21/新米神官の想い
(とりあえず、一安心ですね)
ノーラは、ふう、と安堵の息を吐きながらニールの体を見る。
途中から騎士団お抱えの神官が手伝ってくれたため、心臓はもちろん火傷の痕すら存在しない。
もっとも、多くの傷を癒やしたのはノーラではなく他の神官たちだ。ノーラの治療は命を繋ぎ止める、という点ではかなり貢献したものの、やはりまだまだ未熟なのだ。
それが、悔しくて、悲しい。
冷静な自分が「認めろ! 認めろ! お前は未熟なのだ! 疾く故郷に帰れ!」と叫んでいる。
「……しっかし無茶したねぇアンタ。いや、ビックリしたよあたしは」
病室に搬送されていくニールを追いかけようとした矢先に、背後から声をかけられた。女の声だ。
誰だろう、と思い振り向くと顔ではなく胸元が出迎える。
女性的な『胸』と言うよりも『胸板』という表現が正しそうなそこから視線を上げると、「よう」とばかりに片手を上げてこちらを見下ろす女性の顔が見えた。その仕草もどちらかと言えば男性的だ。しかし僅かに膨らんだ胸も、高いその声も彼女が女性なのだとノーラに教えてくれている。
そんなガタイのいい女性は、ハハッ、と唇を大きく開いて笑った。
「おーおー、やっぱちんまくて可愛い顔してるじゃない。そんな子がいきなり傷口焼く指示飛ばすなんてねぇ」
女性らしからぬ大笑をする彼女は、確かニールの治療を手伝ってくれた神官の中の一人のはずだ。
女性神官としてオーソドックスな紺色のローブを纏っているし、間違いはないだろう。その上から更に鎖帷子を羽織っているので、本当に間違いないの? と思わないでもないけれど、恐らく神官のはずである。
腰に手を当てて大笑する姿を見て、ふと美人ではないけれど愛嬌のある顔ですね――と、失礼だとは思いつつもそんな事を考えた。
そばかすの目立つ顔で、顔のパーツも十人並だ。髪は艷やかな金色で他の女性が羨みそうなモノだが、それも肩の辺りで乱雑にカットされてギザギザだ。十人に聞いて八人は美人ではないと答える女性である。
けれど、今のように笑うとなぜだかとても魅力的に見えた。顔のパーツの一つ一つが満面の笑みを魅力的に見せているように感じる。
「わたしだってやりたくてやったんじゃないんですよ。普通に治せるなら普通にやってました」
「そりゃそうさ。普通に出来る癖にわざわざ炙るような馬鹿だったら、アタシはぶん殴ってるね」
言って腰に差したメイスをとんとん、と叩く。自分の脳天にメイスが叩き込まれる想像をして、ノーラは「あは、は……」と乾いた笑いを漏らした。
「大丈夫大丈夫! アンタみたいに出来る奴を叩いてダメにしたりしないよ! 安心しな!」
「うわ、っと、っとと!」
背中をバン! と叩かれて前につんのめる。
凄い力だ。この力で加減なしにメイス振るわれたら、ノーラの頭など一発で治癒不能の潰れたトマトと化すだろう。もはや乾いた笑みすら出ない。
「いたた……で、出来る奴って……わたし、まだ新米ですよ? 今回だって、もっと治癒の奇跡を使いこなせていたら――」
言って、自分で自己嫌悪してしまう。
せっかく自分が役に立つタイミングだったのに、結局自分一人では何も出来ずカルナの力を借りてしまった。治癒は神官の――自分の仕事だというのに。
考えれば考えるほど、自分にできないことが目についてしまう。
「できない事をぐだぐだ言ったってしょうがないだろう、女々しいね」
ハンッ、と。
なんでそんなどうでもいいことで悩んでいるのかと、女はノーラを鼻で笑った。
「でも……」
「アンタは自分が出来ないことを理解して、多少――ああ、いや多少じゃあなかったねえアレ――まあともかく、だいぶ無茶をしたけど足りない部分を埋めて、やるべき事を成した。ならそれでいいだろう」
言って、彼女はノーラの頭をガシガシと撫でた。
荒々しすぎて痛いくらいで、普段なら文句の一つや二つを言いたくなるのだが、今は全くそんな気持ちにはならなかった。
それはきっと、ノーラ・ホワイトスターの未熟さを認識しつつ、それでもよくやったと笑いかけてくれたから。
持ち上げるわけでもなく、蔑むわけでもなく、ただただありのままに己を認めてくれたから。
「ありがとうございます――ええっと」
「おっと、そういや名乗ってなかったね!」
こいつは失敗したよ、とケラケラと笑う彼女は、自信ありげに親指を立てて名乗った。
「マリアン・シンビジューム。マリアン、とか似合わないとか自分でも思うけどさ、そこら辺の文句はあたしの親に言ってくれよ」
立ち去ろうとしたマリアンは「おおっと、そうだ」と言い、振り向いた。
「アンタ、合格だよ。ああいう土壇場の根性ってのは、誰もが持っているモノじゃあないからね」
「え? け、けど――」
その言葉に、ノーラが感じたのは喜びよりも混乱だった。
依頼のためにここに来て、その為の試験に受かったのだから嬉しくないはずがない。
だが、治療の時にニールを救ってくれた他の神官に比べ、自分の力は一段は下だった。
そのため、喜びよりも困惑の方がずっと強い。
「技量が低くても出来ることはあるし、技量があっても土壇場になって混乱して怪我人を癒せないなんて奴も居るよ。……そういう意味じゃ、アンタは合格さ。花丸あげてもいい」
もっとも、慢心してサボるなら別だけどね、と言ってマリアンは手招きをする。
「来な。病室の方に剣士と魔法使いの子が居るはずだから、一緒に合格の喜びでも分かち合うといいさ」
「合格って……その、ニールさんがですか?」
カルナの場合、たぶん治癒のサポートの時に行った魔力と精霊の制御の実力を見て合格になったのだろうと思う。
ノーラは魔法使いの魔法に関しては無知ではあるものの、即興で新たな魔法を考えて使うことが難しいという話くらいは聞いたことがある。
(あれ、よくよく考えると、わたしって随分と無茶ぶりをしていたんじゃあ……)
後でカルナさんに謝らないといけない、と強く心に誓いつつ、ニールのことを考える。
ハッキリと言ってしまえば、ニールは完全に不合格だと思っていた。
戦いの殆どは騎士の優勢で進み、時々押し返したと思ってもすぐに押し返されていたイメージだ。最後は互いに剣が突き刺さった状態になり試合は終了したが、ニールは瀕死で騎士はその治癒のために神官を呼ぶくらいに余力があった。
つまり、騎士に比べ、ニールは弱かったのだ。
そこまではなんとなく理解できるものの、なぜ合格となったのかが全く理解できない。
そのことを先導してくれているマリアンに告げると、「ああ、それかい」と嫌な顔一つせず教えてくれた。
「元々、騎士に勝てる前衛なんて求めていなかったんだよ。もちろん、そのくらい強い奴が来てくれるのが一番なんだろうけどね」
なにせ、騎士団でもっとも多いのが前衛であり、層が厚いのもまた前衛だ。
常に体を鍛え、技術を磨き、いざという時のために力を蓄えている彼らが、冒険者相手にばったばったと倒されているようでは困る。
だから、騎士団としても冒険者の戦士が騎士よりも弱いことなど百も承知なのだ。
「じゃあ、なんで戦士は禁止――のようなことを依頼書に書かなかったんですか?」
「手は多いほうがいい、ってのが一つ。そして何より、自分よりも強い相手とぶつかってヘタレない人材を集めるためさ」
騎士の攻撃を何度か捌ける程度には実力があり、実力差を実感しても恐怖せず『自分は何をすべきか』『どうすれば勝てるか』を考えられる人間であれば良いのだ――とマリアンは語る。
なるほど、とノーラは頷きニールの戦いを思い返した。
最初の突撃が回避され、反撃をくらいバランスを崩し始めたあの時には、もうすでにニールの合格は決っていたのだろう。
なぜなら、戦いの素人のノーラですら、あの時のニールの感情は読み取れたから。
どんな逆境だろうと知ったことか、俺は勝ちたいんだ――という、熱い、熱い心を。
結果、やらかしたことは無茶だったし、正直ノーラも落ち着いてきたら段々と腹が立って来たものの、気持ちはなんとなく理解できる。
(やりたいこと、好きなこと、やるって決めたこと――そういうので誰かに負けるのって)
とても、とても悔しいから。
必死に癒やす自分より、ずっとずっと手際よく綺麗に癒していくマリアンたち神官を見て感じたモノは、決して安堵だけではなかったから。
(まだわたしは半人前かもしれないけど、絶対に並び立ってみせるから……!)




