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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
女王都へ
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20/治癒の奇跡

 騎士を袈裟懸けに叩き斬ったニールは、その勢いのまま己の血だまりに沈んだ。


「あ……あんの馬鹿――!」


 そう叫んだカルナを、一体誰が咎められるというのだろうか。

 ニールのことを馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、心臓に剣を突き刺されても踏み込んで剣を振る馬鹿野郎だとは、さすがにカルナも思っていなかったのだ。

 慌てて駆け寄りニールを抱える。

 未だに流れる血はニールの命の残量が凄まじい勢いで目減りしていることを示していた。

 遠くから足音と声が響いてくる。それに対して騎士が己の傷口を抑えながら、早くニールを癒やせと叫んでいるが――駄目だ、流れる血の量が多すぎる、間に合わない……!

 

「わ、わたしがやります!」


 びちゃ、と。

 血だまりの中に踏み込む少女が一人。ノーラだ。白いスカートの裾を赤く染めながら駆け寄った彼女は、すぐさま手を組んだ。


「創造神ディミルゴに請い願う。失われ行く命を守る力を、癒しの奇跡を!」


 両手を組んで祈るノーラの手から、暖かな光が溢れだした。それはふわりと広がりニールの体を包んでいく。

 言葉を発するという面では魔法の詠唱に近い彼女の言葉。しかしそれは詠唱というよりは嘆願であり、目上の誰かに力を貸して欲しいという願いだ。

 

 ――神に対し宣言し、力を僅かに借り受ける。それが神官が用いる奇跡と呼ばれる技術である。

 

 しかしその技術の習得は難しいモノではないが、しかし一朝一夕で習得できるものでもない。

 神の教えを学び、日々の仕事を熱心にこなし、神の目が届きやすい教会で祈り、そして眠る。それらを最低でも五年、真面目にこなしてようやく神に認められ初歩的な奇跡の力を貸し与えられる。

 特別な才は必要ない。

 神の教えを覚えるのが苦手でも、仕事が遅くても、祈る時間があまり長く取れなくても問題はない。本人が日々の生活の中、真面目にそれらに取り組んでいれば神の奇跡は貸し与えられるという。

 けれど、どれだけ神の教えを頭に叩き込んでも、仕事が上手でも、誰よりも長く神に対して祈っても――それらの行動を片手間にやっているような人間には中々奇跡は与えられない。

 

 ――ゆえに、ノーラさんはきっと真面目で優秀なのだろう、とカルナは思う。

 

 彼女の年齢は、十六かそこらだろう。自分よりも二つほど年下の彼女が、どくどくと血を垂れ流すニールに怯えず奇跡を発動したのだ。

 つい先日、神に奇跡を貸し与えられました――という神官にありがちな狼狽がほとんど無い。きっと彼女は故郷でも誰かの傷を癒やす仕事を行っていたのだろう。

 幼いころから修行を行い、十から十二歳ぐらいで奇跡を貸し与えられ、そこから他の神官と共に村人の治療などを行っていたのだ。そうやって技術と経験を積み重ねたからこそ、今の行動があるのだろう。

 そう、彼女は優秀だ。


「――ダメ、ですっ。傷が、塞がらない……!」


 そう、その年齡ならば、十分過ぎるほど優秀なのだ。

 だが、ニールが無茶をして広げた傷口は、まだまだ修行の途中であるノーラの奇跡では癒やすことができない。

 心臓の修復に全力を注げば傷口から余計に血が吹き出してしまう。もうすでにかなりの量を垂れ流しているのだ、これ以上の失血は命に関わる。

 けれど、傷の治癒を優先させていては血が体に行き渡らずに死ぬだろう。

 そして、彼女には両方を平行して完治させる技量がない。

 つまり、詰みだ。カルナの友人は、どうでもいいところで意地を張って、どうでもいいところで死んでしまう――


「ああもう、それなら……カルナさん! 魔法使いですよね! 炎使えますか!? 火です!」


 呆然としていたカルナに対して、ノーラが叫んだ。

 

「え? 炎? 火? なに、どういうこと?」

「傷口をじゅう、って焼いて塞いじゃいましょう! それなら心臓に集中できます! 大丈夫です、火傷なんて後で治せばいいんですよ……!」


 ――間。

 一瞬、彼女の言葉を理解できなかったがゆえの沈黙であり、理解が及んでも「なに言ってんだコイツ」という思考がもたらした数瞬の沈黙であった。


「はぁっ!? ちょ、いくらなんでも無茶、というか瀕死の奴に魔法とかトドメに――!」

「致命傷を広げて死にかけてる馬鹿がその程度で死にますか死にませんよきっとたぶん! ですけど、危なそうなら一緒に祈ってくださいね!」


 言い切るとノーラは傷に対する治癒をカットし、内部に力を集中させた。傷口を癒やす力が消え、血液は我先にとニールの体外へ脱出しようとしている。

 

(……ああ、もうっ!)


 迷っている暇はないよなぁ! と吐き捨てる。

 体内から放出した魔力を脳内のイメージで形状を変化させ、無色の炎を生み出す。後は詠唱を行えば、炎を生み出す魔法は完成するだろう。

 しかし駄目だ。これでは威力が高過ぎる。

 今回必要なのは相手を焼きつくす灼熱ではない、血肉を焦がし凝固させる熱だ。普段通りの威力を発揮してはニールを焼きつくすだろうし、あまり弱くしすぎては目的を達成できない。

 ヤスリで削るようにして魔力の総量を削りながら、詠唱に必要な文章を考える。


「我が望むは傷を塞ぐ緋色ひしょくの力。我が友の傷を焼き、塞ぎたまえ!」

 

 精霊がカルナの意を汲み、魔力の固まりに流れ込む。

 生み出された灼熱はニールの傷口を、舐めるように撫で上げた。人の肉が焼ける嫌な臭いが鼻孔に届く。

 ニールが苦しげに呻くのが聞こえるが、知った事かと無視する。そもそもこいつが無茶するからこんな無茶やることになったのだから、痛かろうが熱かろうが我慢してもらおう。それに、呻けるのは生きてるからだ、何一つ問題あるまい……!

 

「……ところでノーラさん! これショックで心臓とか止まったらどうするの!?」


 治癒の奇跡は、体に刻まれた肉体の設計図を読み込み復元する力なのだという。

 そのため、傷は塞げるし欠損した部位の復元もできる。そして物理的に傷つけられた臓器だって回復は可能だ。

 しかし、衝撃で心臓が停止した場合などには治癒の奇跡は無力だ。治癒の奇跡はあくまで外傷を治療するための術なのである。


「止まらないように祈っておいてください! 止まったら止まったで誰かに心臓マッサージ頼みましょう!」

「ノーラさん、君って見かけによらず行き当たりばったりとか言われたことないかなぁ!」

「失敬ですね! ちゃんと考えて行動してますよ! 先に相談しろって怒られたことはありますけど!」

 

 彼女の叫びに、カルナは「ああ」と納得した。

 この子は頭の中で考えて、自分の中で答えが出たら間を置かず実行するタイプなのだ。

 恐らくだが、彼女が王都に向かうのを決めた時もこんな感じで、自分なりに考えて答えが出た瞬間に全力疾走し始めたのだろう。


(……止める暇もなかったんだろうなぁ、きっと)


 苦笑しながらも炎の制御には手を抜かない。

 カルナ・カンパニュラは冒険者だ。ゆえに傷の治療については多少の心得はあるが、このような傷を治療する術など知らない。

 けれど、ノーラ・ホワイトスターは修行中ではあれど専門家だ。そして素人目からは無茶とは思えるものの、解決策を示したのだ。


(なら、僕がとやかく言う理由はないさ)


 ゆえにカルナがやるべきことは単純。彼女を信頼し、その手助けをすることのみだ。

 すなわち、貫通した傷――その両側を焼き塞ぎ血を堰き止めること。

 焼きつくす業火ではなく、温める種火でもなく、その中庸を目指す。言葉にすれば簡単過ぎるほど簡単であるが、しかし実際に行うとなれば冷汗が頬を伝う程度には高難易度だ。

 だが、問題ないと結論付ける。

 どうせ、ここで失敗する程度の魔法の腕では転移者連中と渡り合うのは不可能だ。ならばこれは丁度いい試験とも言えるだろう。

 

 炎が傷口を炙り、漏れだした血液が鉄臭さと白煙をまき散らしながら蒸発していく。

 まだ弱い、と魔力を注ぎ込み炎を膨れ上がらせ火力を高める。ニールの苦悶の声が強くなり、彼の皮鎧が焼ける。

 これでは強すぎる、と魔力を削ぎ火力を僅かに抑える。苦悶の声は未だに響いているが、しかし過剰な熱で革鎧が燃えたり補強のための金属部品が溶解したりはしない。


(なら、だぶん、きっと、これが最善)

 

 確信はまるでないが、確信が得られるまで実験し続ける時間もない。

 熱を集中させ、傷を焼き塞ぐ。治療と呼ぶには乱暴過ぎる力技だが、傷口は鉄と鉄を熱でつなぎ合わせるように繋がっていく。

 

「魔法を止めるよ! 後はそっちでお願い!」

 

 出血が止まったことを確認したカルナは、魔力を霧散させながらノーラに叫ぶ。

 彼女は言葉を発せず、ただ頷くだけでそれに応えた。視線をニールから逸らさず、治療に専念し始める。

 

「ふう……」


 頬を伝う汗と冷汗を拭い、どさり、と地面に座る。普段なら絶対にやらない魔法の制御をしたため、思った以上に体力を消耗していた。これならモンスター相手に攻撃魔法ぶち込んでいた方が百倍は楽だよ、と溜息を吐く。

 それでも視線はニールとノーラから外さない。あのバカニールが心配だからというのもあるが、ノーラが助けを求めた際にすぐさま必要な魔法を構築するためでもある。

 

(まあ、もっとも……)


 その必要はないだろな、と近寄ってくる音を聞きながら思った。駆けつけてきた神官たちの足音だ。

 それに安堵しつつも――


(完治したらあの馬鹿の髪でも燃やしてやろうかな……! 本当に真剣に覚悟してろよニール……!)


 あんなくだらないことで死にかけた馬鹿に対して、ぶん殴ってやるという怒りを通り越して魔法を叩きつけてやりたいという気持ちが湧き上がっていた。


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