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227/孤独の剣鬼/4


 ――人とは求め、欲するモノだ。


 欲望と言えば下卑たモノにも聞こえるが、しかしそれは生き物が高みを目指すために必要な欲求である。

 何かを欲し他者を傷つけるのも欲望だが、何かを得るために己を磨くのもまた欲望によるモノだ。

 

 だから、孤独オンリーの欲望もまた、本来ならば正しいモノなのだろう。


 もっともっと強くなりたい、もっともっと上を目指したい――その想い自体は決して間違いではないのだから。

 ゲイリー・Q・サザンもまた、若い頃はその欲望の赴くままに大陸を駆け巡ったモノだ。

 もっともっと強く、もっともっと高みへ。

 

 ――そうやっていれば、それを振るうに相応しい相手が現れると、盲目的に信じて。

 

 けれど、そんな未来など存在しないことを、今のゲイリーは知っている。

 大きな争いが終わったこの大陸に、鍛えに鍛えた技を振るう機会など存在しない。

 ゆえに、ゲイリーは諦めた。

 友に諭され、胸を焦がす衝動をそのままに生きていくことを決めたのだ。

 

(ゆえに――ボクが終わらせよう)


 着流しに羽織を纏った剣士を真っ直ぐ見つめ、ゲイリーは強く心に誓う。

 あれは『もしも』の自分だ。

 若い頃にクレイスのような友人と出会えず、欲望をひたすら肥大させた結果、雑音ノイズという小悪党に破裂させられた成れの果て。

 説得は不可能だと確信した。

 なぜなら、彼は今、人生の絶頂であるのだから。

 抑圧された欲望をなんとか開放しようとしたものの、失敗したあげく間違った方向に誘導された彼は――今、人生で最高の絶頂を迎えている。

 言葉でどうにかなる時は過ぎ去っている。レゾン・デイトルなどという馬鹿げた国を建国する、ずっとずっと前、きっと転移する前から彼は破綻してしまったのだから。

 

「――雷華」


 ゲイリーは一息で間合いをゼロにすると、雷光めいた刺突を孤独オンリーに放つ。

 だが、孤独オンリーは刃で受け流し――ゲイリーの突進の勢いを利用し回転しながら斬撃を放つ。

 

(ノエルの――エルフの剣か!)


 更に距離を詰め、刃の内側に滑り込む。勢いのない内側の刃が背中を甲冑越しに叩く。

 やはり、問答無用で相手を両断する規格外チートな筋力は彼にはない。相手はただの人である以上、勝てない道理はないのだ。

 内側に踏み込みながら左手を強く握りしめ、大きく振るうことなく体当たりの勢いでぶち当てようとする。

 

「お、っと」


 孤独オンリーは背中に接触した刃を支点に跳ね跳んだ。

 即座に振り返りながら斬撃を放ち――金属音が高らかに鳴り響く。その衝撃で宙をくるくると回転した孤独オンリーは危なげなく着地し――


「雷切」


 ――瞬間、地面から射出されるように加速した。

 人間相応の速度から一転、弓矢やカルナやドワーフたちの鉄咆てつほうめいた速度で、しかしジグザグにフェイントを入れながら間合いを詰めてくる。

 その速度だけを見れば規格外チートを有した転移者と遜色ない。いいや、体の動きが最適化されている分、彼らよりもいくらか疾いくらいだ。

 ゲイリーとて、初見ならば対処を誤る可能性もあた。

 

「だが――見誤ったな!」


 そう、初見ならば。

 だが、ゲイリーは既に二回その技を見ている。目はとっくに慣れているし、仮にその二回よりも疾い速度を出そうとも対処できるよう警戒もしている。

 結果――雷めいた斬撃は避雷針の如くゲイリーの剣に吸い込まれ、受け止められていく。

 

「ははっ――力強く、そして上手いな! 最悪、あれで決着が着いてしまうかと思っていたんだけれどね!」


 己の体を射出し、射出し、射出し――高速でゲイリーの周囲を移動しながら剣を振るうも、全て真っ向から防がれてしまう。

 その事実に孤独オンリーは悲嘆するどころか、はしゃぐ子供のように笑った。


「見くびるな、この程度で最強の騎士の称号は得られんよ」


 ゲイリーは笑わない。笑えない。ただ、兜の中で顔を顰めるのみ。

 なぜなら、彼の気持ちが理解できたから。

 時に楽しみ、時に必死に磨いてきた己の技。それを振るべき相手と出会えた喜び。自分がかつて捨てたそれを得た彼の心境が手に取るように分かる。いいや、分かってしまう。

 楽しい、嬉しい、可能な限り長くこの刹那を味わい尽くしたい。その結果、自分が死んだとしても、何一つ惜しくはない。自分はこのために生きてきたのだから! と。


 ――ギリッ、と歯を食いしばる。

 

 少しだけ羨ましいと思った心を、共感によって緩む体の動きを、内心で一喝して引き締めた。

 なるほど、目の前の男は自分と近しいのかもしれない。

 心から楽しそうに笑う彼を、僅かに『羨ましい』と思う心も、無くはない。

 だが、孤独の剣鬼(オンリー・ワン)は破綻した悪鬼だ。無辜の民を犠牲にし、クレイスを殺し、今もゲイリーを殺そうとしている。

 彼をそのまま放置することなど、出来るはずもない。

 ゆえに、全力で屠るのみ。孤独オンリーが破綻した自身の末路を映す鏡なのだとしたら、自分は真っ当に生きた可能性の鏡像として彼を打ち倒す。

 それがきっと、ゲイリーに与えられた使命だろうと思うから。

 

 ――しばしの沈黙の後、再び金属音が連なって響いた。


 踏み込む、斬る、斬る、殴る、回避、防御、そしてまた鋭く踏み込み距離を詰める。

 全てに殺意を込めて刃を振るい続ける。フェイントも、回避も、全て目の前の男を倒すための布石だ。ゆえに、全て等しく相手を殺すためのモノであり、殺気を発するに値するモノである。

 それを見て納得したように頷き、笑った孤独オンリーは――ちりっ、と頬を僅かに切り裂かれた。

 

「凄いな、まだ疾くなる、まだ上手くなる――まだ楽しく競い合える(戦える)!」


 自分に刻まれた微かな裂傷など欠片も気にすることなく、踏み込み、斬る。受け流し、回避し、雷すら切り落とす速度で踏み込み間合いをゼロにする。

 鳴り響く刃と刃が衝突する金属音は収まることなく、ただひたすらに加速していく。

 それは、友人同士が会話に花を咲かせるように。談笑に夢中になり、声が大きく、早くなっていくように。

 剣と剣によるコミュニケーションは既に二人の世界を形作っており、他者を招き入れることなどありえない――距離を取り、二人が戦う様を見つめるアレックスはそう感じていた。


「馬鹿がぁ! 敵はそいつだけじゃねえんだぞ、両方共死――がっ!?」


 それに気づかぬ転移者が『ファスト・エッジ』を放ち二人に斬りかかるが――間合いに入った瞬間、二つの刃が転移者を両断した。

 馬鹿め、とアレックスは顔を歪める。その程度の実力であの戦いに割り込めるモノか、と。

 恐らく、二人は間合いに入った転移者を認識すらしていまい。ただただ、自分の間合いに無防備な相手が居たから攻撃した、ただそれだけ。極限にまで冴え渡った集中力は眼前の相手に注がれていて、場違いな雑魚など認識するリソースは残っていないのだ。

 ゆえに、彼らの戦いは酷くシンプルなモノであった。

 間合いを詰め、攻撃しする。

 受け流し、カウンターを放つ。

 それに対し更に踏み込みながらカウンターを放ち、しかし防がれる。

 剣を振るうことの出来ない距離で、互いに拳を振るう。孤独オンリーが刀の腹で受け止め、ゲイリーが鎧で凌ぐ。互いに己と相手の打撃の衝撃を利用し距離を取り、また再び踏み込み斬り合う。

 傍目から見ていれば同じことの繰り返しに、あるいは型稽古のようにも見えた。

 だが、違う――動きは微かに違うし、互いの殺意は収まるどころか膨れ上がるばかりだ。互いに相手の隙を狙い、最善手の行動をしているため行動が似通っているのだ。

 互いに頂点と呼べる程の剣士だからこそ、互いに大技を繰り出せない。そのような隙、見せられるはずがないのだ。

 ゆえに、彼らの戦いはシンプルで、地味に見える――剣術に全く通じていない者であれば。

 

「キンキンキンキン喧しいんだよ! とっととくたばれ――『クリムゾン・フレア』ァァア!」


 ゆえに、とっくの昔に白けていたらしい転移者たちが一斉にスキルを発声した。

 本質の全く見えていない愚か者ではあったが、しかしその行動は決して間違いではない。

 互いに目の前の相手に集中している以上、遠距離攻撃の対処が遅れる。ならば問題ない、安全圏から魔法を叩き込めば良い。

 アレックスとて、その程度は考えた。だが、それでも実行しなかったのはゲイリーを巻き込むワケにはいかなかったからだ。

 けれど転移者たちはそのような心配を抱く必要は無い。孤独オンリーは倒すべき詐欺師であり、ゲイリーはどうでも良い現地人なのだから。どちらもまとめて焼き払っても問題ないのだ。 


「第四秘剣――地鳴じなり


 ゲイリーの斬撃を受け流しつつ、孤独オンリーは刀の切っ先を地面に突き立てた。闘気が地面に流れ込み、周辺の地面が大きく揺さぶられる。

 結果――周囲でスキルが暴発を開始する。

 スキルを放つ直前の動きが固定された状態から地面を揺さぶられたのだ。多くの転移者が転倒し明後日の方向にスキルを放つか、前のめりに倒れた結果地面にスキルを放ち爆散していく。

 それでも、転移者の身体能力で必死に踏ん張り狙い通りにスキルを放った者も居た。


「――冷める真似するなよ、弱虫ども」


 だが、凍えた声と共に孤独オンリーが放った飛ぶ斬撃――獅子咆刃ししほうじんによって両断され、空中で爆散する。

 ひっ、と。

 複数人の魔法スキルを全て対処されたことにひるむ転移者たちを見て――


「遠距離武器や魔法はおれの趣味じゃないけれど、悪く言うつもりはない。でも戦っているっていうのにここなら安全で楽だって、自分は死なないって考えるなんて――君たちは戦いを馬鹿にしているのか? おれも、君たちも、次の瞬間等しく死ぬ可能性がある。相手を殺す以上、自分も殺される可能性を許容するのは戦いの大前提だろうが――!」


 ――第一秘剣・雷切によって己の身を射出し、一刀で先程の転移者たちの首を切り落とす。

 疾い――先程までゲイリーと斬り合っていた時より、なお早く。

 恐らく、孤独オンリーは彼らに対して競い合う(戦う)価値を見出さなかったのだろう。だが、せっかくの真剣勝負に水を差すのならば話は別だ。残らず殺す、と。


「……まだ切り札があったか」


 ゲイリーは飛来した『クリムゾン・フレア』を撃ち落とした後、孤独オンリーに問いかけた。


「ああ。直撃を喰らえば死ぬからね、おれは。遠距離特化に囲まれた場合の対抗策くらい持っているよ」


 まだ意識のある転移者の頭部を蹴り飛ばして視界の外に捨てながら、孤独オンリーは刀を担いで得意気な笑みを浮かべた。

 おれはやれる、まだまだ戦えるぞ、と。

 彼の想いに応えるように、担いだ刀が薄紫のオーラをゆらり、と靡かせた。


「……最初、それに飲まれているのかと思ったが」

「飲まれる? ……ああ、これかい? いいだろう、手入れしなくても切れ味は鈍らないし、血が着いたまま鞘に収めてもそれを啜ってピカピカにしてくれるんだ。刀の手入れは苦じゃないけれど、連戦で切れ味が鈍らないのは良い。最高の刀だよ、これは」


 ――それは、世間一般で言うところの『血を啜る妖刀』ではないだろうか?

 だからこそ、ゲイリーは孤独オンリーが『妖刀に魅せられた結果』なのではないかとも考えていたのだ。

 だが、彼は操られた者にあるような不自然さはなく、刀もまた主人の想いに応えるように刃を煌めかせている。じゅるり、じゅるり、と刀身に絡みついた血と脂を啜りながら。

 

「解せないな――どうやってそんな危険な代物を御した」


 喜々として人の血肉を食らう妖刀。

 恐らく、魔法王国時代に作られた奴隷用の剣などではなく、日向で生みだされてしまった制御不能の呪物だろう。

 ゲイリーは一度、そんなおぞましい魔剣を見たことがある。違法奴隷を数多く飼っていた商人の屋敷に踏み込み、その際に血迷った商人が苦し紛れに握ったのがそれであった。

 魔剣は一瞬で使用者の精神を喰らい尽くすと人間ではなく全ての命を憎む怪物と化してゲイリーに襲い掛かってきたのだ。 

 それに対処できたのは、『己の宿敵を探す』という若気の至りによって鍛え上げられた剣士としての技量があったからだ。そうでなければ、一閃で叩き斬られていたか、新たな宿主として精神を喰らい尽くされていたことだろう。

 

「……? いや、時々そんなことを聞かれるけどさ――武器である以上、道具である以上、御せて当然じゃないか?」


 だが、孤独オンリーは心底不思議そうな顔でこちらに問いかける。

 妖刀であろうと、意思を持っていようと、武器は武器。人が扱うように作られたモノである以上、御せない道理はないのだと。


「ただ、手に入れた頃は『女子供の血を寄越せ』って煩くてね、しつけ代わりに一年モンスターすら斬らず丸々型稽古に費やしたよ。『斬るべき相手はおれが選ぶ』、『おれの戦いに余計な邪念を混ぜるな』ってさ」


 ――妖刀が帯びる薄紫のオーラが、僅かに揺らめく。

 怯えるように、ひれ伏すように。


「半年くらいはおれを罵って、操ろうとしてたんだけど――それが出来ないとなると、懇願し始めてね。でも、その懇願から半年、無視して鍛錬を行った。中々有意義だったよ、地球用の剣術を異世界用の剣術に変更することも出来たし――妖刀は二度とおれに逆らわなくなった。ほら、簡単だろう?」


 そうなれば後はペットのようなものだ、と孤独オンリーは刀身の腹を愛でるように撫でた。

 定期的にモンスターや賞金首を斬り殺せば餌にも困らないからね、と。


「そもそも、君たちの前提がおかしいんだよ。魔剣や妖刀に飲まれるなんて、それはただ単に精神鍛錬を疎かにしていたってだけだろう? その程度の誘惑、鍛え上げた心技体でねじ伏せるのが剣士という生き物じゃないか」


 違うかい? と問いかける彼に、ゲイリーは頭が痛くなるのを感じた。

 皮肉、ではない。現地人は弱いなと嗤っているワケではない。

 彼は本心から――本気で鍛えた剣士なら、魔剣や妖刀如きに負けやしないと言っているのだ。


(無茶を言う)

 

 簡単にそのようなことが出来るのなら、とっくの昔に魔剣や妖刀は有効利用されているだろう。

 そんな真似が出来ないからこそ、魔の剣と、妖かしの刀と恐れられているのだ。

 無論、孤独オンリーのように抵抗し、屈服させることが出来る者も数多く居るだろう。決して彼だけが特別なワケではないのだ。

 だが――自ら進んでそのようなリスクを冒す者が数多く居るはずもない。

 鍛えた心技体があるからこそ、そのような邪道に手を伸ばす必要がない――いいや、違う。


(そのような無茶をして、今までの努力を台無しにはしたくないし、死にたくはない)


 成功すれば強い剣を手に入れ、失敗すれば精神を喰らわれ人格が消滅する。

 そのようなギャンブル、たとえ勝利の目があっても出来るはずもない。今の大陸はそれなりに平和で大きな戦いもないのだから、尚更だ。そこまでする価値がない。

 その考えを見抜いたのか、孤独オンリーは寂しげに顔を歪めた。


「強くなること、昨日まで出来なかったことが出来るようになること、より高みを目指すこと、新たな敵と競い合うこと――それらは何にも勝る価値じゃないか? 力を求める理由じゃないか?」

「ああ、その価値を否定はしない。だが……それを一番だとボクは、多くの人間は思えないんだよ」


 彼の懇願するような声を斬り捨てながら、けれどゲイリーの心には強い憐憫の情が浮かび上がっていた。

 彼を許すことなど出来ない。今日ここで倒すと強く誓っている。

 けれど、もしも――彼が戦乱の世に産まれていたら、と思うのだ。

 彼は剣に狂い孤独になる必要もなかった。

 誰もが彼の剣を認め、英雄と呼んだことだろう。勇者リディアと共に戦った、剣奴リックのように。

 だが、そのような未来はなかった。

 存在するのは目の前にある現実のみ。


「……まあ、分かっていたこと――さ!」

 

 刀の切っ先を地面に叩き込み、花開くようにめくれ上がった地面は、瓦礫を撒き散らしながら土煙を上げる。

 リディアの剣、石華しゃくか。それを完全に己の技として扱っていることに驚きと剣士として畏敬の念を抱きながら、しかしゲイリーは油断をしない。出来る相手ではない。

 孤独オンリーは何らかの手段で攻撃をしかけてくる。逃げる可能性はゼロに等しい。ゲイリーが逃げ腰な素振りをみせたらその可能性もあるのだろうが、しかし全力で打ち倒そうと考えている以上、彼はゲイリーから逃走することが出来ない。せっかく全力で戦ってくれる相手が目の前に居るのに、そんなつまらない真似をするはずがないのだ。  

 ――ゆえに、土煙を突き破るように突っ込んでくる気配を感じた時、ゲイリーが抱いたのは納得と困惑が混ざりあった感情であった。

 

(――何の工夫もなく、正面からだと?)


 違和感があった。彼ほどの剣士が、わざわざ土煙で己の姿を隠した後の行動がそれなのか、と。

 ゆえに、最初に警戒したのは目の錯覚。正面から突っ込んでくる影は幻影か何かで、孤独オンリーは既に背後に回っているのではないか、という思考だ。


 だが――それらの思考をゲイリーは否と断ずる。

 

 なぜなら、土煙を突き破ってこちらに飛び込んでくる存在からは気配と殺気があった。この一撃で首を落とすという強い想いが見えた。

 ゆえに、これは孤独オンリーの油断か真正面から全力で叩き斬るような技を使っているかの二択。そして、恐らく正答は後者だ。

 ゲイリーは兜の中で獣じみた雄叫びを上げながらリディアの剣雷華(らいか)を使う。地面を蹴り飛ばし、雷速で間合いを詰めていく。

 真正面からの勝負がご所望なら、それに乗ってやろう。全身全霊の一撃で、孤独オンリーを屠ってみせよう。

 この一撃を以て、クレイスへの弔いとする――

  

「ボクの――」


 ――勝ちだ、と。

 叫びながら剣を突き出す。

 雷を斬る(雷切)などという技を使う相手を、雷の華で刺し貫く!

 刃は、正確無比に孤独オンリーの左胸を穿ち――


「――な、に……!?」


 ――けれど、剣から伝わってくる感触は皆無。

 確かに眼前の孤独オンリーの心臓を貫いているはずだというのに、伝わる感触は虚空を穿ったモノだ。

 驚きと困惑に目を見開いて孤独オンリーを見つめる。

 それが、致命的な隙となった。

 

 

「第二秘剣――虚鏡うつろかがみ



 ――囁くように響いた孤独オンリーの声に、ゲイリーはギリギリのところで反応することが出来た。

 どこから響いたのかまでは判別できなかったが、しかし気配を感じ取れば――

 

(いや、これは――!?)


 ――気配が、した。

 正面から、左右から、背後から、上空から。濃密な気配を纏って孤独オンリーが距離を詰めてくる。

 理解出来ない。自分が今、どうなっているのか分からない。

 幻影ではない、残像ではない、目に見える全てが孤独オンリーであり、こちらを斬り殺そうとしているように見える。

 ゆえに、ゲイリーは思考を一先ず放棄し、迫り来る全ての孤独オンリーに対処した。


 正面から迫る孤独オンリーを袈裟懸けに斬りつけ――虚空を撫でる感触と共に幻影が消える。

 左右、上空から迫る孤独オンリーを石華で地面ごと吹き飛ばす――巻き上げられる瓦礫を文字通りすり抜けながら、幻影は消滅した。

 背後から迫る孤独オンリーを振り向き様の斬撃で斬り殺す――感触など、あるはずもない。


 ゲイリーは荒い息を吐きながら、周囲を見渡す。

 先程の中に本物は居なかった。全て全て、実態のないまやかしであったのだ。

 ならば、本物はいま、どこから――

  

「見事。殺傷能力のない幻影だけど、まさか全部に反撃するとは思わなかったよ」


 ――己の左胸から、刀の切っ先が生えてきた。

 気配など欠片も感じさせず、孤独オンリーはゲイリーを刺し貫いた体勢のままにこりと微笑む。 


「言っただろう? 異世界の剣術に変更したって。さすがに地球でこんな真似は出来なかったけれど、この異世界なら手品紛いな技も使える」

オン――リー……!?」

「闘気は生命力で、技として扱えなくても生き物なら有しているモノ。であるなら――貴方程の剣士なら理解出来るだろう?」


 孤独オンリーの声は優しげであった。

 それは健闘した相手を称えるような、そんな響き。おめでとう、よくやった――そう言って拍手をするかのように。

 だが、それが決して思い上がりなどではないことは、体から失せていく血の気が教えてくれていた。

  

「気配の存在する残像……か」


 残像を生み出すことは、決して不可能な技術ではない。

 歩法や速度を以て相手の視覚を誤認させ、複数人に見せるという技は確かに存在している。日向ひむかいの忍者という暗殺者がその典型だろう。

 だが、それらはあくまで分身、幻影だ。実体はなく、気配も存在しない、ただの目くらましに過ぎないのだ。

 ゆえに本来は素人を騙すか、拮抗状態で相手の隙を誘発する一手段に過ぎない。

 孤独オンリーはそれに、己の闘気を混ぜ込んだ。飛ぶ斬撃の要領で、殺傷能力のない幻影をゲイリーに向かって射出したのだ。

 正解だ、と。

 彼は楽しげに笑みを浮かべた。


「正直、おれと貴方に大きな実力差はなかった。互いに本気で戦えば、おれが負けていた可能性が高い」


 その声音は敗者の検討を称えるチャンピオンかなにかのようだ。


「が、貴方は本気ではなかった。全力ではあったのだと思う。けれど――それ以外の雑念が判断を狂わせた」


 その言葉を、ゲイリーは否定することが出来なかった。


(最終的にボクは――友を殺された怒りで剣を振るった。振るってしまった)


 脳内で理由をつけて、この一撃でクレイスを弔うと、仇を取ると考えてしまった。

 ほんの僅かな隙。少しばかり攻撃が読まれやすくなった程度だったろう。普通の相手であれば、隙を突くどころか隙であると認識することすら出来なかったかもしれない。

 だが、この男は違った。

 僅かな隙からゲイリーを一気に突き崩し、致命の一撃を与えるに至ったのだ。


「他のことを考えていた貴方と、この刹那のみに全力を注いだおれ、それが勝敗を分けた。だからこそ――貴方をここで失うなんて、『もったいない』。もっと貴方と戦いたい」


 刃が引き抜かれる。

 胸から血が噴出し――けれど、すぐにそれを押し止めるように暖かな光が体を覆う。

 従軍神官たちの治癒の奇跡だ。一瞬で心臓を治癒させることは不可能でも、神官さえいれば命を繋ぐことは出来る。 

 孤独オンリーは、その様子を満足そうに見て、良いことを思いついたとばかりに笑みを浮かべた。


「貴方が率いた連合軍の英傑たち――彼らを、彼女らを、残らず鏖殺すれば、全てを捨てた全力でおれに剣を向けてくれるだろう?」


 友を殺し、部下を殺し、守るべき民を殺戮すれば――純然たる殺意と冴え渡った剣で殺しに来てくれるだろう? と。

 料理の下準備をしてくる、とでも言うような気楽さで、孤独オンリーは刀を構えた。

 連合軍の中にゲイリー以上に楽しませてくれる者が居たら、それで良い。勝っても負けても満足できる。

 満足できる相手が居なくても――連合軍の戦士を殺し尽くす頃には、ゲイリーの治癒も終わっていることだろう。


「さて、そういうワケだから――虐殺は趣味ではないが、逃げる者も残らず殺させてもらうよ。それが嫌なら、本気で抵抗してくれ」


 そう言って、妖刀を操る剣鬼は微笑むのだ。

 最初と変わらず、好青年のような雰囲気を纏わせたまま。


     ◇


(やはり――こうする他ないか)


 アレックスは剣を構え、孤独オンリーを見やる。

 思い浮かぶのは最初に戦い、クレイスに時間を稼がれながら無様に敗走したあの瞬間だ。


『単純な理屈だ。この化物に少数で挑むなど無駄に命を散らすだけであり、勝つためには一刀で殺されない戦士が多数必要――アレと戦って生き延びられる戦士を、このような場所で遣い潰せん。実力者と認められる程なら、尚更だ』


 ……恐らくだが、クレイスは孤独オンリーの秘密をおおよそ突き止めていたのではないだろう。

 だが、レゾン・デイトル内で連合軍のような集団が来る時を待っていたから無茶が出来ず、確信に至るには情報が足りなかったのかもしれない。

 けれど、それでもレゾン・デイトルの中で観察し、戦いをシミュレートして――それが唯一の勝ち筋なのだと確信したのだろう。


 即ち――複数人で囲んで叩き、疲弊させたところを誰かが倒すしか道はない、と。


 なにせ、彼は既に転移者ではない。

 戦闘能力こそ化物じみているが、身体能力は決して人間から逸脱はしていないのだ。

 ゆえに、休む時間を与えずに攻め続ければいずれ倒せる、いずれ殺せる。

 

(それでも団長に託したのは、一対一で勝利してくれる可能性があったから)


 クレイスの語った戦術なら、確かに勝利は掴めることだろう。

 だが、勝利に至るまで何人――否、何十、何百と死ぬであろうとアレックスは確信していた。実際に剣を交えたから理解出来る。楽しめば楽しむほどに剣は冴え渡り、一人、また一人と斬り殺される未来を。


 だから、唯一孤独(オンリー)に抗しうる実力者――ゲイリーに任せたのだ。

 

 そうすれば犠牲者は最小限で済む。そもそも騎士が数多くの犠牲が出る策など、取れるはずもない。

 だが、アレックスは確信した。

 

(最善手を打たなければ全滅する……ッ!)


 主義主張や善悪、そんなことは生き残ってから考えれば良いのだ。

 最悪は連合軍が全滅した上、大して満足も出来なかった孤独オンリーが大陸に解き放たれること。おびただしい数の犠牲者が出ることは想像に難くない。

 ゆえに、自分を含めた騎士の命を使い潰して、あのイカレた剣鬼を道連れにする。

 それこそ最適解。孤独オンリーを倒し、犠牲者を最小限に押し止める方法なのだ。

 剣の柄を強く握りしめながら、大きく息を吸う。

 皆にこの想いを共有するために。

 すまないが自分と共に死んでくれ、と頼み込むために。

 


「――――待てよ、アレックス」



 だが、それが言葉になるまえに、一歩前に出る者が居た。


「俺が、あいつを――倒す。今、ここでだ。だから――手を出さないでくれよ」


 ニール・グラジオラスが、ただ一人。

 霊樹の剣イカロスの切っ先を孤独オンリーに向け、そう宣言したのだ。


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