230/孤独の剣鬼/7
「テメェ、俺を誰だと――」
「はいはい、知らないし知るつもりもないから黙ってて」
連翹は疾走し、剣を振るう。
それだけで、こちらを指差し喚き立てる転移者を斬り倒すことが出来た。
連翹は現状、スキルの使用を封印しているが――それがハンデになるはずもない。慌ててスキルを発声しようとする転移者の距離を一息で走破し、一太刀で勝利を掴む。
別段、連翹と名も知らない転移者の間に圧倒的な身体能力の差があるワケではない。むしろ、ノーラに充電して貰わなければ規格外が使えない連翹よりも、正しく機能を使っているその転移者の方が無駄がない分、優れている可能性さえあった。
それでも連翹が簡単に勝利を掴めたのは、なんてことはない、体の動かし方と戦闘経験の差だ。
だが、それを誇ることなど出来やしない。
(だって――こんなの、ただの弱い者いじめじゃない)
遅い、鈍い、弱い。
規格外によって体を強化され、特別な技を扱えるようになっているだけで、動きが地球時代の不良生徒程度だ。
そして、精神性も、また同様。自分よりも遥かに弱い相手を恫喝し、力を振るい、愉悦に浸る――それだけの小物だ。
無論、相手が規格外を有している以上、油断など出来るはずもない。ナイフをひけらかしている程度の相手でも、ナイフそのものは怖いのだから。
ゆえに、連翹は一人一人、確実に転移者を昏倒させ、ノーラたち周辺に放り投げていく。
大勢を相手取って、一気に捕まえる――とも考えたが、すぐにそんな思考は捨て去った。
確かに連翹はそこらの転移者に比べて技があるし、スキルを使う間もなく倒すことが出来る。だが、連翹の剣は未だ見習いの領域だ。この程度で調子に乗ってしまったら、自分が叩きのめした転移者となにも変わらない。
ふう、と頬を伝う汗を拭いながら視線をある場所に向ける。
そこは、間断なく鋼が衝突する硬質な音が、地面を踏み込む力強い音が、刃が肉を斬り裂く鋭利でありながら水っぽい音が鳴る場所――ニールと孤独の戦場だ。
孤独は既に速度に慣れ始めて居るのだろう、ニールの体には無数の裂傷が刻まれていた。鎧は斬り砕かれ、衣服は散り散りに破かれて、傷一つない筋肉質な体を晒している。ノーラの女神の御手が無ければ血まみれに――いいや、そもそもあれだけ切り刻まれていたらとっくの昔に死んでいるだろう。
だが、ニールは生きている。ダメージによる痛みに時折顔を歪めながら、しかし獣めいた笑みを浮かべて剣を振るい続けている。
「……数ターン耐えきれば勝利、みたいなバトルのボスキャラみたいになってるわね、ニール」
規定ターンが過ぎれば自滅する類のボスだ。無理なパワーアップをしている現状も相まって、そんな連想をしてしまう。
ならば、孤独の剣鬼は地力で勝利を目指すやり込みプレイヤーの類だろうか。
ふと思い浮かんだ冗談のような喩えだが、しかし的外れというワケでもないだろう。
なぜなら――剣もゲームも、孤独にとっては似たようなモノだと思えたから。
数ある娯楽や趣味の中から剣の道を選び、その道を歩むのが楽しくて真っ直ぐやりこんでいる。傍目から見れば狂気じみているが――どのようなモノであろうと、極めに極めれば他者から見れば狂気に映る。なにもそこまでやらなくたって良いじゃないか、と。
だからこそ、彼は嘆いたのだろう――ここまで極めても対戦どころか共闘してくれる相手すらいない、と。
だからこそ、彼は求めたのだろう――剣と魔法の異世界でなら、己と競い合ってくれる相手がいるはずだ、と。
だからだろう。
ニールの刃を凌ぎ、反撃する彼の顔が――友人と遊ぶ童子のように見えるのは。
刃の協奏曲は終わらない。
残像を出す速度で、地面を砕きながら疾走するニールの剣は、しかし尽くが回避され、受け流される。ニールよりも数段、否数十段は遅い速度だというのに、化け物じみた先読みによってニールの剣を紙一重で回避しているのだ。
対し、ニールは極限まで膨れ上がった身体能力を制御することによって、より速く動き、より鋭い斬撃を放ち孤独を押し込んでいく。
孤独が上回ればニールが更に速度を上げ、ニールが速度を上げれば孤独は己の技を更に研ぎ澄まし喰らいついていく。
勝負の天秤は、未だ大きく揺れ動いたまま、止まることはない。
「……楽しそうにしちゃって、あたしとの約束覚えてるのかしら」
孤独と鍔迫り合いをするほんの一瞬、ニールの心から楽しそうな笑みが見えて――少し、苛立つ。
せっかく勇者の帰りを待つお姫様みたいなガラじゃないセリフを言ったっていうのに、忘却しているんじゃないだろうかあの男は。
これは絶対、後で追求しなくては。
そう、絶対に。
「――全力で努力するって言ったんだもの、実質約束したのも同然なんだから」
ニールは確かに無茶無謀を躊躇いなく実行する男ではある。
けれど、心にもない大嘘を吐く男ではない。
ニールは確かに孤独の剣鬼に必ず勝利するなどとは言えなかったが、しかし絶対に自分では勝てないとも思っていないはずだ。もしそうだったら、努力するとすら言わなかっただろう。
だから――信じてノーラたちを手助けする。
あの脳剣馬鹿男が勝利という道を切り拓き、戻ってくることを。
◇
――――■■■■■が剣に触れたのは、小学校に上がる少し前のこと。
実家に存在した古びた道場で、父であり師でもある男が無心で型稽古をする姿を見たのが切っ掛けであった。
その時、特別剣に関して思い入れがあったワケではない。
ただ、戦隊モノのヒーローがピカピカと光って格好良い剣を持っているのを見て、「ああ、そういえば家にも剣があったっけ」と道場を覗いたのだ。
その時は特別、物凄く心が惹かれたとか、己の人生をこれに捧げようと思ったワケではなかった。むしろ、ヒーローが持つ剣に比べて地味だなぁ、と思った程だ。
――けれど、同時に綺麗だな、とも思ったのだ。
無駄を省いた父の動きには派手さは無くて、格好いいと思った剣とは違ったけれど。
それでも、無限に広がる大海原とか、青々と萌える山々だとか、そんなモノを見た時の感動にも似ていたのだと思う。
派手さはなく、何か劇的な何かがあったワケではない、ただ、心の中に染み入った。
だから、父が稽古を終えて休憩するがいなや、父に駆け寄ったのだ。
――とてもきれいですごかった、と。
――おれにも、あんなことが出来るようになるかな、と。
普段なら道場で騒ぐなだとか、ちゃんと礼をして入れだとか、そんな風に怒っただろう。
だが、自分のキラキラとした眼を見て、瞳が映す憧れを見て――厳格であまり笑みを浮かべなかった父が、にこりと微笑んだ。
『ああ、もちろんだ――真剣に剣と向き合えば、必ずな』
当時はその言葉の意味を深く考えなかった。ただ、自分にも出来るのだという部分だけを聞いて子供らしくはしゃいだモノだ。
その後は体が出来上がるまで最低限の運動と簡単な素振りを教わり、徐々に、徐々に、剣士として己を指導してくれた。
『真剣に打ち込んでくれるのは嬉しいが、剣ばかりに熱中しすぎるのも良くない。勉強をしろと言っているワケではないぞ、様々なモノに触れて視野を広く持てということだ。友人と遊んでも良いし、一人で何かを作ってみるのも悪くない。……ああ、無論だが勉強をしなくても良いと言っているワケではないぞ』
良き父であった。
休日、剣にばかり熱中する自分を遊びに連れ出してくれたし、ゲームやマンガなどといったサブカルチャーも欲しがれば誕生日やテストの結果が良かった日に買い与えてくれた。
頭でっかちにならぬよう、知識に偏りが出ないよう、友人と仲良く遊べるよう、色々と手をつくしてくれていたのだ。
家族として好いているし、尊敬もしている。
ああ、だから――そんな父の信頼を裏切った畜生が許せない。
切っ掛けは高校生の頃。
もう自分に教えることなど無いと、ゆえに磨き抜いた剣の使い道を教えると言われた時のことだ。
正直に言えば、当時の自分は酷く馬鹿げた空想を抱いていた。
実は現代社会の裏には妖魔などが居て、それを斬るための刃なのだ、とか。
裏社会では今も侍たちが存在し、互いに競い合い技を高めあっている、とか。
中学生の妄想レベルの恥ずかしい話だが――しかし、そのようなことを考えてしまったのは、理解していたからだ。
この現代社会に、己が剣を振るう場所などないと。
どれだけ剣を極めても、戦うべき相手も倒すべき敵も存在しないということを。
だから、馬鹿げた期待をしてしまったのだ。
自分が好いた、自分が綺麗だと思った技は、この世のどこかに振るべき場所があるのだと。
『武とは矛を止めると書く――後世の創作だが、今の世の中ではこれが一番しっくりと来る。当然だ、現代において武術などただの暴力なのだからな。だからこそ、皆が矛を収める必要があるが――力なき者がそう言ったところで誰も聞きはしない。力を持つ者が率先して実行するからこそ、他の者も付いて来るのだ」
ああ、父を尊敬していたのは事実だ。
父が語った言葉の意味も、理解出来ていないワケではない。むしろ、現代日本という社会の中では圧倒的に正しいのだろう。
――だが、嫌だと思った。
おれはいやだ、と。
せっかく磨いた技術を錆びつかせたくない、と。
もっと、もっと、切磋琢磨して上を目指したい、と。
――それが、紛争地帯へ行く切っ掛けだった。
日本が駄目なら世界だ。
日本が平和なら紛争地帯だ。
我ながら頭の悪すぎる思考回路だったが、この行動は幸か不幸かトントン拍子で進んで行った。
だからこそ、父が気づけたのは最後の最後で――自分を止めるために真剣を持ち出した。
止まらねば斬る、息子が修羅に堕ちる前に幕を引いてやると。
――ああ、父は尊敬していたが、この一点のみは節穴と言わざるをえない。
なぜなら――自分は剣を振るう姿を見て『綺麗だ』と思ったその時から修羅だったのだから。
ゆえに、斬った。本気で殺しに来る父を、師を、全身全霊の太刀で斬り殺した。
痛快だった! 爽快だった! これが人を斬るということか、剣士として他者を討ち倒すということなのか!
ああ――なんて、罪深い畜生なのだろう。父を殺して抱く感情が、これか。
父は愛していたし、尊敬していた。もう、二度と会えないという現実は悲しい。
だが、それよりも――剣士として死力を尽くしたあの瞬間の方が大事だったのだ。
――ゆえに、自分に名はない。
それを名乗る価値など、この畜生には存在しないのだから。
そうだ、ここに居るのは一人の剣鬼。
我欲のために人を斬る、罪深いロクデナシだ。そんなこと、自分が一番よく理解している。
だが、そう成り果ててでも辿り着きたい場所があった、歩みたい道があった。
だから、悲しみや自己嫌悪はあれど、後悔など存在しない。そんな感情、抱いて良いはずがない。
(ああ、だけど――恐怖だけは、一度)
それは、全てが嫌になった日のことだった。
紛争地帯を練り歩いて、斬って、斬って斬って、斬って斬って斬って斬って斬り続けて、それでも満たされなかったから戦場を見限ったのだ。
幸か不幸か、それを止める者も、止められる者も居なかった。だから、ただ無目的に放浪の旅に出たのだ。
もしかしたら、どこかに隠れた武芸者が居るかもしれない。
もしかしたら、秘境に住む仙人のような実力者が居るかもしれない。
そんな、子供の妄想じみたことを考えながら。
そんな、現実逃避を続けながら――見つけたのだ。
中国のとある地方の山奥に、一人の男が武を極め続けている、と。
歓喜した。嬉しかった。探し求めていた人が居たのだ!
その山のどこに住んでいるのかは分からなかったけれど、居ると分かれば探すのは苦ではない。延々と、延々と延々と草の根をかき分けるように探し続けた。
その時、ようやく古めかしい家屋を見つけた時の喜びは筆舌に尽くし難いほどのモノであった。
ああ、人の気配がする、そこに誰かが居る!
そう考えた瞬間、これから挑戦する者としての礼儀など一気に蒸発して、家屋の中に踏み入ったのだ。おれだ、おれが来た、おれが挑戦者だと、拙い言葉で叫んだのだ。
――けれど、そこに居たのは独り身の老人で。
杖が無ければ動けないほど衰えた、弱々しい男が居るだけだった。
その男は、突然現れた自分に対して驚くことなく、罵ることもなく、ただ――申し訳なさそうに、それ以上に悔しそうに呟く。
『すまんなあ、すまんなあ』
その男は、衰え切ってはいるものの武芸者であった。
衰えていても自然と間合いを取る足さばきが、岩のように固くなった掌が、よく手入れされた槍が、言葉以上に雄弁に自分に教えてくれたのだ。
『あと十年……いいや、五年前なら、まだ体は動いたというのに――無念だ、ああ、無念だ……儂は、ようやく訪れた挑戦者に、なにも、なにもしてやれん』
そう言って、老人は静かに涙をこぼした。無念だ、無念だ、と。
孤独に武を極め続けた男は、それを存分に振るうことなく衰え切っていたのだ。
自分は――その姿が、その涙が、怖くて怖くて仕方がなかった。
確かに、こんな世の中にも武を極める者は存在するのかもしれない。
だが、自分が生きている間に、体が動く間に出会えるのか? 本当に?
かつては屈強な戦士であった老人と同様に――無念無念と呟きながら、心ゆくまで戦うことすら出来ず、無意味に死ぬだけなのではないか?
その老人といつか訪れる自分の未来を重ね合わせて、絶叫し、逃げ出した。
怖い、怖い、怖い――死ぬことなど怖くない。けれど、父を殺して、家族を殺して、紛争地帯で慕ってくれた者を斬り殺して、その果てに何もない、なんて。
それでは、なんのために自分は大切なモノを斬り捨ててきたのか。
それでは、なんのために自分の大切な人たちは死んでいったのか。
ああ、だから――惨めったらしく願ったのだ、強く強く。
かみさま、かみさま、お願いします。明日死んでもいい、拷問された挙句に豚のエサにされたとしても文句は言わない。
だから、どうか――どうか戦いの場をください。
それ以外に、望むモノなど何もないのだから。
――そんな時、声が聞こえたのだ。
異世界の神とやらの声が。
自分を異世界に転移させてやろうという言葉が。
幻聴かどうかなど関係なく、一も二もなく頷いた自分は、この世界にやって来たのだ。
剣と魔法のファンタジーくらいは学生時代に知っていた。当時の友人に作家になろうというWEBサイトを教えて貰い、別世界に行く物語にも親しみがあったから迷う理由など皆無だった。
ゆえに、戦乱の中で剣を振るえるのだと、そう思ったのだ。
(ああ、けれど――新天地も思いの外平和で)
ゆえに、この世に自分の居場所など存在せず、自死するのが一番賢い選択だと思い――だからこそ、そんな自分を必要としてくれて、自分では考えつかなかった未来を指し示してくれた雑音語りに対して強い恩義を感じているのだ。
だって、雑音と出会わなければ組織を運営することなど思いつかなかったし、思いついたとしても実行することなど出来なかった。
そして何より強く思うのは、雑音と出会わなければ――彼に、ニール・グラジオラスという少年に出会うことなく命を断っていたのだから。
彼が居たから、自分はここに立っている。彼が居たから、自分は本気で戦えている。
ゆえに、ああ――雑音語りよ。
自分以外の全ての人間が彼を惨めな道化と、醜悪な小物と罵ろうとも――自分だけは、彼を無二の友と思おう。
「まだだぁ! 俺はまだやれるぞ孤独ィィイイイ!」
回想する意識の余裕すら許さぬという速度で、ニールが迫る。
当初はギリギリ目で追えていた彼の動きは、しかし今はもう認識することは不可能だ。踏み込んだと思ったら既に剣を振り下ろしていて、見てから回避など不可能だ。
だが、ただ疾い程度で剣士を倒せるはずもない。筋肉と視線の動き、踏み込む直前の前動作、呼吸のリズムから攻撃のタイミングを割り出し回避し、受け流す。
もはや防御など出来るはずもない。真正面から受け止めたら腕がへし折れるか妖刀が折れ砕けるか、二つに一つ。
だが、こちらとて防戦一方ではない。そんな後ろ向きな真似、本気で向かって来てくれた少年に対して失礼だ。
受け流した瞬間に刃を閃かせ、眼球を狙い剣を突き出す。
高速で超再生し続けるニールに対し、脳みそに届く攻撃以外はもはや牽制にしかならない。ゆえに、必殺の一撃は必ず頭部に吸い込まれ――
「まだ――だぁ!」
――ニールはそれを、振り向き様に叩き落とす。
急制動した軸足が砕け、ねじ曲がり、力強く絞った雑巾のような様相になった。ニールの表情が、耐え難い痛みに歪む。
ああ、そうだ。痛いはずが、苦しいはずだ、自ら進んでそんな真似、本当ならしたくないはずだ。
だというのに、彼はそれを行った――自分と戦う、ただそれだけのために。
ああ、だから――この少年から目を逸らすことなど、出来るはずがない。
周囲から感じる殺気の質は理解出来る。ニール・グラジオラスに勝利した瞬間、周囲の敵が一斉に攻撃してくることくらい百も承知だ。
体力を温存すべきだと、そうしなければ勝利したところで死ぬだけだと冷静な自分が警鐘を鳴らしている。
けれど――それがどうした。
たかだか死ぬ程度のことで、この刹那を投げ出せるモノか。
嬉しくて、嬉しくて、涙が出てしまいそうで――けれど、そんな余分で動きを鈍らせるワケにはいかない。
相手は本気だ。本気で、自分に立ち向かってきてくれているのだ。
だから――自分もまた、本気にならなくてはならない。
相手が本気でやっていることは、茶化さず本気で向かい合う。
こんなの、コミュニケーションの基本だろう? 子供だって分かることだ。
「どうしたぁ! 動きが鈍ってんじゃねえか――孤独ィ!」
少年の眼が自分を射抜く。
その熱意と殺意が入り混じったその輝きを見て、冷静になんてなれるはずもない。
だって、ずっと求めていたのだから。
自分に本気で向き合い、戦ってくれる誰かを。
本気でぶつかり合い、本気で勝ちたいと願ってくれる誰かを。
一度負けた程度で、一瞬見せた本気ぐらいで戦意を失わない誰かを!
「ははっ、はははっ、ははははははははははははっ! 悪い悪い、こんな時に昔懐かしむなんて――酷く、もったいない!」
この瞬間、死んでもいいと思った。
目の前の少年に敗北するのなら本望だと思った。
思った、けれど。
それほどの相手に勝利した、その瞬間――どれほどの歓喜に包まれるのかと思うと、技は冴え渡るばかり。
仮に、その喜びが一瞬のモノでも。
斬り殺した後は後悔しか残らずとも。
それでも――剣士とは刹那を生きる者であるがゆえに、勝ちたいと願う。
最高の戦いを最高の勝利で飾るために、剣を振るい続けるのだ。




