって存在――」

「カルナってほんっと、時々ほんっっとに馬鹿よね。大丈夫? 脳みそ自動車の後部座席に置きっぱなしにしてない?」


 さすがに反論出来る立場にないと思ったのが、ぐうう、と唸りながら視線を逸している。

 そんな相棒の情けない姿に、ニールは一度大きく溜息を吐いた。

 色々あれな行動だったのは事実だが――男としてその気持ちは分からなくもない。ここらでフォローの一つでもしてやるべきだろう。

 

「……いつまでもここでだべってても仕方ねえだろ。とりあえず案内頼んでもいいっすか、茉莉さん。連翹の方は、ほら、こいつあんまり服とか興味ないんで聞いても無駄だと思うんで」


 その言葉に、茉莉は「あら」と微笑みながらこちらに向いた。


「よく知ってるわね。そうなのよ、服も下着もわたしが買ったのを使いまわすだけで、お小遣いあげても全部ゲームか本になっちゃうし……女の子なんだからもうちょっと着飾ってもいいと思うのに。というか、連翹の格好もセーラー服だし、ちゃんと新しい服を選ばないといけないわね」

「ああっ、ニール! バックアタックは忍者の所業でしょうがぁ! というか、あたし服屋とか正直どうでも良いんだけど! アニメ○トとかブック○フとかで昔読んでたシリーズの最新刊探したいんだけど!」

「うるせえ、そこらへんは茉莉さんの意見に全面賛成だから大人しく服を買いやがれ。お前見た目は悪くねえんだからもうちっとばかり身だしなみに気を使えよ、もったいねえ」

「はあ!? なにおう! ……なにおぅ? ……う、うん、まあ……いや、うん、まあ分かった」


 売り言葉に買い言葉という風に口を開き、しかし徐々に勢いを減退させ、最終的に視線を逸しながら小さく頷いた。

 正直言った自分も恥ずかしかったが、こうでも言わなければ絶対に面倒臭がって途中で脱走する未来が見えたし、何よりニールの本音でもあったから言うのにためらいはない。

 

「……あら、そうなの? そうなのね、そういうこと!」


 ニールと連翹の様子を瞳を見開いていた茉莉は、ぽん、と両手の平を合わせた。

 にこにこ、と十歳ほど若返ったのではないかという楽しそうな笑みを浮かべた茉莉は、満足そうに何度も頷く。

 正直、その反応が一番恥ずかしい。

 ニールの考えも想いも一発で丸裸にされた挙句、少女のように騒がれているのだ。

 あれ? これ逆にこっちの話題で足止め喰らうんじゃねえの? 矛先が俺に向くだけなんじゃねえの? そう思った矢先に、とっくの昔に普段通りテンションになっていた連翹の言葉に遮られる。

 

「ねえねえ、カルナの場合でっかいギターケースとか背負った方が一周回って目立たないと思う! 木を隠すなら森の中、マイナス×マイナスはプラス、って感じ! ノーラもバンギャ風衣装を着れば、一昔前のV系とかのノリでこの世界に馴染めるんじゃないかしら。けど、それなら原宿辺りに行かないと駄目? よし、とりあえずここで揃えられる奴を探して――」

「ねえちょっと待って連翹、待ちなさい! あのね、それを馴染んでるっていうのはちょっと違うと思うの! 独自の世界観を構築してるだけよ、それ! 服の趣味は当人たちに任せたいと思ってるけし、そういう服を買うのも止めないけど、せめてご近所を歩ける服から買いましょう!」


 ――駆け出そうとする連翹の背に茉莉が叫ぶ。

 これはもう目立たないようにとかそういうのは無理だな、とカルナと顔を見合わせ、互いに溜息を吐くのであった。


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