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232/孤独の剣鬼/9


 ――気持ちが悪い。

 

 ノーラは心の中で小さく呟いた。

 それは右腕から体内に流れ込んでくる莫大な力ゆえに、そして心から現状を愉しんでいる二人に対する感情ゆえに。

 前者はまだ耐えられる。理不尽を捕食する者デバッギング・ダーリングトニアが軋むような音を鳴らし、力を逸す機能が弱まっているのか時折右腕の内側がめりめりと音を立てているが――まだ、大丈夫。痛みは確かにあるし、そう長くは持ちそうにはないが、まだ、まだ、まだ。

 けれど、後者は駄目だ――ノーラ・ホワイトスターという人間には受け入れがたい価値観で、反吐が出てしまいそう。

 剣を愛する気持ちは理解しよう。己が信じた道をがむしゃらに突き進むことも、共感出来る。

 だが、あの二人のそれは、がむしゃらだとかひたむきだとか、そんな言葉で表現すべきモノではない。相応しい言葉は暴走か、自殺か、破滅か――どれにせよ、真っ当なモノではない。

 叶うならいい加減にしろと怒鳴りたい。もっと命を大事にしろ、と頬を力一杯はたいてやりたい。

 

(けど、それはきっと――やってはいけないこと、なんでしょうね)


 ノーラ・ホワイトスターという少女ではあの戦いに割って入るのは不可能、という意味ではない。それは確かに真実であるが、しかし思ったのはもっと内面的なことだ。

 それは、二人の熱意が本物だから。

 彼らの言動は理解し難いモノではあるが、確かに二人は通じ合い、互いに命を燃やしながら全力を出しているからだ。

 確かにノーラはもっと命を大事にしろと思うことは多々とあるし、今も強く思っているが――それはノーラ個人の思想だ。好きなモノがなんだとか、それにどれくらい全力を出すのか――それを勝手に他者が決めて良い道理はないだろう。

 考えなしの無茶無謀なら全力で止めよう、もっと考えろと叱ってやろう。

 だが、考えた末にこれが自分の道だと信じて突き進むのであれば――ノーラがそれを止めることは出来ない。それはきっと、ただの押し付けだ。

 理解も出来ないし共感も出来ないが、それでも喜色満面の笑みを浮かべながら剣を振るい続ける二人の想いだけは尊重しよう。

 

「ノーラさん、大丈夫?」

「――ええ、まだ、なんとか」


 ニールと孤独オンリーの戦いは、もはやノーラには理解出来ない。

 ニールは純粋に疾すぎて何が起こっているのか、何をやっているか分からないし――孤独オンリー孤独オンリーで剣を持ったことのないノーラでは一体何がどうなってニールの猛攻を凌いでいるのか推測することすら不可能だ。

 ただ、それでも分かることは一つ。

 孤独オンリーの体に一つ、また一つと微かな傷が刻まれだしたこと。それは孤独オンリーがニールの剣を完璧に凌げなくなって来ているという証明であった。

 だが、それはニールの勝利に繋がる一歩ではあるが、決して決定打ではない――ノーラには理解出来なかったが、カルナが、騎士たちが、未だに警戒を一切緩めていないことがその証明だ。

 

「そっか……もう少しだから頑張って」


 勝つにしろ、負けるにしろ――カルナがそう考え、しかし意図的にその言葉を省いたのをノーラはなんとなく察した。 

 きっと、戦いは未だ拮抗したままで、どちらが勝利するのか、どちらが敗北するのか、未だに判断出来ないのだろう。

 ゆえに、ノーラは祈り続ける。右腕が軋み、流れ続ける自分以外の力のせいで嘔吐感を抱いているが、それでも。

 

(ニールさん、あなたが全力で斬り合うというのなら――わたしは、全力であなたを癒やしてみせます)


 視界が歪む。

 過剰に使用し続けている理不尽を捕食する者デバッギング・ダーリングトニアは熱く、熱く、熱を持って肌を焼いていく。

 この決意が、この熱意が、あとどれくらい続くかは分からない。少し気を抜けば今すぐにでも意識を失い倒れ込んでしまいそうだ。

 だが、それでもノーラは祈り、奇跡を使用し続ける。

 全力で、全霊で。

 そうする理由は、ただ一つ。とても単純なことだ。

 傷ついた人を癒やすのが神官としての義務だとか、仲間に頼まれたからだとか、そんなことではない。確かにそういう想いもあるが、しかし今、この瞬間で一番大きな想いではない。

 

「……あなたが死んだら、わたしも、カルナさんも――何よりレンちゃんが悲しむんですから」


 ただただ、友人に生きて戻って来て欲しい――ただそれだけを強く想い、願うのだ。

 

     ◇


 ――思えば、最初に出会った時から無茶苦茶な少年だった。


 アレックスは騎士たちを率いながら、そのようなことを考え、苦笑する。 

 思い浮かぶのは一番最初に実力を測るために戦ったときのことだ。まだ二十年も生きていない少年にしては鋭い斬撃であり、苛烈な猛攻であった。

 騎士には届かぬが、真っ直ぐで気持ちのよい剣――アレックスはそう思ったのだ。


 ――心臓を穿たれても、更に踏み込んで剣を振るう直前までは。


 勝利に向かって真っ直ぐ突き進む。

 そう言えば聞こえが良いが、アレは真っ直ぐ突き進み過ぎて谷底に落下する類のモノだ。

 ゆえに、アレックスはニールの手綱をある程度握らねばならないと思った。彼一人に注目するワケにはいかないが、しかし時折様子を伺うようにしていたのだ。

 だが、彼は戦いの場に居なければ年相応の少年であり――転移者戦の時には彼を見守る余力がなかった。本来なら一番気をつけねばならない場面で放置していたのだ。

 

 ――それを情けなく思う反面、だからこそ、とも思う。


 響き渡る剣戟の音の連鎖に、アレックスは静かに顔を歪めた。

 超強化されたニールは、既にその化け物じみた身体能力を掌握しつつある。最初は力任せだった剣撃も、今は彼の流派――人心獣化流じんしんじゅうかりゅうの理に沿って放たれている。

 それは人間以上の存在を討ち倒すための技を、人間以上の存在が行っているに等しい。

 ゆえに、孤独オンリーは追い込まれている。

 確かにあの男の剣術は化け物じみている。天賦の才をその身に宿し、驕らず鍛錬を続けた剣士の理想形だ。

 だが、それはあくまで人間という枠内での話だ。騎士が転移者に敗れた時と同じように、彼もまた常識の埒外による力に追い込まれていっている。

 

「ははっ、ははははははははっ! どうしたどうしたニール・グラジオラス、我が宿敵、無謀な狼翼ろうよく!? おれの心臓はまだ激しく脈打っているぞ! おれの首はまだ繋がったままだぞ! まさか、この程度で終わりだなんて言わないでくれよ!」


 だが、彼に退却の二文字はない。

 真っ向勝負するという選択肢が一つだけ存在し、ゆえにその身に少しずつ裂傷を刻んでいく。

 身に纏う着流しと羽織は既にボロ布となり、滲んだ血が体を紅く染め上げている。流血、という程の刀傷は未だ存在しないが、しかしそれも時間の問題であろう。

 だというのに、彼は心からの笑みを浮かべニールに立ち向かっている。

 それは狂気的でありながら、しかし同時に磨き抜かれた刃のように輝いていた。


「黙――れぇ! そっちこそ、俺はまだ――まだ、剣を振るえる、頭は無事だ……! 上から目線で……囀ってんじゃ、ねえ……! 勝つのは――俺だぁ!」


 対するニールは、荒い息を吐きながらギラついた瞳を孤独オンリーに向けながら矢継ぎ早に攻撃をし続けている。

 餓狼食がろうぐらいで斬りつけ、受け流された。

 即座に跳兎斬ちょうとざんで周囲の家屋を踏み砕き、倒壊させながら連続で斬りつけるが、斬撃は薄皮を抉るに留まる。

 舌打ちと共に落下しながら全身全霊の一撃、破断大猩猩はだんおおしょうじょうを放つが――容易く回避される。地面に放射状の亀裂が走り、爆音と共にめくれ上がった。

 瞬間、めくれ上がる地面に隠れながら接近した孤独オンリーが、リディアの剣雷華らいかを放つ。頭部を抉り脳みそをかき回そうとしたその刺突をニールは視認してから必死に回避する。頬肉が削がれ、歯が削れ、耳が落ちた。

 だが、切除された部位は一瞬の間を置かずに暖かな光で包まれ、即座に修復されていく。数瞬で傷など最初からなかったと錯覚するが、しかし痛みに歪んだニールの表情が先程の傷が現実であったと見る者に告げている。

 顔を歪めたまま、ニールは鰐尾円斬がくびえんざんを以て薙ぎ払う。飛び散った瓦礫を剣圧で砕くような斬撃であったが、孤独オンリーは地を這うような姿勢で斬撃を潜ることによって回避。背後まで走り抜けた孤独オンリーはニールの首筋目掛けてすくい上げるような形で斬撃を放った。

 ニールは回避しようとするが僅かに遅い。刃は肉を食み、骨を削り――


「――ァァアアアアアアア!」


 ――しかしニールは、絶叫と共に振り向きながら斬撃を放った。刃が更に首に食い込もうが構うことなどなく、神経がまだ無事なら剣を触れるし、損傷しても女神の御手(コード・グロリアス)で治癒出来る。

 孤独オンリーは微かに驚愕の表情を浮かべ――しかしすぐに心底楽しげな笑みを浮かべ、それを凌ぐ。

 

 もはや狂気の沙汰だ、と思った。 


 確かに前衛の戦士にはあえて自分の腕を落とさせて相手の油断を誘うことはある。しかし、それはあくまで腕だ。仮に繋がるのが遅れても止血さえすれば問題ない――連翹には「どちらかというと大問題、って顔になるんだけど」と言われたが、それがこの世界の戦士の常識である――が、首や頭は別だ。対処を誤れば即座に死ぬ。

 誰だって死にたくない以上そんな真似はしようと思わないし、仮にやらねば死ぬといった場面でも躊躇する。ニールのように「こうすれば勝てる、だからこうする」と首を切り裂かれても、心臓を穿たれても即座に反撃してくるのは戦士云々以前にどこか頭がおかしい。


 おかしい、けれど――だからこそ、この戦いは成り立ったのだろう。


 今のニールと孤独オンリーは互いにとって対等な条件で勝負をしている。

 技量に差があるとか、超強化された身体能力では対等ではないとか、そのような細々とした理屈では断じて無い。互いに相手と戦いたいと願い、相手に勝ちたいと想い、この斬り合いという刹那の時を心から楽しむということだ。

 それは同じ場所を見て競い合う友のよう。

 ゆえに二人は対等であり、孤独オンリーはニールしか見ていないのだ。他者などもはや余分であり、この戦いが終わった後のことなど些事でしかない。

 ただただ、相手に勝ちたいと願い――しかし、同時にこの戦いが永劫に続けば良いと願う、そんな矛盾した想いの中で二人は刃を交えるのだ。

 

 だが、後者の願いは決して叶うことはない。

 

 どのような事柄にも始まりがあるのなら終わりがあるように、戦いが始まったのなら勝敗という幕が下りるのだ。

 そしてその瞬間は、すぐそこまで迫っている。

 ニールも孤独オンリーも剣こそ冴え渡っているものの、疲労の色は濃い。限界は近いのだ。

 

(今なら――孤独オンリーを集中攻撃し、確実に倒すことも出来るだろうか?)


 決着がつくその直前に複数人で囲み、叩き、物量で押しつぶしてしまうか。

 そこまで考えて、いいや、と首を左右に振った。

 孤独オンリーはニールとの決着がつくまでは――ようやく出会えた宿敵を倒すまでは、決して隙など見せないだろう。下手に横槍などを入れようものなら、人体の限界を突破しこちらを皆殺しにするかもしれない。

 ゆえに、アレックスは今はただ待ち続ける。

 ニールを倒した孤独オンリーを、戦いの余韻に浸っている剣鬼を蹂躙する号令をかける、その瞬間を。

 そのような瞬間など、来なければ良いと思いながら。


     ◇


 ――もはや、自分が何をやっているのか、ニール自身にも理解出来ていない。


 呼吸が荒い、心臓がうるさい。ニール・グラジオラスという剣士に最適化されていた臓器は、しかし今の超強化されたニールを支えるには力不足極まりない。

 どれだけ息を吸い込んでも苦しいし、心臓がどれほど脈打っても体の末端が冷たく感じる。

 頭は先程から朦朧としていて、まともな思考能力などほとんど残っていない。唯一残っているのは、剣士としての自己のみ。


 即ち、目の前の男に剣を振るい、勝利する――そんな単純な思考だけだ。


 それでも、積み重ねた鍛錬は、刻んだ経験は、体を的確に動かしてくれた。 

 ゆえに、何の問題もない。

 元来、接近戦の最中に考えてから動いていたのでは遅すぎる。熱した鉄に触れた時に無意識に手を引く時のように、無意識レベルの反射で体を動かすのだ。

 だからこそ、無駄な思考の失せた今――どれだけ疲弊しようともニールは絶好調であった。

 餓狼喰がろうぐらいで斬りかかり、受け流される。だが、そんなこと知ったことかと言うように体を前に倒しながら剣を跳ね上げた。

 上下の牙で食らいつくような斬撃は、しかしあっさりと見抜かれる。孤独オンリーは左手で鞘を握り、受け流――


「あああああぁぁぁ――ッ!」

 

 ――させる、ものか。

 獣めいた咆哮と共に刃を押し込み、鞘を両断する。

 迫る刃を真っ直ぐ見つめる孤独オンリーは、凶相と形容すべき笑みを浮かべながら刀で受け止めた。

 受け流せるタイミングではない。ゆえに今のニールの力を真正面から受け止め――ごきり、と何かがへし折れる音と共に弾き飛ばされた。水切りの石か何かのように、地面を跳ねて、跳ねて、転がって行く。

 それを追って、ニールもまた駆け抜ける。勝機、などとは思わなかった。そんな思考は余分だ。気を抜くのは全てが終わってからでいい。

 一息で間合いに踏み込んだニールは、全身全霊の最上段からの一撃――破断大猩猩はだんおおしょうじょうを放つ。

 直撃すれば終わり、ギリギリで回避したところで剣圧でダメージを与えられる。頭で考えたワケではなく、体が自然と動き、それを行った。

 

「――ははっ!」


 刃が煌めく。

 地面に転がりながら振るわれた斬撃は、ニールの両手首を両断した。

 無論、今のニールであればすぐさま修復する程度の傷だが――しかし、今の状況ならば。

 高速で剣を振り下ろす動き、それによって繋がりかけた手首が空中で引き千切れる。結果、斬撃に上手く力を伝達出来ず、剣の速度が微かに鈍った。

 その瞬間を、孤独オンリーが見逃すはずがない。彼は跳ね起きながらニールの懐に入り込み、顎に柄頭を叩き込んだ。

 

 ――意識が、飛ぶ。

 

 視界が白く染まりかけ、けれどそれではまずいと思って背後へと跳んだ。

 ぶつり、と途絶える意識のまま吹き飛んだニールは、しかし数瞬で回復。けれど着地する余裕はなく崩れかけた建築物に頭から突っ込み、瓦礫に埋まる。

 だが、その程度のダメージで、この程度の重量で、動きが止まるはずもない。瓦礫を砕きながら跳躍し、剣を構え直す。

 

「ははっ、凄いなぁ君は。見てくれよ、おれの左腕はもう使い物になりそうにない。下手にダメージを分散させたら、両腕がへし折れていたよ――危なかった、片腕さえ残っていればまだ戦える。君に勝てる」


 その言葉に返答する余力など残っていない。

 その言葉の意味を理解する思考能力など残っているはずもない。

 だけど、ニールはなんとなくその意味を察し、牙を晒すように大笑した。

 やってみろ――そう言うように。

 それに対し、孤独オンリーは同じ笑みを浮かべ疾走する。

 片腕になった以上、今までと同じように受け流しからのカウンター戦術は不可能。普通の相手ならば出来ないことはないが、今のニールの斬撃を片手で御すことは無理だと孤独オンリーは判断したらしい。

 

(なら――こっちも攻めるだけだ)


 微かに残った思考能力で決断する。

 迎え撃つという選択肢もないワケではなかったが――しかし、いつも通りにすべきだと考えた。

 片腕になって弱体化したとはいえ、孤独の剣鬼(オンリー・ワン)が至高の剣士であるという事実は揺るがない。下手に慣れない真似をすれば、その結果産まれた隙を突かれ敗北するだろう。

 ゆえに、全身全霊の剣撃で相手の攻撃ごと叩き斬る。

 ニールは力強く踏み込んだ。地面に小規模なクレーターを生み出し、前傾姿勢で前に――

 

「――――あ?」


 ――――瞬間、激しい痛みと共に体勢が崩れた。

 前に投げ出されるように吹き飛ぶニールが抱いたのは困惑であった。

 どこかぼんやりとした視界の中で、己の体が宙を待っている。おかしい、なんだこれは。まさかこの期に及んで足を滑らせて転んだのか? それとも体が限界を迎え、全身の力が抜けてしまったのか?


(おかしい、なんでだ、俺は、真っ直ぐ、あいつに――)


 微かな残った思考能力で必死に現状の解明に務める。

 他者からの攻撃か? いいや、違う。痛みも、血が流れ続けているのも両脚だけだ。もし転移者の誰かがスキルを使ったのなら、この程度のダメージでは――


(ぁ――)

 

 ――そこで、気づく。

 両脚が、痛い。痛いまま、血液が絶え間なく流血していくのを感じる。傷が治癒されていないのだ。

 何故――そんな疑問の答えが、視線の先にあった。

 そこにはカルナとノーラが、連翹が居た。

 驚愕の表情を浮かべながらニールを強化し続けるカルナが、

 苦悶の声を漏らし蹲るノーラが、

 そんなノーラを支える連翹が。

 ノーラの足元には、理不尽を捕食する者デバッギング・ダーリングトニア。木目調でありながら金属光沢に近い輝きを放つそれは、血で汚れていた。

 そして、ノーラの右腕。先程まで篭手に覆われていたであろう部分も、また――内側から破裂しかかのようにぐちゃぐちゃな赤と白の混合物と化していた。 

 それは、女神の御手(コード・グロリアス)の副作用。理不尽を捕食する者デバッギング・ダーリングトニアによって抑え込まれていた、本来の効果。

 転移者の規格外チートを受け止める器をノーラは有していない。もしも取り込めば、内側から破裂するだけ。

 何も難しいことはない、ノーラはその理によって右腕が破裂したのだ。


(ああ――)


 納得した。

 ノーラはとっくに限界を迎えていて、それを更に酷使してしまったがゆえの現状がこれだ。

 両脚はもはや癒えることはなく、ニールはただ崩れ落ちるのみ。

 それは、蝋の翼で飛翔した結果、大海原に叩きつけられた愚か者のように。

 ニールもまた、分不相応なことをした愚か者として地面に横たわるのだ。

 愚者として、敗者として、当たり前のように。

 なんて無様な最期か。


「――終わりだ。おれの、勝ちだ」


 されど、孤独の剣鬼(オンリー・ワン)は嗤わなかった。

 悲しげな笑みを浮かべながら、しかし心からの感謝を呟き――剣を振り下ろす。

 死の間際にあるせいだろうか、時間が酷くゆっくりと流れていく。地面に落ちようとする自分の体も、その首を落とそうとする孤独オンリーの斬撃も、全て全て。

 今度こそ、もう駄目だと思った。仕方がない、とも。

 やれるだけのことはやった。その結果、孤独の剣鬼(オンリー・ワン)という最強の剣士を追い詰めたのだ。

 最低限の仕事は果たした。後は、アレックスたちがなんとかしてくれるだろう。

 なら、もうこれで良い。


「――ニールッ!」


 そう思った矢先、声が聞こえた。

 ノーラを支えながら、真っ直ぐこちらを見つめる娘だ。

 紺色の水夫服とスカートをかけ合わせた奇妙な衣装の上から、軽装の鎧を纏った女であった。

 彼女の瞳には心配の色はあったが、しかし絶望の色は無い。

 確かに両脚が吹き飛んだのは心配だ。だけど、ここで終わるはずがない。ニール・グラジオラスという男がこの程度で終わるはずがないのだと、その瞳は叫んでいる。

 ここからまた無茶をやって、どうにかして勝利をもぎ取って来るのだと――そんな確信めいた信頼があった。


(そうだ――まだだ――!)


 ああ、あんな眼差しを裏切るワケにはいかない。

 それに――約束したではないか。


『ちゃんと生きて戻って来てね』、と。らしくもない乙女のようなことを言った彼女に。

『全力で努力する』、と。確約こそ出来ないが、ニール・グラジオラスが出来る全てを以てそれに応えようとすると。

 

 ゆえに、それを違えるワケにはいかない。たかだが両脚が無くなった程度ではないか。まだ腕は動く、頭も働く、死んでいない。

 そして何より――まだ、彼女に対して言いたいことがある。

 上手く言葉にならないが、全てを終えた後、彼女を打ち倒して言ってやりたいと思うのだ。

 だから、ここで斬首されるワケにはいかない。

 これ以上無意味? 治癒能力も失われ、一太刀で終わる? ここから足掻いたところで惨めなだけ?

 

 ――そのような賢しい理屈、知ったことか。


 これは勝負だ。互いに全力を出し切る、真剣な戦いだ。

 ならば、ここで止まることなどありえない。

 まだ腕は動く、心臓も動いている、頭も繋がったままだ。生きているのだ。

 ならば、ここで諦めることなど、出来るはずもない――――!


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