235/招くもの/2
転移者は強い、決して弱いはずがない、彼らは確かに最強なのだ。
それは驕りでも勘違いでもなく、純然たる事実だと連翹は思った。
(最強は最強、最も強いだけで、倒せる敵が皆無ってワケじゃ――無敵ってワケじゃない)
だから。
だから、こうして転移者たちが容易く狩られている現状は――彼らが敵に成り得る相手に対し無頓着だったからだろうと思うのだ。
転移者は最強――それは事実だ。
だが、多くの転移者は『最強』という二文字に対して『無敵』という願望を抱いていた。
自分たちは強いのだから、絶対に負けるはずがないのだと、己こそ至高の存在であり他者など塵芥なのだと。
その願望のままに彼らは現地人全てを敵に回し――当たり前のように破滅を迎えたのだ。
「なんでだ!? なんでこうなる!? オレが一体なにをしたって言うんだ!」
騎士たちに囲まれた転移者が、唾を撒き散らしながら絶叫する。
おかしい、意味が分からない、理不尽だ――なんで自分はこんな負け戦を覆せないのか、と。
「転移の時に、神様とやらはオレに自由に生きろって言ったんだぞ! オレは言葉通りに自由に生きてやった! 好きな時に喰らって、好きな時に犯し、好きな時に殺した! オレは何も間違っちゃいないだろうが、神様とやらの言う通りにしただけだろうが、それでもオレを傷つけるのかこの背教者どもがァ――!」
自分が悪だというのなら、自分を招いた神こそが悪だろうが――全てを罵るような声音で叫ぶ。
それは酷い責任転換でありながら、しかし同時に僅かではあるが真実を言い当てていた。
なぜなら――レゾン・デイトルを筆頭にした転移者の蛮行は、転移者が存在しなければ起こり得なかったから。
結局のところ、創造神とやらが転移者を招かなければこの世界は平和であったのだ。
無論、それは人という種族から見た平和なのかもしれない。エルフやドワーフはもちろん、モンスターや動物から見れば住み辛い世界になっていたかもしれないが――それでも、それは生存競争の結果だ。平和な世界に突如として蛮族が押し入ってくるような現状とは違う。
ゆえに、大声でがなり立てる転移者の言葉は、正しくもある。己の責任を棚上げした浅ましい言葉ではあるが、それでも一面だけは正しい。
正しい、けれど――
「神様なんてまともに信仰してない癖に、都合の良い時だけ責任転換するんじゃないわよ」
――連翹は力強く踏み込み、剣を振るった。
『ファスト・エッジ』の出来損ないに等しい袈裟懸けの斬撃を、しかし転移者は避けることが出来ない。
彼にとって剣とはスキルの発声と共に振るうモノであり、そうしない者はスキルが使えない現地人。ならば、己の規格外の身体能力で振り切ってみせる――そう、思っていたのかもしれない。
連翹には彼の思考は理解出来なかったが、しかし一つだけ確かなことは――転移者の身体能力でスキルの発声も無しに剣を振るう連翹という存在は、彼にとって予想の埒外だったということ。
だから、連翹の剣はなんの抵抗もなくその転移者を両断した。
「……というか、あたし何度も孤独と戦った時にやってたじゃない、発声なしで剣を振るなんてこと」
ほんの少し観察していれば、連翹がそういう攻撃をして来るなんて分かったはずだ。
だというのに分からなかったのは、強力な力に酔い過ぎて相手を観察するという当たり前の能力が退化していたからだろう。
どうやっても負けるはずがないのだから、相手を理解する必要もない――喩えるなら、チートコードでレベルマックスにして延々とたたかう連打で進めて来たゲームのように。どれだけ相性が悪かろうと物理で殴れば殺せる以上、考える必要もない。
(……ほんっと、女の敵みたいな王冠や剣狂いの孤独が相対的にマシってどういうことなのよ)
連翹はどちらにも好感は抱けない。
孤独に関しては僅かに同情する部分はあるが、だからといってアレに好感を抱くことなど出来ない。
どちらもはた迷惑な存在で、どちらも邪悪であった。
だが、彼らは己が成したことに言い訳をしなかった。
ゆえに彼らは真っ当だ、などとは言えないけれど――少なくとも見苦しくはなかったと思う。
好き勝手に暴れまわった癖に、追い詰められたら他者に責任転換しだす連中よりは、ずっと、ずっとマシだろう。
(……たぶん、これは同族嫌悪なんだろうけどね)
連翹がニールと出会わず、ノーラやカルナと出会わなければ――彼らと同じ畜生に成り下がっていたという確信があった。
だって、自分はそんなに強い人間じゃない。強い力があって、誰も片桐連翹という少女を止めなければ、喜んで畜生となっていただろう。
なぜなら、最強無敵の主人公に憧れていたから。
どんな善行を成しても、どんあ悪行を成しても、周りが賞賛してくれる存在。世界の中心であり、世界の全て。そんな存在に成りたかった。
誰だって一度は妄想したことがある、馬鹿げた話だ。そんな存在になど成れないことは、妄想している自分が一番良く理解している。
だけど、だからこそ――創造神に規格外を与えられ、自由に生きろと言われて、もしかしたらと思った。思ってしまったのだ。
だからこそ、先程のような転移者を見たら腹が立つ。
鏡を見ているような気になるから。片桐連翹だってアレと同類だろう? と見ず知らずの誰かに糾弾されているような感覚になるから。
人間、図星を突かれると腹が立つモノだというけれど、なるほど、確かにその通りねと連翹は小さく嘆息した。
「集中できていないみたいね、連翹さん」
それを咎めに来た、というワケではないのだろうけれど。
なんというかノートの端っこに落書きしていたのを先生に見つかったような後ろめたさを感じながら、赤髪をポニーテイルにした女騎士――キャロル・ミモザに頭を下げた。
「キャロル――ごめん、ちょっと呆けてたわ」
「仕方ないわ、今日のことを考えたら疲れて当然よ。特に連翹さんはこの世界に来るまで戦った経験すら無かったんだから」
仮に体力がたっぷり残っていたとしても、精神的な疲労は溜まっているはず、と。
「だからもう休んでもいいのよ。せっかく勝ったのに無理して怪我したら馬鹿馬鹿しいじゃない」
「で、でも――」
なんというか、皆が働いているのに休むというのは落ち着かないというか、サボっているような気になるというか。
昔だったらこんなことで悩むどころか、日本人的奴隷根性などと言って指差して笑っただろう。だが、親しくなった人がまだまだ頑張っているのに、自分だけのんびりしているのは――と思ってしまうのだ。
「大丈夫よ。というか、ここからは他の冒険者たちに功績を譲って上げた方がいいわ。功労者はゆっくり休んでなさい。じゃないと、他の冒険者に恨まれちゃうわよ」
と、キャロルは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
それに対し、連翹は上手く笑い返せない。
なんというか、功労者と呼ばれるほど活躍出来ていない気がするのだ。
今更無双だとか一騎当千の戦働きだなんて戯言を言ったりはしないけれど――敵地潜入は孤独に見逃されていただけでバレバレで、雑音に追い詰められ、孤独との戦いでは完全に遊ばれていた。
「結局のところ、あたしって何が出来たのかしら――」
頑張った、とは思う。
だが、結局のところニールやカルナに助けられてばかりだし、強敵を倒すなどといった目立った手柄もない。
そう思うと、別に自分なんかが居なくても――と。
皆はなんだかんだ上手くやって勝利出来たのではないかと思ってしまうのだ。
(ああ――キャロルが言う通り、疲れてるのかな)
なんというか、思考がどんどん後ろ向きになっている気がする。
「……けど、救えた人も居たじゃない。貴女のおかげで崩落さんは生きているし、ニール君だってもう一度戦えたワケでしょ?」
小さくなる連翹の肩を、ぽんぽんと叩く。
そう卑下するな、胸を張れ――そう言うように。
「調子に乗るのもどうかと思うけど、あんまり卑屈になり過ぎないようにね。そうじゃないと私が卑屈になっちゃうもの。出立前に転移者に捕まって、それ以降も大きな武勲を立てられなかったワケだしね」
連翹さんの活躍で卑屈になられちゃあ、こっちは首をくくらないといけないわ、と。
冗談めかした口調でそう言ったのだが、ワリとシャレにならないレベルの自虐で反応に困る。無言でも笑っても失礼になりそうな感じ。
そんな風にオロオロとしていると、キャロルは悪戯が成功したとでも言うように得意げな笑みを浮かべた。
「もっと上手くやれたんじゃないかって思うことは私だって山ほどあるけど、それでも生きている以上は次に繋げないと。それでも何か吐き出したくて、それがノーラさんたちに言い辛いことだったら声かけて。愚痴くらいならいくらでも聞くから」
それじゃあね、と。
刀身に図形と詠唱が刻まれた剣を携えて、キャロルは走り抜けていった。
その背中を見送りながら、連翹はほう、と息を吐く。
(なんというか、大人って感じがする……)
彼女は最初の頃、まだ騎士団の中で対転移者の経験が積めていない頃に町娘に扮した状態でレオンハルトと相対し――あっさりと敗北したという経験がある。
レオンハルトを名乗る転移者を見た目で判断し、結果呆気なく負けたのだ。率いていた兵士は全滅し、自分も地下で給仕の真似事をさせられていた。ノーラが囚われ、連翹たちが助けに来るまで、ずっと。
騎士として修練を積み、街に蔓延る悪党を成敗しようとした結果がこれなのだ。連翹だったらずっと引きずってしまいそう。
けれどキャロルは一度の失敗で潰れず、それを糧にして前に進んできたのだ。
いいや、彼女だけではない。他の騎士たちも、冒険者たちも、ニールたちだってそうやって力をつけてきた。
だからこそ、転移者が敗北するのは当然だったのだと今になって思う。
どれだけ強い力を持っていても、それに満足して立ち止まった転移者。
力では転移者に劣っていても、現状に満足せず前に進み続けた現地人。
なんとも対照的というか、童話のウサギと亀を連想する。
そういう意味では幹部たちは与えられたスキルで満足せず、新たな力を開発したのだから努力家だなと思う――もっとも、一部を除いて手放しに褒められない者ばかりだが。
連翹は未だ転移者を掃討している者たちから背を向け歩き出し、刀身に付着した血を拭って鞘に収めた。
そうすると、ずしりと鉛めいた疲労感が襲ってくる。
一度力が途切れ普通の肉体になったとはいえ、規格外でだいぶ楽をしているはずなのにこれだ。未だに戦っている現地人たちと比べ、戦士としての練度が低いからだろう。
寝転べる場所はあるだろうか? いや、けれどほとんど無傷の自分がそれを専有するのもな――そう悩みながら街門の方に足を運んでいると、見慣れた姿が目に入った。
漆黒のローブに銀の長髪が映える少年――カルナだ。
「お疲れ、レンさん。疲れているところ悪いけど、ちょっといいかな?」
連翹がこちらに気づいたのを確認し、申し訳無さそうな顔で言う。
「あたしは大丈夫よ、まあ集中力が落ちてる自覚はあるけどね――それで、どうしたの?」
正直なところ、後回しにしてどこかに座り込みたい気分ではある。
けれど、それはカルナとて同じ――いや、カルナの方がずっと辛いはずだ。体力はもちろん、魔力の大部分を消費している以上、下手な前衛の戦士よりも疲弊しているだろう。
ゆえに、何か理由があるのだろう。そう確信してカルナの下に駆け寄った。
「ありがとう、実は――」
互いに外壁に背中を預けながら、カルナはノーラのカバンから一冊の本を取り出した。
(……なんでノーラのカバンを持っているのか、とか。ナチュラルに中身漁ってるわね、とか。そこら辺はまあ、保留で)
もしノーラの荷物を物色して楽しもうって魂胆なら連翹を呼ぶ理由など皆無だ。何か理由があるのだろうと思う。
もちろん、それはそれとして女子のカバンを承諾無しに開けるとかどうなの? と思うが、その辺りの追求は話が終わった時にでもすればいい。
そんな連翹の内心に気づいているのか気づいていないのか、カルナは古めかしい本のページをぱらぱらと捲り始める。
(ええっと――カルナとノーラが時々翻訳しながら読み進めてる古書、だったっけ?)
それをなんで今――そう思いかけ、後半のページを見て怪訝な表情を浮かべてしまう。
ずっと古語で書かれていた本が、突然現代語になったからというのもある。
だが、それ以上に奇妙だったのが、そこに書かれている登場人物がニールだったから。
狼翼――まだ広まりきっていない、けれどいずれ広まるであろう名が、そこに書かれていた。
「……なんなの、これ?」
やること無くて暇だったから、余白のページに自分の相棒のこと書いたの? そう茶化そうとして、やめる。
仮にカルナがそれをやるなら、もっと完璧にこなすだろう。少なくとも新規追加部分だけ現代語、なんて真似はしないはずだ。
そして何より、最後。
<我の予測を上回った勇者たちに褒美を与えよう。今夜、汝ら四人を我が神殿に招こう>
なんとも上から目線な物言いのそれを読みながら、連翹は辺りの地理を思い返していた。
少なくともレゾン・デイトル内部に神殿と呼べる建造物はなかったはずだ。なら、近場の村や町にそういうモノが――そう思いかけて、いや、と首を左右に振る。
「……ねえカルナ、この世界で神官たちが修行したり、祈りを捧げたりする場所って教会よね?」
女王都で観光していた時のことを思い出す。
あの時に勇者パーティーの一人である女神官の名を冠した『セルマ・ブルースター大聖堂』を見に行ったが、あれも分類としては教会だったはずだ。
(ええっと、なんだったけ? 教会が布教の場で、神殿が神様を祀ったりする場所だったはず……いや、こっちの世界でもその認識でいいのかしら?)
大昔、深夜にウィ○ペディアのリンクを延々と辿って読んでいく、なんて真似をしたため地味に知識はあるが――それも曖昧だ。
「そっちの世界ではどうか分からないけど、こっちでは神の殿――平たく言えば神が住む屋敷みたいな意味合いだね」
「え? じゃあこれ書いたの神様なんじゃないの?」
「いや、さすがにそれは短絡的だよ。昔から豪奢な屋敷や城を建造して、その主が『これこそ我が神殿である』って言うことも多いしね」
「ああ、庶民感覚で言うところの『お屋敷みたいに広い家』、みたいな感じ?」
「あー……まあ、間違いじゃないかな」
本当はもっと色々な要素が関係しているのだろうが、今それを語っても意味がないと思ったのか微妙な表情を浮かべながらカルナは頷いた。
転移者がもっとこちらの文化に精通していたのなら、レゾン・デイトルを国ではなく神殿と称していたかもしれない。
「まあ、要するに――どこぞの金持ちが新しい勇者に唾つけるためにご自慢の屋敷――神殿に招こうとしているのか、ホントの神様が居てあたしたちを神殿に――文字通り神の居住区に呼び寄せようとしているかの二択?」
「まあね、だけど正直どっちでも良いんだ」
どっちだったとしても最低限の警戒は必要だろう、と。
前者なら騎士たちの目を盗んでニールたちを攫うという宣言である以上は警戒を怠れないし、後者だったら――
「仮に本当に神様とかだったら、あたしたちだけ狙って転移とか出来るだろうけど……転移後の心構えくらいはしておかないとね」
――本当に、心構えしか出来ないけれど。
だが、なんの下準備も無しに突然別の場所に放り込まれるよりはずっと精神的に楽だろうと思う。その結果、次の行動に繋げやすくなるはずだ。
創造神ディミルゴは別世界に存在する連翹に問いかけ、転移させた。
ならば、この世界に居る連翹たちをこの世界の別の場所に転移させるくらい朝飯前だろう。
無論、空から天使が降りてきて――みたいな展開もあるんじゃないかと想像してみたが、確証こそないがたぶん存在しないと思う。
連翹は別段この世界の宗教に関して詳しいワケではないが、創造神ディミルゴとやらの周囲に神の使い的な存在が居た、という話は全く聞かない。
それに、もしそんな存在が居たとすれば、転移者たちをこの世界に呼び込むようなことを神自身が一々やるはずないだろう。
「そういうことさ……今、一番元気があるのはレンさんだからね。悪いけど、いざって時は頼むよ」
「任せといて、って言いたいところだけど――本当に神様とか出てきたらあたしじゃどうにもならないと思うわ」
連翹が今も転移直後の精神性なら、残滓とはいえ規格外があるのだから勝てる。ここいらで神殺しでもやっちゃおうかしら、などと思ったところなのだが。
もう、そんな風にこの力を盲信することが出来ない。
補充した力もそろそろ底をつく頃だというのもあるが、仮に全力で規格外を振るったとしても、力の源泉たる存在に同じ力で勝てる未来が見えないのだ。
不安に顔を歪める連翹に、カルナは「大丈夫さ」と笑みを浮かべる。
「前者ならレンさんが粘れば騎士たちが倒してくれるだろうし……後者だったら、きっと戦闘になることはないと思うんだ」
「まあ、前者は頑張るけど――後者はどういうこと?」
「創造神ディミルゴはこの世全ての父であり、僕らは皆、彼の愛子だ。未だ神官が奇跡を使える以上はそう無体なことはされないさ」
どういう理屈? そう言いかけて、思い出す。
そういえば、いつだったか聞いたことがある。かつてこの大陸には獣人という種族が居て、人間との生存競争に敗北した結果、種族ごと奴隷となったという。
末期には獣人たちは己の牙を突き立てることも、爪を振るうことも忘れ、奴隷という身分に甘んじながら神様に救いを願い――ディミルゴに見限られた、という話。
希望を失った獣人は徐々にその数を減らしていき、絶滅したのだという。実際、連翹もこの大陸で獣人など見たことがない。
(つまり、奇跡がまだ使える以上は安心、ってことなのかしら)
連翹自身は『神様って平和な世界に火種をぽこじゃか投げ込んでる、控えめに言ってクソ野郎じゃない?』と思うのだが、さすがにそれを口に出す真似はしなかった。
だって、カルナはそこまで信心深いタイプではないのに、当たり前のように安心だと言ったから。
洗脳、と思いかけてすぐに否と断ずる。これは、どちらかと言えば常識だ。
日本人だって無意識レベルで儒教の考え方が身についているというらしいし、この辺りを下手に突っついても意味がない。
(それに、前も似たようなこと考えた気がするけど――人間滅ぼしたかったら、転移者を上手く運用してればすぐに滅ぼせてたワケだものね)
極論だが、「さあ、早い者勝ちだ。一番殺した奴に褒美を渡そう」だとか言って女王都リディアに転移者の大群をけしかけていたら呆気なく国は滅んでいただろう。
転移者のスキルは慣れれば対処可能とはいえ、物量で押し込んでしまえば学ぶ時間もなく全滅するはずだ。
じわじわと追い詰めたかったのだとしても、転移者の数が少なすぎる。人間を滅ぼす、という意思が全く見えてこないのだ。
だが、これ以上は考えても無駄だろうと思う。
推論を重ねても正解がなんであるかは分からない。
ならば、本を書き換えたのが本物の神様だった時に、神様に面と向かって問いかけてみれば良いだろう。
貴方は一体、何を考えてこんなことをしているの? と。
「オッケー、そういうことなら任せといて。……あ、ところでカルナ。最後に一つ聞いても良い?」
やるべきことは分かった、心構えもちゃんとしよう。
だけど、その前に一つだけ聞いておかねばならないのだ。
「構わないよ。何か気づいたことでもあるのかな?」
「うん、気づいたっていうか――カルナはノーラのカバンを開けて本を調べたワケじゃない」
「ああ、まあ、それはそうだけど」
「――ノーラってあの中に着替えの服とか下着とかしまってたはずだけど、まさか下着とか漁ったりしてないでしょうね?」
「ははは、まさか、さすがにそんな失礼な真似はしないよ。……まあ、本を取り出す時にちらっと見えちゃったけど、それに関しては不可抗力だって言わせて貰うよ」
だから安心してよ、と。
微笑みながら言うカルナの姿は確かに美男子と言って差し支えなく、ああ、確かにこれに笑いかけられてコロって行く娘が居る理由も分かるなぁと思う。
思う、のだけれど。
(――なーんというか、紳士的過ぎるというか)
ぶっちゃけ、お前そんな紳士然としたキャラじゃねえだろ、という確信があるのだ。
だって、カルナはなんだかんだでニールと似た者同士の馬鹿な男子なのだから。
「その様子を見る限り大丈夫そうね。ノーラってけっこうきわどいやつ穿いてるし、もしそんなの見たらもうちょっと狼狽えてるはずだし」
「え? 本当に!? 全部淡い色合いで可愛らしいモノだったと思うんだけど……まさか今穿いているのがそういうのなのか――は!?」
「『――は!?』じゃないわよ! 語るに落ちるにしても落ち方ってもんがあるでしょこのバーカッ! カルナ、貴方なんでそんな賢そうな癖に時々尋常じゃなく馬鹿なの!? 死ぬの!?」
カマをかけたとすら言えないレベルの誘導尋問になんでこんな鮮やかに引っかかっているのか。本当に馬鹿なんじゃないだろうかこの男。
あれか、そんなに気になったのかきわどい下着姿。確かにノーラみたいに胸が大きい娘がそんな格好をしていたら女目線でも視線が吸い寄せられるだろうが、それにしたってカルナ……、と思ってしまう。
「お、落ち着いて欲しい。さっきも言ったけれど、これは不可抗力だ。本を探す最中、たまたま目に入っただけであって――」
冷や汗を流しながら右手を突き出し「落ち着け、話し合おう」と言いたげなポーズで言うカルナに、先程の好青年オーラは皆無。どちらかといえば、探偵に犯行を暴露されている最中の犯人といった感じだ。
「『全部淡い色合いで可愛らしいモノだった』って言ってたじゃないの自分で! ええ、その通り、ノーラの下着は大体そういうのよ! 大当たり! じっくりと観察してたみたいねぇ!」
「――いや、だって仕方がないじゃないか。なんの意味もなくこんなことしたら犯罪だけど、大義名分があるしね。それなら男なら誰だってやると思うよ、こういうこと」
「開き直りやがったわねこの男――ッ!? その辺りを含めてノーラに報告しておくから覚悟しなさいよカルナァ!」
「あ、まずい、どうしよう真面目に凄く怒られる未来しか見えない!? ……レンさん! 好きなだけ食べたいモノとか服とか奢ってあげるから胸の中に仕舞っておいてくれないかな!?」
「……買収しようとした件も含めて報告するからね」
「うわぁ悪化した――!?」
そりゃそうだ馬鹿。
当たり前だろ馬鹿。
何言っているのかこの馬鹿。
こんなのが今回の戦いでトップクラスの功労者で、今後英雄として語られる可能性がある男だというのだから困る。
思う、のだけれど。
(けどまあ、ノーラの気持ちも少しは分かるかわね)
こういう部分も完璧だったら、気後れして仲良くなれた自信がない。
元々、規格外を得るまで自分自身にあまり自信がなかった連翹なのだ。初期の頃にそんな完璧人間と出会っていたら、苛立って当たり散らしていたかもしれない。
(――ああ、そっか。雑音が昔、カルナを叩きのめしたのって、そういうことなんだ)
当時はもっと刺々しく、見た目もガリガリだったとニールは言っていた――正直、連翹には想像出来ない――が、それでも魔法の才能もあり研鑽を欠かさなかったのは昔も変わらない。
努力を忘れない才ある同年代の誰か。
そんな存在を許せなかったのだろう、嫉妬し、自分の方が上なのだと証明したかったのだろう。
普段なら妄想の中でサンドバッグにするだけだったのだろうが、転移者になったことにより規格外を得た。いけ好かない天才を叩き潰せる力が。
ゆえに、ためらうことなく実行したのだろう。
その気持ちは、やはり理解できる。結局のところそれは、連翹がニールに対してやったことと大差はない。
「……どうしたんだい、レンさん」
一瞬だけ自己嫌悪に歪んだ連翹の顔を、心配そうに覗き込む友の姿。
やはり、よく見ているな、と思う。
あまり気にしたことはなかったが、きっと仲間になった時からずっと、彼は連翹のことを見ていたのだろう。
ニールを斬り捨て暴言を吐いたという転移者を。
その女が、一緒に行動する価値がある人間であるか否かを。
「……ううん、あたしって思ってたよりカルナがけっこう好きだなって思ってね」
カルナは仲間に甘いが、必要とあればドライな選択が出来るタイプだと思っている。
そんな彼が、ちゃんと仲間だと認めてくれていて、今もこうして気にかけてくれている。
それが、どうしようもなく嬉しいのだ。
それらを全部取りこぼした結末を――最期まで己のことしか考えていなかった雑音語りの死様と、もしもの自分を重ねてしまったからこそ、強く思うのだ。
「え? いや、さすがに両手に花をする気はないなぁ……やるにしても、もっと体を成熟させてからにして欲し――」
うん、それはそれとして今のはあたし悪くないわきっと――失礼なこと言いやがるアホの腹にヤクザキックを叩き込みながら、連翹は一人頷くのであった。
盛大に咳き込むカルナを半眼で見下した後、連翹はゆっくりと空を見上げた。
空は徐々に暗く、気の早い一等星たちが空で自己主張を始めている。
夜は近い。
招く――何者かがそう言った時間は、もうすぐだ。




