238/神前対話
――その姿を連翹は一度見ている。
神を名乗る不定の存在と対面したことがあるのだ。
それは二年前――いいや、既におおよそ三年前と言っても良いほど前のこと。
その頃は春休みも終わりかけていて、もうすぐまた学校に行くのか、嫌だな……などと考えながらベッドで寝転び、スマホで『作家になろう』のWEB小説を読んでいた。
――自分も異世界転生出来ればいいのに、と。
――自分がここで頑張ったところで、きっと何も得るモノなんてないんだから、と。
――どうせ自分よりも凄い人の後追いになって惨めになるだけなんだ、と。
そんな、当時としては切実な、今思い返すと酷く甘えた思考をしていると、不意に『世界が切り替わった』のだ。
住み慣れた自分の部屋から、磨き抜いた大理石で作られたような部屋に転移した。今、ニールたちと共に居る、この部屋に。
最初は驚くとか焦るとかそういう感情は抱けなくて、ただぼんやりと「地面が固くて背中が痛い」などと間の抜けたことを考えたのを覚えている。
『その想いに偽りが無ければ、我が世界に招こう』
だから、突然声をかけられた時は、本当に驚いて。
慌てて跳ね起きて、声の主の方を向き――不定で奇妙な姿を目視した。
本当ならSANチェックモノの衝撃であるはずで、悲鳴や狼狽の声を漏らしても良かったはずだ。
だが、不思議とそんな感情は抱けなくて、ただただ呆然と異世界の神を名乗る存在を見つめていたのを覚えている。
『もし、私の言葉を受け入れるのならば――生きるための力を授けよう。その時、お前は自由となる。その力で、お前が成したいことを成すが良いだろう』
――正直、その時は夢と現実の区別はついていなかった。
五感は現実だと連翹に告げていたのだが、しかし目の前に現れた不定の神を前にして――そして、自分にとって都合の良すぎる展開を前にして、これが現実だと思えなかったのだ。
そんな夢現の狭間で、『どっちでも良いわ』と思って頷いたのを覚えている。
夢なら夢で良い。明晰夢かなんだか知らないけれど、これほどリアルな夢なら異世界生活だって完全再現してくれるはずだから。
現実なら最高だ。片桐連翹というモブ女が、最強の主人公に成れる最高にナイスな展開だと思ったから。
そうして、連翹は異世界に転移し、これが現実だと実感して狂喜しながら冒険者として剣を振るい――有頂天になった状態でニールと出会ったのだ。
「正直に言えば、この四人の中で大成出来るのは黒衣の銀龍――カルナ・カンパニュラのみだと思っていた。だが、蝶の羽ばたきが嵐を生む一因に成り得るように、数多くのどうということの無い出会いがお前たちをここまで引き上げた。誇ると良い、喝采を送ろう、私は心底驚嘆し、心底お前たちを尊敬している。素晴らしきかな、素晴らしきかな我が愛子よ」
嗚呼、素晴らしきかな、素晴らしきかな、と。
創造神ディミルゴと名乗った不定の存在は、パチパチと両手を打ち鳴らす。その姿が小蝿であっても、鱗に包まれたドラゴンであっても、人が拍手をする音が響くのだ。
皆、それを呆然とした様子で眺めている。
特にノーラは男二人に比べ、驚きと困惑で彫像のように硬直している。当然だろう、とは思う。なにせ、目の前に居るのは彼女が祈りを捧げる存在そのものなのだから。
「……なんの目的であたしたちを呼んだの?」
だから警戒心をむき出しにして問いかける。
だって、現状警戒出来る人間は連翹しか居ないからだ。
ノーラはもちろん、カルナも大して警戒しているようには見えない。ニールも、あんな良く分からない相手が前に居るのに、剣の柄に手すら置いてすら居ないのだ。
本来、この世界の住人であれば三人の対応の方が正しいのだとは思う。
この世界全ての生き物を創造した神であり、時に見守り、奮起する者には手を差し伸べる存在。神に対する敬意の大小はあれど、皆は警戒や敵意を向けるべき相手ではないと常識レベルで考えているのだろう。
「れ、レンちゃん!? 何を――」
「ごめんノーラ、あたしはそこまで目の前の神様を信じられないわ」
一歩前に出て剣を抜く。
自分一人でどうにかなる相手ではない、ということは無意識に理解出来てしまっているが――それでも、この四人の中で一番頑丈なのは連翹だ。攻撃されたとしても規格外を全開にして一発は耐えて、ニールやカルナが動くための時間を稼ごう。
「今なら分かるけど、あたしって異世界に飛ばす相手と考えれば見えてる地雷そのものだったわ。他の転移者たちだって、そんな連中ばっかりじゃない」
チート持って異世界に行って、色々踏み台にして成り上がる!
魔王も勇者も居ないのなら、仕方がない、目につく連中を踏み潰して俺が凄いんだと謳い上げてみせよう。
――元々の世界で暮らしていた人たちは堪ったものではなかっただろう。
無論、魔王のような現地人ではどうしようも出来ない存在が居たとか、現地人だけではどうしようもない事件が起きているのなら話は別だ。それでも連翹みたいな転移者を転移させるなど、劇薬も劇薬だが、投薬もせず破滅するよりはずっとマシだろう。
だが、この世界は平和だった。
魔王は既に倒され、復興も終わり、モンスターによる災害も人工ダンジョンなどである程度制御していた。転移者などが来なければ、平和に発展できていたのだ。
だというのに、目の前の神様は連翹たちをこの世界にぶち込んだ。
何人も、何人も何人も何人も! 火種にしかなり得ない存在を、本来不必要なはずの存在を、混入させて混乱を招いたのだ。
(だから、『ゲームクリアおめでとう! なら次はこんなゲームはどうだい?』とか、ゲス笑いで言ってきそうなイメージがあるのよね)
創造神ディミルゴは全ての生物を愛しているのだという。
人間も、エルフもドワーフも、ゴブリンや羽虫なども全て彼の愛子なのだとこの世界の住民は言っているが――本当に?
連翹は日本人だから唯一神に祈りを捧げる文化に馴染みがない、というのもある。だが、それ以上に中立的な視点で見れば『こいつは一体なにがしたいんだ?』という感想しか抱けないのだ。
「あたしが言うなって話になるけど、転移者を平和な大陸に転移させてる時点で、褒美云々も嘘くさいのよ。なにか反論ある? あるなら聞くけど」
――このように喧嘩腰で会話するのも、もしかしたら悪手なのだろうか?
悩むが、答えは出ない。転移者騒動の元凶を前にして、冷静な思考が出来ていないのかもしれない。
だが、それでも――ただただ悪戯に現地人を、自分の友人たちを虐げているように思えたから、少し腹が立ったのだ。
(――ああ、毎度のことながら、どの口で言ってんのって話なんだけど)
それでもこの気持ちに嘘はない――そう思って真っ直ぐにディミルゴを睨みつける。
不定の神は何か考え込むように俯き、「ふむ」と心なしか嬉しそうに小さく頷いた。
「なるほど――つまり私は疑られているのか」
「ええ。まさか、あたしたちみたいなのを送り込むのが現地人のため、とでも言うわけ?」
「無論、言うとも。なぜ私が愛子を無意味に虐げなくてはならないのだ」
堂々とした物言いであった。
後ろめたいことなど何一つ存在しない、そう宣言するような佇まいでディミルゴは連翹を見つめる。
「私は人間という種族を愛している。甘やかすつもりはないが、しかし無意味にいたぶる理由もない」
「……その結果が転移者ってワケ?」
「そうとも。転移者という存在は良い刺激になってくれた。それによって、この大陸に住まう人間の滅びは遠ざかった」
――意味が分からない。
この大陸に転移した者たちの多くは欲望のままに暴れまわるだけだった。
稀に有益な技術を伝達する者も居るし、現地人と共に真っ当に生きる者も居る。
だが、それらが『滅び』とやらに影響する程に強い変化だとは連翹にはどうしても思えないのだ。
そんな連翹の疑問を見抜いたのか、ディミルゴは静かに語り始める。
「転移者と言えど、魔王大戦は知っているだろう。魔族対他種族の争いであり、勇者リディアたちが魔王を討ち倒すことによって集結した戦いだ」
知っている。連翹はこの世界の歴史に詳しいワケではないけれど、それくらいなら。
ちらり、とディミルゴの隣に立つリディアに視線を向ける。それに気づいた彼女が手を振るのを見ながら、連翹は女王都を観光した時に聞いた話を思い出す。
勇者リディア――最弱の名で語られ、しかし時代を切り拓いた勇者の話。
神官セルマと剣奴リック、そして賢者イライアスと共に戦場を駆け抜け、最終的に魔王を打ち倒したという英雄譚だ。
地球の創作物語に慣れた連翹には、いくらなんでも勇者が弱すぎないかと思った覚えがある。
「私はあの戦いが現在まで続くと考えていたのだよ――ああ、無論、戦乱が長く続けば良いなどという思惑などでは断じて無い。魔族と他種族の戦力から考え、この戦いはこの程度まで長引くだろうと予測を立てただけだ」
僅かに険しくなった連翹の視線に気づき、不定の神は首を左右に振るう。
「確かに魔族は単体で強力な種族であり、それを纏め上げるカリスマを持った魔王の存在によって軍と化した。強力で、強大だが、他種族の中にも英雄と呼べる者たちは居た。結果、戦いは拮抗し、結果的にここまで長引くと。
ゆえに、勇者を――人間に足りぬ多大な個の力を有した英雄を与えようと思っていた。大陸を救うという使命感を抱き、討ち倒すべき敵と戦うための存在を。人間が滅ぶ前にそのような男が産まれるように調整したのだ」
「……全てを愛しているというワリには人間に加担しすぎじゃない?」
全てを愛しているのなら、魔族の邪魔するのってどうなの? と。
「いいや、依怙贔屓などするつもりはない。事実、魔族の子に魔王の才は私が与えたモノなのだから」
「――は?」
「滅びかけていた魔族に対し魔王という存在を与えた。個々の実力が高すぎる故に個人主義者が多い彼らに、皆を導くカリスマを有した子が産まれるように調整したのだ。滅びる直前の彼らに、最後の機会を与えるために」
滅びかけた、というい言葉に一瞬首を傾げるが、すぐに納得する。
確かに大陸の歴史において、魔族が目立つのは魔王大戦のみ。連翹が知らないだけで暗躍する存在も居たのかもしれないが、少なくともそれ以外で魔族が大陸を平定したという話も国を作ったという話も聞いたことが無い。
つまり、魔族とは他種族に敗北し続けていた種族なのだ。個々の実力が勝っていたとしても、協調できない以上はパーティー単位や軍単位で迫る他種族に勝利することは難しいだろう。
だからこそ、魔王という存在は敗北し続けていた魔族たちを一大勢力に押し上げたのだ。
「だが、私が与えるはあくまで才能のみだ。才能が有っても生かせるかどうかは当人と同じ種族の仲間たちの手にかかっている。実際、人間の奴隷に堕ちた獣人には鉄すら斬り裂く爪牙を有した反逆者を与えたのだがな、奴ら、あろうことかそれを人間に売り飛ばし媚を売りながら私に祈っていたぞ。助けてください、慈悲をください、とな。駄目な子供ほど可愛いとは言うが、あれは愛想が尽きた。この大陸の獣人たちは軟弱に過ぎたよ」
心底失望した、と言いたげな口調で溜息を吐く。
その仕草が上から目線過ぎてとてもイラッと来る。
「さて、話が逸れたな。ゆえに私は、追い詰められた人間に対し勇者という機会を与えるつもりだったのだ。かつて魔族に対してそうしたように、滅びかけたその時に才能を持った子が産まれるように。
……だが、現実は違った。私がまるで重要視していなかった一人の娘が、実力はあれど戦いに関わらなかったはずの天才を巻き込んで、未だ成長途中だった魔王に奇襲をしかけた。あれほど驚き、声を失ったのはあの時だけだ」
大した実力もない娘が、自分たちで倒せるギリギリのラインを見極めて魔王を打ち倒した。
これ以上早ければ実力不足で敗北し、これ以上遅ければ実力をつけた魔王に蹂躙される――そんな、人間にとって会心な、魔族にとって痛恨な一撃で魔族の要を打ち砕いたのだ。
それゆえに、それ以降の戦いで人間が、エルフとドワーフの連合が魔族を打ち倒せた。
魔王というカリスマによって一つに纏まっていた魔族という種族の協調が、王の死によって完全に瓦解したからだ。
「――嗚呼、なんて素晴らしい結末なのだろう。喝采を贈ろう、讃歌を奏でよう――やはり、愛子たちが想像を超えて苦難を打ち破るその姿は美しい。私は心から人間という種族を祝福したいと思っている」
ディミルゴは喝采する。
素晴らしい、素晴らしい、よくやったぞ我が愛子よ。
神が与えた才能などではなく、己の力で、種族に許された奇跡のみで苦難を打ち破ったその姿は光り輝いているぞ、と。
「――だが、戦いが終わったことで、早期に終結したことによって弊害が出た――人間が突出して発展し過ぎたのだ」
これが本題だ、と。
連翹の眼を見つめながら、不定の神は語る。
「もはやエルフもドワーフも、モンスターも脅威ではない。空を舞うドラゴンとて、数を集めれば倒せない相手ではなくなった。『人間は大陸を征した』のだ。もはや、『ここ』に敵はいない」
――その言い回しに、連翹はひっかかるモノを感じた。
創造神ディミルゴが語る言葉に目新しい事実は何もない。勇者が活躍したのは歴史が証明しているし、人間が大陸の大部分を征していることはただの事実だ。
ただの事実、だけれど。
こうやって教え諭すように上から語られて、ようやく連翹の理解が追いついてきた。
「ゆえに兵士や騎士も治安維持が出来る程度に、人工ダンジョンで制御出来ぬモンスターを狩る程度の力を維持しておけばいい――そうやって軍縮していく未来が見えた。『もう大規模な争いは起こらない』、そう心からの安堵を抱いて」
「――それ、って」
ディミルゴが語るこの大陸の人間の破滅という言葉の意味を――
転移者に与えられた役割を――
――ようやく連翹は理解出来た。
だからこそ連翹のような――作家になろうを読んだ上で、主人公に憧れ、嫉妬し、自分が転移したら同じように、いいやもっと上手くやってみせるのにと思っている人間ばかりを集めていたのだ。
そのような人間を自由にさせれば、ディミルゴの言う滅びは回避される。
いいや、違う。転移者の存在が直接滅びを回避するのではない。
転移者と戦う経験の蓄積――それが、巡り巡って滅びの回避に繋がるのだ。
(……だけど、こんな回りくどいことしなくても良いんじゃない?)
連翹ですら気づけたのだ、ニールたちや騎士団の面々が気づかないとは思えない。
きっと連翹などでは思いつかない手段を用いて、上手く立ち回ってくれるはず――そう反論しようとした、その直前。
「……あの、ディミルゴ様。一つ、質問をいいですか?」
困惑の表情を浮かべたノーラが、恐る恐るといった様子で右手を挙げたのだ。
「許そう。言うが良い祝福の乙女、ノーラ・ホワイトスターよ。お前にはその権利がある」
「あ、ありがとうございます。それで、ですね。先程の話なんですけれど、どうしても分からないことがあって」
その言葉に、連翹はホッとする。
きっと自分が言いかけた言葉を投げかけてくれるのだろうな、と。そう思って――
「戦う相手が居なくなって、軍縮する――それの一体何がまずいんですか? 戦いを生業にしている人が困ると思いますし、色々と問題はあるんだと思いますが、それがどうして滅びに繋がるのか分からないんです」
――――?
「……えっ?」
ノーラがあまりにも間の抜けたことを言うので、間の抜けた声が唇から漏れ出した。
違うでしょ、ちょっと寝ぼけてるんじゃないの?
ほら、ニールもカルナもなんか言って――そう思って振り向くが。
「……レンさん、何か気づいたのかい?」
自分などよりずっと頭の回るはずのカルナが、そんなことを言い出した。
なんだろう、これは。
違和感と疑問符が脳を満たす。なんで、どういうこと? そんな言葉を脳内でリフレインさせながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「え、えっと……だって、さっきからこの神様言ってるじゃない。この大陸では、とか。この大陸の獣人は、とか。もう戦う相手はこの大陸に居ない、とか!」
「……連翹、お前何が言いてえんだ?」
「何がって――別の大陸にある国が攻め込んできたら、あっという間に倒されるって話!」
そう、そのはず、間違ってはいないはず。
実際、この大陸がどれだけ平和になろうとも、別の大陸がそうであるとは限らない。
他の大陸では他国を侵略するために軍備を整えている人間の国があるかもしれないし、他種族を滅ぼした魔族たちの国があるかもしれないのだ。
当然の如く気づいて良いはずの理屈だろう。
「いや、別の大陸にある国ってお前――それ本気で言ってんのか?」
普段彼が言っている『馬鹿女』という響きではない。
馬鹿馬鹿しい話を本気で言う友人の頭を、本気で心配する声音でニールが問うた。
なんだろう――致命的に思考が、考え方がズレている気がするが、どこにそのズレがあるのかが分からない。
「だ、だってニール! 貴方だって新大陸に漂着した海洋冒険者の物語とか読んでたじゃない!」
「いや、じゃない、って言われてもな……アレはしょせん作り話だぜ? 別大陸なんぞに船で辿り着けるとは思えねえし、もしそんなことが出来るなら、お前ら転移者だって転移する必要なんざねえだろ?」
一際、違和感のある言葉が、ニールの口から出てきた。
何を言っているのだろう。
だってここは異世界だ。連翹の住んでいた世界とは全く別の場所なのだ。だというのに――まるで船が今よりずっと出来が良かったら、たどり着けるとでも言うような物言いではないか。
「ねえ、カルナ。ううん、ニールもノーラも――あたしたち転移者が居た元の世界って、一体どんな場所なんだって思ってる? ごめん、馬鹿らしいと思うかもしれないけど、真面目に考えて答えて欲しいの」
意識に差がある、認識に溝がある。
匿名掲示板などで言葉の定義があやふやなまま議論をした結果、延々と有益な回答が出ないのと同じように――連翹は、いいや多くの転移者は致命的な思い違いをしているのではないかと思うのだ。
現地人と転移者は互いに相手も理解していると思い込んでいるだけで、酷くズレた会話をしていたのではないだろうか?
連翹の真剣な物言いが伝わったのか、三人は少しだけ悩む仕草をして――思い思いの言葉を吐き出す。
「――海の果て、遠く遠くに、僕らと同じような大陸があって、そこから来たんだと思っていたけど……? さすがに月に住んでいた、なんてことはないと思うのだけど」
「ええっと、とても遠いところだろうな、とは思ってましたけど……実際どこなんってことを考えたことはないですね」
「お前が言いたいことは分からねえが……要は今の船じゃあたどり着けねえくらい遠くのどっかなんだろ? ディミルゴがわざわざ一人一人を転移させるなんて真似してんだからよ」
ここに至って、連翹はようやく理解した。
現地人たちは皆、『転移者が言う異世界という言葉の意味を正しく理解していない』ということに。
海の果てにあるかもしれない大陸――そこに、転移者の国があると、そこから転移して来ているのだと思っている。転移者という存在を同じ惑星に住まう存在だと思っているのだ。
それはきっと、一部の命知らずを除いた大陸の現地人にとっては常識レベルの考え方。
別大陸など船ではたどり着けない、広大な海で断絶された遠い遠い別世界――ゆえに全く異なった世界、異世界であると。
その考え方で現地人は転移者という存在を理解しているのだ。
即ち――『地球という大陸』にある日本という国で暮らす者たちが、創造神の力で転移しているのだと多くの現地人は思っている。
船によって、もしくは全く別の技術によって大陸同士で交流するというビジョンを持っていないのだ。




