233/孤独の剣鬼/10
ニールの両脚が吹き飛び、孤独が致命の刃を振るう。
その刹那――カルナは二つの選択肢を与えられた。
一つ、身体能力強化を解除し、孤独に対して攻撃を開始する。
二つ、身体能力強化を維持したまま、成り行きを見守る。
(常識的に考えて、前者を選ぶべきだ)
前者であれば、騎士たちがすぐさま続いてくれるだろう。
アレックスたちもニールの身体能力強化はカルナがやっているのだと理解している。そのカルナが魔法の制御を止めれば、もうニールに戦う力はないと判断するはずだ。
無論ニールは斬り殺されるだろうが、しかし確実に孤独を仕留められる。彼とて限界は近いのだ、複数人で圧殺すれば問題なく潰せる。
後者は――まだニールが戦える、勝てると信じて見守るという選択だ。
端的に言って頭がおかしい選択である。あの状況でまだニールに戦えと言うなど狂気の沙汰だ。
ああ、けれど――
「――――!」
――視線の先のニールは、瞳をギラつかせたままで。
戦意は未だ燃え盛り、孤独を倒すために全力を出そうとしていることが理解出来た。
そんな眼をしようが、なんの意味もない。もはやニールの敗北は決定的であり、どれだけ戦意を燃やそうと覆せる要素はないのだ。
冷静な部分のカルナがそう告げ、即座に選択肢一を選べと言っている。
(なるほど、確かに正しい。常識的だ)
ここで後者を選ぶような人間は愚か者しか存在しないだろう。
状況が理解できていないか、頭のネジが一つ二つ抜けているか、どちらにせよまともな人間ではあるまい。
「行け、ニール! この大魔法使いの力、全部持っていけ――!」
――だが、どうやら自分はこの愚か者に感化され過ぎたようだ。
状況を理解できているのだから、つまり今の自分は頭のネジがいくつか外れてしまっているのだろうな――そんな自嘲的な思考をしながらも絶えず魔力を流し続ける。
両脚に流していたま魔力を分解し、両腕に再構成する。どんな真似をするのかは分からないが、ニールなら力任せで無茶苦茶な真似をするだろうと思ったからだ。
ゆえに、精密性など度外視。
そもそも、どれだけ繊細に動かそうと腕を一回使えばへし折れる。なら、その一回の威力を上昇させた方が良いはずだ。
ニールの体を案じて強化を弱めれば、孤独には届かない。ゆえに全力で、全開で、全壊させる。
「さあ、僕にここまで愚かな真似をさせたんだ――負けたら許さないよ、相棒!」
後の歴史にこの時のカルナは慧眼だったと記させてみせろ、と。
総攻撃のために蓄えていた魔力すらニールの強化に注ぎ込み、全力で叫ぶのだ。
◇
力が漲る。
翼が溶け落ち高速で落下している最中に、思い切り背中を押されたようなモノだ。
こんなもの、より勢いを増して大海原に叩きつけられるだけ。より凄惨な死に様を晒してしまう可能性が高い。
致命的な悪手、信じがたい判断ミス、多くの者はカルナの行動に対してそのような感想を抱くだろう。
けれど――
「ありがとよ、相棒――!」
――ニールは歯列を見せつけるように笑った。
今、一番欲しいモノを与えてくれた。今、自分がやろうとすることを察し、背中を押してくれた。
さすがカルナ、自分のことをよく見てくれている、と心からの笑みを浮かべるのだ。
ああ、これでなおさら負けるワケにはいかなくなった。
ここで無様に敗北したら、カルナはただの愚か者となってしまう。最後の最後でミスを犯した道化と嗤われることになる。
そのようなこと、認めるワケにはいかない。
彼は――カルナ・カンパニュラはニール・グラジオラスには勿体無い程の大魔法使いなのだから。
「勝ぁ、つ――ッ!」
体に残った空気を咆哮に変え、ニールは左手で地面に着地し、跳躍する。ちりっ、と振り下ろされた刃が体を掠めた。
回避成功――だが、刃によるダメージよりも力に耐えきれず崩壊する体の方がずっとダメージが重い。ぐしゃり、と手首がひしゃげ肘がへし折れ、折れた骨が肉を食い破り、皮膚を突き破った。
「ははっ、そうか、まだやるのか――!」
獰猛な、そしてそれ以上に歓喜の笑みを浮かべ、孤独は手首を捻りながら刃を斬り上げる。
彼に油断も慢心も存在しない。ただただ全力の斬り合いがしたかったがために練磨した剣術と精神は、ニールの最後の反撃に驚くことなく的確に反応したのだ。
妖刀が迫る。
ニールを両断すべく、剣呑でありながらも美しい三日月を描きながら。
疾い、避けられない。
「――ぁ、ああああ!」
それに対し、ニールは空中で体を捻りひしゃげた左腕を刀身の腹に叩きつけた。
刃が逸れる。澄んだ風切り音がニールの真横で響く。
左腕が千切れる。みちみちと肉と筋肉が断裂し、血液を吐き出しながら塵のように崩れ落ちていく。
ニールは空中で孤独を見下ろした。右腕だけでは力を受け流し切れなかったのか、微かに体勢を崩す彼の姿を。
今だ、と思った。
勝利するならここしかない、と。
ゆえに、ニールは思考するよりも疾く剣を――
「――ああ、惜しかったね」
――振るう、その直前。
希望を薙ぎ払うように、刃がニールの右腕を斬り飛ばした。
剣が、イカロスを握った右腕が宙を舞う。あまりに鋭利な切り傷のためか、断面から未だに血液が流れ出していない。
残ったのは、日向の国に存在するダルマのように四肢を失ったニールのみ。
孤独は悲しげに、しかし讃えるように微笑んだ。
――君はよくやった、おれが認める、と。
その顔を見下ろし、ニールは――大笑するかのように大口を開けた。
(孤独は強い。素の技量で現地人も転移者も圧倒してやがる)
その上、転移者が有していない戦闘経験も豊富。
ニールが想像する剣士の完成形というべき存在だ。
本来なら絶対勝てない相手だ。ニールがどれだけ全力を出そうとも、剣士としての経験が違いすぎる。
――けれど。
彼は転移者。
この世界で生まれ落ちたワケではない。
この世界で剣を学び、徐々に強者になっていったワケではないのだ。
彼はこの世界に降り立った瞬間から最強に等しい力を有していた。
自分は傷つくことなく、そして敵を完封して来たのだろう。だから、彼はこの世界の常識を知らない。
いいや、違う、知っているのだろう。
だが、彼にとって必要のない知識であるから血肉になっていない。使わない知識は、必要のない技術は、すぐに忘れ、摩耗していくものなのだから。
――ブライアンがあえて両腕を捨てるような戦法を取った時のことを思い出す。
この世界で戦う戦士ならよっぽどの新米でもない限り知っているはずの戦法を見て驚いた。
腕を切断されても神官の治癒で簡単に繋げるし、欠損したとしても時間さえかければ生やすことが可能だというのにだ。
それは、元の世界の常識とこちらの世界の常識、その差によるモノ。
転移者の世界では失った四肢はそう簡単に戻らない。ゆえに、その世界の戦士にとって四肢欠損とは非常に重いダメージなのだ。
ゆえに――――孤独の剣鬼は、四肢を失っても戦う技があることを想像はしていても実感出来ていない。
常識レベルで刻み込まれたそれを、強者であるがゆえに矯正する機会を失っている。
ニールは宙を舞う右腕――未だ手で握りしめられたままのイカロスの柄を咥えた。指を食いちぎりながら、強く、強く噛みしめる。
斬るために、倒すために、勝利するために。
孤独が驚愕の表情を浮かべ、刀を構え直そうとする。
だが、遅い! 勝利を確信してからの想定外の自体に、ほんの数瞬だけ隙が生まれた。
半ばでへし折れた両脚の断面に闘気を集中させる。余力の一欠片も残さぬよう、己の力を絞り出す。
(人心獣化流――)
技名は心の中で、しかし大音声で叫ぶ時以上の気合を載せる。
ちりっ、と体が帯電したように痺れ、全身から力が失せていく。体力はもはやこの一撃を放つことで精一杯で、流しすぎた血液は今すぐにでもニールの意識を刈り取ろうとしている。
上等だ、と柄を噛み締めながらも口角を上げた。
たったその程度で目の前の剣士に勝てるなら、安い取引ではないか。
(――鬣犬貪りぃ!)
ゆえに――ニールは己の体を射出し、稲妻めいた速度で落下した。
奇策は要らない。フェイントなどしない。ただただ真っ直ぐ、最短距離を堕ちて行く。
相手が体勢を整えたらニール程度の剣士のフェイントなど通用するはずもない。羽虫を叩き潰すように迎撃されるのがオチだ。
ゆえに、孤独の驚愕、その結果生まれた微かな隙を目指し、真っ直ぐに突き進んで食い破る。それしかもう勝利の道はない。回避されるか受け流されるかしただけで、ニールはもう二の太刀を放てない。この一撃に全てを込める他ないのだ。
だから――早く、速く、疾く、ただそれだけを考えて落下する。
「まだ、だ――!」
だが、さすが孤独と言うべきか――彼はギリギリの所で体勢を立て直し、刺突を放った。
口に剣を咥えたニールと、右腕を突き出した孤独。
右腕一本分、間合いが違う。
刃が迫る。
「ぐ――」
体を捻りながら、更に加速して落下。背骨が異音と共にその役目を放棄し、砕け散った骨片が体に突き刺さる。
顔面に刃が掠める。微かに逸れた切っ先は左肩を貫き、砕けかけた骨を穿ちながら心臓へ目掛けて埋没していく。
――死。
その単語が脳内に浮かぶのと、ニールが体を旋回したのはほぼ同時。落下のために使っていた力を無理矢理使って急制動し、空中でコマのように回る。
それは咄嗟の行動であり、考えた末の行動ではない。
ニールの体は確かにズタボロであり、放置すれば数分どころか数十秒も持たずに死ぬだろう。
だが、それでも――未だカルナの身体能力強化は有効なままなのだ。
転移者でもない、ただの人間相手であれば、腕力勝負で負けることなどありえない。
「ぁ――」
孤独の手が、指が、妖刀の柄から離れる。
突き刺さった妖刀が急速にニールの血液を吸い上げだすのを感じる。
獲物に喰らいついたためか、使い手の危機に奮起したのかは分からない――だが、どちらにせよ、遅い!
ニールは体を回転させた勢いのまま、口に咥えたイカロスを首の動きで振るった。
だが、孤独は猛獣めいた笑みを浮かべ、掌底を放つ。それは確かにイカロスの刀身の腹に直撃し、軌道を僅かに歪めた。柄を噛みしめるニールの歯が、残らず砕け散る。
けれど、落下の勢いと超強化されたゆえの筋力による斬撃は、歪みこそしたものの願い違わず孤独へと突き進む。
「――ああ」
それは、何かに納得したかのような、安らかな声音。
それと同時に、刃が孤独の胸を切り裂き――心臓を破壊した。
「あ、が、あ――」
その呻き声は孤独のモノでは断じて無い。勢い良く地面に叩きつけられ、もはや這うことすら出来なくなったニールのモノだ。
勝敗が決したのを理解したのか、周囲から治癒の奇跡が飛んでくる。絶え間なく失血していた傷口は、とりあえず塞がった。損傷が多すぎて腕を生やすことなど出来ないが、それでも一命は取り留めた。
だが、孤独の剣鬼は違う。
確かに彼は心臓を食い破られただけだ。神官の奇跡を集中させれば、ニールよりもずっと楽に命を繋ぐことが出来るだろう。
けれど、孤独に戦ってきた彼を治癒する者など存在しない。
もはや、死を待つのみだ。
「ははっ」
だが、それを悲しむ様子はまるでない。
孤独は普段通りの笑みを浮かべながら、ゆっくりとその場に座り込んだ。
止め処なく溢れる血液に恐れることなく、いいや、むしろ愛おしげに傷口を撫でながら笑みを浮かべていた。
「ああ――良い戦いだった。本気で戦って、それを本気で向かい合ってくれる人がいて、その果てに敗北した。なら、ここで終わることに悔いはないさ」
その言葉に嘘はないのだろう。
事実、彼の声は安らかで、家族に見守られて死ぬ老人を連想させた。
自分は自分の人生を生き切った、ゆえに後悔などあるはずもない、と。
(――――お前)
――そんな間の抜けたことを、半ば信じているのが許せない。
本心から信じ切って、誠に心安らかに死ぬというのなら、ニールに異論はなかった。
けれど、彼は半端に満足したまま、半端に死のうとしている。頭が悪いと何度も自嘲していたが――この男はきっと、剣以外はからっきしなのだろうと思う。
だって、そうだろう? もうすぐ最期だというのに、本心に気づけない程の愚鈍なのだから。
それを教えなければいけない。彼の間抜けさを指摘しなくてはならない。
ゆえに、ニールは血反吐を溢しながらも喉を震わせた。未だ治癒途中で、声を出すだけで痛みが増すが――それでも、言わねばならないのだ。
「阿呆、抜かせ――なら、お前はなんで、そんなに泣いてやがるんだ」
まさか痛くてないているワケでもないだろ、と。
そう言うと、孤独は僅かに驚いた風に瞳を見開き、そっと己の頬を撫でた。
頬を伝う水の感触に怪訝そうな表情を浮かべた彼は、僅かに間を置いてから納得したように口を開く。
「ああ……そうか、そうか――そんな君だからこそ、おれは勝ちたかったんだ」
最高の戦いで自分の人生に幕を引けた、そこに悔いはない。
こんな風に自分という剣士を求めてくれた相手に負けて死ぬのだ、不満などあるはずもない。それは真実だ。
けれど、それと同じくらい勝利を得たかった――ニール・グラジオラスという男に勝ちたかったのだ。
なんて矛盾だ。
けれど、そう嗤うことなど、出来るはずもない。
本気で磨いた技なのだ、本気で戦い抜いたのだ。
本気であればあるほど、真剣であればあるほど、敗北した時に悔しく思うのだ。気を抜けば涙が出てしまうほど。
「ああ、君になら負けても良いと思ったことに偽りはないけれど――やっぱり、負けるのは悔しいな」
「……いいや、俺はお前に勝ててねえ――結局のところ、助けを借りまくった上でギリギリチャンスを掴めた程度だ。剣士としては、圧倒的に負けてんだよ」
個人の実力ならどれだけ戦っても勝利を掴むことなど不可能。
カルナたちの力を借りても、勝率は大して高くなかった。百回やれば百回負けて、千回やっても千回負けて、万回やってようやく一回勝つ可能性があった程度だろうと思う。
ニールはたまたま、その一回をこの一戦で手繰り寄せることが出来ただけだ。
その言葉に対し、孤独は静かに首を左右に振った。
「それでも、負けは負けだよ。おれは――君に勝てなかった」
「ああ、だから――今回は俺の勝利に近い引き分けってことにして、またいずれ決着をつけようぜ」
「――いずれ?」
不思議そうな声音で問う孤独に、ニールは地面に横たわりながらも笑みを向けた。
「仲間に聞いたんだがよ、そっちの文化に異世界転生ってのがあるらしいじゃねえか。記憶を保って別世界で産まれ直すっていう物語がな」
確か、連翹がそのようなことを言っていた。
別世界に転移、召喚、転生し、特別な力を得て大活躍するという物語。
それらは転移者たちの世界では決してメジャーという程に受け入れられてはいなかったが――しかし、この世界に転移してきた者たちは、皆それに親しんでいたらしいと。
ならば、彼もまた。
何らかの形でその物語に触れている。
「異世界転移があったんだ、転生だってあるだろ、きっと。そして――そんなモノがあるんなら、同じ時代にもう一度会う可能性もゼロじゃねえだろ?」
なんとも意味のない言葉だ。
なんとも現実味のない話だ。
ニール自身、自分で言っておきながらそう思ってしまう。
だが、現実に転移は存在し、ニール程度の剣士が孤独という剣士を打ち倒すという奇跡が起こったのだ。
ならば、もう一度くらい奇跡は起こるかもしれないだろう。
少なくとも、それを願うことは罪ではないはずだ。
「――ははっ」
孤独は笑う。
血を垂れ流しながら、しかし心底愉快そうに。
「そうか。なら、もしそんな機会に恵まれたら――また、本気で戦ってくれるかな?」
「むしろ俺が頼み込む方だ。俺より強くて凄え剣士と出会って満足して、俺との約束を忘れないでくれよ」
「まさか、忘れるはずがない。忘れられるはずがない」
君という宿敵は、何度生まれ変わってでも記憶に留めると――そんな無茶なことを言って微笑んだ。
それが可能かどうかは、この際問題ではない。
ただただ、自分がそうしたいからそうしてみせるというだけ。最大限努力をして、意地を張り続ければ、不可能も可能になる可能性がある。いいや、可能にしてみせるのだと。
「だから――さようなら、ニール・グラジオラス。叶うなら、またいずれ」
「ああ――じゃあな、孤独の剣鬼。叶うなら、またどこかでな」
それが、最期の会話だった。
孤独の上体が傾いで、そのまま地面に倒れ込んだ。もはや彼が起き上がることはない、永遠に。
しばしの沈黙の後、周囲から歓声が上がった。
レゾン・デイトルの王にして最悪な剣鬼の死に周囲は沸き立つ。現地人どころか、転移者までもが。
喜びの理由は人それぞれだが、多くの人間が喜び合っていた。彼は、死を望まれていたのだ。
当然だろう。善人にとっても、悪人にとっても、彼は邪魔な存在であったのだから。
魔王が倒されたことを嘆く人間など存在しないのと同じだ。
「じゃあな、孤独――いや、無二。無二の剣王なんて誰かの妄想じゃなく、孤独の剣鬼なんて言う一人ぼっちの寂しい奴でもなく……唯一無二の剣術を納めた修羅、俺が倒した宿敵――無二の剣鬼。お前のやり方は絶対に認められないが……その剣は、その精神は、俺は認める」
――だから、自分くらいはその死を悼んでも良いだろうと思うのだ。
彼の全てを認めることなど出来ない。
どれだけ素晴らしい剣術を修めていようと、どれだけ親近感を抱く相手であろうとも、無二がやったことは邪悪そのものだった。
それを含めて良い人だったなど言って良いはずもないし、彼もまた言われたくないだろう。自身が邪悪であることなど、彼自身が一番よく理解していたはずだから。
だが、悪党だからといって全てを否定して良いはずがない。
彼の渇望を、真摯に鍛え抜いた剣を、全て無意味だったなどと言っていいはずもない。
無論、多くの人は無二の剣鬼を最悪の殺人狂と、平和な時代を崩さんとした悪漢として語り継いで行くことだろう。
それは間違いではないし、ニールが止められるモノではない。
だから、ニール・グラジオラスという男くらいは、彼の想いを理解してやっても良いんじゃないかと思うのだ。
互いに剣に狂った愚者同士――常識から外れた大馬鹿者なのだから。
そのようなことを考えながら、ニールは静かに目を閉じた。
こちらに駆け寄ってくる足音は聞こえるし、安堵させるべく笑いかけてやろうとも思ったが――残念ながら、もう意識が持ちそうにない。
幸い、傷は塞がっている。体に突き刺さった妖刀も、主人が敗北した瞬間から血を吸い上げてはいない。意識を失ったところで、死にはしないだろう。
ぼんやりとした頭でそう考えて、ニールはそのまま眠りについた。
ここは高らかに勝利宣言をするべきだろうに、格好がつかないなと思いながら。
◇
――――こうして、連合軍はレゾン・デイトルに勝利した。
残った転移者たちなど、もはや語るに値しない。導く者を失い、絶対強者を失ったレゾン・デイトルの転移者たちは、ただただ己こそが至高であると信じ込んだ夢想家の集団でしかないのだから。
協調できず、連携出来ず、ただ己の力を振り回すだけの存在など、獣と同じだ。
その獣が人に害を与えるというのなら、人によって駆除されるのは道理だろう。
ゆえに、孤独が倒れたその瞬間から、連合軍が敗北する可能性は消失し――新たな伝説が産声を上げた。
――それは飢えた餓狼のように勝利へ喰らいつく、蝋翼という銘の剣を携えた剣士。
彼は狼の如く駆け抜け、届かぬ高みへと飛翔するために友から蝋の翼を授かり勝利を掴んだ。
ゆえに、彼は狼翼。
狼翼の勇者ニール・グラジオラス。
その名が広まるのは、まだ少し先だが――しかし、あの戦いを見た騎士が、兵士が、冒険者が、転移者が、違法奴隷にされた現地人がニールについて語り、その名は大きく広まっていくことだろう。




